ようこそ事なかれ主義者の教室へ   作:Sakiru

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無人島試験──各クラスのその後 Ⅱ

 

 A、Dクラスがそうしているように、他クラスもまた、特別試験の振り返りを行っていた。

 BクラスはAクラスと同様に第一階層のラウンジで行っていた。公共スペースであるこの場所は貸し切ることは出来なかったが、一之瀬(いちのせ)は問題は無いと判断していた。隠すようなことは言わないつもりだからだ。

 

「えー、こほん。今回は皆様、お集まり頂きありがとうございます」

 

 右手をマイクに見立て、一之瀬が挨拶をする。

 

「「「あははははっ!」」」

 

 するとラウンジが笑い声で満たされた。

 変に畏まっている一之瀬が面白かった、というのもあるが、単純にこの一時(ひととき)を楽しんでいるからである。

 一之瀬は笑顔を絶やさない。時を見計らって──途中、話が何回か逸れた──、

 

「それじゃあみんな、聞いて欲しい。今回の特別試験の顛末を」

 

 彼女はクラスメイトの顔を最後に見渡してから、滔々と臆することなく語り始めた。

 

 

 

§ ─同時刻:豪華客船:地下三階─

 

 

 

 A、B、Dクラスがそうしているように、Cクラスもまた、特別試験の振り返りを行っていた。場所は地下三階。地下一階から地下三階は娯楽施設となっており、その中の一つとして、カラオケルームも備わっていた。

 Cクラスはその中でも一番大きい部屋を借りていた。通常ならとんでもない額を請求されるが、豪華客船上にある施設は全てが無料のために出来る芸当である。

 室内を照らすのはやや暗めの照明だけ。カラオケに使うテレビは電源が落とされている。

 

「お前らが最後か?」

 

 入ってきた石崎(いしざき)、アルベルトに龍園(りゅうえん)は尋ねる。すると彼らは頷き、出入口付近に立った。それは誰も終わるまでは逃さないという、クラスメイトに対する宣誓布告。

 しかしそれを見た龍園は、

 

「良い。お前らも座れ。お前らのスペースはちゃんと空けてある」

 

「はい!」「Yes(承知しました)boss(ボス)

 

 彼らは龍園のすぐ近くに腰を下ろした。無論、いつでも指示に対応出来るよう、脱力することはない。

『王』は自身の忠実な『下僕』たちに対して満足げに頷く。

 コーラを呷った龍園は、にやりと獰猛な笑みを作ってから、固唾を呑んで身構えているクラスメイトに言った。

 

「まずはお前ら、特別試験、ご苦労だった」

 

「「「……え?」」」

 

 思わず、生徒たちが呆けたような声を出す。それもそのはず、彼らはまさか、『王』から(ねぎら)いの言葉を贈られるとは微塵も考えていなかったのだ。

 そんな様子の彼らが見てて面白かったのか、龍園は「ククッ」と笑う。

 

「さてそれじゃあ、お前らが気になってることを説明してやろう。そう、特別試験の結果についてだ」

 

「「「……ッ!」」」

 

「まずはお前ら、これを見ろ」

 

 龍園はそう言って、ファイルに厳重に仕舞っていた一枚の紙を取り出した。

 A4サイズのその紙を、龍園は石崎に渡す。困惑しながらも受け取った石崎は、訝しみながらも目を落とし……そして極限まで目を見開かせた。

 紙を何度も見返し──龍園にどういうことかと尋ねる。しかし『王』は答えない。

 

「石崎、終わったなら紙を回せ」

 

「は、はい」

 

 隣のアルベルトに回す。彼は石崎のような醜態は晒さなかったが、しかし、掛けているサングラスの奥では驚いていた。

 

「Wow……」

 

 呟き、隣の伊吹(いぶき)に回す。

 不機嫌そうな顔を隠そうともしなかった彼女だったが、石崎とアルベルトと同様、すぐに顔色を変えた。

 

「龍園! これはいったい──」

 

「ククッ、落ち着けよ伊吹。お前の心中は察するが、いちいち答えていたら切りがねえ。ほら、読み終わったら次に回せ」

 

「…………分かった」

 

