ニューアヴァロン星系の天の南極、ナディール点ジャンプポイントへ向かうフォートレス級降下船ディファイアント号の部隊司令室にて、キースは先ほどまでこの場で行われていた、自分の19歳の誕生祝に思いを馳せていた。この誕生祝は、キースの直卒小隊のメンバーやサイモン老、自由執事のライナーなど、ディファイアント号に乗っているキースと特に親しい面々が開いてくれた物だ。ちなみに主役のキースが恒星連邦内での飲酒年齢に達していないため、今回は酒は無しである。その代わりと言っては何だが、ディファイアント号の料理長が腕を振るった料理が振る舞われた。
キースは手の中にある、イヴリン曹長からの誕生日プレゼントをじっと見る。それは1丁のレーザーピストルであった。イヴリン曹長は、エリーザ准尉が宴会の場に連れて来たのだ。キースは安全装置をかけた上に念のためにパワーパックを抜いた状態で、そのレーザーピストルを構えてみる。特注で設えられたそのグリップとトリガーガードは、キースの巨大な掌にしっくりとおさまった。
イヴリン曹長は言ったものだ。
『以前私の誕生日にレーザーピストルを頂いた時には、用意していたこれと品物が被ったので驚きました。グリップとトリガーガードのサイズに関しましては、整備中隊長のサイモン大尉にご協力を願い、キース大佐の掌のサイズを教えていただいたんです。』
照れたように笑う彼女は、キースが礼を言うと今度は本当に照れて赤くなった。その様子を思い返し、キースは考える。
(うーん。好意を持たれてる気はするんだけどなあ。決め手が今一つ……。恋愛関係は俺、鈍いからなあ。エリーザ准尉にでも聞いてみるかあ?彼女はイヴリン曹長を色々けしかけてる雰囲気があるから、彼女は確信を持ってるんだろうなあ。イヴリン曹長から直接話を聞いてるかも知れんし。だがなあ……彼女相手だと、からかわれたり、いじられたりしそうで怖いんだよなあ。
サイモン爺さんはどうだ?今回イヴリン曹長は、サイモン爺さんに協力を仰いだって言ってたもんなあ。サイモン爺さんなら、彼女の気持ちにも俺よりかは見当がついてるんじゃないかな。俺よりも恋愛経験とか豊富だろうし。)
キースはレーザーピストルをしまいながら、サイモン老への質問の仕方をあれこれ検討する。その時、机上の内線電話機がインターホンモードで鳴った。彼は急ぎ、そのスイッチを入れる。
「誰か?」
『アンドリュー准尉。エリーザ准尉もいるぜ。隊長、入室許可が欲しいんだけどよ。』
「ああ、許可する。」
アンドリュー准尉とエリーザ准尉が入室してきて敬礼を送って来る。キースも答礼を返しながら、言った。
「どうしたんだ?何か用事があるなら、さっきの宴会の時にでも言えば良かったろうに。」
「あー、いや。ちょっとまじめな話だからよ。それに踏ん切りってもんが……。あの場だと雰囲気にそぐわなかったって言うか……。」
「そうよねー。軽い話なら、あの場でも良かったんだけど。いや、そこまで重い話ってわけでもないんだけどね、あはは。」
「?……どうしたんだ、言ってみろ。」
アンドリュー准尉とエリーザ准尉は、居住まいを正して直立不動になると、はっきりとした口調で言葉を発した。
「アンドリュー准尉!」
「エリーザ准尉!」
「「両名は、士官任用試験の受験を申請いたします!」」
キースは頷く。そして彼は、執務机の引き出しから2通の書類を引っ張り出した。
「やっと決心してくれたか。書類は作ってある。あとはお前たちのサインだけあれば良い。」
「いやあ、な。俺が上に引っ掛かってるせいで、アイラの昇進の邪魔になってるとは考えが至らなかったって言うか……。俺もまだまだ駄目だな。」
「あたしもー。キャスリンには苦労かけてるからねー。その上仕事の邪魔までしちゃってたら、顔向けできないわ。」
「サインは終わったな?次の士官任用試験が近くなったら、連絡が行くからな。」
アンドリュー准尉とエリーザ准尉は、真面目な面持ちで頷いた。キースはいかにもついでと言った風情で、2人に2冊ずつ本を渡す。2人は妙な顔になる。アンドリュー准尉は訊ねた。
「こいつは?」
「士官任用試験の問題集と参考書だ。お前たちの力量なら問題は無いはずだが、ペーパーテストはまた違う物だからな。」
「「うげ……。」」
アンドリュー准尉とエリーザ准尉は、酢を飲んだような顔になるが、すぐに立ち直って決然と言った。
「くそ、ペーパーテスト何するものぞ、だ!」
「そうよ!こんなとこで躓いていらんないわ!」
「そうと決まれば、部屋に戻って早速勉強だ!」
「応ともよ!エリーザ准尉、アンドリュー准尉、退出します!」
