ようこそ事なかれ主義者の教室へ   作:Sakiru

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干支試験──『王』の宣戦布告

 

 高度育成高等学校に入学したのが四月。

 一ヶ月後、新入生は各クラスの担任から、異色を放つ学校の理念──『実力至上主義』を聞かされた。そして『クラス闘争』に身を投じることとなる。

 月日は巡り──現在は八月。クラス闘争は長期休暇なのにも関わらず豪華客船上で繰り広げられていた。

 

 龍園(りゅうえん)(かける)が当初クラス闘争に抱いた感想は──()()()()()、というものだった。

 

 学校のシステムに……ではない。そこにコミュニティーがある以上、そしてそれが二つ以上ある以上、他者との競い合い、蹴落とし合いは避けられない。

 これは生物としての本能だ。

 誰もが争いたくない、相手を傷つけたくないと口にしながら……しかし、誰もが戦いに臨む。

 どんなに巧みに言葉を繕ったところで、この事実は隠せない。人間はいつも矛盾を抱えている。

 そのように考える龍園だからこそ、自分の存在価値に優劣を付けるクラス闘争は好ましかった。

 彼は捕食者だ。

 入学した時から『違和感』はあり、『何か』が起こることは容易に想像出来た。

 

 ──五月、龍園は歓喜に震えた。

 

 運営が『殺し合い』を容認する声明を発表したのだ。

 龍園は寮の自分の部屋で大声を出し、腹を抱えて笑った。これまでとは違い、大々的に、派手に、(たの)しめると。

 しかしその身を焦がすような()は数週間もすれば冷めてしまった。

 端的に言えば彼は落胆したのだ。

 一年Cクラスの『王』として即位した時、彼は自陣の強化よりも『敵』の情報収集に心血を注いだ。

 

 ──何故か。

 

 理由は至ってシンプル。

 龍園翔という男に一之瀬(いちのせ)帆波(ほなみ)のような天賦(てんぶ)の才……ひとを惹き付ける『カリスマ』など持ち合わせてないからだ。

 ましてや龍園が即位した方法は(おおやけ)に出来るものではなかった。奇襲や脅迫など、それこそあらゆる手を使い、彼は即位した。

 ゆえに、『こいつは何をするのか分からない』という『恐怖心』を深層意識にまで刷り込ませた。

 恐怖政治、あるいは、独裁政治に効果があるのは歴史が証明している。

 暴君が断頭台に登ったのは、欲に動かされた愚か者が『加減』を間違えたからだ。

 ならば、匙加減(さじかげん)を間違えなければ良い、ただそれだけの話。

 クラスメイトからしたら意味不明だっただろう。

 龍園は他クラスの情報収集と同時に、もう一つ、あることを行っていた。

 即ち──使()()()()()()

『王』に協力する者、あるいは、異を唱える者。後者ならさらに良い。

 主体的に『行動』することが出来るか否か。そして戦力に値するか否か。

 期限は五月いっぱい。

 龍園は『駒』の選定を密かに行っていた。

 はたして、選ばれた者は──少ないが居た。

 まず……『王』の真意に気付き、即位直後にコンタクトをとってきた金田(かねだ)(さとる)。彼は龍園相手にも臆することなく、自分の価値を()いてみせた。龍園は喜んで彼を『知将』として招き入れた。

 しかし龍園の計画はここで少々綻びが生まれる。

 以後、金田のように『龍園の真意に気付いたうえで近付いてきた者』が居なかったのだ。

 それもそのはず。

 Cクラスの生徒は身体能力が高い者は多かったのだが、頭脳面で優れた者はあまり居なかったのだ。

 龍園は現代日本の『学歴社会』を本心から馬鹿にしていたが、流石に、これには慌てた。

 ある程度の教養……知性は必要だからだ。馬鹿では『勝つ』ことは出来ない。

 結局のところ、()()()()()は現れなかった。

 が、しかし。龍園の内心の僅かな焦りとは別に『駒』に相応しい者は続々と出現し始めていた。伊吹(いぶき)(みお)山田(やまだ)アルベルト、石崎(いしざき)といった生徒たちだ。龍園は彼らを『駒』として活用することを決めた。特に気に入ったのは伊吹だった。

