ようこそ事なかれ主義者の教室へ   作:Sakiru

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無人島試験──二日目《一年Cクラスの豪遊》

 

 Cクラスがベースキャンプの地として居住しているのは無人島の『浜辺(はまべ)』だった。

 オレと櫛田(くしだ)の二人は森の(しげ)みからしばらくの間彼らの様子を観察していた。

 まず気になるのが立地だ。

 当然ながら浜辺は無人島生活には向いていない。ただでさえ厳暑(げんしょ)が身体を(むしば)むのに、日陰(ひかげ)がない浜辺では体力が削られてしまう。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「これはまた……豪遊(ごうゆう)してるねえ……」

 

 感心しているのか、それとも呆れているのか、恐らくは後者だろう。

 櫛田は小さな口元に手を当ててそんな風に呟いた。

 オレも全くもって同じ感想を抱いていた。

 どうやらCクラスの『王』は予想の斜め上を走る特技があるらしい。

 

「何が狙いなんだろうな」

 

「あれ、清隆(きよたか)くんは知らないんだ?」

 

 彼女はさも不思議そうに首を傾げた。

 無理もない。彼女は『暴力事件』が『偽りの暴力事件』だと知る数少ない人物の一人だ。

 オレが龍園(りゅうえん)策謀(さくぼう)してしていたのを彼女は知っているのだから、今回の特別試験もそうなるだろうと思うのは自然なことだ。

 

「前回のあれは例外的なものだからな。正直言うと、龍園が何を考えているのか現段階では全然分からない」

 

 肩を(すく)めると、櫛田は訝しながらも再び前を見据えた。

 オレも彼女に(なら)い『有り得ない光景』を瞳に映す。

 

 ──Cクラスは文字通り『豪遊』していた。

 

 A、B、Dクラス、どのクラスとも根本的な生活様式が違う。

 仮設トイレやシャワー室が配置されているのは当然として、日光対策のターフ、バーベキューセット、チェアーにパラソル。

 そのパラソルの下には純白のラウンドテーブルが置かれていて、机上にはスナック菓子にドリンクが置かれていた。遊びに使う器具も乱雑に置かれている。その中には()()()()()()もあった。

 およそ『楽園(パラダイス)』と呼べるだけの娯楽品に、そしてそれに見合うだけの設備が揃えられている。

 沖合では水上バイクが水面を駆け抜け、水飛沫(みずしぶき)を辺りに散らしていた。

 網の上では肉が焼かれていて、香ばしく、美味しそうな匂いが浜辺全体を包み、笑い声が絶えることは決してない。

 

「うわあ……どれくらいのポイントを使っているのかな」

 

大雑把(おおざっぱ)に計算すると──150ポイントは使っているだろうな」

 

 大勢の生徒が持参してきた水着に着替え級友と共に遊んでいる。

 彼らの瞳に不満の色は映らない。不安の色も映らない。しかし戸惑ってはいるようで、何人かの生徒は心の底から遊んでいるわけではなさそうだ。

 それはつまり、全ての説明が『王』からされているわけではないということ。

 

「どうする? 突撃? それとも帰還?」

 

 眩く輝く太陽は(あかね)色に染まりつつあった。大空も色彩を変えつつある。

 まだまだ完全なる夜には時間が掛かるとはいえ、安全性を最優先するなら帰還すべきだろう。だが──。

 

「……突撃、だな」

 

「さっすが!」

 

 無人島の地形はあらかた把握した。

 夜の森は迷子になる可能性が跳ね上がるが心配無用だろう。最悪の場合は支給された腕時計から救難信号を送れば良い。

 それよりも他クラスの情報を持ち帰ることの方が重要だと判断する。

 茂みから足を踏み入れ、オレたちは浜辺に侵攻した。

 ややして一人の男子生徒がオレたちの前に立ち塞がった。

 

「あっ、石崎(いしざき)くん。こんにちはっ」

 

 櫛田がにこやかに挨拶をしたが、石崎は無言で会釈(えしゃく)をするだけだった。

 彼は彼女にはそれから注意を向けることはなく、その代わり、オレを複雑そうな顔でじっと見てくる。

 

「……案内する」

 

 その言葉を言い残し、石崎は先を歩いた。

 遊んでいたCクラスの生徒たちは侵入者の存在に気付き始めていたが、オレたちに関わるつもりはないようだった。

 二つ分の視線を感じたのでそちらに目線を送ると、そこには小宮(こみや)近藤(こんどう)の姿が見受けられた。彼らも石崎と同様、複雑そうな顔になっている。

 オレと彼らの接点といえば、『暴力事件』での審議会で直接対決した時だけだ。

 彼らからしたら対応に困っている、そんなところか。

 石崎はオレたちを一人の男まで先導した。チェアーの背もたれに体を預けている男に声を掛ける。

 

