その日ミストはバーンパレスの執務室でいつもの様に書類仕事をしながらも、どこか上の空であった。
常ならば昼時になれば妻スピカが持たせてくれている愛妻弁当を嬉しそうにしながら食べる事もせずに、上の空ながらもひたすら書類仕事をしている。
ミストの凄い所は心ここに非ずとも仕事に一切のミスが出ないところだがそれはともかく、
新しい書類を手に取ればそれはヒョイとミストの後ろから伸びてきた手に取られてしまった。
「・・・・遊ぶなキル・・・」
「ふふ、よく僕だって分かったね~ミスト。」
「お前意外こんなバカな事をする者はいない。第一銀の手甲をしているのはお前だけだろう。」
「そうだね~。その通りだけどミスト、お昼ご飯抜くのは体にとっても悪いと思うよ?
スピカのお手製のお弁当を残したら駄目だよ~。」
「・・・・・もうそんな時間か・・」
いつの間にかそんなに時間がたっていたのかと驚くミストに、キルは溜息をつく。
「何か心配事でもあるのかい?」
この親友を悩ませることなど近頃はないはずだとキルは認識していたが、もしかして自分の知らないところで魔界の大宰相を悩ませる厄介ごとでも起きたのかと案じている。
スピカと結婚をしてからミストはどんなに忙しくとも必ずスピカの愛妻弁当を食べない日はなかった。
それこそ天界・地上界・精霊界との首脳会議であってもスピカには一口サンドイッチなどの軽食で用意してもらい合間を縫って食べているのに。
書類仕事の中身を、キルはミストに断りもなくざっと目を通すが各部門の予算分配やそれに関する報告書や陳情などの日常的なものばかりで特に目を引くものはなかった。
「・・・・スピカと喧嘩でもしたのかい?」
それはないとはキルも承知で聞いてみる。
そうではなく別の事だと、親友は自分になら心の内を曝け出してくれると信じて聞いてみれば賭けに勝った。
「・・・・・スピカと-アトゥール-に昨日聞かれたのだ・・・・-今-のこの世界はモンスター達との共存を第一としているシステムは-どうやって-生み出されたのかを・・」
「!?・・・・そうか、アトゥールももう学校でそれについて学び始めている頃合いか。
確か今年で十歳・・・もうそんなに月日が経ったのか・・」
ミストが話した内容に、何事にも動じずにそれこそ主に敵の刃が迫っても鼻歌を歌いながら死神の大鎌を振って敵を屠るキルも動揺した。
今ミストが言った事は概ねティファの助言によるものであるのには間違いはないのだが
ミストとスピカは結婚をして一年半後に子を授かり、スピカの両親であるヒュンケルとエイミ、そして兄ポラリスとティファ達の見守る中で玉のような可愛い男児を授かった。
その時のミストの喜びようは筆舌に尽くしがたいほどの喜びようであり、ヒュンケルとエイミも初孫に大喜びをし・・・・我らが主バーン様なぞその日は魔界のお祭り日にしようとして撤回させるのに苦労をした日だとキルはよく覚えている・・アトゥールとは魔界の古語で偉大なる竜を意味する・・・・名付けたのはミストであったが、それを押した人物は・・・・想像できるだろう
ミストが融合したのはヴェルザー配下の中でも一級戦士でヴェルザー親衛隊隊長をしていた竜魔族という魔族で、青い肌に水色のうろこが所々にあるの一族であり、ミストとスピカの間に生まれた赤子は半魔ではなく純粋な竜魔族として生まれた。
青い肌に所々にある水色の鱗はミストから、そして癖っけの銀の髪に紫色の瞳は母スピカから受け継いだ。
その子が大きくなり学校に通い出し、今はこの世界の歴史を学んでいるという。
そこでアトゥールはある疑問が生じて夕餉の際に魔界どころか三界の国政に携わっているといっても過言ではない父に聞いてみたのだ。
「お父様、今日私は授業で聞いたことを素晴らしく思ったことがあるのですが不思議に思った事があるのです。」
