ここは恒星連邦ドリステラⅢ駐屯軍基地の、キースの執務室である。時間は連盟標準時間で3025年10月6日の早朝。今キースの眼前には、彼の忠実な部下であるエリオット・グラハム少尉待遇軍曹が、直立不動で立ち尽くしていた。キースは厳しい表情で執務机に向かい、書類の束を捲っている。と、彼は突如破顔一笑する。
「……よくやった。おめでとうエリオット軍曹、いや少尉。」
「それでは……。」
「ああ……。先日受けてもらった、恒星連邦の法規で定められた士官任用試験だが、貴様……いや貴官は見事に合格だ。本当におめでとう。」
「はっ!ありがとうございます!」
キースは執務机の引き出しから、一通の書類と小さな金属片を取り出す。
「これが辞令だ。本日ただ今より、貴官を少尉に任ずる。これが新しい襟章……階級章だ。」
「はっ!謹んでお受けいたします!」
エリオット少尉は、新しい階級章を誇らしげに身に付けて、相も変わらず直立不動で立っている。キースはその様子を、うんうんと頷きながら見ていたが、やがて別の話をエリオット少尉に振った。
「ところで少尉。君の直属の部下たちだが、各々昇進させようかと思うんだがな。ああ、ジャスティン一等兵は先日昇進したばかりだから、もう少し待ってもらうとしてだ。
テリー・アボット伍長は軍曹に、ヴィクトル・デュヴェリエ一等兵は伍長に、ラナ・ゴドルフィン一等兵とジェームズ・パーシング一等兵は上等兵に、それぞれ昇進させたい。どうかな?」
「はっ!自分はそれでよろしいかと存じます!……ですが、今名前の上がらなかった、ロタール・エルンスト上等兵は、現在の階級に据え置きでしょうか?」
「それなんだが……。先日基地のバトルメック用シミュレーターの記録を確認してみたんだが……。ロタール上等兵の使用記録があってな。これが中々な物なんだ、うん。」
「は?」
キースは腕組みをして、難しい顔をしてみせる。
「ちょっと実機に……予備メックの1機に乗せてみようかと思ってな……。その結果次第では、彼をメック戦士に取り立てるやもしれん。その場合、軍曹に任ずる。」
「それは……。奴にとっては素晴らしいことですな。奴は常々、メック戦士への憧れを口にしておりました。」
「と言っても、シミュレーターと実機では違う部分も多々あるからな。あっさり不合格になるかもしれん。その場合でも、まあ伍長だな。」
執務机から立ち上がり、キースは窓際へ歩み寄る。
「その他にも、助整兵の中に使えそうな人材がいるんだが……。肝心要の士官がいない。マテュー少尉かリシャール少尉を異動させようかとも思ったが、マテュー少尉は俺の、リシャール少尉はアーリン中尉の補佐に必要な人材だ。そう簡単に動かすわけにもいかん。
カイル船長がスカウトを成功してくれれば良いのだが……。」
「メック部隊を拡張されるのですか?」
「ああ。もうすぐこの駐屯任務の契約がいったん切れる。そうなると、アルバート中尉の小隊が欠けることになるからな。」
キースはつい先日のこと……ハリー・ヤマシタを倒した次の日のことを思い出していた。
3025年9月29日、MRBの管理人であるウォーレン・ジャーマン氏とパオロ・アブルッツィ氏、ヴァルト・カルッピネン氏の3名が、キース、アルバート中尉、アーリン中尉の3名と相談したいことがある、と面談を申し込んできた。一体全体何事だ、とキースたちは怪訝に思ったものの、面談を承諾する。駐屯軍基地の会議室で、キースたちはMRBの管理人3名と向き合うこととなった。
3人の管理人を代表して、『機兵狩人小隊』担当のパオロ氏が口を開く。
