エルンスト・デルブリュック曹長、パメラ・ポネット軍曹、そしてフランツ・ボルツマン伍長が、オーバーゼアー城の司令執務室でキースに向かい、捕虜の尋問結果を報告していた。彼らは一様に高い尋問技術を持ち、手分けをして前回得た数多くの捕虜を尋問していたのである。エルンスト曹長が、一同を代表して話す。
「ユニオン級降下船アタゴ号船長、ヨシロウ・ハヤシ中尉の尋問が終了しました。本人は黙っていようとした模様ですが、なんとか口を割らせることに成功しましたよ。やはり惑星上のドラコ連合軍から、こちらの気圏戦闘機のいないはずの軌道を指示されて降下しようとしたそうです。
また、惑星上の対宙監視大型レーダーは黙らせる工夫がしてあると言い含められていたのも言質が取れています。他にも細々した情報もありますが、それについてはこの報告書に纏めてあります。」
「よくやってくれた。これで惑星政府に堂々と敵スパイ網、敵工作員について警告することができる。」
大きく頷いてキースは、笑みを顔に浮かべる。エルンスト曹長は、小さく左右に顔を振って言った。
「いえいえ、ハヤシ中尉の尋問を担当したのはパメラ軍曹ですからな。尋問技術では、既に私を超えていますな……。男子3日会わざれば刮目して見よと言いますが、正しくその通り。」
「あのー、私女です。男子じゃありません。」
「ははは、申し訳ない。」
パメラ軍曹の抗議に、エルンスト曹長は笑って謝罪する。その様子を笑って見ていたキースだったが、少し考え込んだ表情になった。エルンスト曹長が、怪訝に思ったのか質問する。
「どうなされました?」
「ああ……。いや、な。この情報を何処に報告した物か、と思ってな。普通に考えれば、こちらとの交渉チャンネルのある惑星政府そのものなんだが、それをやると惑星軍の顔を潰すのではないか、と思ったんだ。
かと言って、こっそり惑星軍に通報しようにも、惑星軍とはレーダー情報などのデータリンクこそできているが、直接の対話チャンネルは無い。いちど惑星政府にこちらから話を上げて、そこから惑星軍に話を下ろしてもらうと言う手順を通さねばならないんだ。
前任の『エフシュコフ剛腕隊』は、資料ではその辺は部隊の隊員同士でできた人脈を使って解決していた模様なのだがな。この惑星に来て日が浅い俺たちでは、その手段は取りたくても取れん。やはり惑星政府に正直に言うしかないか?」
と、そこへ司令執務室のドアホンが鳴った。キースは卓上の端末を操作して通話状態にする。
「誰か?」
「サイモン少尉ですわ。鹵獲した降下船アタゴ号についてご報告に上がりましたでのう。」
「入室を許可する。」
サイモン老が司令執務室へ入って来る。彼はその両手に持った書類束を司令席の卓上に置くと、にやりと笑って言った。
「ユニオン級降下船アタゴ号の応急修理に成功しましたわい。隊長のご命令があり次第、誰か降下船の副長あたりの手を借りて城に回航できますでのう。いや、今回はぶち壊れ方が酷くて、なかなか大変でしたが、一応飛べると言うことで「破壊」ではなく「鹵獲」と見てもらえますの。破壊は価格の1/100、鹵獲は1/10のボーナスですんで、大きく違いますからのう。大儲けですわ。
それと、載せられていたバトルメックですが、70tウォーハンマー1機、70tK型アーチャー1機、60tドラゴン2機、65tK型クルセイダー2機、55tK型ウルバリーン2機、45tK型フェニックスホーク2機、20tK型ワスプ1機、20tスティンガー1機の1個中隊。それに加え大量の物資が詰め込まれていましたわい。これが敵の手に渡っていたらと思うと、いささかぞっとしませんのう。」
「敵の増援と補給を阻止できたのは幸いだったな。早速城に回航させてくれ。そうだ、エルンスト曹長、敵の補給の話になって思い出した。捕虜のハヤシ中尉は、敵の補給状況について何か知らなかったか?」
キースの問いに、エルンスト曹長は肩を竦めて言う。