 渋々ながらも伊吹は隣に座っている椎名(しいな)に渡す。受け取った彼女は一瞥してから、すぐに次の生徒に回した。

 そんな彼女を龍園はつまらなさそうに見ていたことに誰も気付かなかった。程なくしてCクラスの生徒全員に紙は行き届き、龍園の元に戻ってくる。

 

「──さてと、それじゃあ質問タイムだ。今の俺は機嫌がすこぶる良い。馬鹿にも分かるよう、優しく答えてやろう」

 

「……それじゃあ、私から一つ。龍園、あんたはどこまで読み切っていたの?」

 

 真っ先に切り込んだのは伊吹だった。

 自分を相手に微塵も臆することなく行動出来る胆力を、龍園は内心評価しており、また、伊吹を個人的に気に入っていた。

 

「良い質問じゃないか、伊吹。ああ、良い質問だ」

 

「勿体ぶらずに早く答えなさいよ」

 

()()

 

「……は?」

 

 伊吹だけじゃない。

 龍園の言葉に、殆どの生徒が目を丸くしていた。

 例外なのは予め知らせておいたCクラスの『知将』である金田(かねだ)と……椎名の二人だけ。

 

「いちから説明してやる。まず今回の特別試験に於いて、Cクラスの『勝利』とはAクラスと『密約』を結ぶことだった。それはこの紙に書かれてある通りだ」

 

 ぺらぺらと紙を振る。

 はたして、その紙は単なる紙ではなかった。

 CクラスとAクラスの『密約』、その全てがぎっしりと書かれていた。押印の欄にはAクラス担任である真嶋(ましま)と、Cクラス担任の坂上(さかがみ)の印鑑が押してある。それはつまり、学校側がこの『密約』の立会人になったということ。

 

「B、Dクラスがリーダーを変更することも、可能性としては視野に入れていた。だからこそ『攻撃』の対象にしなかった」

 

 それはひとえに、龍園が綾小路のことを警戒しているがために出来た芸当。

 夏休み前、彼は綾小路(あやのこうじ)から、一時的にクラス闘争に参加する旨を伝えられていた。

 故に、綾小路が裏で動くことを彼は知っていた。

 龍園と綾小路の性質は酷似していた。

 龍園は考えた。

 仮に自分が綾小路の立場なら、どのように動くのか。どのように暗躍するのか。

 ルールから逸脱することは出来ない。

 ならば、ルールの範囲内で、その上で、意表を突き確実な『勝利』が取れる方法とは何か──? 

 時間はそれこそいくらでもあった。

 龍園は一人での無人島生活を余儀なくされていたからだ。ルール要項が記載されているマニュアルと睨み合う時間は無限に等しい。というか、それ以外にやることがなかったのだ。

 Cクラスのリーダーは保険を掛けるため適当な生徒をクジ引きで選び、試験を脱落させていたため『スポット』の占有は出来ない。

 仮に保険を掛けずリーダーが『リュウエンカケル』だとしても、迂闊に動くことは出来ない。表向き、Cクラスの生徒は追放された伊吹と金田以外は無人島に存在していなかったのだから。もし龍園が『スポット』を占有、もしくは更新した場合、他クラスが見付けたら疑念を抱かせてしまう。

 

「そして俺はAクラスをリーダーを当てる形で裏切った。とある生徒から情報を得て追加ルールの権利を使った」

 

「あ、当たり前のように言うんですね……」

 

 流石の石崎もこれには引く。

 そんな彼の頭をアルベルトが叩いた。力加減がされていなかったのか、小気味良い音が部屋に響く。

 

「でも腑に落ちないことがある。あんたのクズな性格は兎も角として……」

 

 と、言葉を続けようとした伊吹に、思わぬところから待ったが掛かった。

 

「伊吹さん。女の子がそのような言葉を使ってはいけませんよ」

 

「ひ、ひより……」

 

 伊吹はぎぎぎと音が鳴りそうな程にゆっくりと、隣に座っている、自分の唯一の友人に顔を向けた。

 Dクラスに『スパイ』として潜入していた時は上手く立ち回っていたが、元来、伊吹はそこまで沸点が高くなかった。

 下手したら不真面目な生徒が多いCクラスの中でも一番低いのでは? という自覚は一応あったが……しかし、こればかりは仕方がないだろうと思う。

 

