明後日にシメロン星系ゼニス点ジャンプポイント到着を控えた3028年2月27日、フォートレス級降下船ディファイアント号の士官用船室を流用した部隊司令室に、キースはイヴリン曹長を呼び出していた。イヴリン曹長は、船旅の間にまで大量の書類に埋もれたキースに驚く。キースは苦笑しつつ言った。
「契約期間中に必要なメック、気圏戦闘機の部品発注は終えたんだがな……。そちらを優先した結果、使用した弾薬他の清算に必要な、弾薬及び装甲板の補填請求書作成が遅れてしまった。それに惑星シメロンにいる間は、人事書類も優先して処理せねばならなかったしな。
覚えておくといい。これも指揮官の戦場の1つだ。こういう事をおろそかにすると、実際の戦場で物資が足りなくなったり、整備不良で動けない機体が出る事になる。」
「はい!了解です!」
「さて、わざわざ呼び出したのは他でもない。ええと、確かこの辺に……。ああ、あったあった。受け取れ。」
キースは執務机の下に置いてあった、中型の鞄サイズのケースを差し出す。そのケースは、リボンで飾られていた。キースは言葉を続ける。
「誕生日プレゼントだ。貴様のお母上に確認して、他の者達のプレゼントと被らない様に調整してもらったから、その辺は大丈夫だと思うんだが。惑星ニューアヴァロンで出立前に買った品だから、品質も満足行くと思うぞ。……開けてみろ。」
「は、はい!……これは!?」
「レーザーピストルだ。貴様が拳銃の扱いにある程度習熟するまでは、与えるのを躊躇っていたんだ。だがしばらく前の拳銃射撃訓練の出来で、そろそろよかろうと思ってな。以前贈った音波麻痺銃よりも確実に、貴様の身を護ってくれる。……どうした?」
目を見張るイヴリン曹長を見て、キースは怪訝に思う。イヴリン曹長ははっとすると、満面の笑みでキースに礼を言う。
「ありがとうございます!大事にさせていただきます!」
「あ、うむ。だが、大事にし過ぎて逆に貴様自身を危険に晒す事の無い様にな。俺がそれを貴様に贈ったのは、あくまで貴様の命を護るためだと言う事を忘れないでほしい。」
「は、はいっ!」
元気よく返事をするイヴリン曹長に、キースは思わず笑みを溢す。彼は言った。
「さて、それでは退出してよろしい。ではまた座学の時間にな。」
「は、はいっ!イヴリン曹長、退出します!」
「うむ。」
退出するイヴリン曹長を見送り、キースは独り言つ。
「うーむ、士官任用試験はまだ早いか?まだやっと今日で14歳だからな……。しかし、能力のある者にその実力に見合った地位を与えないなんて贅沢は、うちの部隊じゃできないしなあ……。
でもなあ……。まだ14歳なんだよなあ。あまり無理はさせたく無いが……。」
無意識のうちに過保護になっているキースであった。
ニューアヴァロン星系の天の南極、ナディール点ジャンプポイントにジャンプアウトした『SOTS』航宙艦群は、惑星ニューアヴァロン地上の深宇宙通信施設を通じ、当局に到着を知らせるメッセージを送る。メッセージの返答は、それほど経たないうちに届いた。マーチャント級航宙艦クレメント号のアーダルベルト艦長が、キースにその通信文を手渡す。
「隊長、見ての通りだよ。『SOTS』降下船群は、アヴァロンポートに降下せよ、とある。」
「ああ、そう書いてあるな。」
通信文を検めつつ、キースは応えた。そして彼は苦笑する。
「しかし、何の用事があるのかは一切書いてない。やれやれ、何が待っているやら……。」
「行かないわけにもいかんだろう?」
「まあな。潔く行って来るさ。……では艦長、我々は惑星ニューアヴァロンへと降下開始する。」
「うむ、では……。ご無事でのお帰りをお待ちしております、隊長。」
敬礼と答礼を交わし、キースは降下船ディファイアント号のドッキング部へと歩み去った。
