静寂を破ったのは、堀北だった。
Dクラスの中で最も先に冷静さを取り戻した堀北は、一歩、前に出る。
その姿を、坂柳は面白そうに見ていた。
「あなたが私の相手をして下さるのでしょうか?
「……私の事を知っているのね」
「無論です。それが戦いに於ける
その強烈な輝きを放つ瞳に射止められまいと、何人かは俯いたり逸らしたりする。だが、それを責める事は出来ないだろう。
言わばこれは、格付け。現段階での、各自が立っているステージを再認識する為の儀式だ。
「ふふっ、これは、これは……」
意味深に笑う、坂柳。
当然、堀北はそれに食って掛かる。
「何か見ていて面白い事があったかしら?」
「気分を悪くさせてしまったのなら、申し訳ございません。ただ──思ったよりも暇潰しになるなと思っただけです」
「なッ……!? 暇潰し、ですって!?」
怒声を上げる堀北。
オレからは見えないが、恐らく、今の堀北は険しい表情を浮かべているに違いない。
だが対する坂柳は
「堀北鈴音さん。その真後ろに居るのは
「あなた、何を言って……」
「おや、違いましたか? 私の記憶違いでなければ、合っている筈ですが」
「……合ってはいるわ。私が言いたいのは、私のクラスメイトの名前を当てたこの会話に、一体何の意味があるのかという事よ」
固い声音には、どこか恐れが含まれているように感じられた。
事実、堀北は恐れているのだろう。今相対している少女から感じる、得体の知れなさに。それは堀北だけじゃない。可憐な容姿を持つ坂柳に、普段のDクラスなら口々に「可愛い!」などと言っているだろうがそれも今日はない。坂柳の持つ異質且つ圧倒的な重圧に完全に呑まれてしまっている。
「戦いに於ける
坂柳は言葉を続ける。
「私は出来る限りの手を使い、AからDクラスの情報を出来る限り調べあげています。とはいえ、入学してからまだ半年も経っていないので質はまだまだ悪いですが」
「それで、暇潰し相手という結論を出したと言うのかしら……?」
「ええ、そうです。百聞は一見にしかず、この目で見るまでは保留にしていました。しかし正直……ガッカリですね。粒のある生徒は数人いらっしゃいますが──現段階では、あなた方Dクラスは私たちの敵にはなり得ないと判断しました」
見下した発言をする、坂柳。その振る舞いは正しく傲慢不遜な『女王』だと言える。
「……まさか出会って早々に喧嘩を売られるとは思ってなかったわ」
堀北の言葉に、坂柳は不思議そうに首を傾げる。
「喧嘩を売る? 何を勘違いしていらっしゃるのでしょうか?」
「……おかしいわね。今までのやり取りでそう感じないのは余程の卑屈者くらいだと思うのだけれど」
「それが勘違いというものです。私はむしろ、あなた方Dクラスを高く評価しているのですよ?」
「は?」と耳を疑う堀北。他のクラスメイトも戸惑いの声を上げる中、坂柳は笑みを深める。
「夏休みの試験結果、あなた方Dクラスの活躍には目を見張るものがありました。『不良品』とはとても思えない程の躍進です。他にも、一学期に起こった様々な出来事。その中心に居たのはあなた方でした」
「……随分と評価してくれるのね。とはいえ、それを素直に受け止める事は出来ないけれど」
「私は心から感心しているんですよ? ──とはいえ、それと同時に、
「……滑稽? どういう意味かしら?」
低い声音で尋ねる堀北に、坂柳は「言葉通りです」と答える。
「あなた方Dクラスは……何故ここまで好成績を残せたのか、その理由を分かっている生徒があまりにも少ない。一人、あるいは複数──『道化』の掌で踊らされている。これを滑稽と言わずして、何を滑稽と言うのでしょうか」
何かを確信しているように、坂柳は言葉を紡いでいく。
対する堀北は何も言い返さなかった。正しい判断だ。感情に振り回されそうになりながらも、必死に堪えている。入学時点での堀北ではこの選択を取る事は出来なかっただろう。
「私はあなたの言う『道化』とやらには心当たりが全くないけれど、そう言うあなたには誰がそうなのか確信があるのかしら?」
「無論です。言ったでしょう、堀北さん。私は出来る限りの情報収集をしている、と。そこから導き出すのは造作もありません」
