暗い闇の中に、計器や映像スクリーン、小型ディスプレイの明かりだけが灯っている。ここはマローダーの操縦席だ。キースは操縦席の小型ディスプレイに表示されている時刻表示を見る。連盟標準時で、21:05だった。気圏戦闘機隊は今頃オーバーゼアー城の滑走路から、連続して飛び立っている頃合いだろう。事実先ほど21:00ちょうど頃にオーバーゼアー城の指令室から、気圏戦闘機隊発進開始の通信を受け取ったばかりだ。
もっともキースは通信を受け取っただけで、返信はしていない。何故なら彼と彼率いるメック部隊、スナイパー砲車輛、歩兵部隊は、今現在無線の発信を封鎖しているからだ。ここは彼らがこれから襲撃をかけようとしている敵の前線基地にほど近い、丘陵陰の死角である。彼らはここで、戦闘開始のタイミングを待っていたのである。
予定では21:15頃に、ここに存在するのとは別のもっと小規模な前進基地に対し、味方の気圏戦闘機隊が爆撃を開始するはずである。それに対する敵前線基地の反応で、キースたちも行動を決めなければならない。キースは1人、考えに沈む。
(俺たちの目標であるBポイント前線基地が、Aポイント前進基地への爆撃に対する反応として救援部隊を出す様ならば、その救援部隊を足止めする形で戦闘を開始しなくてはならない。
救援部隊が出ないならば、いったんオーバーゼアー城に戻った気圏戦闘機隊が、推進剤を補給して急行してきてくれるのを待って、戦闘開始すればいい。
……なんか変だな。何か忘れてる気がする。何か可能性を見過ごしてないか?敵が突飛な行動を取る可能性とか。だが、どんな突飛な行動を取る?)
ヂリリリリリリン!ヂリリリリリリン!ヂリリリリリリン!
突然闇の中に、ベルの音が鳴る。考え込んでいたキースは、慌てて手元の受話器を取った。これは無線封鎖時の頼れる味方、有線野戦電話である。キースはマローダーの操縦席ハッチを半開きにし、そこからこの野戦電話のケーブルを外へと垂らし、外部にいる偵察兵との連絡に使っていたのだ。
「こちらキース少佐。」
『こちらはネイサン軍曹です。隊長、敵に動きがあります。』
「何!?」
キースは小型ディスプレイの時間表示を確認する。それは21:10を示していた。爆撃の開始予定時刻には、まだわずかだが間がある。
「ネイサン軍曹、報告を。」
『敵基地から、バトルメック1個小隊4機、戦車2個小隊8輛が出て来まして、今基地の前に整列してます。』
「出撃準備か?」
キースはこの基地から進発した戦力が、オーバーゼアー城に対する攻撃を仕掛ける予定なのではないかと思った。ちょうどこちらの攻撃予定時刻と、相手が攻撃に出発する時間とが重なったのではないか、と考えたのである。
(まさかそんな偶然が重なるとは……。こちらの攻撃に反応して、チャンスだと見た相手が味方を見捨て、即興の作戦でオーバーゼアー城攻撃に向かう可能性は考えていたんだが……。いくらなんでも、向こうのオーバーゼアー城夜襲と、こちらの前線基地攻略とがちょうど重なるとは思わなかったが……。いや、そうと決まったわけじゃあない。もっと詳しく報告を聞かないと。)
思わずキースは、受話器を強く握りしめる。そんなキースの様子に気付かず――気づけと言う方が無茶だが――ネイサン軍曹は報告を続ける。
『いえ、出撃にしては変です。まるで引っ越しの準備みたいです。戦車は山の様に荷物を車体の上に括り付けてますし、メックは戦利品を運ぶ時の網を背中に担いでます。網はぱんぱんに膨れ上がってますな。
メックの種類はK型ウルバリーン、K型シャドウホーク、グリフィン、K型フェニックスホークです。グリフィンには右腕がありませんな。修理が完全じゃない様です。あの状態で出撃させるのは、変な気がしますな。』
(右腕がないグリフィンを持ちだす?車体の上やメックの背中に山の様な荷物?引っ越しと言うよりは夜逃げみたいだ。……夜逃げ!?)
