五月に突入してから、早くも一週間が経とうとしていた。
というのも、
──中間テストの結果しだいで、ポイントが振り込まれる可能性が高い。
それが五月一日、クラスの過半数以上の生徒が参加した対策会議で出された結論。
『成績には一切反映されない』
あの茶柱先生の言葉にはやはり意味があった、と平田たちは解釈したらしい。
あの時オレたち一年生が小テストに取り組んだ理由は、今後の参考用だと先生から伝えられている。もちろんその意味はあるだろうが、
そのように考えたようだ。
それ故にDクラスの三バカトリオは一応、やる気を見せている。とはいえ、元々の学力が低い三人が今更真面目に授業を受けたところで内容は頭にこれっぽっちも入っておらず、とても退屈そうだ。
だが実を言うと、オレも少し眠い。昨日は夜遅くまで動画を観ていたから睡眠不足なのだ。
幸いこれを乗り越えれば昼休みに入る。そうなれば昼休みを仮眠に割り当てることも可能だが……ふわぁ、今寝たら気持ち良いんだろうなぁ……。
「──起きなさい」
「たうわっ!?」
首をうつらうつらと前後させていると、溝に突如、強烈な痛みが襲い掛かった。
「どうした
「い、いえすみません。目にゴミが入りまして……」
「そうか、それは災難だったな。……あぁ安心しろお前たち。流石に今ので減点はしない。だからそう、綾小路を責めてやるな」
茶柱先生は面白おかしくひと笑いした後、痛い視線を飛ばしてくる生徒たちからそうフォローをしてくれた。
彼女の言葉にクラスメイトたちはほっと安堵の息を吐き、ホワイトボードに目を戻した。
断続的な鈍い痛みに耐えながら主犯を睨み付けるが、彼女はすました顔で無視した。
恐ろしい女だ。なんの
授業終了のチャイムが鳴り、いつもと同じように茶柱先生は教室をあとにする……と思いきや。
「朝のSHRでプリントを配ったが、今日からテスト週間となる。範囲は朝配った通りだ。
「何でそれを今言うんですか?」
「良い質問だ。今日の放課後のSHR、私は私用で居ないからな、お前たちに会うのはこの時間で最後なんだ」
これは茶柱先生なりの激励なのだろうか。だとしたらとても不器用だと思うと同時に、彼女の人間味に少しだけ好感が持てる。
先生は言うだけ言って、今度こそ教室をあとにした。
オレはすぐさま隣の忌まわしき住人に詰め寄る。
「もうちょっと反応を待ってくれても良かったじゃないか!」
「珍しいわね、あなたがそこまで感情を表すなんて。そんなに痛かったのかしら?」
「お前な、溝だぞ、溝! そりゃ痛いに決まってるだろ!」
「そう……。でも綾小路くん、諸悪の原因はあなたなのよ? 池くんや山内くん、須藤くんでさえ起きているのに、居眠りしようと思えるだなんて……ある意味感心するわ」
「うぐっ……分かった。オレが悪かった。けどお前が居眠りしたら報復するからな」
「あら怖い。でも安心して、私は寝ないから」
この一週間で彼女はDクラスであることを受け入れて──はいないだろうが、それでも訴えを取り下げたようだ。
茶柱先生が以前告げた通り、直談判は意味をなさないと判断したらしい。
各々が昼食のために席を立とうとしたその時だ。登壇した平田がクラス全体を見渡しながら口を開いた。
「皆、茶柱先生の言葉を覚えているよね。今日からテスト週間に入る。この中間テストでポイントが振り込まれる可能性が高いことは、皆納得してくれていると思う。けどその前に、まずは赤点を出さないことが先決だ。赤点者は即退学、そんなことは許してはならないと思う」
先導者が早速動いた。
彼の目標はあくまでも、退学者を出さないことのようだ。ポイントはあくまでも副産物、以前の堀北が口にしていたことと同じ。
そして彼の判断は何一つ間違っていない。
「この前の小テストの点数が高かった上位数人で、勉強会を開くことにしたんだ。もちろん、強制はしない。けれど不安のある人は是非参加して欲しい」
平田はそこで、優しげな瞳を須藤に向ける。なるほど、今の台詞は彼に向けたのか。
彼の狙いは主に三つ。
一つ目は赤点者を出さないこと。
二つ目は一方的にとはいえ対立している生徒……特に須藤との仲を深めること。
