ようこそ事なかれ主義者の教室へ   作:Sakiru

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無人島試験──四日目《休息》

 

 高度育成高等学校特別試験、四日目の八月四日。

 (まぶた)を開けるとそこには見慣れつつある緑色の天蓋(てんがい)があった。

 熟睡している友人たちを起こさないよう細心の注意を払いながら外に出る。

 機械が埋め込まれている大岩に近付き、画面を視界に入れると、オレは息を鋭く呑んだ。

 

「限界が近いか……」

 

『スポット』は占有されていなかった。

 それが意味することはすなわち、これまで陰ながらボーナスポイントを得るために夜中に起き、占有権を更新していた堀北(ほりきた)が精神的、そして肉体的にも限界が近いことを表している。

 想定していたよりも大分早かったが、それは無理もないことだろう。

 堀北は今回の特別試験、並々ならぬ想いを抱えて臨んでいる。それは誰の目にも明らかだ。

 毎日のように森の中を探索して、『スポット』を見付け次第占有し、さらには教え子たちの相談にも応じようとしている。

 

「今日を入れてあと三日、最終日までもつかどうか──」

 

「何をしてるのかしら?」

 

 両腕を組んでそんな感想を零したところで、鋭い言葉が飛ばされてきた。

 発生源の方向に顔を向けると、そこには堀北が立っていた。

 

「おはよう。朝、早いんだな」

 

「……どの口がそれを言うの」

 

 じろりと睨まれる。

 普段だったら多少なりともこわ! と思うのだが、今の彼女を見ても感じることは何も無い。

 

「皆が起床するまであと一時間はあるぞ。二度寝でもしたらどうだ」

 

 堀北はオレの提言(ていげん)を聞き入れず、近くの木に身体を預ける。

 

「あなたと一度、試験中に話がしたかった」

 

「変なことを言うな。何度か喋っているだろ」

 

 オレが揶揄(からか)っても、彼女は眉間に(しわ)を寄せるだけだった。

 普段ならここで罵声の一つでも放たれるんだろうが……これは思ったよりも悪い状態なのかもしれない。

 それにしても……、まるで(はか)ったかのようなタイミングだな。

 偶然か、あるいは必然か──。

 

「単刀直入に聞くけれど、あなた、この特別試験で何がしたいの?」

 

 堀北は目を細め、オレの一挙一動を逃さないようにしているようだった。

 オレも彼女に(なら)い、数本離れた木に身体を預ける。ギシッと音を立てて揺れ動き、大小、数枚の葉っぱが(ちゅう)を舞った。

 

綾小路(あやのこうじ)くんと平田(ひらた)くんが協力しているのは分かる。けれど何を狙っているのか、それが分からない」

 

 オレと洋介(ようすけ)の関係性を伝える気はない。

 何故ならそうしたところで意味がないからだ。ただ一つ言えるのは、特別試験が終了した時、オレたちの目的は達成される、ということ。

 少なくとも、そうなれば良いなとオレたちは願っている。

 沈黙を貫くと堀北は嘆息した。

 

「……まあ、良いわ。その代わり、と言っては何だけど、これだけは聞かせて頂戴」

 

「答えられる範囲なら良いぞ」

 

「あなたは今回、クラス闘争に積極的に協力してくれている。これは間違ってないのね?」

 

「その解釈で間違ってない」

 

 結果的には堀北の言う通りになるだけだ。

 あくまでも茶柱(ちゃばしら)の要望を実行する必要があるから、オレはそうしているだけにすぎない。

 

「オレからも一つ聞かせてくれ」

 

「何かしら」

 

「堀北。お前、体調は大丈夫か?」

 

「──ッ!?」

 

 息を鋭く呑む気配が感じられた。

 その反応だけで図星だと分かってしまう。

 平生(へいぜい)の堀北ならこのような失態は犯さないだろう。

 

「……確信があるような口振りだったわね。いつから気付いていたの」

 

「最初から。厳密には、豪華客船上で最初の点呼を行った時からだな」

 

「そう……。そんなに早い段階で……」

 

