いよいよ、夏休みも残り一週間を切った。生徒がその準備に追われ始める中、オレは一日たりとも無駄な日は過ごさない心積りでいた。
「朝早くから悪いな」
「いえいえ、お気になさらず。
「ああ、そうだ。オレの、というよりかは友人のだが……その結末を見届ける義務はあると思っている」
隣を歩く
現在時刻は朝の時間帯を少し過ぎた、かと言って昼にもまだ入っていない午前九時三十分。
空を見上げると、青色のキャンバスが広がっていた。最近は同じような天気がずっと続いていて、熱中症の注意喚起が連日されている。あと一時間程で、太陽は頂点に達し、気温はさらに上がるだろう。
「そう言えば、綾小路くん。綾小路くんは占いを信じていますか?」
出来る限り日陰を選んで歩いていると、椎名が、ふと、思い出したようにそう尋ねてきた。オレは「そうだな……」と一拍置いてから、何て答えたら良いかと悩む。
「正直な所、あまり信じていない。とはいえ、全く信じていない訳でもないな」
曖昧な回答を口にすると、椎名は「なるほど」と、無表情で頷いた。それから会話は途切れ、無言の時間が流れる。
しまった、とオレは思う。これから占いをして貰いに行くというのに、今の発言ではあまりにも消極的過ぎたか。とはいえ、今更前言撤回する訳にもいかないだろう。
オレは今日椎名に誘われて、ケヤキモールへと足を向かっていた。夏休みが終わるまで滞在しているという、有名な占い師に占いをして貰う為だ。
そのような噂は何度か耳に入れていたものの、椎名に語った通り、オレは占いについて懐疑的だ。占い師に未来を透視する能力があるのか、と考えた時、どうしても首を傾げてしまう。
そしてこの結論が変わる事はまず無いだろう。だが現実として、占いは商売として成り立っている。テレビや雑誌で取り上げられる事は珍しくなく、それはつまり、確かな効果があると世間が認めているという事だ。
「それならどうして、今回は私の誘いに応じてくれたんですか?」
沈黙を破り、椎名がどこか遠慮がちに尋ねてくる。
至極当然の疑問だろう。
何故オレのような占いに懐疑的な人間が、わざわざ占いをして貰うのか。オレはその質問に答えた。
「理由はいくつかある。まず、実際に体験してないのにそうだと決め付けるのは違うと思った。次に、夏休みの思い出として残したいと思った」
思い出、という部分に椎名が反応を示す。オレはそれに気付かない振りをしながら、さらに続けた。
「それに、せっかく椎名が誘ってくれたんだ。それなら出来る限り応えたい。そう、思った」
「……あ、ありがとうございます」
「いや……礼を言われるような事じゃないが……」
何となく気恥ずかしくなって、互いに顔を逸らす。
椎名から告白をされてから、一日と少し経っている。オレはその時、明確な答えを敢えて口にしなかった。それが最低な行為で、あまりにも不誠実なのは重々承知している。オレを取り巻く環境がそれを許さなかった、と言うのはただの言い訳だろう。
答えは自分の中では決まっているが、果たして、それはいつになるのか。オレは内心で、今日二度目の溜息を深々と吐いた。
話を戻そう。
親しい友人であることに変わりはない。だが、恋人ではない。その境目に、オレたちは今立っている。
電話やチャットでは普段と同じようにやり取りが出来ていたが、こうして顔を合わせるとどうしても意識してしまう。
時間が解決してくれるとは思うが、それまではどこかぎこちない空気が度々流れるだろう。
「あっ、見えましたよ。ケヤキモールです」
学生寮から歩くこと数分、大型複合施設のケヤキモールが姿を現す。自動ドアを潜ると、ひんやりとした冷たい空気がオレたちを迎えた。
施設内には生徒の姿がちらほらと既にあった。夏休みを最後まで楽しむぞ、という強い意思を感じるな。
占いスペースは五階にあるとの事で、上階に向かう為オレたちはエレベーターに足を向けた。しかしエレベーター前には十数人程の客が列を作っている状態だった。次の便に乗れるかは怪しいだろう。