「ああ、うむ。退出を許可する。」
敬礼と答礼を交わし、アンドリュー准尉とエリーザ准尉は部隊司令室を退出して行く。キースはそれを見送りつつ独り言つ。
「さて、あの2人が合格してくれたら、まずはアイラ曹長とキャスリン曹長を准尉に昇進させないとな。あと、問題はネイサン曹長か。今度の試験で合格してくれれば、エルンスト少尉待遇曹長に代わって偵察兵小隊の小隊長を任せる事になるんだが。」
キースの悩みは尽きない。確か最初は別の事で悩んでいたはずであったのだが。
キースの誕生祝から2週間近い日々をかけて、『SOTS』降下船群はようやくの事で、タワスⅣの大地に降り立った。場所はキースの領地であるサオルジャン大陸にある、連隊規模の部隊が余裕で駐留可能な大規模な城、ヘルツォーク城である。ここには今現在多数の来客が訪れ、キースの来訪を今か今かと待っていた。
その来客とは、次に挙げる人物たちである。まずはキースの領地となったサオルジャン大陸のダヴィオン王家代官アーヴィング・オールドフィールド氏。次に主要3都市全てがキース、ヒューバート少佐、アーリン少佐の領地となり、事実上『SOTS』領地となったラウルト大陸のダヴィオン王家代官エミリア・ロレンツォーニ女史。この2名がヘルツォーク城にいる理由は、キースやヒューバート少佐、アーリン少佐に任地の統治の引継ぎを行うためである。彼らはキースたちの到着後約1ヶ月してから入れ替わりで、恒星連邦中央に帰還する事になっていた。
その次は今もダヴィオン王家直轄領である、アイヤゴン大陸のダヴィオン王家代官ジェレマイア・アームストロング氏。同じくダヴィオン王家直轄領である、衛星レミネンのダヴィオン王家代官カルヴィン・スティーヴンソン氏。そしてヘルツォーク城からかなり離れた場所に存在するヴィアンデン城に駐屯している、恒星連邦駐屯軍『ゲージ螺旋槍隊』部隊司令ジュリエット・ゲージ大尉だ。この3名は基本的に恒星連邦政府からの指示に従うのだが、だからと言って惑星首都を擁するサオルジャン大陸の領主であるキースの顔色を窺わないわけにもいかない。それ故と言うわけでも無いのだが、彼ら3名はキースとの顔つなぎに来たのである。
最後に控えているのは、惑星軍総司令官ファーディナンド・ヒギンボトム少佐だ。この惑星タワスⅣの惑星軍は、惑星首都を擁する面積でも人口でも最大の大陸であるサオルジャン大陸の、その代官であるアーヴィング・オールドフィールド氏が各代官たちの中心になって、各領地の税収から資金を捻出して組織していた。今後はキースがその役割も引き継ぐことになる。言い換えれば、彼は今後キースの部下、臣下になるのだ。ファーディナンド少佐は今後自らの主君になるキースを、見極めに来たとも言える。
ヘルツォーク城の司令執務室に落ち着いたキースおよび付き従っていたヒューバート少佐とアーリン少佐にまず声を掛けたのは、アーヴィング氏とエミリア女史である。流石に代官として領地を切り盛りしていただけの事はあり、キースの迫力に腰が引ける様子は欠片も無い。無論の事これは残りの代官、ジェレマイア氏、カルヴィン氏にも同じことが言える。
「キース卿サオルジャン伯爵閣下、私がこれまでサオルジャン大陸の代官の地位にありました、アーヴィング・オールドフィールドにございます。イーガン男爵閣下も、レイディ・アーリンも、引継ぎが終わるまでの短い間ですが何とぞよしなに。」
「キース卿サオルジャン伯爵閣下、イーガン男爵閣下、レイディ・アーリン、私がこれまでラウルト大陸代官でございました、エミリア・ロレンツォーニにございますわ。同じく引継ぎが終わるまでの短い間ですけれど、よしなに願いますわ。」
その大仰な呼び掛けに、キースとヒューバート少佐はにやりと小さく笑みを溢す程度で済んだが、アーリン少佐は酢を飲んだような顔になる。キースはそれを見て、内心少々慌ててアーリン少佐を庇う。
「あー、申し訳ない。我々は知っての通り、成り上がり者の傭兵だ。正式な呼び掛けには慣れていない。どうか慣れるまで、軍人階級で呼んでいただくわけにはいかんだろうか?」
「む、そうですか……。では……。」
アーヴィング氏はキースの提案を承知しようとする。しかし、エミリア女史はそれに待ったをかけた。
「いいえ、いけませんわ。それでは何時まで経っても慣れませんわ。慣れた後であれば、軍人階級で呼ばせるのもよろしいでしょうが。しかし慣れるまではいけません。厳しい様ですが、体面も貴族にとっては武器の1つ。閣下方がお使いのバトルメックで言えば、レーザー砲や装甲板の様な物ですのよ?