轟音と共に、長球型降下船であるディファイアント号が宇宙港アヴァロンポートの離着床に降り立つ。それを追う様に、オーバーロード級降下船が2隻、ユニオン級降下船が4隻、その近くの離着床に降りた。また、滑走路にはトライアンフ級降下船1隻、レパードCV級降下船1隻、レパード級降下船3隻が順番に降りて来る。これが混成傭兵連隊『SOTS』の全降下船であった。
地上に降りた降下船には、宇宙港所属の冷却車輛と推進剤補給車輛が群がった。キースはディファイアント号の船窓からそれを見遣る。すると、船内放送がキースに呼び出しをかけた。
『キース・ハワード部隊司令、キース・ハワード部隊司令、ブリッジまでご連絡下さい。繰り返します。キース・ハワード部隊司令……。』
キースはすかさず近場のインターホンに飛びつき、ブリッジに連絡を入れた。
「こちら部隊司令のキース。今第1層の外縁、第1区画の船窓近くだ。」
『こちら副長のガイです。今、宇宙港当局から連絡がありました。部隊司令に面会者があり、今この船に向かっているとの事です。』
「む。誰が来るのか、聞いたか?」
その問いに、ガイ副長は遅滞なく答える。
『ジョナス・バートン閣下と、傭兵関係局二課長ベネディクト・スラットリー殿と聞いておりますが。』
「む。了解した、連絡士官のリアム大尉と連隊副官ジャスティン大尉待遇中尉を乗降ハッチまで呼んでくれ。俺はここから直接向かう。」
『了解しました。』
「以上だ。」
キースは急ぎ、乗降ハッチへと向かった。途中でリアム大尉やジャスティン大尉待遇中尉と合流する。リアム大尉はキースに問いかけた。
「二課長がわざわざ来るとは……。大佐、貴方何者ですか。」
「俺が凄いんじゃないよ。ジョナスが大物なのさ。」
「バートン大佐が大物なのは知ってます。貴方がそのバートン大佐と君、俺で呼び合う仲なのもね。ですが二課長は傭兵関係局局長ゴドウィン・ヒンシェルウッドの懐刀ですよ?貴方何やったんですか。」
キースは笑って言った。
「くくく。そう訊くからには、ジョナスからは知らされてないんだろう?知りたいのか?」
「……いえ、やめておきましょう。今の私は単なる傭兵関係局の連絡士官でした。」
そしてキース、リアム大尉、ジャスティン大尉待遇中尉の3名は、乗降ハッチから外へ出る。仕事の終わった冷却車輛が立ち去って行くその向こうから、恒星連邦政府の公用車が姿を見せた。公用車はキースたちの前で停車する。そして中からSP数名を引き連れたジョナス、ジョナスの副官ランドル大尉、そしてキースたちは初めて見る痩身の中佐が姿を見せた。
第三者がいるので、キースはジョナスに敬礼を送ろうとする。と、ジョナスがそれに先んじて口を開いた。
「ああ、スラットリー課長は大丈夫だよキース。話のわかる男だからね。」
「そうなのかい、ジョナス?」
「うん。無事で戻ってくれて、安心したよ。リアム大尉からの速報はHPG通信で入ってたのを、スラットリー課長から見せてもらってたけどね。大変だったってね?」
「間一髪だったよ。駐屯軍の『チェックメイト騎士団』が頑張ってくれてなければ、俺たちは間に合わずに今頃あの惑星は陥ちてたね。」
ここでベネディクト・スラットリー課長が割って入る。
「ご歓談中のところ、失礼します。バートン大佐、そろそろ本題を……。」
「ああ。ごめんよ、スラットリー課長。」
「いえ……。とりあえず、どこか落ち着ける所で本題に入らせて頂きたいのですが、ハワード大佐。」
頷いて、キースは言った。
「では船内へどうぞ、ベネディクト・スラットリー課長。部隊司令室でお話を伺いましょう。行こう、ジョナス。」
「うん、そうしようか。行こうかスラットリー課長。」
「はい。」
