一年生が高度育成高等学校に入学してから、もう少しで二週間が経とうとしていた。そしてたったそれだけの数日でクラス内でのグループも完璧に構築されてゆき、必然的にクラス内での『身分』も決まってくる。
一年Dクラスも独自のカースト制度が既に作られていた。
男子の頂点はやはりというか、
その反対に女子は入学当初からグループ作りに
その理由は、女性には圧倒的に『力』がないからだろう。自分を守る手段が男性よりもかなり限られている。故に、女性は群れる。自分の身をより安全なものにするために。
一年クラスの女子生徒はおよそ二十人だが、その中でも四つの勢力に分けられている。もちろん、勢力同士の付き合いはある。あるが──互いに
しかしそんな群れることに拘っている女子にも例外はもちろん存在しており、独りで居ることを好む生徒も居る。例を挙げるのなら、
逆に全勢力に発言力をもつ生徒も居る。
ここで面白いのが、櫛田という人間は男女問わずに人気なところか。異性に人気が出たら反比例のように同性からは妬まれ不人気になるというのがオレの見解なのだが、彼女はそうなっていない。平田でさえ男子の一部分からは嫌われている──特に池や山内から──というのに……コミュニケーション能力の具現化だな。
さてオレはいうと、なんとも微妙な立ち位置に足を乗せていた。堀北のようなぼっちではないのだが……。
友達も一応は出来た。
しかし深い付き合いではない。もちろん他の生徒よりは深いだろうが、放課後に遊ぶわけでもない。須藤は部活で多忙の毎日だし、池や山内は、他の男子生徒と遊べなかった時にオレを誘うといったような感じだ。ただここで言いたいのは、オレは別段、それに怒りを抱いていない、ということだ。
ある程度の付き合いが出来ればオレとしてはそれで構わず、入学初日にオレ自身が堀北に言った言葉がそのまま反映されている証でもあるだろう。
……とまあ、クラス内では影が薄い男子生徒Aになりつつあるオレだが、放課後になるとそれは少々変わってくる。
この学校で最も長く、そして深い間柄になりつつある
──そしてオレは、この放課後を気に入っていた。
ある日の夜。寮の自分の部屋でベッドの上に寝転がりながら読書に没頭していたオレは、各部屋に設けられている電話の電子音によって動作を中断せざるを得なかった。
携帯端末が学校側から支給されているオレたちにとって、この電話を使う必要性は皆無に等しい。しかしそれは生徒にとってであり、学校側……特に寮の管理人にとっては違うだろう。例えば、夜中に大音量で音楽を聴くようなものなら隣室生徒からの苦情がフロントに届き……最終的に管理人がそれを伝えてくる。
受話器を取ると、案の定管理人の声が漏れてきた。
「こんばんは。
「いえ、それは大丈夫ですが……。用件は何でしょうか?」
「クラスメイトの櫛田さんが
思いもしなかった名前の登場に、オレは眉間に皺を寄せてしまった。
彼女の用件は、今日学校から出された課題についての話し合い。しかし今日、オレの思い違いでなければそのような課題は出されていない。
となると、管理人が言ったことは彼女が嘘を吐いたもの──『表の理由』だと考えられる。
「分かりました。彼女に繋いで貰って良いですか?」
「少々時間が掛かりますのでお待ち下さい」
待つこと数秒。
プツン! 回線が変わったのがその音から伝わった。
「もしもし、こんばんは。私、櫛田桔梗です」
「……綾小路だ。どうかしたか?」
「夜遅くに本当にごめんね? 綾小路くんとどうしても相談したいことがあって……」
「相談?」
「簡潔に言うね。──私、堀北さんと友達になりたいんだっ」
友達、か。
対面しているわけでは無いので確証は持てない。だが受話器越しに聞こえてくる櫛田の声は切実で、本当にそう思っているのが窺えた。
「お前の気持ちは分かる。実際、今なお堀北に声を掛けているのはこの二週間でお前だけだからな。まぁ最近は、あいつから敵対表明されたから様子見をしているみたいだけど」
「うん、そうなんだ。……でね、やっぱりどうしても彼女と友達になりたくて」
「……どうしてだ? これは隣人からの意見だが、あいつは独りを好むタイプなんだと思う。つまり、あいつは独りでもこの先生きていける。どうしてそこまで必死に──」
「笑っているところ、見たことある?」
オレの言葉を遮って、櫛田は強い口調でそう聞いてきた。
どうやらこの質問はかなり真面目なものらしい。
この二週間を振り返る。
「いや。見たことないな」
「でしょう? その、友達が居ないとやっぱり楽しくないと思うんだ」