そして舐められるのが閣下方だけであればともかく、それにより出た犠牲は閣下方の領民に押し付けられることになるのです。閣下方が意図した、しないに関わらず。」
「「「!!」」」
キース、ヒューバート少佐、アーリン少佐は目を見開く。そしてアーリン少佐とキースが言った。
「ごめんなさい、ミズ・エミリア。」
「申し訳ない。そこまで考えが及ばなかった。」
「わかってくださればよろしいのです……。と、言いたいところですが、それも駄目ですわ。」
「「?」」
エミリア女史は魅力的ににっこり笑って言う。
「閣下方は、うかつに下々の者に謝ってはいけませんわ。無論、謝らなくてはいけない時もございます。けれど小さな事でペコペコしておられては、それこそ体面を傷つけます。そう言うときは、「わかった」でよろしいのですわ。」
「うむ……。わかった、ミズ・エミリア。だがこれくらいはよかろう?ありがとう、ミズ・エミリア。」
「わたしもわかりました。ミズ・エミリア、ありがとう。」
再度エミリア女史が、にっこりと笑う。そしてアーヴィング氏がヒューバート少佐に向かって言った。
「ふう、すっかり良い所をロレンツォーニ女史に取られてしまいましたよ。」
「私も流れに乗り損ねたよ。」
2人の男はくくく、と含み笑いをした。
そしてアーヴィング氏とエミリア女史に引き続いてキースたちに挨拶をしたのは、ジェレマイア氏にカルヴィン氏である。
「キース卿サオルジャン伯爵閣下、イーガン男爵閣下、レイディ・アーリン、私がアイヤゴン大陸代官ジェレマイア・アームストロングにございます。以後何とぞよしなに願います。」
「キース卿サオルジャン伯爵閣下、イーガン男爵閣下、レイディ・アーリン、私めが衛星レミネン代官カルヴィン・スティーヴンソンにございます。今後ともよしなにお願いいたします。」
「うむ、私がキース・ハワード伯爵だ。こちらこそ、よしなに頼む。」
「私がヒューバート・イーガン男爵だ。色々と助けてくれるとありがたい。」
「わたしがアーリン・デヴィッドソン女男爵です。今後ともよろしく頼むわ。」
ここでジェレマイア氏がキースに質問をした。
「伯爵閣下、少々質問をよろしいでしょうか?」
「内容によるな。何かね?」
「惑星軍の扱いにございます。」
キースは片眉を上げる。惑星軍の司令官であるファーディナンド少佐もピクリと反応を示した。ジェレマイア氏は話を続ける。
「閣下は精強なバトルメック部隊をお持ちでございます。もしやそれに今後の惑星防衛を頼り、惑星軍を削減するなどお考えでしょうか?」
「いや、私の部隊は恒星連邦政府傭兵関係局よりの依頼で、いつ出動するやもわからない。常設の防衛戦力としては頼れないのだ。その様な状況下で、惑星軍を削減する危険は冒せない。もしや貴殿が代官として統治している領地より、防衛費の一部として供出してもらっている負担金が重いのかね?」
「負担が重く無いとおべっかを使う気はありませぬが、必要な支出だと理解してもおります。私めが危惧しておりましたのは、今よりその規模を削減されることにございます。惑星軍の存在はある程度の雇用も生み出し、治安の維持にも一役買い、災害派遣においても必要な物でございますれば。」
頷いてキースは、同意の言葉を発する。
「うむ。惑星軍は財政なり軍事的なりの非常事態が起きない限り、現状の規模を維持するつもりだ。安心して欲しい。」
「はっ。私めからは、以上にございます。」
これで代官たちの挨拶は一通り終わった様だ。次は恒星連邦駐屯軍である『ゲージ螺旋槍隊』部隊司令のジュリエット大尉と、惑星軍総司令官ファーディナンド少佐の番だ。
「キース卿サオルジャン伯爵閣下!イーガン男爵閣下!レイディ・アーリン!自分が恒星連邦惑星タワスⅣ駐屯軍、傭兵メック中隊『ゲージ螺旋槍隊』部隊司令のジュリエット・ゲージ大尉であります!」
「キース卿サオルジャン伯爵閣下!イーガン男爵閣下!レイディ・アーリン!自分は惑星軍総司令官ファーディナンド・ヒギンボトム少佐であります!」
