傭兵小隊『SOTS』の降下船、レパード級ヴァリアント号は、惑星ドリステラⅢの首都ドリステルより南に30km離れたところにある、ドリステラⅢ駐屯軍基地付属宇宙港の滑走路に着陸した。兵員待機室で、アンドリュー軍曹がぼやく様に言葉を発する。
「……な~んにも無い星だな。」
「星全体で200万人弱しか人口のない、農業惑星ですからね。一応他の工業惑星から、大型のコンバインやトラクターを輸入して大規模農業が盛んと言えば盛んなのですが。」
資料をめくりながら応えたのは、この部隊の副隊長マテュー少尉だ。今はお仕事モードなので、言葉遣いが丁寧である。その言葉にエリーザ軍曹が目を丸くした。
「コンバイン?トラクター?農作業用ロボットの類は?」
「ああ。この星では直したり管理できる技術者が、極めて少なくてな。存在しないと言っても良い。星間連盟時代にはかなり大量に持ち込まれたらしくて、動かなくなったソレがあちこちの畑に点在してるとの事だ。まあ、もう修理もできない残骸なんだが。」
隊長であるキースが、エリーザ軍曹の疑問に答える。こちらもお仕事モードなので、偉そうに聞こえる口調になる様、わざとそうしている。整備兵にして腕の良い医師のキャスリン伍長が、不思議そうに言った。
「……なんで、そんな辺ぴな農業惑星に、1個中隊も部隊を駐屯させるんですか?」
「惑星自体に価値があるわけじゃない。軍事的に重要な場所に、この惑星があるんだ。ここはドラコ境界域の首都であるロビンソンまで近いし、他の重要な惑星にも近い。ここをドラコ連合、クリタ家に奪われでもしたら、敵にとって重要な橋頭堡となる。それは断じて許されん。
だからもしもここが襲われた際に、増援が間に合うまで持ちこたえられる様に、1個中隊を随時駐屯しておくはずだった。だが今回ここよりもう少し重要な惑星マーダックが攻撃を受けたのでな。ここを守っていた部隊を援軍として引き抜いた。それ故に、俺たちに出番が回ってきたんだ。」
「「「「「なるほど……。」」」」」
キースの説明に、キャスリンと、それ以外の数名が納得の言葉を返した。皆、内心では不思議だったらしい。ふとキースは、歩兵分隊分隊長エリオット軍曹の方へ顔を向けた。
「エリオット軍曹、兵たちに気分の悪くなった者は?」
「は!全員降下船での降下には慣れております!」
見ると、新兵のジャスティン二等兵の顔色がちょっとだけ蒼い。だが頑張って我慢している様なので、キースは気付かないフリをした。彼は次にMRBから派遣された任務管理人、ウォーレン氏を見遣る。ウォーレン氏は先頃の初任務に引き続き、この小隊担当の管理人となっていた。
「ウォーレンさんは大丈夫ですか?」
「私も慣れておりますからな。大丈夫ですよ。」
そこでインターホンが鳴る。ブリッジの船長からだ。
『隊長、着陸完了した。いつでも下船できるよ。基地から迎えのマイクロバスを出してくれるそうだ。』
「ありがとう船長。では諸君、行こうか。偵察・整備兵分隊はジープ、軽トラック、スナイパー砲車輛を、歩兵分隊は装甲兵員輸送車を船から降ろすように。バトルメック、気圏戦闘機を降ろすのは、整備兵たちが基地の整備施設を確認後にする。」
「「「「「「了解!」」」」」」
キース達は、即座に下船準備に取り掛かった。
降下船から降りると、既にマイクロバスがやって来ていた。運転手が、キース達に挨拶する。
「長旅ご苦労さまです。自分はエルンスト・デルブリュック曹長であります。傭兵小隊『鋼鉄の魂』の皆様方ですね?」
「ご苦労、曹長。俺が『SOTS』の隊長、キース・ハワード中尉だ。ここにいる以外の面々は今、車輛を降ろしているが、何処に持っていかせれば良いか?」
「は、ではこのマイクロバスの後についてこさせる様にしてください。ああ、降下船の船長以下船員の方は、また後で案内を出します。」
「了解した。皆は先に乗車していてくれ。」
キースは通信機で、偵察・整備兵分隊と歩兵分隊に連絡を入れた後、最後にマイクロバスに乗り込んだ。マイクロバスは何処か壊れているんじゃないかと思うほどの酷いエンジン音を立てて、しかしそれ以外の震動は少なく滑らかに発車した。
