鋼鉄の魂   作:雑草弁士

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『エピソード-053 武士よさらば』

 この日、キースはいつも通り司令執務室で書類に向かっていた。ヒューバート大尉とアーリン大尉も、書類仕事を手伝っている。ヒューバート大尉が呟く様に言った。

 

「ふ……む。一時期と比べ、書類仕事が減ったなあ。」

「戦闘任務がありませんからね。逃げたドラゴン2機と、車種不明の戦車が、えーっと、10輛弱でしたね。それが何処に逃げたか、まださっぱり判明しませんからねえ。」

 

 第3大隊の訓練経費の書類を確認しつつ、アーリン大尉が答える。第3中隊は指揮小隊がバトルメックを全機乗り換え、火力小隊と偵察小隊が全員機体貸与なので、ここ毎日機種転換訓練や、そうでなくとも貸与された機体に慣れるための訓練に勤しんでいる。

 まあ、第3中隊だけではなしに、第1中隊と第2中隊も偵察小隊が新規編制なので、実機演習が必要なのである。その上で、各隊の連携訓練なども行っているから、オーバーゼアー城の演習場は使用の予定がみっちりと詰まっているのだ。

 おかげでキースは、イヴリン軍曹らの若手メック戦士の教育のために、演習場の空き時間を確保するのに苦労していたりもする。

 と、ここで司令執務机上の内線電話機がインターホンモードで鳴る。キースは手を伸ばし、スイッチを入れた。

 

「誰か?」

『大隊副官、ジャスティン少尉です。』

「了解した、入室を許可する。」

 

 扉を開けて、ジャスティン少尉が入って来た。その手には、書類束が抱えられている。彼は書類を机上に置くと、今なお少々ぎこちなかったが敬礼をする。キース、ヒューバート大尉、アーリン大尉は答礼をした。

 ジャスティン少尉は報告を行う。

 

「深宇宙通信施設より届いた、インベーダー級航宙艦イントレピッド号、及び同級ズーコフ号からの圧縮データ通信のプリントアウトをお持ちしました。」

「イントレピッド号はわかるが、ズーコフ号?」

「はっ。それはプリントアウトをご覧になっていただければ……。」

 

 キースは机上に置かれた書類を手に取り、読み進める。

 

「……ほう!イントレピッド号イクセル艦長からの報告だ!以前から交渉を頼んでいた件についてだよ。インベーダー級航宙艦ズーコフ号と交渉を重ね、ついにズーコフ号ヨハン・グートシュタイン艦長が『SOTS』との専属契約に応じてくれたそうだ。今現在ズーコフ号は、イントレピッド号と共にジャンプポイントに来ている様だな。

 こちらの書類は……。ズーコフ号の乗員名簿と同艦のこれまでの履歴だな。ふむ……。やっぱり今まで所属していた傭兵部隊『ジェンキンス殲撃隊』が、戦闘による損害で立ち直れなくなって解散した事によって、根無し草になった航宙艦か。

 他人の不幸を喜ぶわけでは無いが、そうでも無ければ別の傭兵部隊と契約などしてくれんだろうしなあ。」

「これで『SOTS』の全降下船を一度に運べますね。」

 

 アーリン大尉の言葉に、キースは頷く。

 

「うむ。ズーコフ号のグートシュタイン艦長は、早速うちのエンデバー号とレパルス号を運ぶ事を申し出てくれている。エンデバー号のスカウト旅行とレパルス号の商用航宙が終わり次第、惑星ネイバーフッド上に帰還するその降下船に乗って、一度惑星に降りて来るそうだ。一応俺と話をしておきたいらしい。……あと1ヶ月後、だな。」

「じゃあ本来その2隻を運ぶはずだった航宙艦イントレピッド号は……。」

「別便の商用降下船を運ぶ小銭稼ぎに出せますね。」

「ああ、その通りだ。最終的には儲けが増える事になる。ただしズーコフ号が加わる事により、艦の維持費や契約金、乗員の給与など一時的な出費は逆に増える。……一時的な事だから、俺の貯金を取り崩して部隊に予備費として貸し付けるかな。」