「エスカレーターで行きましょうか」
同じ結論に至った椎名が、そう提案してくる。オレはその提案に頷きを返しつつも、こう言った。
「せっかくだ、階段で行かないか?」
エレベーターの横には階段がある。当然と言うべきか、利用している客の姿はない。
「……一応、理由を伺っても宜しいでしょうか?」
「運動不足解消だな」
オレが端的に答えると、椎名は渋面を作った。体育の成績が悲惨な結果になった彼女としては、そこに触れられると弱いのだろう。
だがこの先、ある程度の体力は必要になってくると考えられる。無人島試験が良い例だろう。それは言われなくとも、彼女は分かっている。激しい葛藤の末、観念したように了承の相槌を打った。
重い足取りの彼女と共に、オレは階段へ歩いていった。負のオーラを全身から出す彼女を見て、エレベーター前に居る客達がぎょっと目を剥く。そんな彼らに構わず、オレたちは階段を登り始めた。
「はあ……はあ……」
最初は隣に居た椎名だったが、すぐに限界が来てしまった。今はオレの五段下で荒い呼吸を繰り返している。手摺にしがみついている状態の彼女を見て、オレは何も言えなくなってしまった。
想像以上の体力の無さだ。本人の真面目な授業態度がなかったら、単位取得は出来なかっただろう。
「大丈夫か?」
上から声を掛けると、椎名は弱々しい表情を浮かべながら「か、辛うじて」と喘いだ。オレは彼女の所まで下りると、体力がある程度回復するのを待つ。
「……ごめんなさい。幻滅しましたよね、綾小路くん」
「そんな事はない。体力の有無は、これまでの人生がそのまま反映されるに過ぎない。今の椎名はそれがマイナスな状態なだけだ」
「……そうですね。何も反論出来ません」
「まずは、マイナスをゼロにする所から始めよう。そしてゆっくりと、自分のペースでプラスにしていくんだ」
そう励ますと、椎名は申し訳なさそうにしながらも「ありがとうございます」と頭を下げた。数秒後、呼吸が落ち着いたのを確認してから、オレたちは再び階段を登り始める。
五階に到着した時、椎名は息も絶え絶えな状態だった。がくがくと膝が震え、顔もやや青白い。オレは近くのベンチまで彼女を誘導し、座るように促した。
ちょうど自動販売機があったので、適当にジュースを購入する。安いとは思うが、せめてものご褒美だ。
「私、本格的に運動を始めます。これでは、駄目ですね。もっと、しっかりしないと……」
ジュースを一口飲んだ椎名が、そう呟いた。
「その意気だ。微力ながら、オレも手伝う」
「ありがとうございます。綾小路くんがいれば百人力ですね。これなら、もっと頑張れそうです」
そう言って、椎名はオレに笑顔を見せた。
体力が完全に回復した彼女はベンチから立ち上がると、オレを見下ろしながらある方向を指さす。
「お待たせしました、もう大丈夫です。占いスペースはあちらですから、行きましょう」
「そうだな。そうしようか」
先を歩く椎名のあとを追う。それにしても、迷いのない足取りだな。いくら地図があるとはいえ、少しは迷ってもおかしくはないと思うが。相当入念に準備をしてきてくれたのかもしれない。
そんな事を考えていると、喧騒と共に人集りが見える。まず間違いなく、目的地はここだろう。
「カップルばかりだな」
椎名に聞こえないよう注意しながら、思った事をそのまま呟く。男性同士は一組も居らず、女性同士が何組か列に並んでいるがこれは少数だ。
ある程度想定はしていたが、どうしてもソワソワとしてしまう。周りからしたら、オレと椎名はそのような関係に見えるのだろうが。
「どの先生に占って頂きますか?」
列を管理していた女性が、そう言いながら声を掛けてきた。首に掛けられているのは社員証であり、職員であることを示している。
話を聞くと、占い師はどうやら数名居るようだった。客は誰に見てもらうのかを選ぶ事が出来るとの事。終わった後、他の占い師に占って貰う事も出来るようだが、その場合は再度列に並び直す必要があると説明を受ける。
