ようこそ事なかれ主義者の教室へ   作:Sakiru

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ロールチェンジ

 

 体育祭の説明から、一晩経った。

 体育祭が催されるのは約一ヶ月後だ。

 学校はその為の準備時間として、週に一度、二時間の自由時間を設ける事を発表した。この時間は文字通り何をしても良いと通達されている。普段の授業なら居眠りやスマホを弄ったらクラスポイントの減少に繋がってしまうが、この時間はそれもないと公言されている。

 

「それでは、あとはお前たちの好きなようにしてくれ」

 

 そう言うと、茶柱(ちゃばしら)先生は教室の後ろに移動した。そこでオレたちを見守るつもりなのだろう。

 そして茶柱先生と入れ替わるように、一人の女子生徒が教壇に上がった。

 

「体育祭の話し合いを行う前に、幾つか、話し合わなければならない事があるわ。そうでしょう?」

 

 堀北(ほりきた)の言葉に、何人かの生徒が頷いた。(みな)まで言わずとも、生徒たちはそれを共通事項として分かっていた。

 

 それは、Dクラスの今後について。

 

 これから先、Dクラスがどのような体制でクラス闘争を戦っていくのか。

 まずはそれを話し合う必要がある。体育祭について話すのは、それからでも遅くないだろう。

 

「まずは平田(ひらた)くん、あなたには説明義務がある。まさかあの場だけで全てを精算するつもりじゃないでしょうね?」

 

「そうだね、堀北さんの言う通りだ。それが僕の最後の仕事だと言うのなら、僕はその責任を果たそう」

 

 呼ばれた平田は席から立ち上がると、壇上に立った。その少し横に堀北が移る。

 平田はクラスを見回すと、微笑みながら口を開けた。

 

「これまで僕は、このクラスのリーダー的役割を担ってきた。ありがとう、不甲斐ない僕についてくれて。まずはそれを伝えさせて欲しい」

 

 平田は深々と頭を下げた。そして顔を上げると、自身の進退について話す。

 

「だけどこれからは、その役割を堀北さんにやって貰おうと考えている」

 

 その言葉に、教室は揺れた。

 全体説明の際に本人の想いは知っていたが本人の口から直接告げられると(こた)えるものがある、そんな所か。

 喧騒に包まれる教室。これまで頼りにしてきた『先導者』の意思表明に、戸惑うのは当然と言えるだろう。

 

「皆には、言いたい事が沢山あると思う。無責任だと思われても仕方がない。だけど、僕はこの意志を曲げるつもりはない」

 

「ちょっと待ってよ! 私、そんな話聞いてない!」

 

 平田の言葉を遮って席から立ち上がったのは、軽井沢(かるいざわ)だった。

 

「軽井沢さん……」

 

 佐藤(さとう)の呟き声も、軽井沢には届かない。

 そして、軽井沢に従ってきた女子生徒たちが意味深に視線を交わす。

 普段の軽井沢なら、その空気を敏感に察知していただろう。だが今の軽井沢はそれに気が付かず、悪手を打ってしまう。壇上に立つ平田を見上げ、声を怒りで震わせながら詰問した。

 

「そんな話を突然言われて、皆が納得出来る筈がない! 私だってそう!」

 

「うん、そうだね。だから今日、今からその説明をするんだ」

 

 怒る軽井沢とは対照的に、平田はとても落ち着いていた。

 数ヶ月──それこそ、最初期からこの『計画』を練っていた平田が狼狽(うろた)える事はない。

 平田は軽井沢から視線を切ると、クラスメイトに向けて説明を始めた。

 

「昨日坂柳さんに言ったように、僕は元々、その時が来たらこの役割を誰かに託すつもりだったんだ」

 

「……知らない、そんなの」

 

「自分勝手な行動だと思う。クラスにも迷惑を掛けるだろう。それでも僕は、その時が今だと判断した。だから僕ではなく、僕以上にこのクラスを率いる事が出来る堀北さんに後を託したいんだ」

 

「…………知らないって」

 

「堀北さんはとても優秀だ。僕なんかの比じゃないくらいにね。きっと堀北さんなら、僕たちをAクラスまで連れて行ってくれる。僕は微力ながらその補助をしたいと考えている」