 あの時、堀北のグループは客船のデッキに集まるのが一番最後だった。

 時間内だったとはいえ、優等生を地で行く彼女らしからぬ出来事だったと思う。

 担任教師の茶柱もオレと似たような感想を覚えたようだった。

 さらには乱雑に流されていた髪の毛。普段の身嗜みのレベルが高水準だったために気付いた者は少なかっただろうが、仮にも隣人だから違和感を覚えた。

 極め付きには、あの時、あの場にデッキに登場しなかったこと。あの『奇妙』な放送が流れても部屋から出なかった、これだけでもおかしいものだ。つまり彼女はベッドの上で睡眠をとっていたと考えられる。

 

「リーダーに推薦(すいせん)された時、断ればまだマシだったかもな」

 

 そしたらここまで疲弊することもなかっただろう。

 しかし堀北はオレの言葉に頷かなかった。

 

「……()()()()()()()()()()()()()。平田くんや軽井沢(かるいざわ)さん、櫛田(くしだ)さんは他クラスからとても注目されている。……反面、私はそこまで注視されていないわ」

 

「そうでもないだろ。地雷(じらい)を踏むようで悪いが、お前が現生徒会、その会長の妹であることは察せられることだ」

 

 それだけでも人々の関心を集めるというものだ。

 ところが堀北は自嘲の笑みを浮かべ、

 

()()()()()()()()()()()()()()()()。兄さんは……堀北(ほりきた)(まなぶ)は高度育成高等学校が創立されて以来、歴代最高の生徒会長と呼ばれ、全生徒から畏怖の念を集めているわ。その妹がDクラス所属(不良品)だなんて……期待外れにも程があるでしょう」

 

 オレは表情にこそ出さなかったが、内心、驚嘆していた。

 

 ──入学した四月とはまるで別人だな。

 

 そんな感想を抱いてしまうのも仕方がないことだろう。

 何せオレが観察していた堀北鈴音という少女は、基礎的なステータスは高いが、それを帳消しにする程の欠点を持っていたのだから。自らの短所を口にし、受け入れるのは並大抵のことではない。

 彼女は言葉を続ける。

 

「注視されていない私だからこそ──『不良品の巣窟』に埋もれている私だからこそ、他クラスの度肝を抜かせることが出来る」

 

 強い意志を込めた言葉だった。

 嗚呼(ああ)……堀北、お前は変わろうとしているんだな。

 彼女はこの試験で身を以て痛感しているはずだ。独りで出来ることの限界と、仲間の必要性を──。

 

「だから自身の体調が優れないのに、夜中、誰にも相談せずにここの『スポット』の占有権を更新していたのか」

 

 相談していたら、そいつは堀北をとめているはずだ。まあ、とめられたところでこいつが従うとは思えないが……。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それこそ──『不良品』と呼ばれ、(さげす)まれているDクラスにだって」

 

「そうだな。確かにお前の言う通りだ。王道を行くのなら、この特別試験は『我慢』をしたものが勝つように成り立っている」

 

 節制を心掛け、1ポイントでも多く残す。

 堀北の慧眼(けいがん)は物事をしっかりと捉えているだろう。

 

「『自由人』である高円寺(こうえんじ)くんだって、気紛れとはいえ協力してくれた。彼の活躍のおかげで、Dクラスは幸先が良いスタートを切ることが出来た」

 

「それがたとえ、プラスマイナスゼロの活躍でも?」

 

 ポイント面で考えれば、高円寺の行動は帳消しになる。

 

「クラス全体の士気を上げることが出来た。纏まりが絶望的になかったDクラスが、今は協力し合っている。彼はその切っ掛けになったのよ」

 

「そうかもしれないな」

 

 オレ個人としても、初日、高円寺と一緒に探索出来て良かった。

 豪華客船上で静養を義務付けられている彼は今頃、何をしているのだろう。そんなことを予想しようとして……やめておいた。『自由人』の行動なんて分かるはずもない。

 

「お前が勝ちたがっているのは理解した。その上で聞くが、伊吹(いぶき)についてはどう考えている?」

 

 尋ねると、堀北は押し黙った。

 顔を俯かせて唇を強く噛み思案する。

 ややして、彼女はおもむろに話し始めた。

 

