ようこそ事なかれ主義者の教室へ   作:Sakiru

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第二章 ─最初の試練─
天国からの地獄


 

 五月最初の授業開始を告げるチャイムが学校中に鳴り響く。それと同時に一年Ⅾクラス担任の茶柱(ちゃばしら)先生が室内に入ってきた。手にはポスターの筒を持っていて、彼女の表情はいつもと同じく──いや、いつも以上に険しい。

 それはDクラスの生徒もそうだ。厳しさと──不安に包まれている。

 異様な静寂が場を支配していて、少しの物音も赦されない。そんな張り詰めた空気。

 

佐枝(さえ)ちゃんセンセー! 生理でも止まったんですか?」

 

 そんな空気を断ち切るためか、(いけ)が自分の席でおちょくるように問い掛けた。

 彼自身の武器であるコミュニケーション能力を活かそうとしたのだろうが……残念なことに笑い一つすら湧かない。

 

「これより朝のSHRを始める。が、その前に何か聞きたいことがあるはずだ。始める前に受け付けよう。質問がある生徒は挙手するように」

 

 茶柱先生は池のセクハラ発言を大人の余裕で無視し、そんなことを言った。まるで、質問があるのを確信している素振りだ。

 実際、半数以上の生徒がおずおずと手を挙げた。

 

「あの、今朝確認したらポイントが振り込まれてなかったんですけど。毎月一日に支給されるんじゃないんですか? 焦りましたよ、ジュース買えなかったんで……」

 

「ほう。ポイントが振り込まれていなかったのか。それは大問題だ。本堂(ほんどう)以外に振り込まれていない生徒はどれだけ居る?」

 

 面白そうに口を歪ませて(わら)う茶柱先生に、この場に居る大勢の人間が恐怖を覚えただろう。事実、彼女が現在覗かせている顔は、昨日までのそれとは明らかに逸脱していた。

 ()にも(かく)にも、質問されたら答えなくてはならない。先程は半数の人間が手を挙げたが、今度は生徒四十人……いや、高円寺(こうえんじ)を除く三十九人が手を挙げた。

 まさか彼だけ支給されている、なんてことはまずないだろう。高円寺という人間は『自由人』としてクラスに定着している。つまり気分の問題だろう。

 

「そうか、これだけの生徒がポイントを支給されていないのか。──だが安心しろ、ポイントは毎月一日に振り込まれている。学校側で念のため確認しているが、こちらの不備は一切ない。本堂。席に座れ」

 

「えっ? で、でも振り込まれてないし……」

 

 気が動転している本堂は、茶柱先生の命令を無視した立ったままの姿勢で山内(やまうち)と顔を見合わせる。

 ただそれは、彼らだけじゃない。殆どの生徒が近くの友人と首を傾げていた。

 先生の言葉を信じるなら、ポイントは振り込まれていることになる。ただ──学生証カードのポイントは昨日から増加されていないのも事実。

 てっきりオレは朝のSHRの時間帯で一斉に振り込まれるものとばかりに思っていたのだが……それはどうやら違うようだ。

 

 

 

「──お前らは本当に愚かだな」

 

 

 

 唐突に、茶柱先生は教師として失格の罵声をオレたちに浴びせた。けれど誰もそれを指摘できない。

 怒り? あるいは悦び? 不気味な気配を携えた彼女にオレたちはただただ口を半開きにするしかない。

 

「座れ、本堂。仏の顔は三度までだが、私の顔は二度までだ」

 

「さ、佐枝ちゃん先生……?」

 

 今まで聞いたことがない厳しい口調に呑まれた本堂はしばらく呆然としていたが、本能が未来を予測したのか、数秒後にはズルッと席に不時着陸する。

 

「もう一度だけ言おう。ポイントは確実に振り込まれた。それは間違いない。このクラスだけ忘れられた、などという幻想や可能性も皆無だ。分かったか?」

 

「わ、分かったかって言われましても……。な、なぁ?」

 

 本堂は不満げな様子を見せ、クラスメイトに同意を求める。

 オレは一旦冷静になろうと思い、一度、肺に詰まった空気を吐き出した。

 あそこまで強調されたということは、茶柱先生の言葉に嘘偽りはないと考えて良いだろう。彼女の言葉を脳内で反芻する。

 ポイントは確実に振り込まれた。

 ポイントは確実に振り込まれた……? 

 矛盾をなくすためには──たった一つだけある。

 

 この一年Dクラスに振り込まれたポイントが──ゼロポイントだとしたら? 