「伊吹さん。私は友達として、あなたの将来が心配です」

 

「……」

 

「それだと良い男性と結婚出来ませんよ?」

 

「あんたは私の母親なの!?」

 

 堪らずに突っ込むが、しかし当の本人は不思議そうに首を傾げるばかりである。

 

「いえもちろん違いますよ。だから言ったじゃないですか、友達として心配ですって」

 

「こ、この……!」

 

 伊吹は歯噛みした。

 隣で能天気に美味しそうに烏龍茶を飲んでいる友人に、彼女は頭を引っ叩こうかと本気で思案した。

 ぐぬぬぬと唸っていると、龍園が「クハハハハッ!」と腹を抱えて大爆笑していた。

 鋭く睨むが龍園は動じない。

 と、椎名が不意に「ところで龍園くん」と話し掛けた。

 

「あ? 何だよ?」

 

「実は前々から気になっていたのですが……、龍園くんの笑い方ってかなり独特ですよね。どうしてですか?」

 

 瞬間──龍園の笑い声が途絶えた。

 この時、お世辞にも仲間意識なんてものは欠片も見られないCクラスの生徒たちは、奇跡的にも心を一つに通わせた。

 

 ──天然って怖い! 

 

 Cクラスは表では龍園が畏怖されていたが、裏では椎名が畏怖されていた。とはいえ、当人は決して知らないのだが……。

 絶句する龍園に椎名が「教えて頂けますか?」と再度問い掛ける。心做しか瞳がきらきらと輝いていた。

 

「ふふっ……」

 

「おい伊吹、そのにやけ面をすぐに引っ込めろ。酷く不愉快だ」

 

「嫌よ。あんたが押されている機会なんて早々ないし、ここは友人としてひよりの肩を持つ」

 

「伊吹ぃッ!」

 

 先程の仕返しとばかり、伊吹は椎名越しに龍園を煽った。たちまち額に青筋を浮かべる龍園だが、彼女は益々にやりと嗤う。

 その様子を間近で見ている石崎は顔面蒼白でぶるぶると震えていた。仲の良い近藤(こんどう)小宮(こみや)たちは同情しながらも友人が生還出来るか陰で賭けをしていた。ちなみに二人とも出来ない方に賭けていた。結果、賭けとして成立しなくなり中止となった。

 混沌、ここに極まる。

 事態が一応の沈静化を見せたのは十分程経った後だった。

 龍園は舌打ちしてから、伊吹に話の再開を促す。

 

「それで腑に落ちないことってのは何だ?」

 

「どうしてあんたは態々こうしてクラスメイトを集めて、らしくもなく会議なんて開いているの?」

 

「おかしなことを言うじゃねえか。クラス闘争には団結が必要不可欠だ。俺はお前たちを頼っているんだぜ……──って言ったら怒るか?」

 

「別に……ただただ呆れるだけよ。怒りを通り越してね。誰があんたのその薄っぺらい言葉を信じると思う?」

 

 それはクラスの総意なのだろう。

 伊吹の言葉に多くの生徒が賛同した……心の中で。

 両腕を組み伊吹はじっと龍園を見据える。Cクラスの中で真っ向から『王』に意見を言えるのはごく限られている。『知将』である金田、伊吹、椎名の三人くらいだ。

 とはいえ特別、龍園は意見を言うことを禁じているわけではない。多くの生徒が勇気を振り絞ることが出来ないだけだ。

 龍園は目を伏せ考えているようだった。そしておもむろに低い声を出す。

 

葛城(かつらぎ)や一之瀬は雑魚だ。潰そうと思えばいつでも潰せる」

 

「なら、坂柳(さかやなぎ)は……?」

 

「そ、そうですよ龍園さん。いくら龍園さんでも、坂柳は……」

 

 厳しいのではないか、という指摘を……龍園は黙って受け入れた。

 本来なら有り得ない光景に、生徒たちの間にどよめきが走る。

 

「そうだな。認めよう。確かに坂柳は強敵だ。苦戦は免れないだろう」

 