「……正直なところ、伊吹さんについては分からないわ」

 

「分からない、とは?」

 

「言葉通りよ。様々な検証をしているけれど、憶測の域を超えないものばかりだわ」

 

 彼女は困惑しているようだった。

 人間は先入観といったものに影響を受けやすい。

 一度認識した出来事を改めるのは難しいものだ。

 

「綾小路くん。私は龍園(りゅうえん)くんとは直接的な面識はない。ただ噂くらいは耳に入れている。狡猾的(こうかつてき)で、凶暴な男。あなたは彼と(しゃべ)ったことはある?」

 

「何回かは。堀北、お前の認識は間違っていない。龍園は危険な男だ。伊吹が言っていることも嘘とは断言出来ないだろう」

 

 あくまでも客観的な視点から告げると、堀北は右手を額に当てた。

 

「けれど伊吹さんについては、そこまで危険視していないわ。何故ならCクラスは試験を脱落したのだから。Bクラスには金田くんが避難したそうだけれど、仮に彼らが私たちのリーダーを探り当てたとしても、精々が100ポイント。だったら真面目に試験を取り組んだ方が良いに決まっている。龍園くんもそれくらいは理解しているはずよ」

 

「そう、だな……」

 

 言葉に含みを持たせると、案の定、彼女は食い付いてきた。

 身体を木の幹から離してオレを直視してくる。

 

「綾小路くん、あなたが昨夜、クラスの皆の前で言ったのよ。まさか虚偽の申告をしていたのかしら。Cクラスがまだ戦場に残っているとでも?」

 

「まさか。何一つとして嘘は()いていないさ。報告通り、Cクラスのベースキャンプの『浜辺』は、一之瀬が教えてくれたように(もぬけ)(から)だったさ」

 

 一応はクラスの代表として一之瀬と正式な条約を結んだ後、オレは彼女の言い付けを破って浜辺に向かった。

 百聞は一見に如かず、この目で見ておきたいと思ったからだ。

 結果は言うまでもないだろう。

 

「ならやっぱり、Cクラスは『敵』として成立しないわ。それよりも……問題はAクラスよ。彼らが何をしているのか、そっちの方がCクラスよりも分からないから不気味ね」

 

 彼女としてはCクラスよりもAクラスの方が危険度は遥かに高いらしい。

 

「テントに戻るわ……」

 

 堀北はオレにそう言ってから自身の仮設テントに向かった。

 のろのろと緩慢とした動きは平生の彼女からは到底考えられないものだ。

 声を掛けるべきかと思ったが……やめておいた。

 堀北の決意は並々ならぬものだ。クラス闘争そのものに興味がないオレが気遣っても嫌味にしか聞こえないだろう。

 それに、本当に容態が悪ければ学校側も動くはずだ。そのために、二十四時間装着が義務付けられた腕時計がある。

 異変が感知されれば茶柱が駆け付けるだろう。さしもの彼女も、教え子の危機には重たい腰を上げるはずだ。

 

 

 

§

 

 

 

 朝の点呼が終わり、茶柱が教員用テントに入っていくのを見届けてから、洋介が声を張り上げた。

 

「皆、聞いて欲しい。今日は大岩以外の『スポット』の更新はやめようと思うんだ。試験四日目の今日は一日休みにしたいと思う。どうだろうか」

 

 突然のことに、皆、呆然とした。

 最初に我に返ったのは幸村(ゆきむら)だった。

 瞳孔を大きくさせて発言者に詰問する。

 

「平田、それはどういう了見だ!?」

 

 今にも胸倉を摑み掛かりそうな勢いだ。

 彼に続いて多くの生徒が声を上げるが、洋介は落ち着いた姿勢を崩さない。

 

「特別試験は今日で四日目だ。ここまで僕たちは良くやっていると思う。清隆(きよたか)くん……綾小路くんの報告によれば、あのBクラスとも接戦を繰り広げている。これはとても凄いことだと僕は思うんだ」

 

「なら尚更だろう! 接戦だからこそ、ここで休んだりしたら負けることになる! Bクラスだけじゃない、Aクラスにもだ!」

 

