十数枚の書類をよく読み、キースはそれにサインをする。そして彼はそれを眼前の、曹長の襟章を着けた係員に手渡した。
「ご苦労、曹長。受け取りの書類はこれで全部だな?」
「はい中尉。その通りであります。」
「では荷は持って帰る。船の船倉から運び出すが、問題は無いな?」
「はい、ありません。」
「そうか、ありがとう。コールマン二等兵!運搬用トレーラートラックの準備をしろ!」
「はっ!了解であります!」
ジャスティン・コールマン二等兵が直立不動で応え、退室して行く。係員の曹長は、キースに話しかけた。
「彼は歩兵ですね。敬礼をしない。」
「ああ。歩兵の本来の任務以外にも、色々やってくれるので、つい頼ってしまう。……手柄もいくつか立てていることだし、近いうちに一等兵に昇進させてやろうと思っているんだ。」
「なるほど、息子さんの様に思ってらっしゃるのですな。」
キースは思わずがっくりと来そうになるのを、精神力で堪えた。
(息子はないだろう、息子は。俺はまだ16歳だ。中身は前世から数えて○○歳だが……。そりゃ、弟みたいには思ってるけどさ。)
ここはドリステラⅢの首都ドリステル、その東に隣接して建てられたドリステラⅢ最大規模の宇宙港ドリスポートのロビーである。まあ最大規模とは言っても、たかが知れているサイズであるし、それにこの惑星には他の宇宙港は、駐屯軍基地に付属している小規模な物しか存在しない。キースがここに何をしに来たかと言うと、ここに着陸しているオーバーロード級降下船ケーニッヒ号から、アルバート中尉の名代として積荷のバトルメック部品を受け取りに来たのである。
キースは係員の曹長に別れを告げると、宇宙港の駐車場に駐車している大型トレーラートラックのトラクター(けん引車)の所へ向かう。トラクターは既にアイドリングを開始していた。その周囲では、キースのメック小隊『SOTS』に所属する歩兵小隊のうち、半数の2個分隊が警備をしている。トラクターの傍らでは2輛の装甲兵員輸送車が、これもアイドリングをしていた。
キースはトラクターの助手席に乗り込むと、ジャスティン二等兵に向かって言う。
「ジャスティン二等兵、オーバーロード級の方へ車を出してくれ。……あんまり速度、出すなよ?」
「はいっ!」
トラクターはケーニッヒ号の傍で一端停車。そこでキースが、駆け寄ってきた降下船側係員の伍長の差し出す割り符に、自分の持つ割り符を合わせて見せる。割り符はぴったりと噛み合い、ピピッと合格の電子音声を立てた。バトルメック部品という重要軍需物資の受け渡しである。慎重になって悪い事はなかった。
(……しかし、電子割り符ねえ。指紋照合とか網膜血管照合とか、そう言った機械は無いのかね。……あっても貴重品なんだろうなあ。大抵の惑星は、20世紀あたりの技術レベルだし。バトルメックの保安装置も、暗号式だしなあ。)
「中尉、行きます。」
「む?うむ、やってくれジャスティン二等兵。」
トラクターはケーニッヒ号の船倉に直接乗り入れると、係員の誘導に従って6連のトレーラー(被けん引車、コンテナ部分)に接続作業を開始する。キースはそこで一度車を降りて、6つのコンテナ内に次々と入り、検品を行う。確かに間違いの無い部品が届いていた。
(間違いなし。これでウォーハンマーが直せる。エリーザ軍曹が喜ぶだろうな。……今、貸しているグリフィンも、良いメックなんだがなあ。)
キースはトラクターの助手席に戻り、発車を指示する。ジャスティン二等兵はそれに応えてトレーラートラックを発車させた。
ドリステルの中心街区をかすめる様に建設されている産業道路を抜け、キースたちの6連トレーラートラックは恒星連邦ドリステラⅢ駐屯軍基地に向かい、荒野を走っていた。それを守る様に、前後に装甲兵員輸送車が走っている。周囲は農地が広がっており、緑が目に優しい。しばらく走ると、やがて畑も無くなり、荒野になった。
キースは定時連絡を基地に入れる。
「こちらキース中尉。メック部品などの荷物を受け取って、今帰途についている。あと1時間もすれば基地に到着できるだろう。」
『了解です、キース中尉。お帰りをお待ちしてお……ザ、ザー……ピー、ガガガ……。』
「あれ?故障でしょうか中尉。」
だがそのとき、キースの背中に冷や汗が流れる。キースの「第六感」と卓抜した戦術能力は、何者かの待ち伏せを察知したのだ。
