ようこそ事なかれ主義者の教室へ   作:Sakiru

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無人島試験──二日目《思わぬ助っ人》

 

 意識の覚醒(かくせい)は思ったよりも早かった。

 瞼をおもむろに開けると、視界に映るのは見慣れた寮の白い天井──ではなく深緑色のテントの天蓋(てんがい)だった。

 

「知らない天井か……」

 

 一学期、クラスメイトが教えてくれたアニメのワンシーンで、主人公の少年が呟いていた台詞(せりふ)を口にしてみる。

 上半身だけ起こすと、右隣では(けん)が、左隣では洋介(ようすけ)が寝息を立てていた。

 二人とも窮屈(きゅうくつ)そうだ。

 無理もない。

 オレたちが現在使用しているこのテントは、本来ならひとつに付き八人用なのだ。

 その許容量を大幅に超えた十人、それも第二次成長期を迎えている男が強引に入っているのだ、こうなるのも無理はないだろう。

 実際、オレもキツく感じているのだから、身体が大きい健はオレの比ではないだろう。

 それに、寝汗を掻いていて室内は若干(にお)っている。幸いにも、テントは使い方次第でメッシュ素材に代えることが出来るため──通気性に富んだ透孔生地──夜風を入れることが出来たのは僥倖と言えよう。

 オレはクラスメイトを起こさないように細心の注意を払いながら、物音を立てずにテントの中から出た。

 照りつく太陽の眩しさに目を細めてしまう。

 オレは軽く伸びをしてから、『スポット』の装置が埋め込まれている大岩に近付いた。

 液晶画面には『Dクラス ―3時間30分―』という簡素な文字が表示されていた。

 Dクラスがこの『スポット』を占有したのは、昨日、八月一日の午後五時四十八分のことだ。占有権は八時間で切れてしまうため、本来ならこの『スポット』は使えず、画面には何も浮かんでいないはずなのだ。

 だがしかし、こうして『スポット』はDクラスによって占有されている。

 これが意味をすることは即ち、『スポット』の占有が更新されたことを表している。

 占有するためには専用のキーカードが必要であり、使用権限があるのはクラスで選出された一人のリーダーだけだ。

 

「無茶をするな……」

 

 短く呟く。

 現在時刻は午前六時三十分。

 つまり堀北(ほりきた)は皆が寝静まっている真夜中の午前二時頃に起きて、リーダーの役目を(まっと)うするべく、独自で動いたのだ。

 これでボーナスポイントが1ポイント、皆が知らないところで増加されたのだ。

 各々のテントの出入り口付近にはスクールバッグが置かれている。荷物をひとクラス分──つまり、四十人分だ──纏めて置くと自分のを探すのに苦労するし、何よりも、異性のバッグのチャックを間違えて開けてしまったら最悪だ。よってこのようになったのである。

 

「──あれ? 綾小路(あやのこうじ)くん?」

 

 純白のタオルを首にぶら下げたところで、遠くから訝しげな声が飛ばされた。

 より具体的に言うと、女子テントが設置されている方からだった。

 誰だと思い顔を振り向かせる。そこには意外な人物が立っていた。

 

「……松下(まつした)か」

 

「おはよう、綾小路くん。きみ、朝早いんだね」

 

「それはオレも言いたい。お前だけか?」

 

「うん。寝づらくて目が覚めたの」

 

 そう言いながら、松下は自身のバッグの中を(あさ)る。そして紺色(こんいろ)のタオルを取り出した。

 

「顔、洗いに行くんだよね? どうかな、一緒に行かない?」

 

 オレは松下の誘いに乗ることにした。

 ここで下手に断ると後々面倒臭いことになりそうだし、個人的にも、彼女に興味を持ち始めていたからだ。

 

「後ろ、跳ねているよ」

 

