ようこそ事なかれ主義者の教室へ   作:Sakiru

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約二年振りの投稿です。
実は十話くらい貯めているので、ぼちぼち更新していきます。
体育祭、難しいよ……。


二学期開始

 

 九月一日になった。

 それはつまり、無限とすら思っていた夏休みが終わると同時に、高度育成高等学校の二学期が始まる事を意味している。

 (こよみ)の上では九月は秋とされているが、夏の暑さはまだ残っている。本格的に涼しくなるのはまだまだ先だろう。

 準備は昨日のうちに終わらせている。山のように出されていた課題も当然終わらせているし、オレに死角はない。

 クリーニングに出していた制服とワイシャツはピシッと皺一つなく綺麗だ。学校の無料サービスを利用していて良かったと思う。

 

 ──それじゃあ、行くか。

 

 スクールシューズを履き、スクールバッグを肩に掛ける。オレは気合を入れると、寮の自室から出るのだった。

 

 

 

 

§

 

 

 

 通学路はとても静かだった。

 街路樹が植えてある並木道を歩くのは、オレ以外誰も居ない。とはいえ、それはある意味当然と言える。何故なら現在時刻は七時四分。学校からの案内では始業式が始まるのは八時三十分からであり、時間にはまだまだ余裕があるのだ。

 また、二学期初日という事もあり、運動部の朝練も禁止されている。

 この時間、学校へ向かっているのは余程の物好きか、何らかの特別な理由がある生徒だけだろう。オレの場合は後者であり、オレはとある生徒に昨夜のうちから呼び出しを受けていた。

 校門を潜り、そのまま校舎に入る。節電目的なのか、まだ冷房は入ってないようで、中は蒸し暑い。

 人の気配がない廊下を渡り、階段を上る。数分後、オレは目的地──生徒会室へ到着していた。この部屋へ来るのはこれで四度目だが、この部屋特有の重圧にはまだ慣れそうにない。

 軽く身嗜みを整えたオレは、ドアを三回ノックした。すぐに、「入れ」と入室の許可が出る。

 

「失礼します、綾小路(あやのこうじ)です」

 

 一応名乗りながら中に入ると、一人の男子生徒がオレを出迎えた。

 整えられた金髪は薄暗い室内でも輝いており、その圧倒的な存在感を醸し出す要因となっている。その人物はオレの訪室を認めると、「よう」と手を上げながら声を掛けてきた。

 

「呼び出しておいてなんだが、来るとは思ってなかったぜ? なあ、綾小路?」

 

 その男子生徒──南雲(なぐも)(みやび)は皮肉を口にすると、オレに笑いかけてきた。表情は笑っているが、その瞳はとても冷めている。

 もしかしなくても、南雲はオレに対して怒っている。そして、その原因は完全にオレにある。

 昨日、オレは南雲からある招待を受けていた。生徒会入りを希望しているオレと葛城(かつらぎ)に、生徒会メンバーとの初顔合わせの機会を設けるというものだった。

 オレは面倒くさく感じつつも、それに行く予定だった。しかし結果的にオレは集合時間の直前、南雲に体調不良を訴えて参加を辞退した。

 

「昨日はすみませんでした、南雲先輩。いざ行こうと思った時に腹痛が襲ってきまして、行けなかったんです」

 

「ほう。この状況でなお嘘を吐き通すか。その諦めの悪さは嫌いじゃないぜ」

 

「嘘、ですか。集合時間ギリギリでの報告となってしまいましたから、そう受け取られても仕方がありませんね」

 

「ハハッ、可愛くない後輩だな、お前は」

 

 南雲はオレの返答に面白がるも、鋭い視線をやめない。

 

「しかし、体調不良……それも腹痛か。風邪のような長期的に続きがちな病気とは違い、腹痛や頭痛なら一時的なものだと言い逃れが出来る。仮病として使うなら最適と言えるだろうな。よく考えたもんだ」

 

「ええ、昨日は夜遅くまでお腹が痛くて死ぬかと思いました。何度トイレに行ったのか数えるのも億劫になるほどです」

 

