体育祭の種目は大きな括りで二種類に分けられる。
一つが、全員参加の『全員参加種目』。もう一つが、花形である『推薦参加種目』だ。
『推薦参加種目』は各クラスからの代表者数名が選出される形となる。
来週の月曜日にAクラスからの『参加表』が渡される予定となっている為、『参加表』の本格的な作成はまだ出来ない。
だが、誰がどの種目に出るか──すなわち、誰が『推薦参加種目』に出るのか。
オレたちDクラスはこれを議題にすべく、HRの時間を活用していた。
「全員が一通り、全ての競技を体験してみたわ。それで色々と考えてみたのだけれど、『推薦参加種目』を決めるにあたっては、『挙手制』か『能力制』。どちらかの方法を取るのが良いと思うの」
壇上の上に立ち司会を務める
「『挙手制』は、自薦他薦問わずやりたい人がやるという事。『能力制』は、この前の体力測定や、これまでの練習の様子などから総合的に判断し、能力の高い人から順番に選ぶという事よ」
堀北の説明に対して、
「今堀北さんが言ってくれた方法にはメリットとデメリットがそれぞれある。まず『挙手制』は、皆が楽しめる。自分がやりたい競技が出来るからね、
一呼吸置いて、平田が補足を続ける。
「反対に『能力制』だと、当然、能力の高い人が出る訳だから勝率が上がる。デメリットは、ここまで言わば分かると思うけど、『推薦参加種目』に全く出れない人が居るという事。これだと体育祭が退屈だと感じるかもしれないね」
補足説明を終えた平田に、「ありがとう」と堀北はお礼を言うと自身の考えを口にした。
「私としては、『能力制』にすべきだと思っている。何か意見がある人は?」
そこで一人の生徒から挙手が出る。
「……予想はある程度出来るけれど、一応聞きましょう。
高円寺はいつものように尊大な口調で答える。
「方針は好きにしてくれ給え。ただ、『推薦参加種目』。私はパスだ」
「……何故かしら?」
「ふふっ、この私が出るステージではないからさ」
Dクラスでもトップの身体能力を持つ、高円寺。
クラスとしては、是が非でも高円寺にその実力を発揮して貰いたい。
だが高円寺はやる気がないのか、或いは、別の思惑があるのか──それは分からないが、『推薦参加種目』の参加を辞退してきた。
「どうしても無理かしら?」
リーダーからの要請を、高円寺は無言の笑みで答える。
クラスメイトも、高円寺の言動に驚く様子は見られない。高円寺ならそうしてもおかしくないと思っていたからだろう。
堀北は重いため息を吐いた。
「……良いでしょう。その代わり『全員参加種目』ではそれなりの成績を残しなさい」
「おっと、それは確約出来ないねえ。もしかしたら当日、私は体調不良になるかもしれないのだから」
事実上のサボり宣言。
「おい、高円寺。俺とお前がクラスに貢献しなくちゃ、勝てるものも勝てないんだ。サボるのはせめてやめろよな」
「ふふっ」
須藤が釘を刺すが、高円寺に響いたかは怪しい。
結局、高円寺の『推薦参加種目』の参加は無しになった。
「いきなり出鼻をくじかれたけれど……それじゃあ、早速決めて行きましょう。まずは借り物競走から。とはいえ、借り物競走は運が多分に絡むと思うから、誰でも良いと思っているわ。どうかしら?」
リーダーからの確認。
反対意見は特に出ず、堀北の案がそのまま採用される事となる。
まず最初に、借り物競走の競技者を決める事となった。
「けどよ、どうやって決めるんだ?」
「出たい人は……居ないようね 。それなら時間が勿体ないから、じゃんけんでさっさと決めましょう。──みんな、立って貰えるかしら」
言われるがまま、オレたちは席から立ち上がった。
次いで堀北は後ろで様子を見守っていた
「それでは、私とお前たちでじゃんけんを始める。負けた者、あるいはあいこの者は素直に座るように。勝った者は引き続き私とじゃんけんをする。これを繰り返す。借り物競走の定員は六人の為、ある程度……そうだな、十人くらいになるまでやるか。その後はお前たちの間でじゃんけんをして、最後に残っていた六人で決定だ」
茶柱先生はそう言うと、「最初はグー、じゃんけん──」とそのまま合図を出した。
「私が出したのは、グー。パーを出した者のみ立っていろ」
いっきに十数人の生徒が脱落する。
「次、いくぞ──」
茶柱先生が出したのは、またもやグー。
「ちょっ、先生! 二回連続同じ手はズルくないですか!?」
「何を言っているんだ、お前は……」
抗議した女子生徒を茶柱先生は呆れた目で見ると、「脱落者は大人しく座れ」と指示する。
二回のじゃんけんにより、脱落者はクラスの三分の二に達していた。
オレはというと、またもや勝ってしまった。もしかしたら、オレは運が良いのかもしれない。いやだが、手相占いでは散々に言われたからそうでもないのか……?
