ようこそ事なかれ主義者の教室へ   作:Sakiru

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無人島試験──五日目《推理》

 

 結局、朝の点呼の時間の開始直前になっても、言い(あらそ)いは終わりを迎えなかった。

 むしろ時間が()つにつれて騒動はより大きなものになっていく。

 

「ふむ……お前たち、状況は一応理解したが、まずは並んだらどうだ」

 

 流石に見兼(みか)ねたのか、我らが担任がそう声を掛ける。茶柱(ちゃばしら)は愛用のクリップボード片手に教え子を見渡して、珍しくも、優しく(たしな)めた。

 朝夕の点呼の際に出席しなければ、その都度、ポイントが差し引かれてしまう。

 その展開だけはどうしても避けたいという男女の共通認識が上手く作用し、幸いにも、朝の点呼は無事に開始された。

 

「それでは始めるとする。名前を呼ばれた者は返事をするように──」

 

 感情の起伏(きふく)が見られない茶柱の声が、異様に静まり返ったベースキャンプに木霊(こだま)する。各々、名前を呼ばれたら返事した。

 生徒たちの声には覇気(はき)が込められていなかった。特に軽井沢(かるいざわ)はひどいもので嗚咽(おえつ)が混じっていた。

 

「私が──つまり、教師が軽井沢の下着が()くなったことに関与することはないと、最初に明言しておこう。普段の学校生活なら兎も角、な……。個人的には思うところがないわけではないが……」

 

「で、ですが先生!」

 

 生徒の抗議の声を茶柱は無視した。

 用は済んだとばかりに教師用テントの中に消えていく、放任主義の担任を、生徒たちは見送ることしか出来なかった。

 

「──はっきり言うけど、私は男子の誰かが犯人だと思っているから」

 

 重たい沈黙を破ったのは篠原(しのはら)だった。

 彼女の瞳には確かな決意の(ほむら)が灯っていた。否、彼女だけじゃない。多くの女子生徒が彼女に賛同している。

 場を支配できる唯一の人物である軽井沢は櫛田(くしだ)をはじめとした数名の女子たちに連れられて自身の仮設テントに戻ってしまった。

 耳を澄ませば啜り泣く声が聞こえてくるようだ。

 

「ごめん、篠原さん。確認を込めてもう一度聞きたい。軽井沢さんの下着は本当に無くなっているのかい?」

 

 と、洋介(ようすけ)が聞けば、篠原は態度をあからさまに変えた。

 

「うん、何度も確認したから間違いないよ。昨夜、軽井沢さんがシャワーを浴びる時までは何も問題はなかったから」

 

「そう……ありがとう、篠原さん」

 

「気にしないで。平田(ひらた)くんが謝ることじゃないよ」

 

「何で平田は例外なんだよ……!」

 

 池が納得いかないとばかりに怒る。山内(やまうち)外村(博士)本堂(ほんどう)なども同調するが、女子たちは鼻で笑うだけだった。

 残酷なことを言うなら普段の行いの差だろう。

 兎にも角にも、勘違いという唯一の救いは失われたわけだ。

 

 ──剣呑な空気が広場に流れる。

 

 ごく自然と、男子と女子は睨み合っていた。クラスメイトに向ける眼差しでは到底ないだろう。

 女王代理の役職に就任した篠原が口火を切った。

 

「兎に角。これってもの凄い大問題だと思うんだけど。犯罪者と一緒にあと二日も過ごすとか無理に決まってるでしょ」

 

「だから! 俺たちは盗んでないって! なあ、お前ら!?」

 

 対抗するのは池だ。

 彼に従い、男子一同、冤罪(えんざい)だ! 冤罪だ! と叫ぶ。

 先程は一定の効果が見込(みこ)めたが、流石に二回目ともなると耐性がついたようで、女子たちは意に(かい)さなかった。

 それどころか余計に侮蔑の度合いが増えたような気がする。

 女性陣は両腕を組んで、このように言ってきた。

 

「盗んでないって言うんならさ、荷物検査させてよ」

 

「「「はあ──!?」」」

 

 身勝手な要求にオレたち男子は反抗的な声を上げてしまう。

 

「し、篠原さん……、流石にそれは……」

 

