3026年3月10日、キースとイヴリン訓練生は、フォートレス級降下船ディファイアント号の空き船室1つを改造して造られたトレーニングルームで汗を流していた。ちなみにデファイアント号を含めた傭兵部隊『SOTS』所属降下船は、惑星バックスリーを後にし、ただ今ジャンプポイントへと移動している最中である。
彼らは今、サイモン老が改造した特別製のルームランナーでランニングをやっていたのだが、キースはイヴリン訓練生の想像以上の持久力に瞠目していた。無論、キース自身や他の『SOTS』現役メック戦士たちからすれば、幼くて身体が出来上がっていないこともあり、全然比較にもならない。だが彼女は、それでも年齢からすればかなりの体力を持っていた。
(……もしや生得能力の「タフ」でも持ってるのか?どうもそれっぽいな。筋力とかは並の子供だし。体力というか持久力と言うか、生命力だけが突出して高いもんなあ。)
「はぁっ、はぁっ……。」
「イヴリン訓練生、限界か?」
「はい、いいえっ!まだ走れますっ!」
キースはこっそりと苦笑する。彼はイヴリン訓練生が乗ったルームランナーを、リモコンで止めた。
「イヴリン訓練生、クールダウンのストレッチに入れ。命令だ。」
「……了解!」
イヴリン訓練生は悔しそうにしつつ、命令に従ってストレッチを始めた。キースは自分自身は走り続けながら、イヴリン訓練生を諭す。
「貴様の年齢と練度で、俺のトレーニングに付いて来ようと言う方が間違いだ。身体を壊しては元も子もないぞ。……だがその根性は評価してやる。」
「はい!!ありがとうございます!!」
「うむ。根性論……精神論を馬鹿にする者も多いが、肉体を動かしている大元はその精神だと言う事を忘れてはならん。無論行き過ぎた精神論は害悪でしかないがな。
精神論と科学的理論は車の両輪の様なものだ。どちらに傾き過ぎてもいかんし、どちらが欠けてもいかん。これはトレーニングのことだけではないぞ?」
「はいっ!!」
と、そこへ1組の男女が現れる。キースがそちらへ視線をやると、その男女は敬礼をして来る。それはトレーニングウェア姿のアンドリュー軍曹と、その郎党の偵察兵アイラ軍曹だった。キースは走りつつ答礼を返しながら、考える。
(あー、アイラ軍曹をこの間の任務前に昇進させたけど、それ自体は順当な人事だったんだよなあ。けれど、主と郎党が同階級ってぇのは、下手すると気にするかもな。アンドリュー軍曹の方は気にしないだろうけど、アイラ軍曹の方が……。
アンドリュー軍曹、曹長や准尉にでも昇進させるかあ?充分な実績は上げてきてるんだし。それとも任用試験を受けさせて、士官にでもしてみるかね?うーむ。
ああ、同じことはエリーザ軍曹とキャスリン軍曹にも言えるのか。でもなあ、アンドリュー軍曹も、エリーザ軍曹も、士官の仕事は嫌がりそうなんだよなあ。能力的にじゃなく、性格的に士官には向いてないタイプっつーか……。)
キースが人事問題で悩んでいると、アンドリュー軍曹が唐突に質問してきた。
「隊長、隊長の新しい弟子の調子はどうだい?」
「む?流石にまだまだと言ったところだ。だが、見どころは無いわけでも無い。」
「ほー。前の弟子どもも根性だけはあったしな。後々が楽しみだな。」
「目の前で褒めすぎるなよ?増長されても困る。」
苦笑しつつキースはアンドリュー軍曹に釘を刺す。アンドリュー軍曹は、わかってると言いたげに手をぱたぱたと振った。
「で、隊長。まだ走るのか?俺とアイラもルームランナー使わせてもらいに来たんだけどよ。っつーか、2台しか無いのは問題だよな。サイモン少尉に頼んで、もっと数増やしてもらわねーと。歩兵たちや戦車兵たちなんか、遠慮して船倉や重車輛ベイを周回して走ってるぜ?」
「いや、今やめるつもりだった。しかし歩兵たちの身体を鈍らせるわけにもいかんが、112人分の設備を置く場所も無いしな。この間広告で見た、筋力トレーニング機器でも大量購入の検討でもするかね。」
「あの「マッスル・メック・ワーカーⅤ」とか言うやつか?何にでも「メック」の文字入れりゃいいってもんでも無いよなー。惑星バックスリーでの休暇のときにアイラと見に行った映画、あれも酷かった……。なんだよ、「愛と青春の旅とメック」って。」