「ようこそドリステラⅢ駐屯軍基地へ。待っていたよ、『SOTS』の諸君。自分が『機兵狩人小隊』の隊長、メック戦士アルバート・イェーガー中尉だ。サンダーボルトに乗ってる。」
「よろしくお願いします、イェーガー隊長。自分が『SOTS』隊長のキース・ハワード中尉です。グリフィン乗りです。」
「ああ、いやファーストネームでかまわんよ。と言うか、堅苦しいのは勘弁だ。階級も同格だし、君、俺、で行かんか?」
「……了解です、アルバート中尉。ただ俺は随分年下なので、そちらを呼ぶ際は「あなた」で勘弁してください。」
苦笑しつつ言うキースに、アルバート中尉は笑って言った。
「了解だ。いや、若いってのは本当だったんだな。書類で送られてきた写真を見たときは、年齢欄の記載ミスかと思ったよ。ははは。」
「……老け顔なのは気にしてるんです、勘弁してください。」
「では、ここにいる面々だけでも、お互いの隊員を紹介しておこうか。いや、自己紹介でいいな。」
アルバート中尉がそう言うと、彼の後ろに並んでいた者たちが順番に名乗り始めた。
「……メック戦士サラ・グリソム少尉です。」
「え?それだけ?せ、せめて乗機くらい言わないと少尉!D型フェニックスホークだって!あ、お、俺、いえ自分はメック戦士ギリアム・ヴィンセント伍長です!エンフォーサーを使ってますっ!」
「メック戦士アマデオ・ファルケンハイン伍長です。乗機はシャドウホークです。2ヶ月の間ですが、よろしくお願いします。」
「整備兵のヴァランティーヌ・ボヌフォワ曹長です。アルバート・イェーガー中尉の郎党ですので。そちらの整備兵の方々は、先に整備棟に?では後ほどそちらにもご挨拶させていただきますわね。」
今度は『SOTS』部隊員の番だ。
「メック戦士マテュー・ドゥンケル少尉です。標準型のウルバリーンを使っています。よろしくお願いします。」
「同じくメック戦士、アンドリュー・ホーエンハイム軍曹。乗ってるのは熱くて薄くて弾薬が少ないとか色々言われてるけど、使い方を間違えなければ強力なライフルマンだ!」
「……気にしてるのがバレバレよアンドリュー。あたしはメック戦士エリーザ・ファーバー軍曹です。ウォーハンマーを使ってます。」
「俺は航空兵のマイク・ドーアティ少尉っす!乗機のライトニング戦闘機は、恒星連邦でならよく見るから知ってるっすね?よろしく頼むっす!」
「もう少し丁寧に……。私は航空兵ジョアナ・キャラハン少尉です。乗機はこのバカと同じライトニングです。」
「ちょ!バカは無いだろっ!?」
そんな中、双方の部隊員でない者たちも互いに挨拶を交わしていた。
「やあ、ウォーレンじゃないか。」
「パオロか、久しぶりだな。そちらの小隊の受け持ちかね?」
「ああ。そちらの受け持ちの小隊も、有望そうじゃないか。」
「うむ。ああ、隊長。こちらは私の同僚です。向こう様の任務管理人に指名されたみたいです。」
「そうですか、よろしくお願いします。」
キースはパオロと呼ばれた人物に挨拶をする。どうやらウォーレン氏同様、パオロ氏もMRB、ひいてはコムスターから派遣されてきた任務の管理人らしい。とは言っても、ウォーレン氏の同僚ということはコムスター本体の人間ではなく、下請けなのだろう。
ここでアルバート中尉が再度口を開く。
「ところで……。生臭い話で申し訳ないのだが、指揮権の話をしなければならないんだ。」
「ああ、それは大事な話ですね。ですが契約書には、指揮は『機兵狩人小隊』隊長が一時的に大尉待遇となって総指揮を取る、となっていましたが。」
「ああ。だが緊急時における現場の判断とかは、きちんと認めるつもりだ。それと各小隊の個々への指揮は任せるつもりさ。君らのことはまだよく知らんからね。無理を強いてもどうにもならんだろ?」
「……助かります。」
ここでアルバート中尉はにやりと笑う。
「だからと言って、責任をおっ被せたりはしないから、安心してくれよ?責任を取るのが大人の仕事ってもんだ。な、若者。」
「……重ね重ね、助かります。」
キースは頭が下がる思いだった。
