これまでの学校生活に於いてオレは、休日に外出する事が滅多になかった。それこそ一学期の間は片手で数える程しかなかったと思う。
そうなると、一つの問題が浮上する。名付けるなら、私服枯渇問題だ。何だそれはふざけているのかと言われそうだが、オレは至って真面目だ。
放課後は殆ど毎日図書館で過ごしていたから制服姿で何ら問題なかったが、しかし、長期休暇となるとそうにも行かない。学校がないという事は、至極当然ではあるものの制服を着る機会がないという事だ。何らかの部活や委員会などに所属していればそうでもないが、オレは何処にも入っていない、いわば帰宅部。そのような人種のオレが制服を着ていれば悪い意味で注目の的となるだろう。
いやそもそも、前提を間違えているのだ。長期休暇に遊びに行くとなったら、制服は論外だろう。人生経験があまりにも乏しいオレだが、それは何となく察していた為、今の所愚行は犯さずに済んでいる。
だが、それも限界に近い。
友人との外出は楽しいが、前日の夜はコーディネートで悩んでいる。まあ、コーディネートと言えるほどのファッションセンスはないのだが。
──兎にも角にも。今日、オレはクラスメイトの女の子と遊ぶ約束をしていた。
櫛田から、
学生寮、一階。フロアに備え付けられているソファーに腰掛け、オレはとある人物を待っていた。
壁に掛けられている時計を確認する。十三時五十分。約束の時間まであと十分といったところだった。今なら忘れ物をしていてもぎりぎり間に合うだろう。とはいえ、オレの場合は携帯端末と学生証があれば事足りる為、忘れ物の心配はないのだが。
「ねえねえ、知ってる? 今度占いの先生がケヤキモールに来るんだって! ほら、最近有名なあの人!」
「えっ、それマジ!?」
「マジ! せっかくだから一緒に行こうよ!」
「行く! 絶対に行く! 夏休みはイベントが盛り沢山だね!」
すぐ横を、二人の女子生徒が通り過ぎていく。記憶が確かなら、Bクラスの生徒だったか。いや、
結果として話を盗み聞きしてしまったが、占いか。機会があれば行っても良いのかもしれないな。
そのような事を考えながらぼんやりと過ごしていると、背後に人の気配を感じた。顔をそちらに向けると、そこには約束の相手が居た。
「こんにちは」
オレは片手を上げる事でそれに応えると、ソファーからゆっくりと立ち上がる。
「ごめんね、遅くなって。本当はもう少し早く着く予定だったんだけど……」
「集合時間には間に合っているから、謝る必要はないぞ。女の子の準備は時間が掛かるだろう」
事実、千秋がお洒落をして来ているのはオレにも分かった。高校生にしてはだいぶ大人びた服装だが、それを着こなすのは流石としか言い様がない。何処ぞの社長令嬢だと言われても信じてしまうだろう。
「あー、その服装、とても似合っているな」
女性の服装は兎に角褒めるべし。
数少ない女友達から教わった事を思い出し、ぎこちなくも言葉を絞り出す。千秋はきょとんとしてから、次いで、呆れたように溜息を吐いた。そのまま、じろりと見詰めてくる。
しまった、もっと具体的に褒めるべきだったか。いやだが、細かく言ったらそれは変態的じゃないか──などと内心慌てていると、彼女は表情を変えることなく言った。
「相変わらず、きみは変な所で間抜けだよね」
「そ、そうか……。それは悪い」
「ハア……まあ、良いよ。それじゃあ
そう言うと、千秋は優しく微笑んだ。
オレは平静さを取り戻すと、そのまま千秋と一緒に学生寮の出入り口に足を進める。
「実は今日、楽しみにしていたんだ。清隆くんがどこに連れて行ってくれるのかなって」
「……期待に応えられるよう善処する」
オレは今日、松下千秋と遊ぶ約束をしていた。それこそ、豪華旅行から帰ってきた直後には日程を決めていた。
その理由は幾つかあるが、これまでの彼女に対する報酬によるところが大きい。夏休みの間に二度行われた特別試験に於いて、彼女はオレに多大なる協力をしてくれた。特に無人島試験では、彼女が居なければオレが裏で動く事は難しかっただろう。
しかし、彼女には危険な橋を渡らせてしまった。特に
「本当に今日は、清隆くんが全部奢ってくれるんだよね?」
「ああ、男に二言はないさ。遠慮する事はないぞ」
「おおっ、格好良い!」
初めて送られてくる称賛の眼差しに、オレは得意気になって胸を張った。
オレが所持しているプライベートボイントは約20万pr。1
金欠で極貧生活を強いられているDクラスの生徒であるオレが、何故そのような大金を手にしているのか。これにはそれなりの経緯がある。この学校が常々謳っている言葉を借りるとするならば、『実力を示した』という事になるか。
とはいえ実の所、偶発的なものに過ぎないのだが。
「取り敢えず、ケヤキモールに行こうか」
大型複合施設であるケヤキモールの名前を出すと、千秋は苦笑しつつも頷いた。恐らくはオレのありきたりな計画に対してなのだろうが、娯楽が少ないこの学校で遊ぶ場所となると、ケヤキモールくらいしかない。
