時刻は二十一時、十五分前。
場所は豪華客船、二階層の大部屋。そこには大勢の生徒が集まっていた。
「おいおい……どういうことだよ? 何で他のクラスの連中が居るんだよ?」
近くに居た
他の生徒も似たようなもので、友人と顔を見合わせていた。
そう、この部屋には三つの集団が交じっていた。
一年Aクラス、一年Bクラス、そして一年Dクラスの三クラスが一堂に
「俺たちは
池がBクラスの男子生徒に話し掛ける。
「僕たちもそちらと同じです。唯一違うのは、僕たちを呼んだのは
「そっか……。Aクラスもそうなのかな?」
「恐らくは。……ただ、声は掛けない方が賢明でしょうね」
「……みたいだな」
池はAクラスの生徒を
彼らは出入口付近に固まっていた。
Bクラス、Dクラスの二クラスが感じていることが、『他のクラスの生徒が居ることに対する困惑』だとしたら、彼らの感じていることは『この場に居ることに対する不満、あるいは、苛立ち』だろう。
恐らくは出入口付近に固まっているのも、招集した人物へのせめてもの抵抗を示しているのだろう。
「堀北は……まだ来ていないようだな。
「だなぁー。何がなんだか分かんねえよ……」
池の周りにDクラスの男子生徒が徐々に集まり始めていく。平田とはまた違った『人望』が彼にはある。
「あ、
「みーちゃん。さっきぶりだな」
不安そうに
「何が始まるんでしょうか……?」
「綾小路くんは何か知ってるの……?」
「いや、何も知らない。佐倉……どうしてその質問を?」
逆に尋ねると、彼女は驚いたように、
「えっ!? その……堀北さんと綾小路くん、仲が良いから。堀北さんから何か聞かされているんじゃないかなって……そう思って……」
どんどん言葉が尻すぼみになっていく。
顔を俯かせていく彼女にオレは慌てて謝った。
「わ、悪い。怒っているわけでも、責めているわけでもないんだ。ただ純粋に気になったんだ」
「う、ううん……謝るのは私の方だよ。ごめんね。まだ私……」
「焦る必要はない。お前は自分のペースで行けば良い」
気落ちする佐倉を慰める。みーちゃんも肩に手を置いて「そうだよ、
オレはそんな二人を見て和んでいた。何ていうか……こころが癒される……。
と、そんなところに一人の男が佐倉に声を掛けた。
「佐倉!」
「……ッ!?」
「こんにちは! いや、今はこんばんはだな! 悪い悪い! 時間感覚が狂っちまっててよ!」
「こ、こんばんは……
山内は笑顔だが、対する佐倉は引き気味だ。引き攣った笑みで対応している。彼のアプローチには彼女も気が付いている。
彼女が山内の想いに応えるか否か、本人から直接聞いているわけではない。オレとみーちゃんは以前に相談を受けただけだ。
「な、なあ佐倉っ。今度一緒に
「そ、そうなんですか……。えっと……山内くんは博識ですね」
「おう! で、どこに行く!? いやその前に、いつ空いてる!? ちなみに俺はいつでも空いてるぜ!」
しかしそれを考慮しても、これまでの山内と佐倉のやり取りを見る限りでは、脈がないことは明白だ。
それはオレだけじゃない。みーちゃんも、そして、第三者であろうとも、少し見れば分かること。
だが恋する少年は気付けない。恋は盲目、とはよく言ったものだ。
そんなことを考えていると、みーちゃんがオレの服の袖を軽く引いた。
「綾小路くん……どうしよう……?」
素の口調で話すくらいには焦っているようだ。普段は異性と話す時は敬語だからな。
もちろん、彼女が困っているのは聞くまでもなく、佐倉についてだろう。
親友が迷惑を被っているのを助けたい、しかし、自分が他人の恋路を邪魔して良いのか、その踏ん切りが中々つかないのだ。
「みーちゃんがしたいようにすれば良いと思う」
「えっと……それって……!?」
「お前にとってどっちが優先すべきことなんだ?」
「優先……?」
「言い方が悪かったな。──難しく考える必要はない。佐倉を助けたいのなら、助けてもオレは良いと思う」
「でもそうすると山内くんが……」
王美雨は平田洋介に恋をしている。それは一年Dクラスの殆どの生徒が認識していることだ。だが彼女の恋が実ることは無いに等しい。
何故ならば、意中の相手には軽井沢恵という交際相手が既にいるのだ。そしてこのカップルの仲は円満で、別れることはほぼほぼないと言われている。
そんな彼女だからこそ、同じ境遇の山内の気持ちが分かるのだろう。
しかし親友を心配する気持ちも本物だ。
だから彼女は決断が出来ない。
そしてそれは悪いことではない。彼女にとってはどちらも大切、素晴らしいことだと思う。
オレにとっても、佐倉、山内の二人は友人だ。それは間違いない。
みーちゃんと違うとすれば、両者を比較した場合、オレの中での優劣が決まっているということ。
「山内」
意中の女性と話せている喜びで興奮している山内の肩の上に、オレはそっと手を置いた。
「何だよ綾小路。いまお前と話す時間はないぜ?」
「残念だが、もう時間だ」
