ようこそ事なかれ主義者の教室へ   作:Sakiru

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茶柱佐枝の分岐点 Ⅰ

 

 椎名(しいな)と別れたオレは一度学生寮に戻ると軽い昼食を済ませる。あまり美味しくない昼食を摂ると制服に着替え、学校に足を運んだ。

 つい昨日、山内春樹(やまうちはるき)佐倉愛里(さくらあいり)に告白をした。その返事が今日、これからされるのだ。

 どちらも共通の友人ではあるものの、オレは部外者だ。だがしかし、山内から懇願され、オレはその行く末を見守る義務を負った。

 正直なところ、告白の成功率は極めて低いと言わざるを得ない。それは告白した山内自身がよく分かっているだろう。それなら少しでも成功確率を上げる為に、もっと多くの時間と情熱を捧げるべきだった。

 だがその選択を、山内は取らなかった。それにはきっと、激しい葛藤と、大きな決断が必要だった筈だ。

 

「そう言えば……久しぶりに一人だな……」

 

 通学路を歩きながら、ふと、そんな事を呟く。

 思えば、この夏休みはいつも誰かと居たような気がする。その大半を占めていたのは椎名(しいな)だったが、他にも桔梗(ききょう)千秋(ちあき)佐倉(さくら)王美雨(みーちゃん)須藤(すどう)といった友人が居た。

 

 この学校に入学する前──それこそ、あの『空白の部屋』に居た頃のオレに、今のオレを見せたらどのような反応を示すだろうか。

 

 そんな疑問を抱きつつも、オレは校舎に入る。告白の返事まで、あと一時間はある。その前にオレは()()()()()()を済ませる必要があった。

 夏の音楽、(せみ)の鳴き声を聴きながら廊下を歩く。数分後、オレは生徒指導室の前に居た。この教室には何かと縁があるな。

 ノックを三回すると、すぐに「入れ」と指示が出る。その声音に緊張が多分に含まれているのはオレの勘違いではないだろう。

 失礼します、とオレは声を掛けてから扉をゆっくりと開けた。ガラガラ、と扉の動く音がやけに大きく反響する。

 

「来たか、綾小路(あやのこうじ)

 

 一年Dクラス担任、茶柱(ちゃばしら)は硬い表情を浮かべながらオレを出迎えた。

 オレが来る前に動かしたのだろう、必要のない机と椅子は隅に置かれていた。オレは会釈してから、用意された椅子に腰掛ける。

 

「……私も学んでいる。そこには誰も居ないぞ」

 

 隣室の給湯室に視線を送るオレを見て、茶柱は苦笑していた。

 

「まずはすまないな、急な呼び出しだっただろう」

 

「いえ、大丈夫ですよ。幸い今日は空いていましたからね。それに急とは言っても、数日前にはメールを受信していましたから」

 

 茶柱から二者面談をすると学校公式のメールを受け取ったのは、今から数日前の事だった。

 日程はオレに合わせると書かれており、オレは今日を指定した。むしろ急な呼び出しをしたのはオレの方だ。何故なら、メールを送信したのは昨晩。オレが社会人なら常識がないと非難されて然るべきだろう。

 

「お前とこうして話すのは、あの時以来か」

 

「そうですね。先生がオレを脅迫して以来です。脅迫されてから数日は不安で全然眠れませんでしたよ」

 

 肩を竦めながらそう答えると、茶柱はオレを強く睨んだ。

 だがオレは謝罪しない。この教師が生徒を脅迫してきたのは紛れもない事実だからだ。

 

「……脅迫か。だが綾小路、それはお前もだろう」

 

「それは違いますよ。あくまでもオレは、自分を守る為に仕方なくです。それと誤解を解いておきますが、オレがしたのは『脅迫』ではなく、『取引』ですよ」

 

