ようこそ事なかれ主義者の教室へ   作:Sakiru

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分岐点 IV

 

 思えば、堀北学(ほりきたまなぶ)との縁は一学期の頃から始まった。

 その時オレは偶然にも、彼とオレのクラスメイトである堀北鈴音(ほりきたすずね)が実の兄妹(きょうだい)である事を知る事になった。そして彼と軽く拳を交えるようになり、結果、興味を持たれるようになってしまった。

 その時はその場で切れる縁だと思っていた。彼との戦闘で実力を出してしまったのは完全に計算外だったが──全力ではないが、それは向こうも同じだろう──接触してくる事はないだろうと考えていたのだ。

 事実、下級生であるオレたち一年生が上級生と交流する機会は、公の場では今の所ない。部活動にでも所属していれば話は別だが、オレは無所属。向こうも生徒会と接点を持つ事はなかった。

 しかし現在に至るまで、オレと彼の奇妙な関係は続いている。DクラスとCクラスの(いさか)いである『暴力事件』の時には、情報を与えていたとは言え、オレと龍園(りゅうえん)が意図して事件を起こしたのを見抜かれた。その結果、彼はさらにオレに対して興味を示すようになった。

 人生というのは何が起こるか分からないと、心から思う。

 とはいえ、生徒会長の彼と一般生徒でしかないオレが表で関わったら周りは何事かと怪訝に思うだろう。それが分かっていたからこそ、これまでオレたちは裏で会う事しかして来なかった。

 だがそれも、今日の話によっては変わってくるだろう。

 

粗茶(そちゃ)ですが、宜しければどうぞ」

 

 案内された席に着くと、『生徒会書記』の役職に就いている少女──橘茜(たちばなあかね)はそう言いながら緑茶が入っている湯呑みを差し出してきた。鮮やかな紫紺の髪色に、特徴的な二つのお団子がとても可愛らしい。男心を擽られる男子生徒は多いだろう。

 

「さっそく話を──と、言いたい所だが。この炎天下だ、汗をかいて疲れているだろう。話はそれからでも悪くない」

 

「そう言って貰えると助かります、生徒会長。それではお言葉に甘えさせて頂きます」

 

 オレが頭を軽く下げると、堀北学は眉間に皺を寄せた。何を今更畏まっているのかと、鋭い視線を送ってくる。

 彼の気持ちはオレも分かる。自分でも気持ち悪いとは思うが、ここには橘先輩が居る。彼女が居る間は、生徒会長を尊敬している生徒を演じなければならないのだ。

 かと言って、この状況で橘先輩を無理に退室させるのは難しい。生徒会長が指示を出せば彼女は従うだろうが、疑問は抱く筈だ。

 それに、今からする話は橘先輩も決して無関係ではない。それが分かっているからこそ、堀北学は何も言えない。

 出された緑茶を飲みながら何となく室内を眺めていると、オレは僅かながら違和感を覚えた。失礼にならない程度に視線を彷徨わせる。

 すると橘先輩はそれを感じ取ったのだろう、「どうかしましたか?」と尋ねてきた。

 

「オレの勘違いかもしれませんが、この部屋にどこか違和感を感じました」

 

 素直に思った事を答えると、橘先輩はなるほどと首を縦に振った。そして教えてくれる。

 

「実はこの夏休みを利用して、この生徒会室を改装工事していました。綾小路くんが言っている違和感の正体は、恐らくそこにあると思います」

 

「なるほど……しかし改装工事ですか。たったひとつの部屋にそこまで大掛かりな事をするだなんて、学校はよく許可を出しましたね」

 

「この学校の生徒会は普通の学校とは違いますからね」

 

 そうなんですね、とオレは相槌(あいづち)を打つ。

 

綾小路(あやのこうじ)くんとお会いするのは随分と久し振りですね。こうして面と向かって話すのは、初めて会った時以来でしょうか」

 

「『暴力事件』の審議会の時は、お互い忙しかったですからね」

 

 審議会の時、橘先輩は生徒会の人間として司会と書記の役割を担っていた。そしてオレはクラスの代表として出席しており、ろくに話す事も出来なかった。

 

「あの時は大変でした。まさか夏休みを目前に控えた状況で問題事が起きるとは思ってもみませんでしたからね」

 

「それは本当に申し訳ないです。しかし、あの事件でクラスメイトは大きく変わりました。もちろん、良い意味でです」

 

「それなら良かったです。とはいえ、それが一時的なものでは駄目ですよ、綾小路くん。あの子が立派になるよう、助けてあげて下さいね」

 

「無論です」

 