 

 小さな疑惑は、時間が経つにつれ肥大化する。

 オレが脳内で再検証している、そんな時だった。

 

「ははは、なるほどねティーチャー。私は理解出来たよ、この謎解きがね」

 

 高円寺が声高(こわだか)に笑う。彼は授業だけは静かに受けている印象があったのだが……今は授業ではないと認識したらしく、入学初日のように両足を机の上に乗せた。

 そして親切心なのか、本堂を指さして言った。

 

「簡単なことだよ本堂ボーイ」

 

「はあ? っていうか、その『本堂ボーイ』はやめろよ」

 

 本堂の訴えに『自由人』は耳を貸さずに続ける。

 

「つまりだ、私たちDクラスは1ポイントも支給されていないのさ」

 

「おいおい、それはないだろ。だって毎月一日に十万ポイント振り込まれるって……」

 

「そんな言葉を私は一度も耳にしたことは無いね。そうだろう?」

 

 高円寺の言葉は止まらない。教卓で静観の構えを取っていた茶柱先生をも、彼は巻き込んだ。

 

「態度に問題がありすぎるが──高円寺の言う通りだ。まったく、これだけヒントを与えた状態で他者に教えられて気付くとは、嘆かわしいものだ。私の見立てでは、自分で気付いたのは……たった数名か」

 

 そして茶柱先生の暴言も止まらない。高円寺の態度に問題があると彼女は言ったが、オレから言わせてみれば彼女も十分に問題があるように見える。

 彼女が侮辱した大勢の生徒は突然の出来事に脳の処理が追い付かず、呆然としていた。

 落ち着きを保っているのは平田(ひらた)に、高円寺……あとは隣人の堀北(ほりきた)くらいか。

 

「……先生、質問良いでしょうか? ()に落ちないことが多々あります」

 

「平田か。自分のポイントを守るため……そういうわけではなさそうだな。あくまでもクラスメイトのために……と。良いだろう、質問を許可する」

 

「ありがとうございます。……何故ポイントが振り込まれなかったんでしょうか? その情報が開示されなければ、僕たちは誰一人として納得できません」

 

「平田。(さと)いお前ならある程度は予想がついているはずだ。違うか?」

 

「……良いから教えてください。先生、これは僕たち生徒の権利じゃないでしょうか?」

 

 珍しく平田が熱くなっているな。

 生徒の問い詰めに教師は嫌な顔せず、ますます唇を三日月型に歪ませる。

 そして「ククッ」と一度嗤ってから。

 

「権利か。お前の言う通りだな、それでは答えよう。──九十八回。そして、三百九十一回。この回数がお前たちに分かるか?」

 

「な、なんだよ……」「そんなの聞き覚え無いぜ」「私も」「理解不能だわー」

 

 クラスメイトたちの言う通りだ。

 何かの暗号か? 

 

「ふむ、まあ流石に分からないか。なにせ、本人たちに自覚が無いのだから当たり前と言われればそれまでだが。──遅刻欠席、九十八回。私語や携帯を触った回数三百九十一回。ひと月。たったひと月だぞ? 随分と好き勝手にやらかしたもんだな。この学校では、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それだけのことだ。──入学式の日、私はお前たちに言ったはずだぞ──この学校は、実力で生徒を測るとな。そしてお前たちは先月、評価ゼロという評価を受けた」

 

 壊れた機械のような、感情の起伏が見えない淡々とした説明だった。

 この学校に入学してから一ヶ月間。誰もが内心は疑問に思っていたはずだ。そしてその答えが今、紐解かれていく。最悪な形、ではあるが。

 十万ポイント。つまり十万円。その巨額をオレたち一年Dクラスは見事にドブに捨てたのだ。

 遅かれ早かれ、独自のペースで状況の深刻さを理解していく生徒たち。その中で唯一、行動に移す生徒が居た。

 堀北だ。机の上にノートを開き、開示された情報を書き込んでいく。動揺は見られない。

 

「茶柱先生。僕たちはそんな説明をされた覚えはありません……」

 

「ほう。確かにお前の言う通り、私はそんな説明は一切していない。だが聞くが、お前たちは説明されなければ理解出来ないのか?」

 

「当たり前です。予め説明さえされていれば遅刻や私語は行わず、ポイントは減点されませんでした」

 

「それはおかしな話だな。例えばこれが理不尽なものだったらお前のその主張も通るだろう。だがもう一度聞こう。お前ら高校生は、小、中学校で遅刻はするな、私語はするなと言われなかったのか?」