「……そう、それなら私にも一つ考えがあるわ」
「考え? 何でしょうか?」
首を傾げる坂柳へ、堀北は厳しい口調でこう言った。
「あなたが私たちを馬鹿にすると言うのなら、それならそれで構わないわ。けれど、Aクラスの代表者たるあなたがそういう態度を取るのなら、私たちがそれに付き合う道理もない。違うかしら?」
言外に、話し合いの席に着かないのなら話はこれで終わりだと脅しを掛ける堀北。
事実、教師からこの時間は生徒の好きなように過ごして構わないと言われている。
この反撃は坂柳にとっても無視できないもののようだった。
「そうですね。堀北さんがからかいがいのあるお人だったので、つい。申し訳ございません、皆さん。これまでの非礼深くお詫び申し上げます」
本性を隠す、坂柳。
そう、今のやり取りはあくまでも前哨戦に過ぎない。
堀北もそれは理解している。底の知れない相手に、堀北は何とか食らいついていた。
「そろそろ本題に入りましょうか。Aクラスからは代表として私が出ます」
その宣言が意味する事は即ち、
Aクラスはこれまで坂柳有栖率いる坂柳派と
両者の勢力は互角だったが、夏休みに起こった特別試験、臨時的にクラスを率いていた葛城派は良い成績を収める事が出来なかった。
葛城はその責任を取り、失脚。坂柳にリーダーの座を明け渡したという事だろう。
事実、坂柳の後ろに控えているAクラスの生徒たちから少し離れた場所に葛城は居る。その葛城の近くに居る数人の生徒が葛城派の生徒だと思われる。
その比率はオレの想定していた以上のものだが、葛城派から絶望や失意といったものは見られない。葛城が諦めていないのを、彼らは知っているのだろう。
葛城派は勢力こそ縮小したが、その結束力は増したと考えられる。
「さて、Dクラスからは何方が出られますか? 堀北さん、もしやあなたですか?」
その質問に、堀北は即答しなかった。
クラスに振り向くと、無言で構わないかと尋ねてくる。そこに不安が混じっていたのは、決して見間違いではないだろう。
今までは堀北が坂柳の対応をしていたが、それはあくまでも流れでそうしていただけ。
これまで堀北はクラスに多大なる貢献をしてきた。それは間違いない。
だが全員からの支持がある訳ではない。特に旧体制の派閥からは疎まれていても可笑しくないだろう。
だがそれを無力化出来る人物が、二人居る。
「僕は堀北さんにお願いしたい。きみになら、それが出来ると思う」
そう発言したのは、今まで沈黙していた平田だった。
動揺がDクラスに広がる中、それを見ていた坂柳が「おや?」と首を傾げる。
「私の記憶違いでしょうか。Dクラスのリーダーはあなただったと記憶していたのですが、平田くん?」
「それは少し違うよ、坂柳さん。確かに僕はこれまでその役割を担ってきた。でもそれは、誰にでも出来る事だったんだ。今この場で言う事じゃないかもしれないけれど、僕は元々、その時が来たらその人に託すつもりだったんだよ」
突然胸中を打ち明ける平田に、Dクラスの生徒たちの動揺はさらに増した。
これまで弱音を見せてこなかった『先導者』が見せる初めての姿に、戸惑ってしまう。
その中で、堀北は冷静だった。全てが合点したように、一度目を伏せる。
「……そう、そういう事なのね。それならあなたが時折見せていた不可解な行動も理解出来る。特に無人島試験での行動、クラスの和を乱すような『らしくない行動』もこの時の為だったという事ね。これも、『あなたたち』の計画通りと言った所なのかしら」
「その通りだよ、堀北さん。とはいえ、一部訂正させて欲しい。全ては僕一人の計画だ。誰も巻き込んではいないよ」
「……あなたなら、そう言うのでしょうね」
堀北と平田の会話を理解出来たのは、事情を知る生徒のみだろう。
そしてどうやらその中には、他クラスの坂柳も含まれているようだった。
「平田くん、あなたの求心力には敵ながら目を見張るものがありました。『不良品』を纏めあげ戦力を整えたあなたは正しく『先導者』。あなたがいなければ今頃、Dクラスの総数は少なからず減っていた事でしょう」
「そうでもないよ」