「連れてきました」

 

「ご苦労」

 

「恐縮です」

 

「大事な客人だ。キンキンに冷えたドリンクを持ってこい。それと座る場所も用意しろ」

 

「分かりました」

 

 石崎は最敬礼してから、駆け足で砂の上を駆けて行った。

 程なくして、彼は二人分の丸椅子とジュースが入ったペットボトルを持って走ってきた。

 

「今から何人(なんぴと)たりともここに近付かせるな」

 

「承知しました」

 

 言うや否や、石崎は一定の距離の場所まで走り仁王立ちする。どうやら門番兵の役目を務めるようだ。

 小宮と近藤、そして屈強な体格を誇る男子生徒──確かアルベルト、と言ったか──が協力するようだ。

 人払(ひとばら)いを済ませた男はサングラスを外しながら。

 

「まずは座れよ」

 

 男がそう促してきたので、オレと櫛田は顔を見合わせてから石崎が用意した丸椅子に腰を下ろした。

 地面一面が砂で覆われている所為か足場が安定しないな。

 

「──歓迎するぜ」

 

 龍園はにやりといつもの獰猛な笑みを浮かべながら、オレたちにそう言った。

 オレは櫛田にアイコンタクトを送り、ここはオレに全て任せて欲しいと頼んだ。彼女は小さく頷き、体を椅子ごと少し後ろにずらす。

 

「久し振りだな、龍園」

 

「おいおい、お前は毎回その挨拶を口にしないと気が済まないのかよ、綾小路(あやのこうじ)

 

「そんなに毎回は言ってないと思うが……」

 

 首を捻ると龍園は鼻で笑った。

「うわあ……」と櫛田が小さく呟いた。

 その声を拾ったのか、龍園はさも面白そうに口元を歪ませて今度は愉快そうに笑う。

 

「お前は確か……櫛田だったか。おいおい。おいおいおい、綾小路。まさかお前が学年の女神(笑)を連れているとはな」

 

 明日の今頃は背中から刺されているんじゃないか? 奴はけらけらと嘲笑(ちょうしょう)する。

 それにしても……流石は龍園だな。まさか本人を前にして『女神(笑)』と口にするとは。

 背中から刺されるのはお前だろという言葉を呑み込むのに、オレは多大なる自制心を必要とした。

 

「龍園くん? だっけ? やだなー、もう。私は女神なんかじゃないよー。だからその呼び方はやめてくれないかな」

 

「ククッ。お前は面白いな。気に入ったぜ」

 

「ふふっ。ありがとうっ。私も龍園くんとは仲良く出来そうかなっ!」

 

 出会ってまだ五分も経っていなのに、心做しか、両者の間には溝が生まれたようだ。

 性格が合わないだろうことは何となく予想していたけれど、まさかここまでになるとは……。

 

「そいつがお前の『駒』かよ、綾小路」

 

『駒』という部分に櫛田は敏感に反応した。

 龍園も、そして櫛田もオレの一挙一動を見逃さないようにしている。

 オレは逡巡してから、龍園の言葉を否定した。

 

「違うな。桔梗(ききょう)はオレの『パートナー』だ」

 

 断言して訂正する。

 ()()は目を白黒させて唖然としているようだ。

 やがて、龍園は腹を抱えて大声で純粋に笑い始めた。

 

「ククッ、クハハハハッ!」

 

「何がそんなに面白いんだ?」

 

「これが笑わずにいられるかよ。綾小路。お前はいつか必ず後悔するぜ? 櫛田を『パートナー』ではなく、『使い捨ての駒』として選ばなかったことをなあ」

 

 それは龍園なりの忠告だったのかもしれない。

 彼は気付いているのだ。

 櫛田桔梗が抱えている『表』と『裏』の存在に。

 いや、それは違うか。オレが気付かせただけに過ぎない。

 この場にオレが櫛田を連れてきた時点で、彼は、オレと彼女の関係性について察した。ただそれだけの話だ。

 

「その話はまた今度にするとしてだ。龍園。これはいったいどういうことだ?」

 

「お前にしては珍しく具体性に欠けた質問だな」

 

揶揄(からか)うのはやめてくれ」

 

 懇願すると、『王』は気分を良くしたのかゆっくりと語り始めた。

 