 どよめきは喧騒に変化した。

 それもそのはず、これまでの『王』は弱気など一切吐いてこなかったからだ。いつも不敵に笑い、相手を嘲る、それが龍園(かける)という男。

 自分たちが見ているのは幻覚か何かかと目を擦る生徒が出始めたところで、彼は飄々と言葉を続ける。

 

「──()()()()()()()。苦戦はするだろう、だが、俺は勝つ」

 

 と、ここで『王』は傲岸不遜にも笑った。

 生徒たちが安堵の息を吐く一方、しかし伊吹は依然として同じ表情だった。

 

「ならどうして……? 葛城も一之瀬も、坂柳にも勝てる自信があるのなら……、余計に、納得が出来ない」

 

「ククッ……今はまだ時じゃねえ。安心しろ、俺の手段は変わらない。方針もだ。微塵も揺らぎはしない。だが、その時までに手札を整えなきゃ駄目ってことだ。これで満足か」

 

「全然。でもまあ、クラス闘争にあんたは必要だ。だから従ってあげる」

 

 両肩を竦め、伊吹はそう言った。

 龍園は「それで良い」と満足げに頷いた。

 そして自分の『駒』をゆっくりと見渡す。

 

「お前らも黙って俺の言う通りに動け。正気を疑うような指示が出されても任務を遂行しろ。それが俺たちの『勝利』に繋がるからだ」

 

「「「──は!」」」

 

「以上で会議は終わりだ。解散」

 

『王』の号令に従い、彼らはすぐにカラオケルームをあとにする。

 彼らに不満などはない。不安もない。何故なら今回の特別試験に於いて、自らが仕える『王』の絶対的な強さを理解したからだ。

 部屋に残ったのは龍園、石崎、アルベルト、伊吹、そして椎名の五人だった。

 

「ひより、私たちも行こう」

 

「ええ。特別試験での出来事について教えて下さいね」

 

「いや待て」

 

「何……? 解散って言ったのはあんただけど」

 

 席を立とうとしたタイミングで、龍園が二人を制止した。訝しむ伊吹に、けれど龍園は、

 

「お前じゃねえ。ひより、お前は残れ。話がある。二人きりでだ」

 

「はあ? 何でひよりが……っていうか二人きりって……」

 

「分かりました。お話しましょう」

 

 何ら動じることなく椎名は了承した。

 伊吹が「あんた正気!?」と言う中、彼女は友人を安心させるために少し微笑む。

 

「大丈夫です。伊吹さんが心配していることは起こりませんよ」

 

「そうだぞ。俺をそこいらの獣と一緒にするな。別に襲ったりしねえよ」

 

 心外だとばかりに龍園は言った。

 伊吹は男と女を一つの部屋に居る状況を思考した。しかも男は龍園で、女は椎名ときた。考えられる限り最悪の組み合わせだ。何が起こるか微塵も見当が付かない。

 石崎とアルベルトに目で協力を申請するが、彼らは華麗に気付かない振りをした。

 話が進まないことに苛立ちを覚えたのか、龍園が口調をやや荒くしながら、

 

「そんなに心配なら外で待っていれば良いだろ。話自体はすぐに終わるからな」

 

「……分かった」

 

 あちらから譲歩した以上、ここで伊吹が食い下がるのは道理ではない。本人たちが納得している以上、部外者が必要以上に口出しするのは間違いだ。

 石崎とアルベルトと共に、伊吹は部屋をあとにした。とはいえ、何があってもすぐに反応出来るように耳を澄ましているのだが……。

 龍園は後頭部をがりがりと()いてから、長く、それでいて重たいため息を吐いた。

 

「お疲れのようですね」

 

「誰の所為だと思ってやがる」

 

 毒を吐かれても椎名は何も反応しなかった。

 龍園はそんな様子の彼女を見て、苛立ち混じりに舌打ちをこれ見よがしに打つ。無人に等しいルームに、その音は大きく反響した。

 

「それで龍園くん。お話とは何でしょうか?」

 

「面倒臭いから単刀直入に聞く。ひより、お前は今後どうするつもりだ?」

 

「ふむ……、今後とはどういう意味でしょう?」

 

「簡単なことだ。クラス闘争に参加するか否か」

 