 オレが力強く頷くと、橘先輩は満足したように笑った。『暴力事件』の真相を知らないであろう彼女には、この対応をするしかない。

 その一方、真実を知っている堀北学からすれば、これは質の悪い喜劇にしか映らないだろう。

 

「綾小路くんたち一年生が入学してから四ヶ月が経ちましたが、この学校はどうでしょうか?」

 

「そうですね……辛い出来事も沢山ありましたが、総じて言えば最高だと思います。ここまで勉学に専念出来る環境を、オレは知りません」

 

 オレの偽りの言葉に、橘先輩は目を見開いた。「それは良かったです!」と朗らかに笑う。

 オレはさらに続けた。

 

「ただ、突然開催された『特別試験』には驚きました。オレだけではなく、殆どの生徒が度肝を抜かされましたよ」

 

「……それは、そうでしょうね。私たち三年生も、初めて臨んだ『特別試験』の事は今なお覚えています。それだけ衝撃的でしたから」

 

「恥ずかしながら、オレたちDクラスは最初何も動けませんでした。他クラスはすぐに行動を開始していたというのにです。オレたちが『不良品』の烙印を押されている理由を痛感しましたよ」

 

「そんな事はありません。想定外の場面に自分が直面した時、すぐに行動出来るのはもちろん素晴らしい事ではありますが、それが裏目に出る事も多々あります。まずは考える事が大事です」

 

「ありがとうございます。前々から思っていましたが、橘先輩は優しいですね。Dクラス所属のオレにも、分け隔てなく接してくますから」

 

 最後の言葉は本心だった。Dクラスは学校公認の『不良品』。その評価をオレを含めたDクラスの生徒はされている。快進撃のおかげで『オレが所属している一年Dクラス』はその風潮はなくなりつつあるが、他学年は『Dクラスだから』という理由で嘲笑される事は珍しくないと聞く。そしてそれを裏付けるように『他学年のDクラス』のクラスポイントの数値は絶望的だ。

 もちろん、それは『オレが所属している一年Dクラス』も同じ事。二学期以降もこの快進撃が続くかは分からない。他クラスも警戒を上げるだろう。この状態を保つのは極めて難しい。

 それだと言うのに、橘先輩は初めて会ってから現在に至るまで、『Dクラスだから』とは一言も言って来なかった。生徒を公平に扱わないといけない生徒会に所属しているからというのもあるだろうが、これは彼女の性質による所が大きいのだろう。

 

「以前にも言いましたが、『クラス』という外側で判断するのではなく、『その人』と向き合う事が大切だと私は思っていますから」

 

 橘先輩は照れくさそうにしながらも、確たる意思をもってそう言った。

 彼女の言葉は事実その通りだろう。

 だがしかし、文明が発達している現代に於いても理不尽な差別は存在する。人はそれを『悪』だと言うが、無意識でそれを行っている事は珍しくなく、またそれに気が付く事はないのだ。

 

「流石、堀北生徒会長が最も信を置いているだけはありますね」

 

 オレがそう褒めると、橘先輩は顔を真っ赤に染め上げた。そして俯き、表情を隠す。

 しまった、やり過ぎたかと反省していると、咳払いが一つ出た。オレと橘先輩が揃って視線を送ると、そこには無表情の堀北学が居るではないか。もしも妹が見たら卒倒しそうだな。

 

「そろそろ雑談の時間は終わりだ」

 

 生徒会長の言葉で、それまで賑やかな雰囲気はピリッとした緊迫としたものに変わった。

 橘先輩もスイッチをオフからオンにし、真面目な表情を浮かべる。オレはもう少し彼女との雑談を楽しみたかったが、部屋の主にそう言われては断れない。

 

「綾小路、まさかお前自らから話をしたいと言ってくるとはな。想像もしていなかったぞ」

 

「そうですか。しかし生徒会長、お言葉ですがオレから言い出さなかったら貴方から誘いがあったのでは? 少なくともオレはそう思っていますが、違いますか?」

 

「違わないな。お前とは一度、夏休みの間にゆっくりと話す時間が欲しいと思っていた。だがまさか、こうして生徒会室に乗り込んでくるとは思っていなかった」

 

 この部屋は堀北学の領域と言っても良い。つまりオレは、敵地に真正面から突っ込んだようなもの。

 オレのやり方を多少なりとも知っている彼からすれば、オレの行動は不可解なのだろう。

 

「随分前に話した──『友好的な付き合い』。それについて話をしようと思いました」

 

「ほう……?」

 

