3028年4月20日、4隻のユニオン級降下船……ゾディアック号、エンデバー号、レパルス号、ミンドロ号がヘルツォーク城の離着床を離床し、大空へ駆け上がって行った。これらの降下船は、ゾディアック号が傭兵の星ガラテアへの新規兵員のスカウト旅行、他3隻が資金稼ぎのための商用航宙に出発したのだ。期間はどちらも1ヶ月強である。航宙艦は、ゾディアック号がマーチャント級クレメント号を、残り3隻がインベーダー級イントレピッド号を用いる事になっていた。
この他にも、マーチャント級航宙艦ネビュラ号、同級パーシュアー号、インベーダー級ズーコフ号にも1ヶ月を目途に、小銭稼ぎのために商用降下船を運ぶ仕事に就いてもらう。最低でも6月半ばまでは、領地に慣れるためにも恒星連邦政府からの依頼は行わない、とジョナスや傭兵関係局二課長ベネディクト・スラットリー氏が請け合ってくれたから、こう言う真似ができるのである。
キースは離床する4隻の降下船を、ヘルツォーク城の指令室から見送っていた。指令室のメインスクリーンに、空の彼方へ消える間際の4隻がエンジンより発した噴射炎が映っている。だが実は、キースの心を占めていたのは別の事だった。キースは自らの斜め後ろに立っている、ケネス大尉の事を考えていたのである。ケネス大尉はこの後司令執務室に詰めるキースの代理として、指令室を監督するためにこの場に来ていた。
(さて、困ったぞ……。俺直卒の第1中隊を、今度の部隊再編で連隊指揮中隊として分離しようと考えたんだけど……。残った第2中隊と第3中隊に新規隊員をメインにしたもう1個中隊を加えて大隊を編制しなおして、3個大隊プラス連隊指揮中隊、それに加えて降下猟兵隊1個中隊と言う体裁を整えたかったんだけど……。
内々で確認した時に、ケネス大尉が大隊長への昇進を固辞するとはなあ……。)
そう、ケネス大尉は大隊長、少佐への昇進を固辞していた。理由は彼が、大隊指揮の自信が無いからと言う物であった。単に能力的な物を考えるならば、ケネス大尉は充分に大隊長を務められるだけの物は持っているとキースは考えていた。しかし同時に、性格的な物から大隊指揮は荷が重いのではないか、との危惧も抱いていたのだ。その危惧は当たり、ケネス大尉に内々で話を通した時に彼は昇進を固辞したのである。
(ケネス大尉が駄目となると……。次の候補はジーン先輩かなあ。ジーン先輩なら、指揮能力も戦術能力も充分に高いし……。無論個人的なメック戦能力も高いしなあ。ちょっと昇進が早すぎる気もするけど、そこは仕方ないよね。)
考えを纏めると、キースはケネス大尉に声を掛ける。
「ケネス大尉、俺は司令執務室へ行くからこの場を頼む。」
「は、了解です。」
「では俺は行く。」
ケネス大尉と手空きのオペレーターが送って来る敬礼に答礼を返し、キースは指令室を立ち去った。
司令執務室でキースを待っていたのは、ヒューバート少佐、アーリン少佐、ジャスティン大尉、自由執事ライナー、そして惑星首都ワロキエ市からやって来た数名の官僚と、官僚たちが持ち込んだ多数の書類であった。官僚たちを率いて来た元代官のアーヴィング・オールドフィールド氏およびエミリア・ロレンツォーニ女史は言う。
「将来的には伯爵閣下が任命した代官兼相談役の方にお仕事を委任するといたしましても、だからと言って伯爵閣下方がお仕事の内容を知らないで良いと言う事にはなりません。」
「我々がいる間に、しっかりと学んでくださいましね?」
「むう……。私は惑星首都ではなしに、ここヘルツォーク城に詰める事になるからなあ。書類を効率よくこちらへ運んでもらう仕組みを考慮せねばならんな。……ジェットヘリか何かによる定期便でも飛ばすか。FAX等で電子的に送ってもらうか。」
言いながらキースは、ジャスティン大尉とライナーが重要度別に仕分けしてくれたサオルジャン大陸各地およびラウルト大陸テナール市からの報告書を捲り、サインを入れて行く。ヒューバート少佐とアーリン少佐も同じく自分たちの領地からの報告書に目を通してはサインを入れている。