「……そうだね。幸村くんの主張は正しいと思うよ。けれど──」

 

 洋介は言葉を一旦区切り、クラスメイト全員の顔を見渡した。

 一度目を伏せ、瞬間、勢い良く開ける。

 そこには朝の堀北と同様、覚悟を決めた者の姿があった。

 

「けれど、皆、心身ともに疲れている。想定外の出来事に僕たちは順応しようしているけれど、そのペースが早すぎるんだ。このままじゃ誰かが倒れてしまう」

 

 クラスメイトたちの顔色は、お世辞にも良いとは言えなかった。大半の生徒は辛そうな表情を浮かべている。

 人間には恒常性(ホメオスタシス)と呼ばれる機能が備わっている。簡単に説明すると、生体を一定の状態に維持しようとする働きのことだ。流石にまだ、完全には適応していない。

 もちろん、なかには例外もいる。体力が自慢の(けん)はけろりとしているが、それは彼が日常的に体を鍛えているからに他ならない。

 

「……なら、休みたい奴だけ休めば良いだろ。俺は先を見通していたから、体力をまだ温存している」

 

 幸村の意見は一理あるだろう。

 実際、何人かの生徒も彼の言葉に賛同していた。

 だがしかし──

 

「幸村くん、それじゃあ駄目なんだ。誰かが休まなかったら、それはそのひとを犠牲にしていることになるんだよ。僕はそれだけは認められない」

 

 普段は友人の意見を優先にする平田洋介という男が、ここまできっぱりと言い放ったことに誰もが愕然(がくぜん)としただろう。

 対峙している幸村が半歩後退する程の覇気(はき)

 次の瞬間には収まり、そこにはいつもの平田洋介が居た。

 

「それに幸村くん」

 

 言いながら空いた距離を詰めて、洋介は幸村の顔付近に手を伸ばす。

 幸村が言葉を失っている時を見逃さず、洋介は掛けられている眼鏡を外した。

 

「意識していないかもしれないけど、きみもかなり疲れているよ。ほら見て、レンズが少し汚れている」

 

「あ、あぁ……」

 

「いつものきみなら、些細な汚れすら見逃さないはずだ。けれどこうなっているということは、余裕がないことを意味しているんじゃないかな」

 

 洋介はそう言ってから、ジャージのズボンから青色のハンカチを取り出して丁寧に眼鏡のレンズを拭いた。

 最後に汚れが無いことを確認してから、彼は「勝手にごめんね」と謝りながら持ち主に返す。

 傍観していた生徒たち、そして当事者である幸村でさえも何も出来なかった。

 

「幸村くんだけじゃない。皆、知らず知らずのうちに消耗しているんだ。もし無茶をして体調を崩して試験を強制的に脱落することになったら──そんなの、嫌だろう? だから皆、今日は夏のバカンスを楽しもうよ」

 

 異議を唱える生徒は誰もいなかった。

 こうして、一年Dクラスは特別試験を一時中断することになった。

 

 

 朝食を食べ終え、片付けも終わらせたオレたちは各々好きなように自由行動に移ることに。

 クラスメイトの大半は海で遊ぶようで、そうではない者は森の中に入り純粋に探索を楽しむようだ。

 

「なぁおい、清隆。ほんとに良いのかよ、遊ばなくてよ?」

 

 ちくちくとした雑草の上に腰を下ろし、木陰で涼んでいると、健が水着片手にそう尋ねてきた。

 オレは胡座(あぐら)をかいて彼を仰ぎ見てから、

 

「流石にベースキャンプに誰も居ないのはなあ……」

 

 閑散(かんさん)したベースキャンプを見渡す。

 皆、最初こそ戸惑っていたがやがて受け入れ、わずか十五分程で姿を消してしまった。その行動力は凄いものだと思う。

 

「誰かは留守番する必要があるだろう」

 

 拠点に残っているのはわずか数名で、それも、休息を必要とする生徒たちが主立っていた。女子生徒が大半で、そこにはみーちゃんや佐倉(さくら)、堀北も含まれていた。

 堀北の容態が悪いことには、まだ誰も気付いていないようだった。彼女がベースキャンプに残ると言っても、皆、堀北さんだからと疑問に思うことはなかった。

 兎にも角にも、健常者の一人くらいは看病役として、また、拠点を守る留守番役として残らなければならないだろう。

 