彼は前後を走っている装甲兵員輸送車に通信を入れようとして、それも通じないのを確認すると、トレーラートラックの窓から身を乗り出して、大声で叫んで注意を引いた。そして彼はハンドサインで前後の車輛に指示を送る。
『通信妨害あり。襲撃の可能性大。各分隊長に個別の指揮は任せる。』
その時、キースの身近に銃撃が着弾する。彼は車窓の中に身を引っ込めて叫ぶ。
「狙撃手だ!ジャスティン二等兵、可能な限り速度を上げろ!」
「……了解ッ!」
トレーラートラックが、猛然と速度を上げた。コンテナ部分に、ライフル銃による着弾の火花が走る。前方を走っていた装甲兵員輸送車が、狙撃手の方向へ砲塔のターレットを回し、マシンガンで射撃する。ただし狙撃手が見つからないために、めくら撃ちの威嚇射撃にしかならない。そこへ4台のジープがIR偽装網を跳ね除けて出現する。一見非武装車だが、キースの目はそれの乗員の肩に、短距離ミサイルランチャーが乗せられているのを確認した。
前方を走っている装甲兵員輸送車のタイヤに、短距離ミサイルがぶち当たる。装甲兵員輸送車はなんとかトレーラートラックの邪魔にならない様に、道の脇に停車した。1個分隊の歩兵たちが降りてきてジープに向けてライフル射撃を開始する。しかしジープもキースたちのトレーラートラックも、かなりの速度で突っ走っていた。標的も、護衛目標も、あっと言う間にライフルの射程距離から脱してしまう。歩兵たちは地団太を踏んだ。
キースはドアミラーに顔を近づける。すると、後ろを走っていた装甲兵員輸送車もまた、タイヤに一撃を喰らって動けなくなっているのが見える。だが相討ちの形で、その砲塔のマシンガンがジープの1台を破壊していた。装甲兵員輸送車から飛び降りた1個分隊の歩兵たちが、ジープの乗員を制圧しているのがドアミラーに映る。だがまだジープは3台いる。
「くそっ!」
ジャスティン二等兵が、運転しながら車窓を開け、軍用自動拳銃を射撃する。キースも助手席側の車窓から、自分の拳銃を構えた。
(く、自分の生身でやり合うなんて、『ロビンソン戦闘士官学校』の授業以来だぞ!)
ジープが物凄い勢いで突っ込んで来る。その後部座席からは、短距離ミサイルランチャーを構えた男がトレーラートラックのトラクター部分のタイヤを狙っている。キースは慎重に狙い、後部座席の男を撃つ。
バン!バン!バン!
3点バースト射撃が短距離ミサイルランチャーを構えた男を撃ち倒した。間違いなく頭に当たっている。キースは次に、ジープの運転手に狙いをつける。と、ジャスティン二等兵が叫んだ。
「中尉殿!何かに掴まってください!この車をぶつけます!」
「!」
キースが車内にある手すりに掴まると同時に、ガン、ガリガリと言う衝撃が響いて来た。トレーラートラックが大きく揺れる。キースの側からは見えないが、ジープの様な軽い車輛がこの様な大型トレーラートラックの体当たりを受けては、ひとたまりもあるまい。ジャスティン二等兵が謝る。
「申し訳ありません、中尉。やつがミサイルを撃とうとしてたので。俺、いえ自分の拳銃の腕じゃ、命中しそうになかったんです。」
「いや、良い判断だった、二等兵。敵は?」
「健在です。一度後方に脱落しましたが、追いすがって来ます。」
「……この大型車にぶつけられて無事とは、かなり運転の腕前が良いな。」
再び車窓の外に向かい拳銃を構えながら、キースは嘆息する。その時、短距離ミサイルランチャーの射手を失った車がトレーラートラックの前に出て、その運転手が身体を捻って拳銃をこちらの運転席に向けて撃った。だが流石に軍用トレーラートラックのトラクターだ。フロントガラスは防弾仕様になっている。と、別のジープが入れ替わりにトレーラートラックの前に出て、後席の射手が短距離ミサイルランチャーを構えた。キースは車窓から身を乗り出して拳銃を撃つが、当たらない。
「中尉!掴まってください!」
「わかった!」
ジャスティン二等兵がトレーラートラックを急加速させて衝突させる。ゴン、という揺れと共に、前のジープはバランスを崩し、短距離ミサイルランチャーの射手はあさっての方向にミサイルを無駄撃ちした。
だがキースの方も、このままではまずい事に気付いている。今のところ、短距離ミサイルランチャーの射手を片付けられたのは1台。残り2台は残弾がどれくらいあるかは知らないが、まだ短距離ミサイルランチャーを使える状態にある。敵がこちらを全て片付けるのを諦め、6連のトレーラーのうち後方の幾つかだけでも、と考えたなら、それを防ぐ手段は無いに等しい。運転席からでは死角が多く、前の方の1つか2つのコンテナを守るだけで精一杯なのだ。