 

「そ、それは……」

 

 言葉を詰まらせる平田に、茶柱先生はさらに追い打ちを掛ける。

 

「身に覚えがあるだろう。義務教育の九年間……いや、幼稚園の頃からお前らは嫌になるほど言われていたはずだ。高校からは義務教育じゃない、お前たちは自分の意思で当校を志望し、そして合格した。そのことについては素直に称賛しよう。事実当校の倍率はとても高く、狭き門だった。その門を見事に潜り抜けたお前たちは、そんなことすらも分からないのか? 自己責任だ、甘んじて受け入れろ」

 

「……」

 

 正論だ。茶柱先生の言葉は全て正しい。

 

「さらに私はお前たちに聞きたい。お前たちはおよそ一ヶ月前、十万円支給されたことに対して驚いていたな? ()()()()()。そして私は、あの巨額はお前たちに対する褒美だと答えたな。そしたらお前たちは勝手に来月からも十万円貰えると錯覚した。愚かにも程がある。どうして高校一年生になったばかりの若者に、なんの制約もなしにそんな大金が与えられると思った? この学校、高度育成高等学校は、知っての通り国主導で作られた。その理念は、次世代に活躍する若者を支援するためだ。──常識で考えろ。何故疑問を疑問のまま放置する?」

 

「ではせめて、ポイントの増減についての詳細を教えて下さい。今後の参考にします」

 

「それは出来ない相談だな。人事考課、つまり詳細な査定内容は教えられないことになっている。社会も同様だ。例えばお前たちがこの学校を卒業して、どこかの会社に入社するとしよう。その時に詳しい査定結果を告げるか否かは、その会社が決めることだ。──しかし、そうだな。ここまで悲惨だとあまりにも憐れだ。私もお前たちが憎くて冷たく対応しているわけじゃない。一つアドバイスをしてやろう」

 

 オレの個人的な見解を述べるのならば、そんな様子は見られないのだが。

 しかし平田は違うようだ。彼は多分、本当の善人なのだろう。茶柱先生のアドバイスとやらに希望を見出すべく、聞く姿勢を取る。

 

「お前たちが改心して、遅刻や私語を無くし、マイナスポイントをゼロに抑えたとしても、減ることはあっても増えることは無い。つまり来月振り込まれるポイントもゼロだ。だが裏を返せば、どれだけ遅刻や私語をしたとしても関係ない。どうだ? 覚えておいて損はないぞ?」

 

「先生、それは……ッ」

 

 希望から絶望。それを自分の身体で体験している彼の心境は、一体どのようなものなのか。

 一部の生徒が戸惑いの声を上げる。彼らは分かっていない。茶柱先生のありがたいアドバイスのその真意が。

 彼女は……いや、学校側は恐らくここで試しているのだ。この先、オレたちがどのような選択をするか。だからこそ敢えて逆効果の説明をし、生徒のやる気を出来るだけ削いでいる。

 とても効果的なやり方だ。

 人間は実態が不明瞭な希望よりも、目に見える絶望に恐怖し、心折れる。

 そしてその絶望はもう、すぐそこまで広がっていた。

 SHRの終わりを告げるチャイムが鳴るが、茶柱先生は話を終わらせない。いや、終わらせられない。

 何故なら──まだ本題に入っていないからだろう。

 

「時間を取りすぎてしまったな。これで学校のシステムは理解出来たはずだ。──これを見ろ」

 

 手にしていた筒から厚手の紙を取り出し、ホワイトボードに磁石で貼り付ける。

 生徒たちは茫然自失(ぼうぜんじしつ)といった様子でその紙を見ていた。

 ここで今日初めて、隣の堀北が懐疑的な声を出す。

 

「……これは、クラスの成績……?」

 

 堀北の解釈は合っているだろう。

 そこにはAクラスからDクラスの名前と、現在所有しているであろうポイントが表示されていた。

 オレたちDクラスはもちろんゼロ。椎名が所属するCクラスは490。Bクラスが650。そしてAクラスが──なんと驚くことに940。1000ポイントが十万円相当に値する、そんなところか。

 全てのクラスが軒並みポイントを減らしているが……おかしいな。

 

「綾小路くん。おかしいと思わない?」

 

「同意だな。綺麗(きれい)にも程がある」

 

 オレと堀北は、ある奇妙なことに気付いた。

 