オレがそんな風に考えていると、茶柱先生が壇上から降りる。後はオレたち生徒が決めろという意思表示だろう。
「それじゃあ、残った人同士でじゃんけんをしましょう。六人まで絞るわ。合図は私が出すからさっさと決めてしまいましょう」
そして遂に、借り物競走の競技者が決まる。
「男子が、綾小路くん、
名簿を見て、堀北が満足げに頷く。
しかし異を唱える生徒が居た。
「ちょっと待って。あたし、辞退するから」
そう言ったのは、軽井沢だった。表情険しく、腕を組んでいる。
「軽井沢さん、それは何故かしら」
「出たくないから。それ以外に理由が必要?」
「ええ、必要よ。『出たくないから』。ただそれだけの理由で認めるのは難しいわね」
建前ではなく本音を教えて欲しいと、堀北は軽井沢に告げる。
しかし軽井沢は了承しなかった。口調が段々と強くなっていく。
「あたしが出たくないって、言ってるの。堀北さん、さっき言ってたでしょ。借り物競走は運が絡むから、誰が出ても良いって。それなら、あたしが出る必要性はないよね」
「そうね。確かに私はそう言ったわ。けれどそれは、『あなたが』という話でしかない。じゃんけんを行う前、私は皆に異論がないか聞いたわ。覚えているでしょう?」
「それは……」
「それに茶柱先生とのじゃんけんの時、負けた振りをすれば良かった。本当に出たくなかったのなら、機会はいくらでもあった筈よ。厳しい言い方をするけれど、自己責任だわ」
「……ッ、堀北さん!」
軽井沢が堀北を強く睨む。だが堀北は、それを軽く受け流す。
軽井沢がそれ以上言えないのは、堀北の言葉が正論だと自身でも分かっている為だろう。
そして軽井沢は衝撃的な事を言った。
「それならあたし、当日、体育祭そのものに出ないから!」
その発言に、クラスメイトたちはどよめく。
おもむろに堀北が、慎重に口を開けた。
「……なんでそうなるのかしら」
「あたしの願いは、叶えるのがそう難しい事じゃない! だけど堀北さんが見せしめをするのなら、ボイコットしてやる! 高円寺くんだって出ないんだから、良いよね!?」
「おっと、ガール。心外だねえ。私はあくまでも、そうなるかもしれないと言っているだけだよ。サボタージュすると明言した訳ではないというに」
「うるさい! はあ……はあ……!」
高円寺にそう叫ぶと、軽井沢は肩で荒い呼吸を繰り返す。
「哀れだねえ。身の丈に合わない事をするから、そうなるのだよ」
高円寺に言い返す気力を、軽井沢は既に持っていないようだった。
今の軽井沢を見て、一体誰が、クラスの女子を纏めていたと想像出来るだろうか。
まるでこれまでの姿は虚像であったかのように、今の軽井沢の様子は明らかに異常だ。
そしてもし軽井沢がこのまま有言実行してしまった場合、体育祭への影響は計り知れないだろう。ただでさえ赤組はAクラス・
考えるまでもなく、Dクラスは自滅するだろう。
「軽井沢さん、何を言っているんだろうね。借り物競走に出るくらい、訳ないのにさ」
「余程出たくないんじゃないのか。何か理由があるのかも」
「負けるのが嫌なんじゃない? 軽井沢さん、プライド高いし」
「それはそうだけどよ、それにしたって異常だろ」
「って言うかさ、いつまで女王気取っているんだろうね」
「ほんとそう。調子に乗ってるから駄目なんだよ」
「まあ、けどよ。堀北も堀北でそれくらい認めてやったらどうだ? あんなに嫌そうにしているんだしよ」
囁き声の応酬。
それは静まり返った教室の中で、必要以上に大きく響く。
