ようこそ事なかれ主義者の教室へ   作:Sakiru

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無人島試験──二日目《一年Bクラス視点》

 

「それじゃあ皆、今日も一日頑張ろう!」

 

「「「おお────!」」」

 

 私の呼び掛けにクラスメイトたちが気合の入った声で応えてくれた。

 仲間たちがとても頼もしくて、私はついつい笑みを(こぼ)してしまう。

 

「それじゃあ~、私はここでお暇するわね~」

 

「あっ、はい。分かりました」

 

 星乃宮(ほしのみや)先生が教師専用のテント内に入って行った。

 足取りが覚束(おぼつか)ないのは気の所為ではないだろう。

 

 ──またお酒を飲んでいたのかな……?

 

 Bクラスにとっては毎度のことなので、皆、華麗にスルーした。

 人間、慣れとは恐ろしい。

 高度育成高等学校、第一回特別試験。

 今日、八月二日はその二日目を迎えている。

 他クラスのリーダーたちは『機会が与えられる』とは考えていたけれど、よもや、無人島生活になるとは思わなかっただろう。私だってそうだ。

 むしろ詳細な内容を予知していたら怖い。

 

一之瀬(いちのせ)、話をしたいのだが良いか?」

 

「もちろんだよ、神崎(かんざき)くん」

 

 私は神崎くんの言葉に迷うことなく頷いた。

 本音を言えば、彼にはもう少し主体性を持って貰いたい。

 一応は『学級委員長』の役職に就かせて貰っているので、私は誰よりも、自分が属するクラスのことを知っているつもりだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「場所を変えたい」

 

「内密の話ってことだね。良いよ。じゃあ、移動しよっか」

 

「悪いな」

 

「ううん。これくらいは当然のことだから」

 

 私と神崎くんは拠点から少し離れることにした。

 何かあった時のために皆が見える場所だ。

 私は近くの大木の幹に体重を預け、目線で神崎くんを促した。

 彼は念の為か辺りを見渡してから、おもむろに口を開けた。

 

「今朝、他クラスの偵察に行ってきたんだが……」

 

 流石神崎くん、仕事が早い。

 

 ──だけどまさか、朝方に行っていたのかあ……。

 

 頼んだのは私だけど、ちょっと無理をさせちゃったかもしれない。

 

「……うん。どうだった?」

 

「Aクラスはやはり『洞窟(どうくつ)』を、Cクラスは『浜辺(はまべ)』を、そしてDクラスは『(かわ)』を、それぞれベースキャンプの地として定めているようだ」

 

「そっかあ……──ってちょっと待って。Cクラスは浜辺にしたの?」

 

 思わず胡乱(うろん)げな眼差しを彼に送ってしまった。

 神崎くんを疑うわけではないけれど、それだけ、聞かされた内容が予想外だったからだ。

 ところが、教えてくれた彼もそこは同じなのか、瞳の奥には困惑の色が宿っていた。

 何でも、Cクラスが拠点に選んだのは『浜辺』らしい。

 仮設テントを組み立て、一週間の生活基盤を整えるためには、お世辞にも適地とは言えないだろう。『スポット』が付近にあるにしても、損得を天秤に掛けると『損』だ。

 必死に脳を回転させるけれど分からない。

 

 ──これも龍園(りゅうえん)くんの策謀(さくぼう)なのかな。

 

 いや、あるいは前回同様、『彼』も関与している──?

 

「……一之瀬?」

 

 いけないけない。

 神崎くんに心配を掛けてしまった。

 現状で何も分からないのは当然だ。

 得ている情報が皆無に等しいのだから、これは当たり前のこと。

 まだ焦る段階じゃない。

 

「……ひとまず、Cクラスのことはまたあとで考えよっか」

 

「了解した。それではAクラスについてだが──」

 

 神崎くん曰く、Aクラスは山の洞窟内で構えているらしい。

 中を覗き見ようとしたようだけれど、垂れ幕が出入り口に垂れ下がっていて、内部は確認出来なかったようだ。

 

「すまない。Aクラスについては、これ以上は……」

 

「ううん、これだけでも助かるよ。むしろ、強引に突入しようとしなくて良かった」

 

「流石にリスクが伴うからな」

 

「ルール違反になっちゃうからね」

 