 

 キースの台詞に、ヒューバート大尉とアーリン大尉は引き攣る。彼らは泡を食った様に言った。

 

「ちょ、キース少佐!『SOTS』そこまで困ってたんですか!?」

「予備費はまだ沢山あるって聞いてたんですけど!?」

「あー、いや。貯金はまだ沢山ある。大丈夫だ、破産なんぞしないから。ただ、貯金の大半が恒星連邦のDHビルだってだけでな。部隊のDHビルの貯金を取り崩すよりかは、俺個人のSHビルの貯金を一時的に出す方がいいかな、と思っただけだ。10%も両替手数料で取られるのは、痛すぎるからな。」

 

 キースの台詞に、ヒューバート大尉とアーリン大尉は安堵の息を吐く。

 

「脅かさないでくださいよ……。でも、SHビルの運転資金が心もとないのは、そうなんですね?」

「恒星連邦からライラ共和国へ来た事で、まさかこんな落とし穴があるとは……。通貨が違いますもんね。今までの部隊の貯金が、そのままじゃ使えないんですもんね。」

(はやく合併して、連邦=共和国にならないかなあ。ああ、でもそうなると氏族の侵攻も……。ほんとバトルテック世界は厳しいよ。)

 

 キースは苦り切った表情で深宇宙通信用のメッセージ用紙を2枚取り出す。そして彼は、右手でイントレピッド号宛、左手でズーコフ号宛のメッセージを同時に書き付けてジャスティン少尉に手渡した。

 

「ジャスティン少尉、このメッセージを深宇宙通信施設まで届けさせて、航宙艦まで送信させてくれ。」

「了解です、少佐。」

 

 ジャスティン少尉は敬礼をする。キース、ヒューバート大尉、アーリン大尉もまた答礼をした。ジャスティン少尉は司令執務室を退出すると、指令室へ向かい歩き出す。

 ヒューバート大尉が、苦笑しつつ口を開いた。

 

「さて、お仕事再開といきますか。なんとかレパルス号が帰還して、商用航宙の儲けをもたらしてくれるまで乗り切らないと!」

「逃げたドラゴン2機と戦車、見つからないかしらね。戦闘任務があれば、半月後の月末払いで戦闘手当と機体の鹵獲や撃破による褒賞金が入るんだけど。」

 

 アーリン大尉が愚痴まじりに笑えない冗談を言う。いや、半分は本気かも知れない。キースも苦笑しつつ、冗談まじりに返す。

 

「それで万一メックに損害が出たら、本末転倒だぞ?装甲板と弾薬だけならば、契約により充当されるがな。」

 

 そして彼らは書類の処理に立ち戻る。やがてジャスティン少尉も戻って来て、彼らは4人がかりで事務仕事を片付けて行った。

 

 

 

 電話口に向かい、キースは相手を説得しようと必死になっていた。彼の傍らでは、副官のジャスティン少尉が直立不動で待機している。

 

「メランダー首相、どうかお願いします。パレードや戦勝祝賀会は、もうちょっとだけ待っていただけませんか。」

『うむ……。君の言い分も理解できるのだがね、少佐。だが、敵主力を駆逐した以上は、いつまでもやらないわけにもいかんのだ。』

「ですが、そう言った祝典をやってしまった後で、残党がなにか事を起こしでもしたら、惑星政府も惑星軍も、勿論我々惑星守備隊も面目が丸潰れになります。今現在我々の部隊の者が、逃亡した敵残党の行方を必死に追っております。小規模な野盗化した部隊であればともかく、バトルメックを擁するレベルの敵が未だ残っているのです。」

『むう……。』

 