 すると椎名は表情を切り替えた。

 これだ、この表情が見たかったのだと、龍園は口角を上げる。

 自分相手にも何ら動じることはなく、その上、微かながらも殺気を飛ばしてくるその胆力。

 

「あの時確かに私は言ったはずです。私はクラス闘争に興味はないと」

 

「そうだな。だがそうも言ってられない状況になりつつある。綾小路はさらに各クラスのトップ連中に警戒されるだろう」

 

「それは……、そうかもしれませんね……」

 

 同盟クラスであるBクラスは元よりそうだろうし、Aクラスも綾小路に目を光らせるだろう。

 

「これまでは互いの利害が一致してきたからこそ、俺たちは裏の裏で協力関係を築けていられた。だが今後もそうなるとは限らない──奴から話は?」

 

「詳しくは……。ただ、担任の茶柱(ちゃばしら)先生に脅迫されたとは聞いています」

 

「それもおかしな話だ。つまり綾小路には脅迫されるだけの『何か』があるってことになる。まあ、これはどうでも良いがな……」

 

 ひとには誰にも明かせない『秘密』が必ずある。

 それが大きいか小さいかだけの違いでしかない。

 これが葛城や一之瀬、坂柳だったら龍園は遠慮なくこの『秘密』を探っていた。そして突き詰め、使えるものだったら良心の呵責に苛まれることなく使っていただろう。

 だがしかし、綾小路の場合は別だった。

 龍園には綾小路と雌雄を決するという、強い欲求があった。自分と酷似している性質を持つ者を、彼は今までの人生で見たことがない。どちらが『勝者』になり、どちらが『敗者』になるのか。その舞台につまらないものは不必要だと彼は考えていた。

 

「話を戻すか。奴が動くのはこの旅行の間だそうだ。その後は適当にのらりくらりと学生生活を送るらしい。が、これは明確な違反だ」

 

 事情はどうあれ、綾小路がクラス闘争に参加した事実は変わらない。

 眉を顰める椎名に龍園は一方的に告げた。

 

「俺は旅行中にあと一回、特別試験が開催されると視ている。他のトップ連中もそうだろう。そして試験の難易度は段違いに難しくなるだろう。試験内容にもよるが、お前にも奴と同様、参加して貰うぜ? それが奴の払った代償だ」

 

 彼女は目を伏せて思案しているようだった。

 やがておもむろに椎名は頷く。

 

「良いでしょう、分かりました。争い事は嫌いですが……──仕方がありません。私に出来ることなら率先して協力しましょう」

 

 その言葉を言い、椎名はカラオケルームをあとにした。そのまま伊吹と合流し、移動したようだった。

 龍園は薄暗い室内の中、にやりと嗤う。

 

「さて……下積みは終わった。俺も本格的に()()に参加するか」

 

 初戦は絶対に落とせない。

 だからこそ、多少無茶をしてでも椎名を半ば強制的に舞台に登場させる。それだけ彼女は潜在能力が高いからだ。

 クラスの士気は良い。

 用意出来た『駒』も自分の思惑通りに動くだろう。

 龍園は飲み掛けのコーラを呷ってから席を立ち、部屋を出ていった。

 

 

 

§ ─第三階層─

 

 

 

「──最終確認だ。みんなこれで納得してくれたかい?」

 

 数時間に渡る会議がようやく終わりを迎えようとしていた。

 平田の説明はとても細かく丁寧だった。誰か一人でも分からない疑問を覚えた生徒が居れば、彼は何度も同じことを説明し、言葉を噛み砕き、誰かを見捨てることをしなかった。

 結局のところ、オレが壇上に立つ機会は数回程あった。外交官として表向きは動いていたため仕方がないだろうと割り切っている。

 特別試験の振り返りを行い、脚光を浴びる生徒が出た。言わずもがな、堀北(ほりきた)である。Dクラスが二位という成果を残せたのは彼女だと先導者は語り、また、彼女もまたそのように上手く振舞った。