 

「………………知らないってば!」

 

『先導者』の言葉を遮る、『偽りの女王』。

『偽りの女王』は肩で荒い呼吸を繰り返すと、我慢ならないと言うように壇上へ向かう。

 だがその直前、『偽りの女王』の前に立ち塞がる人物が居た。

 

「退いてよ、堀北さん」

 

 ゾッとするような低い声音。

 だが堀北はその怨嗟(えんさ)を向けられても、狼狽えなかった。真意の摑めない表情で軽井沢と相対する。

 

「あなたの気持ちは、分からなくもないわ。だけどここでのその選択が、正しいとは思わない」

 

「ッ!?」

 

 軽井沢は喉の奥で悲鳴を上げると、ゆっくりと周りを見た。

 

「……」

 

 軽井沢は何を見たのだろう。

 だがそれまでの激しい剣幕が嘘だったかのように、軽井沢は静かになった。そのまま、自分の席に崩れ落ちる。

 そしてクラスメイトからの視線に逃げるように、軽井沢は俯いてしまった。

 堀北が手を叩いて注目を集める中、軽井沢の友人たちは顔を見合わせていた。

 

「今回から私が平田くんの代わりに、Dクラスの指揮を()らせて貰うわ。異論がある人は居るかしら?」

 

 この状況で名乗り出る者が居る筈もない。

 堀北は形式的な確認を取った後、平田へ席に座るよう声を掛けた。『先導者』は最後に、「あとは頼むよ」とだけ言い残し、戦場から降りた。

 

「次に、話し合い──いいえ、事後報告があるわ」

 

「事後報告?」

 

「ええ、そうよ。私たちはこれまで、一之瀬(いちのせ)さん率いる旧Bクラスと『同盟』を結んできた。この認識は皆が持っていると思う」

 

 その言葉に、数人の生徒が相槌を打つ。

 

「けれど、クラスの序列が変動してしまった。龍園(りゅうえん)くん率いる旧Cクラスの『下克上』は知っての通り。龍園くんクラスと一之瀬さんクラスの序列が入れ替わってしまった」

 

 堀北は言葉を続け、さらに言った。

 

「私は夏休みの間、一之瀬さんと何回か話し合いを重ねてきた。そして私たちは、『同盟の破棄』という結論を出したの」

 

 教室が更なる喧騒で包まれた。

 こうなる事は予想していただろうが、現実として受け止めるのには時間が必要なのだろう。

 その中で、一人の男子生徒が挙手をする。幸村(ゆきむら)だ。

 

「堀北、質問良いか?」

 

「ええ、もちろんよ」

 

「この展開は俺も予想していた。だが、『同盟の破棄』をする事が必ずしも正しいと言えるのか?」

 

 幸村の質問に、数人の生徒が「確かに」と賛同する。

 

「クラス序列が変動した事により、一之瀬クラスは俺たちの直近の敵になった。だが坂柳も言っていただろう。今やクラス闘争は三つ巴状態だ。オレたちのクラスは蚊帳の外。何も『同盟の破棄』まではしなくても良かったんじゃないのか?」

 

「そうね、幸村くんの言う事には一理あるわ。実際、一之瀬さんも同じ事を言っていた」

 

「……つまり堀北、お前がその申し出をしたという事か?」

 

「ええ」

 

 短くも、堀北は肯定の頷きを返した。

 さらなる喧騒が生まれる中、幸村は眼鏡を掛け直すと「それは何故だ?」と静かにその理由を問う。

 

「元々私たちの同盟はクラス序列が隣接した時に破棄する事となっていたわ。幸村くんも、それは覚えているでしょう?」

 

「それはそうだが……俺はその判断が早計だったと考える。一之瀬もそう考えていたからこそ、同盟の継続を望んでいたんじゃないのか」

 

「そうかもしれない。けれど幸村くん──いいえ、皆にも思い出して欲しいの。私たちはクラス闘争をしている。もし仮にこのまま同盟を維持し続けたとしましょう。そして順調にクラスポイントを得て行って、一之瀬さんのクラスの背中を捉えたとする。その時私たちは、その引き金を引けるかしら」