 洋介が彼女を落ち着かせようと必死に試みるが、芳しい成果は得られなかった。

 篠原は平田に対してだけ申し訳なさそうな表情を浮かべ、けれど、一歩も引くことなく持論(じろん)を展開する。

 

「私たち女子は男子の中に犯人がいると疑っている。男子たちは犯人なんかいないって言っている。なら、手っ取り早く済ませるためにもこれが一番だと思うんだけど?」

 

 彼女の主張は一理あるだろう。

 取り敢えずのところ、自らの潔白を示すためならそれも手だが──。

 オレは嘆息(たんそく)してから軽く手を挙げて注目を集めた。

 

「ちょっと良いか」

 

「……なに、綾小路くん」

 

「荷物検査をするのは構わないが、仮にこの中に犯人がいるとして、そいつはこの展開を想像出来ない程の間抜けなのか?」

 

 言葉を()くして冷静に説くと、篠原は不満そうにしながらも、一応は聞く姿勢をとった。

 

「何が言いたいの……?」

 

「つまり、だ。軽井沢の下着が出てくる可能性は極めて低いんじゃないのか」

 

 余程の馬鹿でない限り、女子が身辺調査を行おうとすることは想像出来るはずだ。

 篠原は荷物検査を要求しているが、軽井沢の下着が見付からなかったら仮設テントにも侵攻(しんこう)しようとするだろう。

 オレの言葉にはそれなりの効果があったのか、男子全員と、理解ある数名の女子は賛同してくれた。

 ところが篠原は止まらない。止まることが出来ない。

 

「……確かに綾小路くんの言う通りかもしれない。けどさ、下着泥棒なんて正気を疑うような人間の行動を予測出来るはずないよね。もしかしたらまだあるかもしれないじゃない」

 

 どうやら理性は微かながらも残っていたようだった。

 そう言われてしまったら黙ることしか出来ない。

 推測を展開することは出来るが、それは確定されたものではないのだから。

 

「……篠原さん。少しで良い。男子で話す時間をくれないかな」

 

「…………分かった。平田くんがそう言うなら」

 

 不承不承ながらも彼女は首を縦に振った。

 これまでクラスのために尽力し、クラスメイトから多大なる支持を集めてきた洋介だからこそ出来た芸当だろう。

 これが他の生徒だったら作戦は失敗したはずだ。

 

「けど、なるべく早くしてね。──時間があまりにも掛かったら強引にでも実行するから」

 

 後半は洋介を除く男子たちに向けられた言葉だった。

 反感を覚える生徒が少なくない中、洋介はすぐに男子全員を男子用仮設テントの前に集める。

 そして話し合いが始まった。

 

「皆を疑いたくはない。けれど、確認せざるを得ない。──軽井沢さんの下着を盗んだひとがいるのなら、今、この場で申し出て欲しい」

 

 緊張を隠せない強張った声で、洋介は静かにクラスメイトを尋ねた。

 自分の交際相手が被害に()っているのだから、内心は荒れに荒れているだろう。それを表に出さないのは凄いを通り越して異常(いじょう)だ。

 オレは悟られない程度に級友たちを見渡す。余程の道化師(ピエロ)なら話は別だが、普通、何らかの反応を示すはず──。

 

「……申し出はないみたいだね」

 

 安堵の息を吐いてから、けれと、洋介はすぐに表情を真面目なものに戻した。

 

「僕はきみたちを信じるよ。そのうえで聞きたい。僕たちはどうするべきだろうか」

 

「戦うべきだ! いくら何でも理不尽だろ!」

 

「俺も寛治と同じだぜ! 流石に()が過ぎてるって!」

 

 池、山内がそう意気込んだ。

 さらに沖谷(おきたに)が言葉を詰まらせながらも自らの意志を口にした。

 

「ぼ、僕もこれは言い掛かりだと思う……。軽井沢さんは平田くんの彼女さんだし……、下着を盗むなんて、そんなことしないよ」

 

「良く言ったぞ京介! 軽井沢の下着を盗むくらいだったら桔梗(ききょう)ちゃんや佐倉(さくら)長谷部(はせべ)あたりを狙うよな!」

 

