鋼鉄の魂   作:雑草弁士

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『プロローグ-3 咆哮』

 その朝、キースは何やら苛立ちを覚えていた。場所は名門メック戦士養成校『ロビンソン戦闘士官学校』の、学生寮の自室、寝台の上である。同室のヒューバート・イーガンは、今は出かけているためキース1人だ。キースは3年半前、12歳の8月にここ『ロビンソン戦闘士官学校』に入学した。12歳での士官学校入学は非常に珍しい。

 だがしかし、キースはあの薄明の空間でキャラクターシート上に設定した、その高い能力値の知性度を使って、通信制の学校で飛び級を繰り返し、12歳の6月には一般大学の卒業資格を得ていた。そのため、学業面では士官学校入学にまったく問題は無かった。

 ちなみに傭兵部隊と共に星から星へと渡り歩いている部隊員の家族の子供は、普通の学校には行けないのは当然である。それ故、部隊付きの教育担当官や部隊に所属する戦士達、科学者達から基礎教育を受けるのが普通だ。しかしキースは前世の記憶があることと、極めて高い知性度を誇ることもあって、非常に早く基礎教育課程を終わらせている。部隊の教育担当官が驚いたほどだ。そしてそれ故に、彼は通信制の学校で学んでいたのである。

 そして入学申し込みに必要な、恒星連邦貴族の推薦状も、あちらこちらにコネを持つ彼の父親、ウォルトが手を回してくれた。名門である『ロビンソン戦闘士官学校』の復興、再開を聞いて――この名門士官学校は、恒星連邦の敵国ドラコ連合に惑星ロビンソンが一時奪われていた際に、破壊されていた――愛息キースに、そこでメック戦士教育を受けさせようと考えたのはウォルト本人であるから、当たり前ではあったが。全ての条件をクリアして、試験も充分に優秀な成績でこなし、キースは『ロビンソン戦闘士官学校』に入学した。そして在学中、立派に秀才と言える成績を叩き出したのである。

 入学してから3年半後の今、3025年の1月、キースは15歳の少年としてここにいた。幼い頃から3~4歳は鯖を読んでいる様に思われるほど身体が大きかった彼だが、今やその身長は2mを超えて筋肉ムキムキになっており、顔も30歳以上に見られるほど老けていた。だが彼は未だ15歳である。この年の4月には16歳になるが。その彼は、最初にも述べたが、何とも言いしれない苛立ちを覚えていたのである。

 

(……くそ、どうしたって言うんだ。)

 

 キースは内心で毒づく。彼は自分の乗機である、グリフィンの様子でも見に行こうかと考えた。

 55tの中量級バトルメックであるグリフィンは、長距離戦闘を得意とする、高機動タイプの支援メックである。敵を近寄らせさえしなければ、重量級の敵ともしぶとく戦える、優秀な機体である。数少ない欠点は、近距離用の兵装が無く、なおかつ機体や武装の稼働時に発生する熱が溜まりやすいメックだという事だろうか。

 このグリフィンは、父ウォルトがキースの『ロビンソン戦闘士官学校』入学に際して託してくれた、本来はウォルトの予備のメックである。キースは機嫌が悪い時は、いつもこのグリフィンと共にいた。やはり少年だけあって、巨大ロボットに対する浪漫が彼の胸にはあった。まあ中身は前世の影響もあって、いい歳したオッサンでもあると言えるのだが。それはともかく、彼は苛ついたときでもバトルメックの傍にいれば、なんとなく気分が良くなるのである。

 その時ふとキースは、苛立ちの原因に思い当たる。彼がこの世界に転生してくる前に、あの薄明の空間で今の自分のキャラクターシートを作成したときのことだ。

 

(……あのキャラクターシートには、既に「メック戦士養成校パック」と「宿敵」の生得能力が書き込まれていた。消そうとしても消せなかった。そして俺はこのメック戦士養成校『ロビンソン戦闘士官学校』に、滞りなく入学することができた。不自然なほどに、滞りなく……。俺はそれを「キャラクターシートに書いてあった通り、予定調和だな」って思った。

 予定調和、か。メック戦士養成校入学が予定調和であるならば……。「宿敵」の出現も予定調和的に発生するんじゃあないのか?俺はそれを恐れているのか?)

