ようこそ事なかれ主義者の教室へ   作:Sakiru

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無人島試験

 

 高度育成高等学校第一学年:第一回特別試験

 

 ─概要(がいよう)

 

 今回の特別試験は実在する企業研修を元に作られた実践的、かつ現実的なものである。生徒が如何(いか)にして一週間の無人島生活を過ごし、如何にして対応性や柔軟性を向上させるか、教師一同楽しみにしている。

 

 ─要項─

 

 テーマ:『自由』

 

 内容:一週間の無人島生活

 

 場所:無人島

 

 期間:八月一日正午〜八月七日正午

 

 初期所持品(個人)──

 筆記用具、着替えのジャージ及び下着類。

 

 初期所持品(支給品)──

 八人用テント(二つ)、懐中電灯(二つ)、マッチ(一箱)、歯ブラシ(ひとり一つ)、日焼け止め(無限)、生理用品(女性のみ・無限)、マニュアル(一つ)、腕時計(ひとり一つ)、簡易トイレセット(ひとクラス一つ)。

 

 ─ルール─

 

 ・テーマが『自由』のため、常識の範囲内でならどのような一週間を過ごしても問題はなく、また、二学期以降の成績にも一切の反映はしない。

 

 ・A〜Dクラス、全てのクラスに300ポイントを支給する。このポイントを消費することによって、マニュアルに載せられている道具類や食材を購入することが出来る。なお、原則的にはマニュアル外のものは購入出来ないが、万が一、欲しいものが出た場合は担任教師に確認をするように。場合によっては認められるものがある。

 

 ・特別試験が終わった時点での残当ポイントを全て、夏休み以降──厳密には九月一日からのクラスポイントに代替して振り込むこととする(例:50ポイント→50cl)。

 

 ・支給された腕時計の着脱は許可なく行えない。試験終了まで身に付けること。許可なく外した場合はペナルティが与えられる。この腕時計には時刻の確認だけでなく、体温や脈拍、人の動きを察知するセンサー、GPS機能が備わっているため、万が一、危機に(ひん)したら迷わず救助信号を出すように。

 

 ・各クラスはベースキャンプをまず先に決めること。正当な理由なくして変更及び移動は認められない。なお、各クラスの担任教師は試験終了までクラスと行動を共にする決まりになっており、ベースキャンプの隣に拠点を構え、そこで点呼を取ること(注:点呼については下記『ルール:マイナス査定の基準』に書かれている)。

 

 ─ルール:マイナス査定の基準─

 

 ・著しく体調を崩したり、大怪我をしてしまい続行が難しいと判断された者は、マイナス30ポイント。及びその者はリタイアとなり、客船に強制収容、安静に過ごして貰う。

 

 ・環境を汚染する行為を発見した場合。マイナス20ポイント。

 

 ・毎日午前八時、午後八時に行う点呼に不在の場合。一人につきマイナス5ポイント。

 

 ・他クラスへの暴力行為、略奪行為、器物破損などを行った場合、生徒の所属するクラスは即失格とし、対象者のプライベートポイントの全没収。

 

 ・今回の試験でマイナスに陥ることはない(注:上記の『ルール』から意訳)。

 

 ─追加ルール:Ⅰ─

 

 ①まず先に、各クラスでリーダーを一人選出して貰う。例外はない。

 

 ②島には『スポット』と呼ばれる箇所が幾つか設けられており、占有権がある。そのため、占有したクラスのみ使用出来る権利がある。ただし公平性を保つために『スポット』の占有権は八時間で効力を失い、次に占有される時まではどのクラスも『スポット』を活用出来る権利が与えられる。

 

 ③『スポット』を一度占有する度に1ポイントのボーナスを得ることが出来る。ただしこのボーナスポイントは暫定(ざんてい)的なものであり、試験中は利用することが出来ない。

 

 ④スポットを占有するためには『キーカード』が必要である。

 

 ⑤他クラスが占有している『スポット』を許可なく使用した場合、50ポイントのペナルティ。

 

 ⑥占有した『スポット』は常識の範囲内でなら自由に使って構わない。

 

 ⑦キーカードを使用することが出来るのはリーダーだけである。

 

 ⑧正当な理由なくしてリーダーの変更は出来ない。

 

 ⑨『スポット』の占有上限は設けないものとする。

 

 ─追加ルール:Ⅱ─

 

 ①最終日の朝の点呼のタイミングで他クラスのリーダーを当てる権利が与えられる。

 

 ②リーダーを当てることが出来たらひとクラスにつきプラス50ポイント。逆に言い当てられたら50ポイント支払う義務が発生し、さらには試験中に貯めた『スポット』のボーナスポイントも全額喪失する。

 

 ③見当違いの生徒をリーダーとして学校側に報告した場合、罰としてマイナス50ポイント。

 

 ④権利を行使するか否かは自由である。

 

 ─最終日:八月七日について─

 

 ①朝の点呼後、全生徒が浜辺に集合。万が一、リタイアしてしまった生徒は客船内の一室に集まって貰い、そこで待機。なお、特別ルールの権利を使うか否かは、各クラスの意思に任せるとする。

 

 ②試験の結果発表を行う。発表するのはクラス順位と、試験で得たクラスポイントのみである。

 