並木道を連れ立って一緒に歩きながら、オレたちは取り留めのない話をした。とはいえ、夏休み前までは特に接点がなかったオレたちだ。やはり話題となるのは学校生活に関してのものとなり、特に、特別試験に関連したものが多くなる。いつ誰が聞き耳を立てているか分からないので内密な話はあまり出来ないが。
「次はどんな特別試験が待ち受けているのかな」
「内容は分からないが、それ以外なら多少は予想出きる。例えば、頻度とかだな」
「と、言うと?」
「夏休みという期間だけでも二回行われた。これは長期休暇という、学校がない期間だからこそ出来た芸当だと思う」
なるほどね、と千秋は相槌を打った。
「いくら私たちの高校が異常とは言え、日本政府が創立している以上、学業を疎かにする事は出来ない。そう考えると、出来る回数にも限度があるって事だね」
「その通りだ。冬休みに持ち越すか、あるいは──二学期中に行うか。オレは後者だと睨んでいる」
「私も同意見かな。クラスポイントが大きく変動するのが特別試験の特徴だとするなら、その機会は公平に与えないとね」
オレたち生徒がクラス闘争を強いられている以上、それは学校側の義務だと言えるだろう。『実力至上主義』という謳い文句を使っているのなら、その『実力』を測る機会はあって然るべきだ。
それはたとえ、不良品の集まりだと蔑まれているDクラスだろうと同じ事。オレたちDクラスにとって、特別試験は至難であると同時に絶好の機会なのだ。
もちろん、実力を示す事は難しい。この場合、『実力を示す』とは特別試験で優秀な成績を残す事と同義だが、基礎学力や身体面でオレたちDクラスは他クラスに大きく劣っている。
その為、クラス闘争で勝ち上がっていく無難な方法は、他者と協力する事だろう。これはDクラスに限らず、どのクラスにも当て嵌る事だ。
個人でAクラスに昇る事が出来るのは、ほんのひと握りの猛者だけだ。
「──あっ、見えたよ」
緑豊かな並木道を出ると、大型複合施設であるケヤキモールが姿を見せる。生徒や学校関係者が使うだけあって、その規模はとても大きい。
夏の陽射しから逃げるようにして施設内に入ると、ひんやりとした空気がオレたちを迎えてくれた。冷房が程よく効いていて気持ちいい。
「少し休むか?」
「ううん、全然大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
千秋はそう言うと、辺りを見渡しながら続けて言った。
「でも、ちょっと喉が渇いたかな。確かすぐ近くに自動販売機があったと思うんだけど……」
「あそこにあるな」
先に見付けたオレが指をさすと、千秋は「記憶通りだった」とどこか誇らしげにしながら自動販売機へ足を向けた。オレもその背中を追う。
自動販売機は二台横並びに置いてあり、様々な種類が取り揃えてあった。水やお茶、炭酸水にジュースと大人から子供まで飲める親切さだ。
千秋が悩んでいる横で、オレは250mlの水を購入する。500mlだと多いし、喉を潤すならこれで充分だ。250mlの方が安いのでポイントの削減にも繋がる。何より、荷物を必要以上に持たなくていい。何かバッグでも持っていれば良かったのだが、残念な事に、オレは持ってきていなかった。さらに詳しく言うと、バッグと呼べる物はスクールバッグしかない。携帯端末と学生証さえあれば事足りていた為、買う必要性を特に感じていなかったのだ。
だが、こうして友人と外出するとなると話は変わってくる。最近、オレはそれをひしひしと感じている所なので、購入を前向きに検討したいと思う。
そんな事を考えていると、千秋も何を買うのか決めたようだった。彼女が学生証を機械に翳す前に、オレは自分の物を翳した。軽快な機械音が出されると同時に、ペットボトルが取り出し口に落ちる。それを渡すと、彼女は驚いたような表情を浮かべていた。
「えっ、良いの……?」
「いや、そういう約束だろう」
「……まあ、それはそうだけど……」
千秋は小声で何か続けると、何度か深呼吸をした。そして、栗色の髪の毛を耳に掛け直す。
その様子を見て、オレは理解に及んだ。出発前の会話を、彼女は本気にしていなかった、つまり冗談だと思っていたのだ。だが今のやり取りで、今日の支払いは全てオレが持つということを確信し、慌てているのだろう。
「ほ、本当に大丈夫なの? 無理はしていない?」
その質問に、オレは即答した。
「無理は何もしていない。オレがそこそこの小金持ちなのは、千秋も知っているだろう」
「それは知っているけど……」
「流石に全財産使われるのは困るが、まあ、そこはお前の良心に委ねるさ。とはいえ、その反応から心配しなくて良さそうだけどな」
冗談を交えながら言うも、千秋は中々首を縦に振らなかった。
生徒が個人で所有するプライベートポイントには『可能性』がある。上手く使えば、自分や仲間の危機から脱する事も出来る。彼女はそこについて考えているのだろう。