『あ、移動を開始しました。地雷原を抜けようとしているんでしょうな、ジグザグに移動してます。方向は基地の南側ですな。はて、あの方向にあったのは……。』
キースは舌打ちをして、言葉を吐き捨てる。
「その方角はCポイント……インターリアー城だ。ネイサン軍曹、今から攻撃を仕掛ける。巻き込まれない様に退避してくれ。あと、電話線を放り出して行くから、それの回収も頼む。」
『……!了解しました!』
キースは受話器からケーブルを引き抜くと、半開きのハッチから外へと放り出す。そしてハッチを完全に閉じると彼は麾下の部隊へと通信回線を開いた。
「無線封鎖解除!バトルメック部隊はこれより敵前線基地を脱出しようとしている敵バトルメック及び戦車隊に攻撃をかける!敵の目的は戦力の集中にある!そのためにここの基地を放棄して脱出するつもりだ!
歩兵第1中隊は待機!万一の可能性だが、敵は基地をこちらに利用されないために爆破する可能性がある!けっして基地施設には近づくなよ!サイモン少尉はいつでもスナイパー砲を撃てるようにしておけ!」
『『『『『『了解!』』』』』』
(くっそ、失念していた可能性はコレか!敵が夜闇に乗じて「逃げる」可能性を忘れてたかよ!バカか俺はっ!前回の戦闘で敵に与えたダメージを、逃げられる程度まで応急処置する時間から言っても、この惑星時間において夜闇を利用できる日時から言っても、今夜がちょうどだったじゃないか!
敵はおそらく、インターリアー城に可能な限りの戦力を集めて籠城するつもりだろう。くそっ、俺そこまで敵にダメージ与えてたか?……うん、与えてたな。籠城するってことは、今後救援戦力が、何処かから来る可能性が高いってことだ。例の深探査レーダー設備、早いとこ稼働状態に持ってってもらわんと。うちの整備兵をシステムの組み上げや調整などに出すことも考慮に入れておこう。
何はともあれ、いま夜逃げしてる敵を倒してしまえば、敵戦力は大きく減退する。だが逃がしてしまえば、敵は時間をかけて完全修理して、強くなって俺たちの前に立ち塞がる。……逃がしてたまるか!)
マローダーが重い機械音を立てて立ち上がる。その周囲では、第1中隊及び『機兵狩人小隊』のバトルメックが同じく立ち上がりつつある。キースは檄を飛ばした。
「全バトルメック、発進!敵を1機でも多く叩き潰せ!」
キースのマローダーが、全力で疾走を開始する。キースは偵察小隊と『機兵狩人小隊』に通信を送った。
「アーリン中尉!サラ中尉待遇少尉!貴官らのところのフェニックスホーク合計4機を、まとめて先行させてくれ!敵を足止めするんだ!ただし地雷原に引っ掛かるなよ!敵が基地から充分離れたところで仕掛けるんだ!」
『『了解!!』』
アーリン中尉とリシャール少尉の標準型フェニックスホーク2機と、サラ中尉待遇少尉とヴェラ軍曹のD型フェニックスホーク2機が、疾風の如き速度でキースのマローダーを追い抜いて行く。キースは更に言葉を発する。
「ケネス中尉!ヴィルフリート軍曹!アマデオ伍長!貴官らの機体も、機動力は高い!先行してアーリン中尉たちの支援をするんだ!」
『『『了解!!』』』
ケネス中尉のウルバリーン、ヴィルフリート軍曹のグリフィン、アマデオ伍長のシャドウホークが、全速力で闇の中に消えて行く。そしてキースは自機の両脇を走っている、2機の心強い味方に通信を入れた。
「アンドリュー曹長!エリーザ曹長!もう我々の存在を隠すことに意味はない!サーチライトを使ってくれ!」
『『了解、隊長!』』
ライフルマンの胸から、ウォーハンマーの頭上から、サーチライトの光が溢れて闇を裂く。キースたちの機体はその光に助けられ、道を急いだ。やがて前方に、戦闘による閃光が見えて来た。先行したアーリン中尉たちが戦っているのだ。アーリン中尉の声が、通信回線から入ってくる。
『キース少佐、申し訳ありません!右腕の無いグリフィンおよび機甲部隊の戦車が、身を捨てて仲間を逃がしました!3機の敵機は背負っていた荷物を捨てて全力で逃走してしまいました!』
「……いや、それならばやむを得まい。右腕の無い敵グリフィンは、どうなった?」
『ケネス中尉が格闘戦で仕留めました。メック戦士は脱出した模様です。』
