ここは惑星タンタールズⅣにおける海軍基地。時間は深夜であり、辺りには夜間監視用のサーチライトの光が投げ掛けられている。ここは今、ドラコ連合のバトルメック部隊に占拠されていた。だがそこへ、夜襲をかけた者たちがいる。キースたち、傭兵中隊『SOTS』の指揮小隊と火力小隊、そしてライトニング戦闘機の3番機と4番機を除いた気圏戦闘機隊である。指揮小隊のウォーハンマー頭上とライフルマンの両胸から、夜戦用のサーチライトの光が投射されてとても眩い。
敵方のK型クルセイダーが2基の10連長距離ミサイル発射筒を斉射する。だがキースたちの機体は遠距離を走行移動している。そうそう当たる物ではない。と、ここでオートキャノンの遠距離射程にも入ったため、敵のライフルマンから中口径オートキャノンの砲弾が発射される。しかしこれも命中せず的を外した。
一方で、キースたちも応射する。キースのマローダーから粒子ビーム砲と中口径オートキャノンが、アンドリュー軍曹のライフルマンから中口径オートキャノン2門が、マテュー少尉のサンダーボルトから15連長距離ミサイルが、エリーザ軍曹のウォーハンマーから粒子ビーム砲2門が、一斉に発射される。
狙われたのは敵のライフルマンだ。その射撃は全てが命中し、敵機は火だるまになる。味方にとっては幸運だが、相手にとっては不幸なことに、1本の粒子ビーム砲が頭部に命中し、それを消し飛ばした。ライフルマンはひっくり返って動きを止める。
キースの指示が飛ぶ。
「指揮小隊はハンチバックを狙え!奴の最大口径オートキャノンは脅威だ!火力小隊はK型ウルバリーンを!気圏戦闘機隊、K型クルセイダーを叩け!」
近づいて来ていたハンチバックとK型ウルバリーンへ向けて、味方機の火器が向けられる。双方の砲火が交えられた。K型ウルバリーンは機動力が比較的高く、中距離まで近づいて来ていたこともあり、その右腕に装備されていた大口径レーザーが火力小隊ヒューバート中尉機オリオンの右腕へと命中する。しかしオリオンの装甲は厚く、その程度ではたいした損傷にならない。逆にK型ウルバリーンへも、火力小隊の集中砲火が次々と着弾した。衝撃でK型ウルバリーンが転倒する。
一方ハンチバックは機動力が低いこともあり、未だかなり味方からの距離は遠かった。ハンチバックの最大口径オートキャノンは射程が短く、その他の武装も同じ程度かそれ未満の距離にしか届かない。遠距離攻撃力が無いことが、高い火力と強靭な装甲を持つハンチバックという機種の、唯一の泣き所であった。キース以下指揮小隊はその弱点を突き、遠射程より砲火を叩きつける。ハンチバックの厚い装甲があっと言う間に削り取られて行き、とうとう弾薬を収めた左胴の装甲に穴が開く。最大口径オートキャノンの弾薬に火が回り、ハンチバックは大爆発を起こした。
そして気圏戦闘機隊が、K型クルセイダーに空中から襲い掛かる。ライトニング戦闘機1番機と2番機が全力での砲撃を見舞い、K型クルセイダーの胴体中央と右の胴体に最大口径のオートキャノンが命中する。この位置には、どちらもミサイルの弾薬が搭載されており、強靭な装甲を持つクルセイダーと言う機体の弱点でもあった。
必死に中口径レーザーと6連短距離ミサイルで応射するK型クルセイダーであったが、気圏戦闘機の素早い動きに命中がままならない。そこへトランスグレッサー戦闘機1番機と2番機の攻撃が炸裂する。比較的全身に攻撃が散ったものの、それでも大口径レーザー2発が装甲を削られた胴体ど真ん中に命中。K型クルセイダーはジャイロを破壊され、着弾の衝撃で転倒して二度と起き上がれなくなった。
『やったぜ!楽勝っす!』
『また調子に乗って!』
