午前中は始業式や課題提出などで終わった。生徒会の任命式も問題なく終わり、
誰か一人は忘れ物をすると予想していたが、これはいい意味で裏切られる事となる。Dクラスの生徒全員──当たり前ではあるが──課題を
これには
そして、現在は昼休みとなっている。オレはどこで昼食を食べようか迷っていた。隣人は既に黙々と弁当箱を机の上に出している。ちなみに、朝の挨拶以降一度も会話はしていない。
コンビニで適当に済ませようかと考えているオレに、一人の男子生徒が近付いてくる。
「やあ、
「どうだろう。もし清隆くんさえ良ければ、一緒にお昼ご飯を食べないかい?」
「もちろん、良いぞ。だが、彼女は良いのか?」
彼女というのは当然、交際相手である
「大丈夫だよ、女の子と一緒なら兎も角、同性の清隆くん相手なら何も言われないさ」
そう言う意味で聞いたんじゃないんだが。
「……分かった、それじゃあ行こうか。食堂で食べるか?」
「うん、そうだね。そうしようか」
携帯端末と学生証をブレザーのポケットに入れ、オレは席を立った。そのタイミングで、
「
「元に戻してくれるなら良いぞ」
「もちろんだぜ」
池に席を貸す。他のメンバーも近くの席の持ち主に交渉を持ち掛けていた。
「待ちなさい。何故さも当然のように、私の所に集まってくるのかしら?」
「良いじゃんかよ、堀北。こうして同じ釜の飯を食べる事によって、俺たちの絆が深まるんだからよ」
そんな須藤と堀北の会話を聞きながら、オレと平田は食堂へ移動を開始する。
だが中々、目的地へ辿り着けそうになかった。平田に話し掛ける生徒が後を絶たなかった為だ。
「平田くん、誕生日おめでとう! これ、誕生日プレゼント! みんなでお菓子を選んだから、良ければ食べて!」
「平田、誕生日おめでとう! 今度何か、飯でも奢ってやるからな!」
こういった具合に、皆、平田に祝いの言葉を
そう、今日は平田の誕生日だったのだ。オレは友人でありながらその事を全く知らなかったのだ。
──これは非常にマズい。
オレと平田は仲が良い部類に入る……と思う。最初こそ互いの利益の為に友人関係を築いていたが、今はそれも含めての友人だと言える。
実際、同性での友人を尋ねられたら、オレは平田と須藤の名前を真っ先に挙げるだろう。
そんな、ともすれば『深い』関係にあるオレが平田の誕生日を知らないのは、他の連中からしたら有り得ない話なのではないだろうか。
夏休みにオレは桔梗から、とあるクラスメイトの誕生日パーティの出席を持ち掛けられたが断っている。そのクラスメイトとさして交流がなかった為だ。
だが、今回その言い訳は出来ない。内心で冷や汗を流しながら、オレは打開策を考える。
「清隆くん、お昼は何にする?」
思考の海に潜っていると、平田がオレに尋ねてくる。
そしてその質問は、天啓とでも言うべきものだった。オレは食券販売機に無言で近付くと、一つのメニューに指をさす。
「す、スペシャル定食!?」
思わずと言ったように、平田が驚愕の声をあげる。
オレが選んだメニュー、スペシャル定食は食堂で取り扱っている料理の中で最も美味だと言われている、正にご馳走そのもの。だがその反面価格は最も高く、懐が潤ってなければ手を出さそうとすらしないだろう。
ましてや、オレと平田はDクラス所属。極貧生活から何とか脱し、今月から約2万円が学校から振り込まれるようになっているが、今後の事を考えればプライベートポイントは少しでも温存しておきたいところだろう。
「ご、豪勢な物を頼むね……。何か理由でもあるのかい?」
ぱちくりと瞬きしながら、平田がそう尋ねてくる。
そしてオレは、その質問を待っていた。
「
「え、ええ!? で、でもそれは悪いよ! 気持ちはとても嬉しいけど!」
そう言って、遠慮をする平田。
「遠慮するな洋介。友達の誕生日を祝うのは当然の事だ。常日頃からお前には世話になっているしな、そのお礼も兼ねている」
「い、いやでもそれは……」
「それにオレも、スペシャル定食はもう一度食べたいと思っていたんだ。実は前に堀北に奢られた事があってな、あの時の感動を思い出したい」
言葉を遮り、オレは畳み掛ける。
オレの並々ならぬ熱意を感じ取ったのだろう、平田は暫くして苦笑いを浮かべた。
「分かったよ。清隆くんがそこまで言うのなら、お言葉に甘えようかな」
「そうしてくれると助かる。ありがとう」
オレがそう言うと、平田は面白そうに笑った。
「奢られるのは僕なんだから、お礼を言うのは僕の方さ。それに僕も、スペシャル定食には前から興味があってね。せっかくの誕生日だ、少しくらいならバチも当たらないだろう」
「これくらいでバチが当たったら、殆どの人間は不幸だらけの生活を送っているだろうな」