「この度は、わざわざ申し訳ありません。少々緊急のご用件でしたものですから。実は少々お願いの儀がございまして。実は今回の駐屯任務なのですが、2ヶ月間と言う事になっておりましたが……。『SOTS』及び『デヴィッドソン装甲巨人隊』には今回の駐屯任務終了後、引き続き3ヶ月間この惑星への駐屯契約を結んでいただきたいのです。
実は惑星マーダックでの戦闘が激化しましてね。そのしわ寄せが、もろにこの惑星の防衛体制に来たんですな。本来であればマーダックから戻ってくる予定であった『グレート・ターヒル中隊』が、戻ってこられる状態では無くなったんです。」
「……私には決定権は無いわね。今回の駐屯任務終了時点をもって、『デヴィッドソン装甲巨人隊』はキース中尉の傭兵メック部隊『鋼鉄の魂』……『SOTS』に、吸収合併されることで話がついてるのはご存じでしょう?既に経営も統合されてて、もう事実上私たちは『SOTS』の一員なのよ。」
「ですが形式上では、まだ2つの隊は別々の傭兵部隊です。それにキース中尉でしたら、アーリン中尉にご相談ぐらいはなさるでしょう。ですから、最初からこの場にお呼びしておいた方が良かろうと思いまして。」
アーリン中尉を呼んだ理由を、パオロ氏が説明する。ここでキースがパオロ氏に質問を投げかけた。
「……何故アルバート中尉の『機兵狩人小隊』が話に出ないのですか?」
「それなんだけどね、キース中尉。」
答えたのはMRB側の人間ではなく、アルバート中尉本人だった。
「俺たちの部隊は、既に次の契約が決まってるんだよ。この惑星に来る前から、予定がきっちり詰まってたんだよね。」
「当初はそれをどうにか変えられないかやっては見たんです。ですがMRBの方から、契約を安易にひっくり返す前例は、できる限り作りたくない、と言われては……。所詮わたしたちは下請けですからね。」
「……そう言うわけ、ですか。」
キースは納得する。ここでアーリン中尉が突っ込みを入れた。
「と言うことは、しばらくは2個小隊でこの惑星を守るわけね?」
「いや、2個小隊だけと言うわけでも無いですね。俺は今、この間取り戻した元『BMCOS』の戦車を使って、機甲部隊の編成をしようと考えてたところなんです。戦車はバトルメックの適性が低い人間でも、扱い易い。無論正面戦力として扱うつもりはないです。長距離火器を使用した支援戦力として期待してるんですよ。
……と言うか、仕事を受けること前提で話が進んでますね。まあ最終決定は部隊の幹部会議にかけてからになりますが、この仕事を受けることに問題は無いと思います。」
「でも戦車兵が使い物になるようになるまでは、相応の時間が必要でしょう?」
「ええ。ですので、バトルメック部隊の拡張も視野に入れてます。うちは取り戻した元『BMCOS』の機体で、予備バトルメックは豊富ですからね。もっとも修理しないと使えない物が多いですが……。
と、話がずれましたね。」
話を少々強引に戻したキースは、パオロ氏に向かって言う。
「先ほども言った通り、部隊の幹部会議にかけないと確約はできませんが、俺個人としてはこのお話、お受けしても宜しいかと存じます。」
「そうですか!いや、ありがとうございます!」
「アルバート中尉は当初の契約通り、10月11日にこの惑星を撤退ですか……。寂しくなりますね。」
「そうだね。そこでキース中尉に頼みがあるんだけどね……。」
「何ですか?」
頷くアルバート中尉。
「うん、うちの小隊で雇用した歩兵と助整兵、そのまま継続してキース中尉のところで雇用してくれないかな。特に歩兵たちは、この惑星から出ていって一旗揚げたいらしいから。キース中尉のところにはフォートレス級があるから、1個中隊までは歩兵を連れていけるだろう?」
「わかりました。その件はまかせてください。」