 ③上記二つが終了した後、第一回特別試験を正式に終了とする。以降は、客船内での生活に戻る。

 

 

 

§

 

 

 

「──以上かな」

 

 マニュアルに書かれていることを洋介(ようすけ)が出来るだけ()(くだ)いて音読(おんどく)した。

 そして聞き終えたオレたちDクラスの生徒は緊張を隠せないでいた。

 つい数分前に真嶋(ましま)先生から衝撃的なこと──特別試験が始まることを告げられたばかり。

 今回の特別試験の内容は『一週間の無人島生活』。どのように過ごすのも『自由』な異質な試験。

 当初は多くの生徒から不満の声が上がったが、ここまで来たらやるしかない。そう思うまでに時間はあまり掛からなかった。

 現在は担任の補足説明を終え、砂浜で今後の行動を話し合っている最中だ。

 

()にも(かく)にも、まずはベースキャンプの場所を探さないといけないよね」

 

「ここじゃダメなのか?」

 

「うん。陽射(ひざ)しをもろに浴びてしまうし、食料調達にも向いていないから。やっぱり森に入って、島そのものを探索する必要があると思う」

 

 洋介の意見は全て正しいものだ。

 皆が険しい表情を浮かべてる中、彼はちらりと横を一瞥した。その視線の先には、先程まではA、B、Cクラスが居たのだ。しかし既に彼らの姿はない。

 

「他のクラスも行っちゃったし……どうするよ!?」

 

「落ち着いて(いけ)くん。ここで下手(へた)に焦るよりは皆の意見を一つに纏めた方が良い。のちのちに影響するかもしれないからね」

 

「『スポット』を探す必要もあるよな……。くそっ、やることが多すぎだ!」

 

 幸村(ゆきむら)が呻いた。

 次に声を上げたのは篠原(しのはら)だった。剣呑な目付きでオレ……ではなく、オレが両手に抱えている簡易トイレを(ゆび)さす。

 

「トイレの問題も何とかしないと! 無理、私たちには無理!」

 

「そうよそうよ!」

 

「うぅ……何でこんなことに……」

 

「流石にこれは……」

 

 いつか問題になると思ってはいたが、今取り上げなくても……と思ってしまうのはオレが男だからか。

 現にある一人の男子生徒が。

 

「はあ? トイレくらいこれで我慢しろよ!」

 

 と、言ったところで女性陣からブーイングされた。しかし男子も負けておらず、出来るだけ節約したい幸村や、意外なことにクラスの女王、軽井沢(かるいざわ)が反対派として立っている。

 

「か、軽井沢さんはそれで良いの!?」

 

「うん、まぁねー。あたしはどちらかと言うとこっち寄りかな。我慢しようと思えば我慢出来ることは、我慢するべきことだと思うよ」

 

 クラスの女王が敵に回ったことに女性陣は怯んだ。如実(にょじつ)なカースト制度が作られているからな、今後のことを考えると二の足を踏んでしまう……そんなところか。

 その中で真っ向から意見を申し立てる篠原は凄いと言えるだろう。

 

「でも……あたしはやっぱり無理!」

 

「うん、だから別にあたしはそれで良いと思うよ。あっ、でもこれだとあたしが女っぽくないかな?」

 

 たはは……と軽井沢は薄く笑った。

 櫛田(くしだ)佐倉(さくら)やみーちゃんといったオレの友人たちは緊急会議に加わってこそいなかったが、顔が引き()っているように見えるのは気の所為ではないだろう。堀北(ほりきた)は相変わらずの無表情だ。

 暑いなーと手をパタパタ扇いで傍観していると、白熱する論争に意外な人物が登場した。

 

「……トイレに時間を割いている余裕はないだろ。本堂(ほんどう)、お前の気持ちは分かる。俺だってポイントはなるべく残したいが、仮に俺たちが女だったら同じことを言っていたと思うぞ」

 

「み、三宅(みやけ)……。それは、そうだけど……」

 

 三宅明人(あきと)。どこのグループにも属さない人間だ。部活は確か弓道部で、寡黙(かもく)な印象をクラスメイトたちに持たれている。

 なおも食い下がろうとする本堂に、本堂の友人である池が彼を窘めるように。

 

「俺も三宅と同じ意見かなー。だってさ、仮設トイレは綾小路(あやのこうじ)が持っている一つしかないんだぜ? 現実的に考えてこれ一個で済むとは思えないぜ」

 

「い、池まで……。お前はそれで良いのかよ! 小遣いが欲しいって何度も言ってただろ!?」

 

「そりゃ欲しいけどさ。『スポット』があるんだろ? ならそこで充分に挽回出来るって! たった20ポイント、すぐに巻き戻せるさ」

 

「ぼ、僕も寛治(かんじ)くんに賛成かな……」

 

 男の()沖谷(おきたに)がさらに賛成派に付く。彼は奥義、上目遣いを決行。本堂はあっさりと折れた。幸村も折れた。軽井沢は可愛い! と身悶えた。

 この時オレたちは心を一つにして同じことを叫んだ。

 

「「「沖谷恐るべし!」」」

 