 並行して行っていた本来の目的である情報収集は確実な成果を出していた。実力者がすぐに表舞台に姿を現していたからだ。また、『駒』たちが初仕事ということで張り切って──若干一名面倒臭さを隠そうともしなかった不届き者が居たが──集めたということもある。

 あらかた『敵』の情報を入手したところで──龍園は落胆した。

 失望、とも言い換えることが出来るかもしれない。

『王』の『敵』として相応しい相手が全くもって居なかったからだ。

 唯一、自分が『負けるかもしれない』と思わせられたのは、一年Aクラス、坂柳(さかやなぎ)有栖(ありす)のみ。

 他の人間では相手にもならない。

 龍園にとってはその唯一の『敵』ですら、自分が喰らう光景が想起された。

 とはいえ、嘗て伊吹たちに語ったように手こずるだろう。むしろ最初は倒される可能性の方が高いと冷静に分析もしている。

()()()()()()

 勝てない相手では断じてない。

 最初こそ敗れるだろうが、最後に勝つのは自分だ。

 本当の実力とは──最後の最後に勝ち、立っていること。そして敗者を見下ろすことだ。

 過程は関係ない。

 兎にも角にも、失望した龍園は一つの決断をした。

 すなわち、これ以上の参謀は必要ないというものだ。

 不確定な情報があるのは否めないが、『脅威』には値しないと判断したのだ。

 そこでようやく、『王』は自陣に目を向ける。

 既に分かっていたことだったが、Cクラスは身体能力が優れた者が多かった。何かしらの武術を習っていた生徒が多く、そうでなくても、腕っ節が強い。

 だが決定的なまでに、学力に拘っては駄目だった。

 A、Bクラスはもちろんのこと……不良品と蔑まれているDクラスにすら劣っているだろう。

 これは完全に龍園の想像だが……学校側はある程度の『法則性』を初期のクラス編成に組み込んでいるのではないだろうか。

 Aクラスは平均潜在性が高く、Bクラスは協調性が高く、Cクラスは身体能力が高く、そしてDクラスは尖っているものがあるが、それを打ち消すほどの欠陥がある。

 この考えが正しければ、ことCクラスはクラス闘争に不向きだと言わざるを得ないだろう。

 学生の本分は──龍園はそんなことは露ほども思っていないが──勉学に勤しむことだ。

 高度育成高等学校では、定期的に行われる試験で、一科目、一点でもボーダーラインを下回ったら即退学になる。

 そして試験結果が数ある査定項目、その中でも重要なものなのは明らかだろう。

 だがそれは通常のやり方ならの話。救済措置なのかこの学校にはいくつか『裏道』が用意されている。

 ……尤も、安易に『裏道』を通ることは出来ないが。

 龍園は四月下旬に行われた小テストを参考にして、現段階でのCクラスの学力を測った。

 そこで殊更に目を引いたのは二人の生徒。

 一人目は『知将』として招き入れた金田悟。

 もう一人が──椎名(しいな)ひよりだ。

 小テストの結果では、椎名は金田よりも高い点数をとっていたのだ。

 小テストの問題は中学生でも解ける初歩的な問題ばかりで構成されていたが、数問は応用問題で、普通の高校一年生では解けない難問だった。

『王』の計画では、金田、椎名、そして自身を入れた三人で『頭』を担うはずだったのだ。だが待てど暮らせど彼女は龍園に何も接触してこなかった。

 彼女が『王』の真意に気付かなかった……という線はないと龍園は考え、彼は椎名の情報を集めた。

 入手した情報は以下の通りだった。

 まず一つ目。彼女は争いを忌避(きひ)する人種である、ということ。これは業を煮やした龍園自身が直で確かめたので間違いない。

 椎名は龍園にこのように言った。

 