 

「それは……」

 

 出来る、と幸村は即答出来なかった。そして、それは他の生徒も同じだった。

 

「それだけ、一之瀬さんたちはとても魅力的だった。私はこれまで、悪人は居ても善人なんて居ないと思ってきたけれど、今は少し違う。もしかしたら彼女はそうなのかもしれないとすら思っている」

 

 最後に、堀北はこう言った。

 

「依存するのを、私は恐れた。だから私は、一之瀬さんの要望を聞く事が出来なかったの」

 

「なるほどな……堀北の言いたい事は分かった。だがそれなら、事前に俺たちに相談はして貰いたかった。それだけの案件だった筈だ」

 

「そうね、その指摘は尤もだわ。結果として、私一人の独断となってしまった。その事についての責任は全て私にある。本当に申し訳ないと思っているわ」

 

 そう言うと、堀北は壇上で頭を深く下げた。

 

「頭を上げて、堀北さん。そう言う事なら、誰も堀北さんを責めないよ。寧ろ、辛い決断を堀北さん一人にさせちゃってごめん。皆もそうだよね?」

 

 桔梗(ききょう)は優しくそう言うと、クラスメイトに同意を求める。

 それに、クラスメイトは各々の反応を示す。堀北へ労いの言葉を掛ける生徒が大多数だった。

 とはいえ、批判的な態度の生徒も少なからず居る。全体を一方的に見渡せるここはクラスの空気を最も感じられる。オレはその生徒たちを把握すると記憶に記銘した。

 

「一之瀬さんたちとの事については分かったけどさ、Aクラスについてはどうするんだよ?」

 

 池が挙手しながら質問する。

 それは誰もが思っていた事だろう。クラスメイトの意見を代弁する池に、堀北は暫く答えなかった。

 

「……正直に言うわ。私の中で、結論はまだ出ていない」

 

 言葉を選びながら、堀北は続ける。

 

「Aクラスとの同盟。これについては、一考の余地はあると思っているわ。Aクラスは序列一位。一之瀬さんたちとのような中途半端な同盟にはならないと思う」

 

「それじゃあ、坂柳って子が言っていた『奉仕』はどうなんだよ?」

 

「……そこが私の考えを鈍らせているわ。あまりにも私たちDクラスに都合が良すぎる内容。坂柳さんの思惑がどうしても分からないのよ」

 

 堀北鈴音は学年でもトップクラスの能力を持っている。

 その堀北のような実力者でも分からない。その言葉がクラスに与えた衝撃は計り知れない。

 一人の男子生徒が挙手をし、発言した。

 

「オレたちDクラスを途中で裏切って、完全にクラス闘争から除外させるつもりなんじゃねえの?」

 

「その線はある。ただ、それは向こうからすると今じゃない筈よ」

 

「……? どういう事だ?」

 

「簡単な話よ。今回の体育祭、クラスポイントの変動はあるけれど退学者の記載はないもの」

 

 退学者、という言葉にDクラスの生徒たちは息を呑んだ。

 沖谷が恐る恐ると言ったように、「そ、それじゃあ」と確認を取る。

 

「今後……特別試験の結果によっては、退学者が出るという事、ですか……?」

 

 これまでの試験に於いて、退学者が出る事はなかった。だがそれは、普通に試験に取り組めば出なかった、という話に過ぎない。試験のルールを破れば最も重たい処罰として退学させると学校は明言していた。

 

「上級生の在籍数が、それを物語っているわ。そうでしょう?」

 

「た、確かにな……」

 

 そう呟いたのは、池だった。

 

「俺、三年生のDクラスに仲良くなった先輩が居るんだけどさ、人数はとても減ったって言ってた……」

 

 今はまだ、一年Dクラスに退学者は出ていない。

 だがそれは、これまでクラスを導いてきた平田による尽力によるものだ。もちろんそれ以外の生徒の頑張りもあるが、その頑張りを作ったのは平田だろう。

 

「学校生活を普通に過ごせば、退学者が数十人という単位で出る筈がない。それなら、退学という罰が織り込まれた試験が出てくるだろうと考えるのは必然よ」

 

