学校生活二日目。授業初日であるからか大半の授業は勉強方針等の説明……オリエンテーションで終わった。
先生たちの多くがかなりフレンドリーで親しみやすかったことには、多くの生徒が拍子抜けしただろう。国が主導している、という観点から見ればこの学校はお堅いところだと判断されるのだろうが……それを
居眠りや遅刻する生徒は流石に居ないだろうとオレは想像していたのだが……呆気なくそれは裏切られることになった。例の不良少年……
ここで気になるのが、教師陣は誰一人として不真面目な人間を
高等学校に進学するのはあくまでも生徒個人の意思であり、これまで敷かれていた義務教育からは脱している。個人の判断に任せていると言われればそれまでなのだがーーどうにも
そんな教師陣の反応を見て、Dクラスの生徒たちは二時眼目、三時限目と時間が加速するにつれて須藤と同じような態度を取り始めた。
そしてあっという間にクラスの半分程が思い思いに授業を受ける現実が広がった。
真面目に受けていたのは
オレはというと……どっちとも取れない微妙な立ち位置に居る。教科書やノートは机の上に開いて、シャープペンシルも右手に持っているが、手を動かすのはホワイトボードに書かれたことだけを
「やっとお昼休みだー」
さて困った。
昨日の放課後のように誰か誘いに来てくれるのを期待していたのだが……なるほど。どうやらオレは完全に出遅れてしまったようだ。昨日は
いや待て、それはまだ早計じゃないか。
この教室に残っているぼっち仲間(思い込み)を誘えば良いんじゃないか?
オレはさり気なく隣人に視線を向けた。
「なあ堀北。一緒に飯でも──」
「お断りするわ」
「……即答か……」
「ええ。誰かと一緒に食事をする必要性を感じないもの」
悲しきかな、オレの努力は容赦なく一刀両断されてしまう。そんなオレに堀北は冷たい視線を向けた。
「哀れね」
「……何が哀れなんだ?」
「自覚がないの? 誰かと食事を共にしたい。誘って欲しい。そんな淡い希望を持っているくせに自分からは決して行動しない。これで哀れじゃなかったら何かと逆に聞きたいわ」
「うぐっ。……でもお前も独りだろ。お前は三年間ぼっちを貫き通すつもりか?」
「そうよ。私は独りの方が好きだもの。誰かと居るとその人に合わせなくてはならない。そんな余裕、私には無いもの。それよりも昨日知り合ったばかりの隣人を心配するくらいなら、自分の心配をしたらどうかしら?」
スラスラと迷うことなく出される言葉の
そう言われてしまったらオレとしては「まあ、な……」と言葉を濁すしか
けどなあ……。
まあ、彼女の心配は本人が言うように後にして、今は自分の心配をしよう。
このまま仮に友達が作れなかったら最悪、苛めにまで発展するかもしれない。
高校生にもなってそんな
授業終了から僅か五分で生徒の数は激減していた。どうしたらいいのかとオレが頭を抱えていた……そんな時だった。
「えーっと、今から食堂に行こうと思うんだ。誰か僕と一緒に行かない?」
クラスのヒーローである平田は椅子から立ち上がると、そんな矢を教室に放った。
そして、飛ばされた矢はオレに直撃した。まったく、これだからリア充には感服する。昨日の自己紹介の提案といい今回といい……オレには彼が神にしか見れない。
そして、迷える子羊たるオレは、神の御言葉を待っていたのかもしれないな。
平田よ、今手を挙げるからな。そう思い、片手を恐る恐る挙げようとして──。
「私行く〜」「私も私もー!」「平田くん、あたしも良いかな?」
中途半端に動作を止めてしまう。
まず真っ先に食い付いたのはぼっちでは無く、平田の言葉を待ち侘びていたであろう女子生徒の群れ。
平田の優しさを考えろよ! お願いだから!