 なあお前ら!? と池が言えば、多くの男子生徒が「そうだそうだ!」と強く賛同する。魂の叫びだった。

 それに山内が血相を変えて、

 

「お前らは櫛田エル親衛隊だろうが! 他の女子を見てちゃ駄目だろ!」

 

「……ハッ、そうだった! サンキューな春樹(はるき)、女神を裏切るところだったぜ!」

 

「お、おう……。けどまあ、お前の気持ちも分かるぜ。特に佐倉の胸は超一級品だからな!」

 

 げへへへと下卑(げび)た笑い声を上げる山内に、彼の近くにいた生徒たちが二歩程後退った。特に沖谷はその倍は後退している。

 察しが良い人間ならば、今しがたのやり取りで山内が佐倉に対して好意的な感情を抱いていることを察するだろう。

 しかし誰もが口に出して尋ねなかった。今の彼がただただ、気持ち悪いと思ったからだった。

 内容は兎も角として、実際のところ、軽井沢の下着を盗もうとするだろうか。

 いや、断りを入れると軽井沢(けい)が可愛くないわけじゃない。

 しかし随分前に述べたが、Dクラスの『三大美人』と言えば、堀北鈴音(ほりきたすずね)櫛田(くしだ)桔梗、長谷部波瑠加(はせべはるか)の三人だ。そこに彼女はカテゴリーされていない。

 ましてや軽井沢は洋介の交際相手だ。一年生の中でも交際している男女は何組か存在しているが、彼らの仲は極めて友好で、その中でも群を抜いて『理想的なカップル』として認知されている。

 なら、独り身の──表現が適切ではない気がするが──可愛い女子を狙った方が良いに決まっている。その方が遥かに都合が良いってものだ。

 

「池くんや山内くんの気持ちは分かるよ。ならまずはやっぱり、身の潔白を証明した方が良いんじゃないかな」

 

「待て平田。それはつまり……荷物検査に応じろと?」

 

「……うん、その通りだよ幸村(ゆきむら)くん。堂々と臨んで、無実を摑み取る。そうすれば篠原さんや他の女の子たちも謝罪してくれるはずだ」

 

「けどよぅ……」

 

 なおも渋るクラスメイトに、洋介は頭を深々と下げた。

 

「女の子たちに逆らえない僕が情けなくも従った。だからきみたちは仕方なくも足並みを揃えてくれた。この筋書きでどうだろう」

 

 そこまで言われたら、皆、そうせざるを得なくなってしまうものだ。

 幸村が重たいため息を吐き、テント前から自らの鞄を持ち出してくる。

 

「……仕方ない。ここは平田の顔を立てる」

 

「ありがとう、幸村くん!」

 

「別に……こうしている間にも時間は削られていくんだ。ただでさえ俺たちは昨日休息をとって他クラスと差が生まれている。これ以上は見過ごせない、それだけの事だ」

 

 幸村なりの譲歩、ということだろう。

 今まで集団に群れることを嫌い、度々、洋介と言い争いをしてきた彼が認めた。

 次に動いたのは(けん)だった。幸村と同様、スクールバッグを肩に担いで戻ってくる。そしてどさりと地面の上に置いた。

 

「俺も良いぜ」

 

「ありがとう、須藤(すどう)くん!」

 

「お前には沢山の借りがあるからな。これくらいで返せるとは思ってねえが、協力はするさ。そうだよな、清隆」

 

 健が笑いながらそう言ってくる。

 

「さっき篠原にも言ったが、荷物検査をやること自体にはそこまでの拒絶感はない。それに他ならない洋介の頼みだからな」

 

 オレもまた荷物を持ち出し、そう、宣言した。

 すると一人、また一人と仮設テントに向かう生徒が出始める。

 池と山内は最後まで嫌がっていたけれど、流れには逆らうことが出来ず、結局、渋々ながらも他の皆に同調した。

 

「あーあ、嫌な世の中になったぜ。すぐにオレたち男を疑うなんてさー」

 

「マジでそれな。けどま、身の潔白を証明したら反撃開始だぜ。特に篠原は許さない」

 