「はあ? 時間って何のことだよ?」
「もうすぐ堀北が到着するだろう。見てくれ、あと三分で始まる」
言いながら、オレは電源を着けた携帯端末……より具体的には、現在時刻を目の前に示す。
あれだけあった喧騒もなりを潜めつつある。こうすれば佐倉は山内から解放されるだろう。
事実、無駄話をしている生徒は少数になっている。佐倉はそれを敏感に感じ取ってか焦りの表情を浮かべていた。
「で、でもよ!」
山内が不服そうに声を出す。
そして彼の声は多くの生徒の関心を寄せてしまい、佐倉や、周りに居るオレたちDクラスの男子陣に奇異の視線が向けられるようになった。
オレはみーちゃんにアイコンタクトを送る。
「愛里ちゃん、向こうに女の子たちがいるから……そっちに行こう?」
「う、うんそうだね。ごめんなさい、山内くん。話はまた今度に……」
「お、おい!?」
佐倉はぺこりと頭を下げ、みーちゃんが彼女を引っ張っていく形で人垣の中に姿を消す。
そんな彼女たちを山内は無念そうに見送った。そしてオレに詰め寄る。
「ああああああああぁぁぁやぁぁぁぁのこおおおおううううううじいいいいぃぃぃぃ……!」
「……落ち着け山内。さっきから言っているが、もうすぐ時間になる」
体感ではあと一分もないだろう。
だが暴走している山内には通じない。彼の怨嗟の声は静まっていた部屋中に響き渡り、とうとう、オレたちは注目を集めていた。
「どうする? いっそのこと俺が頭を軽く殴って……」
「やめろよ、健。また問題になるぞ」
「そうだけどよ……。でもまさか寛治、お前に言われるとは思わなかったぜ……」
「……反省したんだ。あんなことが起こったから」
オレが山内を窘めていると、須藤と池がそのような会話をしていた。気になることがあったが、いまはそちらに意識を割く余裕がない。
そしてとうとう、時刻は約束の時間になった。唯一の出入口の扉がゆっくりと開かれる。
「失礼するわ」
「遅くなってごめんね、みんな」
「……失礼する」
部屋に入ったのは、六人の男女。
一年Dクラス、堀北及び平田。
一年Bクラス、一之瀬及び
一年Aクラス、
各々のクラスのリーダーたちの出現に、部屋に緊張が稲妻の如く走る。
山内も空気に当てられたのか口を噤んだ。
堀北を先頭にした彼らは、迷いない足取りで歩く。自然と、生徒たちは道をあけ、彼らの通り道を作った。そして彼らは壇上に立つ。
「おいおい、いったい何が始まるんだよ……」
須藤が、そう、呟いた。そして壇上の中央に立った彼女を見上げる。
彼女──堀北は黙ってオレたちを見下ろしていた。この状況に戸惑っているオレたちに声を掛けることもせず、ただそこに立っているだけ。
背後の五人も何もしない。平田と、一之瀬と、橋本は笑い。葛城と神崎は無表情だ。
オレはこの状況にどこか既視感を覚えていた。
そう……確かこれは『あの時』の──。
やがて部屋から音が途切れ────
「私は一年Dクラス、
彼女はおもむろに唇を動かし、目を見開き、そして凛とした言葉を出した。
読書の皆さんが思う、一学期の間に最も実力を示したDクラスの生徒は?
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綾小路清隆
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堀北鈴音
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平田洋介
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櫛田桔梗
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須藤健
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松下千秋
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王美雨
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池寛治
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山内春樹
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高円寺六助
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軽井沢恵
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佐倉愛里
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上記以外の生徒