「ごめんなさい綾小路くん。ここまで来ると一周まわって同情するわ」
「やめろ。勝手に同情するんじゃないっ」
「他には居ないかな?」
どうやら平田はハーレム状態をあまり好まない、正に善良の塊であるようだ。
まあ……よく知らない異性に囲まれて食事をするなんて、そんなの嫌に決まっているか。
オレは彼に強烈な視線を集中させて助けを求める。
自分から手を挙げてアピールするのはNGだ。もしそうしようものなら女子からの『こっちに来るんじゃねえ』という拒絶の視線が体を
だが、主催者側である彼からオレを誘ってくれればどうだろう。そうすれば、表向きは歓迎してくれるはず……。
そんなオレの強い想いが通じたのか、平田はオレの視線に気が付いた。
「綾小……──」
オレの名前が完全に呼ばれるまで、残り一秒。
「行こ行こっ、平田くん」
だが突如として現れた見た目がギャルっぽい女子生徒が平田の手を引っ張り廊下に引き摺ってしまう。
名前は確か……
「それじゃ、独りで有意義な時間を過ごすと良いわ」
落ち込むオレを皮肉り、堀北は鼻で笑いながら教室をあとにした。
悔しい……悔しいが、事実だから何も言い返せなかった。
食堂に行く気は失せていた。個人的には覗いてみたいが、ぼっちが行ったら──あの子一人なのかな、クスクスみたいな幻聴が……。
──コンビニにでも行くか……。
「……
逃げるように教室から立ち去ろうとするオレを妨害したのは……友達作り頑張ります発言を自己紹介の際に告白した櫛田だった。
だから余裕を持って彼女を観察出来た。
肩口まで少し短いところまで伸ばされた茶髪のショートヘアでストレート。校則ギリギリを狙っているスカート丈。
こう言ってはなんだが、今どきの女子高生を体現しているな……。椎名や堀北はそこら辺普通だからなあ……。
オレが口を閉ざしていることに慌てたのか、彼女から話を切り出してくれた。
「同じクラスの櫛田
また嫌な質問を。覚えていない、なんて答えたらあとが怖い。主にオレのクラスでの立ち位置がな……。
「何となく、としか言いようがないな」
「そっか。うん、そうだよね。なら、『何となく』をこれから形にしていくね!」
「ああ、オレも善処する。……それで、オレに何か用か?」
「実は……綾小路くんに聞きたいことがあって。綾小路くんって、堀北さんと仲が良いの?」
なるほど、話の
どうやら櫛田の用件はオレにでは無く、堀北にあるようだ。だが当の彼女は現在居ないため隣人のオレに声を掛けた……そんなところか。
「仲が良いかと聞かれたら……ノーだ。ただ、嫌われてはいないと思う」
堀北の性格を考えるに、嫌いな奴とはあのような会話とは思えない会話でもしないだろうし。
「あいつがどうかしたのか?」
「あ、うん……。私の自己紹介を聞いていてくれていたら知っていると思うんだけど……私、このクラスの皆と仲良くなりたいんだ。まずはそのために一人一人の連絡先を聞いているんだけど……断られちゃって」
「話は何となく分かった。だが櫛田、残念なことにオレはこのクラスの電話番号は誰も知らないから、頼りにはならないと思うぞ」
「そ、そうなんだ……」
困ったように微笑む櫛田の顔が直視出来ない。
しまった、引かれてしまったか。
彼女は気まずい雰囲気を変えるように咳払いを一つして。
「堀北さんって、どういう人なのかな?」
「さあ? ただ、人付き合いに難がある奴だとは思う」
「やっぱりそうなのかな……。昨日の自己紹介の時も、彼女、教室を出て行ったじゃない? だから心配で」
「なるほどな。ただ悪いな、さっきも言ったけど助けにはなれなさそうだ」
「……そっか、うん、分かったよ。ごめんね? 堀北さんの隣の席の綾小路くんだったら仲良くなっていると思っちゃった」
「いや、いいさ。ところで、どうしてオレの名前を?」
「……? どうしてって、綾小路くん……綾小路
おぉ……! あんな自己紹介とも言えない自己紹介を覚えていてくれてたなんて……!