「確かにそれは一理ある。だがさっきも言ったけど、堀北自身はそれを望んでいない。櫛田、それは優しさじゃなくてただの
「……」
櫛田の努力はオレだって知っているし、認めたいとも思う。だが──行き過ぎた好意はやがて相手を傷付ける。
そして堀北はこの前、彼女に対してハッキリと拒絶した。拒絶されたから、彼女はここ数日行動に移せなかった。
「次、何されるか分からないぞ。あいつの性格上、正面から
「覚悟ならあるよ」
まさかの即答に、オレは面食らってしまう。
正直オレは、かなりキツいことを言った覚えがある。そして普通ならどのような返答をするにせよ迷うものだ。
だが、櫛田はオレの想像を軽々と打ち破った。
「綾小路くん。どうすれば良いかな? ううん、回りくどいことはやめるね。──協力、してくれるかな?」
櫛田は余程勇気を出しているのだろう。声は震えているし、緊張さが伝わってきた。
同時に彼女は期待しているようだ。オレが協力してくれたらあるいは──そう考えているのだろう。
オレは目を伏せて黙考した。
歩み寄ろうとする櫛田と、それを拒絶する堀北。
オレは「櫛田」と彼女の名前を呼んでから、自身が出した答えを口にした。
「それは無理だ」
一瞬の静寂。
「……どうしてなのか、理由を聞いても良い?」
「先に言わせて貰うと、櫛田の頑張りは凄いと思うし、応援もしたい。ただ……悪いな。事なかれ主義のオレからしたら動きたくはないんだ」
巻き込まれたくないのだと暗に伝える。そしてそんなオレの意思を、櫛田は感じ取る。
「そっか……うん。分かったよ……。──あっ、もうこんな時間。電話切るね?」
「ああ。助けになれなくて悪いな」
「ううん。むしろ謝るのは私の方だよ。ごめんね、急にこんな話しちゃって」
「いいや、それは大丈夫だ。……断っておいてなんだが、機会がもしあれば報告する」
「ううん、それだけでも助かるよ。じゃあ綾小路くん、また明日」
「また明日」
ブツン! 回線が途絶える音が鼓膜に反響した。
受話器を定位置に戻し、オレはベッドの上に寝転がる。
我ながら最低だ。だが、後悔はない。
オレが櫛田の要請を断ったのは、事なかれ主義なんてふざけたもの以外にも当然ある。
まず一つ目として、彼女の行動に違和感を覚えたからだ。堀北と友達になりたい、その想いが強いのは彼女の行動力から理解出来る。
しかしここで疑問が生まれるのだ。
櫛田桔梗はどうしてそんなにも必死なのか、という疑問だ。
本当に友達になりたいのなら、もっと手はあるはずだ。そもそもたった二週間で距離を一気に縮めるなんて無理にも程がある。普通ならここは、多くの時間を共有することで少しずつ互いのことを知っていくのが定石だろう。友達が少ないオレでも分かるのだ、それは彼女も分かっているはずだ。
事実、一年Dクラスには佐倉愛里というコミュニケーションに些か問題がある生徒が居るのだが、彼女は堀北みたいな強行策で佐倉に近付いていない。
二つ目だが、これは堀北との約束だから。他人が他人の交友関係に首を突っ込むなど、礼儀知らずにも程があるだろう。
まあ、結局は、全てが事なかれ主義として直結するのだが。
「ぎゃははははははは! ばっかお前、それ面白すぎだって!」
翌日。二時限目の数学の授業。
今日も池の笑い声が教室に大きく響いていた。話し相手は山内で、彼もまた池に勝るとも劣らない笑い声を上げている。入学してから早速、池、山内、そして須藤を加えて一つの
「ねえねえ、今日カラオケ行かない? 昨日知ったんだけど、最新曲が入ったんだって!」「それマジ? 行く行く〜!」
とはいえ、騒いでいるのは何も池たちだけでは無い。彼らの近くでは女子のあるグループが放課後の予定を話し合っている。揃いも揃って授業に必要な道具すら出していない。
「あなたは程々真面目に受けているのね。事なかれ主義のあなたらしいわ」
板書に書かれた図柄をノートに写していると、隣の住人から声をかけられた。堀北だ。珍しい事もあるものだと思いつつ、小声で答える。
「……まあ、流石にな。テストで赤点取りたくない」
赤点取った時の罰則が何かはまだ言われていないが、自分から面倒事に突っ込むのはあまりにも愚行だ。
そんなオレに、堀北は呆れたようにため息を吐く。
「もっと向上心とかないのかしら? 例えば学年で一位を取ってみせるとか……」
「ないな。そもそも、大半の高校生はそうじゃないか?」
「……否定しきれないのが憎たらしいわね」
これ以上の無駄話は授業に支障を来すと判断して、お互いシャープペンシルを握る。
ふわあ……それにしても退屈だ。一回くらいは居眠りしても良いんじゃないだろうか?