「そうか、そうか。だがな綾小路、俺の折り返しの電話やメールに反応がないのはどういう事だ? 普通なら返すと思うが?」

 

「端末をマナーモードにしていたのと、途中で電源が切れてしまった関係で気が付くのが遅くなりました。オレ、友人が少ないのでその管理も疎かにしがちなんです。次から反省します」

 

 南雲からの追及を、オレは即答する事でやり過ごす。

 

「昨日はお前だけじゃなく帆波(ほなみ)も体調不良を訴えてこなかった。これにはどう答える?」

 

一之瀬(いちのせ)が休んでいた事はオレも初耳です。しかし、これは偶然ですよ南雲先輩。まさか、オレたちを疑っているんですか?」

 

 ここで敢えて、オレは話題を広げる事を選んだ。

 南雲はその事に一瞬目を見張るも、しかし面白そうに喉を鳴らして大袈裟にこう言う。

 

「そりゃあ、疑いたくもなる。というのも、お前が欠席連絡してきた二分後に、一之瀬からその連絡がきているからだ。履歴にもしっかりと残っているが、これでもなお偶然だと言い張るつもりか?」

 

「言い張るも何も、本当に偶然ですからね。オレは事実を言うだけです」

 

 もし仮に第三者がここに居れば、オレの主張は間違っていると思うだろう。そして、それは正解だ。

 だがその根拠となるのは状況証拠のみ。疑わしきは罰せず、これだけではオレを裁くことは出来ない。

 

「帆波に聞いても、お前と同じ返答を口にした。『私と綾小路くんが休んでしまったのは偶然です』とな。電話で聞いてもその一点張りだった」

 

「そうなんですね。しかし一之瀬もそう言うのであれば、南雲先輩も勘違いだと素直に認められるのではないですか?」

 

「何……? それはどういう意味だ?」

 

「オレとは違い、先輩は一之瀬と付き合いが長い筈です。得体の知れないオレの言葉よりも、為人を知っている一之瀬の言葉なら、先輩も信じられるでしょう?」

 

 オレと一之瀬。どちらが信じられるのかと訴える。

 南雲にとっては一之瀬の方が信じられる相手だろう。そしてこの認識は多くの人間が持つだろう。それだけ、一之瀬帆波という人間は周りから信頼されている。

 

「全く、困ったもんだぜ綾小路。まさか本当に嘘を吐き通すとはな」

 

 南雲が嘆息しながら、そう言った。

 これ以上の追及は時間の無駄だと判断したのか、それまで纏っていた重圧を解く。

 

「俺の尋問を掻い潜ったのには素直に称賛してやる。まさか、刹那たりとも動揺しないとはな。お前には詐欺師の才能があるんじゃないか?」

 

「褒め言葉として受け取っておきます」

 

「一々癪に障る返答をするな、お前は」

 

 南雲は再度嘆息すると、テーブルの上に置かれていた二本のペットボトルを手に取った。そして、そのうちの一本をオレに投げ渡してくる。

 

「外はまだまだ暑いだろう。飲め、熱中症にでもなられたら大変だ」

 

「有難く頂きます。しかし南雲先輩、そう仰るのなら冷房を付ければ良いのでは?」

 

 外と同じく、生徒会室はエアコンが稼働されていない。その事を指摘すると、南雲は「節電さ」と苦笑した。

 

「知っての通り、この学校は日本政府が創立している。その運営費は税金だ。学校からは不必要な電気は使わないよう言われているのさ」

 

「なるほど、それは世知辛い世の中ですね」

 

「全くだぜ。正直な所、それを無視しても良いんだがな」

 

「なら、何故?」

 

「これでも俺は生徒会副会長だ。一般生徒の模範にならないといけないから、こういった所でも苦労する」

 

 そう言うと、南雲はペットボトルの蓋を開けて一気に半分ほど呷った。オレも一言礼を言ってから、喉を潤す。

 

「なあ、綾小路。一つ聞かせてくれよ」

 

「何でしょうか?」

 

「どうやって帆波を味方につけた?」

 