キースたちはディファイアント号の部隊司令室へ場所を移す。ジョナスがSPたちに命じ、扉の外で立哨をさせた。キースはお客たちを応接セットのソファへ誘う。そしてベネディクト課長が口を開いた。
「ハワード大佐、此度は急な呼び出しに応えていただき、ありがとうございます。まったく宮中の者どもは、タイトなスケジュールばかり立てる。現実と、宮中の貴人たちの都合、どちらが動かせない物なのかぐらい普通判るだろうに。
6日も余裕があれば良いだろうなどと、6日などちょっと途中のジャンプポイントの補給ステーションでトラブルがあれば、航宙艦のエネルギーチャージで吹き飛んでしまう物を……。本当に、よく間に合うように帰還して下さった。おかげでこちらの顔が潰れずに済みます。」
「いえ、トラブルが無かったのは補給ステーションの人員の努力による物です。私たちは普通に航宙してきただけですよ。……宮中?」
ベネディクト課長の言葉の端々から、キースは今回の急な帰還命令が宮中から出た事に気付く。ジョナスがばつの悪そうな顔をした。
「ごめんよ、キース。僕もなんとかもう少し余裕を持って呼び返すように言ったんだけどね。」
「いや、それはもう良いんだ。どうやら話によれば間に合ったみたいだし。けど、俺は一体何に間に合ったんだい?」
「それはですな……。」
ベネディクト課長は事情を、キースに掻い摘んで話す。キースとジャスティン大尉待遇中尉は唖然とした。いや、ジャスティン大尉待遇中尉の顔は直後、歓喜に染まる。キースは唖然としたまま、なんとか言葉を発する。だがそれは意味のない言葉だった。
「なんとまあ……。」
そしてジョナスが、申し訳なさそうに言葉を発する。
「それでキースと、君の部下のヒューバート・イーガン少佐にアーリン・デヴィッドソン少佐。この3人は、6日後までに付け焼刃でも構わないから、最低限の作法を身に着けてもらうために特訓してもらう事になるね。君はまあ、特訓いらないと思うけどさ。
……本当にごめんよ、キース。宮中で、あれだけの成果に相応しい報酬と言ったら、これしか無いって方向に話が行っちゃってさ。名誉欲の無い君の事だから、辞退するんじゃあないかって言いもしたんだけど、そうしたら僕が辞退しないよう説得しろって言われてね。陛下も乗り気だったし……。」
「あー、辞退しないから気にしないでくれ、ジョナス。確かにちょっと俺には荷が重い気もするが、ウチの部隊にとってもこれが必要な事だってのは理解してる。」
ジョナスはほっとした顔をする。だが、申し訳なさそうな色はその表情から消えなかったが。彼は話を続ける。
「そう言ってくれると、救われるよ。ライラ共和国との調整も、もう進んでるんだ。」
「共和国と?」
「キースはS型バンシーを貰って来ただろう?だからあれを旗印にしてる君を重用することで、両国の絆の強さをアピールする材料にしようって腹なのさ。……なんか、ますますゴメン。」
「ああ、だから謝るなって。そのぐらい何でも無いさ。」
キースはそう言うが、ジョナスはキースを政治的に使う事に抵抗を感じている様だった。ジョナスは頭を振って気持ちを切り替えると、続きを話し始めた。
「せめて、場所だけは徹底的に口出しして来たよ。候補地の中から、できるだけ条件の良い場所になる様に。」
「ほう。何処だい?」
「それはね……。」
キースとジョナス、そして時折ベネディクト課長が口を挟む会話は、しばしの間続いた。そしてそれから数日の間、キース、ヒューバート少佐、アーリン少佐の3名はジョナス監修の下、宮廷における作法の特訓に励んだ。もっとも、しれっと何事もそつ無くこなしたキースに比べ、ヒューバート少佐とアーリン少佐のそれはやはり付け焼刃の域を出る物では無かったが。