 その点を強調しておく。

 言い合っても時間の無駄だと結論付けたのだろう。茶柱は露骨にため息を吐くと、机の上に置いてあったペットボトルの蓋を開け、喉を湿らせた。

 オレにも無言で渡してくる。ありがたく受け取り、オレもこれからに備えて何口か口にした。

 

「……その『取引』についてもだが、お前とはこうして二者面談をする必要が出た。本題はそちらにある。まずはそれから話を進めよう」

 

「ええ、そうですね。お願いします」

 

 オレが頷いたのを確認してから、茶柱は話を始めた。

 

「つい先日の事だ。現生徒会長堀北学(ほりきたまなぶ)から学校にある打診が来た。その内容は、ある二人の一年生を生徒会に入れたいというものだった。しかもそのうち一人は生徒会長直々に副会長に推薦するという内容だ」

 

「仕事が早いですね、生徒会長は」

 

「という事は、やはり──」

 

「先生の仰る通りです。オレは二学期から、生徒会に入りたいと考えています」

 

 茶柱はオレの言葉を聞くと、表情を険しいものにした。そのまま、低い声音で尋ねてくる。

 

「本気か?」

 

「少なくとも、その意思はありますよ」

 

「……冗談ではないのだな?」

 

 いっそ執拗(しつこ)いくらいに、茶柱は確認をしてくる。そこに並々ならぬ感情が宿っていると思うのは、決して気の所為ではないだろう。

 だがオレの答えが変わらないのを察すると、彼女は深々とため息を吐いた。

 

「二学期を目前にして、また厄介な問題が増えたな……」

 

「いち生徒が生徒会に入りたいと言っているだけですよ。教師としては、生徒の意欲的な姿勢に喜ぶべきでしょう。それを『厄介な問題』とは、中々な言い草ですね」

 

「そうは言うがな……お前とて分かっているだろう。普通の学校なら兎も角、生憎、ここは普通じゃない。この学校に於ける生徒会とは、それだけ重要な位置付けにある」

 

 そうだろうな、とオレは内心で相槌を打つ。

 先の『暴力事件』で、生徒会はいわば司法の役割を担っていた。生徒には過ぎた権力だろう。また、堀北学や南雲雅(なぐもみやび)の口振りから察するに、『特別試験』への介入も可能だと考えられる。

 

「現生徒会長からは、奴が自らスカウトしたと聞いているが……それは本当か? 正直な所、あの男がそのような事をするとは思えない」

 

「間違いありませんよ。入学したばかりの頃に、堀北先輩と縁が出来ました。それ以降、何度か面倒を見て貰っています。それでこの前、勧誘されました」

 

「……そうか。正直に言うと、お前たちの繋がりにはとても驚いている。だが同時に、腑に落ちる部分もある」

 

 茶柱はそう自己完結した。恐らく、堀北鈴音(ほりきたすずね)を思い浮かべているのだろう。

 あながち間違っていない為、否定はしない。

 

「私たち教師としては、この問題を重く捉えている。その理由が分かるか?」

 

 南雲と同じ事を言ってくる。だがここで南雲から既に話を聞いていると言うのはあまり得策ではないだろう。

 茶柱の言葉が真実ならば、南雲のあの時の発言はあまりにもリスキーだ。学校が正式に公表していない情報を、誰が聞いているか分からない公共の場で喋ったのは危険な行為だと言えよう。

 それが分からない南雲ではないだろう。それを承知の上で、南雲はオレとの会話を選んだ訳だ。

 

「幾つか思い当たりますが、先生の口から教えて貰っても良いでしょうか」

 

 茶柱は「分かった」と頷くと、説明を始める。

 

「まず、Dクラスの生徒がいきなり副会長に就任した前例はない。それが何故かは分かるだろう」

 

「オレたちDクラスは『不良品』の烙印を押されていますからね。そんな生徒が生徒会、さらには副会長にいきなり就任すれば、一般生徒からの反感を買うのは避けられないでしょう」

 