「何方が良いとか希望はありますか?」
「いいや、特にはないな。椎名に任せる」
「分かりました。それでは──」
椎名は一度頷くと、一つの列を指さす。随分と思い切りの良い選択だな、とオレはそれを見て思った。これも予め決めていたのかもしれない。
職員に誘導され、オレたちは最後尾につく。数えてみると、客はオレたちを含めて六組だった。一組十分掛かる計算だとしても、六十分、一時間は使う事になりそうだ。下手したらそれ以上は掛かるだろう。この後の用事には差し支えないが、それだけの時間を立ちっぱなしになるのは精神的に堪えることになる。
「いや、だからこそ、か……?」
「……? どうかされましたか?」
「いや、何でもない。気にしないでくれ」
一時間もの待ち時間。それをどう過ごすか、どう過ごせるかを試されているのではないだろうか。カップルだらけの客を見ながら、そんな事を思った。
「そう言えば綾小路くん、ご存知ですか?」
椎名がふと思い出したように、携帯端末を操作しながらそう尋ねてきた。差し出された画面を見ると、そこには図書館のホームページが映し出されていた。
「この夏休み期間中に、新しい本が補充されたそうです。それもかなり」
彼女の言う通りだった。
どうやらこの長期休暇を利用して、図書館は書物の整理を行っていたようだ。それに伴い、分野を問わず入庫したと書かれている。
「楽しみですねっ」
満面の笑みを浮かべ、椎名はそう言った。瞳もキラキラと輝いているようだ。相変わらずの彼女に、オレはついつい苦笑いしてしまう。
とはいえ、オレ自身楽しみでもある。一学期は推理小説を主に読んでいたが、今後は趣向を変えて別分野の本を読むのも良いだろう。
新しい知識を得るのを楽しいと思えるようになったのは、間違いなく彼女のおかげだ。
「あっ、でも綾小路くん、生徒会に入るんでしたっけ……」
それまでの笑みが嘘だったかのように、彼女の顔は途端に曇った。
「これまで通り、気軽に会うことは難しいかもしれない。だが、生徒会の活動が毎日ある訳でもないだろう。椎名も部活があるだろうから、予定が合えばまた一緒に行けば良いさ」
「そうですねっ。その時は必ず声を掛けて下さいっ」
「ああ、約束だ」
そんな風に話していると、ふと、オレは前方から視線を感じた。最初は気の所為だと思っていたが、数秒経ってもその感覚は消えなかった。
まるで、人を値踏みするかのような視線だ。
流石に気の所為ではないだろう。無視出来ればそれでも良かったが、その視線は椎名にも向けられている。
視線の正体を突き止めようと、オレはゆっくりと顔を向けた。
果たしてそこには、一組の男女が立っていた。オレたちの三組前で並んでいる彼ら──特に金髪の男子が視線を送ってきている。
「悪い、ちょっと行ってくる」
椎名に断りを入れてから、オレは列から外れて彼らに近付いた。
彼らは美男美少女だった。どちらも顔立ちが非常に整っており、芸能事務所に所属していると言われても信じるだろう。
どちらも、見覚えのない顔だ。一年生ではなく、恐らくは二年生。あるいは、三年生か。どちらにせよ上級生であることに変わりはない。そして今、それはあまり関係のないことだ。
問題なのは、彼の纏っている雰囲気だ。他者を威圧させる風格、その佇まいは間違いなく強者であると伝えてくる。
「気の所為だったらすみません。オレたちに何か用がありますか?」
オレが声を掛けると、男子生徒は愉快そうに唇を曲げた。そして、彼は声を張り上げてこう言った。
「すみません、俺たちの順番抜かしていって下さい」
職員はそれに介入することはしなかった。当人同士の問題だと判断したからだろう。
二組のカップルが戸惑いながらも、空いた分を前に詰めていく。その間男子生徒は薄い笑みを携えて「どうぞ! 遠慮なく!」と言っていた。
