ようこそ事なかれ主義者の教室へ   作:Sakiru

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日常になりつつある非日常

 

「おはよう山内(やまうち)!」

 

「おはよう(いけ)!」

 

 いつもと同じ時間に登校すると、池と山内がそれはもう見事な笑顔で挨拶を交わしていた。

 慌てて時計を確認する。オレの時間感覚は正常だと安堵したところで、オレは珍しいこともあるものだと感じていた。

 彼らは学校が始まって一週間遅刻こそしていなかったが、それでもギリギリの時間に毎日来ていた。ちょっと不気味でもある。

 

「いやあー、授業が楽しみすぎて目が()えちゃってさー。眠れなかったんだよな」

 

「なはは、分かるぜ。何せ俺もだからな。この学校は最高だぜ、四月から水泳の授業が行われるんだから!」

 

 なるほど、とオレは腑に落ちた。

 池や山内の言う通り、体育では今日から水泳の授業が開始される。オレの聞き違いでなければ授業は男女共同。

 つまりは、男子生徒は合法的に女子生徒の水着姿を目に収めることが出来るという訳だ。

 でもな、そういった発言はそんな大声で言わない方が良いと思うぞ。現に、クラスの大半の女子が冷めた目でケダモノを見ているから。

 

「あの二人の所に行かないの?」

 

「……堀北(ほりきた)よ、それは本気で言っているのか? 流石にクラスの女子生徒全員を敵に回したくはないぞ」

 

「友達との友情よりも自身の保身に走るのね」

 

 物は言いよう、とは正にこのことだろう。

 

「じゃあ逆に聞くが、お前は率先して今のあいつらに合流したいと思えるのか?」

 

「まさか」

 

 スクールバッグを机の()()に掛け、オレは席に着く。この一週間の努力のおかげで、堀北とは彼女が気が向いたら話す間柄になっていた。

 これは進展していると思って良いだろう。

 鞄から一冊の本を取り出し朝の自由時間を読書に費やす。それは隣の住人も同様。

 しかしオレの安息の時間は数分後に打ち破られることになった。

 

綾小路(あやのこうじ)ー」

 

 池がオレの名前を呼んで手招きしてくる。文字の羅列から意識を少しだけ逸らして見てみれば、須藤(すどう)外村(そとむら)もその場に加わっていた。

 ちなみに外村とは入学初日にオレが声を掛けようかどうか迷っていた男子生徒である。クラスの男子からは親しみを込めて『博士』と呼ばれている。

 正直良い所まで読んでいただけに席から離れたくはなかったが、仕方なく重い腰を上げることにした。

 

「……どうかしたのか?」

 

「実は今俺たち、クラスの女子の胸の大きさを賭けようってことになってるんだけどさ」

 

「オッズ表もあるんやで──」

 

「悪いな、辞退させて貰う」

 

「まあまあ、そう言うなよ! お前も気になるだろ?」

 

 (きびす)を返そうとすると、山内が真顔で言いながら引き止めてきた。勝手に決め付けないで欲しい。

 オレが辟易していると、須藤と目が合った。どうやら彼もオレと同じくこの所行に嫌悪感(けんおかん)を抱いているのか、渋々付き合っている風に見える。

 嘆息してからタブレットを貸して貰うと、画面にはクラス全員の女子生徒の名前が載っていた。

 しかもオッズ付きというかなりガチなヤツだ。

 賭け事には全然これっぽっちも興味が湧かないが……無理に退席したら今後の付き合いに(ひび)が走るかもしれない。

 

「……ちなみに、誰が有力候補なんだ?」

 

「よくぞ聞いてくれた! 現在頭角を表しているのは長谷部(はせべ)だ。オッズは1.8倍。次は佐倉(さくら)かな」

 

「実は俺、佐倉に告白されたんだ。けどま、ブスだから断ったんだけどな!」

 

「嘘吐くなよ」

 

「う、嘘じゃねえよ!」

 