「うーっす」
授業の後半に差し掛かったところで、三バカトリオ最後の一員である須藤が登場する。
彼の斜め右前の席の佐倉がビクン! と肩を震わせる。気性が大人しい彼女からしたら最も敬遠する人種だろうから当たり前の反応か。
「おせーよ、須藤。昼飯、一緒に食いに行くだろ?」
池が山内との会話を一時中断して、須藤に声を掛けた。池と須藤の席の距離はかなり離れている。完全に授業妨害だ。
だが、数学教師は注意をすることはない。それどころか目もくれない。他の教師もまったく同じで、生徒の暴挙を黙認し、授業を続ける。
こんな日々が、授業初日からDクラスでは続いていた。
私語も、居眠りも、遅刻ですらも──そのすべてが黙認されている。
「……不気味だな……」
「何か言ったかしら?」
「いいや、なんでもない」
「そう」
オレの呟き声に堀北は反応するが、すぐに授業へと意識を戻した。
制服のポケットに入っている携帯端末が軽く振動した。男子の一部で作ったグループチャットから連絡が届いている。送り主は池だった。どうやら、昼飯にオレも呼ばれたらしい。
主催者を遠目に見て、了解の旨を告げるため軽く頷く。だが彼は首を横に振った。ある方角を指し示し……そこには須藤の姿がある。
どうやら、オレを誘ってくれた本当の友人は須藤のようだった。
須藤は授業への態度こそ悪いが、バスケットボールに対する想いは本物だ。一度誘われ、部活見学をしたからそれは間違いなかった。
──このクラスで一番仲が良いのは須藤なのかもしれないな。
個別チャットで彼に礼を告げてから、端末をポケットに入れる……前に、また軽く振動した。
「あなたの友達はどれだけ暇なのかしら」
「さぁな」
堀北からの皮肉を受け流し、再びアプリを起動。
「マジか……もう彼女出来たのか。流石はリア充だな」
池の提示した情報によると、何でも、平田と軽井沢が付き合っているらしい。
これで女子のカースト順位の争奪戦も終わるだろうな。平田と付き合う軽井沢が晴れて女王として君臨するわけだ。
でも意外だな。平田はクラスメイトを『平等』に扱っている。そんな彼が誰かと付き合い始めるなんて、正直なところ予想出来なかった。
クイーン軽井沢の印象を語ると、櫛田が今どきの女子高生なのに対して、彼女は今どきのギャルと言ったところか。オレみたいな恋愛ビギナーからは
きっと中学時代も平田のようなイケメンを沢山食ってきたんだろうな。それでやることやったらポロッと捨てていそうだ。いや、それは流石に
だがな、軽井沢。オレはまだ覚えているからな。平田とのファーストコンタクトを邪魔したことを。
「その顔、止めたら? 見るに
「そんなにか?」
「ええ。鏡で見る?」
「遠慮しておきます……」
堀北からの厚意を断わり、オレは軽井沢に視線を向ける。彼女は彼氏にそれはもうラブラブな視線を向けていた。
どうやったら入学してから一ヶ月も経たないうちに彼氏彼女の関係になるのか、そのテクニックを是非とも教えて貰いたいものだ。
二時限目の終了を告げるチャイムが鳴り、数学教師はそそくさと教室から立ち去る。
生徒たちは「ようやく終わったー」と伸びをしているが、それはおかしい。その資格はないだろう。スクールバッグから朝自販機で買った無料飲料水を取り出し、呷る。