「ふふっ、ご謙遜を。だからこそ、残念です。あなたが率いるDクラスと、私は戦いたかった」
「ありがとう、坂柳さん。そう言って貰えると嬉しいよ」
「本当に辞めるおつもりですか?」
「うん。後悔はないよ」
敵の坂柳が引き留めるという意外な展開。それだけ坂柳は平田を評価していたという事か。
だが平田の答えは変わらなかった。決心は固いと悟った坂柳もそれ以上は何も言わなかった。その代わり、『先導者』が推薦する人物を見詰める。
あとは堀北が意思を継ぐと一言口にすれば、Dクラスのリーダーは堀北鈴音となる。
「正直、不快だわ。平田くん、あなたも『彼』と同じように私を『駒』扱いするのね」
「そんなつもりはなかった。だけど結果としては、きみの言う通りだ」
両者の視線が交錯する。
沈黙を破ったのは堀北だった。嘆息した彼女は眉を顰めながらもこう言った。
「……良いわ。『今回は』私がクラスの代表として出る」
堀北は坂柳へ向き直ると、自分がDクラスと代表者だと名乗りを上げた。そしてクラスメイトは誰も反対意見を上げなかった。否、上げられなかったと言うべきか。
強引ではあったが、平田の判断は正しかっただろう。敵が四方にいる今こそ、『戴冠式』に相応しい。
坂柳は無言の笑みで『後継者』の存在を了承すると、「それでは、始めましょうか」と言った。
「まず、今回の体育祭に於いて私たちはどのような関係であるのが適切だと思いますか?」
坂柳が問題提起する。
それに対し、堀北は即答した。
「クラス闘争がある以上、全面的な協力は不可能だと私は考えているわ。団体戦はある程度話し合う必要があると思うけれど、個人戦に於いては競技中の邪魔をせず自身の最善を尽くす事に集中する。これでどうかしら?」
「そうですね、堀北さんの考えが一般的な解答でしょう。そう、クラス闘争という大きな枠組みがある以上、完全な同盟は成立し得ない。背中を預ける事はどうしても難しい」
「しかし」と坂柳は前置きして言った。
「それでは駄目です。悪知恵を働かせる龍園くん率いるBクラス。総合能力が高い一之瀬さん率いるCクラス。彼らに私たちが勝つ為には、部分的な協力では少々不確定要素があります」
「……坂柳さん、あなた、正気?」
「ふふ、さて、どうでしょうか」
坂柳の独特な言い回し。聡い堀北はその言葉の裏に隠されている意図に気が付いている。
Aクラス、Dクラス両陣営から困惑の気配と声が出る中、二人の代表者は数秒見詰めあっていた。
「悪くない提案だとは思いませんか? 実際、あなた方Dクラスはこれから孤軍奮闘を強いられます。しかし、それだけの戦力がまだ備わってないのも事実でしょう?」
「否定はしない。現在のクラスポイントの差はそれだけ歴然としているものね。けれどその言葉、どこまで信じられるのかしら」
「はて、面妖な事を仰いますね。元から私たちの信頼関係はゼロでしょう。それを積み上げれば良い、それだけの話では?」
「簡単な事を言うわね。それならさらに聞くけれど、どうやってそれを積み上げるのかしら」
坂柳は即答した。
「あなた方が信じられないと言うのなら、今回に限り私たちAクラスはあなた方Dクラスへ『奉仕』します。そうすれば信じて下さるでしょう?」
緊迫した空気が流れる。
それに耐え切れなくなったのか、Dクラスから一人の女子生徒が堀北に尋ねた。
「二人はさっきから何の話をしているの? 私たちにも分かるように言って欲しいんだけど?」
堀北は顔だけクラスメイトへ向けると、端的に答えた。
「坂柳さんは今回の体育祭に於いて、私たちがBクラスと同盟を結んだように、Aクラスと同盟を結ぼうと提案してきているのよ」
「「「ッ!?」」」
驚愕するクラスメイトを置き、堀北は慎重に言葉を選ぶ。
「……『奉仕』の内容は?」
「私たちAクラスが学校へ提出する『参加表』を事前にお教えします」
『参加表』の価値はとても高い。普通なら出来る限りひた隠しにし、他クラスへの開示などしないだろう。
それを、坂柳率いるAクラスはするという。
あまりにも衝撃的な内容だが、堀北は冷静さを欠かなかった。
「その代わり、私たちの情報を教えろという事かしら?」
