オーバーゼアー城の滑走路から、轟音と共にレパード級降下船2隻が飛び立って行く。1隻はヴァリアント号で、『SOTS』バトルメック部隊第1中隊の指揮小隊と第1歩兵小隊が、もう1隻はゴダード号で、バトルメック部隊第1中隊の偵察小隊と第2歩兵小隊、それにサイモン老のスナイパー砲車輛が、それぞれ載せられている。そしてそれらのレパード級降下船に付き従う様に、5機の気圏戦闘機が飛翔していた。
ヴァリアント号メックベイに搭載されたマローダーの操縦席で、キースは実は焦っていた。
(うわあ。まずいかも知れないなあ……。偵察小隊と気圏戦闘機の装甲板張り替えを優先して1時間待ったけど、指揮小隊だけでも先に進発して、時間稼ぎをするべきだったかも知れないなあ。奴らが蛮王の軍勢の類でありそうなことは可能性が高かったんだから、無法を働く可能性が大なんだし。)
蛮王とは、中心領域を外れた辺境に位置する惑星群を統治する小国の王や山賊、海賊などを総称した言葉である。特に中心領域をY+方面に外れた領域に多く存在し、文字通りの小国の王と言った存在から、単なる悪党たちの集まりの親分に過ぎない者まで様々である。
そして大半は、その支配している惑星が資源に乏しいことから中心領域の惑星を襲撃し、水などの資源を奪って行く。ちなみに水関係の施設に手出しすることはアレス条約で禁じられており、それを犯した者は無法者として扱われる。当然蛮王たちのほとんどは無法者であり、捕虜などになろうものならばまともな扱いは受けないどころか、命や人権の保障は無い。
(いや、だが奴らの編成は85tバトルマスター1、70tウォーハンマー1、65tサンダーボルト1、65tクルセイダー1、55tグリフィン1、45tフェニックスホーク3のガチでマジな編成だ。
最大限の安全策を取って間違いじゃない……はずだ。だが、焦るよなあ。前も惑星ドリステラⅢで無法者を逃がして、えらい後悔をする羽目に陥ったじゃないか……。
仮に奴らが無法な輩だと仮定して、一番近場の目標になりそうな物は……。地図で確認すると、この水浄化施設を兼ねたダムであるザットダムか、もしくはこの比較的大きな街、ニアーバイタウンかな。)
キースは考えを纏めると、マローダーの通信回線をヴァリアント号のそれを介して、敵を高高度より監視しているライトニング戦闘機、アロー2に繋ぐ。
「アロー2、ジョアナ少尉。敵バトルメック部隊の動きは、どうなっている?」
『こちらアロー2、敵はユニオン級から兵員輸送車と見られる軽トラック4台を降ろした後、それと共に西へ向かって移動を開始しました。移動速度は65km/hです。』
「わかった。そのまま監視を続ける様に。ただし推進剤は可能な限り節約しろ。」
『了解!』
マローダー操縦席のスクリーンに表示させたマップを見ながら、キースは内心で独り言ちる。
(西と言うことは……。目標はザットダムか。それ以外に目標になりそうな物は無い。となるとやっぱり蛮王の類か。目的は水か?それとも水浄化施設の部品か?両方ってのがありそうだな。だけど……奴らのダム到着の方が早い。くそっ!ダムの職員とか、殺されないといいんだけど……。)
キースは、できるだけ早くヴァリアント号、ゴダード号が目標地点に到着することを祈った。
ザットダムと敵降下船着陸地点の中間に降りたヴァリアント号とゴダード号から、メック部隊、歩兵部隊と装甲兵員輸送車、スナイパー砲車輛を降ろしたキースは、敵降下船着陸地点へ向けて歩兵部隊を、ザットダムへ向けてメック部隊とスナイパー砲車輛を進発させた。