 焚き火広場に二列になって移動していると、後方から、そんな二人の会話が聞こえてきた。

 最前列にオレは居るのだが、彼ら以外は黙々と歩いていたため、自然と耳に入ってきたのだ。

 流石にこれにはオレも洋介も苦笑いを禁じ得ない。

 ベースキャンプはそこまで広くない。寝室から広場まで移動するのに掛かる時間はどんなに掛かっても二分程だ。

 道程(みちのり)の半分を通り過ぎたところで、それは起きた。

 

「ぁ……」

 

 一瞬、誰が上げた音か分からなかった。

 それはとても間抜けていた。まるで、感情がそのまま吐露したかのような、そんな、小さな悲鳴。

 発生源は後方──今しがたまで女子生徒たちに対して愚痴を零していた池と山内が居る所からだった。

 

「ど、どうしたんだよ寛治……?」

 

 皆の訝しげな視線が集まる中、山内が代表して尋ねた。

 ところが池は反応しない。

 彼は自分が注目していることに気が付かない程に、一心不乱に、チャックを開けた自分のスクールバッグを凝視していた。

 今度は沖谷が「寛治くん……?」と声を掛けるが、それでも彼は応えることはなかった。

 

 ──嫌な予感がするな……。

 

 右頬に冷や汗が伝うのをオレは感じた。いや、オレだけじゃない。洋介や健、幸村など、皆、顔を強張らせている。

 行進が自然と止まる。

 女子生徒たちも不自然さを察知し、疑惑の目を向けてくる。

 山内が冗談交じりで、

 

「も、もしかしてお前が犯人だったりして〜……?」

 

「……ッ!?」

 

 刹那、池は体全体を大きく震わせた。

 チャックを勢い良く閉め、スクールバッグを両手で抱き、ぶんぶんと無言で首を横に振る。

 しかしそこまでの露骨な反応をされて察しない程オレたちは鈍くなかった。

 嫌な空気が流れる。

 (ごう)()やした篠原がいつの間にか接近したのか、険しい目付きで池に命令した。

 

「見せて」

 

「い、嫌だ!」

 

 幼子のようにふるふると弱々しく頭を振るが、篠原がそれを許容するわけがない。

 ずんずんと篠原が彼我(ひが)の距離を詰め、池はずるすると後退(あとずさ)り……その攻防が続いた。

 永遠に続くかと思われたその時、ついに、池は恐怖で足を縺れさせてしまい、尻餅を突いて倒れてしまった。

 

「なか、見るから」

 

「や、やめろ……!」

 

 池の懇願に応じることなく、彼女はゆっくりとチャックを開け放った。

 そして中を見た瞬間──篠原は絶句した。

 

「これって……!?」

 

「お、おい篠原……何が入っているんだよ」

 

 山内が怖々と尋ねる。

 彼女はありったけの侮蔑の眼差しで池を見下ろし、逡巡してから、中から『それ』を取り出す。

 オレたちは確かに見た。

 篠原が逡巡したのは、軽井沢に気を(つか)ったからだろう。『それ』は公衆の面前に見せて良いものではないからだ。

『それ』は、男性が持つ必要がないもの。

『それ』は男性が絶対に穿くことがないもの──穢れ一つない純白の下着だった。

 

「────最低」

 

 短いその言葉が、どれだけ池に突き刺さったか、想像すら(ぜっ)するだろう。

 篠原以外の女子生徒も集まり、いつしかオレたちは犯罪者を取り囲んでいた。

 意識していたわけじゃない。ただ何となく……そう、何となく、オレたちはそのようにしていた。

 

「マジ有り得ない……」

 

「人間の(くず)じゃん」

 

「何でこんな奴と同じクラスなの? うわ、本当に最悪……」

 

 女子たちの口撃が池を襲う。

 相手の気持ちなど微塵も考慮されていない不可視の刃が彼を刺し込む。

 洋介が池の前に立ち庇い、

 

「皆、まずは落ち着くんだ! 池くんだと決め付けるのは──」

 

「平田くん、気持ちは分かるけど……流石にこれは……」

 

 主導権は全てあちらが持っている。

 最悪な流れだ。持ち直すのは事実上不可能だろう。

 しかし池も黙っているわけがない。彼は必死な形相で叫んだ。

 