 後頭部に手を当てると、彼女の言う通りだった。

 ぴんと髪の毛があらぬ方向へ跳ねている感触がある。

 松下は女性だからか身嗜(みだしな)みに気を付けているようで、どこに出ても恥ずかしくない恰好(かっこう)だった。

 堀北や櫛田(くしだ)長谷部(はせべ)がDクラス内では三大美人と言われているがためにあまり目立ってないが、松下も充分、美人の部類に入るだろう。

 女性にしてはやや背が高く、腰まで伸ばされた栗色のロングヘアーはくせっ毛一つなく、同色の瞳からは確固たる意思の光が宿っている。

 

「いまさらだけど、この川の水って顔に掛けても大丈夫なのかな?」

 

「大丈夫だと思うぞ」

 

「へえ、やけに断言するじゃん。根拠があるんだ?」

 

 昨日は曖昧(あいまい)な位置に立っていたけれど、今日なら問題ないと判断する。

 オレは松下の目を真っ直ぐに見ながら説明した。

 

「どうしてこの『川』が『スポット』なのか、そこを考えれば自ずと答えは出てくる。つまり、学校側はこの川が安全だと暗に保証しているわけだ」

 

「そう言えば、綾小路くんは昨日高円寺(こうえんじ)くんと探索に行ってたっけ。誰も聞いてなかったから忘れていたけれど、『スポット』は見付けられたの?」

 

「ああ、確認したのは一つだけどな。だが残念なことに、先にAクラスが占有していた」

 

 と言うと、松下は「ふぅーん」と感心したようだった。

 説得力を持たせるため、オレは自分から川の水を掬い上げて自分の顔に勢い良く掛けた。

 感想を言うと、とても冷たかった。地表(ちひょう)熱気(ねっき)に着々と包まれ始めている中、この冷たさは有難(ありがた)い。

 彼女はオレがタオルで拭っている様子を見て覚悟を決めたようだった。

 

「わっ──冷たい!」

 

 目を丸くする。

 どうしてこんなにも気持ちが良い水温なのかが気になるのだろう。

 やることもないので軽く教えることにした。

 そもそも川の水とは地上に降り注いだ雨や雪解けなどの水が、地表を流れたり地表から地中に浸透したりして高い方から低い方へと集まって出来たものだ。

 山の地中は太陽の熱の影響を受けず、地中──つまり、地下水から()き出た液体は温まりにくく冷めにくい性質がある。

 そこら辺を出来るだけ噛み砕いて言うと──

 

「凄いね綾小路くん。物凄く分かり(やす)かったよ」

 

 彼女は尊敬の眼差しをオレに向けてきた。

 かなり照れ臭いな。

 

「じゃあ、いただきます」

 

 オレが視線を逸らしている間に、松下は両手を合わせてから水を掬い上げて口元に運んで行った。

 そしてごくごくと飲み始める。

 

「美味しい……! これ、凄く美味しい!」

 

 とびきりの笑顔を見せてくる。

 オレはかなり驚いた。

 まさか自分から飲みに行くとは……。

 オレも彼女に(なら)い喉を潤わせる。

 

「けどちょっと意外だった」

 

「……? 何がだ?」

 

「綾小路くん、意外にも饒舌(じょうぜつ)だから。平田(ひらた)くんが開いてくれた勉強会でも一人黙々と勉強していて、誰かから話し掛けられないと反応しなかったじゃん。いざこうして話してみると認識の齟齬(そご)が生まれるね」

 

 それを言うなら、オレも意外に感じていた。

 松下は堀北に似てクールなイメージがあったのだが……いざ話してみると感情表現がかなり豊かだな。

 彼女と雑談をしていると、やがて対岸の森から二人の生徒が現れた。一人は知っているが、もう一人は知らない。

 オレは知っている方に声を掛けた。

 

「おはよう神崎(かんざき)。偵察か?」

 

 一年Bクラス所属、神崎隆二(りゅうじ)