 これで意図的に出来るようになったら……沖谷は魔性属性が付与されるだろう。

 今までは洋介が仲裁役を担ってきていたが、ここ最近は彼の出番はなくなりつつある。良い傾向だな。

 もちろん彼が先導者であることに変わりはない。

 彼はクラスメイトを森の中に入るように促し、日陰を探した。そこに案内し、腰を下ろすように声を掛ける。

 

「ここを暫定的なベースキャンプにするとしよう。今から待機組と、探索組に分けようと思う。性差別的な発言はあまりしたくないけれど、女の子たちより体力がある僕たち男の子が探索組に出るべきだと思うんだけど……どうかな?」

 

 反対意見が出ることはなかった。

 

「もちろん、強制するつもりはない。この島について僕たちは未知だ。下手に動いて遭難でもしたらそれこそ最悪だからね。そのうえで、やってくれる人は居るかな」

 

「俺は行くぜ」

 

 (けん)が真っ先に名乗り出た。

 Dクラス内、いや学年でも屈指の身体能力を誇る彼が動いてくれるのはありがたい。

 

「これまで俺はクラスに迷惑ばかり掛けてきたからな。むしろ行かせてくれ」

 

 瞳には確かな決意の色が灯っていた。

 多くの生徒が彼の変貌に驚き、そして感心しているだろう。

 先の『暴力行為』で得たものは確かにあったのだ。

 

「お前はどうすんだよ、高円寺(こうえんじ)

 

 視線が向かう先は優雅にポーズを取っていた高円寺。この事態に於いても相変わらずブレないのは凄いな。

 健が声を掛けたのはひとえに、彼よりも高円寺の方が身体能力が優れていると認めているからだ。

 だが彼に期待しても無駄だろう。これまでクラスに一切の貢献をしてこなかった彼が協力するとは思えないからだ。

 だが彼は白い歯を見せて言う。

 

「ふふふふ、今日の私は普段にも増して気分が良い」

 

「……つまりどういうことなのかな?」

 

平田(ひらた)ボーイ、面倒な問い掛けはやめたまえ。せっかくの貴重な機会を失いかねないからねえ」

 

「そうだね……。きみは今回の特別試験、積極的に協力してくれるってことかい?」

 

「そういうことになるねえ。私が居る間は手を貸してあげることも吝かではないよ」

 

 また何とも高円寺らしい言い方だな! そう、クラスメイトの大半は考えているだろう。

 だがオレは……オレだけが白けた眼差しを向けていた。

 

 ──良くて二日……いや、こいつの性格上一日持てば良いか。

 

 基本的に人を疑うことをしない洋介は思わぬ戦力の増強に喜びを隠せない。

 

「ありがとう、高円寺くん!」

 

「ふふふふ、何、お礼を言われることではないさ。その代わり平田ボーイ、探索のペアは私が選んでも構わないかな?」

 

「え? う、うんそうだね……その人が良いって言うなら……」

 

 先導者から言質を取った高円寺は、無言でDクラスの面々を見渡した。

 そしてある一点で停止する。視線の先には──。

 

「では綾小路ボーイ。私たちは今からエクスプローラーだ」

 

 そう言って、高円寺は白い歯を見せてくる。

 

「おいおい高円寺……どうして清隆(きよたか)なんだよ?」

 

 健が不思議そうに声を上げた。

 他の生徒も同様で困惑に色を染めている。

 

「ここ最近ボーイは注目を浴びているようではないか。私も彼に少なからず興味を覚えてねえ。それに彼とは以前、諸君らの中で唯一ランチを共にした仲さ。交流があるマイフレンドを選ぶのは当然だろう?」

 

「あぁそっか……確かにそんなことがあったって噂になったよな」

 

「あったあった! 懐かしいねー、あれからもうだいたい三ヶ月だよ!」

 

 面倒臭い手回しは必要なかったかもしれないな。

 興味深そうな視線が最終的にオレに収束する。

 オレはクラスメイトを見渡した。どうやら彼らは高円寺の『嘘』に納得しているようだ。

 自分が取れる最良の選択は何かを冷静に思考する。

 

「……分かった。一緒に『スポット』を探そう」

 

「では行こう、綾小路ボーイ。豊かな自然が私たちを待っているからねえ」

 

 高笑いしながら森の奥地に侵攻する高円寺の背中を、オレは嘆息してから追い掛けた。

 背後に届けられるのは同情の眼差し。自由人の相手は疲れるからなあ……とか、そう思っているんだろうな。

 青々と茂った緑は、森の中へ足を踏み入れる度に色濃くなっていく。

 どれだけ歩いただろうか。

 オレたちの任務は『スポット』を探すことだが、オレたちは一切(まっと)うしていない。いやまあ、結果的にはそうなるのだが。

 オレは高円寺の背中を追い掛けることだけに専念していた。

 しかしそろそろ無言の時間も飽きてきたところだ。

 

「──ところで高円寺」

 

「何かな綾小路ボーイ?」

 

 聞き返す彼に、オレは躊躇うことなく切り出した。

 

「お前、リタイアするつもりだろ」

 

 半歩前を歩く彼は特別な反応をしなかった。

 そして急に立ち止まる。高円寺六助(ろくすけ)は平生浮かべている不敵な笑みと共にオレを見下ろした。

 

「きみは何を言っているのかな?」

 

「隠す気がないのにその言葉はわざとらしいぞ」

 