と、キースは我に返る。けっこう長い間、考え事をしていた様だ。エリオット少尉が直立不動のまま立ち尽くしている。
「ああ、すまん少尉。ちょっと考え事をしてしまった。で、だ。ロタール上等兵をこれから実機でテストしようと思う。それが終了した後で、君の直属歩兵の面々には君からこれらの辞令と新しい襟章を渡してやってくれ。ロタール上等兵は合格したら俺から、不合格だったら君から渡す事にしよう。」
「はっ!」
「では俺はバトルメック格納庫に移動する。ロタール上等兵にはこちらからも連絡するが、少尉からも言ってやってくれ。では下がってよろしい。」
「はっ!では失礼いたします!」
キースはエリオット少尉が出て行った後、ロタール上等兵ともう1人の助整兵に呼び出しをかけると、サイモン老に連絡をして整備兵にテスト用のバトルメックの準備をさせた。彼は内心で考える。
(ロタール上等兵と、このカーリン・オングストローム二等兵という助整兵が合格してくれると良いんだけどな……。それにしても、士官が欲しいよ。『ロビンソン戦闘士官学校』の恩師に手紙を書いて、自分のメックを持っていなくとも良いという条件で紹介を頼んだけど、卒業者が出るのは来年の6月だからなあ。
惑星学者のスカウトに行ったカイル船長とイングヴェ副長にも、メック戦士もしくはメックを受け継げなかったメック戦士家系のメック戦士養成校出身者を探してくれる様頼んだんだけど……。あと、気圏戦闘機も奪い返したトランスグレッサー戦闘機が2機、浮いてるんだよなあ。機体のない航空兵のスカウトも頼んだものの、成功するかどうか、わかんないよな。
他にも、航宙艦クレメント号のアーダルベルト艦長やクヌート副長の伝手で、マーチャント級の航宙艦もう1隻と専属契約を結べないかあちこちに打診してもらっているけど……。頼むから上手く行ってくれないかな。)
書類の束を整えて、彼はバトルメック格納庫へと向かった。
日がかわった10月7日、キースは自機75tマローダーに搭乗して、駐屯軍基地の演習場にいた。そこではバトルメックの実機搭乗テストに合格して昇進、異動したロタール軍曹と、同じく合格して昇進、異動したカーリン伍長が、実機に慣れるための訓練を受けていたのである。彼らに貸与された機体はロタール軍曹が65tクルセイダー、カーリン伍長が55tグリフィンだ。ちなみにキースの意向で自分の乗機を65tサンダーボルトと交換したマテュー少尉や、同じく乗機を55tグリフィンに交換したヴィルフリート軍曹も、一緒に機種転換訓練を受けている。キースはその訓練を監督していたのだ。
更にその演習場では、新たに雇用した戦車兵たちが自分たちに宛がわれた戦車を用い、猛訓練を行っている。キースはそちらの監督も同時に行っていたが、流石に手が回らず、アーリン中尉とリシャール少尉に手伝ってもらっていた。
「どうです?アーリン中尉、リシャール少尉。」
『まだまだ使い物にならないわね。小隊長としてスカウトしてきた、元惑星軍予備役だった3名の少尉待遇軍曹が乗ってる戦車は、さすがにそこそこの命中精度を出してるんだけど……。他の車輛はまったく駄目。』
『ですね。それに各小隊長の車輛も、砲撃はなんとかなってるんですが、運転手は素人同然です。戦車の操縦自体は、他の車輛と変わらず上手いとは言えません。この練度ですと、下手をすると戦場で擱座する車輛を大量生産することにもなりかねませんね。』
「まだまだ訓練が必要か……。」
溜息を吐くキース。と、アーリン中尉は今度はキース側の状態を聞いてきた。
『キース中尉の方は、どんな具合かしら?』