報告の通りならば、残っているのは大荷物を背負った戦車部隊だけだと言うことだ。
「戦車は自分では載せた荷を捨てられまい。その状態では敵に勝ち目は無いだろう。降伏勧告は?」
『はい、降伏勧告はしたのですが、未だ戦意旺盛でして。』
「そうか、ならば叩くしかあるまい。」
キースは残り6輛となっているストライカー軽戦車に、マローダー両腕の粒子ビーム砲を向けた。大量の荷物で動きの鈍い敵戦車を全て破壊もしくは行動不能にするのは、そう時間がかからなかった。
そしてキースが脱出したメック戦士や、動けなくなった戦車に乗っている戦車兵を捕虜にするために、歩兵部隊を呼び寄せたときである。後方で、轟音と共に火柱が上がった。キースは溜息を吐くと独り言ちる。
「ふう……。やはり基地施設に時限爆弾を仕掛けていたか。だが、基地には兵員の他にも人員が居たはずだが……。既に脱出したのか?まさか自爆に巻き込まれたんじゃないよな。」
キースは頭を振った。ちなみに結論から言うと、基地の人員らはちゃんと脱出していたらしい。右腕の無い敵グリフィンのメック戦士が、後に証言したのだ。それによると、戦車とメックが脱出するとほぼ同時に、車輛の類が無かったため徒歩で近場の街であるエクステリアーに向かったそうである。
人数もさほど多く無く、整備兵2名に助整兵が10名の12名だとのことであった。基地のオペレーターなど一般的な職務は、助整兵が代行して行っていたらしい。一応キースは、その人員を捕らえるために歩兵1個小隊を派遣して後を追わせた。
敵前進基地の爆撃作戦は、成功裏に終わっていた。敵の前進基地は、跡形も無く吹き飛ばされている。一応生き残りが数名いたので、捕らえて尋問した結果、この前進基地には撤退命令は出されていなかった様だった。キースはオーバーゼアー城に帰還後そのことを知り、思わず呟く。
「なるほど、俺たちの目をひきつけておいて、その隙に他の部隊を撤退させるための囮……。つまり捨て駒というわけだな。コンドル戦車1個小隊4輛を捨て駒か。相変わらずタカハタ少佐は戦車に価値を見出していないらしい。」
「しかし、こちらとしても敵があちこちの拠点を捨てて……と言いますか爆破して、戦力を1ヶ所に集めたにしてもです。本来逃がすはずだった貴重なバトルメックを1機と、それらが運んでいたメック部品他の様々な貴重な物資を我々に奪われる結果になったんです。敵としても、これは誤算と言うものでは?」
慰める様に言うヒューバート大尉に、キースは苦笑しつつ応える。
「誤算と言うならば、我々の側もだ。1機のバトルメックと多数の物資を奪ったとは言え、3機のバトルメックを逃がしてしまったんだ。敵の思考を読み切れなかったばかりにな。グリフィン1機を鹵獲し、メック戦士を捕虜にできたのは、あくまで偶然に過ぎない。本来ならば、4機のメック全てを片付けられていたはずなんだがな。
MRB管理人のウォーレンさんに聞いてみたところ、一応今回の戦闘は勝利の扱いにはしてもらえるそうだが……。正直な話、痛み分けがいいところだと思う。」
「敵は今、籠城の準備をしているらしく、周辺の街や村から食糧を始めとした物資をかき集めている様ですね。KHビル払いで。」
KHビルとは、ドラコ連合の継承王家であるクリタ家が独自で発行している通貨である。恒星連邦はダヴィオン家発行のDHビルや、ライラ共和国シュタイナー家発行のSHビル、それに中心領域の共通通貨であるコムスター発行のCビルと比べても、その価値は若干低い。
しかもこの惑星は元々ライラ共和国の領有惑星であり、使用されている通貨はSHビルが基本だ。この惑星でKHビル払いと言うのは21世紀の地球に例えて言えば、ヨーロッパで買い物をした際に、ユーロ札ではなく日本円を出した様な物だと言えば近い感覚だろうか。ただしライラ共和国でのKHビルは、ヨーロッパ諸国での日本円ほども価値が保証されていない。一応両替商などで両替は効くとは言え、手数料などで更に目減りもする。
キースは溜息を吐く。
「はぁ……。正直まいったよ。インターリアー城の周囲にある拠点は、全て爆破されてしまった。敵城を包囲しないといかんのだが、兵站線が長く伸びすぎる。惑星軍と協力して、近場に物資集積所を造るところから始めないと……。」