「ふははは、確かにきみの言う通りだねえ。しかし私は先程確かに言ったはずだ。『私が居る間は手を貸してあげることも吝かではないよ』とね」

 

「ああ、そうだな。だがそれはお前が試験に臨んでいる間だけの限定的なもの。逆に言えば、試験を強制的に終わらせたら責任を果たす必要はなくなる」

 

 洋介たちは、高円寺六助の全面的な協力が遂に叶ったと考えていることだろう。

 他ならない彼自身がそう告げたのだから。

 だが良くよく言葉を噛み砕けば単なる『言葉遊び』だとすぐに分かる。いや、言葉遊びなんてものは烏滸(おこ)がましいか。

 

「今回の特別試験。Dクラスはポイントを得ることに固執している。だから、クラスメイトが助け合うことは必然となる──そう、考えさせられている。だが四十人の生徒全員が同じ考えのもと動くわけじゃない。お前のように試験なんてどうでも良いと考えてもおかしくないからな」

 

「見事だよ綾小路ボーイ。きみの想像通り、明日の今頃には私はこの島には居ないだろうねえ」

 

「豪華客船で悠々自適な生活を過ごすつもりか」

 

 尋ねると笑みで返された。

 クラスポイントが大きく変動する特別試験。オレが今しがた語ったように、多くの生徒が真面目に取り込もうとしているだろう。

 小遣い稼ぎのために、あるいはAクラスを目指すために。

 だが中にはそんなことに関心を寄せない人間も居る。高円寺のような人間からしたら、今回の特別試験に臨んだところでメリットは無いに等しい。

 

「どんな『嘘』を吐く予定だ?」

 

「ふふっ、教えてあげよう。体調不良にするつもりさ」

 

 息を吸うかのように自然と即答するのは流石だな。

 変に頭痛や腹痛と言うと学校も面倒な対応をするかもしれないから妥当なところか。

 

「安心したまえ。私は約束を守るナイスガイだからね。期待には添えよう」

 

「お前のリタイアで30ポイントの損失か……」

 

 大きいと見るか、それとも小さいと見るか……。

 脳内で算盤を弾く──特に問題はないな。

 

「さて、私はきみの質問に答えたんだ。私からも質問良いかな?」

 

「答えられる範囲なら答える」

 

「実に保険に入るねえ。──何故きみはあんなことをしたんだい? 私は綾小路ボーイ、きみはスチューデントウォーズに興味がないとばかりにシンキングしていたんだが?」

 

 この男に嘘は言っても通用しないだろう。

 むしろ下手に機嫌を損ねるとのちのちの計画に支障を(きた)す可能性がある。

 こいつが他人の行動について誰彼構わずに吹聴するとは思わないが、それも絶対ではない。

 

「詳しい事情はお前も興味がないだろうから、簡潔に言うぞ」

 

「実に私好みの回答方法だよ。それでは聞かせてくれるかな?」

 

 かくかくしかじか。オレは高円寺に要所要所暈しながら説明した。

 担任に脅迫されたこと。脅迫し返したこと。取引をしたこと。この二週間だけクラス闘争に参戦することになったこと。

 聞き終えた高円寺はいつも以上に高らかな笑い声を上げ、森に響きかせた。

 

「ふははは! HUHAHAHAHAHA!」

 

 ……とうとう人外の域に足を踏み出したか。

 高円寺の狂った笑い声に引いていると、彼は太陽に眩く反射して光る金髪を掻き揚げながら尊大に言った。

 

「今日は近年稀に見ない程に愉快な気持ちになるねえ。綾小路ボーイ、きみはやはり面白い」

 

 だが、と彼は言葉を続けて。

 

「──()()()()()()()()()()()。退屈、とでも形容した方が良いだろう。綾小路ボーイ、これは私のアドバイスだ。自由を求めるなら自由に振る舞う必要性はナッシングなのだよ」

 

「どういうことだ……?」

 

「ふふ、それはきみ自身が答えを出さなくてはねえ」

 

 高円寺の言葉を、自由人の気紛れ、余興の類だと判断することは造作もない。

 しかしこの時だけは、頭の片隅に取り留めておこうと思った。

 

「随分と話し込んでしまったねえ。それでは行くとしようか」

 

 それからは無言の時間が過ぎていった。

 オレは道無き道を通りながら思考を巡らす。

 無人島というだけはあって、人工物は皆無だな。パッと見ではあるから、一概には言えないが……。

 

 ──徹底しているな……。やっぱり無駄なものはないか……。

 

 とはいえ、その分だけ探索は楽になるんだが。

 そろそろ目当てのものが出てくるだろう。

 数分が流れたところで、オレたちは開けた場所に出た。

 人が故意に切り開いたと思われる道。コンクリートで舗装されているわけではもちろんないが、明らかに『道』として成り立っている。

 そしてどうやら『道』は一直線に()かれているようだった。

 

「ふむ……登ってみるとしようか」

 

「……は? 高円寺お前、何を言って──!?」

 

 言うや否や、高円寺はオレの言葉を無視して木登りを開始した。

 どこに足を掛けるか、どうやって登るか、ルートに迷いがない。野生児かと突っ込みを入れたかったが、今更かと思い直す。

 ひょいひょいと流れるようにして影が動き、気付いたら彼は頭上、三、四メートル程の高さに居た。

 

「きみも来たまえ、綾小路ボーイ。登ることは造作もないだろう?」

 

 頭上から催促の声が降られるが……、えっ? 