「見ての通りだ。俺たちは夏のバカンスってやつを楽しんでいるのさ」

 

 傍にあったペットボトルのキャップを緩めながら、彼はそう言って白い歯を覗かせた。

 誇らしげに両手を広げ自らの偉業を伝える。背中越しに映るのは、確かに、『楽園』と呼んでも差し支えない光景だ。

 しかし────。

 

「……こんなことって……」

 

 櫛田が愕然(がくぜん)とするのも仕方がないことだろう。

 傍から見ていたら、『王』が取っている行動は愚行に他ならず、理解など出来るはずもない。

 彼は失望の眼差しを櫛田に送り、短く嘆息した。

 

「──()()()()()、とでも言うつもりか? だとしたらお前はDクラスに相応しい『不良品』だぜ?」

 

「……何を、言ってるの……!?」

 

「教師も言っていただろうが。今回の特別試験、そのテーマは『自由』だとな。配られたマニュアルにも常識の範囲内でなら好きに過ごして良い旨が書かれている。俺たちはルールの範囲内で楽しんでいるに過ぎないのさ」

 

「…………じゃあ龍園くんは、この特別試験で勝つつもりはないって言っているんだ」

 

「ハッ──どうして面倒臭い試験なんぞに真正面から臨む必要性がある」

 

 龍園のやり方はルール上は何一つとして問題ない。

 しかし、学校側の意図には乗っていないと言わざるを得ない。

 だが、彼はそれを分かっているのだろう。

 オレたち生徒に何が期待されているのか、何をして欲しいのか、彼はその全てを既に熟知しているのだろう。

 

「学校は最高の遊ぶ舞台を用意してくれたんだ。遊ばないとむしろ申し訳ないだろう? 最高だぜ? お前ら他クラスの奴らが飢えに耐え、暑さに耐えて『我慢』しているのを想像しながらキンキンに冷えたジュースを飲むのはなあ……」

 

 そう言い放ち、龍園はチェアーから立ち上がり大型のテントに向かっていった。

 特別に見せてやる、その言葉に従ってあとを追いかけると、テントの中には大量のダンボール箱がぎっしりと積まれていた。

 

「食料と水だ。これだけあれば早々に枯渇することはないだろうよ」

 

 言いながら、箱の傍にあるクーラーボックスから炭酸飲料の封を開けて喉を潤した。

 ぷはあと息を吐き口元を片手で拭う。

 

「どれだけのポイントを使ったのかすら、もしかして知らないの?」

 

「あ? ちまちま計算なんてしてられるかよ」

 

 狂っている、ひとによってはそのような感想を抱くかもしれないな。

 しかしここまでくれば、オレも、そして櫛田も龍園の策略、その一端を解明することが出来る。

 

「もしかして龍園くん……!」

 

「ほう……流石に分かるか。お前の想像通りだ」

 

「やっぱり、クラス単位で試験をリタイアするつもりなんだ……」

 

 桔梗は両肩を震わせてから瞑目した。

『王』の戦略。

 それは一年Cクラスに所属する生徒全員が特別試験を脱落すること。

 馬鹿馬鹿しいと一蹴することは出来ない。

 出来るか否かと問われたら充分に実現可能だ。

 現にDクラスからは高円寺(こうえんじ)六助(ろくすけ)という男が体調不良によって豪華客船内での静養が義務されている。

 とはいえ、これには問題が一つある。

 

「なら余計に有り得ないよ……。Cクラスにも当然、クラス闘争に前向きなひとがいるはず。まさか生徒全員が龍園くんの案に乗ったとでも言うつもりなのかな?」

 

 櫛田の指摘は正しい。

 こんな作戦とも言えないものに全員が賛同するわけがない。

 ところが、『王』は言葉に詰まるわけでもなく、それどころか、ますます笑みを深めるばかりだ。

 

「お前は前提を間違えているのさ。何故話し合いなんかを設ける必要がある? 何故一人ひとりの意見、そんなものを聞く必要がある? ──ああ、なるほど。これが民主主義だったらそうかもなあ。だがな、完全なる『平等』なんてものは訪れない。これはこの世の真理(しんり)だ。今の政治家を見てみろよ。民主主義の名の下に、選挙で選ばれた奴らは国民から(しぼ)りあげた税金で(ふところ)を潤すことで精一杯だ」

 

「……そんなことはないよ。確かに龍園くんの言うことは正しい側面もある。けれど政治家のひとたち全員がそんな考えを持っているわけじゃない。中には国を(うれ)いているひともいるはずだよ」

 