『追加ルール:Ⅰの⑤ 他クラスが占有している「スポット」を許可なく使用した場合、50ポイントのペナルティ』に該当するかもしれないからだ。

 支給されたのは300ポイントなので、もし犯してしまったら六分の一を喪失してしまう。

 恐らく、Aクラスが選んだ場所──洞窟内部には『スポット』があるはずだ。

 暗幕を使っているのも『スポット』及びリーダーを隠すための作戦だろう。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 より多くのポイントを残すためには、どうしても『我慢』する必要がある。

 そして……『未知』の出来事にどう対処するのかを問われている気がしてならない。

 

「ねえ、神崎くん。暗幕はどっちの指示だと思う?」

 

「100パーセント、葛城(かつらぎ)のものだろう。坂柳(さかやなぎ)は今回、欠席しているそうだからな」

 

「やっぱり葛城くんかあ……」

 

 これはまた面倒なことになった。

 Bクラスが一之瀬帆波()、Cクラスが龍園(かける)くん、Dクラスが平田(ひらた)洋介(ようすけ)くんと、これら三つクラスには先導者が居て、それぞれのクラスを率いている。

 けれど、Aクラスはまだだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 それなのにトップを独走していることは驚愕すべきことであり、Aクラスに所属する生徒の潜在能力(ポテンシャル)が極めて高いことを暗示していると言えるだろう。

 

 ──けど逆に言えば、今なら一撃をお見舞い出来るかもしれないよね。

 

 私はこの考えを頭の(すみ)に置いてから、

 

「Aクラスは分かったよ。私もあとで行ってみる」

 

「……危険じゃないか?」

 

「大丈夫だよ、危害は加えられないからさ」

 

「だが……」

 

 渋る彼を、私はことさら明るい笑顔で安心させた。

 ややして、はあというため息が吐かれる。

 

「……分かった。なら、俺も行こう」

 

「流石! 神崎くんがいれば百人力だねっ」

 

 と言うと、彼は微妙な顔になった。

 それに何も、そこまで警戒する必要はないという根拠もある。

『ルール:マイナス査定の基準 他クラスへの暴力行為、略奪行為、器物破損などを行った場合、生徒の所属するクラスは即失格とし、対象者のプライベートポイントの全没収』となっているからだ。

 もちろん、これに抜け道があるのも事実。被害者が対象者を訴えなければこのルールで(さば)くことは出来ない。

 Cクラスの『王』なら兎も角として、流石に、このような悪逆非道な行為をAクラス……ましてや、『慎重派』の葛城くんが実行するはずがない。

 

「Aクラスについては分かったよ。最後に、Dクラスについて教えて」

 

「ああ。Dクラスが拠点に選んだのは先程言ったが川で──」

 

 と、そこで神崎くんは不自然に言葉を区切った。

 クラスメイトの女の子が声を掛けてきたからだ。

 

帆波(ほなみ)ちゃん、神崎くん、ちょっと良いかな?」

 

 私たちはもちろんと頷いた。

 断る理由はないし、もとより、私の勘が「何かある」と囁いている。

 そしてどうやら、私の第六感(シックス・センス)は的中したようだった。

 少し意識すれば分かる。

 空間が不自然に揺らいでいる。

 

「さっそく来たか」

 

「……来たって、誰が?」

 

 尋ねながら()()の発生源に移動する。

 神崎くんが答えるよりもはやく、私は答えを得た。

 Bクラスのベースキャンプ地と外界、その境界線に二人の男女が立っている。彼らを見て納得する。

 

「……なるほどねー」

 

「すまない一之瀬。こうして事後承諾になってしまったが……」

 

「ああ、うん。そこは大丈夫だよ」

 

 目を伏せる彼に気にしないように言ってから、私は男女に近付いた。

 こほんと咳払いをして喉の調子を整える。

 

「やっほー、櫛田(くしだ)さんに綾小路(あやのこうじ)くん」

 

 私の挨拶に、二人は軽く頭を下げて。

 

「こんにちは、一之瀬さん!」

 

「……昨日ぶりだな、一之瀬」

 

 櫛田さんは同性の私でも見惚(みほ)れるような可愛らしい笑顔で、綾小路くんは薄く笑って返してくれた。

 実に対照的な二人だけれど、意外と、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「今朝方ぶりだな、綾小路」

 

「悪いな、さっそく来させて貰った。歓迎はあまりされてないようだが……」

 

 居心地悪そうに、綾小路くんは首を小さくした。

 隣の櫛田さんも彼同様……ではなかった。それどころか、興味深そうにきょろきょろと辺りを見渡している。

 彼女は神崎くんを見て。

 

「はじめましてっ、櫛田桔梗(ききょう)ですっ!」

 

 無垢なる笑み、とはこのようなものを言うのだろう。

 

 ──可愛い!