『クラスメイトとして最低限の協力は約束しますが、私が自主的に参加することはまずありません。お互い、不干渉でいた方が良いでしょう』

 

 甚だしいことに、彼女の言葉は正しかった。

 二つ目。コミュニケーションに問題がある、ということ。彼女は他者との触れ合いに興味がなく、また、その必要性を感じていなかった。これは普段の生活を観察すればすぐに露呈した。休み時間は自分の席で黙々と読書に没頭し、授業で行われるグループワークの際も必要最低限しか話さない。部活は茶道部に所属しているようだが、それも毎日あるわけではなく、部活が無い日は図書室にこもっている。

 

 ──彼女の興味は趣味である読書に注がれている。『味方』にもならないが、『敵』にもならない。

 

 この結論をだし、龍園は椎名を諦めることにした。

 彼女の優れた知性は素晴らしく是非とも欲しいが、それ以上に問題点もある。何よりも、戦う意思がない人間がいたら士気に関わってくる。

 ……だがしかし、そんな彼女だったが、石崎が持ってきた情報によると、一人だけ……そう、たった一人だけ、心を開いている相手がいるようだった。

 

 それこそが────。

 

 

 

§

 

 

 

「それで龍園くん、きみは何をしたいんだい?」

 

 俺の前に立つ、一年Dクラスの平田(ひらた)洋介(ようすけ)という男が、張り詰めた空気の中、にこやかに笑いながら、そう、尋ねてきた。

 

「質問の意味がわからないな」

 

「うーん……なら、もっと単刀直入に聞こうか。ぞろぞろとCクラスのひとたちを大衆の目に晒しやすい場所に集めて、僕たちを誘い出して、きみの目的は何だい?」

 

 豪華客船は全九階層と屋上に分けられている。地上五階、地下四階だ。

 一階はラウンジや宴会用のフロアとなり、屋上にはカフェやプールがある。

 二階は今回の干支試験の開催場。

 三階から五階は客室が用意されており、今回は俺たち、高度育成高等学校の一年生がその身分となっている。三階が男性、四階が女性となっており、これは教師や学校関係者も例外ではない。ただし異性の階に行ってはならない、というルールは定められていない。強いて言うなら、深夜零時から午前六時間の滞在及び立ち入りが禁止されている。咎められた場合、一回目は注意、二回目はプライベートポイントの徴収、三回目はクラスポイントが引かれると言った具合に、行為を重ねる毎に重い罰が与えられる。

 地下一階から三階はカラオケや舞台などの娯楽施設。また、簡易的だが図書館やスポーツジムが設置されている。

 地下四階は禁止エリアとなっている。

 そして現在、場所は一階、ラウンジ。

 俺は平田の言葉を鼻で笑った。

 

「ここは公共の場だぜ。ましてや俺たちは誰にも迷惑は掛けていない。突っかかられる(いわ)れはないはずだ」

 

 ラウンジは二四時間利用可能だ。深夜の時間での利用は極力控えるように通達されているが、現在時刻は十五時を少し過ぎたあたり。

 咎められる筋合いは何もない。

 すると平田は、

 

「気分を害したなら謝るよ」

 

 ごめんねと奴は頭を下げたが、そんな気がないことは俺からしたら丸わかりだ。

 他の奴ら……特に馬鹿な女子どもは騙されているようだがな。

 

「でも龍園くん、自己弁護するけれど、僕がこう思うのも仕方がないと思うんだ」

 

「ククッ、ほんとに言い訳しやがる」

 

 平田洋介という男を、これまで俺は『つまらない男』と評価していた。

 奴の在り方が滑稽の一言に尽きるからだ。

 自分の『理想』に酔いしれることが出来たなら、こいつは、こうも『面白い男』に変貌しなかっただろう。

 だがそれがどうだろう。

 結果として、目の前の男は()ちつつある。

 