「学校側はお前たちの行動に一切文句は言わない。事実、ポイントの使用方法について制限は掛けなかったし、自由に使えとも言っただろう」

 

「こんなのってあんまりっすよ! これじゃ生活出来ませんって!」

 

 池がクラスの意見を纏めてそう叫んだ。

 ポイントを全て消費した生徒に至っては、阿鼻叫喚と化していた。

 

「良く見ろバカ共。それはお前たちだけだ。現に、他のクラスは問題なくポイントが残っているだろう。Dクラスの次に下なのはCクラスだが、それでも一ヶ月過ごすには十分すぎる大金だ」

 

「先生、ちょっとおかしいですよ! なんでオレらだけ……」

 

「だから自業自得だと言っている……と言いたいところだが、中々の着眼点だな池。そう、お前の言う通り……Dクラスだけが何故かゼロポイントだ」

 

「どうして僕たちだけ、こんなにも歴然とした差になっているんですか?」

 

 平田の問いかけに、茶柱先生は満足そうに一度首肯する。

 トップのAクラスとの差は940ポイント。あまりにもおかしい。

 

須藤(すどう)。お前は入学初日、上級生に絡まれたな?」

 

「あ? 何でンなことを知ってんだよ」

 

「良いから答えろ」

 

「……確かにムカつく奴らに絡まれたけどよ……」

 

 茶柱先生がそのことを知っているのは、やはりコンビニの監視カメラから送られてきた映像によってだろう。あるいは、あの時何もしなかった店員が学校側に直接報告したかのどちらかだ。

 

「良かったな須藤。あの時綾小路(あやのこうじ)と、彼と一緒に居た女子生徒が後片付けをしなかったら反省文だったぞ」

 

「……綾小路が……?」

 

「ああ、そうだ。綾小路たちはお前が散らかしたカップラーメンを処理した。後で礼を言うんだな」

 

「……それは後で言われなくてもするがよ。その話がどう繋がんだよ」

 

 確かに須藤の言う通りだ。あの一件と今回の話に、どう関係が……いや、まさか。

 

「上級生に言われなかったか? 『不良品』だとな」

 

「あァ? それが何だよ!」

 

 須藤の苛立ちを無視して、茶柱先生は話の対象を彼からオレたちDクラス全体に向けた。

 

「そう、須藤は『不良品』だと言われた。ただここで注釈するが、『不良品』はお前たち全員だ。──ここまで言えば、分かるだろう? お前たちがどうしてDクラスに配属されたのかがな」

 

「俺たちが『不良品』? Dクラスに選ばれた理由? 知らねぇよ、適当じゃねえの?」「普通クラス分けってそうだよね?」

 

 ああなるほど。よく理解した。

 どうしてDクラスが『不良品』と呼ばれているか。

 そして──オレがこのクラスに居る理由が。

 

「当校では優秀な生徒から順にAクラスに配属している。逆に不出来な生徒はDクラスだ。まあ、この制度は近年各高校でも内密ながら実施されている所もあるし、大手塾でもそうだろう。つまりこのクラスは、最悪の『不良品』が集まる最後の砦というわけだ。そしてお前たちは──この一ヶ月でそれを証明してみせた。おめでとう、よくやった」

 

「……ッ」

 

 隣の席で堀北が大きく顔を強張(こわば)らせた。彼女が自分のことを優秀だと自負しているのはこの一ヶ月でオレは察している。

 だが、その矜恃(きょうじ)はあっさりと打ち砕かれた。

 ただ……学校側のこの政策も理解出来る。

 かのギリシアの哲学者、アリストテレスは『人間は社会的動物である』と述べた。

 これは、人間という生物は他者との接触がなければ生きていけないことを意味している。

 優秀な人間と、そうではない人間が同じ空間に居たら──良くも悪くも影響される可能性は高い。そして不出来な人間とは、少しのことでは変わらない。

 

 何故ならそれこそが──不出来な理由なのだから。

 

 しかし逆に優秀な人間は対応できるからこそ自分を高める。そして彼らが混じりあった時、優秀な人間はあっさりと堕ちてしまう。

 

「しかし同時に感心もした。当校が創立されてから、たったの一ヶ月で十万ポイントを根こそぎなくしたのはお前たちが初めてだからな。お前たちは図らずも偉業を達成したわけだ」

 

 わざとらしく手を叩く茶柱先生。

 それを見た堀北が、それはもう恐ろしい形相で先生を睨む。とても怖い。

 