 あまり目立ってはいないが、Bクラスのリーダー、一之瀬帆波の片腕として彼女を支えている生徒だ。

 もう一人も恐らく……というか絶対にBクラスの生徒だろう。

 

「驚いたな。まさかこんな早朝から起きているなんて……」

 

「お前たちも同じだろう」

 

 指摘すると、神崎は思わずと言ったように苦笑を零した。

 彼は穏やかに流れている川を一瞥(いちべつ)し、

 

「特別試験が始まって今日で二日目だ。俺たちは他クラスの動向を探りに来ている」

 

「そうか。なら分かっているとは思うが、オレたちは『川』を占有した。ちなみに装置があるのはあの大岩だ」

 

「ちょっ、ちょっと綾小路くん。そこまで言っちゃ……」

 

 松下が慌てるが、オレはそこまでのリスクは伴わないと判断する。

 この『川』が『スポット』なのは誰の目から見ても明らかだし、何だったら、川辺には立て看板がある。それに、装置が埋め込まれている大岩は不自然なくらい大きい。

 考えるまでもなく想像は出来る。

 

「情報提供感謝する。代わりと言っては何だが、俺たちのキャンプ地を教えよう」

 

「お、おい! 神崎それは──」

 

「教えて貰ったんだ、こちらも応えなくては失礼だろう。それにどのみち俺たちの拠点の場所は見付かる」

 

 仲間の制止を、神崎は正論で黙らせた。

 少しだけ可愛そうだと思い同情する。

 

「ここから道なりに浜辺に戻る途中に折れた大木がある。そこから南西に入って進んだ先に俺たちのキャンプ地がある。必要なら来てくれても構わない。その時は歓迎する」

 

 と言う割には、相方は不満そうだが。まあ、無理もない。自陣の本拠地に敵を招くのだ。その反応は当然だ。

 やがて、Bクラスの二人は森の中に姿を消した。

 

「偵察って言っていた割にはあっさり引き下がったね……」

 

 不思議そうに松下は首を傾げた。

 オレは「そうだな」と彼女に同調する。

 神崎たちが撤退したのは、オレと松下が起きていたから……というのもあるのだろうが、それ以上に、任務自体を成功させたからだ。

 まずだが、『川』が『スポット』であることを知った。

 次に、Dクラスがこの地をベースキャンプの場所にしていることを確認した。

 さらにどれだけポイントを消費したのかの大まかな計算。大きなものを購入した場合、隠すことは難しい。例えば仮設テントなどは最たる例だろう。もちろん、小物だったら隠すことは出来るが……。

 最後に──Dクラスのリーダーが誰なのか。しかし聡明(そうめい)な神崎のことだ、これは期待していなかったに違いない。

 

「歓迎するの言葉の真実は置いておくとしてさ。どうするの綾小路くん。行くの?」

 

「取り敢えず、洋介や堀北に相談してみる。話はそれからだな」

 

 洋介も、そして堀北も他クラスの動向は気になっているはずだ。

 オレとしては、B、CクラスよりもAクラスの動向が気がかりだ。

 今回の特別試験、『オレが目指す終着点』に辿り着くために情報収集は欠かせない。

 とはいえ、これについてはあまり心配していない。何もしなくても情報は運ばれてくる。

 オレは松下に「質問良いか」と声を掛けた。

 

「質問? 答えられる範囲内なら良いけど……」

 

「松下は今回の特別試験、やっぱり勝ちたいのか?」

 

「変な質問だね。……もちろん、勝ちたいに決まっている」

 

「それはどうしてだ?」

 