「マテュー少尉とヴィルフリート軍曹は、基本的には問題は無いです。強いて言えば、マテュー少尉がウルバリーンと比べてジャンプもできず機動力が無くなった機体に戸惑っていることと、ヴィルフリート軍曹がウィットワースに比べ発熱の厳しくなったグリフィンの熱管理に心もち苦心している程度でしょうかね。
ロタール軍曹とカーリン伍長は……。何と言うか、信じがたいですね。初めて乗った実機を、手足の様にとまではいきませんが、乗りこなしています。今までシミュレーター訓練だけしかしていないとは思えませんよ。ただロタール軍曹は歩兵として実際の命がけの戦闘に出たことがあるので心配ないと思うんですが、カーリン伍長は今まで戦闘とは関係ないところにいた助整兵でしたから……。いざ実戦となった時に、どれだけ動けるかわかりません。それが不安ですね。
まあ……実戦での実力はともかく、基礎的な能力は非常に優秀です。これで士官ができれば2人ほど入ってくれれば、火力小隊を結成できます。アーリン中尉の隊は、合併、再編成後は偵察小隊になってもらいますから、そうなればまっとうな1個中隊が編成できますね。……士官さえいれば。」
『士官、かぁ……。』
アーリン中尉は溜息を吐く。最悪の場合、マテュー少尉やリシャール少尉を新設の火力小隊に回せば、信頼のおける立派な火力小隊ができあがるだろう。ただしその場合、頼りになる戦力を引き抜かれた指揮小隊と偵察小隊はかなりの戦力ダウンになる。更に頼りになる補佐役を失うキースとアーリン中尉の負担も、かなりの物になるだろう。総合的に見て、若干ながらそちらの戦力ダウンの方が痛いと判断されたのだ。
頭を振りながら、キースは言葉を発する。
「どちらにせよ、カイル船長とイングヴェ副長がスカウトから帰ってくるのは、あと2週間先です。それまではロタール軍曹を指揮小隊に、カーリン伍長を偵察小隊に一時的に編入して、双方5機編成の増強2個小隊体勢でいきます。信頼できる士官が見つからない場合は、その体勢を続けることになるでしょう。」
『アルバート中尉の隊が抜けるのは、やっぱり痛かったわよねぇ……。戦力的にも人材的にも、感情的にも。』
「今日を含めて、あと5日ですか……。」
この惑星の短い夏が過ぎ、秋模様からもう冬の気配が訪れつつある空を見上げ、キースは呟いた。
そして4日が瞬く間に過ぎた。明日はアルバート中尉たちがレパード級降下船ゴダード号で、この惑星を離れる日だ。『SOTS』『デヴィッドソン装甲巨人隊』の面々は『機兵狩人小隊』のために、ささやかながら送別の宴を開いた。
キースは、『機兵狩人小隊』の面々と話をすべく、宴会会場を歩き回る。そして彼は、探していた人物のうちの1人を見つけた。
「エルンスト曹長。」
「おや、キース中尉。アルバート中尉なら、今しがたあちらに……。」
「いや、そちらにも後で挨拶に行くが、今は曹長を探していたんだ。」
「ほう?」
「これまで色々と、ありがとう。うちの連中が仇を討てたのも、曹長のおかげだ。」
心からの礼を言うキースに、エルンスト曹長は照れくさそうに鼻の頭を掻いた。
「いえ、私はたいしたことはしていませんよ。」
「いやいや、曹長の尋問技術が無かったら、今頃どうなっていたことか。万が一ハリー・ヤマシタを逃がしていたらと思うと……。本当にありがとう。」
「それでしたら、素直にお気持ちを受け取っておきましょう。どういたしまして。」
エルンスト曹長の元を離れたキースが次に会ったのは、整備兵のヴァランティーヌ曹長だった。
「ヴァランティーヌ曹長、ここにいたのか。君にもお礼を言っておかなければならないと思ってな。」