「安心しろ。流石に生徒を死なせるわけにもいかないからな。寮はタダで使えるし、コンビニや自販機、食堂には無料商品がある。それを使えば良い。それかもしくは、ポイントを他の生徒から貰う方法もあるぞ?」

 

 慰めにもならないな。

 確かに人としての生活は出来るだろうが……今どきの高校生がそんな節操な暮らしに満足出来るはずがない。

 それにポイントを貰えば良いと簡単に言うが、この状況で誰が讓渡(じょうと)してくれるというのか。

 

「……良く理解したぜ。これから俺たちは、他のクラスの奴らからバカにされるってことか」

 

 ガンッ! 机を足で蹴ったのは須藤だった。彼の左隣の佐倉(さくら)が怯えてしまうから、どうにか抑えて欲しい。

 だが彼の気持ちも分からなくはない。不名誉な偉業を達成したオレたちDクラスが他クラスから馬鹿にされるのは必然だろう。

 

「なんだ須藤。お前も体裁は気にするんだな。だったら上のクラスに昇進出来るよう頑張ってくれ」

 

「あ?」

 

「クラスのポイントはそのままクラスのランクに反映される、というわけだ。例えばお前たちDクラスが500ポイント以上残していたらCクラスに。有り得ないとは思うが、仮に950ポイント以上残していたら一気にAクラスだ。どうだ、やる気が出るだろう」

 

 そうは言うが、言ってる張本人がやる気を起こさせない声で言っているのだが。

 

「次に残念な知らせがある。──これを見ろ」

 

 茶柱先生はそう言いながら、新たな紙をホワイトボードに貼り付けた。クラス全員の名前と、その横には数字が表示されていた。

 

「これは以前行われた小テストの結果だ。見ろ、この惨憺(さんたん)たる結果を。お前たち、中学時代は何をしていた? いやはや、本当、一周まわって笑いが込み上げてくる」

 

 嗤われても文句が言えない数字の羅列。

 一部の上位を除き、大半の生徒は六十点前後の点数しか取れていない。

 一番最下層に位置するのは、須藤の十四点。正直オレも、彼のことはバカだと思っていたがここまでだとは思っていなかった。次点で池の二十四点。平均点は……六十五点前後といったところか。

 

「良かったな。これが成績には反映されない小テストで。もし本番だったら七人はこのクラスから永遠退場だったぞ」

 

「ちょっ、待って下さい! え、永遠退場って……退学ってことですか!?」

 

「その解釈で間違いない。──ああ、そう言えば言ってなかったか。これから定期テストで一科目でも赤点を取ったら退学して貰うことになる」

 

「「「はああああああああ──!?」」」

 

 七人の赤点候補の生徒が驚愕の悲鳴を上げた。

 三十一点の菊池(きくち)という生徒の上で、茶柱先生はわざとらしく赤線を引く。つまり彼以下の七人は退学になっていたのか。

 そうなると、今回の平均点は六十二点か。

 

「ふっざけんなよ佐枝ちゃんセンセー! 退学なんて冗談じゃ……!」

 

「私に言われても困る。それに安心しろ池。今回はその通達も込めて成績には反映されてないだろ。ここから勉強すれば良いだけのことだ」

 

「んな……!?」

 

「ティーチャーの言う通り、このクラスには愚か者が多いようだねえ」

 

 口をパクパクとする池に、高円寺が尊大にもそう煽った。姿勢は変わらず、足を机に乗せたままだ。

 

「なんだと高円寺! お前だってどうせ赤点組だろが!」

 

「フッ。君の目は節穴かな池ボーイ。よく見たまえ。ああ、無駄な労力を減らすため、上から見るが良い」

 

「はあ? ……えっ、マジかよ!」

 

 高円寺六助の名前は、堂々の同率首位に名を載せていた。「バカキャラだと思っていたのに……!」と悔しがる池たち七人だが、そうでもない。

 彼は授業だけは真面目に受けていた。多分、そういった線引きを自分でしているのだろう。

 高円寺はにっこりと微笑む。まるで自分の力を誇示(こじ)するかのように。

 

「それからもう一つ付け加えよう。お前たちがこの学校を志望したのは、高い進学率、就職率を誇る噂を聞いたからだろう。事実、その噂は間違っていない。そして当校は、生徒が望む未来を叶えると、そう謳っている。だが……世の中そんなに上手くいくはずがない。──Aクラスだけが、その恩恵を得られる。それ以外の生徒の将来は確約出来ないとだけ、言っておこう。もちろん、必要最低限のことはする。ただ、それだけだ。あとは自分でやってくれ」