「けどよ……」

 

「大丈夫だ。オレは元々インドア派だからな。むしろ、こうしてゆっくり出来るのは久し振りだから楽なくらいだ」

 

 気にする必要はないと説く。

 ところが健は不満そうだった。何もオレがやる必要はないと思っているのだろう。考えが顔に出ているから分かる。

 このままだと彼もここに残ると言いそうだな。友人としては、バスケットのプロ選手を目指して日々練習に励んでいる彼が息抜きすることを望みたい。

 

「「おーい、早く来いよ──!」」

 

 どうしたものかと頭を悩ませていると、(いけ)山内(やまうち)たちの催促する声が届いた。

 

「ほら、呼んでるぞ」

 

「……分かった。わりぃな、清隆」

 

 申し訳なさそうな健にオレは苦笑を禁じ得なかった。

 こいつも堀北と同様、入学した時とは別人のようだ。

 去っていく健を最後まで見送ってから、オレは近くの木の幹に背中を預けた。

 特にやることもないのでぼーっと流れる雲を眺める作業に勤しむ。

 

「暇だな……」

 

 欠伸を噛み殺しながら呟いたところで、接近してくるひとの気配を感じた。

 誰だと思い視線だけそちらに向けると、そこには一人の少女が立っていて、オレを静かに見下ろしていた。

 

「隣、座っても良いか」

 

「……どうぞ……」

 

「……」

 

 伊吹はオレの右隣に無言で腰を下ろした。他クラスの生徒の伊吹も、自然とこの場に残っていたようだ。

 ひと三人分のスペースを空けて、彼女はこちらを見て尋ねてくる。

 

「お前が綾小路、で良いんだよな……?」

 

「そうだが……」

 

 それがどうかしたのかと目で問うと、彼女は視線を外して青と白のキャンパスを凝視する。

 疑問は持つけれど、どうしても解消したいことじゃない。それに聞いたところで教えてくれるとも分からない。

 面倒に感じたオレは、いつしか、ゆっくりと襲い掛かって来た睡魔に身を委ねようと──

 

「ひよりがお前のことを話していたから、前々から気になっていたんだ」

 

 したところで、意識を覚醒させた。

 ごつごつとした背板から上半身を剥がし、今度こそオレは、彼女と会話をする姿勢をとった。

 

椎名(しいな)のことを知っているのか」

 

「知っているも何も、同じクラスだから。それに……あのクソみたいなクラスで唯一の友達だし」

 

「へぇー……」

 

 オレは思わず惚けてしまった。

 龍園が言っていた、椎名のクラス内での唯一の友達。それは横に居る伊吹だったのか。

 彼女はオレの反応が気に食わなかったのか、眉間に皺を寄せる。

 

「なに、何か文句でもあるの?」

 

「いや、全然」

 

 首を横に振って否定する。

 そうすると伊吹も引き下がらざるを得ず、不満そうにしながらも追及を控えた。

 代わりに彼女は話題を少し変えて話し掛けてきた。

 

「あいつ、変わってるだろ」

 

「マイペースだとは思う」

 

 同意すると、彼女は気を良くしたようだった。

 

「綾小路、お前のことは時々だけど話題に出ていた」

 

「さっきもそんなことを言っていたな。……たとえば?」

 

「色々」

 

 聞きたいところをはぐらかされてしまった。

 でもそうか、椎名にも友達が出来たのか。そのことが自分のことのように嬉しく思ってしまう。

 と、オレはあることに遅まきながら気が付く。

 

「あー……悪かったな」

 

「悪かったなって……なんのこと?」

 

 謝れる謂れはないと首を傾げる伊吹に、オレは言葉を続けた。

 

「ほら、島に上陸する前、椎名を独占しちゃっただろ。一緒に船内を見たかったんじゃないかと思って」

 

 すると彼女は、一瞬、真顔になってから、

 

「はあ──」

 