さて、どうしたものか。オレとしては、これは彼女に対する報酬。その報酬の形がマネーなのは自分でも些か問題な気がするが、これが一番手っ取り早いのも事実。しかし彼女が嫌がるのなら、変える必要があるだろう。
「どうする? 千秋が望むなら、他の形で応えても良い。オレはどちらでも構わないから、お前が決めてくれると助かる」
そう言うと、千秋は悩み始めた。そして数分後、彼女は言った。
「正直、私にプライベートポイントの余裕はあまりない。だから、ご飯だけご馳走になるよ」
「そうか、分かった。なら、プライベートポイントで何か困る事があったら言ってくれ。出来る限り力になろう」
「それだとあまり変わっていない気がするけど……うん、分かった。それでお願い」
千秋は複雑そうな表情を浮かべつつも、オレの提案を受け入れた。
まさかここまで話が大きくなるとは思っていなかったが、兎にも角にも、話はこれで終わった。
オレたちは自動販売機を離れると、ケヤキモールの中を見て回る。
「清隆くんはケヤキモールによく来るの?」
「質問を質問で返すようで悪いが、そう思うか?」
「うーん、あんまりそうは思わないかな。きみ、完全にインドア派だもんね」
「そういう事だ」
会話を楽しみつつ、様々な店を訪れる。千秋に答えたように、オレがケヤキモールに足を運んだ回数は両手で数えられる程度だ。
大型複合施設なだけあって、店舗は多い。映画館やイベント広場といった施設も併設されているのだから驚きだ。
「それにしても、やっぱり混んでいるな……」
充分な道幅があるものの、それを埋め尽くす人の数にオレは慄いてしまう。学生も多いが、学校関係職員も多く見える。彼等にとっても、今は夏休み。羽目を外したく思うのは当然だろう。
オレの独り言を拾ったのか、やや前を歩いている千秋が顔を振り向かせてきた。気遣わしげに視線を送ってくる。
「大丈夫? 人酔いしてない?」
「まだ大丈夫だ。何か頭痛とか吐き気とか感じたら言うから」
「無理はしないでね」
これまで過ごしてきた環境の所為だろう。オレは人が密集する場所が苦手だった。好き好んで行こうとは思えない。そう考えると、椎名と過ごしていたあの図書館は正しく理想郷だと言えよう。二学期も是非とも活用したいものだ。
気を紛らわせながら歩いていると、不意に千秋が足を止めた。どうかしたのかと尋ねると、ある店を指さす。
「ごめん、清隆くん。ちょっと寄ってもいい?」
「ああ、それは全然構わないが……」
答えながら、オレは引き攣った表情を浮かべた。
その店はピンク一色の内装で、ぬいぐるみからアクセサリーが取り揃えられていた。女子高生を対象にしているのだろう。店員も美人で、男が入るのは些かハードルが高い。
仮にオレが一人の時に入店しても捕まりはしないだろうが、場違い感を感じるのは間違いないだろう。まあ、今は千秋が居るから精神的ダメージはそんなに受けないと思うが……。
オレの言いたい事は千秋も察しているのか、
「きみは近くのベンチで休んでて」
と、言ってくれる。
オレはその言葉に、素直に甘えさせて貰う事にした。大丈夫だと意地を張っても仕方がないからな。
幸い、店のすぐ近くにベンチはあった。千秋が店内を回っている姿も見れる。オレはそれをぼんやりと眺めながら、今後の予定を考えていた。
メインイベントである夕食まではまだ時間がある。このまま施設内の店を回るのもそれはそれで楽しそうだが、カフェにでも入って雑談をするのも良いだろう。
どちらにせよ、彼女と過ごす時間は大事にしなければならない。
オレと千秋は協力関係にあるが、互いの事を熟知しているのかと聞かれると、それは断じて否だ。そもそも夏休みに入るまでは接点らしい接点もなかったのだ。精々が
「あれ?」
水を飲んでいると、聞き慣れた声が
「
「お前がケヤキモールに居るだなんて、明日は槍でも降るのかよ!?」
そう言いながら、二人の男子──
「久し振りだな、二人とも」
オレの言葉を受けて、池が全くだと言わんばかりに頷いた。
「本当だぜ。最後に会ったのは船上じゃないか?」
「……ああ、言われてみればそうかもしれないな」
旅行が終わってからはほぼずっと学生寮の自室で過ごしていたから、池や山内といったクラスメイトとも顔を合わす機会がなかった。
平田や
「こんな所で何をしているんだ?」
「少し休憩している。ほら、ここは人が多いだろう。ちょっと疲れてな」
買い物中の千秋を待っている事は別に言わなくても良いだろう。彼女との関係を隠している訳ではないが、わざわざこちらから話す事でもない。
千秋が戻ってきた時に二人がまだ居たらその時に説明すれば良いだろう。
そして、池はオレの言葉に納得したようだった。
「そうだよなぁー、こういう場所に慣れていないお前じゃ疲れるかもなぁ」
「まあ、そういう事だ。我ながら情けないとは思うが、どうか笑わないでくれ」
オレが懇願すると、池は「笑うかよ」と心外そうに言った。入学当初の彼なら間違いなく腹を抱えて笑っていただろうが、これまでの学校生活や特別試験を経て、少しずつ成長しているという事だろう。
「お前、本当に一人か?