なお、2隻のレパード級降下船と上空待機している気圏戦闘機には、歩兵部隊指揮官であるエリオット中尉の要請に従って敵降下船に対する囮作戦を決行する様にあらかじめ命令している。ヴァリアント号のカイル船長とイングヴェ副長、ゴダード号のヴォルフ船長とオーレリア副長は、久しぶりの戦闘任務だとばかりに張り切っていた。
キースは、はやる気持ちを抑えつつ、慎重に先を急ぐ。
(今さら焦ったところで、どうにもならない。だったら最初の方針通り、これ以上は余計な真似はさせずに、徹底的に叩き潰すだけだ。あと、動揺した姿は部隊員には見せるなよ、俺。できるだけ頼りがいがある隊長を演じないと。まあ第1中隊指揮小隊の面々やヒューバートには、情けないところもバレてるけどさ。)
そこにライトニング戦闘機2番機からの報告が届く。
『こちらアロー2、敵メック部隊がザットダムを離れます。後方には行きよりも多い車輛群が続いている様です。大型の……6連タンクローリーですね。それが何台も連なってます。それとメックも動きが鈍いですね。何やら背負っているらしいです。
このままだと、隊長たちとの接敵は15分後ですね。』
「ご苦労、アロー2。敵は水浄化施設の部品と、浄化済みの水を大量に持って帰るつもりだな。アロー2はそのまま敵降下船の攻略作戦に参加してくれ。」
『アロー2、了解。』
キースは隊内通信の回線を開くと、大きな声で言い放つ。
「敵は水浄化施設に手を出した!奴らは無法者だ、遠慮は欠片もいらん!叩き潰すぞ!サイモン少尉、スナイパー砲車輛はここから南に移動してQ-P25001ポイントに陣取ってくれ!メック部隊はこのまま前進!」
『了解ですわ!』
『『『『『『了解!』』』』』』
混成傭兵大隊『SOTS』バトルメック部隊第1中隊の指揮小隊と偵察小隊は、可能な限りの速度で前進していった。
やがて長距離ミサイルすらも届かない彼方に、敵のバトルメックが見えて来る。敵からもこちらのメック部隊は見えているはずだ。キースは敵のバトルマスター、サンダーボルト、ウォーハンマー、フェニックスホーク3機が全力で前進してくるものと考え、予想位置にスナイパー砲を撃ち込むべくサイモン老に指示を送ろうとした。だが敵は、機体の背中に背負っていた荷物の入った網を落とすと、予想外の行動に出る。
「……ウォーハンマーはともかく、バトルマスターとサンダーボルトまで物陰に入る、だって?丘陵を盾にして、こちらを一方的に撃つつもりか。なんてチキンな真似を……。フェニックスホークはこちらへ向かって来るな。囮要員か?」
『隊長、それならそれでかまわんだろ。丘を盾にしたぐらいで、俺たちから逃げられるって考えが甘いって、思い知ってもらおうぜ!』
『そうよねー。あれだけ機体が丘の稜線から出てたら、あたしでも命中させられるわよ。』
『私もなんとか、あてられそうですね。まあ向こうからすれば相手が悪かったってことで。』
第1中隊指揮小隊の面々の頼もしい言葉に、キースの頬がわずかに緩む。彼は命令を下した。
「わかった!では奴らに思い知らせてやろう!サイモン少尉、戦術マップ上の、Q-R454522ポイントにスナイパー砲を撃ち込んでくれ!その次はQ-R56235ポイント、その次にQ-R66353ポイントに頼む!風向はWSWに風力は2単位!
アーリン中尉、向かって来るフェニックスホーク3機の相手を頼む!ヴィルフリート軍曹機は、第1中隊偵察小隊機の支援に集中してくれ!
