何とか
ここでまた話し掛けられたら困っていた為ありがたい。
「迷い人よ、来るが良い」
部屋の中から、そんな言葉が送られてくる。嗄れた声だ。声音からして女性、さらにはかなり高齢だろう。
オレは椎名と顔を見合わせると、一緒に暗幕を潜った。未知を予言する者の領域へ、足を踏み入れる。
室内は思ったよりも本格的だった。三十ルクス程の暗めな照明。テーブルには何冊もの分厚い本が積まれ、真ん中にはやや大きな水晶玉が置かれている。
オレたちをここに導いた声主は、やはりオレの想像通り老婆だった。漆黒のローブを
先程の『迷い人』という台詞に、室内の装飾。客の心を惑わせることで今から占われるぞという意識を芽生えさせる、見事な戦略だ。
老婆はオレたちをフードの奥から見ると、「おや?」と怪訝な声を出した。
「そちらのお嬢さんは……?」
占い師は数秒椎名を見詰めると、突然、笑い始めた。それは仮にも占い師が出しては行けない俗っぽい笑い声だったが、椎名に何かあるのだろうか?
クエスチョンマークを頭上に浮かべるオレを他所に、老婆は雰囲気を
疑問は尽きなかったが、取り敢えずそれに従う。背もたれのない丸椅子に腰掛けたのを確認すると、占い師はテーブルの引き出しからはある物を取り出した。
「まずは──料金の支払いを」
オレは思わず、半眼になってしまった。
占い師が取り出したのは、小型カードリーダーだった。
拍子抜けしてしまうとは、まさにこの事だろう。この文明の利器の登場により、これまであった、占いの館のような雰囲気が一気になくなった。
「えぇい、その顔をやめんか」
オレの視線に耐えられなくなったのか、老婆が怒ったように言う。それから、言い訳のように言った。
「仕方あるまい、お前さんたちは現金を持っておらぬのじゃからな。そうであろう?」
「……」
「何か言わんか! せめてその無言をやめよ!」
そう大声を出した老婆は、喉を酷使してしまったのか
「だ、大丈夫ですか?」
見兼ねた椎名が慌てて丸椅子から立ち上がり、背中を優しく摩った。
彼女の懸命な介助により何とか老婆は呼吸を落ち着かせると、ペッ、と
「さっきの軽薄そうな金髪男といい、最近の若者はこれだから好かん。お主も、この
「はあ……、それはすみません」
「心のこもっていない謝罪など
この天と地ほどの扱いの差は何なのか。
一言くらい文句を言う権利があるとは思うが、これ以上老婆の機嫌を損ねたくない。つい先程、椎名を怒らせてしまったばかりだしな。
オレはそれを呑み込むと、懐から学生証を取り出した。そして、差し出された料金表を見下ろす。
「……」
高いな、という言葉を漏らさなかったのは奇跡に等しい。
一番安くても5000prだ。そんな簡単には手が出せない。幸いオレの所持プライベートポイントはかなり余裕があるが、躊躇してしまうのはオレが貧乏性だからだろうか。
そんなオレの考えは老婆には筒抜けのようで、呆れたようにため息を吐くとこう言ってきた。
「本来ならもっと高いのじゃぞ。それを特別価格にしているんじゃ、寧ろ感謝して欲しいくらいじゃ」
「な、なるほど……それは、失礼しました」
「ふん、分かれば宜しい。それで、お主たちは何を選ぶんじゃ?」
料金表には様々なコースの値段と、簡単ながらもそのコースの説明が書かれていた。
まず『基本プラン』として、学業、仕事、恋愛といったオーソドックスなものがある。そこにオプションを追加することによって、占って貰える内容が増えるようだった。
「私は『基本プラン』のみでお願いします」
「良いのか? お主にやっても意味はないじゃろうて」
「はい、それで構いません。私がここに来たのは報告の為ですから」
椎名と老婆の不可解な会話に疑問を持ちつつ、オレは料金表と睨めっこする。ここは無難に『基本プラン』だけにしようかと思った所で、オレの目は、見慣れない単語に留まった。
「すみません、この、『
「知識が何もないお主に簡単に説明すると、『その人物の悪い時期を予見する』というものじゃな」
「なるほど、そんな事も可能なんですね」
ふむ、とオレは頷いた。
しかし、『自分の悪い時期』とはまた抽象的だな。捉え方によって、その意味は大きく変わるだろう。
他のセットにも一応目を通すも、興味を引かれるものはなかった。オレは老婆に、『基本プラン』+天中殺のセットを依頼する。