「ほう、なにがあった?」
その日の出来事を妻と息子から夕餉の際に聞くのが楽しみになっているミストは笑みを溢しながらアトゥールの続きを促した。
家に帰ればミストは闇の衣のフードは外し、素顔となった竜魔族の顔を晒して普通に家族で夕餉を摂っている。
スピカと二人きりの新婚の頃から、閨を共にしているのだから今更だろうと家ではフードを摂るようになって久しいがそれは兎も角、スピカからその日に起きた楽しい事やアトゥールから今の様に勉学に励んでいる話を聞くのが楽しいと、普段滅多に笑いを見せない父の姿に気を良くしたアトゥールが聞いた事は
「私達魔界ではモンスター達と共にある事は珍しい事ではなく、地上界、特に人間の方達とモンスター達が共存をするようになったのは、バーン様が起こされた大戦以降の事だと学びました。」
「そうか、もうそこまで学ぶようになったのか・・」
「はい、その前にバーン様が何故大戦を起こさねばならなかったのかもきちんと学んでおります・・・今この世界を私達が平和に暮らせているのもバーン様とお父様達が必死に魔界を守ってくだされたことも。」
「・・・・私の事は兎も角その通りだ。あのお方がご自身の身命を投げうつように魔界を救わんと心血を注がれたからこそだ。」
「はい、其のお心が-ティファおばあ様-を始めとしたかつての勇者一行の皆様を通じて世界に広く知らしめられ、天界もまた魔界を救わんとしていたが為に三界の和睦がかなって今日に至ると。」
「・・・そうだな・・」
息子の言葉にミストは若干詰まってしまった。世間ではそのように言われているが真の話はそのティファこそが天界から魔界を救って欲しいと願われ産まれた子供であった事は、大戦の最終決戦それもパレスの決戦舞台にいた者達だけの秘密である。
その事が知られればティファはきっと天より遣わされた奇跡が具現化したものだと世間からは取られ、大戦以降はティファに平凡な道は本人の気質を考えれば無理であろうが、少なくともそのような好奇な目や事あるごとに奇跡を求められるような煩わしさの無い道を歩いてほしいと誰もが願い秘密にされている。
あの少女は只、誰よりも優しいが故に三界の平和を望んだ子なのだと。
その甲斐あってか歴史の授業や後世に伝わる書物には、今アトゥールが行ったような話で伝わっており、アトゥールが聞きたいのはその後の事であった。
「人間の方達とモンスター達が共存しているのはモンスター達の能力を人間の方達と利益共有をするところから始まり、やがては利害に囚われない良き隣人となるように地上界の各王家の方達がご尽力されたとか。」
「その通りだ。始めは地上界の診療所にホイミ系のスライムが常駐し、山間部の人出の少ない村での力仕事はゴーレムたちが住み着いて手伝うなどから始まったのだ。」
「はい、私もそう教わったのですが・・」
「そこに何か疑問があるのか?」
「疑問というよりは・・・時期が不思議なのです。」
「時期と?」
「はい、その政策が行われたといいましょうか発案がなされたのは現パプニカ王国の女王レオナ様と王配ダイ様、テラン王国の女王メルル様とポップ様の結婚後すぐにティファおばぁ様と共に発案をされたと教わりました。」
「・・・・それで?」
「それで・・・・それまでは賢女王様達と名高いレオナ様達はそれ以前はそのような考えがあるというそぶりは一切なく、何故結婚後すぐにそのような発案をされたのだろうかと歴史の先生が言われたことが耳に残ったのです。お父様はティファおばぁ様達の事を良く知っておられます。何故ティファおばぁ様達は女王様達の結婚後の蜜月とも言われている一月の間にそのようなご提案をなされたのかご存知ではありませんか?」
息子の疑問の答えをミストは知っている・・・・知っているがそれを答える事は出来ずに押し黙る。