 電話の向こうで、惑星政府首班トゥール・メランダー首相は困り切った様子だった。本来惑星守備隊の任務と言えるのは、逃亡した残敵の「始末」であり、その捜索自体はどちらかと言えば惑星軍の仕事である。だが惑星軍情報部などの情報組織は、今現在ドラコ連合が残していったスパイ網の影響で混乱が続いており、更にはそのスパイ網の摘発に全力を挙げているために余裕が無い状況だ。

 メランダー首相は、苦り切った口調で断を下した。

 

『わかった。もうしばらくパレードと戦勝祝賀パーティーは開催を延期しよう。だがなんとか今月末までだ、少佐。政治の世界では、体面も武器の1つであり、なおかつ守らねばならない生命線なのだよ。それ以上開催を延ばす事は、難しい。

 無理を言って済まんな、少佐。』

「いえ……。政治の世界が難しいのは理解できるつもりです。なんとかそれまでに、敵残党をどうにかできないか頑張ってみましょう。」

『頼んだ、少佐。ではこれで……。』

 

 電話は切れた。待機していたジャスティン少尉が、すかさずコーヒーを用意する。

 

「ああ、済まんなジャスティン少尉。」

「いえ……。しかし、戦勝パレードと戦勝祝賀パーティーですか?」

「うむ。勝った以上は、そう言った催しを行って大々的に戦勝を印象付けなければならんのは、理解できる……。できるが……。はぁ……。」

 

 キースは溜息を吐く。

 

「偵察兵が4名増員できたから、エルンスト曹長、ネイサン軍曹、アイラ軍曹らの応援として送り出してやったんだが……。何せ、偵察兵は偵察兵でも新兵……。見習いも同然だからなあ。素質は高そうなんだが。

 もしかしたら、逆効果だったかも知れん。先任たち3名の足手まといになってなければ良いんだがな。」

「……気休めですが、きっと大丈夫ですよ。なんとかなります。」

「だと良いな。」

 

 敵残党の所在を知るために、旧ドラコ連合勢力圏へと送り出した偵察兵からの連絡が入ったのは、キースがコーヒーを飲み終わったちょうどその頃合いだった。

 

 

 

 指令室にて、キースは偵察兵ネイサン軍曹からの連絡を受けていた。無線傍受を警戒して、惑星上の電話回線による報告である。ちなみに副官であるジャスティン少尉は、無言で付き従っている。

 

「……間違いなさそうなんだな?ネイサン軍曹。」

『はい、キース少佐。銃を持った兵士が、大型給水車3台を強奪……。本人たち曰く、「徴発」してそれに浄化済みの水を大量に積み込んで、山の向こう側に逃げた模様です。KHビルを大量に押し付けて行ったらしいですね。他の物資は持って行かなかったらしいですから、食糧燃料などはまだあるんでしょう。ですが、水の用意が足りなかった様ですな。

 あと、戦車のキャタピラ跡らしきもの、メックの足跡らしき物も、近場で発見しました。たぶん間違い無いでしょう。今、アイラ軍曹がタチヤーナ伍長、ソフィーヤ伍長の新人2人を勉強させるために一緒に連れて、確認に行きました。エルンスト曹長はヘルムート伍長、フィリップ伍長の同じく新人2人と共に、追加の聞き込みに回ってます。』

「わかった。こちらは送り込む部隊を編制して待つ。そちらが逃亡したメックを発見次第、編制した部隊を送り込む。アイラ軍曹からの知らせがあったら、すぐこちらに連絡してくれ。」

『了解です、キース少佐。連絡、終わります。』

 

 キースは受話器を置く。彼はヒューバート大尉とアーリン大尉を呼んだ。

 

「ヒューバート大尉!アーリン大尉!」

「はい、キース少佐!」

「はい、キース少佐!何事ですか!?」

 

 2人の顔を見廻して、キースは事情を説明する。

 