この2名は軍人故にか、キースの放つ「威」に他の4人よりも強く反応していた。一方はこれまで複数の戦場を経験していたが故に、もう一方は実戦経験こそ無かったが災害派遣などで修羅場を潜っていたが故に、腰が引けている様な事は無い。無いのだが、少なくとも彼らはキースに確実に気圧されていた。
ことに、キースを見極めてやろうとやって来たファーディナンド少佐の、受けた衝撃は大きい。事前に読んだ書類では19歳になったばかりの若造でしか無いはずであったこの新任貴族は、蓋を開けてみればとんでもない化け物であったのだ。よく代官たちや元代官たちはこの相手にあれだけの口がきける物だと、彼は内心で汗を流した。だがいかに軍人として凄みがあったとしても、主君として相応しいかは話が別である。ファーディナンド少佐は必死にこの新任貴族を見極めんとした。
一方のキースであったが、彼は彼でジュリエット大尉とファーディナンド少佐を見極めんとしていた。それも当然と言えよう。この2人には、彼がこの惑星タワスⅣを留守にした場合、彼の領地と領民を含むこの惑星を護ってもらわねばならないのだ。と、その時キースの視線がファーディナンド少佐のそれと絡む。そしてお互いに視線を逸らせなくなった。
キースはふと思う。
(なんだ?なんでこうなった?だけど、なんか視線を先に逸らしたら負けの様な気がする。何に負けるのかはわからないけどさ。)
丁々発止、一触即発の雰囲気の中で、よく分からない勝負は続く。キースは不意に、目だけで笑って見せた。ファーディナンド少佐は、ガンッ!とショックを受けた様に一瞬のけぞる。そして顔を伏せ、肩を落とした。どうやらキースは勝ったらしい。何に勝ったのかは分からないが。ファーディナンド少佐は謝罪する。
「……ご無礼をいたしました、伯爵閣下。この罰はいかようにも……。」
「いや、何もなかった。気にしないでくれ。皆も、そうだろう?」
「え?ええ。そうですな。何も無かった。」
「あ、はい。何もありませんでしたね。」
すかさずヒューバート少佐、アーリン少佐がキースに追従する。ジュリエット大尉などは、何があったのか理解できずに視線を左右に彷徨わせていた。代官たち、元代官たちはやれやれと苦笑していたが、キースの下した処遇に異を唱えるつもりは無い様だ。どうやら今のあれは、貴族と下々の者と言うよりは武人同士に相通じる何かだと取られた様であった。その一方ファーディナンド少佐は何やら感じ入ったのか、頭を深く下げる。どうやらキースは、なんらかの形で認められたらしかった。
3028年4月17日、キース、ヒューバート少佐、アーリン少佐の授爵を祝う祝賀パレードとパーティーが、キースの領地であるサオルジャン大陸に存在している惑星首都ワロキエ市にて行われた。無論キースの主催である。
キースは当初、パレードはともかくパーティーだけでもかかる費用を自分の貯金から出そうとした物だったが、それはアーヴィング氏とエミリア女史に止められた。各々の領地における政庁の予算に、例えばキースの場合では伯爵家諸費用と言う名目のお金が、今四半期からきちんと用意されているのだと言う。相応に大きな額が計上されているため、使ってもらわねば逆に困ると言うのだ。納得したキースは、素直にパーティー費用を出してもらう。
「……故に、私は恒星連邦と国王陛下へこの御恩を報じ、我が忠誠を示す!そしてそれこそが、我が領地のためにもなると、私は信ずるものである!以上をもって、この私の所信をここに表すものとする!恒星連邦万歳!」
そしてパーティーに先立って、パーティー会場になっているワロキエ市屈指のホテルにて、キースの演説が行われた。これはいわゆる所信表明演説に近い物である。この演説は惑星上のネットワークを通じ、TV放映もされている。これにより、領民への顔見世の意味も兼ねているのだ。