ルームランナーから降り、クールダウンのストレッチをしながら、キースはアンドリュー軍曹の愚痴を聞いて苦笑していた。その時ふと、イヴリン訓練生とアイラ軍曹の会話が耳に入る。
「あの……。よろしいでしょうか?」
「あら?何かしら?」
「その……。キース大尉には前にもお弟子さんが?」
「ああ、惑星ドリステラⅢでのことね?メックに乗ったばかりの13~16歳の子供たちを、ちょっと事情があって戦線に投入しなくちゃならなくなったのよ。で、2、3日の間だったけど、その子たち朝から晩までシミュレーター漬け。
隊長と、『SOTS』のメック戦士達が交代で面倒見たのよ。まあ大体は隊長が教えてたんだけどね。だからアンドリュー様が言った様に、隊長の弟子って言っても間違いは無いわね。」
「はぁ……。」
ストレッチをしながら、キースはおもむろに会話に割って入る。
「あいつらは時間が無かったからな。だからただ単純に技量だけを即席で叩き込んだ。貴様は時間がたっぷりあるからな。充分な時間をかけてじっくりと技術や知識、心構えなどを教え込んでやる。」
「は、はいっ!!」
「まずは基礎教養のお時間だな。今日は数学と生物・地学、それに連盟共通語と古典、社会科だ。先にシャワーを浴びて、汗を流して来い。」
「了解!!」
イヴリン訓練生は大急ぎですっ飛んで行く。先日授業に遅刻して、正座させられた上でひたすら長時間の書き取りをやらされたのが、相当こたえたらしい。キースは自身も男性用シャワールームへと急いだ。あらかじめ授業の準備は出来ているから余裕はあるが、教育担当官が授業に遅刻しては示しがつかないのだ。
キースは小テストの用紙を片手に、眉を顰める。目の前ではイヴリン訓練生が小さくなっていた。いや、元々年齢からしても小柄な方の彼女ゆえに、傍らにキースの巨体があればなおさら小さく見えると言うものだが。
「数学、物理他の自然科学は完璧だ。見事だと言おう。しかし、だ。社会科などの社会科学はかろうじて合格点、国語……連盟共通語を含む人文科学は図工、音楽、美術を除いて全滅とはどう言うことだ?」
「申し訳ありません……。」
「声が小さい!!」
「申し訳ありませんでした!!」
キースは溜息を吐くと、イヴリンに言った。
「まあ、向き不向きもあるから、そこまできつくは言わん。だが、せめて連盟共通語だけはしっかり学べ。将来貴様が指揮官にならんとするならば、書類仕事は必ず付いてくるぞ。
その書類が誤字脱字だらけだったとしたら、当局に提出すれば突き返されるし、部下に対する命令書の不備は部下の命に、ひいては貴様自身および部隊全体の存亡にすら関わる。」
「はい!!」
「今回間違えた部分については、重点的に宿題を出すこととする。次回の同科目の授業までに終わらせて提出するように。わからなければ、訊きに来い。」
「は、はい……。」
「声が小さい!!」
「はいっ!!」
イヴリン訓練生は、必死に声を張り上げた。
肉体トレーニングと、基礎教養に時間を取られているために、イヴリン訓練生のメック操縦訓練は、それほど長時間は行えない。それでもキースは、1日に1回は最低でも彼女をシミュレーターに乗せていた。ちなみにキースはこのためだけに、分解して積み込んであったシミュレーターを整備兵に組み立てさせた。置き場所は船倉の一部を占領している。
キースはおもむろにイヴリン訓練生に言い渡す。
「本日のシミュレーター訓練は、標準型フェニックスホークに搭乗してもらう。何か聞きたいことはあるか?」
「はい、自分の乗機はサンダーボルトであり、これまでの訓練でもシミュレーターの設定はサンダーボルトだったはずなのですが、何故本日突然にフェニックスホークなのでしょうか?」
「理由は3つある。1つは貴様自身の問題だ。サンダーボルトは追加放熱器を多数搭載しており、熱管理が比較的容易な機体だ。しかしそれでも貴様は時折機体を過熱させている。
それを矯正すべく、荒療治として極めて過熱し易く熱管理が難しいフェニックスホークに搭乗してもらおう、と考えたわけだ。熱管理が難しいフェニックスホークで訓練を積むことで、熱管理の大事さを身に染みてわかって貰おうと言う考えだ。
2つ目は、部隊としての必要性からだ。サンダーボルトはジャンプジェットを搭載していない。だが森林戦などにおいてジャンプジェット搭載機が必須になる場面も、多々存在している。
