入学式が好きな新入生はかなり
その殆どは校長先生や在校生である先輩方のありがたい話を煩わらしく思ったり、式中の立ちっぱなしに不快感を覚えたりするはずだ。
しかし誰しもが、心の中では面倒臭さを感じつつも表面上では真剣な表情で顔を塗り固め、誠実さを少しでもアピールする。
何故か。
答えは簡単で、入学式とはオレたちにとっては最初の試練なのだ。
式の開始に遅れるようなものなら同級生からは侮辱され、偉大な人生の先達からは調子に乗っているのかとマークされてしまう。
そうなってしまえば、これから先の学校生活に支障を
しかしながら入学式が終わっても、まだ地獄は続く。
というのも今からおよそ一週間弱で今後の学校生活が変わってくるのだ。
突然だが、今からオレが出す問いについて真剣に考えてみて欲しい。
問い・学校生活において必要不可欠なものは?
答えは簡単、友達だ。
もちろん中にはそんな存在は必要ないと
例えば友達を一人も作らず学校生活を送るとしよう。
一番困るのは風邪や頭痛といった要因で学校を欠席する場合だ。友達が居なければどこまで授業が進んだのかが分からないし、さらに言えば何か重要な連絡事項があったかもしれない。
あるいは体育の授業でグループを作る時。よくあるのが、『好きな奴とペアを組め』だ。当然なのだが、好き
つまり何が言いたいのかというと、最初のスタートの出来によってこれから先の未来が左右されてしまうのだ。
そしてオレのモットーは事なかれ主義。
平穏なスクールライフをエンジョイ出来ればそれで良い。友達はもちろん欲しいが、多くは必要ないだろう。
幸か不幸か、学校生活が本格的に始まる前にオレは、友達が一人出来ている。
その名前は
ただバスの中で偶然居合わせたオレたちだが、自惚れで無ければ嫌われてはいない……はずだ。
理想を述べると同じクラスが良かったのだが、世の中そんな上手くいくはずもなく。
オレが一年Dクラスなのに対して、彼女は一年Cクラスという現実があるのだが……。
他クラスに友人が出来たのは朗報だが、やはり所属するクラスでもある程度の人間関係は築きたいものだ。
一応前日……というか昨夜は脳内で様々な状況をシミュレーションしている。
──明るく元気に教室に飛び込もうかな? とか。
──手当り次第に声を掛けてみようかな? とか。
特にオレの場合、今までの生活とは大きく環境が違う完全なアウェー状態。
人はこれを、孤立無援と言う。
……いや、ここはあえてプラスに考えよう。
インターネットで調べて知ったのだが、世の中には『イメチェン』と呼ばれる言葉があるらしい。ボッチだった奴がリア充になる……なれる可能性も捨て切れない。この世界は可能性に満ち溢れているのだ。
つまり結局はオレの努力しだい。
オレは勝つ! 食うか食われるかの弱肉強食の世界に踏み出したオレは、ホワイトボードに貼られている座席表に目を通してから相棒に向かった。
割り当てられた座席は窓際の一番後ろ。
なんてことだ……これでは困る。欲を言うと真ん中あたりが良かったのだが……。
それに普通、最初の座席は『あいうえお順』では?
オレの名前は『
いや待て早まるな。
そういった先入観は捨てた方が賢明かもしれない。そうに決まっている……!
嘆息してから教室内をぐるりと見回すと、生徒が全然居ないことに気付く。というか誰も居ない。
始発バスに乗った弊害だな……。
仕方がない。ここは寝ることにしよう。昨夜は興奮のあまり寝付けなかったし、高校生活一日目から居眠りするのは避けたいところだ。
──数分後。オレは目覚めた。
ふわぁ……と
大半の生徒は学校の資料を読んだり、あるいはオレのように仮眠を取ったりと一人の時間を過ごしているようだった。
だが例外はあるようで、前からの知り合いなのか……それともたった数分で仲良くなったのかは知らないが、一部では世間話に興じている姿が見受けられる。
さて、どうしたものか。この貴重な時間を活かすべく、誰かに話し掛けてみるか?
ちょうど前の方のやや小ぶりの少年は独り悲しい時間を(勝手な想像)過ごしているように見受けられる。
誰か僕と友達になってよ! というオーラがビンビンに感じ取れる(勝手な想像)。
ここはクラスメイトとして応えるべきところか?