当事者の軽井沢にとって、それは言葉の刃物となる。だが、軽井沢が前言撤回する事はなかった。
何か、この場では言えない強い理由があるのは確実。だがそれが他の生徒には分からない為、空気はどんどん悪いものになっていく。
「ちょっとみんな、黙ってよ!」
そう怒鳴り声を上げたのは
「女子なら、軽井沢さんの置かれている状況は知っているでしょ!? 何でそんな酷い事を言える訳!?」
そして、篠原は席から勢いよく立ち上がる。椅子が嫌な音を立てて倒れたが、それを気にも留めず、軽井沢に批判的な意見を述べていた生徒たちを強く睨み付けた。
気まずそうに視線を逸らす女子生徒たち。
「だ、駄目だよ篠原さん!」
嫌な静寂を破ったのは佐藤だった。アワアワとしながらも、勇気を振り絞っているのだろう、必死に言葉を紡ぐ。
「い、今は落ち着こう? 二人とも、冷静じゃないよ……」
友人の言葉で、篠原は我は取り戻したようだった。
「──ッ」
クラスメイトたちの顔色を伺うと、顔を俯かせ押し黙る。
そしておもむろに、リーダーの堀北が結論を出した。
「……佐藤さん、軽井沢さんの代わりに出てくれるかしら」
「ええっ!? あ、あたし!?」
まさかの指名に、佐藤が素っ頓狂な声を出す。
「ええ、あなたしか居ない。それが、私が出せる最大限の譲歩よ」
堀北、軽井沢、そして篠原の間で佐藤の視線が揺れ動いた。数秒後、頷く。
「わ、分かった……。あたしが出れば良いんだよね?」
「ありがとう、佐藤さん」
軽井沢の代わりに、佐藤の参加が決定する。
突然の出来事にクラスメイトたちは暫くぽかんとしていたが、軽井沢たちが大人しく席に座ると我を取り戻した。
当然、生徒たちは思い思いに話をし始める。その内容はやはり、軽井沢たちへの批判が多い。少ないが、堀北の判断が遅かったのではないかという疑問の声もある。
その様子を、オレは後ろから俯瞰する。今の場面で決定的におかしな行動をしていたのが、数人居た。そのうちの一人は、問題ないが──話し合いを再開するのに、Dクラスは暫しの時間を要した。
堀北が重たい空気を払拭させるように、意図してワンオクターブ高い声を出す。
「さて、次に決めるのは、四方綱引きね。これは主に握力の高い人から決めていくわ。他には、体格も考慮するつもりよ」
体力測定のデータを元に、堀北が候補者をホワイトボードに記入していく。
その中にはオレの名前もあった。須藤の下にある。それはつまり、握力の観点ならオレはDクラスで二番目という事になる。とはいえ、高円寺が本気で取り組んでいた場合は分からないが。
「おいおい、綾小路。お前、これ本当か? もしそうなら凄いけどよ」
思わずといったように、
「ほんとだ。須藤くんにびっくりで、見落としてた」
「綾小路くん、そんな筋肉があるとは思えないけど……」
「ヒョロガリとまでは行かないけど、80kgも行かない気がする……」
送られてくる、数々の疑念の眼差し。
「嘘の記録を報告したんじゃないのか?」
一人の男子生徒がそう言った。他の生徒も同様なのか、無言の圧力を掛けてくる。
すると、思わぬ所から助け舟が出された。
「いいや、綾小路は不正なんてしていない」
「何でそんな事分かるんだよ、
「綾小路とペアを組んでいたのは俺だ。記録を測った時、俺は直接この目でそれを見ている」
そう言って、三宅がオレを庇ってくれる。一匹狼気質の三宅が参戦した事により、クラスメイトたちは動揺を隠せない。
さらに堀北も援護射撃をしてきた。
