ようこそ事なかれ主義者の教室へ   作:Sakiru

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恋愛相談

 

綾小路(あやのこうじ)、約束通り俺の恋路(こいじ)を応援して貰うぜ!」

 

 そう言って早朝からインターホンを連打してオレを起こしたのは、クラスメイトである山内春樹(やまうちはるき)だった。

 玄関前で騒がれても近所迷惑の為、取り敢えず中に入れる。山内は「久し振りにくるなー!」と言いながら意気揚々と部屋に入るも、突然、何故か棒立ちになる。

 

「お、お前……! 綾小路、何だよこれは!」

 

 両肩を震わせながら、山内はオレをきつく睨んでくる。だがしかし、オレにはその理由がまるで分からない。事前に来る事はわかっていた為──約束の時間よりもだいぶ早かったが、彼の事情を考えれば仕方ないのかもしれない──一応、掃除はしておいたし菓子も補充していたのだが、何が彼の逆鱗(げきりん)に触れてしまったのだろうか。

 怨嗟(えんさ)を込めた眼差しで、彼は叫んだ。

 

「女の匂いがする! しかも複数の!」

 

 は? 思わず()で呟くオレに、山内は険しい面持ちでさらに言った。

 

「隠したって無駄だぞ、綾小路! 恋愛マスターたる俺には分かるんだ! ここは野郎の部屋じゃない!」

 

「そんな事はないと思うが……何を根拠に言っているんだ?」

 

「俺の直感だ! 何というか、ここは甘いんだよ! お前、女の子を、しかも数人! 部屋に連れ込んでいるな!?」

 

 理解不能な暴論を振り(かざ)す山内に、オレは何も言えなくなってしまう。

 もしここに堀北が居たら、さぞかし冷たい目で彼女は彼を見ていただろう。

 オレが絶句していると、山内はさらに続けた。

 

「キッチン棚に巧妙に隠されている、このマグカップは何だ!? 男がこんな上品な物を使う筈がない!」

 

「いや、そんな事はないと思うが」

 

「それだけじゃないぞ! 何だ、この可愛らしいぬいぐるみは!? お前のような根暗(ねくら)な奴が持って良いものじゃないぞ!」

 

「それはこの前、ゲームセンターに行った時にクレーンゲームで手に入れた物だ」

 

 まあとはいえ、マグカップは椎名のもので、ぬいぐるみも千秋と出かけた時にゲットしたものだが。そういう意味では、山内の暴論は当たっていると言えよう。

 それから暫く、山内の暴走は続いた。部屋の隅々まで目を光らせ、何かを発見する度に声を上げる。しまいには冷蔵庫の中まで(あさ)り始めた。見られて困るようなものは一切置いてないとは言え、流石に非常識が過ぎる行いだろう。

 正直に言えばすぐにでも帰って欲しいが、それは出来ない。オレは嘆息すると、彼の気が済むまで好きにさせる事に決めた。

 携帯端末を適当に弄り、ネットサーフィンに興じる。そうしていると、一件のメールが届く。それは個人的なものではなく、グループチャットに届いたものだった。とはいえ、グループに所属している人数はオレを含めてわずか三人。

 

『ど、どうしようどうしよう!?』

 

 アプリを開いて確認すると、そこにはそんな文字が投稿されていた。どうかしたのかとメッセージを送ろうとしたその時、違う人物からメッセージが投稿される。

 

『どうかされましたか、愛里(あいり)ちゃん?』

 

 オレもすぐに続く。

 

『どうかしたのか?』

 

 これでグループ全員が集まったという事になる。これは、佐倉愛里(さくらあいり)王美雨(みーちゃん)、そしてオレの三人で形成された友達グループだった。

 Dクラスで唯一と言っても良い、オレが打算なく付き合い始めたグループでもある。グループに投稿される内容はごくありふれたものであり、特に多いのは佐倉が撮ったどこかの景色の写真が多い。それにオレとみーちゃんが反応を示し、交流を重ねている。夏休みが終わる前にも、遊ぶ約束をしていた。どこで遊ぶかは分からないが、楽しいものになるだろう。

 そのような事を思いつつ、次のメッセージが届くのを待つ。

 

『あ、あのね、私今日のお昼に櫛田さんに呼ばれたの。それも校舎裏に! 私何か()()()()()()()()()()()!?』

 