順番を譲ったのは、オレたちと話す時間を稼ぐ為だろう。もちろん、オレたちがそれに乗る義務はないがそうしたら色々と面倒な事になるだろう。
「オレたちに何の用でしょうか?」
改めて、オレが再度尋ねる。
すると、金髪の男はそれまで浮べていた微笑を無くした。そして、オレを真正面から見詰めてくる。その瞳の奥にある色をオレが判別するよりも前に、彼は口を開けた。
「用という程でもない。だが、お前たちの会話に興味を持った。だから話をしようと思った。簡単な話だろう?」
「そうですか。しかし一体、オレたちの話のどこに興味を持ったんですか? 他人が聞いて面白いと思うような内容ではなかったと思いますが」
「いや、なに。生徒会について話していただろう?」
その確認に、オレは無言で相槌を打った。
さらに金髪の男は続けて言った。
「それだけじゃない。そこの女子の口から出た『綾小路』という苗字。お前、一年Dクラスの綾小路清隆だな?」
「ええ、それはそうですが。しかし先輩、まずは先輩について教えて貰っても良いでしょうか」
まずは名乗れと暗に伝える。
目の前の人物は唇の端を吊り上げると、面白そうに「へえ」と呟いた。
「この俺を前にしてそんな言葉を言う奴がいるだなんてな。なずなに誘われて仕方なく、このつまらない占いに来た甲斐があったってもんだ」
なずな、と呼ばれた女子生徒が不満そうに唇を尖らせる中。
ようやく、その男は自分の正体を明かした。
「俺は、
南雲雅。その名前を聞いた時、オレは内心で、なるほどな、と呟いた。
現生徒会副会長にして、現生徒会会長の堀北学が最も警戒している人物。一つの学年を実質的に支配し、学校の在り方を大きく変えようしている『変革者』。
それが今、オレたちの目の前に居る。
なるほど、と思ったのは堀北学に対する共感からくるものだ。現生徒会長とは違った能力を、目の前の男は持っている。その覇気は決して凡庸のものではなく、優れた個であることを伝えてくる。
「雅、そんなに威圧しないの。後輩を虐めてると思われちゃうから」
重たい空気を破ったのは、それまで口を閉ざしていたなずなと呼ばれる女子生徒だった。栗色の長髪に、
南雲はなずなの言葉に肩を竦めると、こう言った。
「威圧した覚えはないがな。だがまあ、そう見えたということなら謝罪しよう。悪かったな」
「いえ。それについてはオレも、そして彼女も一切気にしていませんよ」
「そうか、それなら良かった。ほら見ろなずな、お前の心配し過ぎだ。何も問題はない」
「あんたね……ハア、もう良い」
呆れたようになずなはため息を長く吐くと、咳払いをしてから自己紹介をした。
「遅くなったけど、初めまして。私は、
「綾小路清隆です。宜しくお願いします」
オレは軽く会釈をすると、隣の椎名にアイコンタクトを送った。流石に彼女も自己紹介しなければ変だろう。
「自己紹介が遅れてしまい申し訳ございません。私は、椎名ひよりと申します。宜しくお願い致します」
そう言って、椎名は微笑と共に綺麗なお辞儀を披露した。
朝比奈先輩はそれをぽかんと呆けて見ていたが、我を取り戻すと慌てて頭を下げ返した。
簡単ながらも、これで自己紹介は終わった。オレはやや脱線してしまった話を戻す為口を開ける。
「それで、南雲先輩の具体的な用件は何でしょうか?」
「だから言っただろう。生徒会について話していたお前たちの会話に興味を持ったとな。俺は副会長だ。次期生徒会長でもある。気になるのは当然の事だろうぜ」
「それは、そうかもしれませんね」
オレが相槌を打つと、南雲先輩は「分かってくれたか」と満足そうに白い歯を覗かせた。顔面偏差値が高い者の芸当と言えるだろう。
「お前のことは知っているぜ、綾小路」
「そうですか。次期生徒会長に知って頂けてるとは光栄ですね」
「ははっ、思ってもない事を言うなよ」
南雲先輩はそう言うと、顔付きを変えた。たちまち、それまで霧散していた覇気が纏われる。
朝比奈先輩が「雅!?」と声を上げる中、彼はそれを無視して、先程と同じ種類の視線をオレに送ってくる。数ヶ月前まで浴びていた、人を観察する目。