「私も、堀北さんの考察は合っていると思う」

 

 桔梗が、堀北の考えに同意を示す。

 さらに続いて、平田が挙手をした。

 

「僕たちの息の根を止めたいと考えているにしても、それは坂柳さんからすると今じゃない。寧ろ、僕たちは今坂柳さんを最大限警戒している。幾ら坂柳さん率いるAクラスが優秀だとしても、それは不可能に近いんじゃないかな」

 

 平田からの援護を受け、堀北の言葉は説得力が強くなった。

 

「それじゃあ、何なんだろうね。坂柳さんの思惑ってやつはさ。一体何がしたいのかな?」

 

「私に聞かれても、全然分かんないよ。堀北さんや平田くんたちが分かんないんだから、頭の悪い私たちが分かる訳ないじゃん」

 

「そう言われるとぐうの音も出ないけどさ、少しはクラスに貢献したいじゃん」

 

「まあ、気持ちは分かるけど……。坂柳さん、何を考えてるんだろうね。それが分からないのが、怖い」

 

 Dクラスの生徒たちは、坂柳が見せた得体の知れない不気味さに恐怖を感じているようだった。

 だがそれは、無理もない話だろう。

 坂柳有栖の振る舞いは、その全てが完璧だった。登場から退場まで、その一挙一動が洗練されていた。

 黄金(おうごん)(きら)めき、とでも言おうか。

 龍園翔のような邪道でもなければ、一之瀬帆波のような王道でもない。

 坂柳有栖(さかやなぎありす)は恐らく、そのどちらも極めて高い精度で手段として取れるのだろう。

 

「発言、良いか?」

 

 そう言って挙手をしたのは、須藤(すどう)だった。

 堀北が「もちろんよ」と許可を出すと、須藤は自分の意見を口にする。

 

「俺は、Aクラスと同盟を組んでも良いと思うぜ」

 

 Dクラスから初めて、その意見が出た。

 生徒たちに動揺が走る中、堀北は冷静に「意見ありがとう」と礼を言う。そして、その真意を尋ねた。

 

「理由は、もちろんあるのよね?」

 

「ああ、まあな。まず一つだけどよ、馬鹿な俺でもDクラスがかなりヤバい立ち位置に居るのは分かる。夏休みあんだけ苦労したのに、他クラスとの距離を縮められなかったからな」

 

「そうね」

 

「一之瀬クラスとの同盟を破棄したんならよ、俺たちはこれから、昨日坂柳が言ったように孤軍奮闘となる訳だ。だけど正直、今の俺たちじゃあ、他クラスには勝てねえと思ってる」

 

「須藤、お前! それをここで言う必要はないだろう!?」

 

 そう非難の声を出したのは、幸村だった。

 須藤の最後の、ともすれば弱気な言葉は、クラスの士気が下がってしまう事に繋がりかねない。

 だが須藤は冷静だった。

 

「言うべき時に言わねえと、駄目な事もあるだろ。俺はバスケで、勝負の世界に立っている。だから、何となく分かるんだよ。このままじゃ俺たちはずっと、Dクラスのままだって事がよ」

 

 須藤は冷静に、自分の意見を口にする。

 

「『何故ここまで好成績を残せたのか、その理由を分かっている生徒があまりにも少ない』」

 

「それは……!」

 

「ああ、昨日、坂柳が俺たちに言った事だ。俺は、事実その通りだと思った。『不良品』の俺たちが、何で0clから今の235clになったのか、その理由を、背景を分かってなかったんだよ」

 

 言葉を続ける、須藤。

 

「坂柳が言った、『道化』。そいつに、俺たちは助けられてきた。そいつは居るのかもしれねえし、居ないのかもしれねえ。ただもしそいつが居るのなら、そいつが今後も俺たちを助けてくれるとは限らねえ。そいつが居なくても大丈夫なように、もっと力を付ける必要がある。俺はそう、結論付けた」

 

「その為に、坂柳さんたちと手を組むと?」

 

「ああ、そうだ。正直、俺たちのクラスは運動が苦手な奴が多い。何の手も打たずに体育祭に臨めば、惨敗も有り得る」

 