 

 キースの能力は、6月にメック戦士養成校の卒業を控えて、既にかつて作成したキャラクターシートの能力にほとんど遜色ない力量になっている。となれば、いつ「宿敵」が出現してもおかしくない状況なのだ。

 

「……やっぱり、グリフィンの様子を見に行こう。」

 

 キースはあえて口に出して言う。そうすることで、気持ちを落ち着かせたのだ。ところが彼は、出鼻をくじかれる。

 

『A-2-048、キース・ハワード候補生!A-2-048、キース・ハワード候補生!面会者が来ている!ただちに本棟GF、面会室まで出頭せよ!繰り返す……。』

 

 館内放送が、キースを呼び出す。ちなみにGFとはグランド・フロア、日本語では地上1階にあたる。彼は寝転がっていた寝台から飛び起きると、大至急走らずに、しかし競歩と言えるほどの速足で、面会室まで急いだ。

 

 

 

 キースは面会室の扉をノックして、大声で申告する。

 

「A-2-048、キース・ハワード候補生、入ります!」

「うむ。」

 

 面会室の中から聞こえた返答に、キースは扉を開ける。彼は入室すると、びしっと直立不動の体勢を取った。中にいた教官が、声をかけてくる。

 

「楽にしていい。」

「はっ!」

「ではマクファーソンさん、私は退室しますので、話が終わったらインターホンでお声をかけてください。」

「はい、わかりました。」

 

 教官は退室していく。残されたのはキースと来客のみだ。その来客に、キースは見覚えがあった。彼の親友、ジョナス・バートンの執事である、ロベール・マクファーソンである。ロベールはジョナスの祖父の代から、3代に渡ってバートン家に仕えていた。

 

「……ロベールさん、お久しぶりですね。いったいどうしたんです?ジョナスは元気ですか?」

「キース様、しばらくお会いしないうちに、すっかりご立派になられましたな。ジョナス様は壮健です。ですが……。いえ、ここから先はジョナス様のビデオレターを見ていただいた方がよろしいでしょう。」

「ビデオレター?」

「コムスターの通信基地を使ったメッセージで送ることも考えたのですが、内容が多い上に重要な届け物の類もございましたので、私が直接お届けした方が良いと判断いたしました。ビデオレターを見て、疑問点があったら私が補足するよう申し付かっております。」

 

 ロベールは、面会室に設置されている映像再生用の装置に、映像記録媒体のカセットを入れる。ジョナスからのビデオレターが再生開始された。

 

『やあ、キース。久しぶり。突然だけれど、落ち着いて聞いてくれ。君にとって、悪い知らせを届けなければならない。……我が家の、と言うよりは僕が個人で作り上げた情報網に、とんでもない情報が引っかかったんだ。』

 

 映像の中の親友は、キースに重苦しい表情で語り掛ける。キースは思わず背筋が伸びた。ごくり、と唾を飲む音が聞こえる。……キース自身が無意識に唾を飲んだ音だった。

 

『キース。君の所属する傭兵大隊『BMCOS』……『鋼の勇者隊』は、全滅した。軍隊用語で言う40%の損耗じゃあない。一般的なイメージで言う、完全な全滅だよ。戦闘員も非戦闘員も、丸ごとまとめて虐殺されたんだ。』

「!?」

 

 映像のジョナスは苦々しそうに言葉を紡ぐ。

 キースは自分の周囲の世界が、ぐらりと傾いだのを感じた。彼がこのバトルテック世界に生まれ変わってこの方、彼は傭兵部隊『BMCOS』を我が家として、その部隊員たちを家族として生きてきた。その我が家も、家族も、もうこの世には存在しないと言うのだ。

 傭兵部隊である以上、ある程度の損害は付き物だ。場合によっては経営が破たんし、部隊解散ということになることもあるだろう。だから、ある程度の覚悟は彼もできていた。もしかしたら、帰る先の部隊がいつか無くなるかもしれない、と言う覚悟だ。だがそれが現実になったとき、彼は予想以上のショックを受けている自分に気が付いた。いや、覚悟していたよりも、なお酷い事態ではある。非戦闘員までまとめて虐殺されてしまうなど、あまりにも酷過ぎる。

 ジョナスの言葉が響いて、キースは一瞬自失していたことに気付く。傍らに立っているロベールは、無念そうな表情を浮かべていた。

 