「まあ、お前がそう思うのも無理はねえか。なに、たまにはクラスメイトと親睦を深めようと思ってな」

 

「──時間が勿体ない。話は手短にしろ」

 

 会話に割り込んできたのは平田の半歩後ろにいた一人の男。

 一年Aクラス所属、葛城(かつらぎ)康平(こうへい)だ。眉間に皺を寄せて目を細めている。

 俺は薄く笑い、静かにラウンジを見渡した。

 広大な空間は二分化されていた。

 東側に俺たちCクラス、総勢四十名。

 西側に他クラスの生徒。数は多すぎて分からないが、一年生の半分は居るだろう。殆どは雑魚で烏合の衆。不遜にも俺の前に居るのは平田、葛城の二人だけ。

 俺は葛城に言った。

 

「まあ、待てよ。役者がまだ揃っていない」

 

「役者だと?」

 

「ああ。……おっと、来たようだぜ」

 

 壁を突き破り、現れたのは一人の女。

 一年Bクラス、一之瀬帆波だ。

 奴はいつもの憎たらしい笑顔で俺たちに近付く。

 

「ありゃりゃ、これは完全に出遅れたかな?」

 

「そうでもないぜ」

 

「……なるほど、確かに役者不足だったな」

 

 葛城はそう言うが、

 

「何を言ってやがる。まだ揃っていないだろうが」

 

「貴様こそ何を言っている。お前は誰を求めている?」

 

「分からないのか?」

 

 嘲りの眼差しを送ると、葛城はさらに顔を顰めた。

 すると一之瀬が「あっ」と声を上げた。

 

「堀北さんとか?」

 

「いや、堀北さんは龍園くんの誘いに乗らなかったんだ」

 

「あれ、そうなんだ?」

 

「グループディスカッションが終わってすぐに、龍園くんは『面白いものを見せてやる』と言って、僕を含めた竜グループの生徒に言ったんだ。けれど堀北さんは『興味がないわ』と言って帰っちゃってね」

 

 平田の説明に一之瀬は「なるほどねー」と頷く。

 

「なら龍園くんは誰を待ってるの?」

 

 俺は質問してきた一之瀬ではなく、元々の質問者に顔を向けた。

 

「葛城、坂柳を呼べ」

 

「何だと……?」

 

 坂柳の名前が出た瞬間、葛城の警戒度は臨界点を超えたようだった。

 

「何故彼女に電話をする必要がある?」

 

「良いから早くしろ。時間がもったいないぜ」

 

 そう言っても、葛城は微塵も動かなかった。

 同時に確信する。

 この男では坂柳には到底勝てないだろう。天地がひっくり返っても有り得ないな。

 坂柳有栖が『女王』として君臨する光景が目に浮かぶ。

 と、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そして俺はさらにもう一つ、別のことを確信した。

 

「なら、私がするね」

 

「それは構わねえが、なんだ、お前は坂柳の連絡先すらも知っているのか」

 

「うん、そうだけど」

 

「ククッ、フハハハハハハハハッ!」

 

 俺は笑った。

 ありったけの嘲笑を込めて、馬鹿な女を見下す。

 

「理解出来ないな。Aクラスはお前……いや、お前らBクラスからした『宿敵』だろうに」

 

 煽っても電話番号を打つ手は止まらない。

 

「うぅーん、それはそうなんだけど。龍園くん、きみが正しいのは分かるよ。けれどたかが連絡先一つで勝敗は変わらないんじゃないかなあ」

 

「かもしれないな。だがお前のやり方だと辛いだけだぜ」

 

 一之瀬は俺の言葉を最後まで聞き入れることなく、携帯を操作し続けた。

 そして番号を打ち終えたのだろう。指を止め、ここで初めて俺に顔を向ける。

 

「掛けるよ」

 

「早くしろ」

 