いやでも……急に話し掛けたら迷惑かもしれないな。
彼は実は孤高のソロプレイヤーで、俺は独りが好きなんだ! とか言われるかも……。そうなったら泣きそうだ。
いやでもでも、それはオレの勝手な妄想で……──。
だ、駄目だ、考えれば考える程に負の連鎖が続いていく。
しまいには、あの子独りだねクスクス、みたいな幻聴まで聞こえてくる。
オレの高校生活はもう幕引きするかもしれない。
死んだ魚の目で虚空を見つめながら、オレはふと思った。
友達ってなんだろうな、と。
そもそも友達の定義ってなんだろう? 一緒に遊べば友達なのか? 夕焼けをバックに喧嘩でもしたら友達なのか? 定期テストで一緒に赤点を取れば友達なのか?
そんな深い謎に頭を悩ませてから、オレはとうとうある結論に達した。
────友達って作るの面倒臭いな。そもそもの話、狙って作るようなものでもない気がする。椎名の時みたいに、友達って自然な流れで構築されていくんじゃないのか?
そして気付けば、クラスは大勢の生徒で密集されていた。
オレが気に掛けていた少年も、他の生徒に声を掛けられている。そして初々しくも浮かべる勝利の笑み。
……なるほど。どうやら彼は友達作りに成功したようだ──。
「羨ましい……!」
激しく猛省。やっぱり世の中は弱肉強食なのだ。
弱い者は
だがオレはまだ諦めない……! 諦めてたまるか!
決意する。今日は絶対に友達を作ろう。
そしてオレの横では丁度隣人が登校してきたらしく、机の上にスクールバッグを置く音が。
隣人は少女だった。椎名に勝るとも劣らない美少女といっても過言ではあるまい。
「はじめまして。オレの名前は綾小路清隆。これからよろしく頼む」
おお……! 中々に良い自己紹介じゃないか?
そんな風に自画自賛するが……。
「……」
……返答は無言だった。
聞こえなかったのかなと思い立ち、もう一度口を開ける。
「オレの名前は綾小路──」
「聞こえているわ」
「……なら、名前を聞かせてくれると助かる」
「拒否しても構わないかしら」
少女はこちらに目を向けるなくそう答えた。
まさかの返答に
オレ自身、自分のことはコミュニケーション能力は低い方だと思っているが……彼女はそれ以上なのではなかろうか。
しかしこれでは非常に困る。
席替えがあるかどうかは皆目分からないが、それでも数週間は彼女が隣なのだ。
たとえ生意気だと内心思っても、せめて隣人の名前くらいは知っておきたい。
ここはもう一度チャレンジしよう。
「オレの名前は綾小路清隆。これからよろしく頼む」
「……しつこいわね。私に答える気がないのは一目瞭然でしょう。そんなに自己紹介したいのなら他の人とやればいいじゃない」
「そうは言ってもな。隣人の名前を知らないのは学校生活に支障を来すと思うんだが」
「私はそうは思わないわ」
冷たい一言をオレに
しかし困った。
これ以上彼女と会話をしようと意気込むのはオレの勝手だが、彼女を怒らせてしまう可能性がとても高くなってしまう。
機を熟すのを待つべきか?
でもそれだと、さっきの二の舞になってしまう……。
ちらちらと横目で様子を窺いながら思案していると、彼女は重いため息を吐いた後。
「
「……えっ?」
「名前よ。そんなことも分からないのかしら」
侮蔑混じりの言葉に少しだけ苛立つが、少女……堀北は生来こういった性格なのだろう。
良くも悪くも素直。
この流れに身を任せ、オレはさらなる自己紹介をする。
「一応オレがどんな人間かというと、趣味は特にない……いや悪い、訂正だ。趣味は読書だな。あとそうだな、興味はなんにでもあって、友達は程々出来れば良いと考えている。まぁつまり……事なかれ主義だな」
「そう。私が好きになれない主義ね」
「会って早々人の主義を非難するか」
「私は裏表ない性格だから。嫌だと思ったら嫌だと言うのよ」
──……そうですか。
反応に困っていると、堀北は気になることでもあるのか教室の扉付近に目を向ける。
オレも彼女の視線を追って見てみると、そこには一人の少年が立っていた。
彼と会ったら絶対に忘れることはないだろう。それだけの存在感を彼は放っている。
「なかなか設備の整った教室じゃないか。噂に違わぬ作りになっているようだねえ」
少年は
大勢の生徒の若干引いた視線に気付いていないのか、彼は機嫌が良いのか笑みを浮かべながら自分の席に腰掛けた。
ああいったひとでも交友関係は広くしたいのかなと気になり、少しだけ観察する。
すると彼は両足を机の上に乗せ、スクールバッグから爪とぎを取り出して鼻歌を歌いながら気ままに爪の手入れを始めた。
周囲の視線や喧騒など意識外へと追いやっているのだろう。
殆どの生徒が高円寺から興味をなくす中、堀北だけは彼のことがまだ気になっているのか顔を向けていた。
「知り合いか?」
「誰が」
「お前と高円寺がだが」