しばらくして、キースは報告書の山を片付けた。幸いにしてどの報告書にも、大きな問題は記されていなかった。まあ小さな問題はいくつも有ったのだが。それら小さな問題には、対処すべく即座に命令書を発行した。報告書の次に待っていたのは、陳情書や意見書の山である。大半が議会から上がって来た要望であるため、大抵はそのまま了承のサインを入れるだけで済む。しかし稀にとんでもない物も混じっているため、油断はできない。
キースは1通の陳情書を精読し、眉を顰めた。
「なんだこの「惑星軍の軍服を一新するべきである」って陳情書は。ぐだぐだ理屈を捏ねているが、要約すると「当社の高価な製品を使え」と言っている。あげくにそれが成った際の、利益供与までほのめかしている。贈賄の証拠にならない様に、言葉を遠回しに晦ましてはいるがな。BYE-TEC社か……。」
「それはひどい……。あれ?こちらにも似たような……。こっちは決定権を持つ伯爵閣下へ働き掛けてくれと。」
「わたしの所にも来てるわね。成功した場合の利益供与をほのめかすのも、そうね。」
ヒューバート少佐とアーリン少佐の言葉に、キースはますます仏頂面になる。彼は苛立たし気に言う。
「舐められてるのか、俺た……いや、私たちは?惑星軍の予算は、各領地の税収から出ている。雑な言い方をすれば、俺たちの財布だ。そこから高い品物を買って、見返りとして払った代価の一部を受け取る。意味が無いばかりか、こちらを信じて防衛費の負担金を供出してくれている他の領地の代官たちに対する裏切りだろう。
オールドフィールド殿、ミズ・エミリア、この会社について何か知らないかね?」
「以前、惑星軍用迷彩服のコンペで敗れた会社ですな。機能性、丈夫さ、着心地などで大差が無いのに、やけに高価でありまして。ですが何故か採用されかけたと言ういきさつがありましてな。その時も不正が疑われたのですが、証拠がありませなんだので。」
「ラウルト大陸のヴィオネ市に本社がある会社ですわね。粛清、更迭された以前の惑星公爵と癒着があったのでは、との噂がございますわ。」
「えっ!?俺、いや私の領地に!?」
アーヴィング氏とエミリア女史、特にエミリア女史の言葉にヒューバート少佐が声を上げる。ここでアーヴィング氏が少々意地悪げな笑みを浮かべ、キースに訊ねて来た。
「政の世界では、清濁併せ呑む事も重要ですが……。伯爵閣下は、いかがいたす所存でございますかな?」
「いや……。清濁併せ呑むと言っても、それは理があり利がある場合だろう。この「濁」は呑んではいけない類の物だ。理が無く、利が無く、恒星連邦政府から派遣されている代官たちを敵に回すとまではいかずとも、不快にさせ怒らせる危険までもがある。呑む意味が無い。」
それを聞いたアーヴィング氏は、満足げに頷く。キースは苦笑した。
「試すのは勘弁してくれないかね。正直、政治は畑違いで色々といっぱいいっぱいなんだ。で、だ。何故こんな陳情書が、私のところまで上がって来たのかな?普通、途中のチェックで撥ねられるだろうに。手違いと言うならば、イーガン男爵やレイディ・アーリンのところにまで似たような書類が上がって来るのは偶然が過ぎる。」
「残念な事ですが、官僚たちの中に鼻薬を効かされて篭絡されている者がいるのでしょうね。嘆かわしい事ですわ。」
そのエミリア女史の言葉に、キースは彼女たちが連れて来た官僚たちの方へ顔を向ける。官僚たちは一斉に顔を左右にぶんぶんと振った。キースは失笑する。
「くくく。いや、貴公らを疑っているわけではない、安心したまえ。オールドフィールド殿やミズ・エミリアが、そんな輩を連れて来るわけが無い。だが貴公らが持ち込んだ書類に、これが混ざっていた事は確かだ。貴公らはそれが可能でかつ、BYE-TEC社に篭絡されそうな同僚に心当たりは無いかね?」
「「「……。」」」