そして問題の日、キースはヒューバート少佐とアーリン少佐を伴い、ジョナスに連れられて宮中……ロイヤル・パレスの謁見の間に赴いていた。キースは表向きは泰然と、ヒューバート少佐もなんとか平静を保っていたが、アーリン少佐は少々動きが硬いのが目に見えて判る。ここには数多くの貴族や貴人、高名なメック戦士などが居並んでいたし、何よりも国王ハンス・ダヴィオン陛下が目の前にいらっしゃったのだ。キースには、こういう場が苦手なアーリン少佐の気持ちも分からなくも無かった。
議事進行役の儀典官が、次々と貴族の名前を読み上げて行く。それらの貴族は国王陛下の前に進み出ると、領地替えを申し渡される。それらの貴族に不満の色は無い。今までよりも若干良い場所に移封されるか、さもなくば若干の余禄が与えられたからだ。そしてジョナスの名が呼ばれた。
「『第9ダヴィオン近衛隊』連隊長、バレロン大陸の伯爵にしてスルバラン市の男爵、ジョナス・バートン大佐!」
「はっ!」
ジョナスはハンス国王の前に進み出る。ハンス国王は重々しく言った。
「バレロン大陸の伯爵にして、スルバラン市の男爵、ジョナス・バートン卿。これより卿は此度の貴重な遺物の発見者との仲介の労を取り、更にはパルジファル作戦を立案、実行した功績により、スルバラン市とその周辺地域だけにとどまらず、スルバラン市を含むダルデスパン大陸の伯爵となる。今後とも、わたしの力となってくれ。」
「はっ!ありがたき幸せに存じます!」
「うむ、頼りにしているぞ。バレロンの伯爵にしてダルデスパンの伯爵、ジョナス卿よ。」
貴族や貴人たちから、一斉に拍手が送られる。キースも拍手をしながら、内心で思う。
(ふむ。これでジョナスは惑星ウィロウイックに3つある大陸および2つの衛星のうち、2ヶ所を領有することになるな。ダルデスパン大陸はこれまでスルバラン市以外は王家直轄領だったんだよなあ。
残りのモンドンヴィル大陸と衛星オーイェル、衛星ラウハも、ジョナスの加増に先立ってモンドンヴィルの伯爵、オーイェルの伯爵、ラウハの伯爵3名の国替えがあって、そこら辺が全部王家の直轄領になったって事はだ。もしかして将来的にジョナスに惑星ウィロウイックとその衛星全部与えるつもりかな?
もしその予想が当たってたら、ジョナスは公爵、そうでなくとも侯爵ぐらいにはなるわけだし。まあ、家格から言ってもこれまでのバートン家の功績から言っても、順当だよなあ。
さて……。次は俺の番だな……。)
「混成傭兵連隊『鋼鉄の魂』連隊長、キース・ハワード大佐!」
「はっ!」
キースもまた、ハンス国王の前に進み出る。キースはハンス国王の眼に、いたずらっぽい光を感じ取った。
「傭兵部隊『鋼鉄の魂』司令官、キース・ハワード大佐。貴官には此度の貴重な星間連盟期遺物発見の功績により、惑星タワスⅣのサオルジャン大陸全土と、および同惑星ラウルト大陸の都市であるテナール市及びその周辺地域を領地として与え、伯爵位と男爵位を叙爵する。サオルジャン伯爵にしてテナール男爵、キース卿。卿の友人であるジョナス卿と共に、恒星連邦に尽くしてくれたまえ。」
「ははっ!ありがたき幸せに存じます!」
周囲より、拍手が一斉に送られる。そう、キースがパールクⅣで発掘したバトルメックおよび気圏戦闘機の自動整備施設、そして製作施設、更に様々な遺失技術に関する詳細資料、そして0G乾ドック座標を恒星連邦に売却した代価は、爵位の授爵と領地の拝領であった。しかもキースだけではなく、その部下の大隊長まで授爵する念の入れようである。
ちなみにキースは表面的に泰然自若としながら、内心では若干混乱していた。
(ちょ、伯爵位の授爵はジョナスやスラットリー課長から話聞いてたけど、オマケの男爵位は聞いてないよ!?)