三つ目はクラス全体として勉強会を開くことで、纏まりが皆無のDクラスの団結力を上げること。とはいえこれは多分、平田はそこまで期待していない。
平田と須藤の視線が交錯する。
「……チッ」
が、すぐに須藤が逸らした。
彼とこのクラスで最も深い付き合いをしているだろうオレが断言するが、彼はプライドが非常に高い。
今更平田と手を取り合うことを、彼は嫌がるだろう。
「今日の五時から二時間、テスト当日まで毎日開く予定だ。途中参加も大歓迎だよ。逆に大丈夫だと判断したら抜けても構わない。僕からは以上だ。ごめんね、昼休みの時間を削っちゃって」
本当に大したものだ。
先導者の演説が終わるや否や、赤点候補組の生徒は真っ先に飛び付く。他の生徒もぞろぞろと集まりつつあった。
だが、三バカトリオ。池、山内、そして須藤の三人は参加しないようだ。須藤以外の二人は少し迷っているみたいだったが……須藤程とはいえ、彼らも平田とは距離があるからな。
だから縋り付けないのだろう。無駄なプライドだと個人的には思うが、まあ、他人の行動に他人が口出しするのはご法度だ。
兎にも角にも、Dクラスは最初の試練を一応は臨むことになりそうだ。
さて、昼食はどこで済ませようか。食堂に行くのがベストなんだが……独りで行くのはなあ……。
「お昼、暇? 良かったら一緒に食べない?」
堀北が自分から声をかけてきた。
そしてなんと、ランチのお誘いだ。思わず彼女を二度見したオレは悪くないだろう。
「堀北。お前、熱でもあるのか? 保健室に行くことをおすすめするぞ。率直に言うが、とても怖いな」
「別に怖くはないわよ。あぁそうだ、山菜定食を奢ってあげるわ」
「無料定食を奢られても嬉しくないんだが」
「冗談よ。好きなものを頼むと良いわ」
そうか、それは助かる……と言い掛けたところで慌てて口を閉ざす。
この一ヶ月弱、オレから誘っても、あるいは
そんな奴が今更、昼飯を一緒に食べようと提案してきている。はっきり言って怪しいにも程があるな。
「何が狙いだ?」
「失礼ね。人の厚意を無下にするのは人として終わりよ」
「その言葉、そっくりそのまま返すぞ。だったら櫛田とも食べたらどうだ」
「お断りよ。それで、どうするの?」
「話の内容しだいだな」
「そう……分かったわ。中間テストについての話し合いをしたい、と言えば了承してくれる?」
そういうことなら、聞くだけ聞いてみるか。それに、せっかくの隣人の付き合いの機会を無駄にするのも勿体ない。
堀北と共に食堂に向かう。実はオレは、この施設をまだ数回しか使っていない。
だから当然、まだ食べてない定食も沢山ある。
ポイントの上限は設けないとのことなので、オレは人の厚意に甘えてスペシャル定食を頼んだ。
ちなみにこの定食、スペシャルと銘打っているだけはあり、食堂の中で最も価格が高い。同伴者は一瞬眉を顰めたが、自分で言った言葉を今更撤回しなかった。先程の逆襲を済ませられたのでこれだけで満足だ。
「頂きます」
奢ってくれた堀北に感謝しながら、まずはコロッケを箸で摑み口に運ぶ。
おぉ……! 流石はスペシャル定食。他の料理とは一線を駕す味だ。
「早速だけど話を聞いて貰えるかしら」
「ちょっと待ってくれ。まずはこの食事を済ませてからだ。なんて言ったってスペシャルだからな」
「そ、そう……。それ、そんなに美味しいの?」
「一度食べた山菜定食の三倍は美味い」
オレの真面目な解答に堀北は若干引いた様子を見せた。
美味しそうに食べるオレを見て、彼女も腹を空かせたのだろう、無言で自分が頼んだ料理を口にする。
食べ終わったトレーを食堂のおばちゃんに渡し、改めて向き合う。
「茶柱先生の忠告、そして先日開かれた対策会議によって、クラスの遅刻、及び私語も激減した。須藤くんですらも学校には登校して、一応は真面目に授業を受けている」
「あれを真面目と判断して良いかは分からないけどな」
「……次に私たちがすべきことは何だと思う?」
「中間テスト対策だな。平田の言う通り」
オレの返答に堀北は満足そうに頷く。
「次の中間テスト、私たちはポイントを得なくてはならない。そうじゃなくても赤点者を出してはならない。違う?」
「そうだな。ただ──」