そんな軽口を叩きつつ、オレは券売機のボタンを二回押して食券を出す。
スタッフに差し出し、待つこと数分。オレたちの前に豪勢な料理が乗せられたトレーが置かれた。
「これは、凄いボリュームだね……」
思わずといったように、生唾を呑み込む平田。
オレはそれに既視感を覚えつつ、空席を探した。だがこの時間帯は食堂が最も混雑する時間帯だ。現に、空席は一人席こそがあるがテーブル席はない。
「いっその事、プライベートポイントを使って譲って貰うか」
「それはいくら何でも無駄遣いだよ!?」
「そうかもしれない。だが、前言撤回する気はない。オレはそれだけ本気だ」
今のオレは、1万prすら支払う覚悟がある。
だが幸いにも、オレがそれをする必要はなかった。誕生日効果なのか、ちょうど、席を立つグループがあったのだ。少し離れているが、急げば確保出来るだろう。
「清隆くん!?」
他の生徒に取られまいと、オレは平田を残してその席へ急いで向かう。
大混雑の食堂を一直線に進むのは至難の業だったが、何とか、他の生徒よりも早く辿り着きそうだった。
しかしあと一歩の所で、オレの視界に二人の女子生徒が現れる。ぶつからないよう急ブレーキを掛け、オレはその二人と向き合った。
「あちゃー……タイミングが被っちゃったね……」
二人のうちの一人が、困ったように額へ手を当てた。そして、オレの顔をじっと見詰めてくる。
「えーっと、確か、
「……そうです。そう言うあなたは、
「うん、そう!」と、朝比奈先輩は
「
「
「いえ、ただ何となく疑問に思っただけです。失礼ながら聞きますが、朝比奈と南雲先輩はどのようなご関係ですか?」
そうオレが遠回しに尋ねると、朝比奈先輩は「あー」と唸り声をあげた。
「私と雅は別に、付き合ってる訳じゃないから。仲は良いけど、それくらいの関係だよ」
朝比奈先輩は長いため息を吐いた。
どうやら今のやり取りは何度も行っているようだった。
オレは勝手ながら、その姿に親近感を覚える。
「先輩方、無礼を承知でお願いします。この席、オレに譲ってくれませんか?」
先手必勝。オレは憂鬱そうな表情を浮かべている朝比奈と、その後ろに居る女子生徒へ頭を下げる。
当然、オレの突然の行動に朝比奈先輩は訝しんだ。
「……随分と必死だね。何か理由でもあるの?」
「実は今日、友人の誕生日なんです。それを祝いたいんです」
「なるほどね。そっか、そういう事情があるのか……」
そう呟くと、朝比奈先輩は後ろに居る友人へ顔を向けた。
「この子に席、譲ってあげたいんだけど良い?」
「うん、良いよー。席は他を探せば良いからねー」
「ありがとう! 助かる!」
朝比奈先輩は友人を拝む仕草を見せると、オレに向き直って「そういう訳だから」と椅子を少し引いた。
呆然とするオレに、朝比奈先輩は笑いかける。
「私たちは別の席を探すから、ここは綾小路くんとそのお友達が使って良いよ」
「とても嬉しいですが……本当に、構わないんですか?」
素直に厚意に甘えれば良いのに、オレはそう確認を取っていた。
しかし朝比奈先輩は笑顔で「もちろん!」と頷く。気分を害している様子は微塵も見られない。
オレは拍子抜けしていた。まさかこうもあっさりと話が通るとは。
だがいざお願いしてみれば、朝比奈先輩はオレの事情を知った次の瞬間にはオーケーサインを出していた。疑うなと言う方が難しいだろう。
「私もさ、出来ることなら友達の誕生日は盛大に祝いたいと思っているんだ。でも、それは現実的には難しくて……言い方は悪いかもだけど、取捨選択するしかないじゃない?」
「まあ……確かにそうですね」
「自分の誕生日は絶対に忘れないけどさ、それ以外は結構難しいんだよね。家族でさえも、意識を強く持たないと忘れちゃいがち」
気付けばオレは、朝比奈先輩の言葉に耳を貸していた。
「人の誕生日を覚えて、それを忘れないで、祝う。何度も言うけど、それってとても難しい。だけど、素敵な事なんだと思うんだ」
「……そうですね。先輩の仰る通りだと思います」
オレがそう言うと、朝比奈先輩は照れ臭そうに頬を掻いた。
「私たちはそのお友達の事を祝えないから、綾小路くんが私たちの分も一緒に祝ってくれると嬉しいな」
「ええ、約束します」
「そんなに重く受け止めなくて良いから」と言う朝比奈先輩。
そんな先輩に、気が付けばオレは、自分でも驚くような事を言っていた。
「あの、朝比奈先輩。もし良ければ、連絡先を交換して貰えないでしょうか?」
「えっ!?」
驚愕の声を出す、朝比奈先輩。彼女の友人も似たような反応を見せている。
そこでオレは我に返った。
──これってもしかしなくても、ナンパなのでは?