そんなキースを置き去りに、議事は進行して行く。次はヒューバート少佐の番だ。
「混成傭兵連隊『鋼鉄の魂』B大隊指揮官、ヒューバート・イーガン少佐!」
「はっ!」
「傭兵部隊『鋼鉄の魂』B大隊指揮官、ヒューバート・イーガン少佐。貴官には此度の功績により、惑星タワスⅣのラウルト大陸の都市であるヴィオネ市及びその周辺地域を領地として与えて、男爵位を叙爵する。ヴィオネ男爵、ヒューバート卿。今後とも司令官であるキース卿を助け、国家の力となってくれ。」
「はっ!ありがたき幸せに存じます!」
今度はアーリン少佐の順番である。ガチガチのその様子は、見ていて可哀想になる。
「混成傭兵連隊『鋼鉄の魂』C大隊指揮官、アーリン・デヴィッドソン少佐!」
「は、ははっ!」
「傭兵部隊『鋼鉄の魂』C大隊指揮官、アーリン・デヴィッドソン少佐。貴官には此度の功績により、惑星タワスⅣのラウルト大陸の都市であるジロ市及びその周辺地域を領地として与えて、男爵位を叙爵する。ジロ女男爵、レイディ・アーリン。今後とも司令官であるキース卿を助け、恒星連邦のために尽力してほしい。」
「ははぁっ!ありがたき幸せに存じます!」
拍手を送りながら、キースはこっそり考えに耽る。
(ヒューバートとアーリン少佐に惑星タワスⅣはラウルト大陸の都市及び周辺地域を与えたかよ……。って言うか、ラウルト大陸の都市の残り1つは、俺が男爵として貰ってるだろ?ラウルト大陸の主要都市は3つとも、『SOTS』高級士官が領有してることになるから……。その上俺がサオルジャン大陸領地にしてるから、『SOTS』が大陸2つ持ってるみたいな物じゃんかよ。
あと惑星タワスⅣにあるのは、アイヤゴン大陸と衛星レミネンだけで、そこらは王家直轄領だから……。『SOTS』の今後の貢献次第では、そこらも『SOTS』関係者に割譲されるかもしれないぞ。
いや、文句は無いけどさ、恒星連邦に仕えるのは。でも領地をもらうと、領民への責任が重いなあ……。って言うか、俺は軍人として出征しっぱなしになるんだから、きちんと代官置かないと。人材を探さないとなあ……。ジョナスに推薦してもらうしかないかなあ……。)
キースたちが今回領地として貰った大陸や都市のある惑星タワスⅣは、元は別の貴族が領有していた惑星であった。位置的には南十字星境界域の星図上で左上付近、カペラ境界域に近い所にある惑星だ。しかしその惑星を支配していた貴族はニューシルティス公マイケル・ハセク=ダヴィオンに切り崩されかけていたため、表向き適当な名目で粛清され更迭されていた。今現在惑星タワスⅣは恒星連邦政府が派遣した代官たち数名によって分割統治されている。
ちなみにジョナスが骨を折ってくれただけあって、この惑星は物件としてはそこそこの物だ。文明も最先進惑星とはいかないが、適度なレベルに保たれている。工業的にも充分な技術が残っており、その生産高は良好と言える。産業に必要な原料も100%とはいかないものの、惑星内でかなりの割合が確保可能であり、星系外からの輸入依存度はそれほどではない。農業生産も充分なレベルにある。この惑星の大陸や都市であれば、領地として申し分あるまい。
そしてその後は大広間へと場を移して、祝宴が行われた。こう言う場に慣れているキースは普通に、肝が据わっているヒューバート少佐はどうにかこの場をこなしていたが、アーリン少佐は慣れない作法をとちらないかで頭がいっぱいいっぱいで、大変な様子である。見かねて時折、キースやヒューバート少佐が助けに入る事もしばしば有った。まあ内心ではこの3名、程度こそ違えどゴリゴリと精神力を削られているのは同様なのだが。
