鋼鉄の魂   作:雑草弁士

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プロローグ
『プロローグ-1 転生』


 その晩、彼は妙に眼が冴えて眠ることができなかった。彼はため息をつくと、蛍光灯の紐を引っ張る。スイッチが入り、蛍光灯が灯った。彼は時計を見る。

 

「……なんだ、もう2時じゃないか。」

 

 勿論夜中の2時のことである。彼はもう一度ため息をついた。

 ふと彼は、大事なことを思い出した。寝る前に飲む様に医者から言われている薬を、まだ飲んでいなかったのだ。その薬を飲み忘れた晩は、いつもなかなか眠りにつくことができないのである。

 その薬は、抗うつ剤だった。彼はしばらく以前からうつ病を患っており、自殺を考えた事も何度かあるほどだ。そして彼は、今は仕事も辞めて治療に専念していたのである。

 彼はベッドから立ち上がると、部屋を出てキッチンへ向かう。そしてキッチンの灯りをつけ、コップに水を汲むと、テーブルの上に置いてある薬袋から医師に処方された薬を取り出した。

 いや、取り出そうとした。

 

「……!?」

 

 彼は突然胸を押さえて床にうずくまる。コップが床にひっくり返り、水がまき散らされた。だが彼にはそれを気にしている余裕はない。

 胸が刺し込むような痛みに襲われていた。その苦しさは、今まで彼が感じた事のない物だった。意識が遠くなる。彼は恐怖に襲われる。

 

(……や、やばい!何かわからないけど、これは……まずい!?い、意識が……。)

 

 灯りがついているのに、目の前が暗くなる。以前自殺を考えたことがあるからと言って、死ぬのが怖くないわけはない。彼は必死に這いずり、電話に辿り着こうとする。救急車を呼ぶつもりなのだ。だがわずか2mちょっとのその距離が、遠くて遠くて仕方が無かった。

 そしてついに、彼は力尽きる。

 

(な……なんてこった。こんなのって……。こんなのって無いよなあ……。ああ、痛い。苦しい。ああ……。)

 

 そして彼は、人知れず死んだ。

 

 

 

 そして彼は目覚めた。

 

(……ん!?ど、どこだここは!?)

 

 そこは天も地もない、薄暗くてよくわからない薄明の空間だった。ただ天も地もないとは言っても、何故かどちらが下かはわかる。身体が宙に浮いているのだが、何故か重力は感じている様だ。

 そして突然、何処からか声が聞こえてきた。

 

『……汝、次なる人生の器を創造せよ。』

(次なる人生の器っ!?)

 

 彼は叫んだつもりだったが、声は出なかった。そして彼の目の前に、RPGのステータス画面の様な物が浮かび上がる。彼は驚いた。その画面の内容を、彼は以前に見た事があったからだ。

 

(こ、これは……。これはメックウォリアーRPGのキャラクターシートじゃないかよ!だ、だけどこいつは?)

 

 そう、そのステータス画面は、テーブルトークRPGと呼ばれる遊戯に使用される、キャラクターの能力を記録するためのキャラクターシートにそっくりだった。ちなみにメックウォリアーRPGと言うのはそのテーブルトークRPGの1種で、アメリカから輸入されたゲームの1つだ。プレイヤーは、バトルメックと呼ばれる巨大ロボットを操って戦うパイロット、メック戦士を演じて遊ぶことになる。

 ちなみにバトルメックを操って戦う部分だけをゲーム化した、バトルテックというボードゲームも存在する。ゲームに出てくるバトルメックが、日本のアニメに出てくるロボットのデザインを無断使用したとかで、色々問題になった曰く付きのゲームだ。なお、日本版が発売されたときにはバトルメックのデザインを、日本のメカデザイナーが再デザインしていたりもする。再デザインされたそのバトルメックは、中々格好良かった。

 そのキャラクターシートの脇に、更に色々な表が浮かび上がる。能力値の表、技能の一覧表、特殊な生得能力の表などなど、キャラクターを作成するのに必須のデータ群だ。

 彼はどうやら「次なる人生の器」とやら、つまり次の人生の肉体を、このキャラクター作成ルールに従って創造せねばならないらしい。だがこのキャラクターシートを用いるという事は、次なる人生とやらはメックウォリアーの世界観、バトルテック世界であるという事だ。

 

(じょ、冗談だろ?バトルテックの世界観って言ったら、年がら年中戦争ばかりじゃないかよ……。い、生き残るためには何とかして、できるだけ強いキャラクターを作らないと。

 ……!?)