「彼が知っていたのは、彼自身が船長見習い時代に、アタゴ号が前回行った敵への補給についてだけでしたな。我々がこの惑星に来る前の話ですがね。そのときは、ドラコ連合でも送れるメック戦力に余裕が無かったため、戦車をメックベイに詰め込んで来たそうですが。」
「敵のバトルメックが、さほど増えていなければ良いんだがな。しかし、本当にどうした物かな……。できれば惑星軍の顔は潰したくないが、早急に敵スパイ網の存在について警告せねばならん。」
「何の話ですかの?隊長。」
「ああ、いや何でも……。いや、サイモン少尉なら幹部扱いだからかまわんか。実はな……。」
できるだけ事情を簡単に噛み砕いて、キースはサイモン老に説明する。サイモン老は少し首を傾げて考えていたが、ふと顔を上げた。
「ライナーに相談してみては、いかがですかのう?」
「ライナー?今の彼は自由執事だぞ?」
「だからこそ、ですわ。ライナーはこの惑星に来てから、色々とあちこちに顔つなぎをして、コネを作るのに一生懸命になっておりましたでのう。自由執事としての仕事に役立つやも知れないと思ってのことでしょう。
わしも恒星連邦とライラ共和国に色々伝手は持っておりますがの、国家の政府に関わる要職への伝手がほとんどで、ライナーの様に地域密着型のコネは持っておりませんですわ。」
その台詞に、キースは目を見張る。自由執事ライナーのコネを上手く使えれば、惑星政府を通さずに、惑星軍に情報を流せるかもしれない。キースは早速ライナーに連絡を取った。
連盟標準時では次の日、惑星時間ではまだ当日の午後に、キースはライナー及び運転手のジャスティン伍長と共に、惑星ネイバーフッドの首都ディスプレイスにやって来ていた。ちなみにこの惑星ネイバーフッドの自転周期は48.8時間であり、ほぼ連盟標準時の2日にあたる。基本的に軍人や政府筋の人間は連盟標準時を使っているのだが、一般人、それもこの惑星の人口の6割を占める農業に従事している人間は、惑星時を使用することが多い。
とあるカフェの、密談に向いた奥まったボックス席で、キースとライナーは惑星軍の軍服を着た、何と言うか服に着られている感じの人物と向かい合っていた。その人物は、本来は普通の服が似合いそうな、しかし普通の服を着たら一般大衆にとけ込んでしまい、所在すらわからなくなりそうな感じの人物である。
ちなみに運転手のジャスティン伍長は、1人離れてカウンター席でコーヒーを飲んでいる。彼は階級も低く、あまり秘密の話に接させるわけにもいかないからだ。
ライナーが件の人物をキースに、キースを件の人物にそれぞれ紹介する。
「キース少佐、こちらが惑星軍情報部のヴィタリー・ウラディミロヴィチ・グルィビン少佐です。グルィビン少佐、こちらはライラ共和国惑星守備隊司令官、キース・ハワード少佐です。」
「自分はキース・ハワード少佐です。グルィビン少佐、よろしくお願いします。」
「これはご丁寧に。私は惑星ネイバーフッド惑星軍陸軍情報部の、ヴィタリー・ウラディミロヴィチ・グルィビン少佐です。こちらこそよろしくお願いいたします、ハワード少佐。」
この人物に対し、腹芸は通用しないどころか危険だと見て取ったキースは、単刀直入に行くことにする。彼はいきなり本題に入った。
「本日この様な場を設けさせていただきましたのは、理由があります。……ドラコ連合の間諜もしくは工作員が、惑星軍内部に潜んでいる可能性があるのです。先日捕らえた敵降下船の船長を尋問した結果、惑星軍の対宙監視大型レーダーを、黙らせる工夫がしてあると言う情報が得られました。こちらがその尋問の調書と、録音のコピーです。
さらにこれは推測でしかありませんが、大型レーダー施設から我が部隊の気圏戦闘機の哨戒軌道の情報が、ドラコ連合軍に漏れた可能性もあります。推測の根拠はありますが、今はまだ確証が掴めている段階では無いので、それはご勘弁下さい。」