その様な場合、一時的にジャンプジェット搭載機に乗り換えてもらう可能性も大いにある。最大クラスのジャンプ能力を持つフェニックスホークで、ジャンプ移動に慣れてもらいたいと言う考えだ。
3つ目は、万が一に備えてのことだ。サンダーボルトの装甲は強固とは言えど、決して無敵ではない。損傷の末に動けなくなることもあるだろう。その様な場合に、予備メックに搭乗してもらう事も無いとは言えん。
それに備え、サンダーボルト以外の機体にも慣れてもらいたいと言う考えだ。ちなみにフェニックスホークの他、後日グリフィンの設定でもシミュレーターに乗ってもらう。主戦機サンダーボルト、支援機グリフィン、万能型フェニックスホークの3機種の経験があれば、まあ大丈夫だろう。
理解したか?」
イヴリン訓練生は、元気よく応える。
「はいっ!!」
「では搭乗せよ!俺も2番筐体で戦闘参加する!」
「了解!!」
そしてシミュレーションが始まった。敵は45tフェニックスホークが1機、55tシャドウホークが2機、60tライフルマンが1機と言う編成だ。対する味方はと言えば、イヴリン訓練生の45tフェニックスホークが1機、55tシャドウホークが2機、キースの75tマローダーが1機である。
キースは仮想空間内のイヴリン訓練生機に向けて通信を送る。
「まずは第1戦目は、俺からの指示はしない。好きな様に動いてみろ。ただし明らかに間違った行動をしたら怒鳴りつけるからな。」
『了解!!』
イヴリン訓練生機が、いきなり長距離ジャンプを敢行した。これについては、先ほどジャンプに慣れろと言ったので、特に問題ではない。問題は次の行動だった。イヴリン訓練生機は、ジャンプに引き続いて全開射撃を敵機に見舞ったのである。ジャンプにより体勢が崩れている間の射撃は、かなりな熟練者でも命中させるのは困難だ。当然ながらイヴリン訓練生機からの射撃はその全てが外れる。
キースは怒鳴った。
「馬鹿野郎!熱量計を見ろ!フェニックスホークは過熱し易い機体だと言ったはずだ!」
『ああっ!?しまった!!』
「大量の熱を発生する全力ジャンプ後に、莫大な過熱をもたらす全開射撃をする馬鹿がどこにいるか!しかもジャンプで体勢が崩れているときに射撃するとは、無駄弾以外の何者でもないぞ!」
『も、申し訳ありません!!』
腕立て伏せ100回でも命じようか、と一瞬キースは考える。だが彼女は未だ12歳である。以前教えた惑星ドリステラⅢの若手メック戦士たちに比しても、まだ身体が出来上がっていない。無理をさせて肉体に故障でも抱えられてはまずいだろう。ならば何が懲罰として良いだろうか。キースは再び怒鳴る。
「終わったら、正座して連盟共通語の書き取り30分だ!同じ失敗をして見ろ!時間が増えると思え!」
『りょ、了解!!』
「さあ敵が攻撃してきたぞ?貴様の機体は熱が溜まっている。どうリカバリーする?考え付いたら、やって見せろ。」
キースはイヴリン訓練生自身に考えさせる。いちいち指示をして命令に従わせても別にかまわないのだが、ここは自分で解決策を考え出して欲しかった。
『ここは……。だったら……。そう!』
「……ほう、考えたな。」
イヴリン訓練生のフェニックスホークは、再びジャンプすると最も近場の水地、それもバトルメックの頭が隠れてしまう深さの場所へ飛び込んだ。
「……だが水底は滑るぞ。貴様の操縦技量で、転ばずに済むか?」
『あ、く、とと、と!』
変な声が通信回線から聞こえた。なんとか水中での転倒は避けられた様である。キースはとりあえず、敵のフェニックスホークをマローダー右手の粒子ビーム砲と、中口径オートキャノンを使って撃った。
一瞬撃たないで全てイヴリン訓練生に任せようかとも思ったが、この状況下で撃たないのは逆にシミュレーションの平等性を損なうと思ったのだ。そして敵のフェニックスホークが右腕を吹き飛ばされる。敵フェニックスホークは、攻撃力のほとんどを失ってしまった。
(やり過ぎたか?ちょっと楽にしてやり過ぎたかもなあ……。)
『てええぇぇい!!』
イヴリン訓練生の叫び声が、通信回線から響く。イヴリン訓練生のフェニックスホークは水地を飛び出し、敵のライフルマンの真後ろに降り立つとマシンガンを乱射し、キックを見舞った。マシンガンは外れたものの、キックは見事に成功し、敵のライフルマンはバランスを崩して転倒した。