ライトニング戦闘機のマイク少尉とジョアナ少尉の掛け合いが、通信回線から響く。転倒したK型ウルバリーンはなんとか起き上るも、自分以外の味方メックが全て倒されていることを知り、しかも8機のバトルメックに取り囲まれていることを認識する。あまつさえ、上空には4機もの気圏戦闘機が滞空している。自分の機体の装甲板ももはや頼りなくなっていた。
圧倒的な戦力差に、K型ウルバリーンのメック戦士は抵抗を諦めて降伏の信号弾を打ち上げた。最後のバトルメックが抵抗を諦めたことで、基地施設を占拠していた少数の歩兵戦力も、降伏してくる。一部の者は逃げ出したかも知れないが、この攻撃は元より陽動の意味が大きいのだ。敵に知られなければ、ある意味で困る。
キースは臨時基地に向けて、マローダーより暗号化された通信を送った。
「こちらキース大尉、海軍基地の奪還に成功。フォートレス級降下船ディファイアント号と歩兵1個小隊および整備兵、助整兵を送ってくれ。なお返信は不要。そちらからの電波発信を傍受されて位置がばれる危険がある。繰り返す、こちらキース大尉……。」
とりあえず、後は降下船がやって来るのを待つばかりだ。
やがて、夜が明けた。海軍基地の離着床には、フォートレス級降下船ディファイアント号の雄姿がそびえ立っている。また滑走路脇には、ライトニング戦闘機2機と、トランスグレッサー戦闘機2機の、合計4機の気圏戦闘機が駐機されていた。
基地周辺では、偵察兵ネイサン軍曹とアイラ軍曹および整備兵若干名の指導の下、助整兵たちが振動爆弾を埋めて、対メック地雷原を敷設している。その光景を基地の管制塔から眺めているキースに、声をかける者があった。
「とりあえず一段落つきましたね。通信回線の通信記録は?」
「ヒューバート中尉か。パメラ軍曹の話では、ちゃんとマルボルク城に緊急連絡が送信されていた。だから予定通り敵の目は、こちらに向けられているはずだろうな。そちらの方はどうなっている?」
「ちゃんと捕まっていた海軍基地の職員やこの惑星の海軍軍人とかは解放しました。今は順番に、ラナ・ゴドルフィン伍長の診察を受けてます。うちの部隊で、キャスリン軍曹以外で唯一の医師の有資格者ですからね。診察後にでも、責任者が挨拶に来ると思いますよ。」
そのとき管制塔の通信装置から呼び出し音がする。キースはそれを受けた。
「こちら管制塔、キース・ハワード大尉。」
『こちらディファイアント号メックベイ、サイモン少尉ですわ。各バトルメックの整備完了。弾薬補充と、オリオンの右腕装甲板補修は終わりましたでの。あとは表に駐機してあるライトニング戦闘機の弾薬補充だけですわ。』
「ご苦労少尉、気圏戦闘機の方もよろしく頼む。」
ヒューバート中尉が、頷いて言った。
「見たところ、地雷原も最低限の準備は整った様ですね。助整兵たちが第2地雷原の予定位置に移動している。第1地雷原は終わったってことですよね?となれば、いつ敵が押し寄せてもとりあえず対処可能なわけですね。」
「そうだな。今からトランスグレッサー戦闘機を高高度偵察に飛ばす予定だ。トランスグレッサー戦闘機はエネルギー兵器しか搭載していないので、弾薬補充が必要ないからな。搭乗員に休憩を取らせたら、すぐに飛ばせる。」
と、ここで誰かが管制塔の管制室に入室してきた。キースとヒューバート中尉はそちらに目を遣ると、敬礼をする。入室してきた人物……女性も、すぐに答礼をした。キースは自分から名乗る。
「恒星連邦惑星守備隊第1次救援部隊指揮官、傭兵中隊『鋼鉄の魂』、略称『SOTS』部隊司令キース・ハワード大尉であります。こちらは部下のヒューバート・イーガン中尉です。」
「ヒューバート・イーガン中尉であります。」
「ご苦労、楽にしてくれ。私は当基地の司令官、ビアンカ・キルンベルガー中佐だ。と言ってもこの基地にはまともな戦力も無く、シャトル発着場以上の意味は無い閑職なのだがな。中佐の階級も、この基地司令に押し込まれた際に司令官としての体裁のために与えられたものに過ぎん。