「綾小路くんなら不思議じゃないわ。彼、意外にも筋肉あるもの。水泳の授業で驚いたのを覚えているわ」
上半身裸になる水泳の授業の時の出来事を、堀北は振り返るように話し始める。
確かに思い返せば、そのような話をしたか。堀北は覚えていたようだ。
「信じ難い部分はあるけれど、ペアを組んでいた三宅くんがそう言っている以上、虚偽報告はなかったと思うわ」
「なるほどな。けどよ堀北」
池が納得したように頷いた後、堀北に言う。
「そんな数ヶ月前の出来事を覚えているんだなんて……まさかお前、筋肉フェチなのか?」
「何!? そうなのか堀北ッ!?」
須藤が食いつく。
堀北は真顔で池に言った。
「断じて違うわ。池くん、後で話があるから覚悟しておきなさい」
「冗談ですごめんなさい!」
ドッと湧く笑い声。
池のおかげで、これまで張り詰めていた空気が少し緩やかになった。
「清隆。俺とお前が組めば最強だ。敵に尻もちつかせてやろうぜ」
須藤がフンッと筋肉を隆起させ──特に堀北をチラチラと見ながら──意気込みを語る。
「最強かどうかは分からないが、精一杯頑張る」
須藤に続きオレも決意表明を見せると、疑いは払拭されたのか、それ以上異を唱える生徒は居なかった。
その後、特に問題なく四方綱引きの競技者が決まる。
次に決めるのは男女混合二人三脚。
「これに関しては体格差や歩幅の違いといった身体的特徴以上に、ペアを組む人たちの相性が勝敗に大きく関わってくると思うわ。無限の勝ち筋を出す事が出来ると思っているの」
「なるほどな……確かに、仲の良さは大切だよなぁ。最悪、互いの足を踏みあって転ぶかも……」
池が考えられるケースを想像する。
「まずは『挙手制』で、参加意思のあるペアを聞こうと思う。異論のある人は?」
いない事を確認すると、「それじゃあ、出たいペアは教えて」と堀北は自薦者を促す。
出方を伺う空気が流れる。オレたちは思春期まっしぐらの高校生。男女での二人三脚を自ら名乗り出るというのは、『深い』関係にあるのだと周囲に伝えるようなもの。慎重になっても仕方がないか。
その中には千秋も含まれていた。一番目に挙手するのに抵抗があるのか、二の足を踏んでいるようだ。
二学期からの数日で、千秋はオレとの仲を徐々にではあるがオープンにしている。オレと組む事という事実そのものに、驚きの声はそう出ないだろう。
千秋はそこではなく、もっと別の観点から見て時機を見計らっている。
今の千秋の立場はオレ以上に不安定だ。
オレには須藤や平田のような友人が居るが、今の千秋に仲の良い友人は居ない。一学期まで、千秋は軽井沢グループの中にいたからだ。しかし今は脱退し、無所属となっている。そうするよう指示を出したのはオレであり、千秋はそれを了承した。
千秋は一学期に育んだ友情よりも、己の利益を選んだ。それを選んだのは千秋自身であり、オレが気にする事ではないと千秋は言っているが──難しい局面だな。
恐らく千秋は先程の四方綱引きの事も考えてくれているのだろう。もしここでオレたちのペアが出場したいと申し出た場合、『推薦参加種目』にオレは三つ出る事になる。これは四つあるうちの三つであり、つまり、四分の三を出るという事だ。
借り物競争の時オレが負けていれば良かったのだろうが、どうしたものか。
そう逡巡していると、一人の女子生徒が挙手する。
「私、出たいなっ」
「出るのは良いけれど、一体誰と出るのかしら? 決まっているの?」
「ううん、まだ」