先に椎名が、次にオレが支払いを済ませる。少なくない額が消えたが、思い出料金だと思えば良いだろう。
「まずはお嬢さんから占おう。まずは
椎名の占いを隣で聞く。
老婆はすらすらと言葉を紡いで行った。オレはてっきり、占いにはもっと時間が掛かるものだと思っていたのだが、意外にもそうではないようだ。水晶玉を見て老婆が目を見開くこともなく、占いは順調に進んでいく。
「最後に、恋愛。とはいえこれは、儂が占う必要はないじゃろう」
何だそれは、とオレは思った。
だが椎名は占い師の言葉に同意見のようで、頷きを返した。そして柔らかな微笑を携えて、老婆に頭を下げる。
「ありがとうございました。これも、貴女が勇気をくれたおかげです」
「なに、お主が礼を言うようなことではない。儂はお主がこれから迎えるであろう未来、その一つを偶然視たに過ぎないのじゃから。それを受け、動いたのはお主自身。そして、その未来を勝ち取ったのもお主じゃろうて」
「そうだとしても、貴女がその切っ掛けをくれなければ私は前に進めませんでした。だから、ありがとうございます」
椎名がそう言うと、老婆はフードの奥で優しく笑ったようだった。
占い師は「こほん」と咳払いを打つと、オレに視線を送った。鋭い眼光がオレの身体を射抜く。
「儂の占いはお主の顔、手、そして心を視る。その中でお主が視られたくないものを視えることがあるが?」
「構いません、お願いします」
「良かろう、それでは始めよう。まずはお主について簡単に教えるのじゃ」
そう言うと、老婆は生年月日や血液型などを聞いてくる。それらをメモすると、先程の椎名と同様、まずは両手を出すように指示した。
オレがその通りに従うと、占い師はおもむろに口を開けた。
「ふむ──」
そこから語られるのは、オレの未来。とはいえそれは数多あるものの一つでしかない。運命という言葉を仮に使わせて貰うなら、その歯車は簡単に噛み合わなくなり、じきに修正される。
それを何回も繰り返しながら、人は生きていくのだ。
と、まあ──壮大に述べはしたが、忘れることなかれ、占いは商売である。椎名の時と同様、基本的には当たり障りのない事を言われる。
「お主はつまらんな。さっきの金髪もそうであったが、もう少し、占いを楽しもうとは思わんのか」
学業について説明されたところで、老婆が占いを中断してそんな文句を言ってきた。
ため息を深々と吐く老婆へ、オレは精一杯の感情を込めてそんな事はないと口にする。
「充分に楽しんでいますよ」
「嘘を言うでない。さっきから、表情一つ変えぬではないか」
「それは、すみません。生まれつきです」
軽く頭を下げると、老婆は再度ため息を吐いた。それから、オレの隣に居る椎名を見る。
「お嬢さんや。焚き付けた儂が言うのも何じゃが……この男、ロクでもないぞ」
本人の目の前でそれを言うか、普通。今度はオレが文句を言いたかったが、グッとそれを堪える。同時にオレは、ある事を確信した。とはいえ、それは後でも確かめれば良いだろう。
「ロクでもない、ですか……確かにそう言われると、そうかもしれませんね……」
「そうだろう、そうだろう。沢山の人間を占ってきた儂が断言しよう。さっきの男もそうじゃが、こやつらは『破綻者』じゃ。間違いない」
「否定したい所ですが……それはちょっと、難しいですね……」
この場にオレの味方は居ないのか。
非難の眼差しを送ると、それに気付いた椎名は微笑を浮かべながらオレに謝罪をした。
「ふふっ、ごめんなさい。つい、意地悪をしてしまいました」
それから彼女は、老婆を真正面から見詰める。「それでも」と言い、言葉を紡ぐ。
「それでも私、この人の事が好きなんです。数少ない友達には『男の趣味が悪いわね』と言われてしまいましたが……この気持ちに嘘は吐きたくありません」
老婆の驚く気配が伝わってきた。
だがそれは、オレも似たようなものだった。人生で二回目の、はっきりと告げられる好意。それにどうしても心が揺らいでしまう。
頬を朱に染める椎名を、老婆はフードの奥から慈愛の眼差しで見ているようだった。そして、優しい声音で言う。
「そうか……お嬢さんがそう言うのであれば、これ以上、儂から言うことはない。占いを続けるぞ、
占い師はそう言うと、占いを再開した。
中断された占いの進行が止まったのは、二、三分程しか経った時だった。
「ほほぅ……小僧、お主は幼少期、過酷な環境下で生まれ、そこで育ってきたな」