感動のあまり涙が出てきそうだ。
「改めて、櫛田桔梗です。これから三年間よろしくお願いします」
櫛田はそう言いながら満面の笑みで手を差し出してくれた。ちょっと戸惑う。すると彼女は焦れたのかもう一度同じ動作を……。
オレは制服のズボンで軽く汚れを落としてから。
「綾小路清隆だ。これからよろしく」
櫛田の手を摑むのだった。
食堂に行く勇気が湧かなかったオレは近くのコンビニへ向かうことにした。
高度育成高等学校の生徒は例外なく寮住まいのために、昼飯はコンビニ弁当か食堂での食事になるパターンが多いらしい。中には自前で弁当を用意する生徒も居るようだが、現代社会でそのような家事スキルを持っているのはかなり少数だろう。
「おや、綾小路くん。奇遇ですね」
寄ったコンビニでは椎名が先客として昼飯のパンを選んでいた。
軽く手を挙げて挨拶する。
「一人か?」
「はい。綾小路くんは……私と同じようですね」
「……否定はしない。中々上手くいかないな、友達作りは」
「そんなに無理して作るものでもありませんよ?」
「肝に銘じておく」
やっぱり椎名とは気が合うな。いや、ぼっち仲間として共感出来るだけかもしれないが。
おにぎりを三個と無料飲料水をレジで支払う。
てっきり教室に戻ったと思っていたのだが、彼女はオレを待ってくれていた。
「せっかくですし、一緒にお昼どうですか? 今から教室に戻って視線を集めるのは避けたいところです」
「助かる。教室内では既にぼっちグループが作られているだろうしな。そんな所に自発的には戻りたくない」
「それでは行きましょう」
「場所はどうする?」
オレの当然の質問に椎名は逡巡する様子を見せる。
男と女が外で二人で食事を共にしているなんてバレたら変な噂が立つかもしれないから、それを危惧しているのだろう……──という予想は呆気なく打ち破られた。
「綾小路くんさえ良ければ、すぐそこのベンチはどうでしょう?」
「それは大丈夫だが……良いのか?」
「はい」
椎名は短く首肯すると、迷うことなくゴール地点に辿り着き……ゆっくりとベンチに腰掛けた。
どうにも彼女には、そういった常識が欠如しているのかもしれない。
判断を任せたのはオレだ。ここは彼女の指示に従うとしよう。
「失礼します」と一応告げてからひと一人分のスペースを取って彼女の隣に座った。
オレたちは一言も言葉を放つことなく食事に没頭した。
傍からだったら気まずそうに見られるだろうが……意外にもそうでも無い。なんていうか……落ち着くな。
飲料水を飲んで一息ついたところで、彼女がおもむろに口を開く。
「今日の授業はどうでした? 私のクラスではオリエンテーションで終わりましたが……」
「オレのクラスでも同じだ。学校側からしたら当然の措置なんだろうな。ただ、気になることがある」
「気になること、ですか?」
訝しげな視線を送ってくる椎名。
オレは授業に感じた違和感を彼女に伝える。授業に無駄話をしていても、あるいは居眠りしていても先生は注意しなかったことを。
「……言われてみたら綾小路くんの言う通りかもしれません。私のクラスでも殆ど……いえ、何人かの生徒が騒いでいたのですが先生は誰も叱りませんでした」
「Cクラスでもそうだったのか。となると、AやBでも同じだと考えるべきなのか?」
「なんとも言えませんね。高校は義務教育じゃないと言われればそこまでですが……」
揃って首を傾げる。
これ以上は知恵を絞っても無駄だと判断し、椎名と共に学校に戻った。
建物内に入ったところで、廊下や教室に設置されているスピーカーから音楽が流れてきた。
『本日午後五時より第一体育館にて、部活動の説明会を致します。部活動に興味のある生徒は十分前には第一体育館に集合して下さい。繰り返します。本日──』
女性の声だろうか。かなり
部活動か。今思い返せば……オレは部活を経験したことはなかったな。
これを機にやってみるのもありかもしれないが……。
「椎名は部活やるのか?」
「分かりません。綾小路くんはどうですか?」
「同じく分からないな。──そうだ。説明会、一緒に行かないか?」
断っておくが、
ただ、一人で行ったら浮くだろうからな……。変に悪目立ちはしたくない。それは椎名も同じようで。
「是非同行させて下さい」
第一体育館近くにある昇降口での待ち合わせを約束し、椎名と別れる。
教室に戻ると生徒たちが部活について意見を交わしあっていた。
やっはり皆、興味があるんだな。
オレと椎名が外で昼飯を食べていた間に堀北は既に戻っていたのか、机にはサンドイッチの袋が転がっていた。
「驚いたわ。あなた、一人で食堂に行ったの?」
「そんな度胸がオレにあると思うか?」
「いいえ。だからこそ驚いているのだけれど」
堀北の純粋な驚愕がとても痛い。
オレは自分の席に座って、彼女の顔を見ながら。
「友達と食べていたんだ」
ドヤ顔で勝ち誇りそう言ってやる。
どうだ堀北。確かにオレはクラスでは友達は未だに居ないが、他クラスには居るんだぞ!