「違うわ。初対面よ。学校行きのバスでちょっとしたハプニングが起こって、彼が渦中の人物だっただけ」
「そのハプニングについて詳しく教えてくれると──」
「お断りするわ」
話を掘り下げようとしたオレの試みは呆気なく失敗し、堀北は今度こそ話を会話を中断させてスクールバッグから一冊の本を取り出し黙読し始めた。
少し屈みこみ、本の題名を盗み見る。
『罪と罰』。ロシアの文豪、フョードル・ドストエフスキーが世に生み出した長編小説だ。
あれ面白いんだよな。バス内で椎名が読もうとしていたアガサ・クリスティ著の『ABC殺人事件』もとても面白いが、個人的にはこっちの方が面白い。
正義のためなら人を殺す権利があるか否か、それを問いている。
そうだ、椎名の時と同じようにお互いに好きなことで親密度を上げてみるとしよう。
「なあ──」
口を開き掛けたその時だった。
始業のチャイムが教室内に響き、それとほぼ同時に一人のスーツ姿の女性が現れる。
彼女は正しく社会人といった具合にきっちりスーツを身に纏っていた。ただ、胸の大きさは隠すことが出来ておらず白い肌が露出している。
外見だけで判断するなら、堀北と同じような性格だろうか。つまり優等生。歳は三十に届いているかいないか。やや長い黒髪を後ろに束ね、ポニーテール調といった具合にしている。
この学校の関係者であることは間違いない。
予想するに、彼女が担任だろう。
彼女が教卓に向かう数秒の間に、席から立っていた生徒たちは慌てて自分の席に戻った。
「新入生諸君。私はこのDクラスを受け持つことになった
そう言いながら茶柱先生は一番前の席の生徒たちに見覚えのある資料を渡し、そう指示してきた。
確かあれは、入学決定後……合格通知と共に送られてきたものだ。
この高等学校は、全国各地にある高等学校とは異なったルールが敷かれている。大前提として、生徒は在学中、学校が用意した寮で寝泊まりしなくてはならない。ここまでは寮がある学校とさした変わりは無いと思うが、違いはここからだ。
生徒は在学中、特例を除き外部との接触を禁じられている。
つまり家族との連絡は不可能。
さらには、学校の敷地内からの外出も禁じられている。
しかしその反面、政府主導で建立させただけはあるのか、生徒に不満を覚えさせないように手配されているのも事実だ。具体的にはカラオケやシアタールーム、カフェにブティックといった娯楽施設や、コンビニエンスストアにスーパーといった施設も存在するらしい。
そして最も異質なものがある。Sシステムの導入だ。
「今から配る学生証カード。このカードにはポイントが振り分けられており、ポイントを消費することによって敷地内にある施設の利用や売られている商品の購入が可能だ。まあ、クレジットカードだと思えばいい。
学生証に振り込まれているポイントは1ポイント=1円の計算になっている。
理由は分からない。
「ポイントの使い方は簡単だから迷うことはないだろう。もし困ったらその場にいる職員に尋ねるように。それからポイントは毎月
茶柱先生の言葉に、オレたち生徒はざわついた。
彼女の言う通りなら、オレたちは現時点で、10万ポイント──つまり、十万円という大金を得ているのだ。
学生のオレたちにとってその金額は凄まじい効果を生み出す。
思い思いに周りの生徒と共に言葉を交わす生徒を、茶柱先生はおかしそうに笑った。
「意外か? 最初に言っておくが、
茶柱先生はそう締め括って、やることはやったとばかりに喧騒に包まれる教室から立ち去った。
どうやら彼女は、生徒にそこまで興味が無いのかもしれない。いや、それはオレの考えすぎかもしれないが。
だがいずれにしても……。
「思ったよりも堅苦しい学校ではないみたいね」
一瞬オレに声を掛けてくれたのかと期待したのだが、顔をこちらに向けているわけではないので違うと判断した。
確かに堀北の言う通りだ。
オレ個人の意見を述べさせて貰うとするならもの凄く緩い。
もちろん制限はある。三年間の寮生活に、家族との隔離。
けれどそれを帳消しにする学校のシステム。周辺施設に不備はないだろうし、何より毎月十万円の大金が無償で贈られるのだ。
そして東京都高度育成高等学校の最大の魅力は、就職率、進学率共にほぼ百パーセントのところ。
国主導で作られたこの高校は、生徒が望む道に応えるのだとか。
事実、学校側はそれを大体的に告知しているし、卒業生の中には世の中を賑やかせている有名人もいる。そして有名人の分野は幅がとても広い。
普通の高校だったら必然と一つの分野に絞られるのだろうが、この高校にはそれは当てはまらないのだろう。それだけの力があるのだ。
在学中は夢のような日々を毎日送れる。
卒業後は安泰の人生を歩める。
生徒にとって、この学校は楽園だ。
──だが、本当にそうだろうか?