敵メック小隊に攻め込まれたときも、何の対処のしようもなく降伏に追い込まれたよ。」
キースとヒューバート中尉は、とりあえず黙って聞く。と言うか、返事のしようが無かった。ビアンカ中佐は続ける。
「一応この場における最上位の階級ではあるが、私自身戦闘指揮には自信がなくてな。それにそちらとは指揮系統も本来異なる。だから、実際の戦いにおいてはそちらの自由にやってもらって構わない。戦いに必要ならば、基地の設備、資材なども自由に使ってもらってかまわない。責任は私が持とう。
それと戦いにおいて、そちらから我々に要請があれば、よほど無茶なことでない限り……。いや、無茶なことであってもちゃんとした理由があれば認めよう。たとえば基地を放棄して脱出するとかな。」
「はっ。ありがとうございます。とりあえず、今のところ脱出は考慮しておりません。我々は現在、当基地を拠点として活用する事を考えておりますれば、現在基地周辺に振動爆弾による対バトルメック、対重車輛の地雷原を敷設しております。それと、可能であれば当基地に備蓄されている推進剤を……。」
「提供しよう。どうせ敵に基地を一時接収されていた時点で、無くなったと思っていた物だ。好きに使ってくれ。後日問題にならないように、正式な書類にして後ほど届けさせる。」
「ありがとうございます。」
ビアンカ中佐は、話のわかる人である様だった。
ここはディファイアント号の部隊司令室。キースは一時の仮眠から目覚めた。僅かな疲労感は残ってはいるが、頭はすっきりしている。キースたちは交代で仮眠を取り、敵の襲撃に備えていた。
敵は捕虜の尋問の結果、傭兵部隊『ミズノ斬撃隊』および『ザーイド百鬼団』の2個中隊らしいことがわかった。ちなみに海軍基地を占拠していたのは、『ミズノ斬撃隊』の火力小隊であったそうだ。ただしその詳細な編成については、捕虜たちの口は堅かった。
トランスグレッサー戦闘機による高高度偵察、および偵察兵による偵察の結果、敵は各地に小隊単位で分散させた戦力を集結させつつあることが判明している。戦力を集中させて、この海軍基地を攻撃するつもりであるらしかった。その証拠に、大きめの街であるギュンドタウンを押さえていた偵察小隊らしきメック部隊が街から離れ、海軍基地周辺に出没している。この小隊のみが本隊と離れ、挑発を兼ねた偵察行動を行っていた。
おそらく目的は、威力偵察によりキースたちの部隊の情報を探ると共に、部隊集結が完了するまでキースたちを逃がさないことだろう。キースたちの部隊の情報は、先の夜襲の際にはそれほど多く流れなかった様だ。
キースたちはこの偵察小隊に対して、あえて放置しておいた。敷設した地雷原の情報を調査されるならばともかく、この小隊はそこまで近寄ってはこなかった。地雷原がある事に気付いているかも怪しい。遠くから姿を現して挑発する程度である。であるならば、わざわざ味方の戦力を晒す必要も無い。既にばれているはずの戦力である気圏戦闘機により、この小隊を撃退することも考えられた。だがこの小隊の編成に対空射撃を得手とするライフルマンが含まれていることにより、余計な損害を出すこともないと却下された。
(さて、敵はどう攻めて来るかね。1ヶ所に戦力を集中してくるか、それとも包囲してじわじわ攻めるか……。1ヶ所に集中して来るなら間接砲が自由に使えるし、包囲してその網を縮めようとするなら地雷原に一斉に引っ掛かってもらえるんだけどな……。)
キースの心に、言い知れない不安が満ちる。敵との戦闘に対しての不安ではない。
(……『機兵狩人小隊』。キャスリン軍曹は間に合っただろうか……。いや!人事は尽くしたんだ!後は天命を待つだけだ!あの時点で、やれることは全部……やった……はずだよな?他にできること、何か無かったかな?)