オレが久し振りにクラスメイトとの雑談を楽しんでいると、山内が辺りをきょろきょろと見ながらそんな事を言ってきた。
「……居ないが、どうしてそう思うんだ?」
「いやさ、陰キャのお前が用もなしにここに来るのも可笑しいだろう。ましてや一人でさ。だから疑問に思ったんだよ」
「椎名はオレと同じで人混みが苦手だからな、仮に誘っても遠慮されるさ」
「ふぅーん」と言いながらも、山内は疑惑の目を送ってくる。確かにオレがここに一人で居るのは可笑しいかもしれないな。
これは千秋が戻ってくる前に会話を終わらせた方が良さそうだ。
「それで、二人は何の用で来ているんだ?」
オレが尋ねると、池が「あっ、そうだった!」と声を上げた。
「実はさ、今度心ちゃんの誕生日で、誕生日会があるんだよ。
「なるほどな。さしずめ、誕生日プレゼントを買いに来たということか」
「そういう事だ! どうだ綾小路、羨ましいだろう! 俺と寛治は女の子の誕生日会に呼ばれる程の人徳があるんだぜ!」
そうか、とオレはひとまず頷いておいた。
オレも誘われた事は言わない方が良さそうだ。山内の機嫌が良くなるよう、話を合わせる。
だが、持ち上げ過ぎたのだろう。
彼は鼻穴を膨らませると、「そうだ!」とにやけながら突拍子もない事を言い出した。
「決めた! 俺夏休み中に、
「「えっ」」
「今の俺なら、きっと佐倉も受け入れてくれる筈だ! なあ、お前らもそう思うよな!?」
オレと池は文字通り固まるしかなかった。顔を見合わせ、視線を交差させる。どうやら、オレたちは同じ考えをしているようだった。
先に口を開けたのは池だった。慎重にしながら、山内へおもむろに尋ねる。
「なあ、春樹。お前が佐倉に惚れてるのは何回か聞いていたけどさ……ちょっと急なんじゃないのか?」
「そんな事ないだろ。俺が佐倉にハートを射抜かれてから、もうすぐでひと月だぜ。寧ろ遅いくらいさ」
「いやでもさ、お前、佐倉とまともに話した事すらないんだろ。この前俺に、そう相談してきたじゃないか」
どうやら山内はオレ以外の友人にも相談をしていたようだった。
池に図星を突かれたのか、山内は「うぐっ」と呻き声を上げる。池は真面目な表情でさらに続けた。
「これは俺の善意だけどな、ろくに話したこともないのに告白だなんて、断られるに決まっているさ。佐倉ならしないだろうけど、最悪、クラス中の女子に知れ渡る事になるぞ」
山内は段々と顔を青くしていった。池の言った最悪のパターンを想像して、身を震わせる。
逡巡の末、オレも池に加勢する事にした。
「告白はまだ早いと、オレも思う。もう少し待った方が良い」
「……じゃあ、いつになったら良いんだよ。俺はいつになったら佐倉と付き合えて、きゃっきゃうふふなリア充生活を送れるんだよっ」
悲壮な表情を浮かべ、山内は嘆いた。今にも世界を憎み出しそうだ。
そして、オレは彼に掛ける言葉が見付からなかった。
何故ならオレは、山内の告白が失敗するであろう事を知っている。山内から相談を受けていると同時に、佐倉からも相談を受けているからだ。
佐倉から直接的な言葉を聞いた訳ではないが、彼女の様子から考えられるに、もし告白されたら断るだろう。
とはいえ、それは現時点での話だ。今後佐倉が山内のアプローチを受けて、考え方が変わる可能性は零ではない。
「平田や綾小路みたいに、楽しい青春を過ごしたいんだ! 可愛い彼女を作って、沢山遊んで、そして、そして……! うへっ、うへへへへへへへへっ」
そう言って、山内は気持ち悪い笑い方をした。学校でならまだしも、公共の場ではやめて欲しい。現にほら、周囲の人間から奇異の眼差しを送られてくるから。そのうち警備員を呼ばれるかもしれないな。
「ほ、ほら、行くぞ春樹! 目的を忘れるなよ、俺たちは心ちゃんの誕プレを買いに来たんだぞ!」
敏感に空気を感じ取ったのだろう、池は山内の腕を取ると、そのまま引き摺るようにして離れ始めた。
「じゃ、じゃあな綾小路。また会おうぜ!」
「ああ、またな」
別れの挨拶をし、オレは二人を見送った。暫くは奇怪な笑い声が響いていたが、やがてそれもなくなる。
出来ていた人集りも事態の収束を察したのか、ぞろぞろとなくなっていた。ふぅ、と息をついていると、千秋が戻ってくる。
「どうしたの? 何か疲れてる?」
そう言って、千秋は不思議そうに首を傾げた。小休憩をとっていた人間がどんよりとした雰囲気を出しているのだから、それは当然だ。
オレは彼女に今起こった出来事を話そうかと思ったが、やめておく事にした。何でもないと答えるのには無理があったが、追及が飛んでくる事はなかった。
「それで、そっちはどうだった? 何かめぼしい物はあったのか?」
「ううん、特に何も。やっぱり、数週間じゃ品揃えは大して変わらないね」
数週間、というのは豪華客船での旅行期間のことを指しているのだろう。
残念だったなと声を掛けつつ、オレはベンチから立ち上がる。そして、移動しようと声を掛けた、その時だった。
「……ッ!」
千秋が表情を強張らせ、鋭く息を呑む。僅かに後退し、瞳を揺らした。
只事ではないと思い視線を向けると、そこには数人の女子高校生が立っていた。