 

 くらりと、一瞬、意識が遠のいた。

 何ていう破壊力だろう。

 気付けば、遠巻きで様子を眺めていた男の子たちもぼーっと櫛田さんを見つめていた。

 

「『櫛田エル親衛隊』なんてものが出来るのも頷けるな……」

 

 綾小路くんが小さく呟いた。

 

 ──『櫛田エル親衛隊』って何だろう……。

 

 そんな疑問が浮かび上がったけれど、何となく、それは知ってはいけないような気がしてやめといた。

 これには、綾小路くん並みに表情を崩さない神崎くんも何かしらの反応が──

 

「そうか。俺は神崎隆二(りゅうじ)という。よろしく頼む」

 

 相変わらずのポーカーフェイスだった。

 二人はそのまま、友好の証としてか、握手を交わした。

 そんな中、綾小路くんと目が合った。

 

 ──私だけかな、気まずくなっているの……?

 

 ──安心しろ、オレも同じだから……。

 

 この瞬間、私は勝手ながらも、彼とますます友達として仲良くなれた気がした。

 

「改めてこんにちは。ごめんね二人とも、皆、特別試験と慣れない環境で神経を使っているからさ」

 

「そっかあ……、うん、そうだよね。ごめんね、急に押し掛けちゃって」

 

 櫛田さんは申し訳なさそうにした。

 私は慌ててぶんぶんと頭を振る。

 

「ううん、そんなことはないよ! けどそうだね、お互いのためにも、数分が限界かな……」

 

「それだけ貰えれば充分だ」

 

「そう言って貰えると嬉しいかな。──皆、あとの対応は任せて貰えないかな」

 

 声を張って呼び掛けると、皆、笑顔で「良いよー」と言ってくれた。

 本当、このクラスの人たちは良い人ばかりだ。

 私と神崎くんは来訪者の二人をもてなすため、ベースキャンプを案内することにした。

 もちろん、『スポット』──装置の場所には近付けない。

 これは余計な火種のもとを作らないためだ。

 

「見たところ、ここの『スポット』は『井戸』なのかな?」

 

 軽く一周したところで、櫛田さんがそう尋ねてきた。

 これくらいなら答えても良いと判断する。

 

「うん、そうだよ。私たちBクラスが占有しているのは『井戸』だね」

 

 井戸とは地面を深く掘り、あるいは管を地中に打ち込むことによって地下水を汲み上げるようにしたものだ。

 これでBクラスは水源の確保に成功した。

 綾小路くんが感心したように、

 

「良い場所を押さえたな」

 

「にゃはははー、それがそうでもないんだよねー」

 

「……そうか?」

 

 怪訝な眼差しが送られてきた。

 私は内心戸惑った。

 聡い彼なら簡単に気付くと思っていたけれど……。

 

 ──だめだめ、綾小路くんは友達なんだから。疑っちゃだめ。

 

 それに私は腹の探り合いがお世辞にも得意とは言えない。

 

 ──なら、いつも通りにいこう。

 

 と、思った瞬間だった。

 櫛田さんが彼のジャージの袖を引く。

 

「あっ、そっか。テントが用意出来ないんだね」

 

 彼女の言う通りだ。

 井戸の周りは木々で囲まれていて、全員分の仮設テントを組み立てようにも空間がない。

 

「なるほどな……。その代わりに用意したのがハンモックなのか」

 

 綾小路くんの視線の先には、純白のベッドがある。

 

「正解! 支給品のテント二つに、およそ二十人分のハンモックを注文したんだ」

 

「当たり前だけど、私たちとは生活様式が全然違うね」

 

 まさしく、今回の試験テーマである『自由』になっていると言えるだろう。

 

「ハンモックかあ……ちょっと憧れちゃうな」

 

「そうなのか」

 

「うん。やっぱりさ、キャンプをするとしたらテントも思い浮かべられるけれど、同時に、ハンモックも出るんだよねー。綾小路くんはどう?」

 

「キャンプか……オレは()()かな。どんな感じなのか興味があったから」

 

「うんうんっ、焚き火も良いよね!」

 