 それがひとにものを頼む態度なのかなぁ、と不満を言ってから、彼女はコールボタンをタップした。

 スピーカーモード、さらには、音量を最大値にしているようで、旋律はシンとした静寂を包み、この場に居る全員が携帯から漏れ出るメロディを聴いた。

 数秒後、一筋のノイズがザザっと音を立て、空間を走り抜ける。

 

『こんにちは』

 

 それは、何てことない普通の挨拶。

 俺は口元を歪ませた。

 この声音、そして、画面越しからでも伝わってくる重圧。

 間違いなく、一年A組所属の坂柳有栖だ。

 

「もしもし、坂柳さん?」

 

『聞こえていますよ、一之瀬さん』

 

「急に掛けてごめんね。いま時間貰っても良いかな?」

 

『大丈夫ですよ』

 

 一之瀬たちは一言二言言葉を交わす。それはあまりにもありふれた上辺だけの言葉だ。女どもの闇は深いからなぁ、と俺は茶番劇を最後まで見る。

 

『──さて、挨拶はこの辺りにしましょうか。私を招いたのは一之瀬さんではないのですから』

 

「あれ、分かるんだ?」

 

『ふふ、主催者に挨拶をしないのは無礼というもの。そうでしょう?』

 

 一之瀬が無言で携帯を渡してくる。

 俺は受け取り、それを近くのテーブルに置いた。そのまま椅子に座る。

 

「よう、坂柳」

 

『おやおや。ある程度予想はしていましたが……やはりあなたでしたか。──こんにちは、龍園くん』

 

「学校に独りで残り、戦いに参加出来ない気分はどうだ?」

 

 先制攻撃を込めて煽ると、返ってくるのは控えめな笑い声。

 

『そうですねえ、退屈で退屈で仕方がないですよ。学校もないですし、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ククッ、そうか。それは残念だなあ」

 

『ええ、ええ。とても残念です。ただそうは言っても、頼めば介助者がついてくれるのですが。いつも埋まっている図書館の席をいまは使えるので嬉しいですね』

 

「あ? 何を言ってやがる?」

 

『いえいえ、ただの雑談です』

 

 後半の部分は何を言っているのか俺には分からなかった。いや、ある程度は推測出来るが、それに何の意味があるのかが分からない、といった方が正しい。

 それはまるで、俺ではない誰かに聞かせているような、そんな物言いだ。

 だがそれは俺の知ったことではない。

 さらに俺は仕掛ける。

 

「お前の居ないAクラスは雑魚だな。相手にもなりはしない」

 

「……」

 

「代行リーダーは事実だからか言葉も出ないようだぜ」

 

 眉間に皺を寄せている葛城は、しかし、それ以上のことは出来ない。

 彼には乱入する『資格』がないからだ。辛うじて、この愉快なパーティーに出席出来るだけ。

 とはいえ、実はそれとは別に理由があるからだが。

 

『葛城くんは分別がついていますからね、余計な行動はしないのですよ』

 

「ククッ、それがクラスメイトに対する態度かよ。慰めたりはしないのか?」

 

『しかし龍園くん、私が仮に彼を庇ったとしても、彼は私に感謝はしないでしょう。ましてや、彼の私に対する感情はもっと黒くなるでしょう』

 

「好戦的なお前らしくないな」

 

『ふふふ、私は確かにそのような性格ですが。しかし、無駄なことはしないのです』

 

 言外に、葛城如きにリソースを割くのは勿体ないと告げる。

『攻撃』の坂柳と、『防御』の葛城。

 二人が相容れないのは当然のことだ。奴らは最後まで歩調を合わせることは出来ないだろう。

 そこがAクラスの弱点だった。

 だがその晒された部分は塞ぎつつある。

 派閥争いはもうじき終わり、すぐに『女王』が君臨するだろう。王は君臨すれども統治せず、そんな言葉は俺たちには当てはまらない。

 

「坂柳、無人島試験の結果は耳に入れているな?」

 

『もちろん。私たちAクラスは惨敗したことを、私はよく知っています』

 

「ほほう……感心なことだ。てっきり自分が居れば無様を晒すことはなかったと……そう喚くものだと思っていたぜ」

 