キースは決断する。彼はトレーラートラックの助手席側のドアを開け、外に出ようとした。ジャスティン二等兵が驚く。
「中尉!何を!?」
「トレーラーの上に登って、そこから奴らを銃撃する。この物資を、コンテナ1つ分でも失うわけにはいかん!『SOTS』だけじゃない、駐屯軍全部の命綱なんだ!」
「中尉!中尉!?」
トラクターの外壁を伝い、トレーラーとの連結部分に出たキースは、そこから非常用のはしごをよじ登る。そして第1コンテナの上に立ったキースは、再度拳銃を抜き放った。
「アメリカのアクション映画じゃあるまいし……。バトルテックやメックウォリアーって、こんなんだっけ?」
知らず、口から愚痴が漏れる。彼が懸念した通り、敵は運転席への攻撃を諦め、後方のコンテナとの連結器を狙っているらしい。キースはコンテナの上を後方へと走り、第2コンテナの上へと跳躍し、そのまま短距離ミサイルランチャーの射手を銃撃する。見事に射撃は命中し、その敵はジープから落下した。
そしてキースはコンテナの縁の陰へ身を隠す。そこへ着弾の火花がいくつもはじけた。射手を失ったジープの運転手2名が、拳銃で射撃してくるのだ。だがやはり運転との両立は難しいのか、命中率は悪い。キースは再び身を乗り出して銃撃を繰り返す。
しかし、キースは舌打ちをした。
「ちっ……。こいつでカンバンだ!」
拳銃の交換弾倉が、今取り換えた物で最後になったのである。キースは最後の短距離ミサイルランチャー持ちが乗ったジープを探した。そいつは後方から2番目のコンテナと、3番目のコンテナの連結器付近にいる。おそらくそこの連結器を破壊するつもりだ。キースはコンテナの上を、トレーラートラックの後方に向けて全力で走った。その後を、拳銃弾の着弾の火花がついてくる。キースは叫んだ。
「間に合えーーーッ!!」
彼は短距離ミサイルランチャー持ちの男めがけ、拳銃を連射する。だがぎりぎりで当たらない。しかし至近弾に驚いたのか、射手の男は一瞬戸惑う。しかしすぐに我を取り戻すと、短距離ミサイルランチャーを再度構えた。そしてキースの残弾が尽きる。
「しまった!」
キースの頭を、慙愧の念が走り抜けた。
次の瞬間、短距離ミサイルランチャーの男はジープと共に火球と化していた。キースはあっけにとられる。
「は……?」
『……キース中尉、ご無事で?』
その声は、アルバート中尉の部隊である『機兵狩人小隊』の副隊長、サラ・グリソム少尉の物だった。上空から、整列結晶鋼を纏った45tの巨人兵器、D型フェニックスホークが地響きを立てて降り立つ。ジープを破壊したのは、この機体の大口径レーザーであったのだ。
そしてそれに遅れること数秒、見覚えのある標準型のフェニックスホークが傍らに着地する。これはアーリン中尉の機体だ。
『大丈夫?キース中尉。無線連絡が妨害されてるってわかってから、アルバート中尉が実機演習中だった私たちに、緊急出動命令を出したのよ。フェニックスホーク4機で。』
見遣ると、逃げようとした残りのジープ2台の前に、これも見覚えのある標準型フェニックスホークとD型フェニックスホークが着陸した。これはリシャール少尉の機体と、ヴェラ伍長の機体である。巨大な大口径レーザーを突き付けられたジープの運転手2人は、両手を上げて怯えていた。
アーリン中尉が続ける。
『他の機体は、フェニックスホークの足に付いてこられないし、緊急事態に備えて基地を守る必要があるから来なかったわ。』
「……助かりましたよ、アーリン中尉、サラ少尉、リシャール少尉、ヴェラ伍長。」
溜息を吐きつつ、キースは内心で独り言ちる。
(そうだよな。これでこそバトルテック、これでこそメックウォリアーだよな。あ……。今になって震えが来た。えっと、肉体の緊張のエネルギーを解放するために震えが来る、んだったかな?理屈としては。何かの小説で読んだ覚えが……。)
再度大きく溜息を吐き、キースはトレーラートラックのコンテナ上に立ち上がった。
「大活躍だったらしいな。だが無茶はいかんよ。」
「……申し訳ありません。」
ここはドリステラⅢ駐屯軍基地の司令室。アルバート中尉の前で、キースはその巨体を小さく縮こまらせていた。