嫌な冷や汗が身体中から噴き出し、ダラダラと流れていく。
「すみません、失言でした。今のは忘れて下さい」
これが羞恥心というものか。意図せずして、新たな感情を知る事になるとはな。
そんな風に現実逃避していると、突然、朝比奈先輩が吹き出した。そして、声を出して笑い始める。
「ごめんね、その、あまりにもきみから哀愁さを感じたもんだから。その癖無表情で、ただ、ズーンって効果音が出そうな程落ち込んでいるのが伝わってきたから。何だかそれが面白くて」
「……いえ、大丈夫です。変な事を言い出したオレが悪いですから」
寧ろ気持ち悪いとか罵倒されてないだけマシだろう。
そんな風に思っていると、朝比奈先輩は軽い口調で言った。
「良いよ、交換しよっか」
「なずな!? えっ、本気!?」
「うん。この子から下心とかは全然感じないし、良いかなって」
「いやいや、そんなの分かんないじゃん! それに南雲がこの事を知ったら、何をされるか分からないよ!?」
「大丈夫。寧ろこれで何かされようものなら、そっちの方が気持ち悪いよ」
「付き合ってる訳でもないんだから」と友人との会話を強制的に終わらせると、朝比奈先輩は携帯端末をオレに見せる。
そこには、朝比奈先輩のだと思われる電話番号が表示されていた。
「さあ。私の気が変わらないうちに、早く」
その言葉を受け、オレは携帯端末を操作した。朝比奈先輩の番号を登録し、念の為、電話を掛けてみる。
問題がない事を確認すると、朝比奈先輩は笑った。
「うん、それじゃあ私たちはもう行くね。またね、後輩くん」
「ちょっ、ちょっと待ってよ! なずな!?」
二人が人混みの中に消えていくのを、オレは見送った。
椅子に座ったオレは、平田に席の確保が出来た事をメールで伝える。見ない可能性もあるが、やっておいて損はないだろう。
そうして平田を待っている間、オレは今しがたの自分の行動を分析していた。
誰かと連絡先を交換する時、これまでのオレはその殆どが受け身によるものだった。
オレから交換しようと申し出なかった事が一度もない訳ではないが、それは、それが必要だったからに過ぎない。純粋な気持ちで交換した事はあっただろうかと聞かれると、オレは首を傾げざるを得ない。
だが今回、オレは自分から行動していた。そして見事──そうは言えないだろうが誇張しておこう──オレは先輩の連絡先をゲットした訳だ。
朝比奈先輩──朝比奈なずなとの繋がりは、あって損はないだろう。朝比奈が南雲と『深い』関係にあるのは、彼女の友人の様子からも明らかだ。今後戦っていくであろう敵の身近な人物との繋がりはリスク的な意味を考慮すると控えるべきだが、同時に、得られるメリットも多い。ようは、正しい付き合い方をすれば良いという事だ。
だがオレはあの時、それをあまり考えていなかった。その結論を出すよりも早く、オレの身体は動いていた。
その事に違和感を覚える。これまでの──少なくとも、この学校に来る前のオレならまず間違いなく選ばない『愚行』。
これは、オレが『退化』しているのか。あるいは、『成長』しているのか。
これを、どう捉えるか。数十年前のオレは『あの時』、あの『
そして何故、その相手が朝比奈なずなだったのか。
それは朝比奈なずなという人間が、義理人情に厚い人物だとすぐに分かった為だろう。
帆波や平田のような善人ではなく、桔梗のような意図したコミュニケーションでもない。
そういった人物との繋がりを、オレはまだ持っていなかった。
つまりオレは、朝比奈なずなとの交流の末に『友情』とは何かを知ろうとしているのかもしれない。
それが、今のオレが過去のオレに出した結論だった。
「清隆くん! ようやく見付けたよ!」
平田が雑踏の中から現れ、合流出来た事に対して安堵の息を吐いた。そのまま、オレの対面の席に腰掛ける。
「悪かったな、これからは控える」
謝罪を込めて、オレは定食の中からおかずを一品平田に分けた。