「堀北生徒会長と、オレは仲良くしたいと考えています。そのような相手に誠意を見せないのはおかしな話でしょう」

 

「……なるほどな。お前の言いたい事は分かった」

 

 堀北学はそう言うと、雰囲気を一変させた。それは生徒会長という表の顔に、堀北学という個人の裏の顔を足したもの。

 橘先輩は一瞬だけ彼の変化に驚くも、すぐに表情を戻した。それから、オレを見詰める。

 

「綾小路くん……きみには堀北くんにその顔をさせるだけの『何か』があるという事ですか」

 

「それはどうでしょう、橘先輩。少なくとも堀北先輩はそう思ってくれているようですが」

 

 オレは橘にそう答えると、堀北学に視線を送った。橘もオレに倣いそうした。

 オレたち二人の視線を受け──彼は眼鏡を掛け直すと、瞳の光をより一層強くする。そしておもむろに口を開けた。

 

「確かに、オレは以前お前に『友好的付き合いを望む』と言った。その意味が分からないお前ではないだろう。それ故に俺が問う事は一つだ。覚悟はあるのか」

 

「覚悟、か。それはどうだろうな」

 

 だが──と、オレは続けた。

 

「だが、欲しい物が出来た。その為にオレはあんたと手を結んでも良いと思った」

 

「それは、俺を利用するという事か?」

 

「それが互いの利になる。オレはオレ自身の為にあんたを利用し、あんたはあんた自身の為にオレを利用する。それだけの話だろう」

 

 視線が交錯する。

 オレたちは視線を決して逸らす事なく、睨み合うようにして見つめ合った。

 先に緊張を解いたのは、堀北学だった。微小を浮かべ、どこか柔らかい声音で言う。

 

「随分と良い顔をするようになったな、綾小路」

 

「……良い顔?」

 

「ああ、そうだ。お前の欲しい物が何かは知らないが、余程大事な物なのだろう。初めて会った時とは別人な印象を受けるぞ」

 

「……どうかな。オレは変わったつもりはないが、あんたがそう言うのならそうなんだろう」

 

 オレがそう答えると、堀北学はもう一度笑った。

 そして、オレたちの会話を聞いていた橘も同意するように言う。

 

「私も堀北くんと同じです。とはいえ、二人のやり取りを見て確信しました。綾小路くん、きみ、演技をしていましたね。さっきまであった礼儀正しさが、今のきみからは微塵も感じられませんから」

 

「平たく言えばそうなりますね」

 

「……むっ、全く悪びれません!」

 

 怒っているのか、ぐわぁー! と身体全身を使う橘。オレはそんな彼女に言った。

 

「すみません、先輩。オレは貴方に『先輩を尊敬している後輩』を演じていました」

 

「やっぱり! 可笑しいと思っていたんですよ! まだ数回しか話した事ないのに、何でこんなに持ち上げてくれるのかなって!」

 

「とはいえ、貴女に言った『優しい』という言葉は本心ですが」

 

「……!? で、ですが! それが本当かどうかは分からないじゃないですか!」

 

「そうでしょうね。だからオレはこれから、先輩にそれが真実であると誠意を見せるしかありません」

 

 橘は「むむむ……!」と唸りながらも、オレを睨んだ。それから数十秒後、苦い表情と共にため息を吐く。

 

「思う所がない訳ではありませんが、まあ良いです。その代わり、綾小路くん」

 

「はい、何でしょう」

 

「その取って付けたような態度はもうやめて下さい。堀北くんと同じような対応で構いません」

 

「分かりました、そうさせて貰います」

 

 オレが神妙に頷いてみせると、橘は暫く何か言いたそうに口をもごもごとしていた。しかしそれ以上何かを言うことはなく、口を閉ざす。

 そんな彼女にオレは気になっていた点を尋ねた。

 

「ところで、橘先輩は普段生徒会長の事を『堀北くん』と呼んでいるんですね」

 

「んなっ!?」

 

「さっきからずっとそう言っているので、少し驚きました。いえ、別に不思議でも何でもないんですけどね」

 

 ただずっと、橘は堀北学の事を『生徒会長』や『会長』と呼んでいた。二人は三年Aクラスで、クラスメイトでもある。だから何も可笑しくはない。ただずっとそのように聞いていたから、オレが勝手に新鮮さを覚えただけだ。

 

「話を戻そう」

 

 口をアワアワとする橘を華麗にスルーし、堀北学は脱線していた話を戻した。

 

「お前が協力してくれると言うのなら、俺が断る理由はない。元はと言えば俺から申し出た事だからな」

 

 この瞬間から、オレと堀北学は協力関係になった。

 