「その通りだ。たとえばお前が一学期中に何か実績を残していれば話は変わってくる。だが、お前の成績は良くも悪くも普通。唯一国語の成績は良いが、飛び抜けたものではない」

 

 そう言いながら、茶柱は手元に置いていたファイルから一枚の紙を取り出すと、それを見せてきた。

 それは成績表だった。学校が出したオレの評価が書かれている。終業式に受け取っていたが、オレは今に至るまで、これを真面目に見ていなかった。

 担任が言ったように、オレの成績は至って普通だった。国語の成績がほんの少し高いくらいだ。

 

「調整したのが仇となったな、綾小路」

 

 ニヤリ、と茶柱は嫌らしい笑みを浮かべた。

 全て知っているとは思わないが、目の前の人間はオレの経歴を知っている。だからこその、この発言だ。

 

「かと言って、部活動に取り組んでいる訳でもない。言わば、お前の履歴書は白紙に等しい」

 

 そう言って、茶柱は就職活動に例えてくる。所謂『学チカ』がないと言いたいのだろう。

 

「先生たちの言いたいことは分かりました。しかし、おかしな話ですね。生徒会はあくまでも生徒が運営する独立組織の筈です。先生たち教師がどれだけ憂慮したとしても、意味はないと思いますが」

 

「なるほど、なるほど。つまりお前は、余計なお世話だと言いたいのだな?」

 

「言葉は悪いですが、そうなりますね。それに前例を破るのもまた、その時代の役割でしょう」

 

 オレがそう答えると、茶柱は薄く笑った。そして意外にも、オレの指摘は尤もだと認める。

 

「綾小路、お前の言う通りだ。我々教師に、そこまで介入する権限はない。ましてや、生徒会長直々の推薦だ。今の生徒会長──堀北学は『歴代最高』の生徒会長として名を馳せている。教師は奴に、全幅の信頼を傾けている」

 

「オレの希望は受理されるという認識で良いでしょうか?」

 

「ああ、何事もなければすぐにでもな」

 

 また含みのある言い方をする。

 オレは嘆息すると、反撃に転じる。南雲から情報を得ているオレにとって、それは謎掛けにもならない。

 

「先生の言い方だと、何かあるようにしか聞こえませんよ。おおかた、他の生徒会役員がオレを認められないのでしょうが」

 

「つまらんな。だが、正解だ」

 

 拍子抜けだと言わんばかりの表情を浮かべる、茶柱。相も変わらず性格の悪いのことだ。

 

「詳しく言うと、もう一人の生徒会入りは特に反対意見は出ていない。こちらに関しては二学期開始と同時に告知されるだろう」

 

 そのもう一人とは言わずもがな、一年Aクラスの葛城康平(かつらぎこうへい)だ。だがその話は特に関係ない。茶柱も必要のない事は話さない。

 

「だがお前に関しては見送りとなっている。反対意見を口にする者は、現生徒会長の推薦とはいえ、お前にそれだけの『実力』があるのか半信半疑だと言っているぞ」

 

「そうですか、それは困りましたね」

 

「お前を歓迎する者は皆無に等しい。現生徒会長が退任したら、お前は居心地の悪い気分を味わうだろう。それでもなお、お前の意思は変わらないのか?」

 

「何一つ変わりませんね。それに居心地の悪さ、という点についてはクラスでも大差ないでしょう」

 

 自分のクラスのDクラスですら、オレの居場所はあまりないのが現状だ。それは担任の茶柱も把握しているだろう。

 

「だがな、綾小路。それはお前の責任、言わば自業自得だ。社会とはそういうものだぞ」

 

 社会人の担任から戒めの言葉を頂戴する。オレはそれを素直に受け取った。

 そしてようやく、茶柱はオレの意思が本当に変わらないのを認めたようだった。何度目になるか分からないため息を吐くと、一枚の用紙と封筒をオレに渡してくる。

 

「必要書類だ。二学期が始まるまでに書いておけ。書類は始業式の日に回収する。何か不明な点があればメールを寄越せ」

 