官僚たちはボソボソと相談をはじめる。心当たりがありそうな、無さそうな、よくわからない様子だ。それを見遣りつつ考えを纏めるキースに、自由執事ライナーが質問をしてくる。
「キース大佐、いえ伯爵閣下。どう対処なされるおつもりですか?」
「この様な児戯に乗る様な相手だと舐められていては、沽券にかかわるからな。エルンスト少尉待遇曹長のところの偵察兵を、訓練がてら動かすとしよう。まあ蜥蜴の尻尾切りにあって、せいぜい官僚たちに鼻薬を効かせた実行犯の営業部員や、上手く行っても営業部長あたりまでが精いっぱいだとは思うが……。
だがそこら辺まで証拠をつかんで叩く事ができれば、こちらを舐めた相手への意趣返しと警告には充分だろう。こちらが甘い相手では無い、と知ってもらえればとりあえずの目的は達成できる。
ジャスティン大尉!エルンスト少尉待遇曹長を呼び出してくれ!」
「了解です、大佐。」
そしてキースは書類仕事の続きに戻る。そのキースに、アーヴィング氏が語り掛けた。
「政治が畑違いだと仰っておられましたが……。慣れている様にも見受けられますな。」
「何、文字通り慣れで誤魔化しているだけさ。体面が大事なのは、傭兵部隊も同じだからな。貴族のそれとは若干質が違うがね。舐められては、やっては行けんよ。」
「なるほど。」
そしてしばし後に、エルンスト少尉待遇曹長がやって来る。キースは彼に事情を説明し、官僚組織の内偵とBYE-TEC社の調査を命じた。後々の事になるが、結局贈収賄で官僚組織内とBYE-TEC社の双方に若干の逮捕者を出し、騒動は終息する。BYE-TEC社に対する警告は、政庁内部における綱紀粛正と言う余禄付きで成ったのである。
約1週間後、キース、ヒューバート少佐、アーリン少佐、ジャスティン大尉、自由執事ライナーの5名はアーヴィング氏とエミリア女史を伴って、惑星首都ワロキエに隣接して造られている大規模宇宙港ワロキエポートへとやって来ていた。彼らの視線の先には、今しがた着陸したばかりの1隻のミュール級商用降下船がある。冷却車輛と推進剤補給車輛に集られているそれには、キースたちが待ちわびた人物が乗っているのだ。
そう、その人物とはジョナスが紹介してくれたキースの代官兼相談役となる、クリスティアン・ウォーターハウス氏である。やがてミュール級降下船の方から、宇宙港の送迎バスが宇宙港のターミナルビルへと到着。乗客たちがぞろぞろと降りて来た。しばし後、入国審査を終えた乗客たちが、ぞろぞろと宇宙港ロビーへと出て来る。キースたちは、そのうちの1人……クリスティアン氏に歩み寄った。そしてキースが彼に声を掛けようとしたとき、彼の方から先んじて挨拶をして来る。
「キース卿サオルジャン伯爵閣下、イーガン男爵閣下、レイディ・アーリン、私がジョナス卿バレロン伯爵閣下よりご紹介にあずかりました、クリスティアン・ウォーターハウスにございます。此度はまことに過分な扱いをいただきまして……。更にわざわざのお出迎え、まっこと有難く……。」
「ウォーターハウス殿、私がサオルジャン伯爵にしてテナール男爵、キース・ハワードだ。よろしく頼む。貴公には私がこの惑星上にいる間は相談役として、私が出征中には私の代官として、領地の統治を仕切ってもらう事になる。そしてこちらが……。」
「私がヒューバート・イーガン男爵だ、ウォーターハウス殿。私の領地も、貴公に統治を委任する事になる。なにせ私も基本、伯爵閣下に従って出征するんでな。」
「わたしがアーリン・デヴィッドソン女男爵です、ウォーターハウス殿。イーガン男爵同様に、わたしの領地も統治の委任をお願いしますね。わたしも伯爵閣下と共に出征する身ですから。」
クリスティアン氏は朗らかに笑って言う。
「これは責任重大ですな……。非才の身ではありますが、微力を尽くす所存。それとファーストネームで結構でございますよ。殿、もいりませぬ。」
「そうか、クリスティアン。これより我々の力となってくれ、頼んだぞ。」