 さらに問い掛けると、彼女は思案顔になった。

 顎に手を当ててしばらく考え込む。

 一年生が高度育成高等学校に入学してから早くも四ヶ月だ。

 最初の一ヶ月で1000cl(=十万円)という額を全て失い、オレたちは満足な小遣いすら貰えず、貧しい生活を余儀なくされている。

 先月ようやくクラスポイントが振り込まれたけれど、他クラスと比べたら雀の涙程しかないのが現実だ。

 オレとしては、クラス闘争なんてものには興味はない。

 茶柱に脅されているから夏休みの間は最大限クラスに貢献するつもりだが、その後はAクラス行きを目指している堀北や幸村(ゆきむら)に一任することになるだろう。

 先導者である平田洋介でさえも、クラス闘争そのものにはあまり重点を置いていないのだ。とはいえ、これはオレの勝手な分析だが、大方は合っているだろう。その証拠が、あの『契約』である。

 

「──私はプライベートポイントが入れば取り敢えず満足かな。今回の形式だとポイントを残せば残す程の勝率は上がる。クラスポイントとプライベートポイントは連動してるでしょ。だから私は勝ちたい」

 

 だから昨日は篠原の味方をしなかったんだな……、という言葉は吞み込んだ。

 付き合いの浅いオレが必要以上に首を突っ込んでは駄目だろう。

 

「これで満足した?」

 

「ああ、ありがとう。とても参考になった」

 

「なら良かった。……なんか、ちょっと変かもね」

 

「何がだ?」

 

 尋ねると、彼女はオレから視線を外して朝空を仰望する。

 やがて松下は薄く笑いながら言った。

 

「昨日まではあまり接点がないきみと、こんな風な形で喋っていることだよ」

 

「そうだな」

 

 とオレが言うと、松下は静かに微笑む。

 そして目を合わせて言った。

 

「綾小路くんとは友達になれそうかな」

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 午前八時。

 朝の点呼の時間となった。

 点呼の際に同席しなかった場合は一人に付き5ポイントのマイナスとなる。

 ベースキャンプの中央部分に生徒たちが集まり始める。

 

「おはようー」

 

「うーっす」

 

「ふわあ……、眠い……」

 

「ここはどこ? 私は誰?」

 

「寮の有難さが身に()みて感じられるぜ……」

 

 大半の生徒──特に男子は眠気眼(ねむけまなこ)だった。女子はそこら辺は気を使っているのか身嗜みは整えられているが、それでも、慣れない環境での生活に疲労は隠せないでいた。

 

「先生は昨夜、客船内で寝たんですか?」

 

「さてなあ……」

 

 女子生徒の質問に、茶柱(ちゃばしら)はにやりと(わら)った。

 あっ、嫌な予感がする……! とオレたちが思う中、けれど彼女はいつもの顔に戻って言った。

 

「答えを言うと、私は──私たち教員は客船内に戻ってはいない。特にクラスを受け持っている教師は、余程のことがない限り持ち場を離れることが許されていない」

 

 つまり茶柱はこの一週間、オレたちと一緒に無人島生活を送るってことか。

 とはいえ、ポイント制限があるオレたちとは違い、衣食住に困ることはないだろう。

 

「先生のテント、やけに大きくないですか?」

 

 見れば、茶柱が使っているテントは一人が使うにしては大きかった。

 使用者は口元を歪め、

 

「大人の特権ってやつだ」

 

 そう、世の中の現実を隠すことなく口にした。

 恐らく、水や食料も無制限、かつ無限に支給されるのだろう。

 ずるい! と不平不満を言う教え子たちを見下ろし、彼女は愛用だと思われるクリップボードを片手に取る。

 

「それでは朝の点呼をとる。名前を呼ばれたら返事をするように──」

 

 淡々と担任は生徒たちの名前を呼ぶ。

 相変わらずやる気が感じられないが、まあ、いつものことだ。

 

「──以上、三十九名。欠席者はなしだな。あとはお前たちの好きなようにしろ」

 

 言うや否や茶柱は用がないとばかりに踵を返そうとする。

 しかし、Dクラスの生徒たちはここでようやく違和感を覚えた。

 担任の言葉に妙な引っ掛かりを感じる。

 

「待って下さい」

 