 櫛田さんはにこやかに何度も頷いた。

 私も会話に参加する。

 

「やっぱり、昨日()がっていた黒煙(こくえん)の一つのうち一つはDクラスのものだったんだね」

 

「あっ、……ということはBクラスも?」

 

「ううん、違うよ。私たちはランタンを光源にしていたから」

 

 昨日揚がっていた黒煙は二つ。

 Aクラスは洞窟を占領しているようだから、いずれ見付かるとしても、慎重派の葛城くんは、自らは姿を現さないだろう。

 そうなると、あの黒煙は他クラス(Cクラス)のものだということになる。

 

「なあ一之瀬。これは平田や堀北が気にしていたことなんだが」

 

「うん? 何かな?」

 

「オレたちはこの前協力体制を築いたわけだが……現在も継続していると視て良いのか?」

 

「……これはまた難しいね……」

 

 座りなよ、と勧めながら私は手頃なハンモックの上に臀部を着けた。

 櫛田さんは子どものようにはしゃぎ声を上げて座ったけれど、綾小路くんは立ったままだった。

 神崎くんもそうだ。

 どうしようかなと思案していると、櫛田さんが。

 

「えいっ」

 

「……!?」

 

 服の袖を力強く引いて、綾小路くんを隣に座らせた。

 それはとても洗練された動きだった。

 彼は困ったように後頭部を()いてから、やがて嘆息した。

 どうやら従うことに決めたらしい。

 

 ──仲良いなあ。

 

 ふと、そんな感想を抱いた。

 相手が櫛田さんだから、というのもあるかもしれないけれど、この時私はそれ以上のものを何となくだが悟った。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そのような雰囲気を醸し出している気がする。

 私は僅かに身動ぎしてから、彼ら……特に綾小路くんの瞳を直視した。

 

「──私はきみたちのクラスとは仲良くしたいと考えているかな」

 

 視線が絡み合う。

 Aクラスは強大で、クラス闘争の頂点に君臨している。

 Cクラスは、個々の能力はそこまでではないと思うけれど、それでも、何をするのか予測出来ない不気味さがある。特に『王』と、その側近たち。

 だが一番謎なのはDクラスだ。

 平田洋介くんや堀北(ほりきた)鈴音(すずね)さん、櫛田桔梗さんなど……脅威度で言えば最も高い。

 そしてそこに拍車を掛けるのが目の前で対峙している綾小路清隆(きよたか)くんだ。

 先日の『暴力事件』を知っている数少ない人物だからこそ、彼の異質さが分かる。

 目的のために躊躇なく友人を使い、捨てて、何食わぬ顔でその友人と学生生活を送っている。たとえ恨まれると分かっていても彼は迷わない。しかも、その行為に何かしらの意味が生じるのが恐ろしい。

 どこまでも自身が望む展開にする緻密な計画性。

 彼はクラス闘争には興味がないようだけれど、それだって、口先だけかもしれない。

 最悪の展開は、彼と『王』が『暴力事件』のように共謀すること。

 そうなったらもう、誰にも止められない。

 

 ──『何があっても私たちは友達だよ。これは絶対だから、覚えていて欲しい』──

 

 この言葉に嘘偽りはない。

 私は綾小路くんを友達として()いている。

 だから、いつか私が彼に無様に(やぶ)れることがあっても、それは私が彼に負けただけであって、彼を憎むのはお門違いだ。

 それに確信がある。

 彼が表舞台──この言い方はしっくり来ないけど──に登場するのは、自らのためだけだろう。仮にクラス闘争に興味があり、本気でAクラスを目指すのならもっと動きがあって(しか)るべきだ。

 冷静に自分が取るべき行動を選ぶ。

 沈黙を破ったのは綾小路くんだった。

 

「平田や堀北も、一之瀬と同じようにBクラスとは協力関係でいたいと考えている」

 

「そっか。なら、継続中ということで良いかな?」

 

 念のために尋ねると、綾小路くんと櫛田さんは頷いた。

 これで良い。

 これが現状打てる最善手だった。

 私が肩の荷を下ろそうとしたところで、神崎くんが手を挙げた。

 

「俺個人も、Dクラスとの協力関係は良いと考えている。しかし気になるのだが、どこで線引きをする?」

 

 次の議題は、協力関係の定義を定めるというものだった。

 前回はあくまでも私という一之瀬帆波個人がDクラスに──特にその中心人物たちか──力を貸していた。

 ところが正式にクラスとクラスが組むとなると話はまた変わってくるだろう。

 櫛田さんが考え込む素振りを見せながら、

 