「今の所、オレからあんたに頼む事はない。だからまずは、あんたがオレに何を望むのか聞きたい」

 

 オレがそう促すと、彼は無言で頷いた。理知的な瞳を強く輝かせる。

 

「単刀直入に言うが──綾小路、お前には生徒会に入って貰いたい。そして、『副会長』に就いて貰いたい」

 

「えっ!?」と橘書記が言葉を漏らす。それから彼女は恐る恐る本気かと生徒会長に視線を送った。だが彼は何も言わず、言葉を撤回しない。その意味を理解した彼女は呆然とするしかなかった。

 だが、それはオレも同じ思いだった。生徒会に勧誘される事は想定していたが、まさか『副会長』とはな。

 

「まずは聞かせてくれ。今まで無所属だったオレが『副会長』にいきなり就く事は可能なのか?」

 

「可能だ。この学校の生徒会では、『副会長』の上限は二名となっている。そのうち一枠は既に埋まっているが、生徒会長であるオレならその一枠を埋める事は可能だ」

 

「ま、まって下さい会長! 確かにそれは校則上可能ですが、例年は一人です! それに強引に彼を『副会長』にしたら、他の役員から不満が出ます! いえ、生徒会に限らず他の生徒からも苦情が出ても可笑しくありません!」

 

 我に返った橘がそう叫ぶも、生徒会長は何も言わない。無言で部下の訴えを受け止める。

 とはいえ、橘書記の言う事は尤もだ。

 表向きは何の実績も持たないオレが突然『副会長』に就任したとしても、周りはあまり歓迎しないだろう。

 

「それだけならまだ良いです! 最悪、会長に責任が問われます!」

 

『副会長』として何の成果も出せなかった場合、その責任はオレを推薦した堀北学に問われる事になる。『歴代最高』と評された堀北学生徒会長の名前に傷がつく事になる。堀北学の事を慕っている橘茜からしたら、それは絶対に避けたい事態なのだろう。

 さらに最悪なのは、責任を問われた堀北学の求心力が無くなる事だ。彼らはあと半年と少しでこの学校を卒業する身。Aクラスと言えど、絶対の保証はない。三年生のクラス闘争にさらなる爆弾が投下される事は確実だ。

 それが分からない彼ではないだろう。それを分かっていながら、彼は強硬策に出る必要性を感じているのだ。

 

「何があんたをそこまで駆り立てる? まずはそれを教えて欲しい」

 

 オレが質問すると、堀北学は答えた。

 

「俺は現在に至るまで、この学校が築き上げてきた伝統を固持し続けてきた。それはこの学校の仕組みやルールに納得出来ているからであり、それが正しいものだと思ってきたからだ」

 

 だが──、と彼は続けて言った。

 

「その根底は今、覆ろうとしている」

 

「どういう意味だ?」

 

「……生徒会長の俺が言う事ではないが、この学校は来年から大きく変わるだろう。それが良い方向なら歓迎していただろうが、俺の予見では悪い方向に変わる」

 

 悪い方向、か。

 

「その具体例は?」

 

「そうだな──来年、この学校からは退学者が溢れかえるだろう」

 

「それの何処が悪いんだ? この学校は容赦なく『退学』を言い渡すだろう。例えば定期試験で赤点を取った時や、あるいは今後、特別試験でも『退学』というペナルティが科せられるだろうさ」

 

「それが本来の形なら、まだ良い。それがその者の実力不足なら、それは本人の責任だ。違うか?」

 

「まあ、そうだな。つまりあんたは今後、乱れた規律によって『退学者』が沢山出ると、そう言いたいんだな」

 

「その通りだ」

 

 なるほど、とオレは頷いた。

 話を鵜呑みにするなら、堀北学は生徒会長に就いてからずっと、この学校の伝統を守ってきた。つまりは、変化する事を避けてきた。保守的とも取れるだろう。

 しかし、この伝統は壊されようとしていた。当然彼はそれを阻止しようと思ったが、それは難しいと考えた。何故ならあと二ヶ月程で生徒会選挙が行われ、恐らく目の前の男は生徒会長を退任する事になるからだ。

 

「遅過ぎるとは自分でも思っている。何故こうなるまで放置していたのかとな。だが、過去を悔いても意味はない。俺は少しでも規律を守る為、対抗出来るだけの勢力を作ろうと考えた」

 

 それに選ばれたのがオレ、という事か。

 

「あんたがそうまでして警戒しているんだ、相当の実力者なんだろうな」

 

 目の前の男はこの学校の全生徒の中で最強の一角として数えられるだろう。

 