アンドリュー曹長、クルセイダーを狙撃しろ!エリーザ曹長は同じ機体の誼でウォーハンマーの相手をしてやれ!マテュー少尉も同一機種の縁を大事にしてサンダーボルトをやってしまえ!俺はバトルマスターの相手をする!部分的な遮蔽状態が、場合によっては全身を晒しているより恐ろしいことを知ってもらおうじゃないか!」
『『『『『『了解!!』』』』』』
敵は遠距離射程では命中が覚束ないと見てか、ほとんど撃って来ない。わずかに敵のグリフィンが粒子ビーム砲を撃つが、それは味方の誰を狙ったのかわからないほどに大きく的を外す。
それを見遣りつつ、キースはマローダー両手の粒子ビーム砲2門と、1門の中口径オートキャノンを、敵バトルマスターに向けて撃ち放った。それは吸い込まれるように丘向こうの敵機に命中し、そのうちの粒子ビーム砲1門がバトルマスターの頭部にぶちあたる。
バトルマスターは一瞬動きを止め、そしてゆっくりと機体を頽れさせて行った。メック戦士が脱出した様には見えない。この遠距離ではわかり難いが、おそらくは操縦席をメック戦士ごと焼かれたのだろう。
キースが一瞬止めていた息を吐いて周囲の様子を見てみると、彼の仲間達も敵メックを徹底的に叩いていた。
まずアンドリュー曹長だが、彼のライフルマンが放った2門の中口径オートキャノン砲弾と、1門の大口径レーザーは、敵クルセイダーの上半身に集中して命中していた。しかもそのうち中口径オートキャノン2門は敵機の頭部に命中し、クルセイダーは慌てて隠れ場所から出て来ることになる。
次にエリーザ曹長の攻撃だ。エリーザ曹長のウォーハンマーが撃った2条の粒子ビームによる射撃は、過たず敵ウォーハンマーに命中する。そしてそのうちの1発は、敵機の頭部に命中した。
そのウォーハンマーは一瞬硬直したが、すぐに機体を遮蔽物の影から出して前進してくる。しかし、一発も撃つことは無い。どうやらセンサー系がいかれたらしい。絶大な火力を誇るウォーハンマーとは言え、これではもはやどうしようもない。
そしてマテュー少尉の射撃は、大口径レーザーの一撃こそ外したものの、15連長距離ミサイルはもろに物陰に身を隠した敵サンダーボルトの上から降り注いだ。そしてばらばらと12発のミサイルが命中し、内10発が敵サンダーボルトの頭部にあたった。次の瞬間、サンダーボルトの頭部は命中の衝撃で吹き飛ばされてしまい、首なしになった機体はそのまま動きを止めた。
『皆、凄い腕前ですね……。』
アーリン中尉の呆れた様な呟きが、通信回線から聞こえる。だがそのアーリン中尉も、巧みな機動で敵の3機のフェニックスホークをあしらっている。確かに射撃の腕前自体は第1中隊指揮小隊の面々に及ばないが、その戦術判断を含めた総合的な技量は、充分に一流を超えていた。
アーリン中尉が敵の注意を引き付けている間に、彼女の部下であるリシャール少尉、ヴェラ軍曹、ヴィルフリート軍曹の3人のメックは、敵のフェニックスホークを痛めつけていた。3人は、基本的に射撃を敵のどれか1機に集中している。
基本に忠実だが、それだけに効果的だ。狙われた1機のフェニックスホークは、右腕を破壊されてしまう。これでこの機体は戦闘力の半分以上を喪失してしまった。
ここでキースは、敵の機体についている紋章に気が付く。
「こいつらは……。ビュート・ホールド海賊団!?レッドジャック・ライアンの手の者か!」