「あらキース中尉でしたの。いえいえ、私の方こそ、お礼を申し上げなければならないと思っておりましたのよ?キース中尉の郎党のサイモン曹長、あの方には本当にお世話になりましたの。幾つもの秘伝を、惜しげも無くお教えいただいて、本当に頭が下がる思いでしたわ。」
「ああ……。なるほど……。サイモン爺さん……サイモン曹長は、後継ぎを全て亡くしているからな。自分の技術が断絶して失伝してしまうよりは良いと、整備兵たちに積極的に広めているそうなんだ。」
遠い目になって重い話をするキースに、どう返答して良いかわからなくなるヴァランティーヌ曹長。だが気を取り直して、キースに頼み事をする。
「キース中尉、サイモン曹長にこのマイクロフィルムをお渡ししていただけませんか?」
「これは?」
「私の家系の、バトルメック整備の秘伝書の写しですの。技術を教えていただくだけなんて、整備兵としての沽券にかかわりますわ。お返しにこれをお渡しすると、お伝えくださいまし。その内容を誰かに伝えようが、死蔵しようが、かまいませんと。」
思わずキースは目を見開く。整備兵の家系にとって、一子相伝の秘伝がどれだけ大切な物かは、傭兵メック部隊で育ってきた彼にはよくわかっていた。一瞬返却しようかと思ったキースだったが、ヴァランティーヌ曹長の目を見てそれをやめる。キースは言った。
「ありがとう曹長。サイモン曹長には間違いなく渡しておくとも。でも何故直接渡さずに、俺を介して?」
「ちょっとした意地ですわ。サイモン曹長には天狗の鼻をへし折られて、随分とやりこめられましたから。」
「そ、そうか……。すまんな。」
「いいえ、かまいませんわ。」
ヴァランティーヌ曹長の傍を離れたキースが、次に立ち寄ったのはメック戦士ギリアム伍長と、同じくメック戦士アマデオ伍長が盛大に食っているテーブルだった。キースが近づくと、2人は朗らかな笑顔で敬礼をしてくる。キースは答礼をした。
「ご苦労、楽にしてくれ。君たちとはあまり接点が無かったが、それでも戦場で色々と助けられたからな。礼を言っておかねば、と思ってな。ありがとう。」
「いえいえ、こちらこそキース中尉たちにはお世話になりましたから!気圏戦闘機の支援とか、キース中尉やアンドリュー軍曹の神業みたいな射撃とか!」
「そうですね。それにサイモン曹長との間接砲撃の連携も、素晴らしかったです。あれが無ければ最後の待ち伏せしていた敵には勝てたかどうか……。」
「そこまで褒められると、照れくさいな。ははは。うちのアンドリュー軍曹やエリーザ軍曹とは仲良くやってくれてたらしいじゃないか。そちらについても礼を言わせてもらうよ。」
キースはそれだけ言うと、早々にその場を離れる。楽しくやっている様だし、上官である自分がその場にいては空気が重くなるのでは、と気を遣ったからだ。次にキースはレパード級降下船ゴダード号のヴォルフ船長と、オーレリア副長を見つけたが、彼らはかなり出来上がっており、他の降下船船長や副長に絡んでいる状態であった。この状態では話はできまいと、キースは彼らとの別れの挨拶は明朝出発間際に回すことにする。
そして彼は、ある意味難敵であるサラ少尉に遭遇した。
「やあ、サラ少尉。楽しんでいるかね?」
「はい。」
「そうか、それならば良かった。今、『機兵狩人小隊』の人たちにお礼を言っていたんだ。」
「……。」
「サラ少尉にも、色々と助けてもらったからな。あのメック部品搬送の時の事件とか。他にも色々と、俺が苦しんでいるときに声をかけてくれただろう。感謝している。」
「……。」
「え……と。」
サラ少尉は鉄面皮を崩さず、黙然としている。キースは言葉に詰まる。だがそのとき、彼はサラ少尉の耳が赤くなっているのに気付いた。彼女は照れていたのである。
「少尉、君に武運があることを祈っている。次の任務も、頑張ってくれ。」