茶柱先生が言った言葉に嘘偽りは無いだろう。仮にも彼女は教育者であるのだから。
それに、他のクラスと説明が違うようならすぐに看破されてしまうだろうし……。
駄目だな。
公開されている情報が少なすぎる。
「ねぇねぇ、後で一緒に買い物行かない? 持ってこれた私物はかなり少ないし、服でも見に行こうよ!」
「うん! 今だったら何でも買えるしね。……私、この学校に入学出来て良かったな〜。絶対に落ちたと思ってたもん」
「私も私も〜」
「なぁ、さっきの先生の言葉が本当ならさ。最新鋭のゲーム機が売られてるんだろ? ちょっと見に行こうぜ」
「もちろんだ。あのVR搭載ゲーム、売っていると良いなあ……。すぐに完売になったからな、買えなくて悔しい思いをしてたんだ」
「お前もか? ならさ、一緒に買って一緒にプレイしようぜ!」
十万円という大金を得た喜びに浸り、浮き足立つ沢山の生徒。
しまった、完全に出遅れた。
見れば、既にグループが確立されつつある。
隣の堀北は孤高を貫くようだがオレは違う。
けどどうすれば……。
「皆、ちょっと良いかな?」
オレが逡巡している中、やや大きめな声が出された。
誰だと生徒たちが声主に視線を向ける中、そこには数多の視線を身に浴びながらも堂々とした態度を崩さない一人の男子生徒が居た。
彼は如何にもな好青年で、髪も染めていないようだし、それに立ち姿も綺麗だと思う。
「僕らは今日から三年間共に過ごすことになる。だから自発的に自己紹介を行って、一日も早く友達になれたらと思うんだ。茶柱先生の言葉を信じるなら、入学式までに一時間はある。どうかな?」
おぉ……! 凄いことを言ってのけたな。
大半の生徒が思っていても口に出せなかったことを、あの少年は口に出してみせた。
集団に訴えるのにはかなり勇気がいることなのに、彼は凄いな。
「賛成ー! 私たち、まだお互いの名前すら知らないしね」
一人の少女が賛同したことによって、流れは前に前にと進む。
最初に自己紹介をしたのは、やはりというか発案者の少年だった。
「僕の名前は
拍手喝采。
イケメンにサッカーは最強のコラボだ。好感度が一気に二倍……いや、四倍にアップする。それだけの力が爽やかフェイスとサッカーにはある。
事実拍手自体は皆送っているが、女子生徒の拍手の度合いが凄まじい。今のたった数秒の自己紹介で、何人の女子生徒が彼に惚れたのか、想像すら難しいだろうな。
「もし良ければ、端の方から自己紹介をお願い出来るかな? えっと、そこのきみ。頼めるかい?」
「わ、私……?」
「うん」
一連の流れに淀みが一切ない。
多分平田は中学時代もクラスのリーダー的立ち位置だったのだろう。さらに口調や物腰に高慢さが微塵も見られないから、きっと男女問わずのヒーローだったに違いない。
平田に指名された女子生徒は最初、緊張のあまり上手く喋れなかったが、近くにいた別の女子生徒の手助けによって何とか事なきを得た。
ちなみに、自己紹介をした彼女の名前は
その後も自己紹介は続く。
次に立ち上がったのは、一人の男子生徒だった。
「俺の名前は
色々と突っ込みどころがあるが、まあ本人がそう言うのならそういうことにしておこう。
この時、会ったばかりの生徒たちが団結した瞬間だった。
……まぁ実際はウケ狙いのジョークだと思うが。クラスのお調子者として板に着きそうだ。
「じゃあ次は私だねっ」
勢い良く立ち上がったのは、井の頭を助けた少女だった。
彼女を見て確信する。
あれは絶対に、平田同様に男女共に人気者になるだろう。
「私は
櫛田と名乗った少女はさらに続けた。
「私の最初の目的として、ここにいる皆さんと仲良くなりたいです。是非、皆さんの連絡先を教えて下さいねっ」
拍手喝采。
平田の時とは逆に、今度は男子生徒の拍手の度合いの音が大きい。もちろん女子もだが。
櫛田のようなタイプが少しだけ羨ましい。きっと中学の時は学園のアイドル的存在だったんだろうな。
そのコミュニケーション能力を少しでもオレに分けてくれないだろうか。無理か。
そこまで考え、オレは状況が切迫していることに遅まきながら気付く。
他人の自己紹介を悠長に聞いている場合じゃない。
ど、どうしよう……。
椎名や堀北の時のような自己紹介をするか?