 その言葉の意味はとても重かった。

 須藤は主観と客観を上手く使い分けていた。主観で他生徒の共感を集め、客観でDクラスの行先を話していた。

 

「ノーリスクハイリターンなんて、勝負の世界じゃ有り得ねえ」

 

 強く断言する、須藤。

 そこに、幸村が異を唱える。

 

「だが、それでもし賭けに負けたらどうするつもりだ! 下手したら200cl失うんだぞ!?」

 

「だが、白組に勝って学年でも一位を取れば50cl手に入る。Aクラスからの『奉仕』を受け入れたら、それは充分に可能だ」

 

「お前が言ったんだぞ! このクラスは運動が出来ない生徒が多いって! その発言は明らかに矛盾している! 仮にお前の言う通りAクラスからの『奉仕』を受け入れたとしても、BやCクラスはどうする!? 両方とも、特に龍園クラスは運動が得意な生徒が多いんだぞ!?」

 

 その指摘を受けた須藤は、不敵に笑った。

 そして、大胆不敵にこう言い放つ。

 

「そんなの関係ねえよ。障害は全て、俺が蹴散らしてやる」

 

「……は?」

 

 ぽかんと、幸村は間抜け面を晒した。

 だがそれは、他の生徒もそうだった。

 つまり、須藤が言っているのは──。

 

「全ての推薦競技に俺が出る。そして、一位を()る」

 

 個人競技の一位が獲得出来る点数は十五点。

 対して、推薦競技の一位が獲得出来る点数は五十点。

 同じ一位でも三十五点もの差がある。

 もし須藤がどちらの競技種目でも一位になれば、その合計は三百三十五点。正しく偉業と言えるだろう。クラスへの貢献度も計り知れない。

 だがそれはあくまでも、理想論に過ぎない。

 須藤がそれを実現出来るかと言われると、極めて至難だと言わざるを得ないだろう。

 

「……不可能だ」

 

 その呟きを拾った須藤は、「かもな」とあっさりと頷いた。そして、目を細めてクラスメイトへ投げ掛ける。

 

「けどよ、これからはそう言った『決断』が求められるんじゃねえか?」

 

 堅実な手段ばかり選んでいては、前へは行けない。強敵とは戦えない。

 須藤の訴えに、多くの生徒が耳を傾ける。

 

「力がない今の俺たちが出来るのは、それくらいだろ」

 

 これまで反対の立場に立っていた幸村でさえも、その言葉には何も言わなかった。

 

「……自由時間はあと数十分あるわ。授業の終わりに、多数決を取りましょう。内容は、Aクラスと同盟を結び『奉仕』を受け入れるかどうか。それまでは好きに過ごして構わない」

 

 静かにそう言うと、堀北は壇上を下りた。

 それから、Dクラスの教室は喧騒に包まれていく。生徒は互いに自分の意見を交わし、多数決の賛成か反対、どちらに投票するか議論する。

 中には茶柱先生に確認を取ってから、教室を出る生徒も居た。

 まず初めに出たのは高円寺。それに軽井沢がすぐさま続き、軽井沢グループの女子生徒が後を追う。そこには桔梗も交ざっていた。

 また、堀北グループも教室を後にした。恐らくグループとしての意見を纏めるつもりなのだろう。

 その中でオレは、スクールバッグから一冊の本を取り出した。椎名(しいな)が勧めてくれた推理小説だ。

 話しかけて欲しくないアピールをする為、オレは携帯端末にイヤホンを挿す。

 

 そして数十分後、空気が動いた。

 

 本を閉じて顔を上げると、教壇には既に堀北が立っていた。Dクラスの生徒四十人が席に座っている。

 各々が、自分なりの『決断』をしたと思われる。

 堀北は真剣な表情を浮かべ、仲間を見渡す。余分な話はせず、早速本題に入る。

 

「今から、多数決を取るわ。様々な考えがあると思う。私は、その考えそのものを否定したくない」

 

 堀北はそう言うと、「茶柱先生、一つお願いがあります」とそれまで沈黙していた担任へ声を掛けた。

 教室の壁へ身体を預けていた茶柱先生は面白そうに笑った。

 