「分かりました」

 

 三つ折りにし、オレは用紙を封筒に入れた。スクールバッグを念の為に持ってきたのは正解だったと言える。

 

「まだ時間はあるか?」

 

 壁に掛けられている時計を確認すると、時間にはまだ余裕があった。

 オレが肯定の頷きを返した瞬間、茶柱は纏っている雰囲気を一変させた。ここからは教師の茶柱佐枝ではなく、一人の人間としての茶柱佐枝となる。

 

「単刀直入に聞こう。()()()()()()()()()()()()()?」

 

「何を、とはまた変な事を仰いますね。それに先生らしからぬ、具体性に欠けた質問でもあります」

 

「その生意気な態度と返事も、今は目を瞑ろう。綾小路、お前は夏休みに入る前にこう言った筈だ。平穏な学校生活を望む、とな。クラス闘争に参加する気は微塵もないと、そう言っていた筈だ」

 

「安心して下さい、先生の記憶違いではありませんよ。確かにオレは、先生にそう言いました」

 

 オレが認めると、茶柱は表情をより一層と険しいものにした。

 

「その為にお前は、私と『取引』をした。この夏休みの間、お前は有事の際に動きベストを尽くす。その代わり、私はお前を守るとな」

 

 オレは目で先を促した。

 

「お前は先の二回の『特別試験』に於いて、劇的な活躍はしなかった。それどころか、クラスの和を乱す行動もしている」

 

「……」

 

「とはいえ、それは『表』から()た話でしかない。これは私の推論だ。だが、私はこれを確信している。『無人島試験』に於いてDクラスが二位に付けたのは、『リーダー』に選任された堀北鈴音による功績によるもの──ではない。全てはお前が『裏』で動いていたからだ」

 

 茶柱はそう断定すると、推論を続ける。

 

「お前は如何なる手段を用いてか各クラスの『リーダー』が誰かを暴いた。そしてDクラスの『リーダー』を当てられるのを防ぐ為、堀北鈴音を試験終了前に故意にリタイアさせた。試験終了直前の体調不良の訴えがそうだ。さらに、エクストラポイントの増減から考えられるに、お前はBクラスにも情報を共有したのだろうな」

 

 茶柱は淡々と、その推論をオレに聞かせた。

 担任の教師は試験中、クラスと一緒に行動をする義務があった。それはつまり、茶柱は冷静にクラスを俯瞰する事が出来たということだ。

 そして教師には、試験結果を細かく閲覧する権限がある。それを用いれば、オレの具体的な行動は把握出来なくとも、何をしたのかはある程度推測出来るだろう。『結果』から『過程』を読み解くのはそんなに難しい話ではない。

 

「『無人島試験』の結果は、非常に満足のいく結果だった。私は改めて、お前の異質性、特異性を感じたよ」

 

「そうですか。しかしその言い方だと、『干支試験』は違ったようですね?」

 

「ああ、そうだ。何だ、あの試験結果は。あんな試験結果になるとは、誰も予想していなかったぞ」

 

 茶柱は怒気を含ませながら、オレを強く睨む。

 

「『干支試験』は、Cクラスの完勝で終わってしまった」

 

「茶柱先生は、それを悔しいと思っているんですね」

 

「当然だ。まさかこんなにも早い段階で、クラスの序列が変動するとは思いもしないだろう。少なくとも我々教師陣は思っていなかった」

 

 二学期から、龍園(りゅうえん)率いるCクラスがBクラスに昇格し、一之瀬(いちのせ)率いるBクラスがCクラスに降格する。

 この夏休みの間で、クラスポイントは大きく増減した。その結果、二学期からはA、新B、新Cクラスの三つ巴の状態となる。

 オレが所属しているDクラスはその遥か下。そこに割り込む余地は今のところない。

 

「『結果』もそうだが、その『過程』にも驚愕すべき点がある」

 

「試験が早く終わったからですか?」

 

「……その通りだ」

 

