3025年10月26日、駐屯契約の更新から1ヶ月近くが経とうとしていたこの日、キースはサイモン老と共に、ドリステラ公爵ザヴィエ・カルノーに呼び出されていた。呼び出し先は、首都ドリステル近郊の惑星軍基地だ。キースはジープの車上で、サイモン老にこの呼び出しについて尋ねてみた。久しぶりに2人だけなので、口調は上官としての物ではない。
「サイモン爺さん、爺さんは今日の呼び出しについて何か聞いているかい?」
「いえ、特には聞いておりませんのう、坊ちゃん。けれど大方の予想はつきますわ。」
サイモン老はハンドルを握りながら答える。サイモン老の方も、昔ながらの呼び方でキースを呼んでいた。
「奪還した元『BMCOS』のバトルメックや気圏戦闘機、戦車などの修理も、可能な物は終了しましたでのう。後は部品を買う金が乏しいですからの、一時修復凍結ですわ。」
「ああ。全資金を使い切る覚悟でやれば、どうにかなるかも知れないけど……。いつ資金が必要になるかもわからないからなあ。それをやるわけには行かないよ。乗るメック戦士もいないのに。」
「だもんで、暇ができましたでの。前々からの約束通りに、先日までパメラ嬢ちゃんと一緒に公爵閣下のところへ出向して、惑星軍基地に移設したバトルメック自動整備施設とバトルメック製作施設の最終調整に行ってきましたんですわ。」
キースもそれは知っていた。そのためサイモン老とパメラ伍長は、しばらく恒星連邦ドリステラⅢ駐屯軍基地にいなかったのだ。その謝礼金としてザヴィエ公爵から入って来た資金で、部隊はかなり助かっている。
「その時に施設の設備の動作試験を兼ねて、ちょいと悪戯をやったんですわ。それの関係じゃないかと思いますがの。」
「サイモン爺さんの悪戯……?ちょ、ちょっとぞっとしないな。」
キースの背中に冷たい汗が流れる。サイモン老の能力は、NAISの最先端技術者に匹敵するか、下手をすると凌駕している。本人にとってはちょっとした悪戯であっても、えらいことになっている可能性は無くも無い。だがサイモン老は安心させるように言う。
「何、惑星政府、惑星軍とわしら駐屯軍の両方にとって、悪いことじゃありませんわな。心配ないで……。おっと、もうすぐ到着しますでの、坊ちゃん。」
「うん、そうだな。ここからは、お仕事モードだ。ジープを駐車場に入れろ、サイモン曹長。」
「了解しましたわい、隊長。」
キースは口調を変えた。サイモン老もキースの呼び方を変える。サイモン老操るジープは、非常に滑らかな挙動で惑星軍基地の駐車場へと入って行った。
惑星軍基地に着いたキースたちは、迎えに出た士官に案内されて惑星軍基地の奥深くへ移動して行った。やがて到着したのは、惑星軍基地の指令室である。そこで待っている2人の人物を見て、キースとサイモン老は敬礼した。待っていた人物の片方は、答礼を返してくる。
答礼を返して来た人物の方はこの惑星軍基地の司令官、アントナン・カレ中佐である。彼自身は適性を欠いているためメック戦士でこそないが、充分な指揮能力を持っていると言う話だ。戦車部隊を指揮していたこともあるらしい。更に彼の娘は立派に家伝のメックを駆って、ザヴィエ・カルノー公爵の孫娘のメック部隊にいるらしいとのことだ。
答礼を返してこなかった人物は、言わずと知れたザヴィエ・カルノー公爵である。公爵は鷹揚に言葉を発した。
「ああ、楽にするがよい。よく来たの、キース・ハワード大尉。サイモン・グリーンウッド曹長も、先日は世話になったの。……そう言えば、大尉昇進の祝いを何もやっておらんかったのう。」
「はい。いいえ、お気づかいなくお願い申し上げます、公爵閣下。」
ザヴィエ公爵は微笑むと、指令室のスクリーンに目を向ける。
「見るが良い。そこのグリーンウッド曹長の成果じゃ。なかなかの物じゃのう。」
「は。……これは?」
「グリーンウッド曹長が、移設したバトルメック製作施設の調子を見るために、造り上げた物だ。凄いものだな、大尉。設備の調子を見るためだけに、あれだけの物を造り出してしまう能力とは……。」
答えたのは、アントナン中佐である。スクリーンには、演習場の様子が映し出されていた。そこでは4機の強襲メックと見ゆるバトルメックが、射撃訓練を行っている。その内の2機は、キースにも見覚えがあった。
「あれは、先日鹵獲したマッキー?しかし武装が追加されている?いや、それだけでは無いか……。装甲も強化されている様だし、胴体部に放熱器が多数追加されている。