「挙手制で、今から多数決を取りたいと考えています。先生にはその票数を数えて欲しいんです」

 

「ほう、なるほどな。だが堀北、良いのか? 私が私情を挟む可能性もあるだろう?」

 

「それはないでしょう。何故なら今この瞬間も、防犯カメラは稼働していますから。学校に見張られているのは、私たち生徒だけじゃない。違いますか」

 

 その脅しに、茶柱先生は再度笑って答えた。

 壁から身体を離すと、「良いだろう。喜んで白羽の矢を立てられよう」と堀北の訴えを叶える事を承諾する。そして教壇に立つと、オレたち生徒を見下ろした。

 

「さて、と。話はずっと後ろで聞いていたが、私から言う事は特にない。強いて助言するなら、各々が信じる道を選べ。それだけだ」

 

「ありがとうございます、茶柱先生」

 

「構わん。堀北、お前も席に着け」

 

 堀北が席に座ったのを確認すると、茶柱先生はオレたち生徒をゆっくりと見回した。他の生徒よりもオレに多く視線が向けられていたのは、何も気の所為ではないだろう。

 ただの教師と生徒の関係になったとはいえ、茶柱先生は内心ではオレを利用したいと思っているだろう。少なくとも、完全にないとは思わない。

 ここでオレが賛成するか、反対するか。オレがどのように考えるのか、それを見ようとしている。

 

「手っ取り早く済ませるとしよう。私が良いと言うまで、全員、顔を伏せろ。そして、注意しろ。もし少しでも怪しい動きをした場合、私はその者の名前を呼ぶ」

 

 そうは言うが、別段、罰則がある訳ではない。

 だがもしここで名前を呼ばれた場合、その生徒は周りからの信用を失う事となるだろう。それは、その生徒がクラスでの居場所を失くすという事と同義だ。

 指示通り、オレたち生徒はテーブルに顔を伏せる。少し息苦しいが、我慢するしかないだろう。

 

「当然だが、私は多数決の結果のみをお前たちに伝える。誰がどの票に入れたのか答える事は絶対にない」

 

 そう強く念押しすると、茶柱先生は言った。

 

「それでは、まずは賛成派の者は手を挙げろ。真っ直ぐ伸ばせ」

 

 誰かが手を挙げる気配を感じる。それは複数だが、正確な数までは分からない。

 そして、体感にして、五分。

 茶柱先生は五分後、「手を下ろせ」と指示を出した。

 

「続いて、反対派の者は手を挙げろ」

 

 先程と同じく、複数の気配を感じるが正確な数は分からない。

 そして、茶柱先生はきっちり五分後に「手を下ろせ」と指示を出した。

 

「全員、顔を上げろ。多数決は終了だ」

 

 ゆっくりと息を吐きながら、顔を上げる生徒たち。近くのクラスメイトと顔を見合わせ、教室には沈黙が流れる。

 

「結果を発表する。賛成派、十九。反対派、十六。そして無投票、五。以上の結果を踏まえ、賛成派が多数となった」

 

 淡々と無表情で結果を口にする、茶柱先生。その後、役目を終えた茶柱先生は「それでは、あとは好きにしろ」と言うと、再び教室の後ろへ回った。

 それと入れ替わるように堀北が席を立ち、教壇に立つ。

 

「結果は茶柱先生の言う通りよ。賛成派が多数の為、私たちDクラスはAクラスと同盟を結ぶ。そして、Aクラスからの『奉仕』を受け入れる。この方針で行くわ」

 

 その決定に、多くの生徒が頷き返した。

 それは了承という意味合いのものだと考えられるが、ここでの相槌は、自分が賛成票を入れたと意思表示するようなもの。そうではなくても、疑念を抱かれる事に繋がる。まだそう言った所までは考えが及んでいない証拠であり、現在のDクラスの状態を表していると言えるだろう。

 こうして、Dクラスの方針は決まった。

 だがそれにしても、オレ以外にも無投票があるとはな。第三の選択肢を誰が取ったのか、今回の体育祭に於いて、攻略の鍵となり得るだろう。

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