同じぼっちでもオレの方がワンランク上だな!
「友達……? 綾小路くん、見え透いた嘘を吐くのは止めた方が良いわよ? 最初は偽りの喜びに浸れるでしょうけれど、やがて全身に毒は広がるわ」
「嘘だと決め付けるな! まあ、信じる信じないかはお前の自由だけどな。──それより堀北、櫛田に連絡先教えなかったんだってな」
「それが何。悪いかしら」
これは、攻略するのに櫛田は苦労しそうだ……。
堀北に友達が出来るのはいつなんだろう。
第三者のオレが必要以上口出ししてもなあ……。
脳内で
「堀北は中学時代、部活をやっていたのか?」
「いいえ未経験よ。綾小路くんは……ごめんなさい。聞くまでもなかったわね」
色々と指摘したいところはあるが、それを我慢して続ける。
「じゃあ高校からは部活をやるのか?」
「いいえ。興味がないから。そういうあなたは入部するの?」
「説明会にはいくつもりだ」
「入る気はないと自分から口に出しているようなものじゃない。それにしても──変わってるわね」
変わってる?
怪訝な表情を浮かべるオレを、堀北は一瞥してから。
「だってそうじゃない。入部する気はさらさらないのに説明会には行くなんて。私からすれば時間の浪費でしかないわ」
流れるように出された正論にオレは口を
部活について話をすることによって堀北との距離を縮めようとしたのだが……中々難しいものだ。
そして隣人はこれ以上会話を続ける気はないようで、読書を開始した。
窓から覗き見える青空はいつものように変わりなく。それは現状をそのまま示唆しているように思えて仕方がなかった。
「ごめんなさい。HRが長引いてしまいました」
「それなら気にするな。悪いがちょっと急ぐぞ。時間が押しているから」
放課後。学校の昇降口で合流を果たしたオレと椎名は早歩きで第一体育館に向かう。
幸い集合場所から目的地までは近いから、説明会が開始される午後五時十分前には到着することが出来た。
「遅いぞ一年。これを持っていけ」
上級生からのありがたい言葉を頂戴する。彼が渡してきたのは一冊の冊子だった。
移動しながら軽く目を通すと、この学校に存在する部活動の詳細なパンフレットだった。
当然というか、体育館には既に大勢の生徒で──一年生で間違いないだろう──埋め尽くされている。
「百人は居そうですね」
「そうなると、学年の半分ちょっとが集まってる計算になるな。……この学校って部活動は盛んなのか?」
「どの部活も高い水準のようですね。施設も同様のようです。やっぱり国が運営している、というのがあるんでしょう。ただそれでも、何かしらの名門校には遅れをとるようですね」
オレのふと湧いた質問に、椎名がパンフレットを見ながら教えてくれた。彼女の言う通り、全校大会に進出している部活はあまり見られない。
そうなると、この学校の部活は趣味的な色合いが多分に含まれているのだろう。
「やってみたい部活はありそうか?」
「そうですね……個人的には茶道に興味があります」
「茶道部か……」
「似合わないでしょうか?」
「いや、むしろその逆だな。
嘘偽り無く本心を告げる。
落ち着いた雰囲気のある椎名だったら、美味しいお茶を煎じてくれそうだ。
「ふふ、ありがとうございます。もし私が茶道部に入部して立派なお茶を淹れられるようになったら、綾小路くんのために淹れさせて貰っても良いですか?」
「もちろんだ。その時を楽しみにしている」
「はいっー-綾小路くんはどうですか? 気になる部活はありそうですか?」
改めてパンフレットを確認する。