「うーん、これは私たちが勝手に決めちゃ駄目だよね?」

 

 と、綾小路くんに確認を取った。

 

「櫛田の言う通りだな。最低でも平田や堀北、軽井沢(かるいざわ)あたりには話を通すべきだろう。あるいは、Dクラスの生徒全員で共有する必要が出てくるな」

 

「なら今回は、ポイントを現段階でどれだけ消費したか。その報告会で良いんじゃないかな?」

 

 私の問い掛けに、二人は迷わなかった。

 私は断りを入れてから自分のスクールバッグが置かれている場所に行き、中からマニュアルを取り出した。

 三人の元に戻り、私は白紙ページを開いた。それを二人に見せる。

 

「記録しているんだね」

 

 そこにはBクラスが購入したアイテムや食料などが書かれていた。

 櫛田さんが感心したように、ボールペンの筆跡をしげしげと眺める。

 

「見ての通りだけど、一応、説明するね。私たちが現時点で購入したものは、ハンモック、調理器具セット、小型テントにランタンに仮説トイレ。餌釣り用の釣竿をいくつかと、あとはウォーターシャワーかな。合計ポイントは──」

 

「70ポイントか」

 

 櫛田さんの隣から覗き込んだ綾小路くんが私の言葉を引き継いでくれた。

 つまり私たちBクラスは約25パーセント、ポイントを消費している計算になる。

 四分の一、と聞くと大きい数字だと思ってしまうかもしれないけれど、これは仕方がないこと。

 学校側はポイントを使わせることを前提にして、今回の特別試験を用意しただろうからだ。

 例えば支給品から如実に出ている。

 ひとクラス四十人なのに、これはあまりにも足りない。

 

「Dクラスはどんな感じなのかな?」

 

「そっちと殆ど同じだ。まずだが仮設テント二つに──」

 

 そう言いながら、綾小路くんはDクラスの情報を教えてくれる。

 前置きした通りで、彼我の消費ポイントに差はあまりないようだ。

 と、思ったその時だった。

 彼が言いづらそうに、語尾を濁らせたのだ。櫛田さんも似たような顔になっている。

 

「あー……今朝、高円寺(こうえんじ)が脱落した」

 

「「……」」

 

 思わず呆けてしまった私と神崎くんは悪くないだろう。

 

 ──……へ?

 

 ぽかんとクエスチョンマークが頭上に表示されているのが自覚出来る。

 あの神崎くんでさえも間抜け面を晒しているくらいだ。

 

「……高円寺くんって『自由人』として有名なひとだよね……?」

 

「ああ、そうだな。まあ、色々とあってな……」

 

 綾小路くんは視線を逸らした。

 櫛田さんも視線を逸らした。

 

「えっと……、じゃあ、きみたちは30ポイント引かれちゃったんだね……」

 

「そういうことになるな」

 

 いくら友軍といえど、本質的には敵だ。

 だからここは内心は喜ぶべき場面なのだろうけれど……。

 

「にゃはははー……」

 

 私は引き攣った笑みしか出来なかった。

 何ともいえない空気が流れる。

 

「えっと、し、質問良いかなっ」

 

 そんな雰囲気を、櫛田さんが壊してくれた。

 私はこの波に乗った。

 ことさら明るく、

 

「質問? もちろんだよ!」

 

「この『ウォーターシャワー』って何なのかな? 名前からしてお風呂に関係があることは分かるんだけど……」

 

「ポイントも5ポイントと、仮設シャワーよりも安いだろ。Dクラスには一人だけキャンプ経験者がいるんだが、その生徒すらも知らなかったんだ」

 

「あー、ごめんね。私もそれについてはよく知らないんだ」

 

「あれ、そうなんだ。なら何で買えたの?」

 

 櫛田さんが疑問に思っている点は、何故『未知』のものを購入出来たのか、というところだろう。

 何度も述べるが、王道を行くのならこの試験は『我慢』の競い合いだ。

 ポイントを残すために、どれだけ節制を心掛けるか。

 その意識の差によって試験の結果は変わってくる。

 そして私たちBクラスはこの王道を辿っている最中だ。

 彼女からしたら、何故、浪費というリスクを伴ってまで購入する決断に至ったのか不思議でならないのだろう。

 