ここに来て初めて、占い師は占いらしい占いをした。
だが、その言葉と雰囲気に騙されてはならない。具体的な説明をされなければ、それは単なる言葉遊びに過ぎないのだ。
占いとは、占い師と客の間に交わされる意思疎通だ。占い師は客の些細な表情の変化、仕草、息遣いといった様々な項目を整理し、そこからその客の人物像を深掘りしていく事に長けている。コールドリーディングと呼ばれる話術を用いる彼らは、きっと、人間観察が生まれつき趣味なのだろう。
──そのような事を考えてしまうオレは、占いに向いていないのだろうが。
だがそれはあくまでも、オレに限った話。当事者のオレがつまらないと思っている一方で、隣に座っている椎名はとても真剣な表情を浮かべている。一言も聞き漏らさないと目が雄弁に語っていた。
「だがしかし、お主はそれを不幸とは感じておらぬな?」
「それは、どうでしょうか。自分でもよく分かりませんね」
「つまりお主にとってそれは、さほど重要ではないという事だ」
占い師はそう断言すると、占いを再開した。結局、『基本プラン』の内容で引っかかったのはそこだけだった。
「次に、天中殺についてじゃな──」
オレが唯一惹かれた、天中殺についての占いが始まる。
少し期待しているオレの目の前で、占い師はぴたりと手を止めた。
「何と……」
意味深な呟き。そして送られてくる驚愕の視線。
どうやら、占い師をそうさせるだけの結果が出たようだ。オレが尋ねるよりも先に、椎名が不安そうに老婆へ話し掛ける。
「どうだったんですか?」
占い師はその質問に中々答えようとしなかったが、数秒後、深呼吸を一度してから重い口を開けた。
「小僧……お主は、宿命天中殺の持ち主じゃ」
そう厳かに言われても、初めて聞く言葉な為反応に困る。そしてそれは、椎名も同様だった。
占い師はオレたちの困惑を感じ取ると、宿命天中殺が何たるかを説明する。
何でも天中殺は大きく分けて、二つに分類されるらしい。運命天中殺と、宿命天中殺だ。運命天中殺は後天的に回ってくる、『神が味方しない時期』の事を指すらしい。それは人間なら誰しもが持っているもの。そこに、宿命天中殺が追加される事により──まあ簡単に言うと、宿命天中殺の持ち主は生まれてから死ぬまで運の悪い人生を送るとの事だ。
不幸体質、とでも表現すれば良いだろうか。
「長い経歴を持つ儂じゃが、よもや、宿命天中殺の持ち主と巡り会おうとは……」
「あの……綾小路くんのそれは、そんなにも珍しいのでしょうか?」
「うむ、稀の中の稀よ。そういう意味では、小僧は稀有な存在じゃな」
だがしかし、説明を受けた感じでは、それはあまり良い意味合いのものではないのだろう。
我が事のように顔を曇らせる椎名に、オレが言葉を掛けるよりも先に。
占い師は「何か勘違いをしているようじゃが」と言った。
「先に述べたように、宿命天中殺は稀。しかしだからといって、一生不運が定められている訳ではない」
「それは、本当ですかっ」
「嘘は言わんよ。確かに流れが悪く、家系、親の恩恵を得られないなどの弊害はあるが、それはあくまでも個性。何を成すか、あるいは成せるかはこれからの自分自身が決めること」
そして老婆は、オレに初めて慈悲の眼差しを送った。
「悲観する必要もなければ、喜劇の主人公のように振る舞う必要も全くない」
そして、占いが終わったことを告げられる。
最後の最後に占いらしい占いをして貰ったが、血眼になって耳を傾ける程のものでもなかったな。
それが正直な感想ではあるが、興味深い話であったのも事実。
「占い師さんは、来年も来られますか?」
「分からん。じゃがまあ……ここの生徒は
「分かりました。そして、ありがとうございました」
「なに、気にするでない。お嬢さん、今のお嬢さんが
丸椅子から立ち上がった椎名は最後に深々と頭を下げると、部屋を出ていった。
オレもそれに続こうと立ち上がる。流石に失礼かと思い軽く頭を下げ、老婆に背を向けた。そして、退室する直前。
「待つのじゃ、小僧」
声が掛けられる。
オレは顔だけ振り向かせると、視線で用件を尋ねる。占いは終わった。椎名とは違い、オレと老婆にこれ以上話す事はないはずだが。
そんなオレの内心を無視して、占い師はおもむろに口を開けた。
「宿命天中殺の持ち主には、『試練』が訪れる」
「『試練』、ですか」
「