 

「いや、いやいやいや。都会っ子のオレがお前みたいに出来るわけがないだろう?」

 

 抗議すると、珍しくも高円寺は困ったように微笑む。

 

「しかし綾小路ボーイ。そうも言ってられないのだよ。私たちが目指す先に、スチューデントが二人居るのだからねえ」

 

「そういうことか……」

 

 この段階で他クラスとの接触は控えたい、か……。

 今日の高円寺はやけにクラスに──いや、オレに協力的だと言える。

 って言うか、何気に衝撃的な発言があったな。

 

「お前、ここから見えるのか?」

 

「当然さ。私の視力は素晴らしいからねえ。くっきりと視たよ、洞窟に入っていく彼らをね。これできみが何をするべきなのかは決まっただろう?」

 

「……分かった。少し待ってくれ」

 

 言いながら、先程の高円寺の動きを脳裏に思い浮かべる。

 巨木の幹に恐る恐る触れると、ひんやりとゴツゴツとした感触が返ってきた。

 (まぶた)を閉じ、記憶した動作を再生。

 当然だが、地面に近い程木の枝は太く、逆に空に近い程木の枝は細くなる。

 思い返してみれば、彼は殊更に太い枝を伝っていたな。現に今も太い枝の上に乗っている。

 なるほど……何となくは分かった。

 やり方さえ分かればあとは野生児の真似をするだけで良い。

 

「──行くか」

 

 呟き、オレは拙いながらも木を登り切った。

 高円寺が立っている所まで上昇させる。

 

「おお……やってみるもんだな」

 

 地上とは段違いの景色に感嘆の声を出してしまう。

 これなら移動が楽になるな。この一週間重宝するとしよう。

 

「それでは行こうか、綾小路ボーイ」

 

「えっ──早っ!」

 

 間抜けな返事をした時には遅かった。

 どんどんと高円寺の背中が遠ざかっていく。

 木登りは修得出来たが、次は空間移動を修得しないといけないのか……。

 木から木に移動する、ドラマやアニメ、小説だったらよく使われる描写だ。

 しかしよもや自分が実践することになるとは思いもしなかった。

 まあ……幸運なことに見本がある。先程と同様、オレは体の動きを高円寺に投影(とうえい)しながら木々の隙間を縫って行った。

 

 ──落ちたら骨折だけじゃ済まないだろうな……。

 

 程なくして、オレはようやく、高円寺が先に見ていたものを視界に映すことが出来た。

 山の一部にぽっかりと大穴が空いた洞窟、その入り口。

 

「『スポット』があることは間違いないな」

 

 むしろあからさま過ぎるだろう。

 とはいえ、『スポット』を占有するためには専用のキーカードが必要であり、使用権限は各クラスにつき一人だけ選ばれる代表者……リーダーだけにある。

 隣の木に乗っている高円寺に確認する。

 

「二人の生徒が入って行ったんだよな?」

 

「下らない嘘は言わないさ。嘘吐きは泥棒の始まりと言うしねえ。それは美しくない」

 

 何ともまあ、説得力がある言葉だな。

 内部に生徒が二人居る。

 ばったり出くわしたら面倒なため、オレは陰に隠れた。

 ところが高円寺は身を潜めない。

 

「……隠れないのか?」

 

「隠れる必要があるのかい? ルール上、他クラスの生徒への暴力行為は禁じられている。何も恐れる必要はないさ。それに──」

 

「それに?」

 

「──身を隠すなど美しくないからねえ! 見たまえ綾小路ボーイ、木の枝に座り、幹に寄り掛かり陽の光を浴びる私を! ふふふ、(アイ) am(アム) beautiful(ビューティフル)!」

 

 無駄に発音が良いとイラッとするな。

 額に手を当ててため息を漏らしたところで、入り口から人の姿が。

 オレは隠れているから問題ないが、高円寺は普通に姿を晒しているため、当然のように見付かった。

 

「──お前、誰だ!?」

 

 一人の生徒が尋ねてくる。

 顔だけ覗かせると、そこには高円寺が先程教えてくれたように、二人の生徒が居た。

 片方は深緑色の髪を短く刈り取っており、もう片方は驚くべきことにスキンヘッドだ。性別はどちらも男。

 声を上げたのは髪の毛がある方だ。

 

「グリーンボーイ、人に名前を尋ねる時は自分からだと your parents アンド your teacher から習わなかったのかい?」

 

「は、はあ!? な、何だよお前……妙に英語の発音良いし……」

 

 髪の毛所持者が困惑した。うん、分かるぞその気持ち。

 高円寺の彼に対する興味はなくなったのか、スキンヘッドの方に顔を向けた。

 

「俺はAクラスの葛城(かつらぎ)だ。こっちは弥彦(やひこ)と言う。もし良ければ、名乗って貰えないだろうか」

 