3日後、キースは駐留軍基地内にある練兵場の広場に立っていた。彼の前には51名の人間が、30名と21名に分かれて整列している。彼らはドリステラⅢの住人で、助手整備兵、いわゆる助整兵の募集に応募してきた者と、歩兵の募集に志願してきた者たちだ。どちらもが、キース達の小隊がこの惑星上に駐屯している2ヶ月の間だけの臨時雇いである。
だが場合によっては、才覚を示すことにより正規雇用される可能性も無くも無い。中にはそれを期待している者たちも、そこそこの数混じっている。この惑星は、若者たちにはあまり魅力的では無いのだ。それに給料も、この惑星の他の仕事よりかは良い。だからこの職場は、けっこうな人気があった。この51名は、熾烈な就職戦線を潜り抜けてきた、選ばれた者たちでもあったりしたりするのだ。
キースはその彼らを前に、訓示をしていたのである。
「……という事だ。歩兵部隊に志願してきた者も、助整兵に志願してきた者も、できる限り貪欲になって欲しい。助整兵になるという事は、科学技術を学ぶ良い機会であるし、歩兵としての技術を上位者から学び取ることも、この平和とは言えない時代には、無駄にはならないだろう。それ故に……。」
キースの話はそれほど長くはなかった。たとえどんなに話の中身が良くとも、あまり長く続けていては退屈されるだけである事を、彼は前世の記憶と『ロビンソン戦闘士官学校』での経験から知っていた。ましてや彼は話の中身に自信はさほど無い。ならば、それらしい事をちょっと言ったら、さっさと切り上げる方が配下になる者たちからは喜ばれると言うものだ。
彼は後を整備兵のリーダーであるサイモン老と、歩兵の長であるエリオット軍曹に任せ、基地の指令室へ向かった。彼は本当であれば鍛錬のためにトレーニングルームへ向かいたかったところなのだが、アルバート中尉から通信で呼び出しを受けたのである。
指令室の発令所に着くと、アルバート中尉がさっそく話しかけて来る。
「やあキース中尉、困ったことになったよ。」
「何が起きたんですか?」
「惑星軍から連絡があったんだけどね。惑星軍の大型レーダー施設と、衛星との通信設備が一時に故障したそうだ。」
キースは目を見張る。
「それじゃ、軌道上の監視体制が……。」
「そう言うこと。しばらくできなくなった、と言ってきたんだ。だが……。両方一度に、となると……。まさかとは思うんだけどね……。」
「……気圏戦闘機を飛ばしましょう。2機だけでも、無いよりましです。」
アルバート中尉は頷いた。キースは早速マイク少尉とジョアナ少尉に連絡を入れる。彼らはすぐに機体の準備をする、と言って格納庫に飛んで行った。ちなみに、今惑星駐留軍である彼らの元にあるのは、キースの『SOTS』小隊にあるライトニング戦闘機2機だけだ。アルバート中尉の小隊には、気圏戦闘機は無かったのである。
キースとアルバート中尉が懸念しているのは、これが何者か……つまりはドラコ連合の破壊工作であった場合のことである。もしもそうならば、次に来るのは軌道上の監視が無いのを見計らっての、敵戦力の降下だ。
「まずいですね……。残り1個小隊がまだ揃っていないのに……。」
「今日明日にも到着するはずなんだがねえ……。」
「……惑星軍のレーダー施設や衛星管理の基地に、我々の整備兵を送れませんか?我々の整備兵の、一番腕が低いものですら、この惑星の技術者よりはましな腕を持っています。」
だがアルバート中尉は首を横に振る。
「それをしたいのは山々なんだけどな。我々の契約先はMRB仲介で恒星連邦本体だ。で、惑星軍はドリステラ公爵ザヴィエ・カルノー殿の管轄なんだよな。契約関係が複雑になってて、互いの人材のやりとりが書類上とかの関係で、著しく困難なんだ。」
「ああ……。そうでしたね……。」
キースもそれは既に痛感していたことだった。彼が歩兵を惑星軍から借りずに、自前の資金を割いてまで臨時雇いの新兵を集めた理由がそれだったからである。惑星軍の熟練した歩兵が1個小隊でも借りられるならば、新兵など集めていない。だがそれは、お役所仕事という巨大な壁の前に挫折せざるを得なかった。それが故に、臨時雇いの歩兵を集めて訓練する羽目になっていたのだ。
