勇者一行の料理人   作:ドゥナシオン

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元魔剣戦士の苦悩

-私が臆病者だからですよ-

 

その言葉に、自分は愕然とした。

 

 

 

師のアバンが十日前に結婚をした。相手は大国のカール王国の女王・フローラと。

式は、天候に恵まれ秋晴れであった。

二人は絵に描かれた、それこそ美しいお伽噺に登場するような王子と王女の如くであり、実際に王と女王だ。

厳かな式に、参列した全ての人々から惜しみない祝福の言葉を贈られているのを見るにつけ、他の弟妹弟子達とは違って自分は罪悪感が募っていった。

自分と詩の出会い方は最悪で、そのまま最悪な形で一度は縁が途切れた・・・・自分が断ち切ってしまった。

 

そんな自分のせいで、師とカール女王は十数年もの間別たれたのかと懺悔ををした時に、アバン先生は己の臆病さが招いた事だと話された。

その言葉はダイ・ポップ・マァムを始めとしたアバン先生を慕う者たちは驚いたが、すぐに受け入れもした。

先生とて完璧ではなく、完璧な者などこの世界には存在しないと知ったから。

それよりも、己の弱さを取り繕うことなく弟子の自分達にも包み隠さないで話してくれる師にこそ憧れる。

師はやはり偉大な大勇者なのだとダイ、ポップ、マァムはキャイキャイとして、レオナ姫は・・・・お惚気御馳走さまと・・・・あの姫らしからぬうししと笑った顔で盛り上がる中、自分はさらに落ち込んだ。

 

魔王ハドラーが敗れ、父を喪い住み慣れた地底魔城をでざる負えなくなったあの時、自分は魔王の敵であった勇者を憎む事で生を繋いだ。

全てを喪い自暴自棄になっても、いつかこの憎い敵を討つのだという事のみに執着をして。

完璧な勇者アバンの隙を狙うのだと幼いころから、成長し大戦が始まってからもその思いは変わらずで、ダイ達に打ち負かされ、ティファに教え諭して貰わなければ本当に非道の道を転がり落ちていたかと思うとぞっとする。

それは師の偉大さを、知れば知るほどに思いの影は深くなる。

 

「こんな未熟なものが・・・あの人と結ばれることが本当に許されるのだろうか・・」

「・・・・・・・・・その問いに関して俺になんて言って欲しいんだよヒュンケル・・」

 

 

酒に酔った勢いで懺悔を聞かされた魔界の名工ロン・ベルクは頭を痛める。

夜も更け酒もそこそこ飲み終え、さて後は寝るかと一人暮らしの独身貴族様は気楽な一日を終えるはずが、迷いの森を夜更けに歩いている、それも自分のいるこの小屋に向かってくる者がいると気が付いた時には少々驚いたが、迷った旅人でもこの小屋の明かりに吸い寄せられたのかと思って放っておこうとしたが、小屋に近づかれた時馴染みのある気配につい扉を開けてみれば、悄然とした様子で酒を持ってきたヒュンケルだった時には本当にびっくりした。

こんな夜更けに、それも何の知らせもなく来るような者ではないからだヒュンケルは。

今世の中には、魔王軍産悪魔の目玉が無料配布されている。見た目は少々あれだが、魔力が無い者でも遠くの者と瞬時に繋がれるお手軽さから国から個人規模まで浸透、後数年もしない内には持っていない家庭はなかろうという代物であり、ロン・ベルクの小屋にも一体ある。

自分はそんなものはいらない、煩わしい事になりそうだと持たないつもりだったのを、自分の小屋に訪れる時に、前もって都合を聞けるようにさせてほしいと勇者一行の良い子達からお願いをされて仕方なく置いてある。

実際にダイ達はそれで事前に連絡をよこしてから来るのだが、今日ヒュンケルが来るんぞと聞いていない。

しかし、表情も気配もどん底のようなヒュンケルをそのまま返すにも忍びないのでとりあえずいきなり自分を訪ねてきた理由だけでも聞こうとそのまま招き入れて暫し酒を付き合ってみれば・・・・・・独身貴族の自分には手に負えない悩み事を打ち明けられてどうしろと?