 ──こいつがAクラスのリーダーの片割れか。

 改めて悟られない程度に見る。

 目を引くのはやはりスキンヘッド。ファンションか、はたまた何かの病気持ちか……それは分からないが、少し下を注視すれば感想はまた違ってくる。

 真紅と純白で彩られているジャージの上からでも分かる程の筋肉質さに、ガタイの良さ。服を脱げば筋肉の塊が現れるだろう。

 隣の弥彦と比べたら差は一目瞭然だな。

 自分のことを棚に上げて両者を観察していると。

 

「ふふふ、どうやらそっちのスキンヘッドボーイは礼儀を弁えているようだねえ。では私も名乗ろう。私の名前は高円寺六助さ」

 

「お前が……?」

 

「葛城さん、こいつはアレですよ、一年でも話題の自由人です!」

 

 弥彦が彼の前に出て吠えた。さながら主を守る忠犬のようだ。

 葛城はしばらくの間思案している様子だったが、やがて弥彦の右肩にぽんと手を添えて逆に前に出る。

 

「か、葛城さん……?」

 

「この男は弥彦、お前では荷が重いだろう。俺が話す」

 

 賢明な判断だな。

 いくらAクラスと言えど高円寺の相手は難しいだろう。

 何せ、常識が通じないからな。こういう相手が一番面倒だ。

 

「高円寺、何故お前がここに居る?」

 

「何、クラスメイトからお願いされてね。凡人では出来ることと出来ないことがある。であるならば、高いポテンシャルを持つ人間が凡人を導くことは当然だろう?」

 

「ほう……。しかし、お前一人なのか? Dクラスでは平田洋介という男がクラスを(まと)めていると聞いているが、彼はお前の単独行動を認めたと?」

 

 言外に、そこにはお前以外に人が居るんじゃないか? と葛城は尋ねているのだ。

 オレが内心唸っていると、そんなオレの内心など知ってか知らずか、高円寺は飄々(ひょうひょう)と答えた。

 

「ふふ、平田ボーイは私をとめたがね。しかし私の行動に付いてこれる者はDクラスには皆無に等しい。あるいは、レッドヘアーボーイなら数分は持つだろうがねえ」

 

「レッドヘアーボーイ……須藤のことか。なるほど、彼程の逸材なら納得は出来るが……」

 

「葛城さん、随分と他クラスのことを知っているんですね……」

 

 感心する弥彦に、けれど葛城は表情を変えることはなかった。

 それどころか嘆息してから味方を見下ろす。

 

「弥彦、この際だから言っておこう。この学校は確かに異質さがあり、また実力至上主義を掲げている。故に、俺たちAクラスが優れていると思う──思ってしまうのは仕方がない側面がある。だが、だからこそ俺たちは他のことに関心を寄せることがある」

 

「で、でも……! 精々がBクラスじゃないですか! CやDクラスとのクラスポイントの差は歴然ですよ!」

 

「中間試験を覚えているだろう。学校側が『不良品』と蔑称している下位クラスに俺たちは負けたんだ」

 

 葛城は弥彦を窘める。

 彼はしょぼくれる部下から視線を外し、高円寺に向き直った。

 

「──話を戻すとしよう。率直に尋ねるが、高円寺、すぐ近くにはお前のクラスメイトが潜んでいるのではないかな?」

 

「ふふっ、さてねえ。私がどう答えたところできみたちは納得しないだろう?」

 

 含みがある言い方をするなよ! 文句を言いたいが、声を出すわけにはいかない。

 しかし困った。いやほんと、冗談抜きで。

 身に付けた空間移動を使用しても絶対に物音が生まれてしまうし、地面に降りても絶対に視認されるだろう。

 そうなると今後の行動に支障を来す可能性が高い。

 当然、葛城は弥彦と一緒に辺りを散策するだろう。見付かるのも時間の問題だ。

 

「俺は下を見ますから、葛城さんは上をお願いします」

 

 葛城は片腕に装着している腕時計を一瞥してから、

 

「いや、クラスに合流するとしよう」

 

 と、意外なことに撤退の指示を出した。

 いくら上司の指示とはいえ、これには弥彦も納得出来ない。

 

「葛城さん!?」

 

「ここに俺たちが到着してから十分だ。話し過ぎたな。これ以上の長居はリスクを伴うだろう」

 

「し、しかし……良いんですか?」

 

「良くはない。しかし現に、お前が見下していた『不良品の生徒』がここに居る。他の生徒が来るのも近いだろう」

 

 と言うと、弥彦は苦々しい表情を浮かべた。

 葛城も眉間に(しわ)を寄せている。

 行くぞ、と上司は部下を引き連れて立ち去ろうする。

 そんな彼らに高円寺は笑いながら言葉を投げた。

 

「安心したまえ。きみが恐れていることにはならないだろうさ」

 

 葛城は返事をしなかった。

 二人の後ろ姿が森に消えるのを見届け、オレは安堵の息をゆっくりと吐き出した。

 さらに二分程経つのを待ち、戻ってこないかを確認する。

 

「高円寺、オレは今から洞窟の中に行ってくるから、見張り、頼めるか?」

 

「見張りをする必要があるとは思えないがねえ」

 

「そうか」

 

 恐らく、洞窟内部はそこそこ広いはずだ。

『スポット』があるにしても最奥、仮に高円寺が訪問者が来たことを報せたとしても意味はないだろう。

 せめてトンネル式になっていたら話は別なのだが……期待薄か。

 