「それが、間違っていると?」
「うむ。本来、宿命天中殺の持ち主には、それを打破するだけの力が備わっておるのじゃ。ここの言葉を使うなら、『実力』とでも言おうか」
「しかし、『大抵の人間はそれを乗り越えられない』のでは?」
オレが矛盾を指摘すると、占い師はニヤリと笑った。
「言ったであろう。『何を成すか、あるいは成せるかはこれからの自分自身が決めること』とな」
占い師は続けて言った。
「お嬢さんの
この夏休みの間、何度似たような問いをされてきたのか。数えるのも億劫だが、これはもしかしたら、最後通牒なのかもしれない。
だが、オレにそのようなつもりは毛頭ない。
ガイウス・ユリウス・カエサルの言葉を使うなら──
「心配には及びませんよ。オレは、オレに出来ることをやるだけですから」
そう告げると、老婆は「そうか」と短く頷いた。その内心は分からないが、暴こうとも思わない。
これで本当に、占いは終わり。だがオレは最後に、置き土産としてこの言葉を残した。
「そう言えば──彼女が、随分とお世話になりました」
「……気付いておったのか」
「隠す気もなかったでしょう」
「カカッ、それもそうじゃな」
愉快そうに笑う老婆に頭を下げ、オレは部屋を出た。暗幕を潜ると、人工的な光が目に刺さる。あまりの眩しさに目を細めていると、椎名が傍に近付いてきた。
「何を話されていたんですか?」
「そうだな──いや、それよりも先に、質問したいことがある」
「何でしょう?」
出口に向かいながら、オレは椎名へ質問をする。
「椎名、お前はオレと一緒に来る前に一度、ここに来ているな? そして、あの占い師に占って貰っている。違うか?」
椎名は「ええ、はい」と素直に認めた。
「実は
「そうだな、お前がその気ならもう少し時間は掛かっていただろうが」
椎名が目的地に迷わなかったのも、数人いる占い師の中からあの老婆を選んだのも、そして、『基本プラン』のみにしていたのも、それで説明がつく。
「あの占い師さんに、相談に乗って頂いたんです。その内容は……──」
「いや、最後まで言わなくて良いぞ」
「そう言って貰えると助かります。あなたから言われると、恥ずかしくて死にたくなるでしょうから……」
ここからはオレの推理だ。だが、これで合っているだろう。
まず数日前、椎名は彼女が言った通り、友人の伊吹に誘われてあの老婆に占いをして貰った。伊吹が占いに興味があったのは正直意外だったが、人の趣味にとやかく言うつもりは毛頭ない。
椎名はその誘いに応じて、せっかくだからと、恐らくは恋愛を占って貰った。そして、彼女は占い師から助言を貰った。
「占い師さんに、報告をしたかったんです」
その報告をする為には、椎名は何らかの行動をしなくてはならない。その結果が、
「……随分と、思い切りの良い決断をしたな」
「そうですね。そう言われてしまっても、何も言えません。でも綾小路くん、私はこれ以上、我慢出来なかったんです。あなたへの想いに蓋をする事が、どうしても出来ませんでした」
「……そうか」
「はい、そうです」
そう言うと、椎名はオレの腕に抱きついてきた。
突然の事に気が動転してしまうオレは、我ながら実に情けない。周囲から送られてくる奇異の視線の数々。交際相手が居る世の男性はこれを浴びているのかと思うと、思わず敬服してしまうというものだ。
だが、忘れてはならない。たとえそのような行動をしていたとしても、オレたちは正式な交際関係ではないということを。
もしオレたちの事情を他人に知られれば、椎名には同情が、オレには嘲笑が送られるだろう。
ここでの正しい選択は、やんわりと彼女を引き離すことだ。
それは、分かっている。
だが、溢れんばかりの笑顔を浮かべている彼女に、そのような残酷な仕打ちは出来なかった。
あの時、あの瞬間。オレは彼女を拒絶しなかった。それを考えれば、何を今更、このような些事で頭を悩ませているのか。
オレはそれが開き直りだと自覚しながら、ゆっくりと歩く。出口で別れるまでの間なら、これくらい、彼女の意思を尊重しても良いだろう。
読書の皆さんが思う、一学期の間に最も実力を示したDクラスの生徒は?
-
綾小路清隆
-
堀北鈴音
-
平田洋介
-
櫛田桔梗
-
須藤健
-
松下千秋
-
王美雨
-
池寛治
-
山内春樹
-
高円寺六助
-
軽井沢恵
-
佐倉愛里
-
上記以外の生徒