「綾小路清隆。『不良品』の巣窟たる一年Dクラス所属。勉学、身体能力の評価はどちらも普通」
どこで調べてきたのか、南雲先輩はこの学校に於けるオレの客観的な評価を話し始めた。
とてもつまらない話ではあるが、ここは聞き手に徹していた方が良いだろう。
「お前が表舞台に上がったのは、『暴力事件』の時。一年Dクラスと一年Cクラスの生徒が起こした『暴力事件』、その審議会に於いてお前は助っ人として参加。学校が両者に喧嘩両成敗の裁決を下そうとした直前、お前は審議会を延長させる為多額のプライベートポイントを支払った。そして、その翌日。何故か一年Cクラス側が訴えを取り下げた事により、『暴力事件』そのものは無くなった。結果、関係者は時間だけを無為に費やすこととなった」
オレは黙って、その先を促した。
「次に、お前たち一年生は初めての『特別試験』に臨むことになった。この試験に於いて、お前は特に目立った活躍はしていない。強いて言えば、D・Bクラスが結ぶ同盟の橋渡し役となったくらいだ。だがこれはお前が居なくとも成立していただろう。何せ、Bクラスを率いているのは
「……一年生の櫛田を知っているんですね」
「アレは、良くも悪くも注目の的だからな。とはいえ入学早々、俺に声を掛けてきたのには驚いたが」
その言葉を聞いて、オレはある事を思い出した。オレは、南雲先輩のことを一度だけ目にしたことがある。あれは、いつだったか。そうだ、オレの記憶が確かなら『暴力事件』の時だ。喧嘩を目撃していた人物Xを探す為、櫛田が、南雲先輩に話し掛けているのを見た記憶がある。その時には既に上級生との繋がりを持っていたのかと、オレは内心で舌を巻いた。
それと同時に、オレは何度目になるか分からない確信を抱く。やはり、
オレの把握していない人脈を、彼女はいくつも持っているに違いない。
オレが櫛田の有用性を改めて確認している中、南雲先輩は話を進める。
「次に行われた、『特別試験』。その概要までは俺の権限では調べられなかったが、帆波から内容は聞いている。そして、その結果もな。なずな、お前も聞いたら驚く筈だ」
「……?」
「学校の試験結果の公表を待たずして、こいつら一年生は『特別試験』を終わらせた。本来の日程よりも早くだ」
「……!? そんな事が、出来るの?」
朝比奈先輩が目を見開いて、驚愕の表情を浮かべた。
その疑問に、南雲先輩は笑いながら答える。
「極めて異例だが可能だ。こいつらが臨んだ『特別試験』は条件的にはそれが可能だったということだ」
「そうなんだ……それは、凄いね……」
「そうだな。実際、試験結果は実質的には一つのクラスの完全勝利となっている。正しく偉業と言えるだろうぜ」
南雲先輩はさらに言った。
「学校は、それはもう慌てたそうだ。当然だ、予期せぬ結果になったんだからな。緊急会議が開かれ、対応をどうするかで大いに揉めたそうだぜ」
だが、そうなるのは当然だろう。何せ船上で行われた『干支試験』は、
「大いに揉めたとは、どういう事でしょうか?」
「簡単に言えば、追加の『特別試験』を行うか否かだな。とはいえ、お前たちの知っての通りそれは却下された訳だが。それには幾つか理由があるが、その最たる理由はクラスポイント及びプライベートポイントを変動させたくはなかったからだったと聞いている」
『特別試験』はポイントが大きく動く。それは、良い意味もあるが悪い意味もある。実際、二学期からはクラスの序列が変動する事が確定している。これ以上の混乱を、学校は嫌ったのだろう。
それ以外に考えられるのは、『特別試験』の質か。これまでオレたちが臨んできた『特別試験』は二つとも一癖も二癖もある内容だった。学校側も入念に準備していた筈だ。だが、急拵えで用意した質の悪い『特別試験』では意味がないと判断されても可笑しくない。
「話を戻そう。この試験に於いても綾小路、お前は特に目立った活躍はしていなかったと、帆波から聞いている」