 一陣の視線が届けられた気がした。

 恐る恐るそちらを見てみれば、そこには長谷部と思われる女子生徒がこちらを睨んでいた。

 いいや、違う。今じゃ冷たい視線は殺意に変わっていた。最も死線を浴びせられているのは山内だ。当人が居ないのを良いことに話題に挙げたのだから、それは当然かもしれない。

 身の危険を感じたオレは適当な上位生徒に賭け、戦線から離脱する。その時、仲間の須藤を引っ張ることは忘れない。

 

「サンキューな、綾小路。流石にアレはやり過ぎだと思ってたんだ」

 

「それが正常だと思うぞ」

 

 素行が悪い須藤と言えど、そういったことには忌避感があるようで、親密度が上がった気がした。

 

 

 

§

 

 

 

「うひょー! 待ちに待った授業が開始されるぜ!」

 

 昼休みが終わると同時に池が叫ぶ。

 己の欲望を隠そうとしないその心意気(こころいき)は買いたいところだが、素直すぎるといつか後悔するぞ。

 殆どの生徒が大なり小なりグループとして行動する中、オレは最後尾でこそこそと付いていくことに決めた。そんなオレに、一人の生徒が近付いてくる。

 

「一緒に行こうぜ、綾小路」

 

「ああ、分かった」

 

 須藤が声を掛けてくれた。どうやら朝の一件でシンパシーを感じたのはオレだけじゃなかったようだ。

 更衣室で着替える。同性といえど周りの視線がある中、なかなか、誰も着替えようとしない。しかし、それを打ち破る者が現れた。須藤だ。

 

「堂々と着替えるんだな」

 

 そこに羞恥心はないようだった。そして事実、須藤はこう言った。

 

「体育系がそんなことでいちいち慌てるかよ。逆にビクビクしている方が悪目立ちするぜ?」

 

「そうなのか……。それにしても、凄い身体だな」

 

「これくらい普通だ、普通」

 

 思わず称賛の眼差しを須藤に向ける。

 入部説明会の際、彼はバスケットボールが本命だと言っていたがその言葉に頷けるほどのしっかりとした体付きだ。無駄な筋肉が一切ないその体格は、男だったら一度は憧れるだろう。

 事実、クラスの殆どの男子がざわついている。

 

「さき行ってるぞ」

 

 助言に従い、オレもすぐに部屋をあとにした。池と山内がオレのあとに続く。

 

「うひゃあ! やっぱりこの学校はすげぇなぁ! 街の施設より凄いんじゃね!?」

 

 池が感嘆の声を上げる。同感だった。屋内プールが目の前に広がっていて、ちょっとだけワクワクする。

 水が綺麗(きれい)なのは言わずもがな。流石は国が運営しているだけはあるか。

 

「女子は? 女子はまだなのかっ?」

 

「着替えに時間が掛かるだろうからまだだろうな」

 

 オレの冷静な分析に、池はガックリと肩を落とす。

 

「なぁ綾小路。もし俺が血迷って女子更衣室に飛び込んだらどうなると思う?」

 

「……聞きたいか?」

 

「い、いややっぱりやめておく。だからその真顔をやめてくれ。めっちゃ怖いから!」

 

「これは個人的な意見なんだけどな。露骨すぎると女子に嫌われるぞ?」

 

「うぐっ……反省するよ……」

 

 第三者の言葉に池はブルブルと身体を震わせた。

 これで彼が女子に袋叩(ふくろたた)きされた上に退学させられ、さらに書類送検される未来は潰えた。めでたしめでたしだ。

 そのことにホッと安堵の息を吐きつつも、男子は教師と女子を待ち侘びる。

 

「来たぞ……!」

 

 誰かが小さく声を上げた。

 その時、一年D組男子一同は心を通わせてさり気なく身構える。

 オレもその一人だ。巨乳筆頭の長谷部や佐倉には興味がある。あとは一応堀北も。

 ところがオレたちの願いが叶えられることはなかった。

 

「長谷部が居ないぞ!? 佐倉もだ! 博士、これは一体どういうことだ!? 神はオレたちを手放したのか!?」

 

「ンゴゴゴゴ!?」

 

「に、二階だ! 皆、二階を見るんだ!」

 