部活を経験したことが無いオレからすれば、どの部活もあんまりピンと来ないというのが正直な感想だ。
「何とも言えないな。まずは説明会を聞いてから判断しようと思う」
「それが一番ですね。私も先輩方のお話をきちんと聞いてから決めたいと思います」
「新入生の皆さんお待たせしました。これより部活代表者による入部説明会を始めます。私はこの会の司会を務めます、三年の
ステージに立ったのはやや小柄な体格の女子生徒だった。昼休み中にスピーカーから流れた声と同じだから、多分同一人物のはずだ。
橘が舞台裏に合図を送ると、運動部文化部の各代表者が登壇し横一列に並ぶ。
屈強な体躯の男子生徒も居れば着物を綺麗に着飾った女子生徒が居たりとしている。それぞれの部活の特色が出ていて面白いな。
「体育系は圧が凄いな……。初心者お断りの雰囲気をビンビン感じる」
「そうでもないと思いますよ」
「そうなのか? ……もうちょっと詳しい説明を頼む」
「初心者というのはあくまでも肩書きです。もちろん、レギュラーに至るまでには多大な努力が必要でしょう。けれど部には在籍していますから、本人のやる気関係なしに部費は増えます」
「な、なるほど……。募集側からしたら、一人でも多くの部員が欲しいのか」
「これはどの学校でも同じだと思いますが……基本的に部活の部費は最低限が予め決められています。例えば千円としましょう。この千円を上乗せする最初の手段が部員ですね」
「今話したことと同じだよな?」
「はい。人が増えれば増えるほどにお金は掛かりますから。次に大会やコンクールなどの実績でしょうか。今挙げた二つによって、部費は増え続けていきます」
よく分かった。
つまりオレたち新入生は金が宿る木なのだ。
恐ろしい。壇上でスピーチをしている先輩方はそんなことを内心思っているのか(偏見)。
さり気なく他の生徒の様子を窺う。サッカー部に所属する意志を表明していた平田に……、
意外なのは不良少年である須藤が居るところか。どうやら何かしらの部活に入部するようだ。バスケットボール部の説明の際に真剣に聞く姿勢を見せていたから、それが目当てなのだろう。
そして彼の横では
そしてオレは、今日一番の
「……堀北……」
「クラスメイトの方ですか?」
「隣人だ。昼休み説明会の話をした時は興味が無いとか言っていたんだが……気が向いたのかもしれないな」
その後も説明会は進んでいく。
椎名が気になっていた茶道部の説明も終わり、彼女は結局、入部することを決意したようだ。
一つの部活が終わりを迎える度に、新入生は友達と相談し合う。
気付けば体育館内はそこそこの
説明を終えた先輩たちは順番に舞台を降りて、組まれている簡易テーブルに向かう。恐らくあそこで入部申請を受け付けているのだろう。
そして最後の一人になる。その生徒は男性だった。
身長は……百七十センチメートルはあるだろうか。細身の体にサラリとした黒髪。シャープな眼鏡からは知的さを感じさせ……如何にもな優等生。
「生徒会長さんですね」
隣で椎名が呟く。確かに彼女の言う通り、昨日行われた入学式で新入生を迎え入れた、全校生徒の代表である生徒会長だと思われた。
だが彼が生徒会長であることに、この場に居る生徒の何人が気付いているのだろう。大半の生徒は式中、胸踊る高校生活に思いを馳せていたので彼の言葉を真面目に聞いていたのはかなり少ないはずだ。
オレもその例に漏れていなかったから、椎名の言葉がなかったら気付けなかったに違いない。
彼はいつまで経っても口を開くことは無かった。もしかして緊張しているのか?