残りの2機は、外観からするとサイクロプスの改修機か?だが形が違い過ぎる……。それにサイクロプスを特徴づける、最大口径のオートキャノンが無い。」
「一目で理解するか……。やはり欲しい人材よのう、ほっほっほ。グリーンウッド曹長、発言を許す。キース大尉に、あの4機について説明してやるが良い。」
「はっ。了解であります。公爵閣下。」
ザヴィエ公爵の許しを得て、サイモン老は話し始めた。
「隊長、あの4機なんですがの。バトルメック製作施設が移設後にちゃんと稼働するか確かめるためにやった、やっつけ仕事なんですわ。」
「やっつけ仕事?」
「まずはマッキー2機ですがの。あれは最古のバトルメックだけあって、不必要に重い装備を使っておったんですの。たとえば操縦席は、現代のバトルメックは3tの重量があるんですが、マッキーは5tもするんですわい。あと融合炉も、不相応に重いエンジンを載せておりますわい。」
(……うん、知ってる。あとは装甲板も古い規格の、重たさの割に防御力が弱い物だったんだよな。)
キースが内心で呟いてる間にも、サイモン老の説明は続く。
「だもんで、操縦席の換装、装甲板の全面張り替え、エンジンとジャイロの交換を済ませたら、機体の容量に随分と余裕ができましての。そこに火器と放熱器を束にして載せてでっちあげたのが、あのマッキー改ですわ。」
「もう2機は?」
「マッキーから外した融合炉とジャイロが余っておりましたんでのう。そこにあのバトルメック製作施設の遺跡に遺棄されておった、90t級強襲メックの骨格がちょうど2機分ありましたでの。どうもサイクロプスの初期型だった様で……。ただ残念なことに、サイクロプスの最大の特徴とも言えるタクティコンB-2000戦闘コンピュータは外されておりましてのう。」
タクティコンB-2000戦闘コンピュータは、戦闘指揮補佐用の非常に優秀なコンピュータだ。キースはそれについて、前世の記憶を辿る。
(たしかゲーム的には、イニシアティヴに+1のボーナスがあるんだよな。しかも通信装置がこのコンピュータに直結してて、連隊規模の指揮能力を提供する、だったか。……たしかに残念だな、B-2000コンピュータが無くなってたのは。)
「それでその骨格とマッキーから外したエンジン、ジャイロを使って、レーザー系の武装とマシンガンを束にして積み込んででっち上げたのが、あの機体ですわ。H2D-2G、ヘッジホッグと名付けましたがの。」
その名前を聞き、キースの前世の記憶が再び刺激される。
「……待て、サイモン曹長。俺はどこかでヘッジホッグと言う名前のバトルメックを聞いたことがあるぞ?よほどマイナーな機体だったのか、ほとんど全く知られていないんだが。俺も詳細は知らん。」
「ありゃ?で、では何か別の名前を付けた方が良いですの。う~ん……。」
「……とりあえず、サイクロプス改、でいいだろう。何か良い名前を思い付いたら改めて、と言うことで。……で、やっつけ仕事と言うのは?」
キースの言葉に、サイモン老は頭を掻きつつ答える。
「元々あの4機、バトルメック製作施設が移設後にちゃんと稼働するか確かめるためにだけ造った、と言いましたな?設計に徹底的に手を抜いたんですわ。とりあえず動けばいいってだけで。だから生産性は勿論のこと、整備性も低く、それが原因で稼働率もお世辞にも高いとは言えないんですわ。
それでもマッキー改はまだ実際に動いてたメックを改造した物ですんで、まだましなんですがのう。ヘッジホッグ、じゃなかったサイクロプス改は、動いてるうちはいいんですが、いったん壊れるとわしじゃないと直せないと言うか……。バトルメック自動整備施設には、パメラ伍長が設計図を登録しておいたんで、あれなら時間をかければ直せるんですがの。」
「いや、それでも凄いと私は思うがね。充分に実戦に使えるバトルメック2機を、ほとんど残骸状態のパーツと予備部品から、短時日に組み上げてしまうその腕前は。」
「はい。いいえ中佐、凄いのは遺跡から回収したバトルメック製作施設ですわ。あれは大量生産こそ不可能ですがの、僅かな試作機や実験機を組み上げるだけならば充分な設備ですわ。それがあったればこそ、のスピード組み立てですのう。」
アントナン中佐の賞賛に、サイモン老は謙遜して見せる。実際にサイモン老の技術は物凄いのだ。それがあってこそ、バトルメック製作施設を十全に使いこなせたのであろう。実際、惑星軍に所属していたり雇用されていたりする技術者連中では、その同じ施設を使って軽メックを造ることすらできない。まあメック設計の知識や技術が無いのだから、当然のことではあるが。