 

 彼は目を見開いた。信じがたい物を見たからである。キャラクターシートの作成点が、とんでもない数値になっていたからだ。ちなみに作成点とは、キャラクターを作成するのに必要なポイントのことである。この作成点を消費して、能力値や技能、特殊な能力などを「購入」していくのだ。

 だがその作成点は……。

 

(……2,690点。え!?にせんろっぴゃくきゅうじゅってん!?う、嘘だろ!?普通は150点じゃなかったか!?それに既に経験点が3,000点入ってるぞ!?)

 

 そう、神の助けか、それとも戦乱の世界に送り込むことに対する憐れみか、キャラクターを作成するための作成点は、とんでもないインフレを起こしていたのである。おまけにゲームを始めてからでないと手に入らないはずの経験点まで、そこそこ大量に入っている。だが彼はじきに、別のことにも気づいた。

 

(……ふむ。既に一部の生得能力なんかが修得済みになってるな。これは消去できないのかな?……消去できないか。そうか……。

 これは……。「メック戦士養成校パック」と「宿敵」か。ううむ。)

 

 この「メック戦士養成校パック」というのは、言わば技能の安売りセットである。本来作成点を110点使用しなければ修得できない数の技能を、わずか75点の作成点で修得できるのである。ただし、欠点もある。キャラクター作成時にはこのセットで修得した技能は、作成点ではこれ以上上昇させられないのだ。

 これだけ莫大な作成点を貰っているならば、作成時から主力となる技能に大量に作成点を注ぎ込んで、かなりの高レベルにすることも可能だったはずだ。だが「メック戦士養成校パック」が既に選択されてしまっている以上、それに含まれている主力となる技能――バトルメックの操縦技能や、バトルメックによる攻撃の技能など――は、初心者としてはちょっとは良い、と言った程度にしかならないのだ。経験点を貰っている以上は、キャラクター作成後にそれを消費して技能をレベルアップさせることも可能なのだろうが、限度はある。

 そしてもう1つの「宿敵」が問題なのだ。この能力を選ぶと、作成点に15点のボーナスが付く。だが代わりに、そのキャラクターには不倶戴天の敵がいることになる。あらかじめこの生得能力が選ばれているという事は、次なる人生とやらにおいて障害となる敵、それも強敵が存在しているという事だろう。

 彼は一気に憂鬱になる。

 だが彼は、気力を振り絞って平常心を取り戻した。いつまでも鬱々としていても話は進まない。それに、この何処だかわからない空間に、いつまでもいられるとは限らないのだ。キャラクターの作成に、時間制限は無いかもしれない。しかし、あるかもしれないのだ。

 彼は急いで、しかし慎重に、能力値や技能、生得能力を修得していった。やがて計ったかのように、作成点はきっちり0点になった。まるで最初から計画されていたかの様だ。いや、彼をこの何だかわからない空間に呼び込んだ者は、最初からそうなることがわかっていたのかも知れなかった。そしてキャラクターを作成し終えると、次は経験点を消費して技能をレベルアップする。これはすぐに終了した。

 そして彼がキャラクター……次なる人生の器とやらを作り終えた瞬間、彼の意識は再び遠くなっていった。

 

 

 

 次に彼が目覚めたのは、なんと宇宙空間であった。と言っても、生身で宇宙に浮いていたわけではない。彼はユニオン級降下船と呼ばれる巨大な宇宙船に乗って、とある惑星への旅路の途上だったのだ。それは中心領域と呼ばれる、地球を中心とした広大な宇宙の領域で使われる標準時間において、3014年の4月3日、彼……キース・ハワードの5歳の誕生日の朝のことであった。

 彼には今までキース少年として生きてきた5年間の記憶や実感が、きちんと存在した。このユニオン級降下船ゾディアック号に同乗している父や母のことも、ちゃんと両親だと認識できる。彼はそのことを神だか何だかわからない物に感謝した。前世の記憶と意識が目覚めたことで、両親たちとギクシャクするなど、悪夢である。そうならなかったのは、本当に幸いであった。

 

 

 

(これがバトルメック……。でかいな、流石に。いや、「前」にも見た事はあるんだけどな。こうして「自分」が「覚醒」してからあらためて見ると、感慨もひとしおだな。)