「違うんだよ! 気付いたら入ってたんだ!」

 

「この期に及んで言い訳とか……」

 

「本当なんだって! そもそもの話、俺にそんな時間なんてなかった!」

 

「時間なんてそれこそいくらでもあったでしょ」

 

「うぐっ……で、でも! 俺は本当に────!」

 

「良い加減に認めなよ。醜いにも程があるから」

 

 池の決死の訴えも、この、『池寛治が下着泥棒の犯人である』という雰囲気になっている中では意味をなさない。

 むしろ冤罪だと主張すればする程に──生徒たちの中では猜疑心(さいぎしん)が生まれていく。

 女子生徒は侮蔑の眼差しを、男子生徒は哀れみの眼差しを彼にそれぞれ送っていた。

 

「どうして、誰も信じてくれないんだよ……」

 

 嗚咽を漏らすが、それは仕方がない側面もあるだろう。

 これが洋介だったらまだ話は違ったはずだ。

 しかし日頃の行いが、こうして今、彼にそのまま跳ね返っている。

 自業自得だと言われたらそれまでだが──

 女子たちの罵声が池に降り注ぐ中、その声は放たれた。

 

 

 

「待ちなさい」

 

 

 

 全員が思わず文字通り固まった。

 そして今まで静観していた、声主である一人の少女を見る。

 

「池くんが下着泥棒だと決め付けるのは早計だと思うけれど」

 

「堀北さん……」

 

 堀北は意志が込められた力強い瞳でクラスメイトを見渡した。

 優雅に池の元まで近付き、篠原と対峙する。

 流石の篠原も、今の堀北を相手するのは厳しいと思ったのか、すぐに突っかかることはなかった。

 

「池くんの鞄から、軽井沢さんの下着が出てきた。だから彼が下着泥棒の犯人だと? それはあまりにも浅慮な考えだわ」

 

「……で、でも実際にそうじゃない。状況証拠として充分だと思うけど」

 

「ええ、そうね。状況証拠としては、ね」

 

 堀北は含みを持たせるように言った。

 そして彼女の推測が展開されていく。

 

「5W1Hで考えていきましょう。"when(いつ)”"who(だれが)”"where(どこで)”"what(なにを)”"why(どうして)”"how(どのように)”。まずは"when(いつ)”、これははっきりしているわ。今日、つまり、八月五日の明朝(みょうちょう)。具体的には『午前五時から六時の間』かしら」

 

「で、でも堀北先生……どうして昨夜は違うんですか」

 

 沖谷が遠慮がちに手を挙げ、言葉遣いを正しいものにしながら質問をした。

 先生は教え子に向き直り、

 

「単純なことよ、沖谷くん。篠原さん、確認だけれど、軽井沢さんの下着は昨夜のシャワーを浴びる時まではあったのよね?」

 

「そう聞いているけど……」

 

「なら、夜の時間帯は除外しても良いでしょう。夜中は暗闇に覆われていて、移動するとなると光源になるものが欲しいわ。焚き火は安全面から火を消していたし、唯一の光源となる自然の恵みである月も、昨夜は雲で隠されていた。ましてやここは森の中。都会とは違い、必ず、懐中電灯が必要になる」

 

「なるほどな。懐中電灯の光が夜中に突如として現れたら誰かが気付く、ということか」

 

「幸村くんの言う通りよ。そうなると、犯行時間はとても限定されたものになる」

 

 これで"when(いつ)”は分かった。

 全員が納得したのを確認してから、堀北は次の項目に話を進める。

 

「次に"who(だれが)”。これは後回しにしましょうか」

 

「だから堀北さん! そこに居る池くんが──」

 

「少し黙ってなさい。話は最後まで聞くことをおすすめするわ。質問なら兎も角、ごちゃごちゃにされたらあなたも嫌でしょう」

 

「……ッ!」

 

 篠原は歯軋りして懸命に堀北を睨むが、当の本人はどこ吹く風だ。

 流石に相手が悪いだろう。

 

「次に"where(どこで)”と"what(なにを)”。これは簡単ね。"where(どこで)”は一年Dクラスのベースキャンプ、より厳密には、『軽井沢恵が寝泊まりしている仮設テント前』かしら。"what(なにを)”は『軽井沢恵の下着』」