オレも、そして千秋も彼女たちの事は知っていた。それもその筈、彼女たちはクラスメイトだった。
逃走は逃がさないと言わんばかりに、オレたちが何か行動に移すりよも先に、向こうが先手を打ってきた。
「久し振り、松下さん。それに、綾小路くんも」
言葉だけ抜き取れば、それは何て事のない普通の挨拶。だが、オレも、そして千秋もそれが普通ではない事を感じ取った。
何故ならば、篠原から嫌悪の眼差しが送られてきていたからだ。
この状況を全く想定していなかったのか、と聞かれたらそれは否だ。それ故にオレは、今直面しているこの状況に比較的冷静でいられた。
だがしかし、それはあくまでもオレの話だ。オレの横に立っている栗色の髪の少女──
「……
千秋は
彼女もオレと同様、この状況を全く想定していなかった訳ではないだろう。夏休みという長期休暇のこの時期、大型複合施設であるケヤキモールに生徒が遊び先として選ぶのは何ら不思議な事ではない。現にオレたちがそうであり、クラスメイトと鉢合わせる事は充分にある。それこそ、先程オレはクラスメイトである
だがいくら想定していようとも、実際に直面すると思うように行動出来ないのは何ら珍しくない。
「ふぅーん」
篠原がオレと千秋を交互に見ながら、そう呟く。その剥き出しにされている嫌悪という感情に、千秋は動揺を隠せない。
しかし、それは千秋に限った話ではなかった。
篠原の友人たちもそれは同様であり、彼女の背後で慌てている様子が見て取れた。千秋と篠原の仲が良好なものではなくなった事を、彼女たちは知っているのだろう。こういった人間関係の変化を、思春期である女子高校生がキャッチしない筈がない。ひそひそと囁き声を交わし、遠くから無遠慮に視線を飛ばしてくる。
そしてその中には、オレの友人である
──助けてくれ。
オレがアイコンタクトを送ると、それを拾った桔梗はどこまでも邪悪に笑った。さしずめ、魔王のようだ。
だがその邪神に
──貸し一つだよ。
桔梗はパチッとウインクすると、わざとらしく「あれ?」と声を出した。当然、皆の視線は彼女に集中する。千秋と松下以外の視線を浴びた彼女は、人好きのする笑みをにっこりと浮かべた。
「松下さんと
「……まあ、確かにそうだな」
「それも見た所二人きりみたい。あっ! もしかして、付き合っているのかな!?」
助けてくれとは伝えたが、この助け方は違うだろ。非難の眼差しを送るも、桔梗は何処吹く風だった。
篠原の友人たちが、桔梗の爆弾発言に声にならない悲鳴を上げる中、桔梗はさらに言った。
「あれれ? でも確か、綾小路くんは
「あれれー?」と桔梗は不思議そうに可愛らしく首を傾げる。オレからしたらそれが、天使の笑みではなく悪魔の笑みにしか見えない。
桔梗の目的は分からないが、オレに出来ることは事実を言うことだけだ。
「面白い事を言うな、櫛田。残念だが、オレは誰とも付き合っていないぞ」
「あっ、そうだったんだ!? クルージングの時も、二人が一緒に居る所を見た子が多くいたから、てっきりそうだと思っていたよ! 中には、綾小路くんが椎名さんに膝枕されている所を見た子もいたし!」
「…………まあ、仲が良い事は否定しないが」
オレがそう言うと、桔梗は「そうだよね!」と、深く頷いた。それから、彼女は千秋に視線を送りつつ言った。
「でも、知らなかったなぁ……。綾小路くん、松下さんとも仲が良かったんだねっ」
少なくとも一学期の間、オレと千秋には何も接点がなかった。それが今はこうして一緒に居るのだから、何も知らない生徒からすれば不思議でしかないだろう。
そして、その何も知らない篠原の友人たちは桔梗の言葉を受けてまたもやひそひそと言葉を交わす。
「実際の所、どうなのかな……?」
「綾小路くんがCクラスの椎名さんと仲が良いのは周知の事実だけど……」
「そうだよね。この前のランキングでも平田くん軽井沢さんのカップルを差し置いて、堂々の一位だったもんね……」
「でもさ、学校がない夏休みにわざわざ会うのも可笑しくない?」
「ある程度の関係を築いているのは間違いないよね」
などと、彼女たちは続々と推測を口にする。
オレは内心、深々とため息を吐いた。こうなる事は分かっていたものの、面倒臭い事に変わりはない。
だがしかし、こうなったのはオレの責任だ。全ての原因はオレにある。
例えば、もし千秋と篠原がこのような冷えた関係になっていなければ、この場はもっと明るい雰囲気になっていた筈だ。今尚、根も葉もない憶測を口にする彼女たちも、幾許かは変わっていただろう。
行動には責任が伴う。当たり前の事だ。そして、その責任をオレは少しでも果たさなければならない。オレは閉ざしていた口を開けると、この場に居る全員に聞こえるように言った。
「ここに居る千秋とは、この前の特別試験の時に仲良くなった。その時に遊ぶ約束をしていてな、今日がその日だったんだ」
オレが下の名前を言うと、篠原を含む全員が各々の反応を示した。
それらを無視しながら、オレは言わなくても良い事を敢えて続けて言った。
「そうだな……こう言おうか。他クラスを含めた女子生徒で最も仲の良いのが椎名だとしたら、千秋はDクラスの女子生徒で最も仲が良い」