そのとき、部屋の内線電話が鳴る。キースは受話器を取り上げた。
「こちら部隊司令室。」
『こちらブリッジ、マシュー副長です。少佐、ただ今通信が入りまして、レパード級ヴァリアント号と同級ゴダード号、まもなくこちらに到着の模様です。』
「ゴダード号も?……わかった、俺は滑走路に行く。ジャスティン伍長に連絡して、ジープ……いや、基地に付属のマイクロバスを出させてくれ。」
『了解です。』
ゴダード号は、『機兵狩人小隊』所有のレパード級降下船である。損傷して現状飛べないと言う話であったのだが、軍医キャスリン・バークレー軍曹と共につけてやった、熟練整備兵ジェレミー・ゲイル軍曹が応急修理にでも成功したのであろう。キースは部屋を飛び出した。
滑走路脇で、キースは2隻のレパード級降下船が順番に降りてくるのを見守っていた。片方はキースたちの部隊、『SOTS』所属のヴァリアント号だ。こちらは上空で旋回し、滞空状態を保っている。先にもう1隻を降ろすつもりなのだろう。
もう1隻は、前述したゴダード号である。見た目でわかる程度に損傷を受けているが、滑走路に見事に着陸したその挙動に不安な点は見当たらない。整備兵ジェレミー軍曹の実力は、サイモン老の指導の結果もあり、驚くべきレベルにまで上がっていた。
そしてゴダード号に続き、ヴァリアント号も地上に降りてくる。こちらも見事な技量で、まったく危なげなく滑走路に着陸した。ゴダード号が先に降りてきたのだが、人間用の乗降ハッチが開いたのはヴァリアント号が先であった。キースはジャスティン伍長に、マイクロバスをそちらに向かわせる様に命じる。
「ジャスティン伍長、ヴァリアント号の乗降ハッチに着けてくれ。」
「はいっ!」
そしてヴァリアント号から、数名の人物が降りてくる。先頭に立つ人物と、その次の人物の顔に、キースは書類上で見覚えがあった。キースはマイクロバスを降りると、その人物たちに敬礼する。
「恒星連邦惑星守備隊第1次救援部隊指揮官、傭兵中隊『鋼鉄の魂』、略称『SOTS』部隊司令キース・ハワード大尉であります。タンタールズ公爵ノーマン・ディーコン閣下と、惑星政府首班ルッジェーロ・ルケッティ議長であらせられますね?」
「うむ、わたしが惑星公爵のノーマン・ディーコンだ。楽にするが良い、大尉。」
「そしてわたしが議長のルッジェーロだよ、大尉。」
2人のお偉いさんは、柔らかい態度でキースに名乗った。周囲にいる人々は、お付きが数名、SPが数名と言ったところだろうか。更にその後ろから、アーリン中尉とリシャール少尉がヴァリアント号を降りてきた。2人はキースに敬礼をする。キースも答礼をした。アーリン中尉がキースに報告をする。
「ただいま戻りました!公爵閣下およびルケッティ議長をお迎えして参りました!」
「ご苦労だった、中尉。直りたまえ。」
「はっ!」
キースが本当に聞きたいのは、そう言うことでは無かったのだが、公爵閣下と議長の前ではやむを得ない。キースはノーマン公爵とルッジェーロ議長、それに周囲の人々に向かい、言葉を紡ぐ。
「ここは軍事基地ゆえに粗末な車しかありませんが、どうかお乗りください。基地本部棟までお送りいたします。」
「うむ。ああ、いや大尉。……議長、良いな?」
「はい、閣下。仰せのままに。」
ノーマン公爵は歯切れ悪く、しかしそれでもキースに命じる。
「ハワード大尉、その、だな。貴公の戦友が、ゴダード号で待っておる。行ってやるが良い。ああ、デヴィッドソン中尉も共に行ってやるがよいぞ。案内はリシャール少尉と、その運転手の兵に頼むでな。さ、早う行くが良い。」