「簡単なことだよ。そっちのクラスに頼り甲斐がある生徒がいるように、こっちのクラスにもいるんだ」

 

「Bクラスにも(いけ)くんと同じようにキャンプ経験者が?」

 

「うぅーん、それとはちょっと違うかな。その子はキャンプ経験も何度かあるそうなんだけど、もっと広い分野……つまり、アウトドア系が趣味なんだよ」

 

 その生徒のおかげで、ウォーターシャワーの有用性に気付くことが出来た。

 私は客人を井戸、その横に置かれている大型の機械の元に案内する。

 内部の仕組みはさっぱり分からないけれど、使い方は簡単だ。

 

「まずだけど、このタンクに水を入れたら数分でお湯が出来るんだ」

 

「熱源はガス管だな。全て使い果たしたら追加注文する予定だ」

 

 物は試しと、私は神崎くんと協力して披露することにした。

 最後まで見届けた彼らは、浮かび上がった次の質問をしてくる。

 

「ウォーターシャワーの利便性は分かった。けど、問題はどこでシャワーを浴びるんだ?」

 

「私もそれは思ったかな。まさか外で浴びたり……?」

 

「あははは、流石にそれはないよー。あれが何か分かる?」

 

 私が指さした場所を見た二人はきょとんとした顔になった。

 やがて櫛田さんが訝しげな目線をそちらに向けながら、

 

「あれって最初に支給された簡易トイレと一緒に支給されたテントだよね?」

 

 と、確かめてきたので私は「うん、そうだよ」と首肯した。

 正確にはワンタッチ式テントと言うらしいけど……まあ、分かれば良いかな。

 

「俺たちは仮設トイレを購入した。すると支給された簡易トイレやこのテントの役目は無くなってしまう。しかしそれではあまりにも勿体ないだろう」

 

「資源は有効活用しないと駄目だよね。クラスの皆で話し合った結果、簡易トイレそのものはもしもの時用に保管、そしてこのテントはシャワー室として代用することにしたんだ」

 

「生地は防水で厚い。これなら女子生徒でも使用可能になる」

 

「もちろん、女の子の場合は万が一に備えて護衛は付くけどね。あとは時間も決められているかな」

 

 具体的には、男の子の入浴が午後八時半から午後十時半の間、女の子が午後六時から午後八時の間だ。

 一人あたりの時間も決められている。この制限時間に関しては、集団生活という側面がある以上仕方がないことだと、皆、納得済みだ。

 その後も説明を続けた。

 それらも全て終え、私たちは客人を見送ることにした。

 

「一之瀬さんたちは凄いね! たくさんのことを工夫して、少しでもこの無人島生活を楽しもうと努力してるんだもん!」

 

「て、照れるなあ……」

 

「ううん、本当に凄いことだよ! そうだよね、綾小路くん」

 

「そうだな。特に、テントの下にビニール袋を敷いていることには驚いた」

 

 ただテントを組み立てるだけだと、背中に当たるのはごつごつとした固い地面の触感だ。

 私たちは支給された簡易トイレセットの中にあったビニール袋に注目した。

 簡易トイレをそのまま使う際、利用者はビニール袋を使う必要がある。そして星乃宮先生に聞いてみたところ、これは無制限で支給されるのだと分かったのだ。

 

「綾小路くんたちはさ、このマニュアルを見た時にどう思った?」

 

 学校から配られたマニュアルはとても分厚くそれなりのページ数がある。

 書かれていることは特別試験の日程、ルール、簡易的な地図──地形と方角しか書かれていない。完璧に仕上げるのは不可能に近い──、そして、ポイントで購入可能なもののカタログだ。

 このカタログが冊子の大部分を占めているけれど──

 

「そうだね……。()()()()()()()()()()()

 

「綾小路くんは?」

 

「櫛田と同じだな」

 

「神崎くんは?」

 

「同じだな」

 

「うん、だよね。私だってそうだよ」

 

 この感想は私たちだけでなく、カタログを開いて、自身の目で見たら同じように抱くだろう。

 圧倒的に情報が足りない。

 カタログには物品の写真や名前が載せられているだけで、その用途は書かれていないのだ。また大きさも分からない。

 この取扱説明書は、その時その時、物品が届いた時に渡される。

 

「先生に聞いても要領を得ないものばかり……というか、先生は試験に関することだから教えてくれない」

 