「それはつまり、ペアを組みたい相手がいると言うこと?」
「うん」
クラスのマドンナがペアを組みたい異性。
クラスメイトたちからの好奇の視線をまるでものともせず、桔梗はビシッとその人物が居る方向を指さした。
「
その人物は明るい口調で自然にそう言った。まるで、そうなるのが当然だとでも言うべきかのように。
「……何故、綾小路くんと?」
堀北が眉を顰める。
それはオレを含めたクラスの総意でもある。
何故、オレなのか。
桔梗は笑って言った。
「綾小路くんとなら、勝てると思ったから」
「つまり、理由を言うつもりはないのね?」
「嫌だなぁ、堀北さん。私は至って真面目だよ。ほら、体育の授業で皆、異性と練習したじゃん」
確かに桔梗の言う通りだった。
「その時、記録も測っているよね。私は綾小路くんとペアを組んだ時が一番結果を出せていたから、綾小路くんとなら勝てると思ったの」
「……確かにその通りみたいね」
資料に目を通した堀北が、そう言った。
「でも、クラスの中では中の上。それに、櫛田さんにとって綾小路くんが最適であっても、綾小路くんにとって櫛田さんは最適ではないわ。松下さんとは、クラスの最上位に位置付けられているわ。次だと、私。あなたは三番目よ」
「…………ふぅ——ん。そうなんだぁ……」
桔梗はそう呟くと、「でもさ」とにっこりと笑う。
「
「ね?」と桔梗は千秋に話を振る。
声を掛けられた千秋は一瞬口篭るも、最終的にこう言った。
「うん。ないよ」
それが千秋、お前の出した結論か。
桔梗の声のトーンがあからさまに上がる。
「堀北さんは?」
「ある訳ないわ」
「ふふっ。それなら何も問題ないよね?」
「……そうね。けれど、そんなに一緒に出たかったのなら、何故、綾小路くんに事前に話をしておかなかったのかしら」
「本当は事前に誘いたかったんだけど、恥ずかしくて……」
「衆人環視の中で誘うのは恥ずかしくないのかしら? 今あなた、とても悪目立ちしているわよ」
「勿論、今も恥ずかしいよ。顔から火が出そう。でも、勇気を出したんだっ。──もし綾小路くんが事前に誰かと約束していたのなら勿論諦める。でも、もしそうじゃないなら一緒に出て欲しいな」
そう言って、桔梗はオレに意味深な視線を送ってくる。
クラスメイトの視線がオレに集中する。その中には当然、千秋のものも含まれていた。
「……櫛田さんはこう言っているけれど、綾小路くんはそれでも構わないのかしら?」
壇上の堀北が、オレにそう確認を取ってくる。
堀北としても桔梗の言動に思う所はあるだろう。しかし誰からもまだ挙手が出ていない現在、表向きは意欲のある桔梗からの申し出を断るのは難しい。
さて、どうしたものか。
「……やっぱり、難しいかな?」
桔梗が残念そうに呟いた。
「よくよく考えてみれば、綾小路くんには椎名さんも居るんだし、私とは組めないよねっ。ごめんね、綾小路くん。やっぱり話はなかった事に——」
「いや、一緒に出よう」
桔梗の言葉を遮り、オレは了承の返事をした。
「……
「ああ」
オレは頷くと、堀北に顔を向ける。
「堀北。そういう事だから、オレは櫛田と出る」
「…………分かったわ。他の皆も良いかしら?」
誰からも反対意見が出る事はなかった。
いや、正確に言うなら、そうならないように桔梗がこの場を完全に支配していたと言うべきか。
それから結局、希望者が出る事はなく挙手は打ち切られる事になる。その後、記録や体格差、仲の良さなどを考慮し、リーダーの堀北がペアの候補を幾つかピックアップしていく。