「ネイサン軍曹からの連絡があった。どうやら当たりらしい。敵残党の尻尾を掴んだぞ。もう少し詳しい情報が入り次第、1個中隊をレパード級3隻で送り出す。気圏戦闘機隊の、動ける機体もだ。そして万一に備えて、後詰の1個中隊をフォートレス級ディファイアント号で、もう1個中隊を送る。戦車部隊もだ。」

「過剰戦力じゃあないですか?」

 

 首を傾げるヒューバート大尉に、キースはしかし首を横に振る。

 

「過剰戦力だが、この惑星上には他に敵のメック戦力や戦車部隊は無い。だったら万一に備えて過剰なぐらいの戦力を送り込み、できる事ならば無血で降伏させたいと考えている。」

「なるほど。それならば逆に、全力出撃じゃあない理由は?」

「アーリン大尉の第3中隊は、全員が機種転換訓練中か、新たに貸与された機体に慣れるための訓練中だ。連携も十全じゃない。だから今回は留守番として、オーバーゼアー城に残す。」

「了解です。自分の隊の事ながら、正直まだ実戦は早そうなのよね。今回は残ります。

 となると、レパード級で先行して出撃するのは第1中隊ですか?」

 

 キースは今度も首を横に振る。

 

「いや、ヒューバート大尉の第2中隊にしようと思う。第2中隊の面々、特に偵察小隊の者たちに経験を積ませたいからな。幸い第2中隊の偵察小隊は、彼らも新規にメックを貸与されたのは変わらないんだが、実戦経験者のアロルド・エリクソン軍曹に、歩兵上がりのレノーレ・シュトックバウアー伍長が居るからな。隊の連携と言う面では、1歩先を行っている。だからまあ、万が一相手が降伏せずに、実戦になだれ込んでもなんとか大丈夫だろう。」

「気圏戦闘機も支援に就きますしね。了解しました、俺の第2中隊が先発し、敵を包囲下に置いて降伏勧告を行います。」

「うむ。だがジョー・タカハタ少佐の部下だからな。降伏をよしとせず、死を覚悟の上で徹底抗戦、玉砕を選ぶ可能性も捨てきれない。降伏させられれば最高の結果だが、決して降伏させる事に固執はしない様にな。もし駄目だったら、心を鬼にして叩き潰すんだ。

 では各中隊、出撃準備だ。アーリン大尉、第3中隊も万が一に備えてメックに搭乗だけはさせておいてくれ。」

「「了解!」」

 

 キースは指令室のオペレーターに命令を下した。

 

「オペレーター、俺のマローダー及びアーリン大尉のバトルマスターと、ここ指令室の間に回線を構築しておけ!俺、ヒューバート大尉、アーリン大尉はメック格納庫へ向かう!以下の指揮はメックより行う!

 それとネイサン軍曹から敵発見の報があり次第に出撃する!俺の出撃後は、城に残るアーリン大尉に指揮権を移譲する!

 ジャスティン少尉、第1、第2、第3メック中隊及び機甲部隊戦車中隊に、俺の名前で搭乗命令を通達しておけ!」

「「「「「「了解!」」」」」」

「はっ!了解です!」

 

 指令室オペレーターたちとジャスティン少尉が、口々に了解の返事を返す。敬礼をしてくる彼らに答礼を返すと、キース、ヒューバート大尉、アーリン大尉は衣服の襟元を緩めながらメック格納庫へと向かった。

 

 

 

 フォートレス級ディファイアント号の推進機が立てる轟音が、メックベイにまで響いてくる。今キースは愛機75tマローダーの操縦席に座り、アイラ軍曹が探し当てた敵残党の隠れ潜む山中の盆地へと、ディファイアント号で向かっている途中であった。

 当初決めた通りに、ヒューバート大尉の第2中隊はレパード級3隻で、既に現地到着している頃合いである。また気圏戦闘機隊8機――内2機は、なんとか部隊備蓄部品で修復する事が出来た、新入りの50tライトニング戦闘機――が航空支援として第2中隊に随伴していた。