「はっ。この身に代えましても。……ところで、そちらの方々は?」
キースは残りの面々を紹介する。
「こちらはサオルジャン大陸の前代官アーヴィング・オールドフィールド殿と、ラウルト大陸の前代官エミリア・ロレンツォーニ殿だ。任期は終了しているのだが、仕事の引継ぎのために残ってくれている。
そしてこちらの2人だが、私の部隊の連隊副官ジャスティン・コールマン大尉と、自由執事ライナー・ファーベルクだ。」
「そうでしたか。私がクリスティアン・ウォーターハウスです。よろしくお願いいたします。」
クリスティアン氏の挨拶に、紹介された者たちも、挨拶を返した。
「いえいえ、我々がこの惑星を去るまでの短い間ですが、よしなに願いますぞ。私がアーヴィング・オールドフィールドです。」
「私がエミリア・ロレンツォーニですわ。あと半月程度ですが、よしなにお願いしますわね。」
「自分が混成傭兵連隊『鋼鉄の魂』、略称『SOTS』の連隊副官、ジャスティン・コールマン大尉です。未だ若輩の身ではありますが、より一層の努力を心がけて参りますので、今後ともよろしくお願いいたします。」
「そして自分が自由執事のライナー・ファーベルクです。色々とお世話になる事も多いかと存じます。今後ともよろしくお願いいたします。」
互いの挨拶が済んだのを見計らって、キースは言葉を発する。
「さて、私の居城であるヘルツォーク城に案内しよう。ヘリポートに、ヘリを待たせてある。軍用ヘリなので乗り心地が悪いのは勘弁してくれ、ははは。」
そして彼らは、フェレット偵察ヘリコプター2機に揺られてヘルツォーク城へと向かったのだった。
クリスティアン氏が到着して、すぐにキースたちの仕事が楽になったかと言うと、実はそうでもない。まず彼の到着と着任を一般に知らしめるために、キースが主体となって記者会見を開かねばならなかった。そしてその後クリスティアン氏は、アイヤゴン大陸のダヴィオン王家代官ジェレマイア・アームストロング氏、衛星レミネンのダヴィオン王家代官カルヴィン・スティーヴンソン氏にも挨拶に出向く。クリスティアン氏はキースが個人的に雇用した代官であり、ジェレマイア氏とカルヴィン氏は恒星連邦政府が任命した代官である。当然格は向こうの方が上であるので、こちらから挨拶に出向く必要があるのだ。
まあ別大陸にいるジェレマイア氏はともかく、カルヴィン氏は衛星レミネンの利権を全て握っているとは言えども住居はサオルジャン大陸の惑星首都ワロキエにある。挨拶に行くのはそれほど時間はかからない。ジェレマイア氏に会いに行くには、航空機で飛んでいかねばならないが。
まあその挨拶回りが終わりクリスティアン氏が実務に就くと、いきなりキース、ヒューバート少佐、アーリン少佐の仕事は楽になった。雑多な仕事は基本的に権限を委任したクリスティアン氏が処理してくれて、キースたちは彼が上げて来る報告書をチェックする事と、たまに来る「顔」としての仕事をこなせば良くなったのだ。
そんな折、キースはコネのある人物の1人であり恒星連邦の軍事諜報局に所属しているイサーク・テラダス氏からの、HPG通信文を手に考え事をしていた。
(いよいよ、かなあ。「ウルフリュウキヘイダン、4ガツ23ニチ、ドラコレンゴウトノケイヤクシュウリョウ。ケイヤクノコウシンハ、オコナワズ。」……。「ウルフ竜機兵団、4月23日、ドラコ連合との契約終了。契約の更新は、行わず。」か。ウルフ竜機兵団の動向が判明したら教えてくれる様にお願いしておいたけど、義理堅く教えてくれたね。きちんとお礼をしておかなくっちゃ。
……今のところ、イレギュラーは発生してないな。この後ウルフ竜機兵団は惑星ミザリーでドラコ連合軍と激突し、勝利をおさめるものの甚大な被害を被るんだ。でもってウルフ竜機兵団は恒星連邦ダヴィオン家と再契約して、8月のハンス・ダヴィオン国王とメリッサ・シュタイナーの結婚式の場で、ウルフ大佐がタカシ・クリタに挑戦を叩きつけるんだよな。