 真っ先に声を上げたのは堀北だった。

 テントに入ろうとしていた茶柱を呼び止める。

 

「どうかしたか堀北」

 

 振り返った彼女はひどく億劫そうにしていた。

 面倒臭く感じているのを隠しもしない。

 堀北はそんな彼女相手でも臆することはなかった。

 

「茶柱先生は先程、三十九名の生徒が居ることを確認しましたよね」

 

 三十九名、というところを強調する。

 やり取りを見守っていた生徒たちは堀北が言っていることを理解する。

 

「おかしくね……?」

 

「だよね。Dクラスの生徒って四十人のはずだよね」

 

「実は三十九人だったとか……?」

 

「いやでも、『欠席者はなし』って言っていたから、それはないだろ」

 

 困惑する彼らはどういうことだと首を傾げる。

 すると、篠原(しのはら)が「あっ」と声を上げた。

 

「いまさらだけど、高円寺(こうえんじ)くん居なくない?」

 

「言われてみれば確かに……」

 

「ほんとだ。ってか、どうして気付かなかったんだろ」

 

「あんだけ濃いキャラなのになー」

 

 高円寺六助(ろくすけ)の消失に、皆、不思議がる。

 堀北は茶柱に詰問した。

 

「どういうことでしょうか、茶柱先生。まず大前提として、私たちDクラスの生徒は四十人です」

 

「そうだな。お前の言う通りだ。少なくとも現時点で、試験で赤点を取った生徒や、素行不良で退学処分を言い渡された生徒もいない」

 

 担任教師はわざとらしく、そう、言った。何人かの生徒が敏感に反応する様子を、彼女は面白そうに窺っている。

 不良品の巣窟、それがオレたち属しているDクラス。

 実際何度か、オレたちはその危機に直面した。

 故に言い返すことは出来ない。

 ところが、堀北は(いきどお)ることもなく冷静に言った。

 

「ええ、私たちはまだ誰も欠けていません。つまりですが、先生の言葉には誤りがあります。訂正して下さい」

 

「ほう。なかなか言うようになったじゃないか。中学時代、お前は誰もが畏れる程の優等生だったと、送られてきた書類には書かれてあった。教師に歯向かうことはせず、また、些細な校則違反を起こすこともしない。そんなお前がまさか、こうして私に物申してくるとはな」

 

 堀北は何も言わない。

 ただずっと、対峙する茶柱を凝視する。

 茶柱は薄く笑みを浮かべ、

 

「しかし残念なことに堀北。私が言ったことは事実だぞ」

 

「ということは、やはり高円寺くんは──」

 

「ああ。あいつは特別試験を脱落した」

 

 刹那。

 静寂が場を支配した。

 脳が一時思考を停止させる。

 一陣の風がどこからか飛ばされ、オレたちの体を突き抜けて行ったところで、オレたちは事態をようやく理解した。

 

「「「はあああああああ──!?」」」

 

 驚愕の声が森全体に響き渡る。

 突如出されたエネルギーの奔流に、木の枝で休んでいた数羽の小鳥たちが羽を広げた程だ。

 

「ちょっ、ちょっと待って下さいよ!」

 

 (いけ)が「いやいやいやいや!」と首を激しく横に振りながら。

 

「脱落? は? 高円寺が? 何で?」

 

 それは皆思っていることなのか、事情を知っているであろう担任に詰め掛ける。

 茶柱は何十層にもなって包囲する生徒たちを鬱陶しげに手で払う。

 やがて、真面目な顔で言った。

 

「高円寺六助は体調不良を訴えた。その結果が今に至る」

 

「つまり、彼は今船内に居ると?」

 

 堀北の最終確認に茶柱は静かに頷く。

 

「そういうことになる。結果、体調を崩したということで、お前たちの所属ポイントは30ポイント引かれることになった。これはルール上仕方がないことだ。あいつには『治療』と『待機』が義務付けられた。次に会うのは八月七日となる」