「……はっ。了解いたしました。ではこれにて失礼いたします。ご無礼の段、平にご容赦ください。デヴィッドソン中尉、行くぞ。」
「了解しました。」
アーリン中尉を従えて、キースは早足でゴダード号に向かう。ゴダード号の人間用乗降ハッチも既に開いていた。アーリン中尉が呟く様に問う。
「……驚かないのね?」
「……ゴダード号が現れた時点で、な。その時点で、覚悟はしていた。キャスリン軍曹が、手術直後の患者を動かす許可を出すわけがない。許可するとすれば、それは……。
それに、アーリン中尉の眼が赤かった……。」
「そう……。」
キースは乗降タラップを登り、船内へと入る。そこではサラ・グリソム少尉が待っていた。サラ少尉は敬礼をすると、冷静な口調で以前の通りに言葉少なに言う。
「乗船を歓迎します、大尉。アルバート中尉が待っています。」
「そうか……。案内してくれるか?」
「はい。こちらへ。」
だがキースは、サラ少尉の眼も赤かったのに気付いていた。
「……ちくしょう、ちくしょう。」
「おい!」
「なんだよ!……あ!し、失礼しました!」
通路の途中で、アマデオ・ファルケンハイン伍長とギリアム・ヴィンセント伍長が床に頽れて泣いていた。だがギリアム伍長がキースとサラ少尉、アーリン中尉に気付き、アマデオ伍長を肘で突いて彼にも気付かせる。2人は慌てて立ち上がると、敬礼をした。キース、アーリン中尉も答礼をする。直立不動の2人に向かい、キースは固い声で言った。
「2人とも……。よく頑張った。話はエルンスト曹長がこちらに来たときに聞いている。2人がどれだけ頑張ったか、どれだけよくやったか。」
「……だけどっ!だけどっ!」
「おい!失礼だぞ!」
「いや、かまわん。泣きたい時は、泣いていいんだ。けれど、その後でかならず立ち上がれ。無様でも、失礼でもかまわんからな。」
キースの言葉に、2人は俯いて呟く。
「……厳しい人ですね。」
「うん、厳しいわ、この人……。はは。」
2人を残して、キース、サラ少尉、アーリン中尉は歩き出す。そしてある船室へと3人は辿り着いた。サラ少尉が扉を開けると、キースとアーリン中尉に向かい言った。
「どうぞ。」
「失礼する。」
「失礼します。」
そこは普通の船室だった。中には寝台があり、そこにアルバート・イェーガー中尉が横たわっている。寝台の脇に置かれた椅子には、彼の郎党であるヴァランティーヌ・ボヌフォワ曹長が見るからに憔悴し、萎れた様子で座っていた。ヴァランティーヌ曹長は、だがキースたちに気付くと立ち上がろうとする。キースはそれを制した。
「いや、座っていたまえ。」
「……申し訳ありません。」
キースはアルバート中尉に向かって、直立不動の姿勢になる。そしてキースは、見事なまでの敬礼を決めた。小さな声で、彼は呟く。
「お久しぶりです、アルバート中尉。お疲れさまでした、戦友。ゆっくりとお休みくださぃ。」
言葉の最後で、唇が震えて変な声になる。キースは唇を噛みしめて、敬礼を解く。そう、アルバート中尉はもはや二度と目覚めることは無い。その事実を眼前で自覚させられたことは、キースに想像以上の衝撃を与えていた。彼は胸中で呟く。
(……知り合いを、仲間を喪うのは、何度やっても慣れないな。だけど、慣れたくないもんだ。くそ、なんでこんなことに……。俺の行動って、本当に最善だったか?ほんとに最速だったか?どっかでもう少し、時間を削れなかったか?もう少し、もう少しだけどこかで……。ちくしょう!