 

 彼、キースはゾディアック号のメック格納庫にやって来ていた。ここには彼の両親が所属する大隊規模の傭兵部隊、『鋼の勇者隊(Brave Man Corps Of the Steel:略称BMCOS)』のバトルメックが格納されており、数多くの整備兵たちがその整備に当たっている。キースはその作業の邪魔にならない様に、離れた場所からそれを眺めていた。

 キースが見ているのは、65tの重量級バトルメック、エクスターミネーターである。彼の父親の機体であるこのバトルメックは、重量級という分類に見合わぬ非常に高い機動力と、そこそこ充分に厚い装甲、そして遠距離と近距離のどちらにも対応できる武装を備えた、優れたメックだ。

 と、キースは彼の後ろから誰かがやって来る気配を感じ、振り返った。

 

「おや、驚かそうと思ったんだがな。失敗したなあ。ははは。」

「あいかわらず、坊ちゃんは鋭いですなあ。」

「……父さん。それにサイモン。」

 

 そこにいたのは、キースの父親ウォルト・ハワードと、その郎党の整備士であるサイモン・グリーンウッドだった。

 ウォルトは、代々続く由緒正しい着弾観測員の家柄で、『BMCOS』の第3中隊中隊長だ。なお、バトルメックによる直接戦闘能力よりも着弾観測員としての技量の方が頼りにされている男だったりする。着弾観測員とは、間接砲撃を戦場の現場で指示し、着弾の様子を確認する隊員のことである。砲兵による間接砲撃には、この着弾観測員の技量が非常に重要となる。砲兵か着弾観測員か、どちらかの技量が不足していれば、大砲による間接砲撃は味方撃ちをすることにもなりかねないのだ。

 一方のサイモンは、もうすぐ50歳になろうかと言う年齢の整備兵兼砲兵だ。整備士としての技量も、間接砲撃手としての腕前も、中心領域に並ぶ者はないとまでウォルトは褒めていた。整備兵としてのサイモンの手腕ならば、NAIS……恒星連邦が誇るニューアバロン科学大学からスカウトが来てもおかしくないそうだ。もっとも彼が凄い人材であると言う事実は、知る人ぞ知ると言ったところであり、同じ『BMCOS』の部隊の中でも知っている人は少ないらしい。

 ウォルトとサイモンは笑って言葉を続ける。

 

「キース、5歳の誕生日おめでとう。」

「坊ちゃん、おめでとうございます。」

「ありがとう、父さん。ありがとう、サイモン。」

「で、だ。誕生日プレゼントなんだが……。一応、品物として渡すものは別に用意してるんだが、それとは別にだ。父さんといっしょに、父さんのデスサイズに乗ってみるか?」

 

 デスサイズとは、ウォルトのエクスターミネーターに名付けられた機体の固有名である。キースは目を輝かせる。キースの今までの記憶によれば、彼はバトルメックに乗るどころか触ってもいけないと禁じられていたのだ。

 

「いいの!?父さん!」

「たまにはな。……いつかはお前に、あのデスサイズを任せることになるんだ。『BMCOS』の第3中隊中隊長の座と共に、な。まあ、今はそんな先の話はいいか。ほら、こっちへ来い。」

 

 ウォルトは先に立って、エクスターミネーターの方へ歩いて行く。キースはちょこちょこと小走りにその後をついて行った。キースは内心で呟く。

 

(なんか、精神が肉体に引っ張られてるのかな。幼くなったみたいだ。こんなにバトルメックに乗れることが嬉しいなんて、な。……そう言えば、うつ病の症状がまったく出てないな。治った?それとも生まれ変わったせいで精神がリセットでもされた?……わかんないな。

 だけど……あの薄明の空間で設定した能力がほとんど発揮されてない。何か、プロテクトでもかかってるみたいだ。……たぶん成長していけば、それに従ってプロテクトが外れていって、あの能力値や技能レベルになるんだろうな、きっと。……一応作成点使って修得した「第六感」は、きちんと働いてるみたいだから、全部が全部プロテクトかかってるわけじゃ無さそうだけどな。)

 

 キースはウォルトに追いつく。ウォルトは微笑みながら、彼を抱き上げてタラップに足をかけた。キースの眼前に、エクスターミネーターの操縦席が見えてきた。


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