さらにこれに続いて、ヒューバート少佐、アーリン少佐の演説も行われた。ちなみに彼らの演説もTV放映されている。彼らは本来の領地である、ラウルト大陸のヴィオネ市、ジロ市に出向くべきであるのだろうが、その辺はキースの部隊である『SOTS』の高級士官であると言う事も勘案して、キースと共に行う事になったのである。無論、後々には自分の領地にも出向かなければならないが。
ちなみに彼ら3人の演説内容を決めるにあたっては、彼ら3人は勿論の事だが自由執事ライナーが色々と頭を捻ってくれた物である。ライナーには幸いなことに、こう言う事に対する若干の知識もあった。もっとも実地の経験が足りていないので、本職には遠く及ばないのだが。
キース、ヒューバート少佐、アーリン少佐、そしてライナーは、本職の代官――キースが領地にいる間は相談役――のクリスティアン・ウォーターハウス氏が、一刻も早く惑星タワスⅣに来てくれる様に祈った物だ。クリスティアン氏が到着の暁には、キースの領地だけでなくヒューバート少佐やアーリン少佐の領地も、その統治を委任する事になる。その方が効率も良いし、第一ヒューバート少佐とアーリン少佐も基本、キースと共に出征するのだ。
そしてパーティーが始まる。キースたちは事前にエミリア女史などからアドバイスを受けた通りに、自分たちの初期位置から動かずにどっしりと構えていた。政庁の要人やら、議会の重鎮やらが次から次へと挨拶に来る。幸いだったのは、キースの迫力に抗し得る者がごく少数……と言うか、ほとんど居なかった事だろう。大抵は型通りの挨拶を済ますと、ぺこぺこと無礼を詫びて退出して行く。事前のアドバイスによると下手な言質は取られない様にと有ったが、その心配はほとんど無かった。
アーリン少佐は言う。
「ちょっと前まではこう言うパーティーの時は、自分で挨拶に回る方だったのに……。」
「何、多数の貴族が集まるパーティーでは、まだ俺たちが挨拶に回る側さ。その辺を勘違いすると、大変な事になるぞ。」
ヒューバート少佐の言葉に、アーリン少佐も頷く。だがどうやら挨拶の人波も途切れた様だ。キースは近くに控えていたボーイに言って、飲み物を3人分持ってきてもらう。3人とも、流石に喉が渇いていた。そこへ駐屯軍の部隊司令、ジュリエット大尉が現れる。彼女はキースたち3人に対し、敬礼を送って来た。キースたちも答礼で応える。
「サオルジャン伯爵閣下、イーガン男爵閣下、レイディ・アーリン、本日はご機嫌麗しゅう。」
「やあジュリエット・ゲージ大尉。楽しんでくれているかね?」
「はっ。料理も飲み物も素晴らしく、粗食に慣れている身といたしましては胃がびっくりしそうです。」
キースは笑みを溢す。
「くくく、それは私たちも同じだよ。私が成り上がり者で、ただの傭兵部隊の長であった事を忘れてもらっては困るな。」
「は、はあ……。」
「ゲージ大尉。貴官とその部隊には我々が出征中、この惑星の護りの要となってもらわねばならない。期待させてもらって、かまわないな?」
急に声音を真面目な物にしたキースに、ジュリエット大尉は居住まいを正す。彼女はきっぱりと答えた。
「はっ!粉骨砕身の覚悟で事に当たらせていただきます!」
「うむ。頼むぞ。ときに惑星防衛上の事で、何か困っている事は無いかね?」
「は……。実は、降下船の推進剤が任に当たるについて心もとなく……。」
傭兵部隊『ゲージ螺旋槍隊』は、中隊規模であるが降下船にユニオン級ではなく、レパード級3隻を用いていると言う、戦力の展開能力に優れた部隊である。普段はサオルジャン大陸のヴィアンデン城に駐屯しているが、いざとなれば惑星各地に短時間で飛んでいけると言う特徴を持っている。だがそれも、推進剤が充分に供給されていれば、の話だ。
頭の中で、キースは素早く計算する。惑星各地の水関係の施設から供給される推進剤は、商用降下船への供給に必要な分はうかつには動かせない。しかし『SOTS』の降下船群に用意されている分は、『SOTS』がサオルジャン大陸とラウルト大陸の双方を事実上領有している事もあり、いささか過剰に確保されていた。その余剰分であらば、キース個人の裁量でいかようにもできる。