そして1週間が過ぎた。この1週間は、キース、ヒューバート少佐、アーリン少佐は非常に多忙であった。急な授爵故に、根回しとかはジョナス他の関係者がやってくれていたのだが、それでお世話になった貴族や貴人、これからお世話になりそうな方々、その他機嫌を損ねるとまずそうな人たちなどに、挨拶回りが待っていたのである。爵位を貰うと言う事は、とてもとても大変な事なのである。ちなみに国王陛下のサインが入った預かり証は、既に返却していた。
宿舎として借り上げているアヴァロン・シティー内のホテルのロビーで、疲れ切ってたれているアーリン少佐や、それよりはましだが流石に疲れを隠せないヒューバート少佐を見ながら、キースは考えに沈んでいた。彼が考えていたのは、今回挨拶回り先で多く聞かされた噂についてである。
(……傭兵部隊『グレイ・デス軍団』がシリウスⅤで投降して来た市民1200万人を虐殺した、か。……コムスターの手による陰謀で、大嘘なんだけどな。……いよいよ、だな。無法者の烙印を押された『グレイ・デス軍団』は、これからヘルム・メモリーコアを巡っての戦いに身を投じる。……何度かこの戦いに介入し、『グレイ・デス軍団』を助けて、メモリーコアのコピーを分けてもらう事も考えたけど。……無理、だよなあ。
うかつに介入して、『グレイ・デス軍団』がメモリーコアを発掘し損ねたら、目も当てられないし。それに『グレイ・デス軍団』の無法者の疑いが晴れなくなったら、それも大変だよなあ。それに自由世界同盟、マーリック家領域の惑星ヘルムは距離的に遠すぎるよ。途中で補給ステーションが無い星系も、いくつもあるだろうし……。介入は無理だよ。
で、介入しないと決めたわけだけど、そうなると怖いのは俺が今までやって来た事柄によるバタフライ効果だよなあ……。頼むから、何事も無くストーリー通り推移してくれー。メモリーコア、ちゃんと発掘してくれよー。)
キースは、自分が正義の味方でない事を自覚している。シリウスⅤで虐殺された1200万人の事は胸が痛むが、だからと言ってそれを阻止するために『SOTS』を危険に晒す事はできないし、しなかった。別件で忙しかったと言う事も大きいのだが。
今回の事件で『グレイ・デス軍団』から出る犠牲者についても同じだ。キースは自分の手が届くところでは、かなり甘い部分もある。しかし手が届かないところまで無理に手を伸ばそうとはしない。そう言うところでは、彼は恐ろしく冷淡にもなれるのだ。彼にとって第1なのは、『SOTS』と自分自身であった。
「やれやれ……。俺は地獄に堕ちるな。」
「なんか言いました、キース大佐?」
「ああいや、アーリン少佐。ちょっと『グレイ・デス軍団』の噂について考えていたんだ。噂で伝え聞く『グレイ・デス軍団』のやり様と、今回のシリウスⅤの虐殺は、あまりにかけ離れてるからなあ。もしや『グレイ・デス軍団』は嵌められたんじゃないかと思ってな。
うちも急速に部隊拡大し過ぎて、あげくに部隊司令や幹部が爵位まで貰ってしまった。あちこちからの嫉妬が怖いな。今後より一層、注意が必要だ。」
キースの言葉に、ヒューバート少佐とアーリン少佐が頷く。背後の敵は、正面からの敵よりも恐ろしい事がままある物だ。