「あなた、本当に変わってるわね」
「変わってるって、何が」
「それ、無料のミネラルウォーターでしょう? もしかしてポイントを全て消費したのかしら」
「そんなわけないだろ。節約だ、節約。それにポイントは八割は残ってるから安心しろ。そういうお前こそ、オレと同じ物じゃないか」
「ジュースにポイントを使いたくないのよ」
「もしかしてポイントを全部使った──」
「あなたと同じくらいは残しているわ」
「そうですか……」
オレの些細な反撃は失敗した。
それにしても奇妙なものだ。休み時間や気が向いた時にはこうして、堀北と一応は会話をしているのだから。まぁ内枠の殆どは彼女の嘲笑なのだが。
三時限目のチャイムが鳴った。授業は日本史。オレたちDクラスの担任、
普通なら担任の先生の前では猫の皮を被ろうとするものだが、このクラスではそれも当てはまらないのか、生徒たちの高いテンションは止まらない。
先生はそんな
「静かにしろー。今日はちょっとだけ真面目に授業を受けて貰うぞ」
「どういう意味っすか、佐枝ちゃんセンセー」
しまいには、そんな舐めているとしか思えない渾名で呼ばれ始めている。
「月末に近いからな、今から小テストを行う。後ろに配ってくれ」
あくまでも事務的に、茶柱先生は一番前の生徒たちにプリントを配っていく。前の生徒から受け取り確認すると、主要五科目の問題が載った、如何にもな小テストだった。
「えぇ〜聞いてないよ〜。ずる〜い!」
「今回の小テストはあくまでも今後の参考用だ。成績表には一切反映されることがない。だから安心して取り組め。ああ……カンニングだけはするなよ? その場合は問答無用で退学処分とするからな。まあ、そんなバカな行為をする生徒が居るとは思ってないが」
……妙に含みのある言葉だな。特に気になるのは、成績には一切反映されるところは無いの『成績には』の部分だ。オレの思い違いでなければ、小テストの成績は成績表に反映されるのが道理のはず。
ただ、今回の小テストは今後の参考用とも茶柱先生は言っていたから、気にすることでもないのか?
いきなりの小テストに生徒たちはブーイングしていたが、流石に真面目に取り組むことを決意し、やがて
そのことに内心安堵しながら、オレも問題に目を通す。一科目四問、全二十問、一問あたり五点配当の合計百点満点。
小テストと聞いて身構えていたのだが……思わず脱力する程に簡単だった。受験の時よりも明らかにランクが落ちている。
しかしそんな思い込みは、最後の問題を目にした途端にガラリと変わった。ラストの三問は桁違いの難易度だったのだ。特に数学の問題は、複雑な式を何個も組まないと解けそうにない。
「……ッ」
危うく独り言を漏らしそうになって、慌てて口を手で抑える。カンニングだと思われて退学処分されてしまったら目も当てられない。
軽く深呼吸。シャープペンシルを握り直す。
ま、受験の時と同様に取り組めば問題はないだろう。
茶柱先生は一応のカンニング防止対策なのか、教室内を巡回して見張っていた。当然、オレの横も通る。
「……」
その時、茶柱先生は立ち止まった。鋭い、見定めるような視線を感じる。顔を上げては駄目だと思い、問題に悪戦苦闘しているようにひと芝居打つ。
二、三秒ほど経っただろうか。彼女は巡回を再開させた。気の所為、だろうか?