 池の言葉に、反射的に顔を上げる男子一同。

 見学用スペースでは数名の女子生徒が居り──なんと、その中には長谷部や佐倉の姿があった。

 なるほど、女子も馬鹿じゃない。体調不良を教師に予め訴えることで未然に防いでみせたのだ。

 山内が頭を抱えて蹲る。池は先程の言葉があるおかげで大袈裟な動作こそしていなかったが、それでも絶望で顔を彩らせていた。

 

「どうしたの皆? 元気ないけど……」

 

 しかし──天使が舞い降りる。クラスで男女問わずの人気者、櫛田の降臨だ。

 学校指定のスクール水着を着た櫛田は、思春期男子にとっては毒そのものだった。

 胸はDかEか。詳しくは分からないが、少なくとも常人を遥かに超える物を持つ逸材の持ち主だ。程よくついた太股や臀部はスクール水着に張り付いていて生々しく、人間を軽く超越していた。

 男子一同はひたすらに心を無にする。そして、神に感謝した。嗚呼……世界は今日も平和だ……。

 

「何を黄昏(たそがれ)ているのかしら」

 

 堀北が心底不思議そうに声を掛けてくる。オレは和やかな心で答えた。

 

「己との戦いに没頭しているんだ」

 

 水着姿の堀北。圧倒的に櫛田の勝ちだった。何がとは言わないが。健康的で良いとは思うけど……。

 だが凝視していたらまた、己との戦いに臨むことになりそうだったので、ひたすらに心を落ち着かせることに専念する。

 

「綾小路くん」

 

「何だ? 悪いが話は後にして──」

 

「あなた、何か運動してた?」

 

 オレの言葉を遮って、堀北は訝しげな目でそう聞いてきた。

 

「いや、何も。自慢じゃないが、体育以外、運動はしたことないな」

 

「それにしては前腕の発達とか、背中の筋肉とか普通じゃないと思うけれど……」

 

「それなら、両親から恵まれた身体を貰っただけだ。それ以上でもそれ以下でもない」

 

「でもそうにはとても──」

 

「堀北さーん!」

 

 今度は堀北の言葉が遮られる形になり、櫛田が会話に加わった。

 彼女は櫛田の乱入に眉を寄せて不機嫌そうな顔になった。ここまでが彼女たちの一連の動作であり、もはやこれはコミュニケーションになっているのではないかとさえ思えてくる。

 そんな彼女が見ていて面白くて少しだけ笑っていると、無言で手刀が腹に打ち込まれた。痛い。

 

「堀北さん、泳ぎは得意なの?」

 

「得意でも不得意でもないわ」

 

「私は中学の時水泳が苦手だったんだ。でも一生懸命練習して泳げるようになったの」

 

「……そう。それは良かったわね」

 

「よーしお前ら、集合しろー」

 

 話を広げようと試みる櫛田の頑張りは、中々()になろうとしない。堀北は興味なさげに答えてから、担当教師の元に歩いていった。

 

「たはは……上手くいかないね」

 

「頑張れとしか言い(よう)がないな。オレたちも合流しよう。怒られたくないしな」

 

「うんっ」

 

 オレと櫛田はやや小走りで先生の元に集まる。如何にもな体育会系の男性で、マッチョ体型がとても似合っている。男子からも女子からも一歩距離を取られそうだ。

 

「見学者は……十六人か。随分と多いようだが、まあ良いだろう。ただし、次回からは正当な理由なしでは見学は認めないからな」

 

 おっさん先生の言葉に、何人かの生徒が反応した。初回は参加するが次回からはサボろうと画策していたに違いない。

 

「早速だが、どれだけ泳げるか見てみたい。個々で準備運動をするように」

 

「すみません、先生。俺あんまり泳げないんですけど……」

 

「そうか。泳ぎに自信がない者は正直に手を挙げろ」

 

 一人の男子生徒を皮切りに、数名が恐る恐る手を挙げた。無理して怪我や事故を起こした時咎められることを忌避したのだろう。

 

「なるほど、よく分かった。だが安心しろ、夏までに俺がお前たちを泳げるように指導してやるな」

 