そしてタカシ・クリタの「傭兵に死を」令かあ……。俺、「傭兵に死を」令が何時出たか、正確には知らないんだよな。でも、この頃から……いや、既にドラコ連合では傭兵に対する風当たりが強くなってるんだったな。)
キースは通信文をシュレッダーにかけると、徐に仕事に取り掛かった。クリスティアン氏が来てくれたおかげで余裕ができ、滞りがちであった部隊関係の仕事が満足に進む様になったのである。キースが今やっている仕事は、先日に募集を開始して最近届き始めた、歩兵、戦車兵、臨時雇用では無い助整兵、臨時雇用の助整兵の応募書類の確認である。
まあ流石に部隊がこの規模になると、何から何まで全部キースが精査するわけにもいかない。歩兵はエリオット少佐、戦車兵はイスマエル少佐、助整兵たちはサイモン老が主として人員登用を管理している。キースは基本的にそちらから上がって来た書類を承認するだけだ。まあ正式に採用する前に、スパイの疑いが無いかどうかを表から歩兵部隊の総指揮官であるエリオット少佐たちが、裏から熟練偵察兵のアイラ曹長たちが徹底的に監査しているのだが。
ではキースが何故これらの応募書類を確認しているかと言うと、ここに来ている書類は応募者の中でも何かしら光る物を持っている者たちの書類であるからだ。キースは現在バトルメック部隊の拡張を考えている。特に定数を満たしていない第9中隊や降下猟兵隊は、可能な限り早急に穴を埋めたい。またA大隊第1中隊を連隊指揮中隊として分離する以上、A大隊にも1個中隊分の穴ができる事になるのだ。
それだけではなく、気圏戦闘機隊にも未だ穴は存在する。E中隊……エッジ中隊が定数を満たしておらず、予備の気圏戦闘機も2機存在していた。バトルメック部隊と気圏戦闘機隊、キースはその穴を満たす人員を、応募書類の束から探していたのである。
勿論その穴の全てを、素人を訓練する事で埋めようなどとはキースは考えていない。ユニオン級降下船ゾディアック号を傭兵の星ガラテアへ、スカウト旅行に出してもいる。また幸いな事に、6月になればロビンソン戦闘士官学校より、4名の士官が紹介されてくる。
(でも……。LAM機を扱う降下猟兵隊だけは、素人を訓練した方が早そうなんだよなあ……。ゾディアック号のアリー船長たちには、指揮官として使えそうなLAM乗りを可能であれば探して来てくれるよう頼んだけれども……。LAM機自体が遺失技術機体よりも珍しい代物だしなあ。見つかる可能性は少ないと思ってた方がいいよな。)
キースは一通一通の書類を精読し、鍛えればモノになりそうな人材はいないかどうかを確認して行った。
その日、クリスティアン氏がある問題について上申して来た。口頭ではなしにきちんと上申書を作成しての上で、である。どうやらかなり気合が入っている模様だ。キースは唸る。
「むむむ……。いや、言いたいことはわかるがクリスティアン。本当に必要かね?」
「必要です。」
「しかし……。領地に拠点を持っていないイーガン男爵やレイディ・アーリンならば話はわかる。ラウルト大陸のヴィオネ市、ジロ市にそれぞれ邸宅を建てる必要があるのは、な。だが私はここ、ヘルツォーク城と言う立派な拠点があるんだが……。
そう、例えばロビンソン公アーロン・サンドヴァル閣下は、城であるキャッスル・サンドヴァルを住居としているだろう。私の伯爵としての権威付けの意味から考えても、ヘルツォーク城があれば充分ではないかね?どうせ家を建てたところで、ほとんど住むわけでも無いのだ。」
そう、この上申はキースの住居、邸宅を惑星首都ワロキエ市に造営すべきだとの物だったのだ。半ばおまけではあったが、ヒューバート少佐とアーリン少佐の邸宅も各々ヴィオネ市とジロ市に造営すべきであるとも、上申内容にはあった。使いもしない物を建設する事に抵抗感を覚えるキースの抗弁を、だがクリスティアン氏は切って捨てる。