「そうだな。だがはたして、どれだけの数の人間がそんな殊勝な思想を持っていると思う?」

 

「……ッ!?」

 

 彼女は否定できなかった。

 龍園の言葉を違うと断ずることは口では簡単だろう。

 しかし他ならない櫛田桔梗だけはそれが出来ない。何故ならそれは『櫛田桔梗』という人格を否定することに繋がるからだ。

 

「もう一度言ってやる。完全なる『平等』なんてものはこの世には訪れない。未来永劫にだ。支配する者と支配される者。それがこの世の真理であり、覆ることはない。もし『王』に楯突(たてつ)く愚民がいるのなら、『王』は容赦なく断罪する」

 

 それはつまり、実際に『王』に謀反を起こした者がいたことを指している。

 一人か、二人か──あるいはそれ以上。

 

「断罪って……いったい何をしたの?」

 

「決まっているだろう。追放したのさ」

 

「追放……。クラスから追い出したんだ……」

 

 櫛田が絶句するその横で、オレは一人熟考していた。

 龍園の言葉を疑うことなく鵜呑みにするのならば、今回の特別試験で、Cクラスがポイントを得ることは無くなる。

 朝夕の点呼の際に出席しなければポイントが引かれ続けるからだ。ルール上、今回の特別試験でマイナスに陥ることはない。総合的なクラスポイントには直結しない。

 つまりCクラスは今回の特別試験でDクラスの『敵』にはなり得ない。

 

「だから綾小路。お前は勝手に暗躍するが良いさ。櫛田を使い、お前が望む展開にしてみせろよ。むしろ楽しみだぜ。お前の実力が分かるんだからな」

 

「お前はオレと戦いたかったんじゃなかったのか?」

 

 不可解な点はここにある。

 龍園はオレと雌雄を決したい思いがあったはずだ。

 何故ならオレたちは思考回路が似ているのだから。どちらが優れているのかを競いたいと思うのは当然の帰結。

 彼にはオレの事情を事前に説明してある。つまり、オレが前向きにクラス闘争に臨むことを、彼と、そして『彼女』には早い段階で伝えていた。

 ならば、今回の特別試験は彼にとって千載一遇の機会のはず──。

 

「今のお前と戦っても面白くも何ともない。勝敗に拘らずだ。お前が使える『駒』はそこに居る櫛田桔梗だけ。俺も充分な『手札』が揃っているとは言えない。そんな状態でお前と戦うと? ハッ──そんなの楽しくないだろうが」

 

 好戦的な笑みを形作り、龍園は瞳を爛々(らんらん)と輝かせた。

 そんな様子の彼を見てオレは確信する。

 目の前に居るこの男は特別試験を脱落する気なんてさらさらない。

 如何なる手段を用いるかは甚だ不明だが、彼にとっては、この試験はまだ『前哨戦』でしかないのだ。

 

「邪魔したな。帰らせて貰う。また会おう、龍園」

 

 丸椅子から立ち上がり、オレは別れの言葉を告げた。

 彼と次に会うのは恐らく試験最終日になるだろう。

 櫛田を連れて背を向けて立ち去ろうとすると、龍園がオレを呼び止めた。

 

「ひよりとは逢引(あいびき)しないのか?」

 

「……いや、今は良い」

 

 首を横に振って答えると、龍園は呆れたように。

 

「ぼっちのあいつを慰めるのはお前の役目だろうが」

 

「ぼっちって……流石にこの時期にもなれば、一人くらいは友達が出来ただろ」

 

「まあな。しかし残念なことに、その唯一の友人は俺に逆らって追放されたばかりだ」

 

 今度はオレが呆れてしまった。

 

 ──元凶はお前だろうに……。

 

 ため息を吐いていると、櫛田がオレの背中をぽんと軽く押した。

 

「行ってきなよ。私はここで待ってるからさ」

 

「……いや、流石にそれは悪いというか……」

 

「良いから良いから! ほらほら、女の子を待たせちゃ駄目だよ?」

 

 そう言いながら、彼女は今度は強く背中を押した。

 目で早く行けと命令してきたので、オレは後頭部を掻いてから、言葉に甘えさせて貰うことにした。

 龍園から居場所を聞いてみたところ、「知るかよ」というあんまりな返事がきたので、自分で捜すことに。

 

 ──居た。

 

 しばらく彷徨(うろつ)いていると、ようやく、それらしき影が視界端に微かに映った。

『彼女』は拠点からやや離れた場所に居た。

 木の幹に体を預け、朱色に染まった海面をぼんやりと眺めている。

 

「──椎名(しいな)