レッドジャック・ライアンとは、数ある蛮王の中でもかなり悪辣で、どうにも手のつけられない人物である。その本拠地はライラ共和国の領域をY+方向に越えた辺境にある、水の乏しい孤立した惑星、ビュート・ホールドだ。レッドジャック・ライアンはそこを根城に、ライラ共和国やドラコ連合の惑星に対して海賊行為を働いている。
ここで敵のクルセイダーが両腕を振り上げて、そこに装備されている2門の15連長距離ミサイルを一斉に発射した。敵のグリフィンもまた、粒子ビーム砲を撃ち込んで来る。狙われたのは、敵のウォーハンマーにとどめを刺さんと前進した、マテュー少尉のサンダーボルトだ。
グリフィンの粒子ビーム砲は外れるが、クルセイダーの15連長距離ミサイルは、2門で合計30本のミサイルの内15本が命中する。しかしサンダーボルトの厚い装甲は大して傷ついていない。マテュー少尉はお返しに、クルセイダー目がけて15連長距離ミサイルと大口径レーザーを放った。それは全て命中し、クルセイダーは大ダメージを受ける。
キースのマローダーは、アンドリュー曹長のライフルマンと並んで、機体の下半身を遮蔽物に隠した敵グリフィンを共に狙った。マローダーからの粒子ビーム砲1門と中口径オートキャノン1門、ライフルマンからの中口径オートキャノン2門と大口径レーザー1門が、全てグリフィンの上半身に命中する。
敵にとっては幸いなことに、頭部には命中しなかった。だがある意味で不幸なことに、敵グリフィンは右腕を吹き飛ばされてしまう。これで敵グリフィンに残された武装は10連長距離ミサイルのみだ。
ヒュウウゥゥ……、ドガッ!!
だがその最後に残されたはずの武器も、次の瞬間空から降って来たスナイパー砲の砲弾に破壊されてしまう。グリフィンに残された攻撃方法は、格闘戦のみだ。グリフィンはそれを敢行するためにとうとう遮蔽物になる丘陵陰を捨てて、ジャンプジェットを使って150mの長距離ジャンプを行い、前に出てきた。
エリーザ曹長はアーリン中尉たちの援護を行うべく、敵フェニックスホークの1機に駆け寄って胴装備武器の一斉発射を行う。と同時に、そのフェニックスホークに向けて駄目押しのキックを放った。フェニックスホークは左脚を粉砕され、大地に倒れ伏す。
アンドリュー曹長が、怪訝そうな響きの声で言葉を発する。
『こいつら、あんなにチキンな真似したくせに、一向に降伏とかしねーよな。』
『こいつらは無法者ですからね。捕まればどうなるか、わかっているんでしょう。まず9分通り銃殺刑でしょうよ。』
マテュー少尉が、サンダーボルトの左拳でウォーハンマーの頭部を叩き潰しつつ、アンドリュー曹長の疑問に答える。ちなみにウォーハンマーからも反撃のキックを喰らったが、サンダーボルトはその装甲の厚さを見せつけるかのごとく、一向に平気である。
これが本来のサンダーボルトやバトルマスターの運用法だ。その分厚い装甲で敵の攻撃を耐え、高い火力で敵を圧倒するのである。最初に敵がやった様な、遮蔽物の陰に隠れる様なやり方は、その持ち味を殺している様な物である。
ヴェラ軍曹のD型フェニックスホークと、リシャール少尉のフェニックスホークが、一斉にパンチを敵のフェニックスホーク目がけて放つ。その全てが命中し、2発が敵の頭部にあたって消し飛ばす。残った片腕のフェニックスホークは、ヴィルフリート軍曹のグリフィンが放った粒子ビーム砲に左脚を破壊されて派手に転倒した。
ヒュウウゥゥ……、ドガッ!!