 今のところ、オレが裏で動いたことを知っている生徒は、Dクラスでは千秋(ちあき)、平田、堀北、櫛田(くしだ)高円寺(こうえんじ)の五人。Aクラスでは橋本(はしもと)鬼頭(きとう)、そして恐らくは坂柳の三人。Bクラスでは一之瀬と神崎(かんざき)の二人。Cクラスでは龍園、伊吹、椎名の三人。

 そして誰もオレについては言及しないだろう。唯一Bクラスだけは損得関係なく吹聴出来るが、義を重んじる一之瀬と神崎なら信じられる。

 

「よし、それじゃあ会議は終わりだ。改めてみんな、特別試験お疲れ様」

 

 平田の号令により振り返りが終わった。クラスメイトたちが瞬く間に退席していく。

 

「堀北さん凄いね!」

 

「これが……人間の可能性なのかもしれないな……」

 

「平田くんにも私たち頼ってばかりだし。そろそろやめた方が良いかもねー」

 

「良かったな(いけ)! これでお前の無実は証明されたわけだ!」

 

「ああ……! これからは馬鹿なことはしないようにするぜ!」

 

「腹減ったー! ハンバーガーでも食いに行こうぜ!」

 

 さてと、オレもそろそろ出るか。

 平田と堀北、櫛田の三人が『次』の打ち合わせをしているのを一瞥してから、オレも動くことを決める。

 携帯端末を長ズボンから取り出して現在時刻を確認。十八時を示しており、かなりの時間を使ったのだと再認識した。

 適当な店に入り空腹を満たしたあと、オレは一旦寝室に戻る。四つあるうちのベッドは一つ埋まっていた。

 

「おやおや、綾小路ボーイではないか。Good evening!」

 

 仰向けの姿勢で読んでいる雑誌から目を外すことなく、高円寺はそのように挨拶をしてきた。表紙を見ると、『必見! 完全な肉体美の作り方!』という題名だった。彼はいったい何を目指しているのだろう。

 というか、相変わらずネイティブな発音をする奴だな……。

 オレは高円寺に挨拶を返してから、自分のスクールバッグの整理をする。洗濯物がある場合、指定時間までに学校に届けなければならないからだ。今日分のジャージと下着をネットの中に放り込む。

 一旦荷物を床に置いてから、オレは高円寺に話し掛けた。

 

「高円寺には感謝している。助けてくれてありがとう」

 

「ふふっ、何を言っているのか分からないねえ」

 

 オレは懐から一枚の紙を取り出し、高円寺に翳す。しかしそれでも尚、彼は雑誌から目を離さない。

 

「これは無人島の地図だが……、これは高円寺、お前が書いたものだな」

 

 するとようやくオレに意識を割いた。高円寺は雑誌を閉じ、そして胡座をかく。

 地図を手渡すと彼は、

 

「ふむ……、これは確かに私の筆跡だねえ」

 

「お前は特別試験の一日目で、無人島の探索をほぼほぼ完了させた。そしてお前は『スポット』を書き込み、俺の鞄の中に放り込んだ」

 

 違うか? と問うと高円寺は微笑と共に頷く。

 

「綾小路ボーイの言う通りさ。だがボーイ。私に礼を言う必要はない。私の気分が良かった、ただそれだけなのだからねえ」

 

「そうか。なら自己満足で言わせて貰う。ありがとう。物凄く助かった」

 

 すると高円寺は無言で地図を渡してきた。そして再び元の姿勢に戻る。

 どうやら捨てろと、そういうことらしい。自由人の行動に苦笑してから、オレは無価値となった紙を丸め、部屋に常備されているゴミ箱に放り投げた。

 ネットの中身が見えないよう適当なビニール袋の中に入れ、オレは携帯端末とそれを所持して部屋をあとにする。

 廊下を渡り、洗濯機が回っている部屋に向かう。コインランドリーに近いだろうか。流石は豪華客船。何台もの機械が用意されている。これなら混んでて待つことはないだろう。

 ただプライバシーの流出を防ぐため、係の大人が居る。そしてどうやら、今の時間帯は茶柱が担当のようだった。会いたくないひとと遭遇してしまった……。

 そしてさらに最悪なことに部屋にはオレたち以外誰も居なかった。何台か回っているが、あと数十分は洗い続けるだろう。

 特別試験での疲労が溜まっているのが自分でも感じられる今、茶柱と話したくない。彼女はオレに何か言いたげにしていたが、オレの顔を見て留まったようだった。

 ビニール袋からネットを取り出し、それごと機械の中に投入する。手続きが必要なので、そのまま茶柱の元に向かう。

 