「改めて、誕生日おめでとう」
「ありがとう。こうして沢山の人から祝って貰うのは初めてだから、嬉しさと一緒に気恥しくもなるね」
「そうなのか。それはかなり意外だな」
てっきり毎度の事だと思っていた。平田は苦笑を一つ浮かべると、驚きの事実を口にする。
「全く祝われてこなかった訳じゃないけどね。少なくとも、去年よりも多いのは確かだよ」
にわかには信じがたい話だが、ここで嘘を吐く事もないだろう。平田の話は真実なのだと思われる。
だがそうだとしても、平田の対応はとても滑らかだった。それこそ、いつか話した『二重人格』なのではないかと疑う程に。
「結局、夏休みはあまり遊べなかったね。ごめん」
スペシャル定食のあまりの美味に打ち震えていると、平田がそう言って頭を下げてきた。
人気者の平田は常に予定が埋まってしまっている。夏休み前半はまだ空きがあったが、後半は全くと言ってなかった。
「気にするな。数回遊べただけでもオレは満足している」
寧ろ数回も遊べただけ、オレは恵まれているのだと思う。
言い方は悪いが、それだけ平田洋介という人間の市場価値は高い。
「僕はとても楽しい夏休みを過ごせたけど、清隆くんはどうだった?」
「オレも、充実したものだったと思う。特別試験含めて、これまでの人生にはなかった新しい体験の連続だった」
「そっか。それは良かったね」
心からそう思っているのだろう、平田はそう言って笑顔を浮かべた。そして、言葉を続ける。
「清隆くん、ちょうど良い機会だ。少し話が脱線するけど良いかな?」
「もちろんだ」
「ありがとう。僕ときみが交わした『契約』についてだけど──僕は、これが履行されたものだと思っている」
オレは温くなりつつあるお茶を飲み干すと、平田の顔をじっと見詰めた。
オレたちが交わした『契約』。
それは、特別何かをするというものではない。『契約』と大袈裟に言っているが、それは口約束の類だった。
「僕がきみにお願いした内容は、『僕という
それこそが、オレたちが交わした『契約』の内容。
他クラスとは違い、Dクラスは明確なリーダーを据えてはいなかった。その立ち位置に最も近いのが平田洋介という『先導者』であり、『舞台装置』である。
つまり、平田はあくまでも『礎』。地盤がなかったDクラスの土台とも言える。
「本当に良いのか?」
「良いんだ。元々僕は、リーダーには向いていない。こう言ってはなんだけど、僕の性質は日陰者。ただ見栄を張って背伸びしていたに過ぎないからね」
「そうだとしても、お前がその役割を担っていたからこそ乗り越えられた局面は多々ある。正直に言うと、時期尚早に感じるな」
平田洋介という存在はそれだけ、Dクラスの中核になっている。
今のDクラスが弱い訳ではない。入学当初と比べると、個々の戦力増加には目を見張るものがある。
だが、クラス闘争は個人戦ではなく団体戦。誰よりもクラスの為を思っていた平田だからこそ、癖のある生徒を上手く纏めあげていたのだ。
クラス単体として見た場合、Dクラスはまだ上位クラスとは渡り合えないだろう。
「大丈夫、清隆くんの心配は杞憂に終わるよ。僕の代わりに立ち上がった人が居るからね」
「堀北か」
「うん、そうだ。今の堀北さんなら、Dクラスを導く事が出来ると思う。名ばかりの
既定路線ではあるが、今後は堀北が主軸となりクラス闘争に臨んでいく事になる。
現在の堀北の求心力は、平田にくらべるとまだ低いと言わざるを得ない。
だいぶ改善されたとはいえ、堀北の性質は万人に受け入れられるものではない。寧ろ敵を作りやすいとすら言える。
だが、だからこそ、それを含めて本当の意味で堀北がリーダーとしてDクラスを率いていけたら、あるいは──。
今の堀北は完璧とは程遠い存在にある。だが、完璧な人間など居ない。堀北の上を向く姿勢は起爆剤となり、相乗効果を生んでいく。