「……まあ、兎に角頼む」

 

 高円寺は何も言わなかった。それどころか鼻歌を歌って気持ち良さそうに日光を浴びている。

 良くもまあ、ここまで自由奔放に生きることが出来る……と感心しながら、オレは乗っている木の枝から地面に身を投じた。

 とはいえ恐れる必要はない。これくらいの高さなら、余程打ち所が悪くない限り死ぬことはないからだ。

 無事に着地したオレは迷うことなく洞窟に入っていく。はたして数秒も掛からずに壁に直面した。

 そしてそこには埋め込むようにしてモニター付きの端末装置が設置されていた。

 無人島にそぐわないのは言わずもがな、つまりこれが学校側が意図的に(のこ)した『スポット』なのだろう。

 同じような装置がこの島の至る所に散在しているのだ。今回のように分かりやすい所や、中には、最初から知っていないと到達出来ない場所にもあるだろう。

 画面を覗くと、そこには『Aクラス─7時間44分─』という文字がでかでかと表示されていた。

 このカウントダウンがゼロになるまでAクラス以外のクラスはこの洞窟を利用することが出来ず、許可なく利用した場合は50ポイントのペナルティが与えられるのだ。

 

「洞窟の場合……条件に触れる行動は何だ……?」

 

 洞窟の利点。

 真っ先に思い浮かぶのは雨風から体を守ることが出来ることか。一定時間の経過と視るべきか? 

 そうであるにせよ、そうではないにせよ、どちらにしてもこれ以上の長居は必要ないだろう。

 収穫は充分にあった。

 外に出て高円寺と合流する。

 

「取り敢えず、一回浜辺に戻るか」

 

「オーケー、綾小路ボーイ! と言いたいところだがねえ。私はこれで失礼するよ」

 

「……理由を聞いても?」

 

「なに、どうせ明日にはここを離れているんだ。その前に雄大な自然を散歩したいと思ってねえ。カメラがないのが残念だが、いやしかし、私を上手く撮ってくれるカメラマンが居ないのだから仕方がないか」

 

 と、彼は少し残念そうに呟いた。

 いつもならうっわー、流石だわー! と呆れているところだが、短い時間とはいえ高円寺には世話になった。

 

「佐倉って、知っているか?」

 

「ふふ、巨乳ガールのことかい?」

 

「……」

 

 絶句してしまったオレは悪くない。

 いやまあ、確かに佐倉は巨乳に該当する胸の持ち主だ。

 しかし高円寺でもそういった観点でも人を視るのだと思うと……、こう、やっぱり彼も人間なんだなと親近感が湧くな。

 

「その佐倉なんだけど、写真を撮るのが趣味なんだ。今度撮ってもらったらどうだ?」

 

「ほう? それは良いことを聞いたねえ。巨乳ガールではなく、カメラガールだったとは!」

 

 巨乳ガールってのもなかなかにアレな渾名だと思うけれど、カメラガールってのもなかなかにアレな渾名(あだな)だな……。

 

「では綾小路ボーイ、さらばだ!」

 

「点呼前には合流しろよー……」

 

 念の為忠告したが、はたして、野生児に届いたかは分からなかった。

 願わくば集まって貰いたいものだ。

 高円寺の高らかな笑い声が森に木霊し、それもやがて遠くなっていく。何も知らない人間からしたらかなりのホラーものだ。

 オレは恐怖で震える生徒に合掌してから、スタート地点である浜辺に向かうのだった。

 

 

 

§

 

 

 

 八月。

 夏。

 暑い。

 灼熱の光を遮るものが何も無い砂浜はそれはもう地獄だった。

 朦朧(もうろう)とする意識の最中、オレは億劫になりながらも辺りを見渡す。しかし、見えるものと言ったら海と、砂と、森だけで、Dクラスの生徒は目をどんなに右往左往させても視界には映らない。

 現在時刻が午後の四時を過ぎているこの時間帯、適度な休憩と適度な水分補給をしなければ熱中症になってしまうだろう。

 おかしい、オレの聞き違いでなければこの地には女子たち──待機組が居るはずなのだが。

 

「……誰も居ない」

 

 独り寂しく呟くが、反応は何も無かった。

 いやいやいや! と激しく頭を振り、必死に脳を回転させる。

 が、出される結論はこれしかない。

 

「──置いていかれたか……」

 

「いやいや、居るからね!?」

 

 突如として焦ったような声が出された。

 砂浜……ではない。森の方からだった。木々の隙間からひょっこりと顔が出される。

 

「やっほー、綾小路くん」

 

「……櫛田か」

 

「わあ、驚いてる驚いてる。綾小路くんのその表情はなかなかにレアだね」

 

 くすくすと笑いながら櫛田は森の中から出てくる……かと思いきや、こいこいと手招きしてきた。

 訝しながら近付くと、彼女は数歩先を歩き始める。

 

「実はね、綾小路くんが来る前に須藤くんのチームが『スポット』を見付けたんだ」

 

「健のチームって言うと……」

 

 探索隊が正式に組まれる前にオレと高円寺は作戦を開始したため、クラスの行動はよく知らない。

 そこら辺を尋ねると彼女は詳細に語ってくれた。

 

「須藤くん、平田くん、池くんで構成されたチームと……、あとはまあ、適当に作ったかな。ほら、うちのクラスって身体能力に特別秀でた生徒は少ないじゃない? 一位は高円寺くん、二位は須藤くん、三位は平田くんだよね」

 

「そうだな」

 

 友人としては健が首位に輝くことを祈っている。とはいえ、一つだけ気になる点がある。

 

「身体能力が高い健と洋介が組むのは分かる。その方が活動範囲も広まるしな。けどだったら、どうして池が?」

 

 池はコミュニケーション能力は素晴らしいが、それ以外の観点では良くて平均だろう。そんな彼がどうして? 