終業のチャイムが鳴るまで、オレはテストの問題文と睨めっこしていた。
「お前さ、正直に言えば許してやるぞ」
「な、なんだよ。正直にって」
食堂で須藤や池、山内たちと昼食を食べた後、オレたちは自販機傍の廊下で座り込み雑談をしていた。
そんな最中、池がジリジリと距離を詰めてきたのだ。なんとなく嫌な予感がして
「俺たちは三年間、苦楽を共にする仲間だよな? 共に喜び、共に悲しむ。心の友だよな?」
いや、まだ一ヶ月も経ってないのにそんな仲になっているとは思えないのだが。だが池の
「あ、ああ……。そうだな」
「当然、彼女が出来たら報告するよな?」
「は? 彼女?」
「そうだよ!」
オレの呆けた声に、池と山内はもう一歩距離を詰めてくる。須藤はどうでも良いのか眠そうに欠伸を漏らすだけで、傍観の姿勢を取る算段のようだ。
「まあ、もし出来たらだけどな……」
池は訝しげな目でこちらを見ながら。
「綾小路。俺は知ってるぞ、お前が放課後、図書館で美少女と
「本当かよ池!」
真っ先に食い付く山内。
池は山内を一瞥してから、オレに再び視線を送る。
「ああ本当だ。事実、数名の生徒が目撃しているらしい。嘘は吐くなよ! お前は今、十字架に架けられているんだからな!」
「マジかよ! おい、なんとか言えよ綾小路!」
ここぞとばかりに結託する池と山内。傍観していた須藤も興味が引かれたのか顔を向けてくる。
困ったな。彼らが話題に出しているのは十中八九──というより間違いなく椎名のことだろう。
他所のクラスの彼女と放課後過ごしているのは異常と言えば確かに異常だし、そのような感想を抱かれても仕方がない……のか?
だがどちらにせよ、オレの返答は決まっている。
「違う。オレと彼女はそんな関係じゃない」
「はぁ? だったらなんだよ?」
「読書友達だ」
「そうだとしても美少女と過ごすとか! ああああああああ! 裏山! 死刑!」
「というか、俺は正直堀北とばかり思ってたぜ」
「それな」
山内が神妙そうに呟いた。それに反応する池。今度は椎名から堀北に話題転換されるのか。
「バカ、付き合ってないって。本当、マジで」
「だってお前ら凄く仲良いじゃん。休み時間や授業中だって結構話しているし。ハッ……! もしかしてお前……!?」
「な、なんだよ……」
「ハーレムを狙っているのか!?」
「違うぞ池。これはハーレムじゃない、二股だ!」
「そうか、そうだよな……!」
「頼むから人の話を聞いてくれ」
げんなりする。
オレの表情を読み取ったのかは知らないが、須藤がコーヒーを飲みながら。
「けどま、その図書館の女子は知らないが、堀北は無理だな。性格がキツそうだし、俺はああいったタイプは苦手だな」
「あー、それは分かるかも。なんていうかさ、トゲトゲしいよな。こう、上手く言えないけどさ、自分以外敵! って感じがするんだよ。それに付き合うならもっと優しくて明るい……櫛田ちゃんが良いな! 可愛いし。可愛いし!」
大事なことなのか二回言いました的にドヤ顔で言う池に、オレは呆れて何も言えなかった。須藤も同様だ。
前々から思っていたが、池は櫛田のことが好きなようだ。いやこの場合は、お気に入りと表現するべきか?
「櫛田ちゃんと付き合いてー! つか、エッチしてー!」
山内が叫ぶ。
それに反応するのは池。
「ばっか! お前みたいな嘘吐き野郎が櫛田ちゃんと付き合えるか! 想像するのも禁止な!」
「そういう池は自分が付き合えると思ってるのかよ。あと俺は嘘吐きじゃないから!」
「「なんだと!」」
仲が良いのか悪いのか、非常に反応に困る。
しまいには櫛田を妄想して奪い合うという……物凄く低レベルな戦いを始めた。本人がこの場に居たら絶交されても文句は言えないだろうな。
「俺は時々、こいつらとダチで良いのかと思う時がある」
「同感だな」
須藤とため息を吐く。
オレたちの会話をしっかり聞いていた池と山内は今度は須藤に対する尋問を開始した。