 

「先生! そんな話は聞いていません!」

 

 幸村(ゆきむら)が茶柱先生に苦情を訴える。彼は高円寺と同じ点数の同率首位だ。

 

「みっともないねぇ。幸村ボーイ、これは私のありがたいアドバイスだが、男が慌てふためくモノほど惨めなものは無い」

 

「……!? お前はDクラスに割り当てられて悔しくないのかよ!」

 

「何を悔しがる必要があるんだい? 私は私のことを最も理解している。学校側が私のポテンシャルを測れなかった、それだけのこと。仮に学校側が私に退学しろと言うのなら、私は喜んで退学しよう。その後泣きついてくるのは百パーセント学校側だからね」

 

 唯我独尊ここに極まれり、だな。

 幸村は高円寺の言葉に食い下がるが、『自由人』の前では為す術もなかった。

 ただ一つだけ分かったことがある。

 

 このDクラスは──学力だけで生徒は配属されていない。

 

 例えば幸村。彼の頭の良さは今回の小テストで充分に分かった。何故なら彼の得点は九十点。

 テストの最後の三問は、普通の高校一年生では解けない難問だった。一問各五点配当だったあのテストで九十点だということは、一問は解いてみせたことになる。

 例えば高円寺。彼の学力、運動能力の高さは今回の小テストと前回行われた水泳の競泳で露呈した。

 例えば須藤。確かに彼は学力の面では『バカ』の蔑称が付けられるだろう。だが、こと運動能力においては高円寺と対抗出来る程だ。特にバスケットボールに関しては才能があり、ここ最近は一軍に混じって練習もしているらしい。入学してたった一ヶ月でこれは凄まじいことだ。

 最後に堀北。才色兼備の女性であることは間違いない。

 それらを考慮するに、恐らくDクラスの生徒は何かしらの欠陥を持っているのだ。だからこその『不良品』。『優良品』に一歩遅れを取ってしまう。

 

「浮かれた気分は払拭されたようでなによりだ。それだけでこの茶番劇にも意味はあったのだろうな。中間テストまで残り三週間。勉強するもしないも自由だ。たださっきも言ったが、赤点を取ったら問答無用で退学処分なのでそのつもりでいろ。赤点を回避したければ、必死に勉強するんだな。安心しろ。お前たち全員が赤点を回避する方法はあると、私は確信している。それではSHRは終わりだ。あとは好きに過ごすが良い」

 

 茶柱先生はそう言って、教室を出て行った。扉の閉会音が虚しく反響し、誰も言葉を発せない。

 全員が全員、この過酷すぎる状況と向かい合わなくてはならなかった。

 取り敢えず一時限目の用意をしようと思い立ったところで、制服のポケット内に入れてある携帯端末が振動した。

 

『放課後図書館で会えますか?』

 

 無駄な文を取り除いた簡素な文。送り主は確認するまでもない。椎名(しいな)だ。

 もちろんオレとしては彼女と会うのは吝かではないが……流石にこの状況で会うのはリスクが伴うな。

 現に図書館での逢引(池の言葉を引用すると)は他の生徒にバレているようだし、誰が聞いているか分からない場所でそれは避けたい。

 

『他の場所だったら構わない』

 

『私の部屋はどうでしょう?』

 

 硬直してしまう。

 女性がそんな簡単に異性を自分の部屋で招いて良いのだろうか?

 いや、常識的に考えて駄目だな。

 だが人の目が着かない場所は限られている──ああ、そっか。他にもあるじゃないか。

 

『……オレの部屋で良いか?』

 

『分かりました。それでは後程』

 

 通信が途絶えた。軽くため息を一つ。

 急に届いた怒声に目を向ければ、そこでは幸村と平田が言い争いをしていた。いや、幸村が一方的に平田に突っかかっているだけか。

 他の生徒も同様。見れば、須藤ですらも俯いている。

 オレはそんな彼らを見ながら、今後の方針を定めていた。

 

読書の皆さんが思う、一学期の間に最も実力を示したDクラスの生徒は?

  • 綾小路清隆
  • 堀北鈴音
  • 平田洋介
  • 櫛田桔梗
  • 須藤健
  • 松下千秋
  • 王美雨
  • 池寛治
  • 山内春樹
  • 高円寺六助
  • 軽井沢恵
  • 佐倉愛里
  • 上記以外の生徒
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