「いえ、伯爵閣下。ほとんど住まないのは最初から分かっておりますが、それでも必要です。惑星首都ワロキエ市に1つ、可能であらばラウルト大陸のテナール市にも別邸を。もっともテナール市の別邸の方はまた今度、と言う事でも構いませぬ。ですがワロキエ市の本宅の方は可能な限り早目に必要です。
それに惑星外などからお客人を迎えた場合など、何処にご案内するおつもりですか。ヘルツォーク城は軍事基地です。貴賓室などもございますが、それでもお粗末な物に過ぎませぬ。正直な話、伯爵閣下が今お住まいの司令官私室も、威厳などの面からもう少し何とかしたい所ではございますが……。
第一、ロビンソン公が城を住居としているのが可能であるのは、かの城がヘルツォーク城が問題にもならないほど大規模であると言うのが1つ。キャッスル・サンドヴァルが豪華絢爛で純粋な軍事基地と言うよりも本宅としての機能を備えているのが1つ。そしてロビンソン公のサンドヴァル家が代を重ねた名家であるからこそ無理が効くと言うのが1つです。」
「……ぐうの音も出ないな。わかった。だが予算はどうするね?」
「今期の領地の予算には新たなご領主を迎える事もあり、既に邸宅の造営を想定した額が伯爵家諸費用に計上されておりました。これはヴィオネ市、ジロ市それぞれの予算における、男爵家諸費用にも同じ事が言えますな。前代官の方々のお心遣いでしょう。」
クリスティアン氏は、うんうんと頷いている。それを見たキースは仕方ない、と肩を落とす。
「あー、設計は基本的には任せる。ただ、私は軍人だからな。質実剛健さを表に出した造りにして欲しい。虚飾は可能な限り取っ払ってくれると嬉しいが。」
「ご要望、確かに承りましてございます。ではご了承いただけたと言う事で、早速に候補地を絞り込んで適切な設計事務所を選び、設計を依頼したく存じます。では下がってもよろしゅうございますか?」
「うむ、退出を許可する。」
一礼してクリスティアン氏は司令執務室を退出して行く。キースはやれやれと頭を振る。ちなみにヒューバート少佐とアーリン少佐は、キースの様に無駄な抵抗はせずに、あっさりと邸宅の造営に合意したらしい。どうやら両親を惑星タワスⅣに呼んで、造った邸宅に住んでもらうつもりらしい。キースは自分の邸宅に住まわせる人もいないので、管理をしてもらう人間を新たに雇わねばならない事に頭を痛めた。
キースはヘルツォーク城の城壁内側を、イヴリン曹長を伴ってランニングしていた。重い足音と軽い足音が、同時に響く。と、キースが徐に独り言ちた。
「ついに『グレイ・デス軍団』が……。」
「キース大佐、今何と?」
「ああいや、独り言だ。……まあ、良いか。『グレイ・デス軍団』の無実が、ついに証明されたなと思ってな。」
そう、先日ニュース・ネットに載っていた情報によれば、『グレイ・デス軍団』がシリウスⅤで行ったとされていた虐殺が、事実無根……と言うか、正確には『グレイ・デス軍団』の仕業では無かった事が証明されたのである。そしてキースは、それが意味するもう1つの事についても理解していた。
(これでおそらくは、ヘルム・メモリーコア……。いわゆるグレイ・デス・メモリーコアはたぶん発掘されたなー。あとはソレが上手く中心領域全体に広まってくれるなら……。
いやいや、うわの空で走ってると危ない。集中しないと。)
キースは走りながら考えに耽るのが危険だと、意識を切り替える。
「キース大佐、『グレイ・デス軍団』にお知り合いでも?」
「いや、そうじゃない。だがかの部隊は、ウチの部隊と成り立ちが少し似ているんでな。もっともウチの部隊の方が、初期条件も運もずっと良かったが。」
「そうなんですか?」
「ああ。」
やがてゴール地点と決めていた本部棟入口が見えて来る。キースとイヴリン曹長はそこへたどり着くと、クールダウンのストレッチに入った。ここでキースは、ふと以前考えていた事を思い出した。
(うーん、まだ士官任用試験は早いかと思ってたけどなあ……。でも、最近の伸びは凄いしなあ、この娘は。過保護になり過ぎるのも、アレか?)