 重い、肯定の頷きが返される。

 二日目の夜にCクラスが勝利宣言を行い、その翌日の三日目(休息日)に堀北鈴音が纏めあげた生徒の『悪足掻(わるあが)き』によって特別試験は終了した。

 

「……その通りだ。はっきり言おう、この『結果』と『過程』はどちらも異常だ」

 

 それが、学校の思惑通りに動かなかった一年生に出された評価なのだろう。

 

「話を戻そう──綾小路、お前ならこれを阻止出来た筈だ。違うか?」

 

「それは、オレを買い被り過ぎですよ。『干支試験』は言わば、これまでの人間関係の積み重ねと言っても過言ではありません。オレのような人間とは相性が頗る悪い」

 

「それは一理ある。だが、お前ならある程度の情報があれば試験の『根幹』に辿り着けた筈だ。違うか?」

 

「どうでしょうね。とはいえ、先生。もし仮にオレが『優待者』を誰か見抜いたとしても、オレを信じる人間は極めて少ないですよ。悪目立ちしていますからね、オレは」

 

 オレが肩を竦めると、茶柱は無言の圧力をより一層強くした。

 

「Cクラスがあんなにも早く『根幹』に辿り着けた理由がある筈だ」

 

「先生は、その理由に見当が付いていますか?」

 

「……ああ、ある程度はな」

 

 茶柱は表情を渋くすると、考察を口にする。

 

「試験結果から考えられるに、その主な理由は二つある。一つは、Cクラスのリーダー、龍園翔(りゅうえんかける)が実行した戦略によるものだ」

 

「その戦略とは?」

 

「まず、龍園はクラスメイトに『優待者』が自分だと名乗り出るように声を掛けた。あのクラスは『独裁者』による圧政で成り立っている。逆らう者は居ないだろう」

 

「なるほど。それで龍園は十二人のうち三人の『優待者』を発見したという事ですね。驚きですね」

 

 茶柱はオレの相槌を無視し、言葉を続ける。

 

「もう一つは──『()()()()()()()()()()()。これしか考えられない」

 

「……? 『本当の裏切り者』とは?」

 

「その白々しい態度をやめろ。お前もその答えを既に得ている筈だ」

 

 その言葉に従い、オレは演技をやめた。

 茶柱はそれを確認すると、忌々しそうに続ける。

 

「Bクラスからではない。あのクラスは一之瀬帆波(いちのせほなみ)が神格化されているからな」

 

「神格化、ですか。それはまた、面白い表現を使いますね」

 

「黙って話を聞け──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「だからこそ、『本当の裏切り者』ですか」

 

 茶柱は沈痛な表情で首を縦に振ると、こう言った。

 

「もし仮に、Dクラスに『本当の裏切り者』が居るとしよう。なぁ、綾小路。ソイツは誰だと思う?」

 

「さぁ、皆目見当もつきませんね」

 

「……尚も言い逃れするか。それなら、こう聞こう。綾小路、お前は『本当の裏切り者』が誰なのかを知っているな?」

 

「知っているのかもしれませんし、知らないのかもしれません。そして、質問を質問で返すようで悪いですが、先生には誰か心当たりがありますか?」

 

 茶柱が正しい答えを得ているのか、それはさほど重要ではない。いくらそこに個人的な感情があろうとも、教師の領域を踏み外すことは許されない。

 だが、少しだけ興味があった。どこまでクラスの内情を把握しているのか、そして、それについてどのように考えているのか。

 

「……一人、そうではないかと考えている生徒が居る。証拠と呼べる物は一切ないが……そのような芸当が出来るのは、Dクラスの生徒の中ではソイツだけだろう。動機は不明だがな」

 

「それで、茶柱先生は誰だと考えているんですか?」

 

「……いや、口にするのはよそう。そうしたら最後、私はソイツに呪われそうだ」

 