「がんばってくださーい」
「カンペ、持ってないんですか〜?」
「あはは! あははははっ!」
一年生の
最初は笑っていた一年生も、やがてふと我に返ったのだろう。あるいは、反応が何もない上級生に対して違和感を覚えたのか。
喧騒はやがて静寂に包まれる。
それと同時に彼から放たれる不気味な圧。咎められたわけではない。ただオレたちは直感する。この一帯を支配しているのは彼であると。
「私は生徒会長を務めている、堀北
堀北? 疑問に思って該当する生徒に視線を向けると、彼女は一心に生徒会長を見つめていた。
確信する。彼は堀北の家族だ。
「生徒会もまた上級生の卒業に伴い、一年生から生徒会役員の立候補を募集しています。資格は特別必要ありませんが、注意点として、部活動を行う生徒の立候補は原則として受け付けておりません。これは当校の校則であるのでそれを理解して頂きたい」
凄い、というのが率直な感想だ。
百人を超える生徒を従えさせるその力は、堀北学個人としての力なのだろう。
現に、簡易テーブルにいる先輩たちも同様なのか、中には尊敬の眼差しを向けている人も。
「それから──私たち生徒会は、甘い考えによる立候補は微塵も望まない。何故だと思うだろう。それは簡単なことだ。当校の生徒会には学校の規律を変える権利と使命がある。学校側から期待されている。故に、そのことを理解出来る者のみ歓迎しよう」
生徒会長は堂々と淀みなく演説した後、真っ先に体育館から出て行った。まるで、今の一年生には期待をしていない、そんな風にオレには取れた。
緊迫とした雰囲気が場に流れる中、司会役の橘が説明会の終了を告げる。のんびりとした口調のおかげで弛緩した空気が流れるが……多分そのように打ち合わせをしていたのだろう。
「凄い方でしたね……」
「そうだな。全てが生徒会長の計画だったんだろう。最初黙っていたのはこの学校の長としての『格』を見せ付けるためだと思えば納得がいく」
「只今より入部の受付を開始します。部活に入部したい生徒は受付を済ませて下さい。この場で決められない生徒は、四月中でしたら申請を受け付けていますので安心して下さい。今日はありがとうございました」
「あっ、ごめんなさい。茶道部の受付に行ってきますね。私のことは待たなくても大丈夫ですから」
「分かった。それじゃあ椎名、また今度会おう」
「はい。さようなら」
椎名と別れ、オレは体育館をあとにした。
さて、今からどうしようか。図書館にでも行くか? だが現在は午後の六時になりそうな微妙な時間帯だ。
思案していると、後ろから声を掛けられる。
「あー、確か綾小路だったか?」
池だった。須藤や山内も居る。どうやら彼らは行動を共にしていたようだ。
「そうだ。池に須藤、山内だよな?」
「それで合ってるぜ。綾小路も部活に入るのか?」
「まだ様子見だな。でも『も』ってことは須藤は入るのか?」
「ああ。俺は小学生ン時からバスケ一筋でな。本命ってヤツだ」
なるほどと一人納得する。
授業初日から居眠りを披露する須藤がどうしてあんなにも真剣に話を聞いていたのか気になっていたが、彼はバスケに全てを懸けているのだろう。
羨ましい。──オレにはそんなものないから。
「池と山内はどうなんだ?」
「俺ら? いやいや、ただの暇つぶし。あとはまあ……運命的な出会いを求めているのさ」
「運命的な出会い?」
「よくあるだろ? 何気ない日常の中で可愛い女の子と出会うっていうのはさ」
よく理解した。思い返してみれば、昨日の自己紹介の時にも彼女募集中とか言っていた気がする。
「そうだ綾小路。昨日早速、男子のグループチャットを作ったんだよ。一緒にやらないか?」
池はそう言いながら携帯端末を取り出しオレに見せてくる。
彼の言う通りだった。『一年D組─男子』の名前でグループが作られている。
意外な展開に動揺していると、山内がオレの肩に腕を回しながら。
「良いだろ? 同じDクラスの仲間なんだからさ!」
「そうだぜ綾小路」
「なら……頼めるか?」
「もちろんだぜー」
制服のブレザーから携帯を取り出し、グループチャットに参加する。
それと同時に三人とも連絡先を交換する。
これは……友達が出来たと解釈して良いのか? いや、そうに違いない。
この瞬間のために、オレは今日説明会を見学したのだろう。
放課後は池たちと過ごし、少しは仲良くなれた気がした。
読書の皆さんが思う、一学期の間に最も実力を示したDクラスの生徒は?
-
綾小路清隆
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堀北鈴音
-
平田洋介
-
櫛田桔梗
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須藤健
-
松下千秋
-
王美雨
-
池寛治
-
山内春樹
-
高円寺六助
-
軽井沢恵
-
佐倉愛里
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上記以外の生徒