『干支試験』ではオレと
それにしても、南雲先輩は先程から一之瀬の名前をよく出すな。
「『暴力事件』の時、お前は『時の人』だった。当然だ、その時期には全員、既に表舞台に出ているからな。だがお前は如何なる手段を用いてかこれを解決し、一気に生徒の注目を集めた」
一之瀬は、『暴力事件』の真相を知っている数少ない人物の一人だ。
南雲先輩の言い回しだけでは判断出来ないが、彼女は、意図して伝える情報を選んでいたのかもしれない。彼女の性質を考えればその可能性の方が高いだろう。
しかしそれは断定出来ず、『罠』の可能性もある。ここでの発言はやはり控えるべきだろう。
「お前は表向き、二つの試験では大した活躍をしていない。『暴力事件』の時のような華々しい戦果を出していない。だが、本当にそうなのか? それを教えてくれよ、綾小路」
「教えるも何も、南雲先輩の仰った事が全てですよ」
「そうはぐらかすな──そう言っても、お前は教えないだろうな」
オレはそれに返答しなかった。
「前、進みましょうか。一組終わったようです」
椎名の声掛けに従い、オレたちは空いた分を前に詰めた。そして先程から、オレたちの列には誰も並んでこない。オレたちの間に流れている異様な空気を感じ、遠慮しているのだろう。
「さて、話の本筋に戻ろうか。つい昨日、堀北生徒会長が緊急の生徒会会議の招集を掛けた」
南雲先輩は真剣な表情でそう言うと、話を進める。
「現生徒会長はとても真面目な御方だ。夏休み中生徒会の活動がない訳じゃないが、率先して行うものでもない。ましてやこの前まで、生徒会室は改装工事で使用出来なかったからな」
「それで、堀北生徒会長は何の為に雅たちを呼んだの?」
「そう、そこだ。俺たち生徒会メンバーがその招集に応えたのは、その理由を知りたかったからだ。そして堀北生徒会長は、生徒会に新たなメンバーを入れたいと言った」
この場で一番の部外者の朝比奈先輩が、話の流れを理解したようにハッと俺を見る。まさか、という視線。
南雲先輩は「なずなの想像通りだ」と満足そうに頷きながら、こう言った。
「生徒会長が直々に推薦した人物、それがお前だ──綾小路清隆」
オレはそれに頷いた。
「そうですね、確かにオレは堀北生徒会長から生徒会に誘われました。最初は驚きましたが、考えた結果、自分に利があると思いその誘いに応じる事にしました」
「嘘……? この子が?」
「お前の気持ちはわかるぜ、なずな。何せ昨日、俺も似たような感想を持ったからな」
南雲先輩は朝比奈先輩に共感の言葉を投げ掛けると、一歩、オレに近付いた。
「堀北生徒会長が推薦したのは、お前を含めて二人。そのうちの一人は、まだ分かった。そいつは生徒会の門を一回叩いてきたからな。帆波の例もある。そいつについては俺も、他の生徒会員も否定の意見は特に出さなかった。元々、今年の一年の生徒会メンバーは少なかったからな。その補充は急務だった」
だが、と南雲先輩は目を妖しく輝かせながら続けて言った。
「綾小路、お前についてはまだ保留中だ。その理由が何か、分かるか?」
「思い当たるのは幾つかあります」
「言ってみろ」
「真っ先に思い浮かぶのは、オレがDクラスの生徒だからでしょうか。『不良品』の烙印を押されているオレが生徒会に相応しくないと判断されても仕方ないでしょう」
「違うな。その考えなら、Aクラス以外は等しく『不良品』だ。俺自身、最初に割り振られたクラスはBクラスだった」
とはいえ今はAクラスだがな、と南雲先輩は獰猛に笑う。
「俺の自慢話は今度聞かせてやる。他には何かないか? 」
「そうですね……堀北生徒会長は、オレを副会長に推薦すると言っていました。そこでしょうか?」
「それは、ある。これまで何の活動もしてこなかった生徒がいきなり副会長に就くのに消極的な意見はかなり出た。下手をすれば、生徒会そのものの威信に関わるからな」
「しかし、南雲先輩の口振りからすればそれもまた違うようですね」