「須藤はどうなんだよ? バスケ部には可愛いマネージャーが沢山居るって
「あ? 俺は別に。そもそも、一年の俺が恋愛なんかに時間を使えるかよ。こちとら、日々の練習にしがみつくのが精一杯なんだよ」
「お前も変わってんな。そんな、スポーツなんかにガチになるなんて」
「あ?」
須藤の
「ま、まあ! 兎に角お前ら、彼女出来たら包み隠さず報告な!」
池が慌ててそう締め括った。
露骨な舌打ちをする須藤に、山内はただただ怯えるばかりだ。無理も無い。オレもかなり怖かったからな。
それにしても……池のコミュニケーション能力の高さには驚嘆する。かなり危ない言動をしているが、本当に危険な橋は渡らない察知能力と言うべきものが彼にはあるのだろう。
気まずい雰囲気を打破するべく、オレも協力することにした。
「話はちょっと変わるんだが、平田に彼女が出来たんだってな。相手は軽井沢か」
「あーそうなんだよ。この前、二人が手を繋いでいるところを本堂が見たんだってよ」
「ありゃ間違いなく出来てるな。他にも、肩寄せあって歩いてたらしいし」
「やっぱアレかな? エッチしたんかな?」
「どうかなー? でもしたんじゃないか? ……っていうか、してなかったら驚きものだろ」
「それもそうだな」
高校生一年生で大人の階段を上るとか、オレには想像すら難しい。
「エッチ経験者の話が聞きてぇ……」
山内が廊下に寝転がり本能に従ってそんなことを口に出した。池も同じように「そうだな!」と激しく同意。
この前も思ったが、自分に素直すぎると将来痛い目を見るぞ。
まあ、思っても口には出さないが。
無料飲料水が飽きたので、炭酸飲料水でも飲もうかと自販機に向かう。すると山内が廊下に寝転がりながら。
「俺ココアー」
「お前な……。飲み物くらい自分で買ってくれ、頼むから」
「いやそれがさ。俺あと、残り二千ちょっとしかないんだよ」
「……九万ポイントも使ったのか?」
「欲しい物買って、気付いたらこのポイントになってた。見ろよこれ、すげえだろ」
そう言って山内が取り出したのは……ゲーム機、だろうか?
そういった分野から疎いオレにはイマイチ分からない。オレの反応を見て、彼は有り得ないものを見る目でオレを見てきた。
「綾小路。これは何だ?」
「ゲーム機、だよな?」
「そうだけど。名前は?」
「知らないけど……」
「PSVIVAだよ、PSVIVA! 前から思ってたけど、お前、無趣味にも程があるだろ」
「そんなことはない。オレにだって趣味の一つくらいはあるぞ」
「何だよそれは」
「それは俺も気になるな。教えてくれよ」
池と須藤が会話に加わり、好奇心で顔を彩らせた。
オレは自信を持って、椎名が気付かせてくれた趣味を口にする。
「読書だな」
「「「……」」」
沈黙がとても苦しい。
オレは咳払いをわざとらしくしてから、そのPSVIVAとやらについて掘り下げることに。
「それで、その機械は幾らしたんだ?」
「二万ちょい。ああ、オプションとか追加したら二万五千は超えたかな。池と買ったんだ」
「それ、本当か?」
「「本当本当」」
そりゃあ、ポイントもすぐに消えるな。
五分の一を一気に使うなんて、称賛すべきなのかそれとも呆れ返るべきなのか……。
「普段はゲーム、あんまりやらないんだけどな。寮生活だから同士が集まるんだよ。ほら、クラスに宮本って奴が居るだろ? あいつがゲーム上手くてな」
宮本といえば、クラスでも体格がふっくらとした男子生徒だ。思い返すと、確かに、いつも彼は誰かとゲームの話をしている印象があるな。直接会話をしたことはないが……。
「池も山内と同じくらいのポイント残量なのか?」
「ああ、まあなー。遊んでたら使っちゃった」
「須藤は?」
「俺もギリギリ一万あるかどうかだな。ただ一応言うが、俺はこいつらのように浪費したわけじゃねえぞ。バスケに必要だったんだ」
そうか、部活に必要な道具は個人が出費するのか。バスケの場合は……ユニフォームや練習着、バッシュとかか?