「えぇー。別に大丈夫ですよ。海に行きませんから」

 

「まぁそう言うな。泳げる奴はモテるぞ? それに泳げるようになれば必ず後で役に立つからな」

 

 必ず役に立つ? 前者のモテる発言は()(かく)として、ちょっと大袈裟(おおげさ)じゃないか? そりゃ、泳げるに越したことはないだろうけど……。

 教師としては一人でもカナヅチを克服させたいという思いがあるのかもしれないな。となると、彼はかなり良い先生なのかもしれない。

 先生の言う通り、個々で準備運動をする。教師がいる手前、皆真面目に取り組んでいた。そして、五十メートルを軽く泳ぐように指示が出される。

 オレは去年の夏以来、つまり一年振りにプールの水に浸かった。熱過ぎず、冷た過ぎず。適温で保たれているのだろう。室内プールの利点の一つだな。

 全員が五十メートルを泳ぎ終わると、先生はプールサイドに上がるよう指示を出した。泳ぎに自信がないとはいえ、まったく泳げない生徒は一人もいなかった。

 そのことに先生は満足げに頷くと、

 

「よし。それでは今から男女別に五十メートルの競泳を行う。種目は自由型だ」

 

 そう宣言した。

 授業初日に競泳をやるなんて……かなり急だな。そうせざるを得ない理由があるのだろうか。

 ざわつく生徒に先生はニンマリと笑い。

 

「お前らにやる気が起こるように配慮してある。一位を取得した生徒には俺から特別報酬として五千ポイントを進呈しよう。一年生のお前らの中には、早速ポイントを浪費して残りが少ない者も居るはずだ。どうだ? やる気が出るだろう」

 

 泳ぎに自信がある生徒からは歓声が、自信がない生徒からは悲鳴が上がる。

 でもそれだとかなり不公平な気がするな。全員が全員、やる気を起こすとは到底思えない。

 

「逆に、ワースト一位になった生徒には放課後を使い補習を受けさせるからそのつもりで」

 

 さらなる悲鳴が響いた。

 生徒にとって放課後とは大変貴重な時間だ。それを補習になんて使いたくない。

 

「今日参加している女子は十人と少ないから、五人を二組に分けてタイムが一番速い生徒にポイントを進呈しよう。男子は上位五人に絞ってから決勝だ」

 

 おっさん先生はそう言い放ち、準備をするように促した。最初は女子から行うそうで、男子と見学者は散らばる。

 女子が泳ぐ姿を間近で見たい男子たちは皆一様に興奮したように鼻息が荒くなり、テンションを上げていく。

 このクラスには美人が多いから、それだけ期待してしまうというものだ。

 結果は、水泳部の小野寺(おのでら)が完勝。オレの知人を挙げるとすると、堀北は総合二位、櫛田は四位という結果だった。

 男子の結果は意外や意外、既に自由人の名を欲しいままにしている高円寺(こうえんじ)が総合一位を取ってみせた。その次に須藤、平田(ひらた)と続いていく。

 ちなみにオレは十位だった。三十六秒少し。全国の平均男性より少し早いか遅いくらいのタイムだ。

 事なかれ主義のオレからしたら目立たなければそれで良い。だからこの結果に満足出来た。

 

 

 

§

 

 

 

 あれだけ期待していたスクールライフというものも、日々を跨ぐ度に慣れていく。

 最初はぎこちなさが蔓延(まんえん)していた空気も今じゃなりを潜め、一年Dクラスは和気藹々とした雰囲気が自然と流れている。多分、他のクラスも似たようなものじゃないだろうか。

 

桔梗(ききょう)ちゃん、今から一緒にカフェ行かない?」

 

「うん、行く行く! あっ、でもちょっと待って。もう一人誘ってみるね」

 

 櫛田は友達の女子に一言そう告げてから、オレ──ではなく堀北の席に近付いた。

 そして横から放たれる不機嫌オーラ。どうにも堀北は櫛田のことが嫌いなようだ。いや、今更かもしれないが。

 

「堀北さん。私今からカフェに行くんだけど一緒にどうかな?」

 