「……いきなりですな。ですがそれは大変な話ですな。この話を私に持って来て、惑星政府に直接報告しないのは、惑星軍の面子を慮って下さったからですな?しかし……不用心ですな。私がドラコ連合のスパイ網の一翼を成す人間だったら、どうなさるおつもりだったのです?」
「先ほど惑星軍統合参謀本部のルッジェーロ・カンパネッラ少佐にお会いして同じ情報をお渡ししております。そしてこれから海軍情報部エイブラハム・チェンバレン少佐にも同じ用件でお会いする予定でして。
3人のうち誰かがスパイであって、この情報を握りつぶそうとしても、他の方が動いてくださればこちらの目的は達せられます。そして握りつぶそうと動いた人物が、スパイであると言う目星がつけられるわけですね。
そして万一お会いした方がスパイであって、こちらの抹殺を企んだ場合……。」
キースの隣に控えていたライナーの手の中に、魔法の様に拳銃が現れる。グルィビン少佐の顔が一瞬、ほんのわずかな間だけピクリと動いた。ライナーは左腕こそ義手だが、右手は自由に動くのである。
ライナーは引き金を無造作に引く。すると銃口に小さな炎が灯る。拳銃型のライターだった。グルィビン少佐は、おもむろに懐から紙巻き煙草を取り出すと、その炎で火をつけた。彼は言う。
「こいつはどうも。いや、この煙草は安くて美味いんですよ。1本いかがですかな?」
「いえ、自分はご存じの通りまだ若僧なので。」
「おっと、そう言えばそうでしたな。いや、その威容からはとても17歳とは思えませんよ。」
無論、キースはグルィビン少佐に年齢を告げたことなど無い。腹芸は危険だと考えたはずなのだが、まあこの程度のジャブの応酬ならばかまわないだろう。
「では確かにこの調書と録音のコピーはお預かりしました。実を申しますと、こちらでも情報漏れは気にはしていたのです。ですがこれで、レーダー基地の整備に関わる人間が怪しいことがわかりましたからね。早急に動くことにいたしましょう。
さっそく仕事に戻りたいので、申し訳ありませんがこれで失礼いたします。ファーベルクさん、今日のことは1つ借りておきましょう。いつかお返しできる機会があればよろしいのですが。」
「はい、今日はわざわざありがとうございました。」
「グルィビン少佐、あまりお気になさらないでください。借りだと思ってくださるのでしたら、『SOTS』全体に対して返してくださると嬉しいですね。ではまたお会いしましょう。」
グルィビン少佐は、すっと席を立つと目にもとまらぬ早業で伝票を取り上げ、足早にレジへと去って行く。キースとライナーは苦笑した。
「やれやれ、せめてジャスティン伍長のコーヒー代くらいは俺が払うとしようか。部隊で一番高い金額を貰ってるんだから。」
「でもキース少佐は自分の儲けを部隊のために注ぎ込んでますよね?部隊の予算で買うべき物をご自分のお金で買ったり。」
「あー、まあな。それでもまだ、俺個人じゃ使い切れん金額が残るんだ。大丈夫だろう。」
「いや、将来のご結婚のために貯金しておくなり、しておくべきかと私は思いますがね。」
「……結婚なら、ライナーの方が先だろう?」
キースたちもまた、席を立つ。ジャスティン伍長がそれに気付いて、カウンター席を立った。彼らにはもう1件、先ほどグルィビン少佐に言った通りの用事が残っている。レジでジャスティン伍長の分のコーヒー代を支払うと、キースたちは次の約束の場所へと向かった。
仮想空間の中で、サンダーボルト1機とウィットワース2機が一斉に長距離ミサイルを発射する。イヴリン訓練生の声が響いた。
『ウィットワース2機は歩行移動で後退!相手との距離を稼いで!サンダーボルトで前進して防壁になるわ!』
『『了解!』』
エドウィン訓練生、エルフリーデ訓練生がそれに応える。ウィットワース2機は、ゆっくりとした動きで後方に退避し、サンダーボルトは全力で走行して前に出た。キースは褒めるべきところは褒めておこうと言う考えで、その判断を称賛する。