まあそれはともかくとして、本日で挨拶回りも一応の終わりを見せた。今度は実際に領地に向かい、領民たちに顔見世をしなくてはならない。出立の準備は、連隊副官のジャスティン大尉が各大隊副官などと協力して、既に終えてくれている。ちなみに彼を始め、幾人かの大尉待遇中尉や中尉待遇少尉などが、今回のキースらの授爵に合わせて正式な大尉や中尉に昇進していた。まあサラ中尉待遇少尉は、いつも通り頑なに昇進を拒んでいたのだが。
翌日の3028年3月29日、キースは宇宙港アヴァロンポートで、見送りに来たジョナスやリアム大尉と別れの挨拶を交わしていた。ジョナスの脇に、彼の連隊副官ランドル大尉他の護衛が付いているのは、いつも通りだ。
「キース、これでまたしばらく会えなくなるかな。」
「何、ジョナスに呼ばれれば、宇宙の果てからでも飛んでくるさ。増してや同じ恒星連邦の、それも南十字星境界域内なんだ。少なくとも、ライラ共和国に行ってた頃よりかは近いしな。」
「ははは、頼もしいな。ところで代官の推薦を頼まれたけれど、この間書類を送ったクリスティアン・ウォーターハウス氏で構わないかな?」
キースはジョナスに頷く。
「ああ、彼ならば問題ないだろう。」
「なら良かった。何、ちょうど彼にとって役不足の仕事を与えられていた所なんだ。内々に話を進めているけど、受けてくれる事は間違い無いよ。その場合、残務処理と引継ぎでちょっと時間は欲しいけどね。」
「俺はしょっちゅう軍務で出征するだろうから、その間の事を任せられる人材はどうしても必要なんだよな。いや俺が領地にいる間も、相談役と言う形で助力してもらうつもりだが。俺は領地経営に関しては素人だからな。」
そしてキースはリアム大尉に顔を向ける。
「リアム大尉。短い間だったが、世話になったな。」
「いえ、こちらこそお世話になりました。キース大佐は書類をきちんと纏めて下さるので、傭兵関係局の連絡士官としては非常に助かりましたよ。何処とは言いませんが酷い所になると、書類の締め切りを伸ばしてくれと半ば脅迫交じりや泣き落としで頼まれた事も何度か……。あげくに書類が遅れた責任を、こちらへ押し付ける事もしばしば……。」
「あー……。それは酷いな。」
「そんな所と『SOTS』を比べるのは失礼かと思いましたがね。ですが、そう言う意味でも『SOTS』は理想的な部隊でしたよ。次の仕事でも、この様な部隊に当たりたい物です。可能ならば『SOTS』その物で。」
「自分の部隊を褒められるのは、嬉しい物だな。ありがとう。」
キースはジョナス、リアム大尉と握手を交わす。そして彼は宇宙港の建物から出ると、ジャスティン大尉の運転するジープの助手席に乗り込む。ジープは走り出し、フォートレス級降下船ディファイアント号へと向かった。
やがてキースたちが降下船に乗り込んでしばらくしてから、ディファイアント号はゆっくりと上昇を始める。轟音と共に噴射炎が下方に轟然と吐き出され、ディファイアント号は一気に軌道へと向かって上昇して行った。その後を追って、『SOTS』の他の降下船群もまた、各々離床、離陸して行く。
こうしてキースは惑星ニューアヴァロンを離れ、新たに得た自らの領地へと向かって出立したのである。
さて、主人公、友人のジョナス、ヒューバート少佐、アーリン少佐の4人が昇進、出世いたしました。どうしようかなあ……。近いうちにUPする予定の、Arcadia様投稿分から先の物語で、出世させたい人物はいるんだけど、二番煎じになるかなあ……。