「お断りするわ」

 

 容赦なく一刀両断する堀北に、櫛田は不快感を表さずにニコニコとした笑みを決して崩さない。

 それにしても凄いな。何が凄いって、挫けることなく誘い続ける櫛田もそうだが、それを断り続ける堀北の胆力だ。

 普通なら一回くらいは心が折れるものだが……。ちょっとだけその心の強さには感心する。

 だが堀北、もう少し柔らかくは言えないのか。例えば用事があるとか言えば良いだろう。彼女の裏表ない性格が今回は裏目に出てしまっているな。

 

「そっか。なら堀北さん、また今度誘うね」

 

「待って、櫛田さん」

 

 おっと。珍しく……というかオレが知る限り初めて堀北が櫛田を呼び留めた。これはもしかしたら折れたり──。

 

「これ以上誘わないでくれるかしら。迷惑なの」

 

 第三者のオレでも竦み上がるほどの冷たい声。

 それを真っ向から受けている櫛田は──それでもなお、笑顔を絶やさない。

 

「また誘うねっ」

 

 そう言って櫛田は満面の笑みで堀北に宣戦布告し、グループに合流して教室から出ていく。

 

「桔梗ちゃん。もう堀北さんを誘うのはやめない? 私あの子のこと──」

 

 ドアが閉められる間際、そんな悪口が耳に届く。

 彼女が言おうとしたことは、どんなに察しが悪い人間でも分かるだろう。

 頭の良い堀北のことだ、それは理解しているはずだ。だが彼女からは動揺した気配が微塵も感じられない。

 ……さて、オレもそろそろ出るか。放課後は既に予定で埋まっている。

 

「待って」

 

「どうした堀北」

 

「確認だけど、あなたまで余計なことは言わないわよね?」

 

「質問を質問で返すようで悪いが、そう見えるか?」

 

「……いいえ。お互い、この数週間である程度の性格は分かってる。──ごめんなさい、時間を取らせたわね。もう行って良いわよ」

 

「ああ。じゃあまた明日」

 

 堀北に別れを告げてから、オレは席を立つ。

 

「綾小路くん。少し良いかな」

 

 教室から出る寸前、クラスのヒーローである平田に声を掛けられた。彼の周りには必ずといっていいほど女子生徒が居るものだが、今日は珍しく誰も居ない。

 それはつまり、内密の話だということだ。

 そしてそれは的中する。

 

「堀北さんのことなんだけど、どうにかならないかな」

 

「どうにか、とは?」

 

 オレが聞き返すと、平田はバツの悪そうに「あー」と答えた。

 

「……クラスの女の子たちからも意見が出ていてね。ほら、彼女はいつも一人だから……」

 

 一人が駄目なのか、そう言うとしてオレはやめた。ここでオレと平田が言い争っても意味はない。

 

「櫛田がやっても大した進歩は見られない。悪いが、オレには無理だな」

 

「そうなんだけどね。でも僕は、櫛田さんじゃなくて綾小路くんの力が必要だと思っているんだ。彼女が会話を交わしているのは綾小路くんだけだからね」

 

 この前の櫛田と同じような内容を口にする平田。

 そんなにもオレと堀北は仲良さげに映るのだろうか。それならオレは敢えて、今度はクラスメイトとしてではなく隣人として彼女を庇おう。

 

「確かに堀北の対人能力には問題があると思う。だが、それは個人の自由じゃないか? 実際、彼女が何かしらの問題を生み出しているわけじゃない」

 

「もちろん分かってるよ。誰が誰と付き合おうと、それはきみの言う通り自由だ。だけどこのまま悪化すれば苛めにまで発展するかもしれない」

 

「苛め?」

 

「うん。僕は絶対に、クラスで苛めなんて起こさせたくないんだ」

 

 平田はそう言い、誠実な目でオレを見つめる。

 苛めか……話がいきなり飛躍すぎだとは思うが、万が一もあるかもしれないのは否定しきれないだろう。

 

「それなら余計に、その言葉はオレじゃなくて堀北に言ってくれ」

 