「メック戦士はバトルメックでの戦いを主にするため、どうしても生身での戦闘力には欠けてしまうところがあるんだよねえ。まあ、かのナターシャ・ケレンスキーみたいな例外もいるにはいるが。まあ、だから生身での無茶は、決して褒められたことじゃあない。あの物資は失うわけにはいかないのは確かだけどさ、君はもっと失うわけにはいかないんだ。
……だけど、まあ良く物資を守ってくれた。ありがとう。そして良く無事に戻ってくれた。」
「……はっ!」
「ところで、あの襲撃をかけてきたやつらだけど、当初は金目当ての一介の犯罪者を装っていたけどね……。エルンスト曹長の手にかかれば、簡単とまではいかなかったけど、白状したよ。
やっぱりドラコ連合のスパイ組織の一端だったよ。普段は補給物資を積んだ降下船は、この基地の付属宇宙港に降りるから手出しできなかったけど、今回は首都ドリステルの宇宙港、ドリスポートに降りたからね。駐屯軍を弱体化させるいい機会だってんで、襲ってきたらしいよ。ついでに、メック部品はいい金になるからね。活動資金にもなるって一石二鳥を企んだらしい。」
その言葉に、キースは頷く。短距離ミサイルランチャーなどという、本体も弾頭も馬鹿高い代物を、そうそう下手な犯罪組織程度が用意できるわけが無いのである。キースは尋ねる。
「……で、やつらは発掘メックがNAISへ送られることを掴んでましたか?もしくはそのことをクリタ家の、ドラコ連合の領域へと情報を送っていましたか?……いや、実行部隊の下っ端がそんなことを知るわけが無い、ですね。」
「うん。ただ、何名が捕まえることができたからねえ。こいつらを惑星軍に引き渡して、今進められているドラコ連合のスパイ網摘発に役立ててもらえる……んじゃないかな?ははは。惑星軍からも引き渡し要請が来てるんだよね。」
「うちには組織的な捜査能力は無いですからね。さっさと引き渡しましょう。まさか惑星軍そのものがスパイ網に絡め取られてるわけは無いでしょうし。」
頷くアルバート中尉。キースはその後2~3件の用事を話し合ってから、司令室を退室した。
キースは自分の執務室に、エリオット少尉待遇軍曹とジャスティン二等兵を呼び出した。ちなみに用事の内容は、エリオット軍曹には先に話して了解を貰っている。やがて扉をノックする音が響く。
「どうぞ。」
「エリオット・グラハム少尉待遇軍曹、およびジャスティン・コールマン二等兵、お呼びにより出頭いたしました!」
やって来た2人は、キースの前に直立不動で立つ。キースはエリオット軍曹にまず話しかけた。
「軍曹、貴様は今日はこっち側だ。俺のとなりに立ちたまえ。」
「はっ!」
エリオット軍曹がキースの隣に立つ。2人の上官に見つめられる格好になったジャスティン二等兵は、少々おどおどした様子を見せたが、エリオット軍曹に睨みつけられると、びしっと背筋を伸ばした。キースは彼に話しかける。
「ジャスティン二等兵、随分俺のことを高く評価してくれたらしいな。聞いたぞ?PXで歩兵仲間にあのトレーラートラックの上での俺の武勇伝を、かなり脚色して話してたそうじゃないか。」
「はっ!も、申し訳あ……。」
「いや、責めているわけじゃない。そう怯えるな。俺からすれば、貴様の行動も格好良かったがな。とっさの判断で、敵のジープに車体をぶつけるあの度胸と技術は、なかなかの物だ。」
ジャスティン二等兵の顔色は、蒼くなったり赤くなったり忙しい。キースはそこでにやりと笑い、机の引き出しから1通の書類と襟章を取り出す。
「と言うわけでな。今日は貴様に、これまでの忠勤の分も含めて褒美をやろうと思う。受け取れ。」
「はっ!……こ、これは!」
「辞令と、新しい襟章……階級章だ。本日ただいまより、貴様を一等兵に任ずる。今後とも励めよ。」
ジャスティン二等兵、もとい一等兵は、感動して言葉も無い様だ。エリオット軍曹が怒鳴る。
「ジャスティン一等兵!」
「は、はいっ!あ、ありがとうございます!今後とも決死の覚悟で頑張ります!」
「うん。ただし決死の覚悟はいいんだが、本当に死んだりするなよ?」
「はっ!」
キースはエリオット軍曹と目を合わせる。エリオット軍曹の顔は無表情だったが、その目は笑っていた。キースは、自身の目も笑っているだろうことを感じていた。
バトルテックのTRPGルール、メックウォリアーRPGでは、生身の戦闘は致命的です。でも、一度ぐらいはやらないわけにもいかないので……(笑)。ですので主人公には、映画を参考に派手に活躍してもらいました。