 

 反応するまでに、ややタイムラグが生じた。

 彼女はゆっくりと顔を見上げ──オレの姿を視認したのか──微かに微笑(ほほえ)む。

 

「おや、綾小路くんではないですか。ご機嫌よう。いえ、この言い方は何故かしっくりときませんね。こんばんは?」

 

「『ご機嫌よう』も『こんばんは』もあまり変わらないと思うぞ」

 

「そうかもしれませんね。──どうぞ」

 

 言いながら、彼女は自身の左隣の砂浜を叩いた。

 勧められるがままに腰を下ろす。

 

「ずっとこうしているのか?」

 

「ええ。本は持参することが出来ませんでしたから」

 

「飽きないのか?」

 

「ええ……」

 

 私は元々独りでしたから……、彼女はそう呟いた。

 オレは目を伏せ思考の渦の真っ只中に身を投じた。

 ここで同情するのは間違っているのだろう。

 彼女は助けを求めていないのだから。

 だから龍園の要望である『慰め』なんてものは不要だ。

 それからオレたちは時間が許すまで時を過ごした。

 ただただ水平線の果てを眺めるだけ。

 

「そろそろ行くよ。椎名はどうするんだ?」

 

「私はもうしばらくここに居ます。この光景を目に焼き付けておきたいんです」

 

「そうか。じゃあ、またな」

 

「ええ、またお会いしましょう」

 

 別れの挨拶を交わすと、それきり、彼女はオレに視線を向けることはしなかった。

 何事もなかったかのように、闇に染まりつつある世界の果てを見つめる。

 オレは腰を上げて来た道を戻って行く。踏み締めた足跡は、なかには上書きされているものがあった。

 

 

 

 

§

 

 

 

 Dクラスの拠点に戻ったオレと櫛田は、すぐに異質な空気が川全域に流れていることに気付いた。

 嫌な予感を覚えながら中心部である焚き火に向かう。

 オレたち以外は全員戻っていたのか、クラスメイトたちはほぼほぼ集まっているようだった。

 

「清隆くん……! それに櫛田さんも! 良かった、無事だったんだね! なかなか帰ってこなかったから心配していたんだ!」

 

 洋介(ようすけ)安堵(あんど)の表情を浮かべながら、真っ先に、オレたちの帰還に気付いてくれた。

 彼の声に反応してか、他の皆も「おかえりー」と顔を綻ばせて言ってくれた。

 オレと櫛田が行動を共にしていたことを訝しむ生徒が出ると思っていたのだが、どうやら、彼らの関心は別のものに寄せられているようだ。

 

「改めてただいま、平田(ひらた)くん。ところで何かあったの?」

 

「そうだね……ちょっとあってね……。実際に見て貰った方が早いかな」

 

 洋介はオレたちを発生源まで案内してくれた。

 人集(ひとだか)りを抜けた先には一人の人物が居た。

 性別は女。髪色は花緑青で髪型はショートカット。体型はやや小柄か。

 このような女性はDクラスには居ない。となると、考えられるのはこの限定された状況なら一つだけ。

 彼女は他クラスの者だ。

 問題は──赤く()れた跡がある左頬。

 どんなに鈍い人間でも、それが人為的なものであることは分かるだろう。しかもかなり強い力で叩かれたことが窺えた。

 

「だ、大丈夫……!?」

 

 櫛田が慌てて駆け寄る中、オレは洋介に小声で尋ねた。

 

「彼女は?」

 

「一年C組、伊吹(いぶき)(みお)さん。どうやら、龍園くんと()めてクラスから追い出されたようなんだ」

 

 伊吹澪という少女の存在によって、Dクラスは新たな局面を迎えようとしていた。

 

 

 

 高度育成高等学校、特別試験二日目の八月二日。

 

 ・各クラスの拠点。

 Aクラス──洞窟。

 Bクラス──井戸。

 Cクラス──浜辺。

 Dクラス──川。

 

 ・各クラスの残存ポイント(但し、ボーナスポイントは含めない)。

 Aクラス──?

 Bクラス──230ポイント。

 Cクラス──?

 Dクラス──205ポイント。

 

読書の皆さんが思う、一学期の間に最も実力を示したDクラスの生徒は?

  • 綾小路清隆
  • 堀北鈴音
  • 平田洋介
  • 櫛田桔梗
  • 須藤健
  • 松下千秋
  • 王美雨
  • 池寛治
  • 山内春樹
  • 高円寺六助
  • 軽井沢恵
  • 佐倉愛里
  • 上記以外の生徒

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