「基本通りで面白みは無いが、だからこそ破綻し難く有効な手段だ。基本を大事にするのは、いついかなる場合でも大事だ。正直、俺でもこのフォーメーションを正面から崩すのは難しいな。なら……。ふむ、ちょっとした奇策を見せてやろう。」
プログラムで動いているフェニックスホーク2機を従えたキースのグリフィンが、いきなり全力で疾走する。その間、まったく射撃はしない。
『え?』
イヴリン訓練生の怪訝そうな声が聞こえる。キースの腕ならば、たとえ疾走して零距離であっても、粒子ビーム砲を命中させるぐらいはそう難しくないはずだからだ。だがキース機はまったく射撃しない。
次の瞬間、キース機のグリフィンは右肩からサンダーボルトに衝突していた。イヴリン訓練生操るサンダーボルトは、胴中央から右胴にかけての装甲板を大きく削り取られ、無様に転倒する。キース駆るグリフィンもまた、衝突により多少の損傷を受けたが未だ立っていた。
キースの声が響く。
「これが最後の最後、本当に最後の手段、突撃だ。相手に信じがたいダメージを与えるが、代わりに自機にも大きなダメージを受ける。貴様たち自身がこの攻撃方法を取る必要は無いが、敵がこの方法を用いる可能性だけは頭に入れておけ。
疾走してきた敵メックや敵車輛が、まったく射撃を行う気配を見せなかったら要注意だ。その場合の対処は、その敵機に攻撃を集中して転倒させてしまえ。わかったか?」
『は、はいっ!!』
『『はいっ!!』』
キースの説明はまだ続いていた。
「それとこの攻撃方法を取る馬鹿は滅多にいないと思うが、一応見せてやる。」
『え?』
キース機のグリフィンは、ジャンプジェットに火を入れて高々とジャンプすると、そのままエドウィン訓練生のウィットワースの上に飛び降りた。ウィットワースは頭部にドロップキックを浴びて、その部位を消し飛ばされる。
『わああぁぁ!?』
「突撃の変形だが、ジャンプして相手の真上から飛び降りることで、バトルメック最大の弱点である頭に攻撃を集中させやすくする。ただし命中させるのは至難の業だ。やって来る奴はまずいないと思うし、やってもまず命中せん。そして命中しなかったら、勢い余ってメックはすっ転ぶ。
貴様たちも、絶対にやるなよ?もしやったら、懲罰として拳骨をくれてやる。今見せてやったのは、あくまで悪い例だ。見せてやらなくても、勝手に思いついて実行しかねないからな。だからあらかじめ見せてやって、やらない様に心がけさせる方が良いと考えた。
どうせ敵の頭を狙うなら、次に見せる方法こそが本命だ。」
そう言うとキースは、もう1機のウィットワース、エルフリーデ訓練生機に走り寄ると、両手で攻撃を見舞う。左拳はウィットワースの右胴にぶち当たったが、右手に握られた粒子ビーム砲の砲身は、見事にウィットワースの頭部を捉えた。
『きゃああ!!』
「こうやってパンチで相手の頭を狙った方が、よっぽど良い。ただしパンチで使う腕に装備してある武器はわずかな間だが使えなくなるから、そこは注意しろ。
なお、どんな強固なバトルメックでも、55t以上のメックのパンチ2発を頭に貰えば、あっさりと沈む。ただし格闘距離では、敵の方もパンチを返してくる可能性を考えておけ。」
『了解っ!こうですね!?』
いつの間にか起き上って近寄って来ていたイヴリン訓練生のサンダーボルトが、パンチ2発を放ってくる。キースはにやりと笑った。パンチの1発は、張り出したグリフィンの右肩が防ぐ。その代償として、グリフィンの右腕は吹き飛んでしまった。グリフィンの右肩は、先ほどの突撃の反動で大きく傷ついていたのだ。
そしてもう1発のパンチがグリフィンの頭に命中する。キースの乗ったシミュレーターの筐体が大きく揺れた。
「いいぞ!こちらの背後を取ったのも良い!背後を取れば、たとえ機体の上半身を捻っても、片腕で一発のパンチしか打てない上に、キックは絶対に出せないからな!後は場合によって、キックとパンチのどちらを選択するかも考えておけ!