キースは気を取り直す。
「CAP(戦闘空中哨戒)の計画を練りましょう。2機で全てをカバーするのは無理です。ですから我々の基地上空の軌道要素を中心にして……。」
「うん、それは仕方ない。だからこう……。」
「いえ、そこは……。」
「なるほど、だったら……。」
キースとアルバート中尉は、即興でCAPの計画を立てた。そしてマイク少尉とジョアナ少尉のライトニング戦闘機が、その計画に従って轟音と共に飛び立って行く。アルバート中尉が、ぽつりと言った。
「……取り越し苦労で終わってくれないかなあ。」
「無理でしょう。」
キースは難しい顔で応えた。
やがてしばらく後、ウォーレン氏とパオロ氏が指令室へ駈け込んで来た頃に、ジョアナ少尉から連絡が入った。キース達は指令室の発令所でそれを受ける。
『降下軌道を取っている降下船を2隻発見しました。片方はレパード級もしくはレパードCV級、もう片方はユニオン級です。』
発令所に緊張が走る。アルバート中尉の方を、キースは見た。アルバート中尉は頷く。任せる、と言う意味だ。ジョアナ少尉はキースの隊である。アルバート中尉は、最初の約束を違えるつもりは無い様だ。
「通信を試みてくれ。所属を問いただして停船命令を出すんだ。ただし粒子ビーム砲や長距離ミサイルの射程外からな。降下船2隻に気圏戦闘機1機や2機で立ち向かうのは無茶だ。マイク少尉もすぐに向かわせるが、できる限り交戦は避ける様に。」
『了解。』
ジョアナ少尉が決まり文句を並べたてた通信を、2隻の降下船に送る。
『そこの2隻の降下船に告ぐ。こちら恒星連邦軍ドリステラⅢ駐留軍所属機。ただちに所属を明らかにして、停船しなさい。』
『こちら恒星連邦軍所属、レパード級降下船リライアント号。そちらの基地に、お客さんを……傭兵小隊『デヴィッドソン装甲巨人隊』を届けるところだぜ。可愛い声のお嬢さん?
ああ、それとこの連れのユニオン級は、更に追加の増援を載せた、傭兵相手の運送屋の船ニューアーク号だそうだ。ジャンプポイントでちょうど一緒になったんで、ここまで一緒に来たんだ。ちゃんと確認も取れてるぜ?なんかこの惑星、狙われそうだって話で、更に追加で1個中隊送り込んだんだそうだ。』
ジョアナ少尉機に中継された通信で、発令所にオペレータ達の安堵の声が広がった。そのとき、ライトニング号から送られてきたカメラ映像――発令所側の機材の関係で静止画だが――が発令所のスクリーンに映し出される。
その映像を見た瞬間、キースは通信機のマイクに向かい叫んだ。
「ジョアナ少尉!そいつは敵だ!180度回頭して離脱しろ!」
『は、はいっ!』
「ど、どうしたんだキース中尉?」
キースはアルバート中尉の問いに応えようとした。だが次の瞬間、ジョアナ少尉の悲鳴のような声が通信機から響く。
『ああっ!れ、レパード級が!』
「ジョアナ少尉!正確に報告しろ!」
『し、失礼しました!ユニオン級ニューアーク号がレパード級リライアント号に突然発砲しました!リライアント号は小破し、今全力で離脱を試みています!当機は現在離脱軌道を……。あっ!ニューアーク号から気圏戦闘機が2機、発進しました!65tのシロネ戦闘機です!こっちを追撃してきます!』
『ジョアナ!今行くから持ちこたえろ!』
『マイク!』
ギリリッ!
歯ぎしりの音が響く。無論、キースの立てた音だ。アルバート中尉はキースに尋ねる。
「何故、あの降下船ニューアーク号が敵だと分かったんだい?」
「……あれはニューアーク号じゃ、ありません。あれはドラコ連合に、クリタ家に寝返った傭兵部隊『アルヘナ光輝隊』に奪われた、俺の元所属していた傭兵大隊『BMCOS』の降下船、ゾディアック号です!
一目見ればわかります!あれは俺の家だった船です!俺の家です!!ちくしょう!!」
キースの顔は、憤怒で青黒く染まっていた。アルバート中尉も、その場にいた誰も、彼にかける言葉が無かった。
任地に着いて幾ばくかもしないうちに、敵襲です。一足先に任地に来ていた仲間たちとともに、主人公は奮戦することになるでしょう。次回をご期待ください。