くそ、俺は指揮官だぞ!泣くのは誰もいない場所で1人になってからだ!嘆くのは全部仕事が終わってからだ!そうでないと、また仲間が死ぬ!)
キースの後ろで、アーリン中尉が話し始める。
「キャスリン軍曹の話では、既に手遅れの状態だったそうです。それでもやれるだけのことはやって、あとは患者当人の体力と運に頼るしかないって……。でも、手術後に一度だけ意識を取り戻したのよ。それだけでも奇跡的だったって……。
アルバート中尉はサラ少尉に今後のことについて指示を出すと、わたしに言ったんです。わたしと、キース中尉に頼みがあるって。アルバート中尉は、キース大尉が大尉になったことを知らなかったか、既に意識が混濁していたんだと思うわ。」
アーリン中尉は、丁寧語と普通の語調が混ぜこぜになっていることに、自分で気が付いていない様だった。だがキースはそれを咎めない。アーリン中尉は話し続ける。
「アルバート中尉は、娘さんに失機者の不遇を味あわせたくないって言ってたわ。だから、できればで良いから自分のサンダーボルトを敵の手から取り戻して欲しいと言っておりました。その後は意識が混濁して、最後の最期まで娘さんと奥さんのことばかり……。そしてそのまま……。」
「そうか……。」
アルバート中尉のサンダーボルトは、マルボルク城脱出時の奮戦の末、敵に鹵獲されていた。アルバート中尉を瀕死の重篤状態に追い込んだ負傷は、脱出時の事故によるものである。そのアルバート中尉をサラ少尉のD型フェニックスホークが救出し、脱出を果したのだ。だがD型フェニックスホークの手で運ばれたことが、アルバート中尉の命を縮めた可能性もあることを否定できないのが辛いところだ。
無論、身代金を支払えばサンダーボルトを取り戻せる可能性はある。だが確実とは言えない。敵が傭兵部隊であると言う事は、戦利品であるサンダーボルトはおそらくは、ある程度の報奨金と引き替えに雇い主であるドラコ連合に接収されるであろう。そして接収したバトルメックを身代金と引き替えで返還するかどうかは、ドラコ連合の胸三寸しだいであるのだ。また身代金交渉が纏まらなければ、その場合も返還されることは無い。これまでの例で言えば、返還される可能性は高いだろう。だが重ねて言うが、確実ではないのだ。
キースの頭脳は、忙しく回転し始めた。なんとかしてアルバート中尉の最期の願いを叶えてやりたい。だがキースは恒星連邦惑星守備隊第1次救援部隊指揮官であり、『SOTS』部隊司令でもあるのだ。彼にはその責任があり、それを放り出すことは絶対にできない。その責任と、アルバート中尉の願いを両立する方法はあるのだろうか。
「……アーリン中尉、サラ少尉。これから士官とメック戦士、航空兵を集めて、作戦会議を行う。アルバート中尉の願いを叶えられるか、確信は無い。だが素案はある。この素案を作戦にまとめ上げるため、力を貸して欲しい。」
「え……。了解!」
「了解。我々はアルバート中尉より、大尉の指揮下に入るよう命じられております。」
椅子で萎れていたヴァランティーヌ曹長が、顔を上げる。その顔には、精気がわずかだけだが戻っていた。彼女は言葉を発する。
「大尉、わたくしも何かお力になれますかしら?」
「作戦しだいだな。よし、君も作戦会議に出席しろ。自由に発言してかまわん。」
キースの瞳がぎらぎらと輝く。その場にいた者は、彼の気合に飲まれていた。
残念ながら、アルバート中尉は亡くなってしまいました。『機兵狩人小隊』も必死で脱出を計ったのですが……。と言いますか、ここを執筆するとき、ひたすら悩んだ事を覚えています。やっぱり生かして置くべきではなかったか、とか、いややっぱり初志貫徹して、とか。
そして、やはり初志貫徹を選びました……。でも、惜しいキャラクターでした。