 

天井を見つめて溜息をついたロン・ベルクはきっと悪くない。

 

「なんでよりにもよって俺に相談すんだ?お前さんの周りなら悩みを聞いて、実際にためになる話をしてくれる奴はいるだろう?」

 

例えば人生の何たるかを知り尽くしたマトリフとか、親友のラーハルトや、武人ならではの不器用さはあるが熱い心で共に悩んでくれそうなクロコダインが。

 

 

ロン・ベルクの問いかけにヒュンケルはするりと答えた。

すなわち、心の奥底にある悩みを告げられる相手がロン・ベルクしかいないのだと。

その言葉にロン・ベルクは益々渋い顔をする。ヒュンケルの言った言葉に心当たりが一つだけあるから。

 

大戦の最中、パプニカで大魔王の篩の篩というとんでもない事態が勃発をした。

事態は勇者一行の活躍で事無きを得たが、その時一行の料理人の精神が崩壊する寸前まで追い詰められた。

その時のヒュンケルの嘆きを聞き届けたのは自分だった。

 

-どうして俺達は、ティファの事を・・・助けてやることができないんだ-

 

一行の者達を守り救いながらも、一行の者達がティファを助けられた事は一度としてできないことを心の底から後悔したヒュンケルの言葉を知るのは自分だけで、つまるところ今回も本当に切羽詰まっているのようだ。

 

前回は敬愛し慕っているティファの、今回は愛しているエイミを、心の底から思うあまりに抱え込んでしまった思いを、誰にも言えずに苦しくなって、どうにもできずに吐露をするヒュンケルの話を、ロン・ベルクは黙って聞く。

 

いまだにこの世界にしてしまった事と、パプニカに攻め込んでおいてその国の三賢者たるエイミを慕うことがやめられず、大戦の最中には結婚してほしいと自分から言っておいて、いざこの世界が平和になった途端、エイミとの結婚が恐ろしくなった事を。

 

平和になったのだから約束通り結婚すればいいとロン・ベルクは思うのだが、ヒュンケルの考えは違った。

平和となって世間が落ち着いたからこそ、果たして自分がパプニカに住んでいて許されるのだろうか?

攻め込んだ軍団長の顔を一般人に知られずとも、王城に仕えている者達は当然ヒュンケルの事を知っており、苦々しく思う者達は当然いる。

エイミは三賢者の一人と将来を嘱望されている素晴らしい女性であり、そんな彼女の夫に自分がなる事で人生を台無しにしてしまうのではないかと恐ろしくなったのだと。

 

自分の仲間も彼女自身も自分を優しく受け入れてくれている、それこそ攻め込まれた国の頂点にたつパプニカ国王レオールと、王女レオナからもだ。

しかし、大臣達を始めとした一定数の者達はやはり受け入れづらいようで城内ですれ違う度に嫌悪の目を向けられる。

こちらからは話しかけることはできず、さりとて向こうからも面と向かって罵倒はされないのだが、時折侍女たちの立ち話でエイミのほうにその手の話が苦情として言われているようだ。

 

-元敵と本気で結婚をするつもりか-

-死んでいった者達はどう思うか?-

 

その話を聞くたびに、身も心も切る刻まられ気がする。何故彼女にではなく自分を罵倒しないのかという苛立ちが、どうすればエイミを守れるのか分からなくて苦しさだけが募って、雁字搦めになってロン・ベルクの下に来た。

ダイ達には言えず、師を悲しませるのも嫌でここにしか来れなかった。

 

「だったらすっぱりとその娘の事は諦めるんだな。」

 

ポツポツと話していたヒュンケルに冷たい言葉が降り、その言葉に愕然としたヒュンケルが顔を上げた先に見たものは、深い目をしたロン・ベルクの顔だった。




今宵ここまで

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