「なん……!? ちょっ……!? 清隆くん!?」
オレの言葉で我を取り戻した千秋が驚愕の声を上げる。
とはいえ、彼女に対応している時間はない。
考える時間を与えないよう、オレはさらに続けた。
「そういう事だから、ここで失礼させて貰う。この後は一緒に、晩御飯を食べる約束をしているんだ」
一方的に別れを告げ、オレは全員の目の前で千秋の手を取る、ゆっくりと歩き始めた。
愕然としているクラスメイトの横を通り過ぎる。そして、最後尾に居る桔梗と一瞬だけ視線が交錯した。彼女はやはり愉快そうに嗤っていて、真意は分からない。
その攻撃的な笑みをオレは脳に刻みつつ、千秋の手を引きながらクラスメイトから離れていく。
「待って」
しかしながら、背後に制止の声が掛かる。無視すれば良かったのだが、千秋の足が止まってしまい出来なかった。
オレは顔だけ振り向かせ、声主に何の用かと目で尋ねた。
「一つ、聞きたい事がある」
篠原はそう言うと、オレに近付いてきた。そして、周りに聞こえないぎりぎりの声量で尋ねてくる。
「綾小路くん、あんたが松下さんを使ったの?」
「質問を質問で返すようで悪いが、何の事を言っているんだ?」
「あんたが松下さんに、
篠原さつきの長所は、確たる『自分』を持っている所だろう。自分の思った事、感じた事、考えた事を即座に行動出来る人間は中々居ない。ただでさえ同調圧力に日本人は弱く、それ故に彼女のような人種は非常に稀有だ。
彼女は特別試験で松下千秋が女王である軽井沢恵を弾劾した時から、不思議でならなかったのだろう。軽井沢の下着が盗まれたという事件が起こった直後、普通なら周りの人間は同情する。だがしかし、千秋がとったのは慰めではなくて批判。盗まれる軽井沢にも問題はあったのではないか、という指摘だ。
それまで彼女たちは曲がりなりにも友人関係にあった。為人はある程度互いに知っている仲だ。
それ故に彼女はずっとこれまで、あの時から疑念を抱いていたのだろう。何故、松下千秋はあの時にあのような突発的な行動をしたのだろうか、と。
そして今日、千秋と共に居るオレを見て確信したのだ。
松下千秋の背後に居るオレ──綾小路清隆という存在に。
「ああ、そうだ。オレが千秋に指示を出した」
オレが事実を認めると、篠原は一瞬だけ目を見開いた。そして、敵意を含んだ目で睨んでくる。
「前々から思っていたけど、私、綾小路くんの事嫌い」
そう宣言すると、篠原はクラスメイトの下に戻っていった。最後にオレと千秋を一瞥してから、雑踏の中に姿を消す。
暗鬱とした空気がオレたちの間に流れる。数分前まではそれなりに楽しい雰囲気だったと言っても、信じる者は少ないだろう。
ここに長居していても状況は好転しない。そう判断したオレは、千秋に「行くか」と声を掛けた。
時間はまだ早かったが、目的である飲食店が立ち並ぶ区画に向かう。様々な料理を扱った専門店が看板を立てており、料理の良い匂いが鼻腔をくすぐった。そして数分後、オレたちは目的地に到着する。
「このお店?」
「ああ、そうだ」
オレが頷くと、元気を取り戻しつつあった千秋は「ふぅーん」と呟いてから、
「見た所焼肉屋のようだけど……何か理由でもあるの?」
と、首を傾げてみせた。
オレが案内したのは、彼女が言った通り焼肉屋であった。マスコットのぶくぶくと太った大きな牛が看板に描かれており、「ボクを食べて食べてー!」と言っている。食べられる側がこの台詞を言うのは色々と問題な気がするが、触れるのはやめておこう。
何でもこの焼肉屋は高級な焼肉を安く提供している事で有名らしい。ネットで見た掲示板に書かれていた内容を思い出しつつ、オレは質問に答えた。
「特に深い理由はない。ただ、オレは人生で一度も焼肉を食べた事がなくてな」
「えっ、それ本当?」
「本当だ。まあ、両親が厳しくてな。あまり自由が利かなかったんだ。今は親の目もないから、食べてみたいと思ってな」
事情を説明すると、千秋はとても驚いたようだった。
「確か、カラオケもこの前が初めてだって言ってたよね。ご両親、そんなに厳しかったんだ?」
「……ああ、それはもう厳しかったな。──まあ、オレのつまらない身の上話は置いておくとして、中に入ろうか」
「うんっ」
店内に入ると、肉の焼ける音とその匂いがオレたちを歓迎した。すぐに、美人な店員が対応してくれてテーブル席に案内してくれる。
「個室なんだ」
「ああ、その方が良いだろうと思ってな。そこだけは事前に調べてきた」
防音室である事も確認済みだ。これで心置きなく、二人だけの時間を楽しむ事が出来る。邪魔者は居ない。
千秋と向かい合って座ったタイミングで、店員がにこやかに笑いながら話し掛けてきた。
「お客様、当店は初めてのご利用ですか?」
「ええ、そうです」
「畏まりました。それでは、当店について説明させて頂きます。当店は──」
注文方法やおすすめのメニューなどの説明をすると、店員は「それでは、ごゆっくりどうぞ」と一礼してからここを後にした。
オレは改めて店内を見渡した。豪華な内装にも驚きだが、総じて店員のレベルが高い。美男美女ばかりだと、ここが本当に焼肉屋なのかと疑ってしまうというものだ。