またも敵のグリフィンに、執拗にスナイパー砲の砲弾が命中する。もはやこのグリフィンは満身創痍だ。そこへアンドリュー曹長のライフルマンからの狙撃があたり、敵のグリフィンは左脚を吹き飛ばされて地面に転がった。
ただ1機残った敵のクルセイダーは、とうとう後ろを向いて逃げに入る。だがキースのマローダーの射撃からは逃げ切れなかった。背面のど真ん中に粒子ビーム砲の直撃を受け、なおかつ頭部に中口径オートキャノンの砲弾を浴びたクルセイダーは、そこが既に傷ついていたこともあり、頭部を消し飛ばされて動きを止めた。
キースは敵バトルメックのはるか後ろで静止していた車輛群へと、マローダーを歩み寄らせる。と、車輛群から拡声器でがなる声が聞こえた。
『て、てめえ!こっちにはまだ人質がいるんだぞ!ダムや水浄化施設の職員だ!こいつらを殺されたくなかったら……。』
キースは最後まで聞かずに、マローダーの粒子ビーム砲を撃ち込む。それは拡声器でがなっていた男の乗った、兵員輸送用のトラックの直前に着弾し、クレーターを作る。
『ひいっ!?て、てめえ!人質を殺……。』
「降伏しろ。さもなくば人質ごと殺す。」
『な、何いっ!?』
キースは感情を交えない声で、マローダーの外部スピーカーを使い、冷然と言い放った。
「どうせお前たちビュート・ホールド海賊団のことだ。人質に使ったあとは奴隷として売りさばくか、自分たちが楽しむために殺してしまうんだろう。なら今楽にしてやっても同じことだ。
お前たちが選べる選択肢は2つ。今ここで俺に殺されるか、降伏して9割ほどの確率で銃殺刑になるかだ。前者を選べば確実に死ぬが、後者を選べば裁判で1割は助かるかもしれんぞ。」
『な、なに言ってやがる、はったりも……。』
キースは再びマローダーに粒子ビームを撃たせた。先ほどよりも近い場所に着弾し、兵員輸送用トラックはひっくり返る。
『わあああぁぁぁ!!』
「俺が聞きたいのは、今すぐ死ぬか、降伏するかだ。10秒待ってやる。10、9、8……。」
『待て、待てええぇぇ!!』
キースは待たない。
「7、6、5……。」
『わかった!わかったから待……。』
「4、3、2……。」
兵員輸送用トラックに乗っていた男は、半泣きで叫んだ。
『降伏する!降伏するから撃つなああぁぁ!!』
「……了解した。だが妙な真似をしてみろ。すぐに殺してやる。」
そう言うと、キースは外部スピーカーを切った。隊内通信の回線で、仲間達の声が飛び込んで来る。
『いや、凄いな隊長。一瞬俺もびびっちまうところだったぜ。』
『あたしもー。確かにああいう手合いには、人質の命が惜しくなさそうなふりをするのが一番なんだけどねー。』
『ええっ!?そ、そんな裏があったんですか!?わ、わたし本当に信じちゃいましたよっ!』
『ヴェラ軍曹……。うちの隊長は甘い人ですから、そんなわけは無いでしょう。』
『そ、そうですよね。一瞬自分も信じそうになりましたけど、そんなわけ無いですよね!』
『いや、自分はいざとなれば本当に撃つつもりだったのではないか、と思いますが。無論、人質を助けられれば最善ですが、心を鬼にして次善の策を取る必要もあるでしょう。』
『はいはい、キース少佐の追及はその辺にしておきなさい、貴方たち。今大事なのは結果として上手く行ったってことなんだから。』
キースは、最後のアーリン中尉に内心で感謝する。そのときマローダーの通信回線に、レパード級降下船ヴァリアント号からの通信が入った。
『キース隊長、作戦成功です!敵降下船2隻を制圧しました!このことを知らしめれば、敵の士気もがた落ちになるでしょう!』
「ちょっと遅かったな、イングヴェ副長。こっちはもう始末がついたぞ。捕虜を拘束しなければならんから、歩兵の半分、1個小隊をこっちによこしてくれないか?」