その答えは-この世界-の全てを揺るがすことに直結をする、ティファの秘密にも等しい秘事であり、この答を知っているのは-あの結婚式-に出た者達でもデルムリン島に隠居しているダイの育ての親のブラスは知らず、主バーン様と親友のキルと魔王ハドラーと勇者一行の仲間達とそして-三神-と-六大精霊王達-のみである。
何故ティファのみならず、ダイ・ポップ・メルル・レオナ達が人間とモンスター達との共存を急いだのか・・・
「貴方・・・・実は私もずっと聞きたかったことがあるの・・」
「スピカ?」
「・・・・・・私の時もそうだったけれども、ポラリス兄様やティファママの時も・・・昔勇者一行の関係者の方達が結婚式をする時に、どうしてバーン御爺様はあれほど念入りに警備を配しているのですか?キルおじさんも結婚式の度に嬉しそうにしながらも物凄く周囲を警戒しているようで・・・ダイおじさん達の結婚式の時に何かあったのですか?」
自分の時と、そしてティファママとチウおじさんとポラリス兄さんの時、式の会場警備は目に見えるだけでも多く、そして見えはしなかっが精霊達の気配をそこかしこに感じていたのだと、核心を突くような妻の疑問にもミストはすまない、答えられないと言って今に至る。
「・・・・・そう、僕が、僕達が式の度に警戒をしているのをスピカには気が付かれていたんだね・・・・まいったね、もう-あんな事-は金輪際起きないとは思うんだけれどもね・・」
この世界のモンスター達との共存システムはティファがポ○モンを丸パクリをしているのは知らずとも、ティファが考え付いたのは知っている。
そして何故その助言が、ダイ達が結婚式後にすぐに提言したのかもキルも理由を知っている。
そしてその理由の発端となった出来事を思う度に、キルの血は凍る思いをして胸をかきむしりたくなるほどの怒りと当時味あわされた深い絶望と悲しみを思いだされる。
それはミストにも当て嵌まり、深いため息に満ちた声が紡がれる。
「天界も精霊界もあれ以降二度と-過ち-がないようにしていると-定期的-に報告されてはいる。」
「二度とか・・・・あんな事・・・二度も許すものか・・・・・・今度あれば・・」
「キル・・・」
「・・・・分かってる・・・あんな事はそうは起きない・・・それでも-あの子-が関われば何が起きてもおかしくない・・・・・おかしくないじゃないかミスト・・」
あの当時の事を思い出すたびにキルは殺気立つのをミストが宥める。
今だとてキルが浅く腰をかけている執務室の机の端に置いている手の下の木がひび割れてしまっているのを、ミストは怒らずにそっと声をかけてやめさせる。キルの気持ちがとてもよくわかるから。
皮肉な事に、ダイ達の結婚式であったあの-忌まわしい-事を体験してしまったポップ達が、人間とモンスター達との共存を急がないといけないという危機感を持ったからこそあれほどまでに早くティファが素案を提言し、そしてダイと達が後押しをして地上界の王達が真剣に受け止め可決されたのだが・・・・
未来が良くなったとはいえもう過ぎ去った事とは言えども-忌まわしい出来事-が無かった事になるわけではない。
あの出来事のせいで幸せな日を迎えるだけであったあの子等がどれほど傷ついた事か。
二度と・・・・あのような事が起きないように三界全ての長達全員が今でも警戒を緩める日はない。
次があればそれはきっと、-引き起こした者達-を自分達は決して許さない。
「そう、二度と起こさせるものか・・・」
それでも起こった日には、-相手-を全滅させるのみ
そういう答えは直ぐに出るのだが・・・・妻と息子の疑問にはどう答えればいいのだかとミストは頭を悩ませる。
良き世界とはなんと難しい事かと考えながら・・・
今宵ここまで
幕間も終わり、次からいよいよ勇者たちの結婚式に移行します。