「ふふっ、清隆くんソワソワしているね」
おしぼりをオレに手渡しながら、千秋が微笑ましいものを見るような目で、そう笑った。
そうだな、とオレは素直に頷く。この学校に来てから数ヶ月、オレは『初めての経験』を多くした。だがしかし、まだまだ多くの『未知』がこの世界にはある。
まずは単品ずつ注文していくのか、食べ放題かを選ぶ事になる。「清隆くんは男の子だから、食べ放題の方が良いと思うな」という千秋からの助言を受け、これはすぐに食べ放題で決まった。
先程の店員が網をセットしている間、オレはタッチパネルを操作しながら──近年はこれを取り扱っている店が増加しているらしい。実際、学校敷地内にある店の殆どはこれを採用している。恐らくは運用試験も兼ねているのだろう──千秋に尋ねた。
「千秋はどれが良い?」
「私は奢って貰う立場だから、どれでも良いよ──って言いたいけど、今回はそうもいかないかな」
「……? どういう事だ?」
オレの疑問に、千秋は得意気に胸を張りながら答えた。
「焼肉にはね、清隆くん。注文の順番があるの」
「……なるほど?」
「その顔は分かってなさそうだね。まあ……簡単に言うと、より美味しく食べる為のセオリーかな」
例えば、と彼女は続けた。
「最初はタン塩、これに限るね」
すると、網をセットし終えた女性店員が感心したようにぱちぱちと拍手をした。
オレたちが視線を送ると、彼女は「申し訳ございません」と謝罪しつつも、恐る恐るといった具合に言う。
「そちらのお客様の博識さに驚いてしまいました。高校生でご存知の方は中々見掛けないものでして」
「あー、いえ。父から教えて貰っただけですから……」
「失礼致しました。ごゆっくりどうぞ」と、店員はオレたちの前から姿を消した。
このまま、頬をやや赤く染め上げている千秋を観察していても面白そうだが、それは可哀想か。
「注文は千秋に任せても良いか。次回の参考にしたいから、教えてくれると助かる」
「うんっ」
千秋は笑顔を浮かべると、タッチパネルを操作した。暫くすると、注文した肉が運ばれてくる。
一番最初に運ばれてきたのは、先程話題に出たタン塩だった。
「私が見本を見せるね。こうやって焼くんだよ」
そう言いつつ、千秋はトングで肉を挟むと網の上へ丁寧に置いた。目で促され、オレも見様見真似でやってみる。だが、狙った場所から少しズレたところに肉は着地してしまった。
「意外に難しいな……」
「なら、どんどん焼いていこっか。あっ、でも焼き過ぎには注意してね。焦げると大変だから」
「わ、分かった」
二、三枚とタン塩を網の上に置いていく。
それから四分が経っただろうか。「そろそろ取ろう」と千秋が言い出した。取るというのは、この焼けた肉を網の上から取り出す事だろう。
オレは近くにあった肉にトングを伸ばすも、
「あっ、待って!」
と、制止の声が出される。オレがびくっと手を止めると、千秋は真剣な表情でオレが取ろうとしていた肉を凝視していた。
「そのお肉、まだ早いかな。こっちだったら大丈夫だと思う」
「な、なるほど……」
今度は、許可が出た肉にトングを伸ばす。すんなりと取れると思っていたのだが、肉が網に張り付いていて難しい。力任せで強引に取ると、肉が千切れてしまった。
千秋は一度笑うと、こうやるんだとばかりに綺麗に取ってみせた。
「おお……!」
称賛の眼差しを送ると、千秋はドヤ顔になった。そのまま、ひょいひょいと慣れた動作で踊っていた肉を回収する。
そのタイミングで、肉とは別に注文していたご飯やスープといった料理が運ばれてくる。香ばしい匂いに、オレは腹の虫が鳴るのを止められなかった。そしてそれは千秋も同じようだった。
「「頂きます」」
二人だけの夕食が始まった。タン塩は独特な噛み応えがありつつも、あっさりとした淡白な味わいでとても美味しかった。
その後も千秋主導の元、様々な肉を注文していく。タン、カルビ、ロース、赤身、そしてホルモン。
なるほどな、とオレは腑に落ちた。タン塩を最初に食べる理由は、味付けが最も薄いからなのだろう。後に食べる肉は濃い味付けのものばかりで、最後の方にタン塩を食べたら、その肉の味を正しく味わえなくなるのだろう。
「こんなに美味しいご飯を食べたの、久し振り」
「そうだな。普段は山菜定食ばかりだからな」
「きみは毎食ご馳走を食べられるだけの余裕があるでしょ」
「そこは否定しないが、Dクラスのオレが高い物ばかり食べていたら悪目立ちするだろ」
それはそうだね、千秋は頷いた。
とはいえ、極貧生活を強いられるのもあと数日。二学期になれば、特別試験で得たクラスポイントがそのままプライベートポイントとなって振り込まれる。何事もなければ20000prは入る筈だ。他クラスと比べたら雲泥の差ではあるが、これから上げていけば良い。
至福の食事の時間はあっという間だった。ラストオーダーも終わり、最後に頼んだデザートもついに食べ終わってしまう。タッチパネルでは滞留時間を示す数字が着々と減っていた。あと十分と少々で、会計をしなければならない。
そしてその間に、千秋とは話をする必要がある。
「さっきは本当にすまなかった。かなり気分を害しただろう」