「ただ? なに、含みのある台詞ね。問題でもあるかしら」
「いや、ないな。……ああ、そっか。話が見えてきたぞ。お前、もしかして……」
「ええ。あなたの推測通り。私は平田くんとは別に、勉強会を開こうと思うの。さっき彼が参加者を募集した時、須藤くん、池くん、山内くんは意思表明をしなかった」
「あいつらはなぁ……平田と疎遠だからな」
「あなたがそれを言う?」
「そうでもないぞ。昨日平田とは遊んだばかりだ」
ちょっとドヤ顔で答える。実は
まぁ遊んだと言っても、その場には取り巻きの女子が多かったが。男子はオレと彼の二人だけだった。
クラスメイトとの──特にオレとの仲を深めるためだと本人は言っていたが、本心では男手が欲しかったのだろう。
「兎も角、彼らはこのままだと赤点まっしぐらでしょうね。
オレたちDクラスの現在のポイントはゼロ。ただし、これは見かけ上の話だ。もしかしたらマイナスにまで行っている、その可能性も捨てきれない。
「今回の中間テストで頑張ればポイントが取得出来るのはほぼ確実。だから勉強会を開くのか」
「そうよ。意外と、思うでしょうけれど」
そうでもない。
堀北からしたら多分、自分のために──ひいてはAクラスに昇りつめるために勉強会を開く。それだけにすぎないのだろう。
だがオレの個人的な意見を述べるのなら……堀北
「だけどな堀北。こう言っちゃ悪いが、お前が勉強会を開いたところで、須藤たちは来ないんじゃないか?」
「……否定しないわ」
「そんな状況でどうやって──」
「相談はここからよ。綾小路くん。あなたには須藤くんたちを呼び集めて欲しいの」
良く理解した。そして堀北の魂胆も。
この学校の一つの弊害として、オレたち生徒は外部との連絡は出来ず、また敷地内からの脱出も叶わない。
この施設に居る大人は殆どが政府に関わりがある……もしくは、それを承諾している人たちだ。
当然、塾や家庭教師は存在しない。
となると、勉強は基本的に自分の手でやるしかない。もしくは、友人や先生の力を借りるしかない。
堀北がやろうとしているのは、生徒が運営する個別塾。
とはいえ口で言うのは簡単だが、実行するのはかなり難しい。
必要なのは主に二つ。
まず一つ目として、先生役は好成績を残している──つまり、学力が高い生徒に限る。教える側だからこれは当然で、これは多分、勉強に限らずあらゆることに当てはまるだろう。
そして二つ目に必要なのはカリスマというべきか──『この人なら大丈夫』という信頼関係だ。
堀北は一つ目は満たしているが、二つ目は満たしていない。
信頼とは信用の積み重ねだ。無条件で得られるもの、それが信頼であり──今の彼女にはそれが決定的に欠如している。
だからこそオレを頼らざるを得なかった。
「どうかしら?」
「自分で言うのもなんだが、無理、無茶、無謀だな」
「望み薄なのは分かっているわ。無理強いもしない。けれどその場合……せっかく出来た友達はこの学校から永遠退場ね」
確かに須藤たちが退学するのは些か寂しい。
「分かった。だがさっきも言ったが、集められる保証はないからな。それだけは了承してくれ」
「その点に関しては綾小路くんを信じているわ。これ、私の携帯番号とアドレス。何かあったら連絡して頂戴。あぁそうだ、勉強会自体は早いうちから始めたいから、そうね……出来れば今日中に返事をお願い」
話を(一方的に)終わらせた堀北は一度両手を合わせてから立ち上がり、食堂をあとにした。
オレの手にはメモの切れ端が握られている。彼女が半ば強制的に渡してきたものだ。
高校生活が一ヶ月と少し経った今。図らずも異性の連絡先を入手した。
これで彼女が一番目だったら感動で震えただろうが……残念なことに椎名で感動は味わっている。
だからオレが思うことはただ一つ。
──早速面倒事に巻き込まれてしまった。
放課後。堀北は既に姿をなくしていた。恐らく、勉強会に向けてテスト範囲の絞り込みでもしているのだろう。
オレはぐるりと教室内を見渡した。
平田や成績上位者数名はすぐに動き、勉強会の準備をしている。どうやら教室を使うらしい。
面倒だとは思うが、約束は約束だ。
よし、何事にも挑戦だ!