 カーテンの隙間から地上を見下ろしながら、南雲はこちらを見ることなくそう尋ねてきた。

 一筋の太陽の光が南雲の精悍(せいかん)な顔を照らすも、オレの所まではぎりぎり届かない。それは互いの立ち位置に線を引いているかのようだった。

 

「お前が昨日来なかった事は別にどうでも良い。まあ、堀北(ほりきた)先輩や(たちばな)先輩の事を思えば、昨日が最後の機会だった訳でもあるから、そう言う意味では惜しいがな」

 

 最後の機会というのは、普通の先輩後輩としての関係で遊べるのがという意味だろう。

 

「最悪、お前と葛城が来ない事は想定していた。だが結果として、葛城は来てお前と帆波は来なかった。葛城には謝っておけよ、綾小路。あいつ、針の(むしろ)だっただろうからな」

 

 葛城には昨日のうちに謝罪のメッセージを送ってある。一応葛城には何故欠席したのかをある程度説明していたが、今日中にでもAクラスを訪れて直接頭を下げた方が良いかもしれない。

 

「だが、蓋を開けてみればどうだ。来なかったのはお前と帆波だ。まさか帆波が来ないなんてな、これにはさしもの俺も驚いたぜ」

 

 南雲は言葉を続ける。

 

「お前は認めないだろうが、俺は、お前と帆波が一緒にサボったのだと確信している。だがここで、俺の中で一つ疑問が生まれた」

 

「疑問、ですか」

 

「ああ、そうだ。お前がサボる理由は分かる。お前からしたら、昨日は自ら敵陣地へ赴くようなものだからな。いくら堀北先輩が居るとはいえ、億劫だと思うのは何も不自然じゃない」

 

「だがな。そこで、疑問が生まれるのさ」と南雲はさらに続けた。

 

「それじゃあ、帆波がサボる理由は何だ? 綾小路、お前はどうしてだと思う?」

 

「さあ、皆目見当もつかないですね」

 

 オレが肩を竦めてみせると、南雲は愉快そうに笑った。そして、自身の推論を口にする。

 

「オレの推論はこうだ、綾小路。まず、お前と帆波は内心はどうであれ俺の招待に応じるつもりだった。だが直前のタイミングで、何かトラブルがあり出来なくなった。違うか?」

 

「トラブル、ですか。面白い推論ですね。南雲先輩はそれを何だと思っているんですか?」

 

「そうだな……流石の俺も、その具体的な内容までは分からない。俺は神様じゃないからな。だが綾小路、お前ではなく帆波の方にその原因があると考えている」

 

 その結論に至った根拠を、南雲は提示してきた。

 

「お前は一刻も早く副会長に就きたいと考えている。だからこそこの前、お前は生意気にも機会が欲しいと敵である俺に願ってきた。内心はどうであれ、お前は昨日、俺の招待に応じなければならない」

 

「だが」と南雲は言葉を続ける。

 

「お前は昨日来なかった。いや、来れなかったと言うべきか。何故ならそれは、トラブルに巻き込まれたからだ。そして、その原因は帆波にある」

 

「先程先輩は、その内容までは分からないと仰っていました。しかしその口振りから察するに、ご自身の中では答えが出ているのではないですか?」

 

「無論だ。俺の答えはこうだ──プール施設に行く前、帆波は自分の所属しているクラスについてお前に相談していた。その最中、帆波は()()したんだろう。その介抱をしていたと考えれば、全て辻褄(つじつま)が合う」

 

 状況証拠からここまで論理立てて思考する事が出来るとは、南雲の能力はオレの想定していたものより高いようだ。

 

「あいつは俺に、クラス事情について何度か相談してきている。特にクルージング旅行から帰ってきた時からそれは顕著になっていたからな」

 

「それは南雲先輩が一之瀬から頼りになる先輩だと思われているからでしょう。しかし、他学年の先輩は兎も角として、オレと一之瀬は同級生……つまり、敵対関係にあると言えます。何故クラス事情を敵のオレに相談をするんですか?」

 

「さてな、それは当人のみが知る所だ。仮にこの内容が間違っていたとしても、深い内容だと俺は確信している」

 