まずは、先程の篠原との一件を謝罪する。深く頭を下げると、「顔を上げて」と声が掛けられた。
千秋は真剣な面持ちでオレを見詰めていた。そして、おもむろに話し始める。
「清隆くんが謝る事は何もない。私は篠原さんではなくて、きみを選んだ。この先のクラス闘争に於いて、私に何が必要なのかを考えた結果だからね」
「……そう言って貰えると助かる。ならオレは、お前の選択が間違っていなかったと証明し続けよう」
「ふふっ、期待しているね」
千秋はそう言って、優しく微笑んだ。オレは、この約束を決して忘れないよう肝に銘じた。
「早速だがこれからについて話をしたい」
「これからって言うと、二学期からの事だよね。この前きみは、個人で動くって言っていたけれど……」
「その方針に変わりはない。もちろん、特別試験の時はクラスに協力する予定だ。だがそれとは別に、オレ個人で動こうと思っている」
「私もそれには賛成かな。一学期の間、Dクラスは上手く立ち回っていたと思うけど、当然、他クラスは警戒すると思う。少なくとも、『ただの不良品の集まり』だとは思ってくれない筈」
尖った生徒は多くいるが、Dクラスの基本的な能力が他クラスに劣っているのは間違いない。クラス闘争がより熾烈な争いになる以上、集団から脱却した個で動く必要が出る。
「当面の目標は?」
千秋の質問に、オレは即答した。
「Aクラスへの切符──2000万prの獲得だ」
「異論はないよ。私も将来の事を考えたら、Aクラスの特権は是非とも欲しいからね」
Aクラスの特権。それ即ち、『望む進学先及び就職先への斡旋』だ。オレはこの特権については露ほども興味はないが、2000万prには価値がある。これだけの大金があればある程度の事は実現可能だろう。
「だけど清隆くん、どうやってそれだけの額を集めるの? 確か、今のきみの所持プライベートポイントは20万prだったよね。百倍にするのは中々難しくない?」
千秋の指摘は何も間違っていない。
普通の方法では2000万prを手にするのは不可能に近い。だが、実現可能ではある。学校もそのぎりぎりのラインを見極めている筈だ。
問題は、その方法だ。
そしてそれを考える前に、まずは行うべき事がある。
「これはまだ仮案だが、まずは聞いて欲しい──」
オレの言葉を聞くと、千秋は「ええっ!?」と驚愕の表情を浮かべた。
──千秋と遊んでから、数日後。
オレは夏休みなのにも関わらず、制服を着ていた。炎天下の中汗をかきながら歩き、校舎に入る。目的地に向かう道中、一人の男子生徒とすれ違う。
「何故、お前が……?」
そんな呟き声が出されるも、オレは聞こえなかった振りをした。世間話をするような間柄ではないし、約束の時間に間に合わなくなったら先方に失礼だろう。
校舎は冷房が効いていなかった。とはいえ、学校がないのだからそれも当然か。不気味なほど静かな廊下を通り、階段を上がる。そして数分後、ついに目的地に到着する。
ここに来るのは三回目か。自分の意思で来たのは、これが初めてだ。今日の話の結果によっては、今後も来る事になるだろう。
ノックを三回すると、入室の許可が出た。オレは形式的に挨拶をしてから、おもむろに扉を開けた。
「久しいな、綾小路」
この部屋の主──『生徒会長』堀北学はそう言って、オレを出迎えた。
読書の皆さんが思う、一学期の間に最も実力を示したDクラスの生徒は?
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綾小路清隆
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堀北鈴音
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平田洋介
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櫛田桔梗
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須藤健
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松下千秋
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王美雨
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池寛治
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山内春樹
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高円寺六助
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軽井沢恵
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佐倉愛里
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上記以外の生徒