『僕が集められた情報では、事情はこうなっていたらしい。傭兵大隊『BMCOS』は、1年前にドラコ連合から恒星連邦が奪った惑星、ドラコ境界域の惑星タンクレディⅡにて防衛任務を受託していた。これはたぶん、君も知っていただろうね。だけどつい最近のことだ。タンクレディⅡには、あの悪名高いドラコ連合の正規軍、『第8光の剣連隊』が攻めてきていたんだ。

 無論、大隊規模の部隊で連隊規模の敵を支え切れるわけがない。この任務は、別の傭兵部隊いくつかと共同で受けていたんだ。その総数は充分に連隊規模に達していて、惑星を守るには充分なはずだったんだ。』

「……まさか。」

 

 キースは思わずつぶやく。映像の中の親友が、そのつぶやきに応えるわけもないのに。

 

『だけど……。問題が起きた。『BMCOS』含む恒星連邦軍も、ドラコ連合軍も、双方ともに損害が大きくなってきたんで、あくまで一時的な休戦協定を結んで、負傷者や擱座したバトルメックに戦車なんかの回収と、負傷者の手当てや損傷機の修理などを行っていたんだ。ああ、あとは身代金を払って、捕虜になったメック戦士や航空兵、バトルメックや気圏戦闘機を返還してもらったりもあったね。……いや、これは問題じゃない。今の時代、どんな戦場でも当たり前に行われてることだ。

 だけどまさか……。まさか、『BMCOS』と肩を並べて戦っていた傭兵部隊『アルヘナ光輝隊』が、突然の裏切りを働くとは、誰も想像しなかった。』

「馬鹿な!休戦協定中に攻撃的軍事作戦行動!?その上裏切りだって!?」

 

 キースは思わず叫んだ。ビデオメールのジョナスは続ける。

 

『その傭兵大隊『アルヘナ光輝隊』なんだけどね。どうにもわからないんだ……。裏切る前までと言うか、タンクレディⅡ防衛部隊に着任する前までの戦いぶりも、それまでの恒星連邦に対する忠節ぶりも、立派なものだったんだ。それがなんで突然こんなことを仕出かしたのか。

 それでね、『アルヘナ光輝隊』司令官トマス・スターリングは、ドラコ連合に仕える特殊部隊……失機者を集めて訓練した部隊らしいんだけどね。それを休戦期間中にこっそり呼び込んだんだ。』

 

 失機者とは、バトルメックや気圏戦闘機を戦闘や他の原因で失った者のことを言う。

 バトルメックの操縦者であるメック戦士、気圏戦闘機の操縦者である航空兵は、3025年代のこの世界において非常に高い地位を得ている。これはバトルメックや気圏戦闘機が遺失技術の固まりで、圧倒的な戦闘力を誇るが再生産が極めて難しいことに由来する。今現在でも稼働しているバトルメックおよび気圏戦闘機の工場や、過去に生産された品を収めている星間連盟時代の貯蔵庫などはまれに存在してはいるが、それでもバトルメック、気圏戦闘機は希少な品なのだ。そしてそれを受け継ぐメック戦士や航空兵は、エリート階級なのである。当然、彼らには様々な名誉や特典、時に高い地位などが与えられる。

 だがその地位も名誉も特典も、うつろいやすい物だ。何故ならばバトルメックや気圏戦闘機は、文字通りの戦闘機械だからだ。戦えば、当然ながら破壊される。貴重品であるバトルメックなどを失った戦士は、それまでの名誉も地位も失い、他人から後ろ指を刺され、迫害される。そう言った辛い生活を送った者たちは、バトルメックなどを何とかして手に入れ、いったん失った地位を再度取り戻すことに執着するようになる。そして、その目的のためならどんな事でも、たとえ泥水を啜る様な真似すら平然と行うようになるのだ。

 

『その特殊部隊は、『BMCOS』の基地に潜入、破壊工作を行い、それと同時に『アルヘナ光輝隊』のバトルメック部隊が『BMCOS』に奇襲攻撃をかけたんだ。特殊部隊と『アルヘナ光輝隊』は『BMCOS』の戦闘員、非戦闘員問わず皆殺しにして、バトルメック、気圏戦闘機、降下船、戦車等々あらいざらい奪ったらしい。』

「奪われた中には、キース様のお父上、ウォルト様のエクスターミネーターもあったそうです。」

 