そう思い立ち三バカトリオに声を掛けたのだが──。
「無理」
「やだ」
「悪いな、綾小路。バスケで忙しいんだ」
呆気なく失敗した。須藤は兎も角──部活だから半分は仕方がない──池と山内はにべもない即答だった。
そもそも勉強とは無縁の生活を送っていたであろう彼らが(偏見)、勉強します! なんて言うわけがないか。
そもそもの話、退学に対する危機感がないんだよなあ……。
それに、堀北が勉強会を開くことに対して
無償の善意を信じられる程、人間は他者を信じられないという事だろう。
特にそれが
……愚痴を零しても仕方ないか。
一旦冷静になる。
人間は些細な出来事で変わる生き物だ。
例えばある少年Aがテレビ越しでサッカーの試合を観たとする。映像の中ではある選手がハットトリックを決め、チームを勝利に導いた。
するとどうだろう。少年Aは将来の夢がサッカー選手になったのだ。
こんな話は日常茶判事なことだろう。
つまり、何か切っ掛けがあれば……。
何でも良い。
上手く魚……いや、人を釣る方法。釣り人の腕か? この場合釣り人はオレになるが……多分これ以上ステータスは上がらない。
となると……良いエサを使うしかない。
三バカトリオを釣れる方法。エサは美味く、そして効果的なものが望ましい。
────閃いた!
すぐさまエサに目を向ける。良かった、まだ帰っていない。だが帰り支度を進めているのも事実。
今更図々しいにも程があるが……ここは期待するしかあるまい。
オレはすぐさま移動して声を掛けた。
「櫛田」
「……? 綾小路くん?」
良かった、開始早々逃げられることはなさそうだ。
──櫛田
男女問わずの人気者で、そのルックス。彼女のコミュニケーション能力はずば抜けているからな。そして
まず、池と山内は確実に釣れるだろう。かなり本気で好いているようだし。
そして須藤だが……多分、来てくれるだろう。彼だって男だ、可愛い女の子からの誘いは断らないはず。それでも無理だったら、他の手を使うまでだ。幸い、手はまだ一つだけ残っている。
「綾小路くんが私に声を掛けてくれるなんて初めてだよね。何か用かな?」
「ああ。ちょっと教室の外で話がしたい」
「うーん、この後友達とカフェに行くんだけど……大事な話なんだよね?」
「とても大切な話だ。
ぱちくりと、櫛田は瞬きした。
「綾小路くん、人を煽てるの上手だねっ。良いよっ」
可愛い女の子から褒められて、悪い気はしない。
照れ臭さを感じつつ、オレは廊下の隅へ櫛田を誘う。一応、周囲に人が居ないかを確認するのを忘れない。
「話の前に聞きたいことがある。堀北とはここ最近どうだ?」
「うーん、さり気なく声を掛けたりしているんだけど……中々上手くいってないかな。でもどうして堀北さんが?」
かくかくしかじか、オレは全て詳細に語った。
孤独のぼっちであった堀北がクラスのため──本当は自分のためだろうが──奮起したこと。しかし彼女の性格が災いして、須藤たちが集まらないこと。
「図々しいことは百も承知だ。この前、櫛田の協力をオレは断っているからな」
「ううん、そんなことないよ。むしろ謝るのは私の方だよ、綾小路くんを勝手に巻き込もうと画策していたんだから。──でも、嬉しいな」
「……えっ……?」