 いったい誰だと目線で投げ掛けると、彼は言った。

 

「──南雲雅(なぐもみやび)という男だ」

 

 南雲雅。

 それが堀北学の、引いてはオレの『敵』になり得る存在の名前か。

 当然と言うべきか、オレはその名前に覚えはなかった。

 

「お前が知らなくとも無理はない。南雲は二年生だからな」

 

「その南雲が危険だと、あんたは考えているんだな」

 

「その通りだ。これまで南雲は、俺の目の前では『先輩を尊敬している後輩』を演じてきていた。だが生徒会選挙が近付いてきた今、南雲は隠してきた本性を徐々に見せるようになった」

 

 そこでオレは違和感を覚えた。

 今目の前の男は『俺の目の前では──』と言った。この発言から想像するに、南雲雅は恐らく──。

 

「お前の想像通りだ。南雲は現生徒会副会長であり、次期生徒会長でもある」

 

「待って下さい、会長。まだ生徒会選挙は行われていません。確かに南雲くんは優秀な人材ではありますが、彼がそうなるとも限りません」

 

「それはないな。俺たち三年生に出馬資格はなく、一年生からも出ないだろう。その気があるならそろそろ選挙活動の準備に入らないと間に合わないが、そのような報告は受けていない。一方、生徒会副会長の南雲は話は別だ。準備はしなくても良い」

 

 橘書記の台詞を一刀両断する生徒会長。

 だが、オレの疑問は尽きなかった。確かに一年生が出馬しないという彼の予想は間違っていないだろう。

 

「待ってくれ、二年生はどうなんだ。一人くらい立候補しても可笑しくはないだろう」

 

「それもない。何故なら二年生は、南雲の支配下に置かれているからだ」

 

 何だそれは、とオレは思った。

 クラスならまだ分かる。実際オレたち一年生は各クラスにリーダーがおり、そのリーダーに従ってクラス闘争を行ってきたからだ。

 だが一学年を支配下に置くのは聞いた事がない。普通の学校ならまだ話は分かるが、クラス闘争があるこの学校でそれが可能なのだろうか。

 

「お前の疑念は分かる。だが、事実だ。そうだろう、橘」

 

 同意を求められた橘は、答えづらそうにしながらも一度頷いた。

 

「……そうですね、二年生が南雲くんに支配されているのは有名な話です」

 

 二人とも嘘を吐いている様子は微塵もない。

 オレはそれを事実なのだと認識した。そうする事で、『敵』について思考する。

 つまり今後オレは、『二年生全体』との戦いに身を投じる事になる訳か。

 

「お前も分かっただろうが、『敵』はとても強大だ。この勝負は『数の暴力』という不利から始まる」

 

「……なるほどな。あんたがどうして『副会長』に就かせたいのか分かった」

 

『生徒会長』には遠く及ばないだろうが、『副会長』にもそれなりの権力が与えられる事は明白。

 堀北学はオレに戦う為の『武器』を少しでも与えようとしてくれているのだ。

 

「お前が生徒会に入るのが嫌だと言うなら、それを強制するつもりはない。『副会長』に就くと同時、南雲はお前の事を『敵』だと認識するだろう。そうではなくとも、意識はする筈だ。お前の性格を考えれば、それを避けたいと思っても責めるつもりはない。形はどうあれ、お前が協力してくれるというのならそれで良い」

 

 堀北学は続ける。

 

「知っての通り、『副会長』は『生徒会長』の次の役職だ。お前がこの先学校生活を送る上で、『副会長』という『力』が必要な時が来るかもしれない」

 

 そう言うと、堀北学は口を閉ざした。無言でオレに決断を委ねる。

 オレの『副会長』就任に反対的な立場であった橘も口を挟む事はなく、オレの意思を尊重するようだった。

 オレは目を閉じ、黙考する。

 メリット、そして、デメリット。それらを天秤にかけ、頭の中で算盤を弾く。

 そして──オレは結論を出した。

 オレはおもむろに瞳を開けると、堀北学の瞳を真正面から見詰めて言った。

 

「オレは──」

 

 オレの言葉を聞き入れ、堀北学は一度頷くのだった。

 

読書の皆さんが思う、一学期の間に最も実力を示したDクラスの生徒は?

  • 綾小路清隆
  • 堀北鈴音
  • 平田洋介
  • 櫛田桔梗
  • 須藤健
  • 松下千秋
  • 王美雨
  • 池寛治
  • 山内春樹
  • 高円寺六助
  • 軽井沢恵
  • 佐倉愛里
  • 上記以外の生徒
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