 

「さらに聞かせて下さい。彼はいつリタイアしたのですか?」

 

「朝方だ。全く、起こされたこちらの身にもなって欲しいものだ」

 

 やれやれとばかりに嘆息する。

 これでオレたちが使ったポイントは80ポイントになった。

 残りは220ポイントとなる。

 

「何だよ、何なんだよ! せっかく、これからは高円寺さんって呼ぼうと思っていたのに!」

 

「私も! これからは高円寺様って呼ぼうと思っていたのに!」

 

 皆、ショックを表す。

 まあ、無理もないか。

 それだけ、本来の実力、その片鱗をオレたちは垣間見せられたのだから。

 しかし誰も、彼に対して強い憤りを零すことはしなかった。

 そもそも彼はここに居ない。仮想の人間に怒りをぶつけたところで意味はないし、何よりも、『仮病』だと断定することは出来ない。

 何故なら、彼がDクラスに齎した恵みは凄いの一言でしか言い表せないからだ。

 膨大な量の食料。節制すれば、明日の朝まではこと『食事』に関してはポイントは使わなくて済むだろう。つまり、これから食べる朝食、昼食は我慢する方針なので抜き夕食、そして明日の朝食と、合計三食分だ。

 今のところ、彼が最も無人島生活に貢献しているのは間違いない。

 とはいえ、特別試験という観点になるとプラスマイナスゼロになるのだが。

 栄養食とミネラルウォーターのセットを注文した場合は一食につき10ポイントだが、セットにしない場合は6ポイント。

 つまりだが、セットの場合は相殺出来るが、そうではない場合は12ポイントのマイナスとなる。

 

「高円寺くんが抜けた穴は僕たちで埋めるしかない。尽力してくれた彼を責めるわけにはいかないよね」

 

 内心はどうであれ、皆、洋介の言葉に頷いた。

 こうして、表向きは脱落者を糾弾することはなくなった。

 

「それでは、私はここで失礼する」

 

 話が終わったと判断したのか、今度こそ茶柱はテント内に向かった。

 朝の点呼が終わりオレたちは『自由』に過ごすことになる。

 とはいえ、集団生活を送るのだ。

 プライベートな時間は削られてしまう。

 

「──皆、聞いて欲しい」

 

 先導者がクラスメイトに呼び掛ける。

 

「昨日の時点で決めておけば良かったんだけど、それぞれ、役割を決めたいと思うんだ。例えば、食料を探す隊や、『スポット』を探す隊とかだね。どうかな?」

 

「あたしは賛成~」

 

 軽井沢(かるいざわ)が真っ先に先陣を切る。

 すぐに他の生徒も、

 

「私も」「俺も」

 

 と賛成した。

 反対意見は結局出なかった。

 その方が効率的、なおかつ充実した生活を送れると判断したからだろう。

 男子は先導者、女子は女王が上手く纏め上げ、様々なチームを作っていく。

 なかでもオレが驚いたのは──

 

「うーん、(ワン)さんや()(がしら)さん、佐倉(さくら)さんたちはベースキャンプで基本的には待機を頼める?」

 

「私は大丈夫だよ」

 

「う、うん……」

 

「は、はい……」

 

「なら良かった! あっ、そうだ。その代わりと言っちゃなんだけどさ、皆のご飯を作って貰える? 確か皆、お弁当は手作りだったよね?」

 

 軽井沢の圧倒的な指示力の高さだ。

 彼女はみーちゃんたちと話した後、今度は篠原たちに近付く。

 

「そんで、篠原さんは王さんたちを手伝ってあげて。確か料理部だったよね。佐藤(さとう)さん、松下さんたちは皆の服を洗ってあげて。二人だと厳しいと思うから、他の子にも頼むからさ。どう?」

 

「ね、ねぇ軽井沢さん。それってもしかして男子の服も……?」

 