『うわ、流石ですねえ。わかりました、エリオット中尉と相談して、第1か第2か、どっちかの歩兵小隊をすぐに送りますよ。でもこっちにも捕虜が大勢いるんで、忙しいですね。』
「頼んだ。ではまた後でな。」
そしてキースたちは第2歩兵小隊が来るまで、ビュート・ホールド海賊団の人員や人質が乗ったままの車輛群を監視し続けた。巨大なバトルメックで威圧され続けたため、海賊団も人質も、生きた心地がしなかっただろう。
その晩キースは、遅くまで司令執務室で書類仕事に取り組んでいた。だが今一つ効率が乗らない。彼は溜息を吐いた。
「はぁ……。まいったなあ……。って言うか、なんかちょっとばかり、まいってる。」
よくわからない台詞を吐いて、キースは執務机の上に突っ伏す。少々の間、彼はそのまま動かなかったが、やがて再起動すると再び書類に取り組み始める。だがやはり、効率は悪いままだった。
そこへインターホンの鳴る音が響く。誰か来室者の様だ。キースはインターホンのスイッチを入れた。
「誰か?」
『マテュー少尉です。それと連れが数名いますが。』
「入室を許可する。入りたまえ。」
そしてマテュー少尉とアンドリュー曹長、エリーザ曹長、そして最後にちょっとおどおどしながらイヴリン訓練生が入って来た。キースは厳しい顔になる。彼はイヴリン訓練生に向かい、きつい口調で言葉を発した。
「イヴリン訓練生、貴様は今日は既に就寝していなければならない時間ではないのか?」
「はっ!申し訳……。」
「隊長、怒るのはわかりますが、少しだけ話を聞いてもらえませんか。」
「む……。」
マテュー少尉の言葉に、キースはいったん矛を収める。次に口を開いたのは、マテュー少尉ではなくエリーザ曹長だった。
「隊長……。この娘はね、なんか城に帰還してきた隊長を偶然廊下で見て、なんか様子が変だったからって心配して司令執務室の前をうろうろしてたの。」
「そこを俺たちが見つけて捕まえて、司令執務室に連れ込んだわけなんだがよ。」
アンドリュー曹長が話を続ける。キースは深く自省した。訓練生にまで見破られるほど憔悴していたつもりは無かったのだが、それもどうやら怪しかったらしい。だがキースは少佐であり、部隊司令であり、惑星守備隊司令官であり、おまけに教育担当官である。ここはやせ我慢をするときだと、彼は判断した。
「……そうか。だが貴様に心配されるまでも……。」
「隊長、最後まで話を聞いてください。」
だがマテュー少尉の言葉に、キースは黙り込む。マテュー少尉の言葉には、それほどの力がこもっていた。マテュー少尉は言葉を続ける。
「隊長は、イヴリン訓練生を指揮官に育てようとしているのでしょう?だったら良い機会です。指揮官の厳しさを教えるためには。隊長自身が良い教材になれます。」
「俺が?」
「はい。イヴリン訓練生、隊長の様子がおかしいのはだね……。」
「おい、ちょっと待て。」
キースは慌てて止めようとする。だがマテュー少尉は止まらない。彼は今日あった出来事を、細大漏らさず話してしまった。キースが人質もろとも海賊団の人間を撃とうとしたことまでも、だ。
「あのときは偵察小隊隊員たちの手前、うちの甘い隊長が撃つわけない、みたいなことを言ってしまいましたが……。本当は奴らが降伏しなかったら、撃つつもりだったのでしょう?人質もろともに。」
「え……?」
「……。」
イヴリン訓練生は、目を見開く。キースは黙して語らない。だがその沈黙が、答えを如実に表していた。マテュー少尉は続ける。
「そうすれば、隊長が本気だと言うことが伝わって、残りの人質は無事に救出できる可能性が高かったですからね。イヴリン訓練生、君が指揮官になったなら、いつかはぶつかる問題でもあるはずだ。命の取り捨て選択という問題は、ね。