 

(こちらが到着するまで、あと30分か……。ヒューバートはちゃんと敵を包囲下に置けただろうか。……こちらは万が一のための後詰だ。敵が包囲を破って逃走に成功したりした場合を考えておけばいい。ヒューバートたちの技量なら、メック2機に戦車10輛弱ならば負ける事は無いだろう。)

『キース部隊司令、現地より入電です。マローダーにお繋ぎします。』

 

 ブリッジのマシュー副長が、現場からの通信をマローダーに中継してくれる。ちなみに乗船中は大尉以上の階級の者は、1階級上で呼ばれる事になっている。陸軍大尉のキャプテンと、船長のキャプテンを混同しないためだ。だがかえって紛らわしい事になりかねないため、キースは最近は階級では無く、役職で呼ばせていた。

 

『キース少佐、こちら現場のヒューバート大尉です。』

「どうした、ヒューバート大尉。」

『少佐が危惧した通りでした。ドラゴンを駆るメック戦士2名、キンジロー・ハナイ少尉とタクロー・ツダヤマ少尉の2名が、降伏を拒否して玉砕を選びました。……生きて虜囚の辱めを受けず、だそうです。タカハタ少佐に逃がされて生かされた命を、そう簡単に捨てても良いのか、と説得を試みたんですが……。タカハタ少佐にはあの世でお詫び申し上げる、の一点張りで……。

 戦闘は勝利しましたが……。』

 

 キースは溜息を吐いた。彼はヒューバート大尉に問う。

 

「こちらの損害は?」

『幸いな事に機体の損傷は、一番重度の物でも装甲が削れただけで済みました。……自分のオリオンなんですがね。それともう1つ幸いな事に、ヴァデット哨戒戦車の乗員にまではその信念?を押し付けることは無かった模様で、戦車9輛はドラゴン2機を倒した時点で降伏しました。ただ……。』

「ただ?」

 

 ヒューバート大尉は、吐き捨てる様に言った。

 

『敗北が決定的になった時点で、奴ら操縦席を開けて皆の前でハラキリをしましてね。クリタ家に仕える者の死にざまを見よ!って……。で、死にきれなくて苦しんでたんで、自分とグレーティア少尉の機体で、ドラゴンの操縦席を叩き潰して介錯してやりました。けれど、ハラキリを見て隊員が何人か、ちょっとばかりショックを受けてまして。』

「む……。タカハタ少佐も、陰腹を切ってたからな。……メック戦士は、直接人を殺した、と認識できる事はあまり無いしな。まともに人死にを眼前で見るのは、きつかろうな。あとで軍医キャスリン軍曹に、そいつらのカウンセリングを頼もう。」

『そうですね。同意します。』

 

 ちなみにキース自身は、何度か自機で敵を殺した事がある。しかもはっきりと自分で認識して、だ。対メック歩兵をレーザーや粒子ビームで焼き払った事もある。いや、生身で銃撃戦を行った事すらあるため、彼自身は嫌な言い方になるが、人殺しには慣れてしまっている。

 ヒューバート大尉も、第2中隊指揮小隊副隊長のグレーティア少尉も、フリーの傭兵時代や戦車兵時代に、歩兵と殺り合った経験を持つ。それ故、今更ハラキリを見た程度、それの介錯をした程度では、動じる事は無いだろう。

 

「もうすぐディファイアント号が現場に着く。詳細な報告は、その時受けるとしよう。今はヒューバート大尉は、隊員を気遣ってやれ。以上だ。」

『了解です。通信終わり。』

 

 回線を閉じると、キースは大きく息を吐いた。

 

 

 