「……そうだね。ごめん、変なこと言っちゃったね」

 

「いや、いいんだ。平田のクラスメイトを想うその気持ちは本物だと思うしな。──それじゃあ、オレは帰っていいか?」

 

「あっ、うん。また明日、綾小路くん。もし良かったら今度、一緒に遊ぼう」

 

「ああ」

 

 平田と遊ぶ約束を交わす。教室から廊下に出たオレは携帯端末を取り出して、今から会う相手にメッセージを送る。

 すぐに既読はついたが返信はない。了解したのだと勝手に解釈し、オレは足の回転率を上げた。

 目的場所である図書館に辿り着いたオレは、馴染みの顔になりつつある図書課の先生に軽く会釈をする。

 

「今日も来たんですね」

 

「ええ、はい。彼女がどこに居るか分かりますか?」

 

「いつもの場所で待っていると思いますよ」

 

「ありがとうございます」

 

 高度育成高等学校の図書館はかなり大きい。以前も触れたが、何十万冊という書物が保管されているから……というのももちろんあるが、生徒の勉強スペースとして活用されるのを考慮しているからだ。

 現に館内には数名の生徒が机の上で教科書やノートを開いている。

 図書館の先生が言ったいつもの場所とは、窓際の四隅の方にあり、花壇が見渡される所だ。最初訪れた時からここを使わせて貰っている。

 館内を歩くこと数分、オレは目的に到着した。そして、彼女は静かに本を読んでいた。話し掛けるのが躊躇(ためら)われるが、意を決して彼女の名前を呼ぶ。

 

椎名(しいな)

 

「……」

 

「椎名」

 

「……? …………ごめんなさい綾小路くん。気付くのが遅くなってしまいました」

 

「謝るのはオレの方だ。悪いな、クラスメイトとちょっと話をしていた」

 

 そう言いながらオレは、椎名の右横の席に腰掛ける。

 彼女は読んでいた頁に紙の(しおり)を挟んでから本を閉じて、会話をする姿勢を取る。

 

「綾小路くんにお友達が出来て良かったです」

 

「友達、なのかは分からないが話す人は出来たな。今日は部活、休みなんだよな?」

 

「はい。私が所属している茶道部は一週間に一回活動をしていますから。基本フリーです」

 

「それなら良かった。──椎名の方はどうだ? クラスで友達は出来たか?」

 

 オレの質問に、椎名は困ったように薄く微笑んだ。

 しまった、地雷を踏んでしまったか。

 

「駄目ですね。中々難しいものです。クラスでもグループは出来上がってしまいましたから、今から私が乱入して和を乱すのは……。それに──いえ、なんでもありません」

 

「……悪い。配慮が足りてなかった」

 

「いえいえ。むしろ、心配してくれてありがとうございます。あっ、でも部活の方では何人かの人と仲良くなれましたよ」

 

 オレと椎名はほぼ毎日、こうして図書館で時間を共有していた。

 互いの趣味である読書をして一言も会話をしない日もあるし、互いの近況報告をする日もあったりと……思い思いに過ごしている。

 普通の図書館なら雑談をするなどご法度だが、幸いこの図書館はその例から逸脱している。常識の範囲内なら多少音を立てても怒られはしない。

 堀北や池、須藤などと過ごす学校生活も悪くはないが、正直なところ彼女との時間を過ごす方が個人的には楽しい。

 それは多分、お互いがお互いの行動を出来る限り尊重し合っているからだろう。そういう意味では堀北もそのカテゴリーに入りそうだが、無関心の意味合いが多分に含まれているからな。

 この日は閉館まで図書館で過ごし、オレたちは築きつつある日常を有意義に過ごした。

 

読書の皆さんが思う、一学期の間に最も実力を示したDクラスの生徒は?

  • 綾小路清隆
  • 堀北鈴音
  • 平田洋介
  • 櫛田桔梗
  • 須藤健
  • 松下千秋
  • 王美雨
  • 池寛治
  • 山内春樹
  • 高円寺六助
  • 軽井沢恵
  • 佐倉愛里
  • 上記以外の生徒
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