 相応焦っているのか、文末が崩れていた。

 だが今の佐倉の心境からすれば、誤字脱字など些細な事でしかないだろう。

 取り敢えずオレはみーちゃんと共に佐倉を落ち着かせようと、言葉を投げ掛ける。そうすると彼女は我を取り戻したようで、『ごめんなさい』という言葉と共に可愛らしいスタンプが投稿された。

 オレはちらりと山内に視線を送る。暴走が終わる気配はまだない。

 

『校舎裏って言うと、第二体育館に通じる所か?』

 

『う、うん……多分そうだと思う。綾小路くん、どうしよう。私、何かやっちゃったかな……?』

 

 オレはさらに質問した。

 

『いつ櫛田からメッセージが届いたんだ?』

 

『昨日の夜、二十二時を少し過ぎた時間かな。本当はその時に相談したかったんだけど、迷惑だと思ってすぐに言い出せなかったの』

 

『迷惑だなんて、そんな事はないですよ。綾小路くんもそうですよね?』

 

『ああ、そうだな。時間帯によってはすぐには読めないかもしれないが、迷惑だなんて事は全然ない』

 

『うぅ……ありがとう……』

 

 泣きながら感謝の意を示している動物のイラストが描かれたスタンプが今度は投稿される。気にするなと、オレとみーちゃんは文字で返信した。

 

『しかし、櫛田さんは愛里ちゃんに何の用件があるのでしょうか?』

 

 みーちゃんはさらに続ける。

 

『何か伝えたい事があれば、今私たちがしているようにチャットでやり取りをすれば良いでしょうし、前日の夜にアポイントメントを取るのも櫛田さんらしくない気がします』

 

『そ、そうだよね……。それに何で、校舎裏なんだろう……? ああやっぱり、私、何か失礼な事をしちゃったのかな!?』

 

 疑問は渦巻く。

 オレは、はあ、と溜息を吐いた。とはいえそれは、彼女たちに対してではなく、これから起こるであろう出来事に対してだ。

 

「おい綾小路、そろそろ俺の相談に乗ってくれよ」

 

 オレが予め用意しておいたスナック菓子を食べながら、山内がそう言ってくる。

 これ以上、佐倉の相談に乗る事は出来ない。そのように判断したオレは『悪い、これから用事があるから離れる。ただ櫛田からの呼び出しには行った方が良いと思う。下らないイタズラをするような性格じゃないからな』というメッセージを残してアプリを閉じた。

 携帯端末をマナーモードにしたオレは、そのまま山内に視線を送る。

 

「それで、他所の家を(あさ)って満足したか」

 

「うっ……わ、悪かったよ。たださっきも言ったけどよ、この部屋の至る所から『女の匂い』がしたんだ。だからついな」

 

 バツの悪そうな表情を浮かべながら、言い訳を口にする山内。オレが少し睨んで不機嫌を演技すると、流石の彼も反省したようだった。「悪かった。もうしない」と頭を下げる。

 

「分かった、次からはしないでくれ。それを約束してくれるなら、今回は許す」

 

 ブンブンと、山内は首を激しく振った。

 そして、オレは「それで」と話を切り出した。

 

「改めて確認させて欲しい。山内、お前が今日ここに来た理由は何だ?」

 

「決まっている! 恋愛相談の為だ!」

 

「その相手はクラスメイトの佐倉愛里で間違いないな?」

 

 ああ! と力強く叫ぶ山内。そして彼は続けた。

 

「忘れたとは言わせないぜ、綾小路。お前に携帯を貸した時、俺の恋愛相談に応じてくれるって言ったよな!?」

 

「ああ、確かに言ったな。安心しろ、オレも約束を反故にする気はない」

 

「それなら良いんだ。もし破っていたら俺の部下五百人がお前をボコボコにしていただろうからな」

 

 わかり易すぎる嘘を適当に流しながら、オレはこうなった経緯を思い出していた。

 今日から数日前、オレは須藤(すどう)葛城(かつらぎ)と共に校則違反を犯した。それも、『外界との接触を禁じる』という、この学校で最も重要な校則の一つだ。それは葛城の双子の妹に誕生日プレゼントを届ける為であったが、違反は違反。もし学校にバレたら重たい罰則を受けるだろう。その為、オレたちは綿密な計画を立てた。

 作戦は至ってシンプル。実行者が部活の大会中に教師とチームメイトの目を掻い潜って、着払い伝票を貼った誕生日プレゼントを郵便ポストに入れるというもの。

 そのうちの一つとして、携帯端末を一台用意するというものがあった。作戦の実行者は須藤一人。オレと葛城はその様子を現地で直接見れない。無いとは思うが、須藤が嘘を吐く可能性もある。そこで作戦の関係者の物ではない携帯端末で、須藤が郵便ポストに投函(とうかん)する様子を録画する必要があったのだ。

