ようこそ事なかれ主義者の教室へ   作:Sakiru

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第五章 ─十二匹の獣─
櫛田桔梗の独白


 

 ──人間にはそれぞれが抱えている『理想(りそう)』がある。野望や、願望、(こころざし)、あるいは──幻想(げんそう)

 じゃあ、『理想』っていったい何? 

 私が思うに、それは追求しようともがいて、足掻(あが)いて、『努力』なんて、綺麗なものでは語れないもの、さらにその先の奥で辿り着く──『執念(しゅうねん)』なのだと思う。

 その『執念』の果てに、自らが望む完璧なものが形成される。当然、その道は長く、(けわ)しい。多くの人間が足を踏み出し、けれど、『絶望』というものに足を絡み取られ、(つまず)き、転び、そして──挫折(ざせつ)する。

 だから、ひとは自分の『理想』通りに生きているわけじゃない。諦め、自分には出来ないのだと勝手に判断し、俯き、二度と顔を上げることは決してない。奇妙なことに、時間が経過すればするほど、理想主義者は消えていく。

 

 ──それじゃあ、私は、『理想』の『私』に至っているだろうか。

 

 自問自答する。

 答えは『Yes』。私は、自分が追い求めている『私』に至っている。

 同性の中でも優れた容姿であることを、私は物心ついたときには理解していた。それだけじゃない。頭の回転がはやく、記憶力があったから、勉強は出来たし、運動神経が良く、からだだって柔らかかったから、スポーツだって出来た。手先が器用だから、折り紙や裁縫だって出来たし、咄嗟の出来事にも対応出来る自信がある。

 潜在能力(ポテンシャル)は極めて高いと、主観的ではなく、客観的に、私は評価されるだろう。

 

 ──それじゃあ、私は、完璧な人間だろうか。

 

 自問自答する。

 答えは『No』。私より可愛い女の子は当然いるし、私より頭が良い子、運動神経が良い子はいて、私より優れた子はそれこそ星の数ほどいる。

 全てが当然のことだ。そう、当然で、少し考えれば分かる、当たり前のこと。

 でも、ひとには、大なり小なり、これだけは絶対に他人に負けたくないってものがあると思う。それが自分の存在意義、言うなれば、自己同一性(アイデンティティ)に繋がるからだ。

 勉強でも、運動でも、容姿でも、何でも良い。

 そんな、自分の(ひい)でたもので他人に負けたとき、ひとには『悔しい』っていう感情が芽生える。その『悔しさ』をバネにして、ひとはさらに磨きをかけるわけだけれど、今はどうでも良いこと。

 全てに於いて能力が平均より上の私には、一つだけ。

 そう、たった一つだけ、大きなコンプレックスがあった。

 私は身近な誰かに負けるたび、感情が大きく揺さぶられる人間だったのだ。

 負けず嫌い、そんな言葉では言い表せないくらいに、私は、負けたことを自覚したその瞬間には、強い憤りと──深い闇に覆われた。

 小さい頃、幼稚園児や小学生のときはまだ良かった。些細なことで、周囲の人間はちやほやしてくれた。それはテストだったり、体力テストだったり、駆けっこなんてものも含まれる。

 何をやっても一番だった。クラスのヒーローであり、また、アイドルでもあった。拍車をかけたのは、私が他者を見下さず、傲慢な態度を取らなかったことだろう。結果、私の人気はクラス、学年を越えたものになった。

 けれど現実は非情だ。

 私は確かに『凡人』ではなかった。しかし、『天才』ではなかった。私が至れたのは精々が『秀才』で、そこが限界だったのだ。

 中学生になった私は、早々に、現実がどれだけ非情なものなのかを理解した。否応なく理解させられた。

 各分野で才能を開花させるひとたちに私は出会ったのだ。

 人間には必ず何らかの才能がある。それがマッチしたとき、ひとは、そのひとだけが持つ真価を発揮させる。そして、他者はそれを『天才』という(くく)りに入れるのだ。

 そしてそんな『天才』には勝つことが『凡人』には(ゆる)されない。

『天才』と戦えるのは『天才』だけ。

 勝てない相手には勝てない。それがこの世界の真理。

 だから私は逃げ道を探した。戦う土俵を変えて、自分だけの才能を見付けるために。二度と、この屈辱を味わわないために。

 誰にも負けないものが欲しい。尊敬と羨望──憧憬(しょうけい)が欲しい。

 自分は優れているのだと、優越感に酔いたい。

 そんな私はついに見付けた。

『凡人』と『天才』、その垣根が存在しないものを。

 

 ──『信頼』。

 

 それを勝ち取ることを、私は答えとした。誰よりも好かれることで、私はこの穴を埋めようとしたのだ。

 必要なことは全て行った。

 視界に入れることさえ嫌な男子と仲良くし、馬が合わない女子とも仲良くした。虐められている子に手を差し伸べ、けれど、虐めっ子は糾弾せずに、自分だけが味方ということを潜在意識に刷り込ませた。心が弱っている相手を懐柔することは造作もなかった。