 戦場の跡を、キースはマローダーを歩かせながら見回っていた。第2中隊の者たちは皆気丈に振る舞っていたが、それでも顔色が悪い者が何人か存在している。

 ヒューバート大尉もそう言った者に声を掛けて回った様だったが、キースはキースで調子が悪そうな者に声を掛けて行った。実際にメック戦士として、軍人として、ある意味で壁を乗り越えたキースの助言は、彼らにとって助けになった様である。

 そしてキースのマローダーは、第2中隊火力小隊『機兵狩人小隊』のサンダーボルトの前で停まる。彼は、そのサンダーボルト……イヴリン軍曹機に、個人回線を繋いだ。

 

「……イヴリン軍曹。」

『……は、はいっ!じ、自分は大丈夫です!』

「ほう?」

 

 イヴリン軍曹は、気丈に振る舞う。無理をしている様子はほとんど見られない。だが、ほとんどと言う事は、ほんのちょっとは無理が見受けられる、と言う事でもある。

 

『本当に大丈夫です!人死にを見るのは、自分の乗機で敵メック戦士を殺した経験は、ありますから!』

「……そうか。」

 

 それは事実である。イヴリン軍曹は、未だ訓練生であった時に、オーバーゼアー城に攻め寄せたタカハタ少佐部下のK型シャドウホークの頭部をメックのパンチで潰し、撃墜している。だがその際に、敵メック戦士は脱出していなかった。……悪いことに、シャドウホーク系のバトルメックの操縦席は、中から外も、外から中も良く見えるのである。イヴリン軍曹は敵機撃墜の際に、敵メック戦士の最期を見たのだ。

 

「イヴリン軍曹……。戦場での殺人を気に病む事は無い。その最終的責任は、指揮官である俺にあるのだからな。それを忘れるな。

 それともう1つ。人殺しに慣れてしまえば、獣と同じだ、などと言う言葉がよく言われているがな。だが、俺は思うのだ。慣れなければ、いつか潰れてしまう、とな。だから俺は命令する。慣れろ、とな。……部下に、仲間に、戦友に潰れられるよりは、よっぽど良い。」

『……。』

「それとだな。慣れることと、我慢することは違うぞ。我慢して、心を硬くすれば、一見強く見える。だが硬い物は脆い。時には自分自身の手綱を緩める事も大事だ。今は任務中だから何だが、オーバーゼアー城に帰還したら、たまには母親にでも思う存分甘えるといいだろう。……どうも貴様は強くあろうとする余り、自らを律し過ぎる気があるからな。」

『……了解!!』

「いい返事だ。ではまたな。」

 

 サンダーボルトが敬礼をする。キースはマローダーに答礼を行わせると、機体に踵を返させた。と、第1中隊指揮小隊のウォーハンマーがこちらを向いている。怪訝に思ったキースは、そのウォーハンマーに個人回線を繋いだ。

 

「……どうかしたのか?エリーザ曹長。」

『いやー、何でも無いんだけどね、隊長。うふふふふ……。』

「?……何かあるのなら、言ってくれた方がこちらとしても助かるんだが。」

 

 通信用の小型スクリーンの中で、エリーザ曹長はチェシャ猫の様な笑いを浮かべている。キースはよく分からなかったが、何か楽しい事でもあったのかも知れない。とりあえず彼は、機体をディファイアント号の方へ向けた。

 

 

 

 3026年6月27日、この日は惑星ネイバーフッドよりドラコ連合軍を駆逐した事を祝って、首都ディスプレイスでパレードが行われた。ドラコ連合軍撃破の立役者である惑星守備隊、混成傭兵大隊『SOTS』も、全メック、全戦車、全歩兵をパレードに参加させている。ちなみにどのメックも、どの戦車も、装甲兵員輸送車ですらも完全に整備され、ピカピカに磨き上げられていた。

 なお、いつもは政治にまったく興味を示さずに、全てをトゥール・メランダー首相に丸投げしている惑星公爵パーシヴァル・レイン閣下ですらも、政庁の建物に設えられた貴賓席からこのパレードを観覧している。『SOTS』の全メック、全兵員が敬礼を送る中、惑星公爵閣下は鷹揚に右手を振ってそれに応えた。