「……はい。」
無難な台詞でその場を切り抜けるキースだった。下手に突っついては、彼女も困っただろう。
最後にキースは、アルバート中尉のところへ向かった。アルバート中尉はアーリン中尉と談笑している。キースがそちらに近づいていくと、アルバート中尉は片手を上げて挨拶してきた。
「よう、キース中尉。見てたぞ。普通、挨拶回りするのは俺たちの側だと思うんだがね。律儀だなあ。」
「いえ、俺は年少者ですからね。年長者を立てるのは当然でしょう。」
「ごふっ!げぼっ!そ、そう言えばそうだったわ。」
年少者の一言で、口に含んでいた飲み物を気管に吸い込み、噎せるアーリン中尉だった。キースが16歳だと言う事を知ってはいても、すっかり忘れていたらしい。
キースはアルバート中尉に、礼を言う。
「アルバート中尉、本当にありがとうございました。」
「おいおい、俺は大したことはしてないよ。それよりも君に俺が助けられることの方が多かったと思うんだけどな。」
「いえ、敵が持っていた元『BMCOS』のバトルメックや降下船、気圏戦闘機や戦車など、奪還した物を俺がもらうことについて、一言も文句を言わずに認めてくださったでしょう。そちらの儲けは随分薄くなったはずです。にもかかわらず、我々には大変良くしていただいて……。」
キースはアルバート中尉に心から感謝していた。アルバート中尉もそのことがわかったのか、深く頷いた。
「まあ、なんだ。どういたしまして、だな。ただ儲けって面では、そうでもないよ。ほとんどそちらの活躍で鹵獲した、敵の降下船コバヤシ・マル号。あれの報奨金は3つの小隊で割っても、莫大だったからなあ。それにうちの部隊は全部の戦闘において、装甲板と弾薬だけの損耗で済んだから、恒星連邦との契約で全部出費も賄えるんだよね。
それにキース中尉が書類仕事他を手伝ってくれなかったら、小隊統率の経験しかない俺が中隊規模の部隊を管理するなんて不可能だったさ。キース中尉の立場だったら、全部俺にふっ被せて自分の小隊のことだけ考えていても、文句を言われる筋合いじゃあないのにさ。」
「そう言っていただけると、気が楽になります。」
「アルバート中尉もキース中尉も、お互い人間ができてるわよね。肩を並べて戦うこちらとしては、随分助かったわ。」
アーリン中尉の言葉に、アルバート中尉はにやりと笑って応える。
「今後はキース中尉が部隊を率いることになるからな。アーリン中尉も、ちゃんと彼の事を手伝ってくれないとキース中尉が苦労することになるぞ。」
「わ、わかってるわよ。書類仕事でも整備の手伝いでも、なんでも来いよ!」
「よろしくお願いします、アーリン中尉。」
そしてアルバート中尉は、キースとアーリン中尉に向かって言った。
「2人の隊と仕事ができて、本当に良かったよ。何かこちらからも礼をしたいが……。そうだな。」
そう言ってアルバート中尉は、自分の服のポケットをごそごそと探る。と、そこから何やら1枚の紙片が落ちた。キースはその紙片を拾い上げる。
「落としましたよ、アルバート中尉。おや?」
「ああ、すまない。それは大事な写真なんだ。」
キースはその写真をアルバート中尉に返す。その写真には、年端もいかない少女が写っていた。アルバート中尉はその写真を優しい目で見つめる。
「これは俺の娘の写真なんだよ。」
「ええっ!?アルバート中尉、既婚者だったんですかっ!?それも娘さんがいらっしゃる!?」
「アーリン中尉、そこまで驚くことじゃないでしょう。ですが、娘さんは部隊と共に暮らしてはいらっしゃらないんですね。」
アルバート中尉は、笑って言った。