キースはジュリエット大尉に答えた。
「わかった。その件に関しては早急に検討し、答えを出そう。悪い様にはしない。」
「ありがとうございます!」
「要望は以上かね?ふむ、では下がってよろしい。」
ジュリエット大尉は敬礼をして下がる。答礼でそれに応えたキースたち3人は、小声で会話を交わす。ヒューバート少佐がキースに向かい、言った。
「なるべく言質は与えないんじゃ、ありませんでしたか?」
「その辺は臨機応変、さ。第一、駐屯軍がまともに動けない状態を放置しておくわけには行かないだろう。」
「それはそうですよね……。『ゲージ螺旋槍隊』ご自慢の部隊展開能力も、推進剤が無ければ意味が無いわ。あとは2機だけでも気圏戦闘機を持ってくれていて、安心は安心よね。」
キースの言葉に、アーリン少佐も同意を返す。ヒューバート少佐もまた、頷きを返した。
そんなこんなで、パーティーは終わりを迎えた。だがキース、ヒューバート少佐、アーリン少佐は主役だと言うのに、あまり飲み食いできなかったのは言うまでも無い。
その後もキースたち3人は、精力的に働いた。サオルジャン大陸への顔見世が終わったので、今度はラウルト大陸にあるキースの領地、テナール市に航空機で飛ぶ。そこでも政庁で演説を一発ぶちあげたら、今度はヒューバート少佐の領地ヴィオネ市に飛ぶ。市庁舎でヒューバート少佐が演説して、キースはキースで彼の上司にしてタワスⅣ貴族の最上位者として、祝辞を述べたりする。更にはアーリン少佐の領地ジロ市にも飛び、同じくアーリン少佐の演説と、キースの祝辞が行われた。
ようやくの事で自分の居城であるヘルツォーク城に戻って来た時には、キースたちはへろへろに疲れ切っていた。特にアーリン少佐は、疲労の余りに某ゆるキャラのごとくたれていたりする。彼女は言った物だ。
「子供の頃は、ううん、ちょっと前まではお貴族様って、もっと気楽な物だと思ってたわ……。」
「きちんと権利に対する義務を果たさんとすれば、どうしても忙しくなる物さ。ふう……。」
ヒューバート少佐も、かなりお疲れだ。そんな2人に向かい、キースは慰めの言葉を掛ける。
「何、代官兼相談役のクリスティアン・ウォーターハウス氏が到着すれば、楽にはなるさ。演説とかしなくちゃならない状況でも、内容は考えてもらったりアドバイスもらったりできるからな。まあ、それでも「顔」としての役割だけは代わってもらえないんだが。」
「今日までの仕事って、ほとんどその「顔」としての仕事じゃないですか……。」
「ん、まあそうなんだが。」
アーリン少佐には、あまり慰めにはならなかった様だ。とりあえずキースは、顔を両手でパン!と叩いて気合いを入れる。
「ん!さて留守にしている間、盛大に部隊関係の書類が溜まっているだろうな。それを片付けるとしようか!貴官らはもうしばらく休んでいて構わんぞ。」
「いえ、お手伝いしますよ。気になって休んでられませんからね。」
「わたしもそうします。片付けてから、ゆっくり休みますね。」
「そうか、正直助かる。」
キースは先頭に立って、司令執務室へと進んで行く。その後をヒューバート少佐とアーリン少佐が追った。キースが司令執務室へ入室すると、連隊副官のジャスティン大尉が立ち上がり、敬礼をしてきた。キースたちは答礼を返す。キースは問いかけた。
「ジャスティン大尉、ご苦労。我々がいない間の書類はどうなっている?」
「演習場の使用願いなど急を要しかつ重要度が低い物に関しては、当番で司令官代理を務めていたケネス大尉やジーン大尉が処理してくれました。急を要しかつ重要度が高い物についてはそう多くありませんが、書類束の上の方に纏めて置いてあります。明日出発予定の、商用航宙に出るユニオン級エンデバー号、レパルス号、ミンドロ号の件と、傭兵の星ガラテアへスカウト旅行に出るユニオン級ゾディアック号の件ですね。