 そしてパレード終了後、首都ディスプレイスで一番のホテルを会場として、盛大な戦勝パーティーが開かれた。『SOTS』にも、できるかぎり多くのメック戦士、航空兵、上級士官が参加するように申し入れが来た。なお、本当は迎賓館でも使おうかと言う話も出たのだが、別に星系外から国賓クラスを招いたわけでも無いのでこの案はボツになった。

 長いばかりで面白みの無いメランダー首相の演説を兼ねた祝辞が終わり、彼の音頭で乾杯が行われる。その後は立食形式での宴となった。会場の片隅ではこの惑星の芸能人が、歌や芸を披露している。

 そんな中、キースは惑星政府や惑星軍の面々との挨拶や会話に忙しかった。今も僅か22歳の若き新国防大臣カーティス・ブラックバーン氏と、惑星防衛上の問題点などについて話をしていた所である。ヒューバート大尉とかマテュー少尉など特定のお相手がいない青年メック戦士たちは、この惑星の貴族階級の麗しき御令嬢たちから色々武勇伝をせがまれたりしている。ちなみにアンドリュー曹長などは、ドレス姿のアイラ軍曹を引き連れて来ているので、そう言うお誘いは無い。エリーザ曹長は、並み居る美形男性のお誘いを物ともせずに、食いに走っている。

 しかしキースの所に来るのは政治家、役人、軍人などばかりだったりする。まあ、そんな中でもキースと会話しに来るのは、惑星政府や惑星軍の中でも指折りの実力者ばかりだったが。と言うか、キースの外見がいかにも迫力ある2mを軽く超えた筋肉達磨なので、彼の真価を知っている人間、もしくは真価を見抜ける眼力の持ち主でなければ気圧されてしまい、彼の周りには寄って来ないのだ。

 

「カーティス、そろそろ……。」

「ああ、マリーカ。そうだね……。それではハワード少佐、私もそろそろ他に回らなければならない所があるので、これで……。」

「いえ、お気になさらず。有意義なお話ができて、大変ためになりました。それでは。」

 

 新国防大臣が離れて行くと、ようやくキースの周囲は落ち着いた。と言うか、人波の中にぽっかりと空白が出来ている。どうやらキースと顔つなぎをしようと言う剛の者は、そろそろ全員終わった様だ。

 キースは内心呟く。

 

(やれやれ、疲れた。オーバーゼアー城の留守番を買って出たアーリン大尉が羨ましい気もするな。っつーか、ズルいよなーアーリン大尉。

 いや、俺は大隊長、部隊司令なんだから、サボるわけにはいかないけどさ。お貴族様や政治家の相手はキビシい……。軍人相手は、まだ楽だけどさあ。……ん?)

 

 ふとキースが目を遣ると、そこにはイヴリン軍曹が所在なさげに突っ立っていた。軍服――『SOTS』にはまだ正式な制服が無いので、それっぽい礼服に階級章などを付けた物――に着られている感じが、何とも愛らしい。キースは彼女に近寄って声を掛けた。

 

「どうした?イヴリン軍曹。お母上は一緒に来たはずだったな?ケイト総務課長はどうした?」

「は、はい!母は……。母の唯一の欠点と言いますか、それが出て……。」

 

 その眼でイヴリン軍曹の視線を追ったキースは、ソファにもたれて軍医キャスリン軍曹に介抱されているケイト総務課長を発見する。

 

「母はお酒に、物凄く弱いんです……。今回も、制止する間も無く乾杯の一杯で……。ですけど、酔うと記憶が消えるので自分ではその事を……。下品な酔い方はしないのが救いと言いますか、その……。」