 その携帯端末の持ち主として、オレは山内春樹を選んだ。そして、『もし携帯端末を貸してくれたら恋愛相談に応じる』という交換条件を持ちかけたのだ。オレは以前より彼から恋愛相談を受けてはいたが、協力的な姿勢は見せていなかった。当然、山内は唐突な申し出に驚いただろう。だが佐倉に執着している彼は困惑しつつも、オレの交渉に応じないという手はない。何故ならオレは佐倉と最も仲の良い男子生徒であり、佐倉攻略の鍵はオレが握っていると言っても過言ではないからだ。

 そして、今日。山内はオレの部屋を訪れてきた訳だ。

 

「今日という一日を、俺は特別な日にする! その覚悟を持って、俺は今日ここに来た!」

 

 気合十分といった様子だ。オレは改めて山内の気持ちを確認──今、聞き逃せない言葉があったような気がする。

 

「ちょっと待ってくれ。『特別な日』にすると言っていたが……まさか、お前……」

 

 オレが恐る恐る尋ねると、山内はにんまりと笑った。得意げに胸を張りながら堂々と宣言する。

 

「お前の想像通りだ。俺は今日、佐倉に告白する! そしてリア充の仲間入りを果たすんだ!」

 

 山内はその未来を想像しているのか、だらしない顔となっている。

 

「その約束も取り付けてある。正確には、櫛田(くしだ)ちゃんに頼んだんだけどよ」

 

 オレが絶句していると、彼はバッグから一通の白い手紙を取り出して渡してくる。反射的に受け取ると、そこには文字が羅列されていた。

 どことなく既視感を覚えながら、オレは呟く。

 

「これは……ラブレターか……?」

 

「おいおい、それ以外の何に見えるんだよ」

 

 呆れたように息を吐くと、山内は言葉を続ける。

 

「これには俺の、佐倉に対する一途(いちず)な想いが書かれている。これを彼女に渡せば、俺の気持ちが伝わる筈だ」

 

「……」

 

「さあ、遠慮はいらないぜ。読んでみろ!」

 

 言われるがままに、オレは手紙に視線を落とす。

 ラブレターと呼ばれるものを読むのはこれで二回目だが、果たして、どのような事が書かれているのだろうか。

 

拝啓 佐倉愛里様

僕は以前よりあなたの事が気になっていました。付き合って下さい。──追伸、僕と付き合ってくれたら毎月ポイントを全額差し出す覚悟です。いくらでも貢ぎます! 

 

 ……何だ、これは。思わず思った事がそのまま口から出そうになったが、すんでのところでとどまる。

 確かにそこには、山内の佐倉に対する想いが書かれていた。確かにこれなら、ラブレターと呼べない事もないだろう。

 ないだろうが、これではあまりにも……。

 

「……相談内容は手紙の添削で良いのか」

 

「ああ、その通りだ。綾小路、お前は読書が趣味だったよな。沢山の本を読んでいるお前になら、この難関任務も達成出来ると思ったんだ。頼むぜ」

 

 なるほど、とオレはその人選に納得した。自惚れではないが確かにDクラスの中で本を読んでいるのはオレだ。

 安直過ぎる理由だとも言えるが、まあ、それにとやかく言うつもりはない。寧ろここは選ばれたのだと前向きに捉えるとしよう。

 オレはドヤ顔をしている山内に、視線を一切寄越さず言った。

 

「分かった。それじゃあ、まずは全部書き直そうか」

 

「……へ?」

 

 オレは筆記用具と、一枚の用紙を取り出した。

 そして、まずはどこから取り掛かろうかと悩むオレに、山内が慌てて言った。

 

「ま、待ってくれよ綾小路! 全部書き直すって……本気で言っているのかよ!?」

 

「オレは至って真面目だ。冗談でこんな事は言わない。このラブレターは論外だ」

 

「論外、だと……!?」

 

 まるで理解出来ないと、山内が目を見開いて慄く。

 オレは淡々とさらに続ける。

 

「まずは内容以前の問題だ。この奇怪なフォントは何だ。初めて見たぞ」

 

「そりゃそうだろうな。数多あるフォントの中から普段お目にかかれないものを選んだからな。その方がインパクトあるだろう」

 

「確かにインパクトはあるかもしれない。だがそれは、悪い方向でだ」

 