 

 堀北は淡々と事実を述べていく。

 

「次に"why(どうして)”。これも飛ばしましょうか」

 

 するとクラスメイトたちは疑問符を頭上に浮かばせた。

 

「どうしてだよ、堀北。馬鹿な俺でも分かるぜ、下着泥棒は下着を盗みたいから犯行に及ぶんじゃねぇのか?」

 

 と、健が尋ねると、堀北は「そうね」と頷いた。

 なら何故彼女は見送ったのか。皆の疑問に彼女は答える。

 

「須藤くんの言う通りでしょうね、あくまでも一般的には。男性が何故異性の下着に興奮するのかは興味もないけれど。兎に角、これについてはあとでちゃんと説明するから。──最後に"how(どのように)”。これも簡単なことで、『犯人が軽井沢恵の下着が入った荷物を(あさ)り、そのまま盗みに及んだ』でしょう」

 

 これで残りは"who(だれが)”と"why(どうして)”になった。

 堀北は一度浅く空気を吸ってから、再び口を動かし始める。

 

「"why(どうして)”から行きましょうか。何故、下着泥棒は軽井沢恵の下着を盗んだのか。さらに言うならば──()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 堀北も先程の男子生徒たちと同様、下着を盗まれたのが『軽井沢恵』というポイントに着目したようだ。

 困惑する同性に、彼女は『平田洋介という交際相手がいる彼女が狙われるのは男性にとって都合が悪い』と説明する。

 

「軽井沢さんは容姿は整っている方だけれど、わざわざクラスの女王としてふんぞり返っている彼女に喧嘩を売るかしら。いいえ、私はそうは思わない。なら他の女子を狙った方が良いわ」

 

「でもそれは堀北さんの主観でしょ。どうしても軽井沢さんのものが欲しかったかもしれないじゃない」

 

「そうね、その可能性もあることは否めないわ。なら尚更、ここの部分に拘るべきじゃないかしら」

 

「……どういうこと……?」

 

「軽井沢恵が被害者になったのは、『必然』か『偶然』か、ということよ」

 

「はあ? そんなの『必然』に決まってるでしょ。軽井沢さんの鞄にはハート型のアクセサリーが着いているんだから、それを目印にすれば良いだけじゃない」

 

 篠原の指摘に堀北は頷く。

 

「つまり、軽井沢さんは狙われて下着を盗まれてしまった、ということになる。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 軽井沢恵の下着を盗む理由。

 どうやら堀北は事の本質がしっかりと視えているようだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

「まず男子が軽井沢さんを狙う理由。実は陰で彼女に惚れている男がどうしても欲しかったからかしら。次に女子だけれど──」

 

『女子だけれど』という言葉に、クラスメイトたちは敏感に反応した。

 佐藤(さとう)という女子生徒が堀北に表情を歪ませながら尋ねた。

 

「ちょっ、ちょっと待ってよ堀北さん! まさか私たちの中にも犯人がいる可能性があるって言ってるの!?」

 

 有り得ない! と彼女は思っているようだった。

 いや、佐藤だけじゃない。大半の女子生徒は彼女と同じ思いなのか、愕然としている。

 堀北は淡々と言葉を続けた。

 

「何を言っているのかしら、これは至極当たり前のことよ。さっき、あなたの友達の篠原さんが言っていたじゃない。生徒の誰もが、犯行に及ぶことが出来たと。なら男子だけを容疑者として尋問するわけにはいかないでしょう?」

 

 喉元を詰まらせる佐藤に代わり、今度は篠原が異議を唱える。

 

「何で女子が女子のものを盗むわけ!?」

 

「分からないのかしら。つまり──」

 

 と、堀北は軽井沢が居るであろう仮設テントを一瞥してから、少しだけ声量を小さくして言った。

 

「──軽井沢さんは確かに一定のカリスマ性があるわ。それはこの特別試験に如実に出ている。だけれどね、人間、良い側面もあれば悪い側面もある。彼女は我儘よ。たとえば五月、この学校の理念を説明された後に、プライベートポイントが無いからと何人かの女子生徒からポイントを借りていたはず」

 