「あははは、そんなわけないじゃん。下着は他の男子にやらせるよ。けど上着は頼めるかな。基本男子たちには食べ物や『スポット』の探索で忙しくなって疲れるだろうしさ」

 

「そういうことなら、私は良いよ」

 

「私も」

 

 ありがとう! と軽井沢は笑みを浮かべる。

 そして別のグループに話し掛けていった。

 

「女王の本領発揮か」

 

 独り言を呟くと、洋介が朗らかに笑いながら近付いてきた。

 

「軽井沢さんは一見すると、我儘(わがまま)な女の子だと思われてしまいがちだ。確かに、彼女にそういった一面があるのは事実だ。けどね、それだけで女の子たちの頂点に鎮座出来るわけじゃないんだよ」

 

 それはどこまでも優しい言葉だった。

 洋介の言う通りなのかもしれないな。

 これまでオレは、軽井沢が女王として君臨出来ていることが不思議だった。しかし今なら何となくだが分かるような気がするな。

 

「流石、彼氏は言うことが違うな」

 

「あははは……そうでもないよ。さて清隆くん、きみにはこれといった役割は与えないよ。理由はいわずもがな、これで良いかい?」

 

「ああ。ありがとう、洋介」

 

「ううん、お礼を言うのは僕だよ」

 

 オレは平田洋介を利用する。

 彼は綾小路清隆(きよたか)を利用する。

 これがオレたちの結んでいる『契約』なのだから。

 その後、Dクラスは次の議題に取り掛かった。

 水の確保の問題だ。

 オレたちが占有している『スポット』では、『川』の使用権限が与えられている。

 洗濯や風呂の際は気にすることなく使えるが、実際に飲むとなるとどうしても躊躇してしまうものだ。

 しかし、池の懸命な訴えにより何とか打開策を模索ことになる。

 

「誰かが──言い方は悪いけれど──実験体になるしかないよね。もちろん、強制するつもりは全くないよ。その上でどうかな?」

 

 やってくれる人は手を挙げほしい、先導者の呼び掛けにまず先に反応したのは池だった。

 迷いはない、そんな彼の意思が込められているからか、天高く伸ばされる。

 洋介は静かに一同を見渡していた。

 彼は自分の影響力を理解している。故に静観することしか出来ない。

 そんな彼と目が合う。

 オレは頷いた。

 

「──オレも協力する」

 

 誰かが息を呑んだ、そのような気がした。

 櫛田が静かに笑っているのが知覚出来る。

 

「清隆がそう言うんなら、俺も……」

 

「いや、健はやめてくれ」

 

 手を挙げようとした健を、オレはとめた。

 

「お前はこのクラスで一番機動力がある。高円寺が抜けているからなおさらだ。そんなお前が倒れたら大変なことになる。健だけじゃない。洋介も池も、お前たちは必要不可欠だ。そもそも、複数人でやる必要はないからな」

 

 オレ一人の犠牲で済ませようと、オレは言った。

 安全性については、今朝、松下に言った通りだ。

 それに実際に飲んでいるが、腹の調子はいつも通りだ。

 しかしそのことを知らない人間からすれば、オレの対応は納得出来ないのか、

 

「けどよ……」

 

「そうだぜ、綾小路! それでお前が死んだらどうすんだよ!」

 

 いやいや、勝手に人を殺すな。

 けれど、健や池がオレのことを心配してくれているのは分かった。ちょっと嬉しい。

 櫛田が不満そうにしているのが感じられた。

 

「清隆……お前……それで良いのかよ?」

 

「ああ。昨日の篠原じゃないが、オレはあまりクラスに貢献していないからな。これくらいなら喜んでやらせてくれ」

 

「な、なら私も飲もうかな。貢献って意味なら私もしていないし……」

 

「わ、私もっ!」

 