「降下船を使うのは駄目でしょうか?」
「地盤が強化されている場所じゃないと、少し不安だ。以前使った、気圏戦闘機の爆撃で大穴を掘って降下船を傾ける戦術……。あれは必ずしも気圏戦闘機じゃなくてもいいんだ。高性能の爆薬を抱えた歩兵による人間爆弾とかな。数はそれなりに要るだろうが。」
ヒューバート大尉は、人間爆弾という言葉に絶句する。キースはそれを見て、苦笑した。
「まあ、あくまで例えだ。そこまでのことは、流石にやらんだろう。ただ、爆撃以外にも降下船の足元に穴を掘る方法はある、と言いたかったんだ。」
「まあ、それならば……わかります。あんまりわかりたく無い例えでしたが。」
「とりあえず、オーバーゼアー城には歩兵たちを置いて、バトルメック部隊と機甲部隊でインターリアー城を囲もう。それと同時に、惑星政府に整備兵……ジェレミー軍曹あたりを貸し出して、発掘した深探査レーダーと収束赤外線装置の組み立てと調律を指揮させよう。敵が籠城するってことは、援軍が来るあてがあるってことだからな。対宙監視網の強化を、なんとしても急いでもらわねばならん。」
ヒューバート大尉は頷く。キースは今後の対応を決めるために、惑星政府首班であるメランダー首相に電話をかけるべく、受話器を取った。
そして今、キースはマローダーに乗ってインターリアー城を囲む軍勢の中にいた。今ここには『SOTS』全てのバトルメック部隊と機甲部隊が揃っていた。それと惑星軍からも、わずかだが戦車部隊が出ている。この惑星の惑星軍には、バトルメックは存在していない。
「なかなか立派な城だな。オーバーゼアー城にも劣らない。」
『隊長、内部に直接軌道上から強襲降下したら駄目なのか?』
「城の中庭は、北東、北西、南東、南西にある砲台から十字砲火を受ける場所だ。まず砲台を無力化してからでないと、中に直接降下する気にはなれんな。」
ライフルマンから通信回線で届くアンドリュー曹長の問いに答えつつ、キースは内心でその方法の成功率を計算してみる。降下する戦力に指揮小隊が入っていれば成功する確率は高い。だが同時に、犠牲も大きくなる可能性が高かった。
「もうちょっとばかり、損耗率が低くないと実行できんな。」
『え、なに、隊長?』
「いや独り言だ。」
ウォーハンマーのエリーザ曹長をいなしつつ、キースは主スクリーンの一部へインターリアー城の情報を表示させる。それはこの城がライラ共和国の設備であった際の情報であった。キースは内心で思う。
(やれやれ、訓練生たちへは自習を申しわたしてあるし、ハオサン博士にも時々様子を見てくれる様に頼んではあるんだけど……。城を囲んでいる間は流石にオーバーゼアー城に戻って授業や講義をするわけにもいかんからなあ。訓練もシミュレーターの自主訓練だけだし、実機訓練させてやりたいなあ。
さて、城の防御設備は、地雷原が多少広くなっているな。幸いにして、部隊の稼働機で最大重量だった俺のマローダーとヒューバートのオリオンが近寄ったらかなり先で爆発したんで、それが明らかになったけど。スナイパー砲の数は増量されていない。時々撃ってくるけど、今のところ全部躱すことに成功してる。……バトルメックと戦車は出撃してきていない。修理中だろうか?)
敵のバトルメック及び戦車は、今のところ出撃してきてはいなかった。こちらが地雷原の外側で囲んでいるだけだと言うのもあるのだろうが、キースにはそれが不気味に感じられて仕方が無い。
(地雷原を抜けるために、スナイパー砲で抜け道を作るか……。ただ敵の間接砲の存在がやっかいだよな。スナイパー砲に弾薬を供給しながらたくさん撃って、できるだけ広く地雷原に道を作らないと。次の惑星軍との作戦会議で提案しておこう。
しかし、何か悪い予感が消えないな。見落としてることは無いか?)
キースはインターリアー城がライラ共和国の手にあった時代の情報を精査しながら、不安に苛まれていた。
Arcadia様に連載していた時期には、この辺のエピソードで「主人公が守りから攻めになったとたん、読みが甘くなった。」と言われてしまいました。わたしとしては、主人公も完璧ではない、と言う事を表現したかったのですが、その描き方が甘かった様です。