 と心底呆れたようにため息を零した。

 目を白黒させてしまうオレに、伊吹は嘆息してからこちらを睨んでくる。

 

「あんたね……ここ最近仲良くなった私より、入学当初から仲が良いあんたを選ぶのは当然のことでしょ」

 

「……そうなのか……?」

 

 この時ばかりは伊吹の言っていることが分からなかった。

 確かにオレと椎名は仲が良い、と思う。そう言った目で見られることにも慣れてしまっている。

 しかしながら、孤独体質を何気にここ最近は気にしていた彼女が、ようやく出来た同性の友人よりもオレを選ぶのだろうか。

 

「ひよりも変わってるけど……お前も変わってるな……」

 

 類は友を呼ぶんじゃないの、と伊吹はここで初めて、薄いながらも笑みを浮かべた。

 

「どちらにせよ、私はトレーニングルームで体を鍛えていたからな。だから綾小路が私に謝る必要はない」

 

 武道でも嗜んでいるのだろうか。

 まるで健のようだなと、そんな感想を抱いた。

 会話が途切れ、天気を観察することに夢中になる。

 そのまま数分が経過したところで、オレは意を決して地雷を踏むことに決めた。

 

「お前、龍園と揉めたんだって?」

 

「……ッ!?」

 

 息を呑む気配。こちらを鋭く睨む気配。

 しかしオレは伊吹を一瞥することすらなく、西空を眺めていた。

 

「オレも、椎名とクラスを超えた友人関係を築いているから、龍園とは何度か面識がある。あいつ、結構、無茶をするよな」

 

 話していて分かった。

 伊吹はオレと龍園が繋がっていることを知らない。

 だから今朝の堀北と同様、あくまでも客観的な視点で話を進める必要があるだろう。

 

「……無茶なんてものじゃない。やる事成す事滅茶苦茶する奴よ」

 

 まるで親の仇の話をするように、彼女は苛立(いらだ)たしげに手元の雑草を右手で引き抜き、躊躇うことなく握り潰した。

 ぐしゃっとした音が出され、まるでそれは、雑草の断末魔(だんまつま)のようだった。

 

「なあ……龍園は本当に誰の意見を聞くこともせずにあの策を講じたのか?」

 

「『策』なんて立派なものじゃない。あいつは……あいつは自分のことしか考えていないのよ」

 

「しかしそれでも一定の支持はある。違うか?」

 

 そうでなければ、もっと大勢の生徒が謀反を起こしているだろう。

 ところが伊吹は「それは違う!」と、強く否定した。

 

「あいつは支持なんかされていない。ただ……Cクラスがクラス闘争で勝つためには、龍園が必要だから。だから皆従っているだけにすぎない」

 

「龍園のことは嫌いか」

 

「当たり前でしょ。誰があんな奴を好きになると思う?」

 

 何を言ってるんだお前はとばかりに言われてしまったら、オレはこくこくと頷くしかない。

 ちょっとだけ龍園に同情する。よくもまあ、ここまで嫌われるものだ。ある意味尊敬もする。

 あの堀北だって、ここ最近は櫛田に対しても態度が柔らかく──なってないな。一貫して同じだった。

 

「でも龍園の総合的な能力は評価しているんだな」

 

「……認めたくないけどな。手段はお世辞にも褒められたものじゃないけれど、仮にも『王』として即位するだけはある」

 

 武道に長けた伊吹だからこそ、人間的に好きかどうかは置いておくとして、龍園の異才を認めているのだろう。

 その姿勢は個人的には好ましく映った。

 

「──でも、だからこそ……! だからこそ、自分勝手に行動するあいつが許せない。せめて何らかの説明をしてくれたら、まだ話は違う。けどあの男は──!」

 

 このまま放置したら龍園を殺しに掛かりそうな勢いだ。

 

「取り敢えず落ち着けよ。怒ったところで龍園は今頃客船内だ。無駄なエネルギーを消費するだけだ」

 

 それだと龍園に益々笑われるだけだぞと(さと)せば、伊吹は舌打ちしてから矛を収めた。

 彼女は新鮮な森の空気を吸い込んだ後に、オレに気遣うような目線を送ってきた。

 