さて、奇策を見せてやると言う目的は充分果たした。あとは真っ当にやるとするか!」
グリフィンが再度ジャンプジェットに点火する。150mの距離を飛び越え、キース機はサンダーボルトから大きく距離を取った。イヴリン訓練生はシミュレーター上とは言え、キースを撃墜する機会に発奮したのか、必死に追いすがろうとした。
だがそれを、プログラム制御のフェニックスホーク2機が阻む。無論、キースの指示だ。イヴリン訓練生はやむなくサンダーボルトの上体を捻り、フェニックスホーク2機とグリフィンに機体の左側面を向けた。胴体ど真ん中と機体の右側は、先ほどのキース機の突撃でボロボロになっていたためである。
キースのグリフィンから、10連長距離ミサイルが発射される。それはサンダーボルトではなく、エルフリーデ訓練生のウィットワースに命中した。エルフリーデ訓練生は叫ぶ。
『きゃあああ!!』
「イヴリン訓練生!指示を出さんか!エルフリーデ訓練生!叫んでいないで回避行動を取るなり撃ち返すなりしろ!」
『は、はいっ!!エルフリーデ訓練生、走行で前進してキース少佐機を長距離ミサイルの近距離射程に入れて、撃って!』
『りょ、了解!』
イヴリン訓練生は、プログラム仕掛けのフェニックスホーク2機のうち、1機の脚を蹴り折ったところだ。ウィットワースからのミサイルが、キース機の周辺に着弾する。だが命中弾は無い。キースはにやりと笑った。
結局のところ、このシミュレーター訓練で、訓練生たちはキースを撃墜することは叶わなかった。キース機が右腕を飛ばされたのとて、突撃その他の実演をしたための自爆に近い。
キースが本気で対処するなら、遠射程から粒子ビーム砲なり長距離ミサイルなりで大人げなく狙い撃ちにしてしまえば、訓練生たちにはどうしようも無くなる。まあ、それでは訓練にも教育にもならないので、あえて中距離以内に踏み込んだのだが。
「惜しかったな。だが各々充分に成長が見られる。今後ともこの調子で励む様に。」
「「「はいっ!!ありがとうございます!!」」」
「真っ先に撃墜されたエドウィン訓練生、あれは運が悪かったんだ。飛び降り攻撃がまともに当たるなど、可能性は低い。実演した俺も驚いているぐらいだ。だからそこまで落ち込むな。ただし、並の馬鹿ならやらんだろうが、超級の馬鹿ならもしかしてやるかもしれん。警戒だけは怠るな。」
「は、はいっ!!」
おもむろにキースは、時計を確認する。
「さて、そろそろ俺は時間切れだ。もう少し相手をしてやりたくはあるが……。」
「なら俺たちが代わりに相手をしてやるよ、隊長。今日はチーム戦の訓練だっつーから、お任せしたんだけどよ。今までエドウィンの鍛錬に使ってた時間が空いちまって、手持無沙汰になっちまってたんだ。」
「同じくあたしも。エルフリーデの鍛錬に使ってた時間がぽっかり空いたら、何やっていいかわかんなくなっちゃった。」
突然やって来たのは、アンドリュー曹長とエリーザ曹長である。訓練生たちは、彼らに敬礼をした。彼らも訓練生たちに答礼を返す。
キースは彼らの台詞を聞き、にっこり微笑んだ。ただし、目は笑っていない。
「やはり貴様ら、士官任用試験を受けてみてはどうか?能力的には充分合格を狙えるぞ?ぜひ士官になって、俺の仕事を手伝ってくれると嬉しいのだがな。ヒマな時間など、一切合財無くなって、充実した毎日を送れるぞ?」
「ぶるぶるぶるっ!!堪忍してくれよ隊長っ!」
「調子に乗って、悪かったから!」
「ふう……。まあ、なら後の訓練生たちの面倒、見てもらうとしよう。アンドリュー曹長がシミュレーターに乗り込んで直接の訓練生たちの相手、エリーザ曹長が指揮卓から全体の監修でいいだろう。
イヴリン訓練生!エドウィン訓練生!エルフリーデ訓練生!アンドリュー、エリーザ両曹長より本日の残り時間、指導を受けろ!俺は仕事があるので、本日はこれでおさらばするが、後から両曹長より報告を受けるから、無様な真似をすればきっちり俺に伝わると思え!」
「「「了解!!」」」
訓練生たちは一斉にキースに敬礼をする。キースも答礼を行い、踵を返した。