「こうして私を頼ってくれたってことは、綾小路くんは、私と堀北さんが友達になれる機会を作ってくれたってことでしょ?」
あっさりと意図がバレていた。
オレの沈黙を肯定と受け取った櫛田は、それはもう見惚れるような笑顔を浮かべて。
「けどね綾小路くん、堀北さん絡みがなくても、私はその依頼を受けるよ? だって、困ってる友達が居たら助けるのは当然のことじゃない。だから手伝うよっ」
天使が現界する。心做しか後光も見える気がした。
でも良かった。須藤や池たちの退学を気に掛けている、これだけで十分すぎる。
「それじゃあ頼めるか」
「うんっ、もちろんだよっ!」
心が浄化されていくようだ。
と、櫛田は廊下の床を軽く蹴って、先程の笑顔とは一転、やや暗い表情を浮かべた。
「でも酷いよね、赤点を取ったら直ぐに退学だなんて」
「同感だ。仮に赤点を取っても、追試験でカバー出来るのが普通だと思うんだが……この学校だと当てはまらないんだろうな」
「……それを言われちゃうとそうかもね。でもそれでも、悲しいことに変わりはないよ。──平田くんや堀北さんが勉強会を開くって聞いた時、とても感心したんだ。私は自分のことばかり考えていたから……本当に、凄いよねっ」
現代日本、さらに今時の女子高生でこんなにも良い奴が居るだなんて……。もしかしたら彼女は、全国各地に散在している女子高生たちの善意から
池、山内。オレはお前たちのことを誤解していた。これは確かに惚れてしまうな。
「それでね、綾小路くん。一つだけ頼みがあるんだ」
「櫛田も勉強会に参加する、その許可が欲しいんだろ?」
「何で分かったの?」
「ちょっと考えればオレでも分かるさ」
櫛田にこの依頼を持ち掛けたら、彼女がそう言うことは分かっていた。
問題は彼女のことを毛嫌いしている堀北が認めるかどうか……。
オレが堀北に要求されたのは、須藤、池、山内の三バカトリオを勉強会に参加させること。その条件に、他者の力を借りてはならないとは含まれていない。
これでもし彼女が櫛田の参加を拒否するのなら、オレは条件を満たしていることを示せば良い。合理的な彼女のことだ、内心は兎も角、きっと渋々ながらも認めるはずだ。
「それで勉強会はいつからなの?」
当然の疑問。
「明日かららしいぞ」
櫛田はオレの言葉に違和感を覚えたのか、小さく小首を傾げた。可愛い。……この短い間でどれだけ可愛いって思ったんだろう。
「うん? その言い方だと綾小路くんは参加しないの?」
「赤点は取りそうにないしな」
「でも万が一ってこともあるんじゃないかな?」
「もし行き詰まったら平田主催の方に参加するよ。堀北が開く理由は赤点者をなくすためだからな、オレが参加する必要はない。ただ一回目は心配だから参加するつもりだ」
「……そっか、そうだよね。そうなると私も、参加しない方が良いのかな? 堀北さんの邪魔をしたり……」
「いや、大丈夫だ。堀北も一人で三人を教えるのには苦労するだろうし、彼女を支えてやってくれ」
「うんっ! 後で連絡しとくね」
櫛田は力強く頷き小さくガッツポーズを作った。
なんだろう……普通の女子がこれをやろうものならあざといの一言で済まされそうだが、彼女がやると全然そう感じられないから不思議だ。
いや、ちょっと待て。後で連絡……?