 その口振り、その様子から嘘の気配は微塵も感じられない。茶柱は正解に辿り着いている。そして彼女自身も、それを確信している。

 それを躊躇ったのは、今、彼女が口にした通りだ。

 頭を振った茶柱は、脱線した話を戻す。

 

「……話が随分と脱線し、遠回りしてしまった。私がお前に聞きたいのはな、綾小路。お前は今後、どうするつもりだ?」

 

「どうするつもり、とは」

 

「そのままの意味だ。夏休み前の発言と、今のお前の行動。明らかに矛盾が生じている。お前が本当に平穏な学校生活を送りたいのなら、何故、副会長に就こうとする? これを矛盾として、何を矛盾とするんだ?」

 

「そうですね。その自覚はありますよ」

 

 オレはそう言うと、茶柱の瞳をじっと見詰めた。そしてそのまま、自分の考えを口にする。

 

「オレは今後、クラスではなく自分の為だけに行動します。副会長に就くのはその足掛かりでしかありません」

 

「……それはつまり、クラス闘争に参加するという事か?」

 

「そうとも言えますし、そうではないとも言えます。場合によってはクラスに貢献するでしょう。その逆も然りですが」

 

「……なるほど、『自分の為だけ』とはそういう意味か」

 

 茶柱は、オレの行動指針を理解したようだった。

 今後のクラス闘争に於いて、綾小路清隆(あやのこうじきよたか)という人間は『味方』にも『敵』にもなり得る存在となる。

 オレの経歴をある程度知っている茶柱だからこそ、その意味が分かる。

 

「私が説得──いや、『脅迫』したとしてもその決意を変えるつもりはないな?」

 

「愚問ですね、先生」

 

「……そうか。それならば、『取引』も中止になるな」

 

「構いませんよ。ただし先生、くれぐれも覚悟して下さい。オレを『敵』に回すという事は、そういう事です」

 

 容赦するつもりは一切ないと告げると、茶柱の表情は強張った。オレはそんな彼女に、ある提案を持ち掛けた。

 

「とはいえ、オレも必要以上に『敵』は作りたくありません。そこで先生、オレから一つ提案があります」

 

「……何だ?」

 

「そう警戒しないで下さい──関係を改めてリセットしませんか」

 

「……私とお前は、ただの担任教師と生徒。そうしたいと?」

 

「はい、その通りです。オレはどちらでも構いませんが、先生にとってはその方が賢明かと」

 

 唇を噛み、葛藤する茶柱。

 これは、最初にして最後の温情。オレの提案を蹴った時、オレたちは敵対関係となる。

 それが分からないほど、茶柱は愚かではない。

 

「……全く、大人を馬鹿にするのも大概にしろよ。私たちの関係、その本質は何も変わらないだろうに」

 

「そうでもありませんよ。オレが先生を『敵』だと判断しているなら、とうの昔に攻め落としています」

 

 事実を告げると、茶柱は唇を噛み締めた。そして激しい葛藤の末、おもむろに口を開ける。

 

「……いくつか、聞きたい事がある。嘘偽りなく答えろ。それがお前の提案を呑む条件だ」

 

「わかりました。それでは、どうぞ」

 

 オレが頷くと、茶柱は質問をしてきた。

 

「もしお前の利になるのなら、クラス闘争で良い成績を収めるのだな?」

 

「そうですね。基本的にはそうなります。先生がこの言葉を聞いて安心するかは分かりませんが、オレがクラスを裏切る事はそうはないと思ってくれて良いです」

 

 クラス闘争の性質上、それは、切っても切り離せないシステムだ。

 仮に裏切るとしても、それは『計画』の最終段階に入った時だろう。

 打倒Aクラス──下克上を狙っている茶柱からしたら、そこの成否が気になるのは当然。オレの発言から、すぐに『敵』になる事はないと読み取る。

 

「クラスポイントはかなり離されていますが、今のDクラスは決して弱くありません。順調にこのまま育てば、他クラスとも充分に戦えます」

 