ちなみにそのバトルメック製作施設や自動整備施設には残念ながら、当時の星間連盟でも最新技術であった、今現在では遺失技術となっているテクノロジーに関するデータは残っていなかった。わずかにバトルメック自動整備施設のコンピュータに、バトルメック自動制御装置のコマンド集のみが残存していただけである。この惑星にあった大半の遺失技術メックは、他の惑星で造られた物をそのまま持ち込んだか、遺失技術部品のみをこの惑星外から持ち込み、バトルメック製作施設で組み上げた物であろう。もっとも、バトルメックを自動で整備や補修できる施設、バトルメックを少数とは言え製作できる施設と言うだけで、今現在の時代的にはとんでもない代物ではあるのだが。
「ふむ……。バレロン伯ジョナス卿をシャロンが物にすることができれば、ハワード大尉も付いて来る。ハワード大尉を物にすることができれば、グリーンウッド曹長も付いて来る。これはお得じゃのう。やはりもっとシャロンを焚き付けねば……。」
「……。」
ザヴィエ公爵の小さな呟きは、キースの耳にしっかりと届いていた。だがキースは失礼の無いよう、それを丁寧に無視して流す。と、ここでアントナン中佐が別な話を振る。
「ところで大尉、今日来てもらったのはこのバトルメックを見てもらう意味もあったのだが、他にも重要な要件があるのだ。無線や電話ではできれば話したくない要件が、な。」
「……この場所は、防諜は大丈夫でしょうか、中佐。」
「ああ、ここの「掃除」はしっかりしているし、オペレーターも皆信頼がおける者ばかりだ。」
ここで言う「掃除」とは、盗聴器などの類の掃除である。ザヴィエ公爵も、真面目な顔になる。アントナン中佐は、おもむろに言った。
「ドラコ連合のスパイ網は、まるで台所の黒い害虫の様だ。潰しても潰しても湧いて来る。しかも捕まるのは、この惑星出身者だ。おそらくは莫大な資金を投下して、スパイを現地徴用して養成しているのだろう。」
「以前ご報告したはずですが、先月末の戦闘時に駐屯軍基地に破壊工作員が潜入を試みました。そいつらは監視カメラの監視が及ばない場所を選んで潜入しようとし、しかも基地の弾薬庫、基地の動力区画などの絵図面を、高性能爆薬と共に所有しておりました。……かなり以前より、情報が洩れていた模様です。」
「どうやら、明らかにこの惑星を狙っておるの。星間連盟期の遺跡がこの惑星にあったことなどは、余禄に過ぎん、か。ふむ……。」
キースとアントナン中佐の会話に、ザヴィエ公爵が溜息を吐く。キースは頭を振りつつ言葉を発した。
「この惑星は、恒星連邦ドラコ境界域首都惑星ロビンソンにも近く、また他の重要惑星の多くにも1回のジャンプで到達できる位置にあります。マーダックにこそ若干及びませんが、戦略的価値は高いのです。施設、設備的には1個中隊を駐屯させるに足る程度しか用意されていませんが……。」
「それはわかっておるよ。だが惑星の人口は200万弱しかない、田舎の農業惑星じゃ。それほど大規模な軍隊は、経済的な理由で置くわけにはいかぬのじゃて。移民も募っておるのじゃが、そうそう増えてはくれぬよ。お主ら駐屯軍に渡した遺跡発掘の報奨金も、遺失技術に関連した発掘物を恒星連邦に納めることを前提に、恒星連邦政府より前借りした資金のうちから出ておる。まあ、残りの金は大型コンバインや大型トラクター、ディーゼル機関車などを買ったり、鉄道を新たに敷いて新規の開拓地を増やすために使わせてもらっておるがのう。ほっほっほ。……ふう。」
ザヴィエ公爵は笑ってみせたが、最後に溜息を吐く。もっとも彼のことであるので、その溜息すら同情を買おうという演技で無いと言い切ることはできない。アントナン中佐が悔しそうに言う。
「せめて我々惑星軍と、駐屯軍がもっと有機的に連携して動くことができれば……。議会の馬鹿者どもめ、お役所仕事も大概にしろと言いたい。書類などの体裁が大事なのは理解できる。しかし緊急時の対応などをそれで制限されては、たまったものではない。公爵閣下の直接命令が無ければ、駐屯軍との間に直通電話を敷くことすら……。」
「中佐!」
そのとき、オペレーターの1人が声を上げる。アントナン中佐は顔をそちらに向けた。
「どうした!?」