 ロベールの補足に、キースは歯噛みする。幼き日に、あのエクスターミネーター、機体名デスサイズの操縦席に乗せてもらったことは今でも鮮明に覚えている。彼は口惜しかった。

 

「父さんのデスサイズも……。」

『だけど『BMCOS』で、たった1人だけ生き残った者がいる。偵察兵のライナー・ファーベルクという人物だ。その彼が、片腕片脚を失って、それでも残されたもう1つの傭兵メック大隊『チェックメイト騎士団』に逃げ込んで通報したんだ。それで『アルヘナ光輝隊』の裏切りが早期に明らかになった。

 おかげで『チェックメイト騎士団』と地元の惑星軍が、必死で遅滞戦闘を繰り広げて時間稼ぎに成功。恒星連邦は星系外から大規模な援軍を送り込むことができた。タンクレディⅡは守られて、『アルヘナ光輝隊』は『第8光の剣連隊』と共にドラコ連合の領域へと脱出していった。』

 

 ギリッ!

 

 歯ぎしりの音が響いた。キースの口から洩れた音である。ジョナスの話は続いていた。

 

『……余計なお世話かとも思ったけど、キースのお父上の予備メック、グリフィンを君に継承させる手続きは、僕の方で手を回しておいた。ロベールに書類を持たせておいたから、それにサインするだけで良い。

 あと、君が『BMCOS』のメック戦士やその一族で最後の生き残りだから、君が形式上『BMCOS』の全ての権利を持っていることになる。『BMCOS』の今回の仕事で貰うはずだった報酬……裏切りによるものとは言え、戦いの途中で負けちゃったんだから、かなり目減りしてるけど、それを君に支払う様に工作しておいた。ダヴィオンHビルじゃなく、Cビルにしておいたよ。

 あと『BMCOS』のバトルメックや気圏戦闘機、降下船など奪われた物の明細と、本来の所有権を証明する書類。それもロベールに持たせておいた。もし『BMCOS』の装備品を取り戻すことができたなら、それの正当な所有者の証明になる。』

 

 ジョナスは一区切り置いた。

 

『キース、君がこれからどんな道を辿るか、それは僕にはわからない。だけど、僕は最後まで君の味方だ。それだけは信じていてほしい。じゃあ、また今度。元気で、とは言えないかもしれないけど、無事に会える日を願ってる。』

「ジョナス……ありがとう。」

 

 相手に聞こえないことを承知の上で、キースは言葉に出して言った。そして彼はロベールにも頭を下げる。

 

「ロベールさんも、わざわざ来ていただいて、ありがとうございました。ジョナスには、本当にありがとう、と伝えてください。グリフィンの件も、何とお礼を言っていいか……。これで俺、いえ私は失機者にならずに済みます。」

「いえ、8年前……もう9年近くなりますか、そのときの恩義をジョナス様はまだまだ返しきれていない、と仰っておられます。たとえ今回のことを含めても、です。ですので、できることがあるならば、何でも仰ってくださいとのことです。」

「いや、もう逆にこちらの方が恩を受けていますよ。ジョナスには、こちらからもできる事があるなら、可能な限り恩返しすると伝えてください。」

 

 キースは沈痛な表情であったが、それでも無理矢理笑顔を浮かべてロベールに向かい言葉を紡ぐ。やがて書類の受け渡しやサインなどの雑務が終わり、ロベールは帰って行った。

 その後、キースは必死に訓練や学習に打ち込んだ。その様子は鬼気迫るものがあったと、学生寮の同室であるヒューバート・イーガンは語ったものである。キースは身を焼くような怒りに苛まれていたのだ。そしてそれを訓練に打ち込むことで、多少でも晴らしていたのだ。

 

(くそ……。これが「宿敵」かッ!『アルヘナ光輝隊』司令官トマス・スターリング!よくも父さんや母さん、それに郎党の皆や仲間達も!裏切りの末に非戦闘員まで皆殺しだと!?冗談じゃないぞ!いつか必ず償わせてやる、その命をもって!)

 

 キースは心の中で吼えた。

 

 

 

 この年、第3次継承権戦争が終了する。しかし大規模な戦いは数を減らしたものの、小規模な小競り合いはいまだ多い。キースの個人的な戦いも、そのうちの1つに数えられるのだろう。彼の復讐の狼煙は、今上がったのである。

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