 多くの生徒が、それぞれの『成長』を遂げている。あるいは、その『(きざ)し』を見せている。今のDクラスは、四月の時の『不良品』ではない。

 それは、目の前の茶柱も分かっている。希望が少しずつ大きくなっていくのを、彼女は感じている事だろう。

 

「……最後に、これを聞かせろ。何がお前を変えた? 何がお前の感情を揺さぶった?」

 

「どうしても欲しいものが出来た──それに尽きます」

 

「……? 欲しいものだと?」

 

「ええ、流石にそれが何かまでは言えませんが。しかし、そういった意味では先生、オレは先生にとても感謝しているんですよ」

 

「……なに? 感謝だと?」

 

「こちらの話です」

 

 茶柱は暫く困惑していたが、これ以上オレに答える気がないのを察すると追及してこなかった。

 

「これでもう、話は終わりでしょうか?」

 

「ああ、時間を取らせてすまなかったな。もう行って良いぞ」

 

「分かりました。それでは茶柱『先生』、また二学期から宜しくお願いします」

 

『先生』と敢えて強調すると、茶柱先生は顔を渋くしながらも頷いた。

 スクールバッグを肩にかけ、オレは唯一の出入口に身体を向けた。そんなオレに、茶柱先生が声を掛ける。

 

「綾小路、『イカロスの翼』を知っているか?」

 

 オレは足を止め、しかし顔を向けることなくその質問に答えた。

 

「もちろん、知っていますよ。有名なギリシャ神話ですからね」

 

 話を簡単に概略すると──嘗てギリシャには、ダイダロスという発明家が居た。そんな彼はミノス王から、怪物ミノタウロスを閉じ込める迷宮を造れと命じられる。果たしてダイダロスは広大な迷宮を造り上げたが、最終的には王から見放され、息子と共に塔へと幽閉されてしまう。

 その息子こそが、イカロスだ。

 ダイダロスは息子のイカロスと協力し、塔からの脱出を企てる。鳥の羽を集めて大きな翼を作ったのだ。大きな羽を糸でとめ、小さな羽は蝋でとめた。

 やがて翼は完成した。自由を求めて飛び立てるようになったが、その時、父ダイダロスは自身の息子にこんな忠告をした。

 

『あまり高く飛ぶと、蝋で固めた翼が大地に焼かれて溶けてしまう。くれぐれも気を付けろ』──と。

 

 その忠告を受けたイカロスは、父と共に塔から飛び立った。しかし彼は手に入れた自由で舞い上がってしまい、空高く飛んでしまう。彼は、父からの忠告を忘れてしまったのだ。

 その結果、太陽の熱で蝋は溶けてしまう。そして、翼を失ったイカロスはそのまま海へ撃落してしまい死んでしまうのだ。

 

「お前はまるで、イカロスのようだな」

 

 イカロス。自由を求め、自由を手に入れ、その果てに死んでしまった愚か者。

 それがオレなのだと、茶柱先生は皮肉を口にした。

 

「だとしたら、今オレは飛び立つ瞬間に居ますね。──準備はこの夏休みで整った。オレは、自由(それ)を求めて羽ばたきます」

 

「勇敢……いや、違うな。お前のそれは蛮勇だよ。傲慢とも言えるだろう」

 

「そうかもしれませんね。しかし先生もご存知の通り……オレ(イカロス)あなた達(ダイダロス)の忠告を守りませんから。だから──」

 

 オレは顔を茶柱先生に向け、こう宣言した。

 

「オレは、戦いますよ」

 

読書の皆さんが思う、一学期の間に最も実力を示したDクラスの生徒は?

  • 綾小路清隆
  • 堀北鈴音
  • 平田洋介
  • 櫛田桔梗
  • 須藤健
  • 松下千秋
  • 王美雨
  • 池寛治
  • 山内春樹
  • 高円寺六助
  • 軽井沢恵
  • 佐倉愛里
  • 上記以外の生徒
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