「その時の為の準備はしてきた。今のDクラスなら、変化を恐れず挑戦出来ると確信している」
夏休みの間、平田は敢えて『自分に頼らないクラス運営』を行っていた。その急な舵取りには少なくない生徒が違和感を覚えただろう。
それは全て、クラスの未来を誰よりも憂いていた平田だからこそ出来た作戦だ。
「そうか、お前がそう判断したのなら従おう。オレも、堀北がクラスをどのように纏めてあげていくのか興味があるからな」
「ありがとう、清隆くん。──そして次は、僕が『契約』を履行する時がきたみたいだね」
「ああ、そうだな」
オレは出来る限り平田に協力してきた。その代わりに今度は、平田がオレに協力する事となる。
「僕は何をすれば良い?」
「オレが求めるのは一つだけだ。オレは今後、今まで以上に個人で動こうと思っている。その事を承知してくれるだけで良い」
「……それはつまり、結果的にクラスに被害が出る事となっても黙認しろということかい?」
オレはその質問に、首を横に振って否定した。
「それは殆どないと考えてくれて構わない。寧ろ、これまでの考えは捨てるつもりだ。クラス闘争には前向きに参戦しようと思っている」
そう言うと、平田は「なるほどね」と一応の理解を示す。
「『暴力事件』、『無人島試験』、『干支試験』。きみはこれまで裏で動いてきた。きっと、きみは僕以外にも様々な人と『契約』を交わしているんだろうね。これからはこれまで以上に表と裏で動くという解釈で間違いないかな?」
「ああ、それで間違いない。とはいえ、その時の状況によってはクラスではなく自分の為の選択を取るだろうな」
「それを責める訳にはいかないさ。自分を優先するのは当たり前の事だからね」
「そう言って貰えると助かる」
これで、オレと平田の『契約』は履行され、関係にも変化が生じた。
これからはただの友人という枠組みに入るだろう。
それからは雑談を交わしながら、昼休憩を過ごした。満腹になった幸福感に包まれていると、平田が微笑ましいものを見るようにオレを見詰めていた。
「どうかしたか?」
「ああいや、ごめんよ。ただ、ずっと前から気にはなっていたんだけど、清隆くんはとても美味しそうにご飯を食べると思ってね」
「事実、美味かったからな」
月に一回のペースでスペシャル定食を食べたいものだ。いやこれからは、自分へのご褒美という事でそうしよう。
「普段は大人びているからかな、ご飯を食べている時の清隆くんは、年相応の子供みたいだ。見ているこっちも何だか嬉しくなるよ」
それは恐らく、オレのこれまでの来歴の所為だろう。
「そう言えば、今日はどうして遅刻しそうになっていたんだ?」
少し踏み込んだ質問をする。
だがオレの覚悟とは裏腹に、平田はごく自然とこう答えていた。
「今日は彼女の軽井沢さんと一緒に登校する約束をしていたんだ。二学期開始の記念でね。ただ、軽井沢さんが寝坊してしまってね。それでギリギリになってしまったんだ」
そう言われてしまえば、オレは引き下がるしかない。
オレには一つの懸念がある。それは、軽井沢が新たな火種を生み出すかもしれない可能性だ。
それは言ってしまえば、ただの小さなトラブル。軽井沢がCクラスの女子とトラブルを起こしているという内容で、それは平田も知っている。
だが目の前の平田からは、不安に駆られている様子は微塵も感じられない。それはつまり平田にとっては終わった話であり──夏休みの間に上手いこと対応したという事だろうか。
桔梗からの情報提供によると、平田は静観の構えを取っていたようだが、実は裏で動いていたのかもしれない。
そこの判断が非常に難しい。
オレは今後、軽井沢の動向を注意する事を決める。
もし本当に平田が問題を解決しているのなら、それはそれで良い。だがもしそうではないのなら、軽井沢恵が『癌』となる前に切除する必要が出てくる。早期発見、早期治療が堅実だ。
朝のSHRが始まる前に思った事を、オレは再度、より強く思うのだった。