 みーちゃんと佐倉だ。

 ほんと、この二人には助けられるな。人前で話すのは苦手なのに……、嬉しくて、ちょっと泣きそうだ。

 櫛田が不機嫌そうなのを察した。

 

「俺も! 俺も飲むぜ!」

 

 想い人の頑張る姿に胸打たれたか、山内(やまうち)が名乗り出た。

 おお……! ホラ吹きも恋の前では変わるようだ。

 思えば、健が明確に変わり始めたのも堀北に恋慕(れんぼ)の念を覚えてからだな。

 もしかしたら山内もまた、これを機に変わり始めるかもしれない。

 

「ぼ、僕も……」

 

「私も大丈夫だよ。私も特別、これと言った役割が与えられなかったからね。食料調達隊の隊長は寛治(かんじ)くんに引き継がせちゃったから」

 

 沖谷や櫛田も了承する。

 櫛田が比較的自由の身になったのは、その方が彼女の潜在能力が発揮されると判断されたからだ。

 彼女だけでなく、洋介や軽井沢、堀北もその立ち位置に居る。

 と、櫛田が他の生徒にバレないようにオレに微笑んだ。タイミングとしては最高だが、なるほど、どうやら怒っているらしい。

 口パクしてくる。

 

 ──あとで覚えてなよ。

 

 ただただ櫛田が怖い。

 今の彼女とは話したくない。もしかしたら殺されるかもしれないな……。

 

 

「……なら、私も飲む。怖いけど……」

 

 篠原も戸惑いながら手を挙げた。

 

「良いのか篠原。別に無理をする必要はないぞ」

 

「綾小路くんにあんなことを言ったんだから、これくらいはやらないと」

 

 なるほど、彼女の中でも引けないものがあるようだ。

 さっきの軽井沢じゃないが、篠原が何故軽井沢と同様慕われているのか、その理由が分かった気がする。

 

「なら俺も飲もう。この特別試験……、俺は役に立たなそうだからな……」

 

 幸村は悔しそうに唇を噛んだ。

 日頃からAクラスを目指している彼にとって、自分が何も出来ないのは到底許されないのだろうか。

 

「危険性を少しでも減らすため、汲んだ水は沸騰させた方が良いだろう」

 

「あー、確か殺菌(さっきん)出来るんだっけ?」

 

「そうだ。余程のことがない限り大丈夫だとは思うが」

 

 それでも心配だと彼は言った。

 多くの生徒が感心し「流石、成績が学年トップクラスの人間が言うことは違うな!」と誰かが称賛した。

 対して、褒められた幸村は呆れているようだった。

 

「こんなことにすら気付かないのか……」

 

「あはは……。でも幸村くん、さっきの言葉を訂正させて欲しい」

 

「何をだ、平田」

 

「きみはさっき『俺は役に立たなそうだからな……』って言ったけれど、そんなことはないよ。このクラスにそんな人は居ない」

 

 力強く断言する。

 幸村は先導者の言葉に言葉を返すことはしなかった。

 こうして、実験体に志願したのはオレ、みーちゃん、佐倉、山内、沖谷、櫛田、篠原、幸村の八人となった。

 

「それじゃあ皆、今日も一日、頑張ろう」

 

 洋介の言葉に、Dクラスの生徒たちは力強く頷き返した。これなら余程のことがない限り大丈夫だろう。

 それは裏付けされた予感。

 今朝の神崎たちがやっていたように、オレも、他クラスの動向を視察しに行くとするか。

 特別試験二日目の八月二日。

 本格的なサバイバルゲームが始まろうとしていた。

 

読書の皆さんが思う、一学期の間に最も実力を示したDクラスの生徒は?

  • 綾小路清隆
  • 堀北鈴音
  • 平田洋介
  • 櫛田桔梗
  • 須藤健
  • 松下千秋
  • 王美雨
  • 池寛治
  • 山内春樹
  • 高円寺六助
  • 軽井沢恵
  • 佐倉愛里
  • 上記以外の生徒

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