 するとその女子生徒たちが反応を見せた。

 おずおずと手を挙げ始める者が出た。やがて、一人、また一人と続いていく。

 王美雨(みーちゃん)()(かしら)など、大人しい子たちが比較的割合を占めているようだった。

 

「私……その、まだポイントを返されてないかな。3000pr貸していたんだけど……」

 

「わ、私も……1000pr返してもらってない」

 

「あたしも──」

 

 軽井沢はかなりのポイントを借りているようだった。

 10000prは優に超えている。

 堀北は名乗り出てくれた彼女たちに礼を告げてから、このように言った。

 

「プライベートポイントがどれだけ重要なのかは、皆も薄々ながら理解しているでしょう。それは先日の『暴力事件』で、そこで我関せずとばかりに傍観している綾小路くんが証明している」

 

 どうやら堀北としては、ここで綾小路清隆という人間を舞台に登場させたいらしい。

 ……仕方ないか、彼女の思惑に乗ることにしよう。

 

「……堀北の言う通りだろう。プライベートポイントはとても価値があるものだ。この前オレは最終審議の延長のために多額のポイントを払ったわけだが、つまりこれは、プライベートポイントの汎用性の高さを意味しているということになる」

 

 その最たる例として、2000万prを対価とするクラス移動がある。

 茶柱も言っていたが学校の敷地内で買えないものはない。

 

「話が逸れてしまったけれど、軽井沢さんが恨まれるような行動をしているのもまた事実よ。特に今挙げた例は金銭的なもの。積み重ねてきた信頼関係が崩れることは充分に起こり得る」

 

 つまり"why(どうして)”は、『軽井沢恵を(おとし)めるため』という線も考えられるということだ。性的興奮を得る以外の可能性が浮かび上がった。

 ここまで言えば、皆、堀北の言いたいことが分かるだろう。

 

「篠原さんの言う通り、状況証拠としては池くんが一番の容疑者よ。けれど、クラスの誰もが実現出来たという点を忘れてはならないのではないかしら。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。彼が容疑者として注目を集めれば、自分に疑惑の目が向けられることは殆どないもの」

 

 池寛治を下着泥棒として仕立てあげる。

 そうすれば真犯人の元に辿り着く者は限りなく居ない。

 

「最後に"who(だれが)”だけれど、私は三つのパターンを考えているわ。一つ目は間抜けな池くんが犯人というパターン。二つ目はDクラスの誰かというパターン。そして三つ目は──」

 

 堀北はそこで言葉を区切って、その人物を正面から見定めた。

 その人物は皆から離れた場所に居た。一本の幹に体を預けさせていた。

 何故その人物が居なかったのか。

 答えは簡単だ。部外者だからと、女子生徒たちがその人物をそこに放置していたからだ。

 はたして、数多くの視線が矢となってその人物に降り掛かる。

 堀北は低い声を出して名前を読み上げた。

 

「──Cクラスの伊吹(いぶき)さん、というパターンよ。そして私は伊吹さんが犯人だと思っているわ」

 

 その人物──伊吹は堂々と物怖じすることなく、堀北の目を直視した。

 双方の視線が交錯する。他の生徒たちが野次馬の如く固唾を飲んで見守る中、その応酬は続いた。

『彼女』は最後の瞬間まで相手から目を逸らすことをしなかった。

 

 





氏名 篠原さつき
クラス 一年D組
部活動 料理部
誕生日 六月二十一日

─評価─

学力 D-
知性 D-
判断力 D
身体能力 D
協調性 C

─面接官からのコメント─

全ての評価項目に於いて成績は芳しくない。Dクラス配属とする。

─担任からのコメント─

独善的な性格の持ち主です。
自分がそうだと決めたら変えることがありません。
この性格を何とかすることを急務とし、指導にあたりたいと思っております。

読書の皆さんが思う、一学期の間に最も実力を示したDクラスの生徒は?

  • 綾小路清隆
  • 堀北鈴音
  • 平田洋介
  • 櫛田桔梗
  • 須藤健
  • 松下千秋
  • 王美雨
  • 池寛治
  • 山内春樹
  • 高円寺六助
  • 軽井沢恵
  • 佐倉愛里
  • 上記以外の生徒
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