歩兵、戦車兵、一部の助整兵などの正規雇用の兵員募集については重要ですが、予定ではまだ余裕があるので、書類束の下の方に纏めて置いてあります。非正規の臨時雇用の助整兵募集については、一番下です。
整備中隊からの整備や部品補充に関する報告書、各実戦部隊からの訓練報告書、その他の雑多な報告書に関しましては今現在自分が、急を要する物、要チェックの物、サインだけすれば良い物等々に仕分け中です。
そしてキース大佐へのお手紙類ですが、封を開けて見るわけにもいきませんので重要度の判定が難しく、一纏めにして置いてあります。」
「ご苦労、助かる。……何かひさしぶりに階級で呼ばれたな。まさか大佐と呼ばれてほっとする日が来るとは思わなかった。」
「は?」
怪訝そうなジャスティン大尉をよそに、キースは執務机に着く。ヒューバート少佐とアーリン少佐も予備の机に着いて、ジャスティン大尉がやっていた報告書の仕分けを手伝い始めた。
キースはまず、手紙の束から片付ける事にする。たしかにこれは封を切って開けて見なければ、重要度がわからない。まあ差出人で多少はわかるかも知れないが。そしてキースは驚く。手紙の大半が惑星ニューアヴァロンでの知人やコネの人物からか、さもなくば惑星タワスⅣ上からの仕事上の手紙であるのに対し、1通だけ惑星ロビンソンからの物が混じっていたのだ。キースは呟く。
「あの人の情報網は本当に侮れないな。俺の領地がタワスⅣのサオルジャン大陸とテナール市なのは授爵の様子が伝わってれば判るだろうけど……。俺の居城がヘルツォーク城になるなんて、どこから知ったんだよ?消印の日付は、俺がまだ惑星ニューアヴァロンにいる間だぞ?宛先の住所、よく分かったな。」
「キース大佐、どちらからです?」
「レオ・ファーニバル教官。」
「ぶっ!」
ヒューバート少佐が吹き出す。流石に意外過ぎたらしい。キースは手紙の封を切る。
「何々……。俺の大佐昇進と、俺とヒューバート少佐の授爵に対する祝いの言葉がまず述べられているな。ふむ……。しかしあの人の情報網は、本当に半端無いな。俺の連隊に、メック戦士の空きがある事までしっかり掴んでるじゃないか。」
「キース大佐、もしかして……?」
「ああ。今度卒業予定の者を4人、可能ならばウチで預かって欲しいそうだ。その4人の書類のコピーも同封されてる念の入れようだ。デリック・ゴールズワージー、アルジャノン・ハドルストン、リア・エンツェンベルガー、アレグザンドラ・エンダース……。男2人、女2人で、いずれも自分のバトルメックは持っていない。
人材の紹介はありがたいんだが、相変わらず底知れない人だよな……。ふう……。」
キースは溜息を吐く。ヒューバート少佐は引き攣って冷や汗を流す。アーリン少佐がこの何とも言いようのない雰囲気をどうにかしようと、明るい声で言った。
「ま、まあメック戦士が増えて稼働メックが増えるのは、良い事じゃない!ね、ジャスティン大尉!?」
「え、じ、自分ですかっ!?そ、そうですね。良い事だと、自分も思いますです、はい!」
「……ま、そうだよな。あの教官の底知れなさは、今始まった事じゃない。それよりか、今でも俺たちを気にかけてくれてる事をありがたく思う方が建設的、か。」
ヒューバート少佐も気を取り直す。キースもまた、その言葉に頷いた。
「うむ、その通りだな。さて、手が止まってしまったな。仕事を片付けるとするか。」
「「「了解!」」」
キースたちは、溜まっていた仕事をてきぱきと片付けていった。
お貴族様1年生の3人、いろいろ大変です。貴族って、こういうもんですよね。ヒューバート少佐の台詞でも言わせましたが、きちんと義務を果たさんとすれば。
それと主人公、イヴリン曹長の気持ちに気付けているのかいないのか。いや、頭ではわかってるんですけど、感覚的にしっかりと納得いけてないというか……。主人公は鈍感でこそないものの、恋愛関係ではヘタレで、なおかつそっち方面で自分に自信ないもんですから。