何もいますぐ結論を出す必要はない。だが頭の片隅には必ず置いておくことだ。そして君が指揮官になったとき、君なりの結論を持っておきたまえ。他ならぬ自分自身のために。」
「隊長。生き残った人質たちは隊長のこと怖がってたけどよ。でも俺たちは、隊長の決断を支持するぜ?たとえそれが……。」
「たとえ切り捨てられるのが、あたしたちになった時でもね。隊長が考え抜いて出した結論だもの。」
アンドリュー曹長とエリーザ曹長が、話を引き取る。キースは小さく笑った。そのごつい体格からは想像もつかない、儚げな笑みだった。当人は笑ったことにも気づいていないのだが。イヴリン訓練生は、その笑みに目が吸い寄せられて離せなくなる。
「……。」
「お前たちを切り捨てるときなんて、来て欲しくないな。そうならんように、頑張るしかないな。」
そしてキースの笑みが晴れ晴れとした物に変わる。
「さて、せっかく来たんだ。書類整理でも……。」
キースが「手伝って行かんか?」と口に出す直前、インターホンが再び鳴る。毒気を抜かれたキースがインターホンのスイッチを入れた。ちなみにアンドリュー曹長とエリーザ曹長が安堵の息を吐いたのは言うまでもない。
「あー、誰か?」
『ヒューバート大尉です。アーリン中尉も一緒です。』
「む、入室を許可する。」
そしてヒューバート大尉とアーリン中尉が部屋に入って来る。彼らはキースの小隊員がいるのを見て、苦笑する。
「いや、帰還したキース少佐の様子が変だったので、アーリン中尉から話を聞いて来てみたんですが、一歩遅かった様ですな。」
「そうですね。せっかく気晴らしにでもなれば、とコレを用意して来たんですが……。」
ヒューバート大尉とアーリン中尉は、ポリ袋に詰め込まれた何本もの酒瓶とつまみを持ち上げて見せる。酒はキースが飲んでも問題ないアルコール15%以下の物が大部分だが、一部に強烈な代物も混じっている様だ。袋いっぱいの酒瓶を見て、アンドリュー曹長とエリーザ曹長が喜色をあらわにする。
「お!いい銘柄じゃないですか、ヒューバート大尉!」
「こっちも美味しそう!隊長、コップある!?」
「あー、一応茶を飲むための物が応接セットに備え付けてあるが……。」
うっかりキースが言ったとたん、アンドリュー曹長が応接セットの方へダッシュする。そして、あれよあれよと言う間に酒盛りが始まってしまった。
そして酒盛りはいつの間にか終わりを告げていた。無事で済んだのは、茶しか飲まなかったイヴリン訓練生に、ザルであったキース当人だけである。残りは皆、司令執務室の床に横になって潰れていた。キースは溜息を吐く。
「ふう……。やれやれ、駄目な大人の見本だな。」
そう言いつつ、キースは嬉しそうだった。イヴリン訓練生が、小さく欠伸をする。キースは慌てた。もう彼女は寝る時間をとっくに過ぎている。
「しまった……。イヴリン訓練生、送って行くから、もう今日は帰るんだ。」
「は、はい!!……ふわぁふ。!!し、失礼しました!!」
「いや、やむを得んことだろう。さ、行くか。……と、その前に。」
キースは寝転がっている酔っ払いに、仮眠用の毛布をかけて回る。戻って来ると、イヴリン訓練生はすっかり眠り込んでいた。
(やれやれ。まあこれは俺も悪いし、しかたないなあ。さて、行くとするか。)
キースは器用にイヴリン訓練生を背負うと、司令執務室を後にした。
今回、主人公は心を鬼にして人質ごと海賊を撃つ決意を、こっそり固めていました。ですが、それはチキンな海賊のおかげで表面化しませんでしたが。けれど仲間達には、すっかり見抜かれていた模様です。
で、今回倒した敵のバトルメックは、海賊の物ですので接収できます。大儲けなのですが、そのかわり戦闘一時金とか報酬とかが、一切出ません。ま、それを差し引いても大儲けなのですが。