でも可もなく不可もなくの自己紹介だと存在感が消える気が……いやでも、それもありのような気がしなくもないような……。
山内のようにウケを狙いに行くか? 無理だ、先を許してしまったオレに、彼以上のジョークは飛ばせない。
オレが悩んでいる間にも、非情にも自己紹介は続いていく。
「それじゃあ次の人──」
司会役としてすっかり定着した平田は次の生徒に促すが、その生徒は真正面から睨み付けることで対抗した。
髪の毛を真っ赤に染め上げた、如何にもな不良少年。
「俺らはガキかよ。自己紹介なんて、やりたい奴だけやればいい」
おぉ……! 不良少年は真っ向から平田に挑むようだ。
これには流石の平田も気分を害する……そう、思ったのだが、彼はむしろ申し訳なさそうに。
「僕に強制させることは出来ない。不愉快にさせたら謝りたい」
そう言って頭を深く下げた。
「なによ、自己紹介くらい良いじゃない!」
「そうよそうよ!」
「ガキって言うけど、アンタの方がガキじゃない!」
平田の謝罪と同時に彼を擁護する声が不良少年を追い込む。どうやら本当に、平田はこの短い時間で一定以上の人望を得たようだ。
これからの学生生活を考えるのなら、不良少年もまた平田に謝罪して誠意を見せるべき場面だ。最悪、クラスの生徒全員が彼のことを疎むかもしれない。
しかし不良少年はますますいきり立ち。
「うっせぇ。俺は別に、仲良しこよしするためにここに入ったわけじゃねえよ」
不良少年は席を経ち教室を出ていった。それに追随するようにして数名の生徒も立ち上がる。
彼らもまた、自己紹介は必要ないと判断した生徒たちだ。
そして隣人の堀北もそのように判断したようだ。
一瞬だけこちらに目を向けるが、オレが立ち上がらないことを察知したら何も言わずに歩き出す。
悪いな堀北。
平穏無事な生活を送るためには、この行事は欠かせない。
その後も着実に自己紹介は続いていく。
彼女募集中の
自己紹介とは面白いなとオレは思う。
たった数秒の時間で、その人の人となりが朧気ながら垣間見得るのだから。
だが──オレには何も無い。
椎名のおかげで読書が趣味だと気付けたが、他には本当に何も無い。
ただオレは──自由な鳥になりたくて。
この広大な世界で思う存分に羽ばたきたくてここにやって来た。
「じゃあ最後に、そこの君。お願い出来るかな?」
「……えっ? オレか?」
「うんそうだよ」
しまった、時間を無駄に浪費してしまった。
何十人分もの視線がオレの体を容赦なく穿ち、気分が悪くなりそうだ。
彼らは一様に期待の目を向けてきた(思い込み)。
そうだ、落ち着くんだ。
椎名や堀北の時は、一応は上手く出来たじゃないか。
個性なんて一つもないが……それでもマシなものにはなるだろう。
ガタッ! と勢い良く立ち上がる。
一人一人、これから三年間共に過ごすクラスメイトの顔を眺めながらオレは、重たい口を開いた。
「えー……えっと、綾小路清隆です。趣味は読書ですが……えー、得意なことは特にありません。えー、皆と仲良くなれるように頑張りたいです」
そそくさと椅子に座る。
「よろしくね綾小路くん。一緒に仲良くなっていこう」
向けられる同情の眼差し。
確信する。オレは多分、良くてコミュ障、悪くて根暗そうな奴だと認識されたに違いない。
──練習は本番のように。本番は練習のように。
そんな言葉が世の中にはあるけれど、なるほど、その難しさを身にしみて実感した。
読書の皆さんが思う、一学期の間に最も実力を示したDクラスの生徒は?
-
綾小路清隆
-
堀北鈴音
-
平田洋介
-
櫛田桔梗
-
須藤健
-
松下千秋
-
王美雨
-
池寛治
-
山内春樹
-
高円寺六助
-
軽井沢恵
-
佐倉愛里
-
上記以外の生徒