「ひよりのことはどうするつもりなんだ?」

 

「どうするもこうもないだろう。椎名が拒むなら話は別だが、基本的には今までのように付き合っていく予定だ」

 

 彼女の目をしっかりと見て宣言すれば、伊吹は安心したのか「そうか」と頷いた。

 どうやら椎名のことを心配してくれているらしい。良い友達を持ったなと思い……傲慢な考え方を猛省する。

 実際のところ、龍園に対しては、今のところはそこまでの害はない。友好的な付き合いを望むと彼本人から言われているし、オレも、出来ることなら争いは回避したい性質の持ち主だ。

 仮に直接対決するとしても、卒業間近が濃厚だろうか。

 

「それにしても……さっきは驚いた。まさか丸一日を休みにするなんて……。平田? だったか。随分と思い切ったことをするんだな」

 

 感心半分、呆れ半分といった具合に、伊吹は呟いた。

 洋介のこの判断が正しいかどうかはまだ分からない。

 少なくともBクラスとはボーナスポイントで差が出てしまっただろう。占有していた『スポット』のいくつかは他クラスに占拠されているかもしれない。

 

「もしかしたら自分が遊びたかったかもしれないな」

 

 他クラスの人間は思ったことをそのまま口にする。

 

「今日の休みは、建前としては疲れた体を癒すためのものだろ。でも実際に休んでいるのはごく数名だ。平田もここには居ない。きっと遊んでいるんだろうさ」

 

 否定はしない。事実その通りだからだ。

 洋介の指示にどうしても納得が出来なかった生徒の何人かは、森を純粋に探検するという名目を使って、『スポット』を探しているだろう。

 

「発言者がここに残らないのは筋が違うんじゃないのか」

 

 オレは最後まで何も言わなかった。

 彼女の発言は一理あるからだ。

 ただ……オレだけは知っている。

 洋介が何故強引にあの案を通したのか、そして何故、平田洋介らしくない行動をしているのかを──。

 

「一日中留守番するつもりか?」

 

「そのつもりだが」

 

 Bクラスには報告をするために赴く必要があるが、それだって、すぐに終わることだ。昼飯の時間には全員が集まるので、その時間帯に行けば滞りないだろう。

 外で遊ぶことそのものには忌避感はないが、今後のことも考えると体力は温存しておきたい。

 明日からは櫛田と一緒に『偵察』──ではなく、『攻撃』に移行するつもりだからだ。

 特別試験が始まってから今日で四日目。

 オレなりに学校側の意図を推測してみた。

 テーマが『自由』の今回の無人島生活、特別試験。

 これを内訳すると、八割はクラス内に於ける協力関係の有無を確かめられている『守り』の試験。残りの二割は他クラスに対する偵察、情報収集能力を問われている『攻撃』の試験だと判断する。

 仮説が正しいとするならば、今のDクラスは『守り』はほぼ満たしていると判断しても良いだろう。度々諍いが起こることもあるがそれも小規模で、すぐに沈静化している。洋介が口を挟む機会も減ってきているから、これは疑う余地もない。

 しかし『攻撃』はと聞かれると微妙なところだ。『守る』ことに精一杯なDクラスで、他クラスの情勢を調べているのはオレと櫛田の二人だけ。

 人員をもう少し割いて欲しいのが本音だが、かと言って、これ以上は望めないだろう。

 洋介がオレと櫛田に特別な役割を与えなかったのは──今は外交官としてBクラスとやり取りをしているが──瞬時に、『守り』よりも『攻撃』の方が重要で、試験の結果がより大きく左右されるだろうと気付いたからに他ならない。

 Dクラスが最上の『勝利』を摑むために、オレもそろそろ、本格的に動くとしよう。

 

読書の皆さんが思う、一学期の間に最も実力を示したDクラスの生徒は?

  • 綾小路清隆
  • 堀北鈴音
  • 平田洋介
  • 櫛田桔梗
  • 須藤健
  • 松下千秋
  • 王美雨
  • 池寛治
  • 山内春樹
  • 高円寺六助
  • 軽井沢恵
  • 佐倉愛里
  • 上記以外の生徒

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