 どこから拾ってきたのかは知らないが、文字がとても酷く汚れている。これでは内容がとても良くても敬遠されてしまうだろう。それが佐倉のような大人しい女性なら尚更だ。

 いや彼女でなくとも、ドン引きするか。これを一目見て気に入る人間は余程の奇人変人(きじんへんじん)だろう。

 

「奇を衒う必要はない。フォントは普通のものでいい」

 

「そうかぁ……? まあ、分かったよ」

 

「次に、これは批判じゃなくて確認だが……印刷を選んだんだな」

 

「ああ、俺はお世辞にも字が綺麗じゃないからな。へにゃへにゃ文字なんか見せたら、佐倉に笑われちまうぜ」

 

 そうか、とオレはひとまず頷いておいた。

 ラブレターなら手書きの方が想いを伝えやすいとオレは思うが、ここは山内の考えを尊重しよう。

 

「印刷なら尚更、誤字脱字に気を付けたいが、見た所それはないな」

 

「流石にそこは気を付けているぜ」

 

「だが山内、差出人であるお前の名前が文末に書かれていない。これだと誰からのラブレターか分からないぞ」

 

 それがつい先日までストーカー被害に遭っていた佐倉なら尚更、差出人が不明なのは不気味に思う筈だ。このラブレターを直接手渡すにしろ、そうではないにしろ、差出人の記入は大切だろう。

 

「次に、文章だ。畏まった文章から一気に簡略化し過ぎだ。もう少しお前の想いを書いた方が良いと思う」

 

「そうかぁ……? 俺は単刀直入に伝えた方が良いと思うけどなぁ」

 

「お前が直接告白するなら、それで良いかもしれない。だがラブレターの良い所は文字として残せる所にある。本番なら緊張して上手く口が動かなくても、この方法ならその心配は要らないだろう」

 

「つまり、どういう事だよ?」

 

「お前がどれくらい佐倉の事が好きなのか、しっかりと伝える事が出来る。その方が成功確率も上がるだろう」

 

 ラブレターの最大のメリットを諭すと、山内は納得したようだった。

 

「よっしゃ、すぐに書き直すぜ!」と、山内は意気込んだ。そんな彼にオレは、最後にして重要な部分を伝える。

 

「最後に、この『追伸』の部分だが」

 

「ああ! お前も分かってくれるか心の友よ! これなら佐倉もイチコロだろ! そうだろう!?」

 

「論外だ。まずは自分で読み返してみろ」

 

 山内に怪奇文章を突きつける。しかし彼は、まるで分からないといった様子を見せていた。

 

「どこの世界に、貢ぎますと言われて喜ぶ女の子が居るんだ」

 

 そう指摘すると、山内は心外だと言わんばかりに答えた。

 

「それは分からないだろ! 実際、パパ活をしている女子高生だっているじゃないか! その女の子たちはお金が欲しいからキモいおっさん達にお金を貢いで貰っているじゃないか!」

 

 そこを言われると否定は出来ない。実際、SNSでは裏垢を使ってそう言ったやり取りが多いと聞く。

 だがしかし、それは架空の人物。山内がラブレターを渡そうとしている相手の事を考えるべきだろう。

 

「断言するぞ、山内。佐倉はこのラブレターを貰っても喜ばない。絶対にだ」

 

「お、おう……お前がそこまで強い口調で言うのも珍しいな」

 

「それだけお前の恋を応援しているって事だ。山内、少しでも成功率を上げたいならもう少し考えた方が良い」

 

 オレが真剣な目を向けると、山内はようやく考え直したようだった。

 それまで浮かべていたヘラヘラとした笑みを収め、表情を改める。そしてオレからラブレターを取ると、グシャグシャに紙を丸めてゴミ箱に放り投げる。

 

「頼む、綾小路。俺に力を貸してくれ!」

 

 今まで見たことがないほど真剣な顔付きになった山内は、そう言いながら深々とオレへ頭を下げた。

 オレは一度頷くと、出来る限り力になる事を約束する。

 そうして、約束の時間になるギリギリまで、オレと山内はラブレターの内容と告白の練習を重ねるのだった。

 

読書の皆さんが思う、一学期の間に最も実力を示したDクラスの生徒は?

  • 綾小路清隆
  • 堀北鈴音
  • 平田洋介
  • 櫛田桔梗
  • 須藤健
  • 松下千秋
  • 王美雨
  • 池寛治
  • 山内春樹
  • 高円寺六助
  • 軽井沢恵
  • 佐倉愛里
  • 上記以外の生徒
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