「いいえ、それは不要です。言ったでしょう、これは『奉仕』だと。見返りを求めては『奉仕』にならないでしょう」
「……もしそれが本当なら、下らないと切り捨てる事は出来ないわね」
「無論、本当ですとも。私は嘘を好みませんから」
堀北は坂柳の狙いが何か懸命に思考するも、答えに辿り着けないようだった。
歯噛みする堀北を、坂柳はどこまでも見下ろす。
「……あなたの提案はとても魅力的だわ。その『奉仕』にはそれだけの価値があるもの。だからこそ、腑に落ちない。あなたの提案はあくまでもあなた個人のもの。違うかしら」
「ええ、そうですね。流石に先のHRでそこまで決める時間はありませんでしたから。とはいえ、『AクラスとDクラスの同盟』の方針は伝えていました。事実、誰一人として動揺はしていないでしょう?」
「そこが疑問なのよ。今の戦況は、A、B、Cクラスの三つ巴。私たちDクラスは完全に蚊帳の外よ。確かに『同盟』はメリットがある。けれど、同時にデメリットもある。今のAクラスには五月当時にあった余裕はない筈。私たちとの『同盟』は兎も角、あなたの提案している『奉仕』にあなたのクラスメイトが賛同するとは思えない」
その指摘に、しかし坂柳は悠然とした佇まいを崩さない。
「つまり、何故私が『奉仕』をしたいのか。その理由を聞きたいのですね?」
「当然よ。うまい話には裏がつきものだもの」
「ならばお教えしましょう。何故、私が『奉仕』をしたいのか」
そう言うと、坂柳は目を大きく見開いた。それはまるで、壮大な計画を語る科学者のようだった。
「あなた方Dクラスは、『オプション』なのです」
「……? どういう意味かしら?」
「言葉通りですよ。堀北さん、あなたの指摘は正しいです。今のAクラスに、嘗てあった余裕はありません。だからこそ、『新たな武器』が欲しいのです」
『女王』は為政を語った。
「今回の体育祭は、非常にシンプルです。個人の運動神経や技術を競い合う性質上、無人島試験や干支試験のような『裏』はまず出来ないようルールとなっています」
「そうね」
「だからこそ、今回の体育祭が持つ意味合いはとても大きい。現時点での各クラスの総合力が直接反映されますからね、今後のクラス闘争に与える影響は計り知れません」
そして、坂柳有栖はこう言った。
「私たちAクラスは『新たな武器』を得て今の順位を盤石な物に戻したい。あなた方Dクラスは私たちAクラスという後ろ盾を得る事で戦略の幅が広がるでしょう。悪い話ではないと思いますが、如何でしょうか?」
「……」
「勿論、今すぐに返事が欲しい訳ではありません。一度、クラスの皆さんと話し合う時間も欲しいでしょうからね」
HRの終了を告げるベルが校舎に響く中、坂柳は優雅に一礼してから家臣を引き連れて体育館をあとにした。
オレたちDクラスはその後ろ姿を呆然と見送る事しか出来なかった。
「……私たちも帰りましょう」
心底疲れたように堀北がそう言うと、クラスメイトも同意するようにため息を吐いた。
続々と帰宅するクラスメイト。オレもそれに続く。上履きを履き替えていると、声が掛けられた。
「少し、話をする時間が欲しい。大丈夫か?」
「ああ、もちろんだ。葛城」
場所を移したいという葛城の訴えを了承し、オレたちは体育館裏に移動した。
壁に背中を預けるオレに、葛城は「すまなかったな」と頭を軽く下げてくる。
「坂柳の行動は、お前たちに混乱を招いただろう。どうか謝罪させて欲しい」
「お前が謝る事じゃないさ、葛城。それに謝るのはオレの方だ。昨日は悪かったな、居心地が悪かっただろう」
南雲が主催した親睦会に参加しなかった事を謝罪する。葛城は「気にするな」と言った。
「お前が来なかった……来れなかった理由はメールで知っている。止むを得ん事だった。それに堀北生徒会長や橘書記が様々な面で配慮してくれた。気にする事ではない」
「そう言って貰えると助かる」
「だがそれは、俺の話だ。綾小路、お前は良いのか?」
葛城も、オレの生徒会副会長就任への道が遠ざかったのは予想しているのだろう。心配そうにオレの顔を見てくる。
オレは軽く肩を竦めてから答えた。
「まあ、自業自得さ。実は朝に南雲副会長から呼び出しを受けていたんだが、お前の想像通りの結果になった」