 

「ああ、それはね。池くん、キャンプ経験者なんだってさ。それを聞いた平田くんが是非とも経験者の知恵を貸して欲しいって頼んだの」

 

「なるほどなあ……。クラスに経験者が居るってのはラッキーだったな」

 

「うん、そうだね。私も感心しちゃった。このままいけば池くん、女の子たちにモテそうだよね。ここ最近は落ち着いているしさ、さっきのAクラスとの対決の時も、男らしい! って意見がそこそこ出ていたし」

 

 良かったな池。

 お前にはもしかしたらモテ期が到来するかもしれないぞ。まあ、想い人からは好意を持たれることはなさそうだが。

 せっかく格好良いところを見せたのにな……と、オレが池に同情していると、櫛田は口調を変えずに楽しそうに言う。

 

「──けどさ、私が驚いたのは綾小路くんが面倒事に自分から関わったことだよ。私たちDクラスの生徒は他のことに気を取られすぎたから、不思議に思っていない。けど、他のクラスの生徒はどうかな? 私から言わせて貰えば、綾小路くんはとても『不気味』だよ」

 

 顔を振り向かせ、櫛田は面白いねと笑った。

 自分が所属するDクラスでオレの本性を意図的に垣間見せているのは洋介、そして目の前に居る少女だけだ。とはいえ、高円寺もこれに入ったわけだが。まぁ害はないから問題ない。

 兎にも角にも、先の一件の真相を知る数少ない人物である櫛田が、オレに疑惑の目を向けるのは当然だろう。

 いつしかオレたちは立ち止まり互いの顔を凝視していた。

 近くの木の幹に寄り掛かり長考する。

 

 ──さて、どうしたもんか。

 

 オレが目指している『結末』に、櫛田桔梗(ききょう)という存在は必要だ。最初は堀北鈴音(すずね)を使うことを視野に入れていたが……現段階では彼女の方が利用価値が高い。

 

「下手に探られると困るから先に言っておく」

 

 そう言うと、櫛田は驚いた様子を見せた。

 どうやらオレが答えるとは想定していなかったらしい。

 何かあるんじゃないの? そんな意味合いが込められた訝しげの視線が送られる。

 

「これは洋介と高円寺の二人にしか言ってないことだ」

 

 Dクラス内では、という言葉は敢えて呑み込む。

 

「平田くんは分かるけど……何で高円寺くん?」

 

「さあ……これについては成り行きとしか言えないな」

 

「ふぅん」

 

 それで? と無言で問われる。

 オレはすらすらと迷うことなく、目的の一端を語った。

 

「オレは今回の特別試験で、Dクラスの順位を一位とまでは流石にいかないが、最低でも二位以上にさせる予定だ」

 




2019年7月22日。
追加ルール:Ⅱについてですが、説明の仕方に問題がありました。ご迷惑をお掛けして申し訳ございません。

氏名 池寛治
クラス 一年D組
部活動 無所属
誕生日 六月十六日

─評価─

学力 D-
知性 D
判断力 D
身体能力 C-
協調性 B-

─面接官からのコメント─

学力や身体能力面といった点に於いては、特に秀でた部分は見られない。良くて平均である。
筆記試験でも成績は悪かった。
しかし、面接になると評価を変えざるを得ないだろう。採点では上位十五パーセント、配属されるDクラス内ではトップに近い成績を残しみせた。
彼の最大の長所はコミュニケーション能力である。
時折、面接官に対して敬語を使わない場面が見られたが、試験時は中学三年生なので仕方がない側面もあると判断する。
とても楽しそうに話す姿には、ついつい、面接官も試験であることを忘れてしまった程である。
もし彼が勉学や運動、何らかのことに目覚めたら、Dクラスの中核を担う人物となる……かもしれない。

─担任からのコメント─

入学当初の四月は、授業中やHR中であるのにも関わらず『サエちゃんセンセー』と呼んできたので苛立ちましたが、現在は良き『先生』を見付けたおかげか、改善されつつあります。本当に良かったです。
また期末試験では現代文で高得点を叩き出し、クラスでトップファイブになりました。
ここ最近は山内春樹、沖谷京介らと遊んでいるようです。

読書の皆さんが思う、一学期の間に最も実力を示したDクラスの生徒は?

  • 綾小路清隆
  • 堀北鈴音
  • 平田洋介
  • 櫛田桔梗
  • 須藤健
  • 松下千秋
  • 王美雨
  • 池寛治
  • 山内春樹
  • 高円寺六助
  • 軽井沢恵
  • 佐倉愛里
  • 上記以外の生徒

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