「その通りだ。違う。このまま考え続けさせてやりたいが、そろそろ時間もないか。答えを教えてやる」
列は着々と進み、次の番は南雲先輩と朝比奈先輩だった。あと数分もすれば彼らの番となる。
その前に話を終わらせたいのは同意見の為、オレは答えを聞くことにした。
「お前を副会長に推薦したのが、堀北生徒会長だからだ」
「ちょっと待って、それ、どういうこと? 」
その言葉を聞いて真っ先に反応を示したのは朝比奈先輩だった。頭上にクエスチョンマークを浮かべ、その言葉の意味を噛み砕こうとしている。
南雲先輩は愉快そうに笑いながら、朝比奈先輩に言った。
「お前を推薦したのが俺だったなら、他のメンバーは頷いていただろう。堀北生徒会長と
「……? ごめん雅、やっぱりよく分からないんだけど?」
「つまりだ、堀北生徒会長は俺への牽制目的でこいつらを入れたいのさ。生徒会長の任期はあと数ヶ月で終わる。そして、次期生徒会長になるのはこの俺だ」
自分がそうなるのは決定事項だと言わんばかりの、絶対的な自信。自信過剰ではなく、それは裏付けされた実力からくる自負だろう。
「堀北生徒会長──いや、堀北先輩は典型的な模範生だ。俺は先輩の事を心から尊敬している。憧れだって抱いている。そこに嘘や偽りはない。だが、俺たちの掲げる思想は真反対ものだ」
南雲先輩は──否、南雲はそう断言する。
「これまで俺は、堀北先輩に従ってきた。良い関係を築いてきた。だがそれも、もう終わりだ。先輩もそれを察知したんだろう」
「……つまり?」
「こいつを副会長に就かせることは、『宣戦布告』と同義だ。そうする事で、堀北先輩は敵対する姿勢を俺に見せているのさ」
朝比奈先輩が鋭く息を呑んだ。そして目を細めると、無言でオレを観察してくる。
敵意は感じられないが、かと言って、友好的なものでもない。ここに来て初めて、朝比奈先輩はオレという人間に本格的な興味を持ったのだろう。
「『後釜』、『後継者』とでも言い換えられるか。堀北先輩の一番の憂慮は、先輩の卒業後だろう。卒業したら、当然だが先輩は外部の人間となる。俺に干渉することも出来なくなる。未来を憂いた先輩は自分の意志を継がせる相手として、こいつを選んだ訳だ」
南雲は凶暴な笑みを隠さない。獰猛に笑い、剥き出しの闘争心を表に出す。
「他の生徒会メンバーそれには気付いている。当然、それを認められる筈もない。その一方で、教師たちは生徒会長の判断を口では早計だと言いつつも尊重する素振りを見せている。『歴代最高』と言われている堀北先輩を信頼しているからだ」
さらに南雲は言葉を続ける。
「だから今、お前の生徒会入りは保留となっている。お前がその気でも、認められるのは難しいぜ?」
「そうですか。それは残念です。堀北生徒会長の口振りから、それは絶対だと思っていました」
「そう言う割には落ち着いているな。だが、それは正しい。生徒会長の権限を使えばそれは可能だからな。ようは、早いか遅いかの違いでしかない」
ここでオレの中で、一つの疑問が生まれた。それを解消する為、南雲に質問する。
「先程から先輩は他の生徒会メンバーはと仰っていますが、先輩自身はどのように考えているのでしょうか?」
「俺としては、お前が生徒会に入るのならそれはそれで良いと思っている。堀北先輩が選んだ男だ、興味はある」
だが、と南雲は言った。
「だが、喜んで敵に塩を送る程間抜けでもなければ、その理由も特別ない」
オレの生徒会入りについてはあくまでも中立だと、南雲は暗に告げてきた。
中立なのは自分の勝利を疑っていないからだろう。あるいは、堀北学との戦いをより楽しむ為か。
これまでの話を統合する。
南雲はオレを歯牙にも掛けていない。口では興味があると言っているが、その実態は無関心。南雲の関心は堀北学にのみ向けられている。オレのことなど眼中にないのだろう。ここで突いてみるとしようか。
「それなら南雲先輩、オレに機会をくれませんか」
「機会だと?」