「……今のは一応だが合格点をくれてやろう。ジャンプ直後に発熱を伴わないマシンガンと格闘による攻撃を選んだからな。ただしジャンプ直後は体勢が崩れているから、攻撃の失敗率が高い。キックをもし外していたら、転倒していたかもしれんぞ。
ジャンプ直後は攻撃を断念し、走行移動に移行してから射撃などを行うのも手だ。ただしフェニックスホークが過熱し易いことを忘れてはならんぞ。」
『はい!!全開射撃は可能な限り控えます!!』
「そうだ、それでいい。フェニックスホークの命は機動性だ。常に動き続け、敵弾を機動回避しろ。敵との射線の間に必要に応じて森などを挟んだり、あるいは自機を森や林に飛び込ませるのも良い。これはフェニックスホークに限らず、サンダーボルトでも同じことだから覚えておけ。」
『はい!!』
その後シミュレーションは、終始イヴリン訓練生機とその僚機に有利に運んだ。キースも不自然でない程度には射撃したが、その必要も無かったかも知れない。もっとも所詮は敵機はプログラムに従って動いているだけの木偶だ。互角の戦力ならば負ける方がおかしいと言う物であった。
ちなみに、正座して書き取り30分はちゃんとやった。イヴリン訓練生は、相当足がしびれた模様である。
キースはデファイアント号の士官船室を流用した部隊司令室で、溜まっている書類を決裁しつつ、今日のシミュレーター訓練を思い返していた。
(イヴリン訓練生は、自分自身の操縦技量や射撃技量はどうやら並の上の新兵程度にはなってきたなあ。最初は酷かった物だけどなー。
でも、イヴリン訓練生の真価はそこじゃない、な。基本的な戦術……。森や林の利用方法や、高速で移動することによる機動回避なんかを理解した後は、化けるのが早かった。いや個人としての能力は変わらないんだけど、僚機に対する指示を出し始めたら、部隊全体としての動きが変わったもんなあ。
敵の動きを読む勘も鋭いし、指示は的確だ。つまりは……やっぱりイヴリン訓練生は、指揮官型ってことだよなあ。)
書類の束を決済済みの箱に放り込み、次の書類の束を引っ張り出しながらキースは考える。
(よし、イヴリン訓練生の教育方針は、弱点を潰すことは勿論だが、それ以上に長所を伸ばすことに重点を置こう。生残性に直結する操縦技量をまず伸ばし、1分1秒でも長く敵中で指揮を取れる様に育てればOKだな!あと指揮や戦術に関する講義、座学を早目に予定を組んでおかないとな。
初陣はいつ頃にしようか。あのドリステラⅢの子供らが、一番若いので13歳だったから、そのぐらいを目処にしとこうかな?ただ、あんまり早く士官にしちゃうのは、駄目だろうなあ。あの子の性格からすれば、変に増長したりはしないだろうとは思うんだけど……。でも士官にしないと指揮を取らせられないしなあ……。
……ん?)
そのとき、キースは人の気配に気付く。どうやらドアの前で、行ったり来たりしている様だ。キースは書類の束をいったん仕舞い込むと椅子から立ち上がり、ドアの方へ歩いて行った。
そしてキースはドアを開ける。
「あ……。」
「ん?なんだ、いたのかイヴリン訓練生。何か俺に用事か?」
そこにいたのは、イヴリン訓練生だった。手にはノートや教科書、参考書と宿題のプリントが抱えられている。
「あ、そ、その。しゅ、宿題が……。」
「……それではわからん。はっきり言え!」
「しゅ、宿題の疑問点を訊きに参りました!!」
「そうか。では入れ。それと、次に来るときはもう少し早い時間に来い。本来なら貴様はもう寝る時間だろう。あまり夜更かしすると、明日の授業や訓練に差し支えるぞ?」
キースは応接セットのソファとテーブルの方へ、イヴリン訓練生を誘った。
「で、何処がわからん?」
「も、申し訳ありません!何処がわからないか、わかりません!」
「……そうか。じゃあ1つづつ行くぞ。まずこの問1だが……。」
その後キースは、なんとかイヴリン訓練生をさほど夜が更けないうちに帰すことに成功する。だがキース自身の書類決済の仕事は、けっこう夜遅くまでかかったのであった。
今回は話の焦点を、イヴリン訓練生にみっちりとあててストーリー作りました。新米メック戦士、いえまだ本物のメック戦士としてすら認められていない訓練生を、頑張って一人前に鍛え上げなければいけない……。
イヴリン訓練生もタイトル通り頑張ってますが、なんか主人公の方が頑張ってる様な気がしますね。