 そして、南雲はこう言った。

 

「綾小路、お前は自身の未来と帆波を天秤にかけて後者を選んだ。その選択は正しくもあり、間違いでもある。この選択をいつか後悔するかもしれないぜ?」

 

「もし仮に南雲先輩の空想が正しいと仮定しましょう。オレは自分の事よりも一之瀬を選びます。彼女は大切な友人ですからね」

 

「大切な友人、ね。まさかお前、帆波を狙っているのか? お前には可愛い彼女が居るだろう?」

 

 そう歪に嗤いながら、南雲は下世話な話をしてくる。

 この不毛な会話を延々としてきた理由が、ここにあるのだろう。

 つまり南雲は、オレにこう言いたいのだ。

 

 ──攻略していた俺の女を横取りするな。

 

 オレはペットボトルに入っていた液体全てを飲み干すと、スクールバッグにゴミを入れてからこう答えた。

 

「プライベートな事までオレに答える義務はありませんよね、先輩」

 

「ははっ、そりゃそうだ。忘れてくれ綾小路、今のは俺が悪かったな。だが勘違いしても仕方がないだろう?」

 

 謝意が全く込められていない上辺だけの言葉を受け取る。

 

「話は以上でしょうか。そろそろ教室へ向かいたい所なんですが」

 

「いや、まだある。もう少し付き合え」

 

 どうやら、まだ帰して貰えないようだ。

 南雲は飲み終えたペットボトルを片手で潰すと、オレに近付いてきた。そしてようやく、本題に入る。

 

「理由はどうであれ、お前は昨日来なかった。ましてやこちらからの呼び掛けにも全く応えなかった。綾小路、もしこれが社会だったらどう思う?」

 

「何らかの処罰を受けても文句は言えないでしょうね」

 

「その通りだ。信用は積み重ねる事で信頼となるが、これはとても脆い。たった一度の失敗で無くなる事は何も珍しくない。ましてやお前の場合、信頼どころか信用は微塵もない状態だ」

 

 それは反論の余地がない正論。

 南雲は正論という武器を振り(かざ)し、オレを断罪する。

 

「この前の話は全て白紙とさせて貰う。それが今回、俺がお前に与える罰だ。不服はあるか?」

 

「いえ、ありません」

 

「それで良い。これでお前の副会長就任への最短ルートは無くなった。だが、これは全てお前の自業自得。愚かな選択をした自分を呪うんだな」

 

 そう言うと、南雲は邪悪な笑みを浮かべた。話には聞いていたが、この男は本当に残忍な性格の持ち主だ。

 どこまでもオレを見下した表情のまま、南雲は「だが、分からないな」と懐疑的な眼差しを送ってくる。

 

「堀北先輩はお前のどこを高く買っているんだか。あの人の観察眼は相当なものだが……完璧ではないという事か。それは少し残念だな」

 

 相も変わらず、南雲にはオレという存在は映っていない。オレの背後に居る堀北学だけが、彼の視界を埋めている。

 

「もう行って良いぞ、綾小路。僅かにあったお前への興味も完全に無くなったからな」

 

「分かりました、それでは失礼します」

 

 オレは軽く頭を下げてから、出口へ身体を反転させた。そして、生徒会室を出ようとするオレに、南雲は平坦な声で忠告してくる。

 

「お前が俺と敵対しようとするなら、それはそれで良い。だがこれ以上、愚かな選択をしない事だ。俺か、堀北先輩か。精々正しい選択をするんだな」

 

「もし俺に付くなら雑用係として重宝してやる」という嘲りの言葉が背に当たる。だがオレは振り返る事も、言葉を返す事もなく、そのまま無言で退室した。

 生徒がそろそろ登校し始めているのか、校舎には微かに人の気配がある。耳を澄ませば話し声も聞こえ、沈黙していた学校に生命が芽吹くようだった。

 そして学校もそれを確認したのだろう。冷房を付けたようで涼しい風が吹き始める。

 オレはそれを感じつつ、Dクラスの教室へ足を向けるのだった。

 

 

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