「あ……。」
「ん?」
イヴリン訓練生が、何やら言いかけた。キースは足を止める。
「何か?イヴリン訓練生。」
「い、いえ!何でもありません!」
「……そうか。ではまた明日だな。まあ宿題がわからないときは、訊きに来ても良いが。その場合は早目に来い。ではな。」
「はいっ!」
今度こそキースは、シミュレーター室を出て行った。彼は歩きながら、考え込む。
(……エリーザ曹長が、最後チェシャ猫の様な笑いを浮かべていたのが気になるなあ。まあ置いとこう。物凄く気になるけど、気にしたら負けだと言う予感がひしひしとする。
さて、エリオット中尉とアイラ軍曹の報告を聞かないとな。司令執務室に戻らなくっちゃ。その報告しだいでは……大掃除だな。)
キースの表情は、いつしか厳しく顰められていた。
キースが司令執務室に戻ってさほど時を置かず、歩兵中隊中隊長のエリオット中尉と偵察兵のアイラ軍曹が、キースにある報告をするためにやって来る。キースは彼らを司令執務室に迎え入れた。
「……入室を許可する。」
「「失礼します。」」
アイラ軍曹がキースに敬礼をする。エリオット中尉は歩兵なので、敬礼をしない。キースは早速彼らに質問した。
「で、どんな具合だ?この城に「草」はいるか?」
「はっ!前任の部隊『エフシュコフ剛腕隊』の薫陶がかなりよろしかった様で、どの者たちも惑星政府への忠誠は厚く、なおかつ駐屯している惑星守備隊の人員に対しても友好的であります。
まあタマラー協定領は独立運動が盛んな場所柄なので、ライラ共和国その物に対する忠誠度はわからないところもあるのですが。しかし、表からそれとわかる敵の「草」は見つかりません。」
「色々聞き込んでみたんですが、はっきりと怪しいと言える者はいません。オーバーゼアー城には敵スパイは潜入できなかったか、最初から諦めたのか、またはいざという時まで普通の城勤めを装って敵本隊との接触も完全に断った「スリーパー」なのでしょう。仮に「スリーパー」が居るとしまして、よほど決定的な状況にならない限り本性は現さないでしょう。」
「なら不安は残るが、当面は大丈夫と見て良いわけだな。面倒な仕事を頼んで済まんが、これからも定期的な監査を頼んだぞ。特に新たな者たちを雇い入れた際が要注意だな。助整兵は不足気味だから、どうしても雇わねばならない。
警備をする歩兵もこの城の規模では、1個中隊では足りない。1個中隊でも信頼できる歩兵がいるのは幸いではあるがな。臨時雇いを入れる予定もある。その中に毒水が混じる可能性は常に存在する。」
キースの台詞に、2人は頷く。キースは難しい顔で続けた。
「なおかつ前任者同様、我々『SOTS』もこの惑星の社会に可能な限り密着して行かねばなるまい。基本は半年だが、半年で済むかどうかはわからんのだ。やはり楽な任務は無い、ということだな。
休暇の際に首都ディスプレイスなどに出かけた際に、うっかり飲み屋などで内部情報を漏らさぬよう訓示しよう。まあどれだけ効果があるかはわからないが。いつまでも部隊編成などが漏れぬとは期待しない方が良いな。だがせめて、力量の程はしばらく隠し通すとしよう。
同時に、敵戦力の把握もできれば良いのだがな。『エフシュコフ剛腕隊』ののこしてくれたデータは、残念ながら敵戦力が増強されてしまった以上、あまり役には立たない。惑星軍の陸海軍の情報部の力量に期待できるかな?まあ、どちらかと言えば防諜のための組織である様だしな。期待をかけすぎるのも酷か。」
そう言うとキースは、窓際に近寄って外を眺めた。司令執務室の窓からは、城内の建築物のおおよそが見て取れる。その中でも比較的遠くに見える滑走路からは、修理なったライトニング気圏戦闘機3番機、アロー3が偵察に発進して行くところであった。
(今のところ、対処療法的に動くしか無いのか。一気に片を付けるのは困難だし、危険でもあるしな。)
キースの内心の様に、アロー3が上昇して行く空は曇り空であった。
ドラコ連合クリタ家のスパイ網構築技術は、並大抵のものじゃ無いですねー。まあ、他の継承王家も負けてはいないハズなんですが……。強敵です。