 すると坂柳は可笑(おか)しそうに笑った。

 

『面白いことを仰りますね』

 

「なんだ違うのか?」

 

『ふふ、さあ……。私は無人島試験の概要と、過程と、そして結末。それらをクラスの皆さんから教えて貰いました。ですが私はそれを伝えて貰っただけ。それだけなのです』

 

「それもそうだな。『IF(もしも)』の話をしても意味がない。事実として、お前たちは負けた」

 

『おやおや、しかし龍園くん。確かに私たちは負けましたが、それはあなたにも言えることでは?』

 

 上辺だけの言葉を交わす。

 この会話に意味はない。

 ただの時間潰し、あるいは、これも『選定』だ。

 

「ほざけよ。あんな試験、真面目に取り組む奴の方が負けだというものだ」

 

「──ということは、今回は違うと?」

 

 今まで沈黙していた平田がここで開口する。

 当然、突然のことに坂柳は疑問の声を上げた。

 

『聞き覚えがない声ですね。どちら様ですか?』

 

「これは失礼。はじめまして、僕は一年D組の平田洋介だよ」

 

『ああ……あなたが平田くんですか。はじめまして、私は一年Aクラスの坂柳有栖と申します。あなたのご活躍は私の元にも届いています。そうですね──さながらあなたは『先導者』と言ったところでしょうか』

 

「そう言われると嬉しいかな。ありがとう」

 

 平田はにこりと(いびつ)に笑った。

 その顔のまま、彼は嘆願した。

 

「坂柳さん、僕も話に交ざって良いかな?」

 

『もちろんです。平田くんとは機会があればお話したいと思っていましたから』

 

「なら私も良いかな?」

 

 一之瀬の質問に坂柳は笑いながら即答した。

 彼女は機嫌が良さそうに、このように言う。

 

『感慨深いものですね……まさかこのようにして、各クラスの代表者が集まるとは。嗚呼……いまこの時ほど、旅行に参加出来なかったことが悔やまれて仕方がありません』

 

「うんうん、それは私もかなあ。壮観だね」

 

 見れば、既にラウンジの外にまで、生徒は集まっているようだった。

 一年生の九割は居るだろうか。

 俺は目だけ動かして『奴』が居るのを確認する。甚だしいことに『奴』は俺が嫌ってやまない雑魚の中に身を隠していた。

 そして俺はこの時を待っていた。

 俺はおもむろに椅子から腰を離し、静かに『敵』を一瞥する。それから俺はクラスに合流し、背後に控えさせた。

 気分が最高潮に達する。

 

「俺たちCクラスは全クラスに対して宣戦布告する」

 

 この瞬間、俺はこの場を完全に支配した。

 

「「「……ッ!?」」」

 

 数秒を掛け、遅れて爆発する衝撃。

 これまで俺たち一年生は面と向かってこのやり取りをして来なかった。

 だがそれは俺の望むことではない。意図して避けるのなら、強引にでも巻き込んでやる。

 啖呵を切る俺に一人の女が、不意に。

 

『ふふ、ふふふふふふっ』

 

 坂柳が笑う。奴の本当の笑い声は純粋さと、愉快さと、そして多くの狂気を孕んでいた。

 

『あなたでは無理ですよ、龍園くん。いいえ、あなただけではありません。葛城くんも、一之瀬さんも、平田くんも──()()()()()()()()()()()()()辿()()()()()()

 

「それはやってみないと分からないんじゃないかな」

 

『いいえ、分かりますとも。あなたたちでは『至高』の領域、その末端すら拝めないでしょう』

 

 一之瀬の言葉を、坂柳は両断する。

 さらに奴は続けて言った。

 

『人間の成長とは恐ろしいものですが、いまの速度では致命的なまでに遅い。それはこの状況が物語っています。たった一人の嘘吐きすら看破出来ないとは、高がしれていますね』

 

「なら坂柳さん。きみは違うと?」

 