「それより綾小路、ココア頼む。ゲーム買ったら素材集めに付き合ってやるからさ。はちみつ集めるのも結構大変なんだぞ?」
そのゲームを買うつもりは全然無いが、これ以上放置していたら面倒臭いことになりそうだな。
仕方なく買ってやる。オレは……ミネラルウォーターで我慢するか。山内の分で使っちゃったからな。
ココアを購入し、彼の腹目がけて投げる。
「さんきゅーな、持つべきは友人だぜ」
こんなことでそんな言葉は聞きたくなかった。
池も飲み物が欲しくなったのか自販機に向かい……迷った末、オレと同じ物を購入した。
「我慢するんだな」
「ん? ああ、これのこと? 今更だけどちょっと危機感が湧いてきちゃってさ」
「結構あるよな、無料商品」
「そう言えば、食堂には山菜定食なんて物が売ってたよな、無料で」
早くもココアを飲み終えた山内が、思い出したように口にした。確かに彼の言う通り、何人かの生徒が山菜定食を食べていた気がするな。
「ま、あと少しの辛抱さ。来月になったらまた、夢の生活を送れるんだ! 山菜定食もきっと、使い過ぎた生徒に対する救済処置だ! 来月も沢山遊んでやるぜ!」
夢の生活、か。
オレは池の魂からの叫びを耳に収めながら、入学初日、コンビニ内で上級生が須藤に言っていたことを思い出していた。
結局、『最初で最後の楽』とは一体、どんな意味があるのだろう。
放課後。図書館。いつもの席。
オレは椎名と合流し、読書に集中していた。お互いに無言で、目の前に広がっている本の世界へと意識が誘われている。
携帯端末が軽く振動した。隣の彼女が横目で確認してきたので「悪い」と告げてから電源を付ける。
例の男子のグループチャットで、池と山内が競い合うようにして写真を投稿していた。櫛田の写真がとても多いことに軽く引いてしまう。
実は午後の授業中、オレは池から珍しく遊びに誘われていたのだが……オレはその話を断っている。
何故なら、遊ぶ相手に櫛田の名前が上がったからだ。ついこの前、オレは彼女の要請を断っている。流石に今、彼女と図々しくも遊ぶ勇気はない。
それに──。
閉館時間まで残り続けたオレたちは、図書課の先生に挨拶をしてから図書館をあとにした。
「綾小路くん」
オレの名前を呼んだ。
「どうかしたか?」
「質問をしても宜しいでしょうか?」
「答えられるかは分からないが、それでも良いのなら」
「……以前から気になっていたのですが、放課後、私と過ごして良いのですか? 綾小路くんは私とは違いお友達も出来ていますし、その方たちと遊ばなくても……」
椎名は消えそうな細い声で、オレの顔を恐る恐るといった具合で見つめてきた。
いつもは無表情の割合が多く彼女の内面を推察することは困難なのだが……この時ばかりはそれが出来た。
オレへの純粋な心配が八割、恐怖が二割と言ったところか。心配はオレの交友関係を気遣ってくれているのだろう。そして恐怖は──
オレと彼女が最初に接点を持ったのは学校に向かうバスの中だった。あの偶然がなければオレたちが出会うことは遅くなっていただろう。いや、下手したらそんな機会はなかったかもしれない。もともと別々のクラスなのだ、その可能性は極めて高いと言えるだろう。
だがオレたちはこうして出会っているのだから、人生とは面白いものだ。
──そして椎名ひよりという少女の存在は、既にオレの日常の中に刻み込まれている。
「椎名」
「……はい……」
「オレにとっては、だけどな。クラスメイトたちと一緒に過ごす放課後よりも、椎名と一緒に過ごす放課後の方が大切だ。だからこれからも時間が合えば一緒に時間を共有したいんだが……駄目か?」
「……! いえ、そんなことはありません。これからもよろしくお願いします」
椎名はそう言って、初めて満面の笑みを見せてくれた。
改めて彼女の美貌に魅入らされ、オレは照れ臭さを隠すようにして先に歩き始める。
様々な初体験を得た四月。桜の花はとうの昔に散ってしまい、春も終わりを迎えようとしていた。
生徒の多くが学校生活を満喫する日々。
そんなオレたちが築き上げた日常は、あっさりと崩壊することになる。
五月一日。朝のSHRの時間。
一年Ⅾクラスの教室は、異様な静寂に包まれていた。
司会役を担当する茶柱先生の冷たい蔑みの声が、無音の教室に反響する。
「──お前らは本当に愚かだな」
読書の皆さんが思う、一学期の間に最も実力を示したDクラスの生徒は?
-
綾小路清隆
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堀北鈴音
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平田洋介
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櫛田桔梗
-
須藤健
-
松下千秋
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王美雨
-
池寛治
-
山内春樹
-
高円寺六助
-
軽井沢恵
-
佐倉愛里
-
上記以外の生徒