「深宇宙通信施設より緊急連絡です!読み上げます!ジャンプポイント、ナディール点補給ステーションの深探査レーダーに反応あり。ジャンプポイント、ゼニス点にインベーダー級航宙艦及びスカウト級航宙艦と思しきジャンプアウト反応。以上です!」
アントナン中佐は目を見開く。ザヴィエ公爵は、キースに目を向けて言った。
「大尉、お主はどう思うかの?」
「通常の商用降下船を積んだ航宙艦や恒星連邦の艦であれば、補給ステーションのあるナディール点のジャンプポイントを使うはずです。しかし実際にジャンプアウトしたのはゼニス点……。しかも通商目的に使われることの多いマーチャント級ではなく、インベーダー級とスカウト級。おそらくは敵性国家の……ドラコ連合の艦であると思われます。」
「インベーダー級であれば、最大3隻の降下船を搭載しているはずだ。つまりスカウト級と合わせて最大4隻と言うわけだな。対宙監視網を総動員させよう。ジャンプポイントからこの惑星までは4日だったな。」
「駐屯軍でも、気圏戦闘機をCAP(戦闘空中哨戒)に出します。直通電話をお借りしてよろしいですか?」
「うむ。オペレーター!ハワード大尉を駐屯軍基地直通電話まで案内しろ!」
オペレーターの1人がアントナン中佐の命令に従い、キースを直通電話のところまで連れて行く。キースは駐屯軍基地に電話をかけた。
『……こちら恒星連邦ドリステラⅢ駐屯軍基地、司令官代理のアーリン・デヴィッドソン中尉です。』
「アーリン中尉、俺だ。キースだ。」
『キース大尉!?』
電話の向こうでアーリン中尉が驚く。キースは手早く情報を伝えた。
「……と言うわけで、4日後には敵性国家のものと思しき降下船がやってくる可能性が、極めて高い。火力小隊のヒューバート中尉と相談して、俺が帰るまでにCAPの計画を練っていてくれ。以前の気圏戦闘機4機体制だったときよりも、余裕はあるはずだ。
それと、例の物資はこの間届いたはずだな?」
『ええ、届いています。早速使うことになりそうですね。』
「なに、使うことを前提に購入した物だ。あとはフォートレス級ディファイアント号だな。」
『ボールドウィン伍長が今、頑張ってます。』
「頼んだぞ、今から帰る。」
電話を切ると、キースはザヴィエ公爵とアントナン中佐に帰りの挨拶をする。
「公爵閣下、中佐、申し訳ありませんが緊急事態ですので、これでお暇したいと存じます。退出してよろしいでしょうか。」
「うむ、やむを得んだろう。本当はもっとゆるりと話をしたかったのじゃが。ではな。気張れよ、若人よ。」
「また会おう、ハワード大尉。誰か!ハワード大尉たちを車まで案内せよ!」
キースとサイモン老はザヴィエ公爵とアントナン中佐に敬礼する。アントナン中佐は見事な敬礼で答礼し、ザヴィエ公爵は軽く手を上げて応えた。そしてキースたちは、やって来た若手士官に案内されて駐車場まで戻ってきた。即座に彼らはジープに乗り込み、発車させる。
帰り道の途中、キースは眉を顰めながらサイモン老に言った。
「もしかすると、今日見せてもらったサイモン爺さんの作品の出番が、早々に来るかもしれないな。」
「そうですのう、坊ちゃん。ただ言った通り整備性や保守性が悪いので、致命的な損傷を喰らわねば良いのですがの。マイアマーをちょっとやられただけで、一般の整備兵には修理は難しくなってしまうでしょうなあ。装甲板まででしたら、交換はまだ容易ですがの。」
「俺は帰り着いたら、早速書類仕事だよ。たぶんザヴィエ公爵が上から手を回してくれるとは思うんだけど、惑星議会が後から文句を言えない様に、惑星軍との連携体制をきちんと整えておかなくちゃ。……アーリン中尉やヒューバートにも手伝ってもらわんと、間に合いそうにないな、こりゃ。」
溜息を吐くキースに、サイモン老は小さく笑った。サイモン老はおもむろに言葉を発する。
「さて、そんでは……。基地までぶっ飛ばしますぞ!」
「……む。……シートベルト、良し。いいだろ、好きなだけ飛ばしてくれ。」
こう言うときのサイモン老を制止しても無駄だと、幼い頃からの経験で思い知っているキースは、あっさりと許可を与える。サイモン老の運転技術ならば事故は起こさないだろう。同乗者は相当に恐い思いをするが。
キースとサイモン老のジープは、荒野の道をすっ飛ばして駐屯軍基地へと帰っていった。
さて、色々サイモン老のカッ飛び振りが判明したところで、新たな敵影です。今度の敵は、何者でしょうか。そしてサイモン老の作品の活躍場所はあるのか!?
次回をご期待ください。