『ええ、当然です。私は干支試験の根幹に、既に辿り着いています』

 

「ならどうしてクラスに共有しないんだい? きみの言葉をそのまま信じるなら、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 平田の鋭い指摘。

 前回の特別試験でAクラスは悲惨な目に遭った。

 勝利方法が分かっているのなら、この絶好の機会を活かさない手はない。ましてやここで坂柳がクラス闘争に貢献したら、Aクラスの派閥争いは奴の勝利で終わる。

 

『如何にも、現在、私はこの試験の結末を大きく変えられます』

 

「じゃあどうして?」

 

『決まっていますよ、一之瀬さん。私は参加者ではないからです。私は前回も、そして今回も部外者なのですから』

 

「それじゃあ坂柳さんは何もしないの? 動かないの? たとえそれで負けることになっても?」

 

『ええ、はい』

 

「……理解出来ないな」

 

 平田の呟きに坂柳はくすりと笑ったようだった。

 

『そうですね。この中で私に共感してくれるのは龍園くんだけでしょう』

 

 非常に腹立たしいことにな、という言葉を俺は呑み込んだ。

 

『お話はこれで終わりでしょうか?』

 

「ああ」

 

『では、電話を切らせて頂きますね。それではみなさん、ご機嫌よう。どうか私を楽しませて下さいね』

 

 ブツン、とノイズが響いた。そしてツー、ツーという音が何度も鳴る。

 ああ……本当に苛立つ。

 だが──面白い。

 俺は無言で携帯を一之瀬に渡す。礼は言わないし、奴も期待していない。

 葛城、一之瀬、平田、そして俺の四人は視線を交錯させ、足を別々の方向に向けた。

 俺と葛城がほぼ同時に動き出し、ラウンジから出る。一之瀬と平田は残るようだ。B、Dクラスは同盟関係を結んでいるから話し合いでもするのだろう。

 

「龍園さん、ちょっと待って下さい!」

 

 背後から数十人の足音。俺の配下たちだ。

 

「坂柳のあの発言、あれをどう受け止めますか!?」

 

 石崎が焦りの顔で尋ねてくる。

 他の配下たちも同様だ。不快なことに動揺してやがる。

 干支試験の根幹に辿り着いたという、奴の言葉を鵜呑みにしているのだろう。奴の気紛れで試験が一転することを恐れている。

 だが──。

 

「安心しろ、奴には何も出来ない」

 

「で、ですが!」

 

「なら奴が気紛れを起こす前に勝負をつければ良い。違うか」

 

「そ、そうですが……」

 

 これだけ言葉を尽くしても、石崎をはじめとしたクラスメイトは不安を拭えないようだった。 

 

「チッ、仕方ねえ。一度しか言わねえからよく聞け」

 

 俺は黙考してから、おもむろに唇を動かす。

 説得材料となるものは多くある。それらを一つずつ丁寧に伝える。

 話を聞き終えた配下たちは納得し安堵の表情を浮かべた。

 俺は獰猛に嗤い、

 

「今晩で片をつける。出来るな?」

 

 呼応し、すっと目の前に現れたのは二人の生徒。

 配下たちがどよめくの中、Cクラスの『頭』を担う者たちは俺を見つめる。

 一人は『知将』である金田悟。彼は眼鏡を掛け直し、

 

「当然ですよ、龍園氏」

 

 にやりと笑った。俺はその答えに満足する。

 そしてもう一人は──

 

「お前にも期待しているぜ?」

 

 ──椎名ひよりは静かに頷いた。

 

読書の皆さんが思う、一学期の間に最も実力を示したDクラスの生徒は?

  • 綾小路清隆
  • 堀北鈴音
  • 平田洋介
  • 櫛田桔梗
  • 須藤健
  • 松下千秋
  • 王美雨
  • 池寛治
  • 山内春樹
  • 高円寺六助
  • 軽井沢恵
  • 佐倉愛里
  • 上記以外の生徒

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