 生徒と最も仲が良い星乃宮先生ですらも、そのルールは決して破らない。

 もし破ってしまったら相応の『罰』があるのだろう。

 

「だけど、ここが難しいところなんだけどさ。二人は、『ルール』の二項目目を覚えている?」

 

 尋ねると、彼らはしばらく考える素振りを見せてから、やがて首を横に振った。

 

「私も一字一句正確には覚えてないんだけどね。それじゃあ、ここを見て貰えないかな──」

 

 ──『A〜Dクラス、全てのクラスに300ポイントを支給する。このポイントを消費することによって、マニュアルに載せられている道具類や食材を購入することが出来る。なお、原則的にはマニュアル外のものは購入出来ないが、万が一、欲しいものが出た場合は担任教師に確認をするように。場合によっては認められるものがある』──

 

 私は最後の部分を指さした。

 

「──『なお、原則的にはマニュアル外のものは購入出来ないが、万が一、欲しいものが出た場合は担任教師に確認をするように。場合によっては認められるものがある』……特に注目するべきなのはここで、何となく、私が言いたいことは分かるかな」

 

「えっと……つまり、もしかしたら思いもよらないものや出来事が認められるかもしれないってことなのかな」

 

「その通り。例えば私たちはこの特別試験を臨むにあたって、自分の携帯端末を先生に預けているよね。だけど、ルールにはこのことは──もっと言えば、プライベートポイントについては述べていないよ」

 

 これについてはまだ確かめていない。

 私のこの予想が当たっている確率は低いだろう。

 

 ──でもゼロじゃないよね。

 

 言いたいことを言えた私は、味方にも敵にもなる二人を静かに見据えた。

 

「また今度来させて貰っても良いか?」

 

「うん、それは大丈夫だよ。あっ、けどクラスの皆のことも考えると、綾小路くんと櫛田さんだけかな、歓迎出来るのは。きみたちのことはクラスメイトに言っておくから、邪険にはされないはずだよ」

 

「分かった。明日あたりもう一度来させて貰う」

 

「楽しみにしてるね。あっ、そうだ。二人は他クラスにはもう行ったの?」

 

「ううん、それがまだなんだ」

 

「場所、教えようか?」

 

 これくらいなら同盟の範疇内(はんちゅうない)だろう。

 ところが、綾小路くんは私の提案を断った。

 

「他クラスの場所を知ったのはお前たちの努力の賜物だろう。それをオレたちが横取りするような形で知るのは間違っている気がする」

 

 そう言って、彼は神崎くんを一瞥(いちべつ)した。

 確かに綾小路くんの言う通りだ。

 

 ──偵察班の努力を、私が踏み(にじ)るようなことはしちゃいけないよね。

 

 私はまだリーダーとして相応しくない。

 そう、強く再認識した。

 

「それじゃあ、オレたちはここでお暇する」

 

 その言葉を契機に、綾小路くんと櫛田さんは境界線から外に足を踏み出した。

 私と神崎くんは彼らの背中が森の中に消えるまで見送った。

 

「さて、私たちも頑張ろう!」

 

「ああ、そうだな」

 

 気合を入れ直す。

 私が出来ることを、一つ一つ丁寧にやっていく。

 それが『結果』に繋がると、私は信じているのだから。

 まずはAクラスに行くとしよう。

 

 

 夕方。

 Bクラスのベースキャンプ地はいつも以上の喧騒に包まれていた。

 というのも、予期せぬ来訪者が到来してきたからだ。

 誰も、その人物には近付こうとしない。神崎くんや千尋(ちひろ)ちゃんや柴田(しばた)くんなど、私の親しい友人でさえも遠巻きに眺めているだけだ。

 今朝、綾小路くんや櫛田さんが来た時も似たような現象は起こったけれど……今回はそれ以上のものだ。

 その人物に向けられている視線の数々には明確なる『敵意』が含まれていて、僅かに『戸惑い』がある。

 私はゆっくりと来訪者の元に歩んで行った。

 

「──どうしたのかな、Cクラスの金田(かねだ)くん?」

 

読書の皆さんが思う、一学期の間に最も実力を示したDクラスの生徒は?

  • 綾小路清隆
  • 堀北鈴音
  • 平田洋介
  • 櫛田桔梗
  • 須藤健
  • 松下千秋
  • 王美雨
  • 池寛治
  • 山内春樹
  • 高円寺六助
  • 軽井沢恵
  • 佐倉愛里
  • 上記以外の生徒

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