キースは唐突に、イヴリン曹長に向かい訊ねる。
「イヴリン曹長、次の士官任用試験だが……。受けてみる気はあるか?」
「はい、あります!」
即答だった。キースは内心少々驚く。
「自分から言っておいて何だが……。何ならもう少し待ってみても良いんだぞ?まあ合格するかどうかは分からんが、合格すれば今以上に責任を負う立場にならざるを得ない。」
「ですが合格できれば、今よりももっと……。その……。お力になれます、よね?」
キースはちょっと焦る。
(今、ちょっと……。いや、ちょっとどころじゃなしに可愛かった。マテ、少し待て。落ち着け自分。よし、落ち着いた。)
「……大佐?」
「ん?いや、な。可愛い事を言ってくれると思ってな。少し感動していたところだ。」
結局、キースは正直に言った。まあ少しばかり「可愛い」の意味が違うかも知れないが。それでもイヴリン曹長は嬉しかった様で、赤面しつつ微笑んだ。キースは彼女に言う。
「さて、では後刻時間が空いたら、士官任用試験の申込書類にサインをしてもらわねばならんから、司令執務室に顔を出せ。」
「了解!」
「よし、ではまた後でな。では解散!」
イヴリン曹長はキースに敬礼をする。キースも答礼を返すと、汗を流すために男性用シャワールームへと歩きだした。彼は心の中で思う。
(うーむ、イヴリン曹長……。たぶん好意を持たれているとは思うんだが……。自信は持てないなあ……。この世界に生まれてから19年、前世でも○○年、女性に縁が無かったしなあ。
もしイヴリン曹長に、本気で好かれてるとしたら、俺どうするんだ?……真面目に考えて、真面目に答えを出して、それを伝えるしか無いよな。でも先走って行動して、俺の考え過ぎだったりしたら、恥ずかしいなんてレベルじゃあ無いよなあ……。って言うか、悶死もんだ、悶死。)
キースはそそくさとシャワールームへ入って行った。
歩兵部隊、機甲部隊、常時雇用と臨時雇用を合わせた助整兵が、新たに雇用した新兵で数だけは完全充足となった。更に応募して来た者たちの内から、幸いなことに6名もの才ある人材――今だ少年少女と呼ばざるを得ない年齢でこそあったが――を得る事が叶う。彼らのうち4名はメック戦士訓練生、2名は航空兵訓練生となる。更にメック戦士訓練生の4名には、メック操縦技能と併せて、気圏戦闘機の操縦技能も教え込むことにになった。要は降下猟兵隊要員である。
キースは演習場に居並んだ兵員たちを閲兵する。新兵たちは皆年若く、下手をすると幼いと言うほどの歳の者まで居る。キースはふと、感傷的になった。
(……頼むから、死んでくれるなよ。)
歩兵や戦車兵の命は、この31世紀の戦場では紙の様に軽い。キースはこれまで歩兵や機甲部隊の戦車兵を、可能な限り大事に使って来た。今のところ、それは報われている。だがこれからもそれが続くとは言い切れない。キースの両肩に、ずしりと重い荷が載った様に彼は感じた。だが彼には潰れる事も、立ち止まる事も許されてはいない。彼は柔らかな笑みを顔に張り付けて、閲兵を続けるのだった。
さて、前回に続いての貴族生活。主人公は普通にこなしてますが、これはキャラ作成時に2,690点ももらった作成点のおかげ。能力値が最初から阿呆のように高かったので、スキルとかもかなり助かってますし。あとはジョナスとの幼少期からの付き合いは、かなり助けになっていますね。
でも、さっそくトラブルも。贈賄攻勢に出ようとした会社を1つ、思いっきり実のある警告でブッちめました。
それとイヴリン曹長。そしてイヴリン曹長。更にイヴリン曹長。以上(マテ