「次の体育の授業で今上がった候補は試していきましょう。記録を取り、その上で本人たちが望むようならそのままペア成立とし、出場して貰うわ」
男女混合二人三脚の話が纏まり、最後に、三学年合同1200メートルリレーの話になる。
「この競技は配点がとても高く、点数差が少なければ逆転をも可能とする。慎重に議論していく必要があるわ」
「そうは言うけどよ、オレたち一年生だぜ? 上級生に勝てるのか? 須藤でも厳しくね?」
池がそんな声を上げる。
その疑問は尤もだろう。
高校生の一年という差はとても大きく、覆すのは至難だ。普通に戦えば、苦戦は確実。
「『何言ってんだ、俺は勝つぜ!』──そう言ってやりたいのは山々だが、実際、厳しいだろうな……」
「やっぱりそうなのか?」
「鍛えてない奴らには負けないだろうが、出てくるのはクラスの代表者——いや、違うか。身体能力に於いてこの学校の中でトップクラスの実力者が出てくるんだろう。楽には勝たせてくれねえだろうな……」
須藤のその分析に、クラスメイトたちは動揺を隠せない。
須藤が真剣な面持ちでリーダーに尋ねる。
「堀北、お前はどう思う?」
「個人競技なら私たちの勝率は絶望的。けれど、リレーはあくまでもチーム戦よ。——誰が出るかは勿論だけれど、走順が勝敗を大きく分けるわ。次に重要なのはバトンパスがどれだけスムーズに行えるか。これらが重要よ」
「そうだな、俺も同意見だ。もし敵チームがバトンパスで失敗すれば、勝敗は分からなくなる」
「他クラスもこのこの競技の重要性は分かっている筈。だからこそ私たちは、この競技は特に戦略を練って、しっかりと練習を行い、チームとしての練度を高める必要がある」
「これに関しちゃ、Aクラスの『奉仕』は関係ねえ。このクラスの持てる最大戦力で臨む必要があるな」
須藤と堀北が議論を進める。そのあまりの速度に、クラスメイトたちは付いていけてない様子だった。
洋介が話を纏める。
「つまり、完全な『能力性』を採用するという事だね?」
「そうね。それがマストよ」
「分かった。僕は異論ないけど、他の皆はどうかな?」
反対意見は出なかった。
記録を元に上位六名が選ばれる。
この競技はルールとして、男女が半々の三人ずつの計六人が出場する事が決められている。
結果、男子が須藤、平田、三宅。女子が
走順は次回の体育の授業で決める事となったが、唯一、アンカーだけはこの場で決めようという話になった。
「須藤くん。あなたにアンカーを託したいわ」
「……俺で良いのか?」
「あなたしか居ない。あなたは夏休みの間、部活の試合にも出ている。大きな舞台で勝負した事がある経験、そして何より、Dクラスで一番足が速いのはあなた。それなら、あなたが走るべきよ」
集まった他の走者たちも相槌を打つ。
仲間たちから──特に、意中の相手である堀北から送られる期待。
しかし須藤は喜ばなかった。真剣な表情で言う。
「悪い、堀北。一つ確認したい事がある。体力測定の記録見せてくれないか?」
「……? え、ええ……構わないけれど……」
須藤は堀北から紙を受け取ると、目に落とした。
その視線はある一点で止まっているように見える。らしくない姿を見せる須藤に、堀北をはじめとしたクラスメイトたちは困惑を隠せない。
「──分かった。俺がアンカーをやる」
その数日後、Dクラスは正式に『推薦参加種目』の競技者を決定する。
体育祭までの日数は、中間地点を折り返そうとしていた。