「三人の連絡先持っているのか?」
「大丈夫だよ〜。私が携帯登録していないのは──」
不自然に台詞を切った。
そして、申し訳なさそうにオレの顔をチラチラと伺って来る。無言の時間が一分弱流れた。
「……綾小路くんと、堀北さんだけなんだ……」
堀北が携帯登録されていないのは分かる。この前聞いたから。
でもオレは声すら掛けられていない。久し振りに孤独感を覚えた。嗚呼……虚しい。
「……ごめんね……」
「…………気にするな…………」
「で、でも言い訳をさせて。綾小路くんに声を掛けようとしても殆どが読書中だったり池くんたちと談笑していたりで、それに放課後はすぐに帰っちゃうし……」
全部オレの所為だった。
と、ここでオレはまた気付いてはいけないことに気付いた。気付いてしまった。
「高円寺の連絡先も知っているんだよな……?」
「う、うん」
ちょっとショック。
さぞかしオレはいま、哀愁さが全身から漂っているだろう。その証拠に、櫛田の顔が若干引き攣っているし。
「こ、こほん。私と連絡先交換して下さい」
「お願いします」
これで三人目の異性の連絡先を入手出来た。しかし悲しきかな、そのうち二件は……いや、これ以上は止めておこう。
「ありがとうっ。ところで綾小路くん、放課後はCクラスの椎名さんと図書館でよく会っているんだよね?」
「……櫛田も知っているんだな」
「結構噂になっているんだよ? あの二人は付き合っているんじゃないかー! って。率直に聞くけどどうなの?」
「付き合ってない。椎名とはただの読書友達だ」
「意外……でもないかな。綾小路くんが教室で本を読んでいるのはよく見掛けるしね」
櫛田の視野の広さには恐れ入る。
「椎名と面識があるのか?」
「私? ううん、直接喋ったことはまだないよ。A、Bクラスの人たちとは少なくない人と友だちになれたんだけど……Cクラスは中々難しくてね」
コミュニケーション能力の塊である櫛田が苦戦しているのか。椎名が以前言っていた、個性的な生徒が多いというのは間違いではないらしい。
それでも他所のクラスの名前と容姿を一致させているあたり、流石は櫛田と言ったところか。
「でも綾小路くん。お節介かもしれないけど、これから先どうするの?」
「どうもこうもしない。今まで通り過ごすつもりだ」
「なら気を付けてね。今Cクラスはリーダー決めで荒れているらしいから。巻き込まれちゃうかもしれないし」
「分かった、教えてくれてありがとう」
「どういたしまして。あっ、もうこんな時間。ごめん綾小路くん、私、もう行かないと」
「時間取りすぎちゃったか。それじゃあ櫛田、進展があったら連絡してくれると助かる」
「うん! バイバイっ」
にこやかに手を振る櫛田と別れ、オレも帰路に着くことにした。図書館に向かわないのは、今日からテスト週間に入るので、椎名とは会わないように決めているからだ。
コンビニに寄り、インスタント食品を数個買ってから寮に向かう。
「……中間テスト、か……」
早速平田と堀北が動いた。他のクラスも同様だろう。オレたちと同じ結論を出し、最初の試練──中間テストに備え始めているはずだ。
尤も、志から既に差がある。
他のクラスがさらなるポイント獲得に向けて行動する中、オレたちの目標はあくまでも赤点者を出さないこと。
堀北は言った。Aクラスを目指すのだと。
この一週間、オレなりに考えてみた。Aクラスに上がれるか否か。
オレが出した結論は──『絶望』だ。
三年間どんなに足掻いたところで、今のDクラスではCクラスにすらなれないだろう。
何が足りないのか──それは全てだ。
読書の皆さんが思う、一学期の間に最も実力を示したDクラスの生徒は?
-
綾小路清隆
-
堀北鈴音
-
平田洋介
-
櫛田桔梗
-
須藤健
-
松下千秋
-
王美雨
-
池寛治
-
山内春樹
-
高円寺六助
-
軽井沢恵
-
佐倉愛里
-
上記以外の生徒