「……そうか。しかしそれでは、今後に支障が出るやもしれんな。堀北生徒会長は任期中にお前を副会長に就かせたいと思っている筈だ」
「そうだな。だがオレが副会長になるのはほぼ確実と言って良い。多少は遅くなってしまうが、堀北生徒会長はそこも織り込み済みの筈だ」
実際の所はどうか知らないが、葛城の心配を無くす為にはこう言った方が良いだろう。
「それなら良いのだが」と葛城は相槌を打つと、次には真剣な表情を浮かべた。
どうやら、話の本題にはまだ入ってなかったようだ。
「綾小路、お前は坂柳をどう視る? どのような印象を抱いている?」
「どう、とは?」
葛城らしくない抽象的な質問。オレが聞き返すと、葛城は表情をそのままに言った。
「お前たちに言っていた言葉は全てが真実だ。Dクラスと同盟を結ぶと、坂柳は言っていた。それが、『勝つ為の必要最低限の策』だとな」
葛城曰く、坂柳は担任から体育祭の概要を聞いた数分後には壇上に立ちクラスメイトへそう宣言したらしい。
「オレの答えを言う前に、葛城はどう思っているんだ?」
そう尋ねると、葛城はおもむろに口を開けた。
「正直な所、坂柳の策は理解出来ん。いや、お前たちDクラスとの『同盟』はまだ理解出来る。だが坂柳が言っていた『奉仕』、これには賛同出来んな」
「オレたちが裏切る可能性があるからな」
「……ああ、その通りだ。詳しい内容までは言えないが、俺は龍園と無人島試験である取引をした」
「それ、オレに教えて良いのか?」
「構わん。どうせ坂柳派の生徒から流出するだろう。──話を戻すが、そうする事で、俺はAクラスを一位で勝たせるつもりだった。だが結果はお前の知っての通り。俺はリーダー争いに実質的に負けてしまっている」
一度痛い思いをしているからこそ、葛城は『同盟』や『取引』に対してより慎重となっているのだろう。
「他の大多数の生徒も、お前と似たような感じだろうな。特に『奉仕』については懐疑的だと思う。坂柳を支持している坂柳派だって、多少なりともそれは思うんじゃないか?」
「ああ、そうだろうな。だが坂柳は強引にでも踏み切るだろう。俺が燻っている間に、坂柳はクラスメイトに声を掛けて支持者を集めた。Aクラスのリーダー……いや、支配者は間違いなく坂柳有栖となっている」
「だが葛城、お前は違う。そうだろう?」
そう尋ねると、葛城は少しだけ口元を緩めた。
つい先程も思ったが、葛城の闘志は復活している。そのように誘導したのはオレだが、これなら想定以上の効果を生み出しそうだ。
「俺は答えた。次は綾小路、お前の番だ」
さて、ここで何と答えるべきか。
オレは複数ある選択肢の中から、一つを選択する。
「坂柳の印象は、まだ何とも言えないな。直接話した訳でもないからな。ただ一つ、疑問に思っている事がある」
「……それは何だ?」
「どうして坂柳は他クラスの目があるあの場であのような発言をしたのか、という疑問だ」
オレがそれを口にすると、葛城は神妙な顔で「なるほどな」と頷いた。
「……お前の言う通りだ。坂柳の発言内容そのものに気を取られていたが、最初に抱くべき疑問だった」
「体育館には全校生徒が居た。それなのにも関わらず、坂柳は周りを気にする素振りも見せずにあのような振る舞いをしていた。オレはそこに坂柳の『真意』があると思っている」
「……『真意』か。それが坂柳にとっては大事だという事なのか……?」
腕を組み考え込む葛城。
「……分かってはいた事だが、この体育祭、一筋縄では行かないな」
「ああ、そうだな」
クラス闘争は当然として、オレと葛城には『南雲降ろし』もある。
今の所堀北学からは特別指示はないが、水面下では着々と準備をしている筈だ。オレたちもそれに備える必要がある。
「くれぐれも坂柳には注意してくれ。今の俺では、情けない話だが見ている事しか出来ないからな……」
「それでは、失礼する」と言うと、葛城はオレに背を向ける。言葉ではああ言っていたが、その背中はとても大きい。その必要があると判断したら、葛城は自分の身も顧みずに坂柳を止めようとするだろう。
「坂柳有栖、か……」
今回の体育祭、『鍵』を握るのは彼女なのかもしれない。