「いや、ね。君の家だったゾディアック号みたいにユニオン級ならばともかく、俺が暮らしてるのはレパード級のゴダード号だし。それに部隊に教育担当官もいないからね。だから後方の惑星に家を借りて、そこから普通の家の子供みたいに学校に通わせてるのさ。妻もそこにいる。
ただ……。出稼ぎお父さんだからねえ……。妻や娘とはたまにしか会えないし……。手紙のやりとりは一応してるんだけど、子供に顔を忘れられそうなのが少し悲しいかな。はは、は。
っと、あったあった。キース中尉には、これ。アーリン中尉には、これをあげよう。」
「「?」」
キースの手に渡されたのは、1個の懐中時計であった。懐古趣味で、なかなか品が良い。連盟標準時を表示する物だった。ちなみにアーリン中尉は、1本の万年筆を貰ったようだ。
「どちらもそう高いもんじゃないけど、品質は良いよ。俺が初めての戦闘の報酬で買った物なんだ。」
「え!そ、それって大切な記念の品じゃないんですか!?」
「大事な物だとしたら、受け取れませんよ。」
「いや、いいんだ。君たちという、素晴らしい戦友に出会えた証の品だと思って、持っていてほしい。」
キースはおもむろに自分の腕時計を外すと、アルバート中尉に渡した。
「ならば、交換といきましょう。これは特に思い入れとかがある品ではなくて申し訳ないんですが、耐水、耐ショックの上に、連盟標準時と予め設定しておいた複数惑星の時間とを、同時もしくは切り替え表示できる優れものです。後で設定方法の記載された説明書もお渡ししますよ。」
「あ、わ、わたしもこれを!私の関数電卓ですけど、時計機能や日々の占い機能なんかもついてて、とってもお得なんです!」
アーリン中尉も、懐から可愛らしい蛍光色の飾りが付いた電卓を取り出して、アルバート中尉に渡した。アルバート中尉は苦笑して、2つの品を受け取る。
「君たちは律儀だねえ。ありがたく受け取らせてもらうよ。……ありがとう、戦友。」
「こちらこそ、戦友。」
「元気で、戦友。」
連盟標準時にて、3025年10月11日の早朝まだ薄暗い時間帯、レパード級降下船ゴダード号は『機兵狩人小隊』と2人のMRBからの管理人パオロ・アブルッツィ氏およびヴァルト・カルッピネン氏を乗せて滑走路に出る。本来『デヴィッドソン装甲巨人隊』担当のヴァルト氏が乗っているのは、『デヴィッドソン装甲巨人隊』が『SOTS』と合併することで部隊毎の管理人が必要なくなったため、『機兵狩人小隊』に便乗して惑星ガラテアに帰還するためである。
ちなみにこの様な薄暗い時間帯に出ることになったのは、この惑星の標準時間と、地球の時間帯に合わせてある連盟標準時との間にズレがあるためだ。その上この惑星の自転周期は25時間であり、ただでさえ少しづつズレて行くのである。
「……礼砲撃て!『機兵狩人小隊』に対し、敬礼!」
キースの号令で、この惑星に残るバトルメック部隊が一斉に粒子ビーム砲やレーザー砲を上空に向けて発射し、ゴダード号に向けて敬礼を送る。ゴダード号は滑走路上を疾走し、ふわりと宙に浮きあがった。そしてそのまま轟音を立てて、はるか上空へと消えていった。
しばらくそれを見送っていたキースであったが、やがて帰還命令を下す。
「各自バトルメックを格納庫に戻せ。その後、通常業務に復帰する。」
『『『『『『了解!』』』』』』
キースはマローダーに踵を返させ、歩み出させる。この日をもって、キースは大尉に昇進し、傭兵中隊『SOTS』部隊司令兼、恒星連邦ドリステラⅢ駐屯軍司令官の座に就いた。
アルバート中尉たち『機兵狩人小隊』とは、一時これでお別れです。はたしてまた無事に会えるのか、それとも……。
そして主人公は、大尉昇進して『SOTS』も中隊に規模拡大しました。まあ、まだ欠員だらけなんですけどね。