「はい、南雲先輩がオレを推挙すれば他のメンバーも首を縦に振ってくれるでしょうから。先輩がそう思えるだけの動機付けを作るチャンスをオレに下さい」
オレがそう提案すると、南雲は腹を抱えて笑い出した。
「面白いなぁ、綾小路。まだそうはなっていないが俺たちは仮にも敵対関係なんだぜ? それが分かっているのか?」
「ええ、そのつもりです。しかしオレも、時間を無為に費やすことはしたくありませんから。たとえそれが確定しているとしても、オレは、それを指を銜えて待つことは出来ません」
「なるほどな。どうやら綾小路、お前にもお前なりの『目的』があるようだ。それを果たす為には、俺も、そして堀北先輩すらも踏み台にするつもりか」
南雲は声を立てて笑うと、おもむろに口を開けて言った。
「何て生意気な奴だ。だが、いいぜ。暇潰しが出来そうだ。その提案に乗ってやるよ。お前が副会長に相応しいと、そう、俺に思わせるだけの実力を見せてみろ。それが出来たら認めてやる」
「合格ラインは?」
「そうだな……次の『特別試験』、非常に優秀な成績を収めてみせろ」
「ということは、二学期開始と同時に『特別試験』があるということですね?」
「その通りだ。とはいえ、あくまでも例年通りの話だがな。それが無かったら他のを考えてやるから安心しろ。だが、チャンスはこの一度きりだ。これを逃せばお前の生徒会入りは数ヶ月後になる。仮に入ったとしても、堀北先輩が居ない生徒会にお前の居場所はない。それを覚悟しておくんだな」
オレは「分かりました、それでお願いします」と了承した。
オレと、南雲の視線が交錯する。オレたちは数秒見つめ合うと、火花を散らした。
そしてタイミングよく、南雲たちの前の組の占いが終わったようだった。布を潜り部屋に入る直前、南雲は最後に顔を振り向かせてこう言った。
「そう言えば、今朝学校から来たメールは見たか?」
「ええ、はい。確か、夏休み最後の三日間限定で水泳部が普段使用している特別水泳施設が利用可能になるんでしたっけ」
夏休みも終盤ということもあり、学校が用意した最後のイベントだ。利用可能回数は混雑すると考えられる為、原則的には一人一回のみ。どうしても複数回利用したい場合は、1万pr支払う必要がある。
施設には様々な設備が備わっており、とても楽しめる内容になっているのだとか。
南雲はオレの返答に満足そうに頷くと、こんな提案をしてくる。
「最終日、お前もそこに来い。せっかくだ、生徒会メンバーで遊ぼうじゃないか」
どうやら、初顔合わせの場をセッティングしてくれるようだ。正直なところ、気乗りはあまりしない。夏休み最後の一日をそれで使いたくない。
そんなオレの考えを見透かしているかのように、南雲は一度笑う。
「安心しろ、精々一時間くらいの予定だ。それ以外は好きに過ごすと良いさ」
「……そういう事なら、分かりました」
オレが了承すると、南雲は携帯端末を出してくる。連絡先を交換し、これでやり取りが可能になった。
そして今度こそ、南雲はオレたちの前から姿を消した。嵐が過ぎ去り、緊張していた空気がゆっくりと霧散していく。
「すまない、椎名。気分を害してしまったな」
「気にしないで下さい。ただ──」
それから彼女は珍しく呆れたような表情を浮かべると、ため息を小さく吐いた。
「綾小路くんはいつもモテモテですね」
そう真顔で皮肉を言うと、椎名はぷいっと前を向いた。そこから一切、オレに視線を送ることはない。
これはもしかしなくとも、怒っているのだろう。出会ってから初めて、オレは彼女を怒らせてしまったのだ。
オレは順番が来るまでの間、彼女の機嫌を取るべくひたすら努力するのだった。桔梗と
読書の皆さんが思う、一学期の間に最も実力を示したDクラスの生徒は?
-
綾小路清隆
-
堀北鈴音
-
平田洋介
-
櫛田桔梗
-
須藤健
-
松下千秋
-
王美雨
-
池寛治
-
山内春樹
-
高円寺六助
-
軽井沢恵
-
佐倉愛里
-
上記以外の生徒