 感情を押し殺し、偽りの言葉を言って、偽りの笑みを浮かべ、偽りの優しさを振り撒いた。

 もちろん、いつもがそうだったわけじゃない。

 私だって人間だ。嬉しいと思ったら素直に表現した。ただ、嫌なことを誰にも吐き出さなかっただけ。

 そうして、自然と、私は仮面を被るようになり──あまりにも呆気なく、私は再び人気者になった。さらに良いことに、その人気度合いは嘗てのものより大きかった。同級生、先輩後輩、教師、保護者、地域のひとに、見知らぬ誰か。私という人間の存在は、多くの人間に知られるようになった。

 私は歓喜に震えた。

 これだ。これこそが私が欲しかったものだと。

 その日々は幸せだった。

 私は確信する。『信頼』とは何物にも勝る美酒なのだと。

 さらに私は、その領域に足を踏み入れた。私は奥地で知った。

『信頼』というものの裏には『秘密』があるのだと。

 

 ──ひとは心の底から信頼出来る相手が出来たとき、自らの『秘密』を曝け出す。

 

 人間の精神は『秘密』の重圧に耐えられるほど頑強ではなく、その逆で、ひどく脆弱(ぜいじゃく)だからだ。だから誰かに吐き出すことで自分を保とうとする。

 私は他者の『秘密』を知りたいと思い、衝動に駆られるままに動いた。

 そして私は身近な人間の『秘密』を掌握した。

『秘密』は相手の『命』と言っても良い。私は酔い続けた。

 しかしだからと言って、幸福ばかりだったかと聞かれたらそうじゃない。

 仮面を被り続けることはとても大変で、私は多大なるストレスを抱えなければならなくなった。相手の『闇』を(じか)で触れるのだから当然だ。

 それでも私はやめなかった。いや、やめられなかったのだ。

 苦痛の先には甘美があると知っていたから。それはもしかしたら麻薬だったのかもしれない。

 

 絶え間ない苦痛と、束の間の快楽に酔いしれていたとき──

 

 

 ────『事件』が起きた。いや違う。私が起こしたのだ。

 

 

 でもそれは仕方がないよね。

 

 だって、みんなが私を拒絶したんだもん。

 

 やられたらやりかえす。先に裏切ったのはそっちなんだから、文句は言わないでね? 

 

 

 

 ──でも代償にみんなの中の『私』は存在ごと否定された。

 

 

 

 どうして、どうして、どうして──? 

 

 それを私は求めていないのに。

 

 私が求めるのは『信頼』ただそれだけ。『憎悪』はいらない。

 

 みんなから信頼される存在になるために、あの優越感を味わうために。

 

 だからあんなことは二度と繰り返さない。そう、誓った。

 

 あんな『悲劇』は起こさない。そう、誓った。

 

 完璧な『私』になろう。

 

 みんなが望む『私』に。

 

 大丈夫、次は失敗しない。

 

 私は新しい生活に胸を躍らせた。

 

 私が入学した高度育成高等学校は外部との連絡が禁止されている。

 

 だから私が『私』であることを知るものはいない。

 

 そう、思っていた。

 

 なのに、なのに、なのに────。

 

 あの日、あの時、あの瞬間、私は出会ってしまった。

 

 自分が忌み嫌う相手に。けれどそれだけだったら問題はなかった。今までのようにやれば良いだけなのだから。

 

 問題は──その人物が、私が犯した『罪』を知っていること。

 

 私が『私』であることを知っている、それだけならまだ良い。

 

 幸い、『彼』なら、こちらが刺激しなければ向こうから攻撃してくることはない。互いの『秘密』、その一端を握っているから大丈夫。彼に私の存在価値を証明し続ければ、裏切られることはない。そして私にはそれだけの能力がある。彼が言った『パートナー』という言葉。そう、確かに私たちは『パートナー』だ。だから自分の『素』を曝け出せる。他人に興味がない彼になら、ありのままの自分でいられる。

 

 でも──堀北(ほりきた)鈴音(すずね)

 

 あいつを潰さなければ、私に平穏は訪れない。

 

 そのためなら何でもやろう。

 

 

 

 たとえ仲間を裏切ってでも、私は『私』のために行動する。

 

 

読書の皆さんが思う、一学期の間に最も実力を示したDクラスの生徒は?

  • 綾小路清隆
  • 堀北鈴音
  • 平田洋介
  • 櫛田桔梗
  • 須藤健
  • 松下千秋
  • 王美雨
  • 池寛治
  • 山内春樹
  • 高円寺六助
  • 軽井沢恵
  • 佐倉愛里
  • 上記以外の生徒
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