「終わるのは一時間後だ。どうする? 今日中に取りに来るか? それとも明日にするか? その場合朝になるが……」

 

「明日でお願いします」

 

「分かった。必ず取りに来るように」

 

 最低限のやり取りを交わし、オレは部屋から出た。

 特にやることも無くなったので、さてどうしたものかと歩きながら思案する。

 そう言えば……、この豪華客船では確か演劇が楽しめるシアターがあったな。急げばぎりぎり間に合うだろうが……やめておくか。

 疲れているしちょっと早いが寝るとしよう──と思った時、ズボンのポケットに入れている携帯端末が震えた。

 オレは画面を見た瞬間、すぐに歩き始める。

 月光が照らす外廊下に出て、暗闇の中にぽつんと浮かぶ幻月を見ながらそのまま渡る。昨日、一昨日と雨が降ったおかげか、漆黒の中に漂う光は強調されているように思えた。

 向かう先は船の反対側。ひとの気配は感じられず、静寂が広がっている。

 目的地に辿り着くと、はたして、少女は一週間前のあの時と同じように腰を下ろしているようだった。

 

「お帰りなさい、綾小路くん」

 

 近付いてくる一つの気配を感じ取ったのだろうか、彼女は顔を振り向かせる前にその言葉をオレに贈っていた。

 

「どうしてオレだと分かったんだ?」

 

 順序が完全に逆だったので尋ねると、彼女はきょとんとしたように、

 

「分かりますよ。だって綾小路くんですから」

 

「何だそれ……」

 

「ふふふ、なら、秘密です」

 

 そう言ってオレに微笑んだ。

 彼女はオレを隣に座るよう促したが、放心していたオレは動くことが出来なかった。

 

「もう……、仕方がありませんね──」

 

 一度苦笑いしてから、すたすたと迷いない足取りで近付いてくる。そして気付けば、視線を下げればすぐ近くには彼女の端正な顔があった。

 

「椎名……?」

 

「綾小路くん、だいぶお疲れのようですね」

 

 オレの顔をじっと見つめ、彼女はそう言った。

 

「そう、かもしれないな……」

 

「なら休みましょう」

 

 少女は優しくオレの手を引きベンチに誘った。

 そして気が付けば視界が動き、一週間前と同様に、彼女の顔が頭上にあった。

 

「話は伺っています。かなり無茶をしたようですね」

 

 言いながら、オレの頭を撫でる。優しく、何度も、何度も、彼女は撫で続ける。

 

「綾小路くん。私も事情が変わりました。クラス闘争に少なくとも一回は参加せざるを得ない状況になりました」

 

「それでオレを呼んだのか」

 

「……はい。電話なりメールなりと手段は色々とあったでしょう。しかし……どうしても直接言いたくて……」

 

 ごめんなさい、と目を伏せ謝罪してくる。

 オレは右手を伸ばして彼女の頬に触れた。あたたかい。これがひとの温もりなのだろう。彼女がやってくれたように、オレも撫でる。

 

「椎名が謝ることじゃない。そもそもそうなった理由はオレだろう」

 

「いいえ、それは違います。私があなたとこうして会いたいと思っているのは私の意志です。私が選んだことです」

 

 決然と少女は言い切った。

 

「少しだけ寝て良いか?」

 

「ええ、もちろん。おやすみなさい」

 

 襲い掛かる睡魔に抗えず、オレはゆっくりと瞼を閉じる。直前まで映っていた椎名はとても美しく、そして綺麗だった。

 

読書の皆さんが思う、一学期の間に最も実力を示したDクラスの生徒は?

  • 綾小路清隆
  • 堀北鈴音
  • 平田洋介
  • 櫛田桔梗
  • 須藤健
  • 松下千秋
  • 王美雨
  • 池寛治
  • 山内春樹
  • 高円寺六助
  • 軽井沢恵
  • 佐倉愛里
  • 上記以外の生徒

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