「……あー、了解した。しかし、となると困ったな。貴様を指揮官として鍛える都合上、こう言った政治色の強いパーティーには極力参加させたかったのだが。貴様が年少のうちは、ケイト総務課長に同伴してもらうつもりだったのだが、これでは……。」

「政治色、ですか?」

 

 イヴリン軍曹は、怪訝そうな表情になった。キースは説明する。

 

「うむ。傭兵部隊の指揮官……。いや、指揮官に限らず高級士官は、政治についても明るくならなければならない。部隊を守るためにな。特に我が『SOTS』の様な独立系傭兵部隊では、その傾向が顕著だ。政治家や貴族と上手く付き合っていかなければ、部隊を維持していくのは難しい。

 ……もっとも、それだけに注意していれば良いと言う物でも無いがな。下手に嫉妬や僻みを買う事になれば、一時の繁栄も足元から崩れ去りかねない。そう言う情報をいち早く掴むためにも、こう言う場は便利なんだ。他にも情報源は必要だがな。

 貴様には、まだそこまで要求はせん。だが、雰囲気だけでも慣れさせて、こう言う場に対し臆する事の無い様になって欲しいと考えていたんだ。だが……。」

 

 キースはイヴリン軍曹の保護者の方へ視線を向ける。彼は小さく溜息を吐いた。

 

「だが、貴様のお母上がこうまでパーティー向けでないとは、思っても見なかったな。はてさて、どうした物か……。」

「隊長が責任もって面倒見てやったらいいんじゃないかな?」

「!」

 

 イヴリン軍曹は、突然後ろから聞こえて来た声に驚く。だがキースは既にその人物の気配に気づいていたので、動じない。彼は溜息を吐く。

 

「はぁ……。エリーザ曹長、そう言うわけにも行くまい。俺は先ほどまでの様に、こう言う場では色々な人物と話をする必要があるからな。その間、イヴリン軍曹を放っておく事になる。」

「あー、なるほど。駄目かあ。理由が真っ当なだけに、反対もできないわね。……なら、あたしが出席できる時は、あたしが面倒見ようか?ねえ隊長。」

「む。ならば頼めるか?」

「オッケー、オッケー。任せといてよ。イヴリン軍曹も、いいわね?」

「は、はいっ!」

 

 キースは、ふと何か知らないが大失敗を犯した様な不安に襲われる。エリーザ曹長は、チェシャ猫の様な笑顔を浮かべていた。キースはエリーザ曹長に釘を刺しておこうと口を開く。彼女がイヴリン軍曹に、妙な事を吹き込まない様に。

 

「あー、エリーザ曹……。」

「おお、ハワード少佐!こんな所にいたのかね、探したぞ!」

 

 だがその台詞は、大きな声に遮られた。誰あろう、惑星政府首班トゥール・メランダー首相である。

 

「首相!」

「今回のドラコ連合軍撃破の立役者、ヒーローがこんな所で何をやっているのかね?公爵閣下にも君を紹介したいのだよ。一緒に来てくれないかね?」

「はっ、了解いたしました。……あー、エリーザ曹長、イヴリン軍曹、俺は行かねばならん。」

「「はっ!いってらっしゃいませ!」」

 

 エリーザ曹長とイヴリン軍曹は、共に敬礼をする。キースは答礼を返すと、メランダー首相の後に付いて歩きだした。ふと首だけで振り返って見ると、エリーザ曹長がイヴリン軍曹に何やら耳打ちし、イヴリン軍曹が真っ赤になっている。キースは何やらひしひしとした不安を感じざるを得なかった。




ドラコ連合の残存兵力は、なんとか始末できました。しかし彼らは部隊員の心に、キッツイ一撃をくれていった模様で。

で、「人殺しに慣れてしまえば獣と同じ」とか言う言葉があちこちの物語でよく聞かれますが、慣れないと潰れてしまうかもしれない場合だって、あると思うのです。
兵隊とかは、人殺しに慣れないと駄目な気がします。仲間や大事な人に潰れられるよりは、元の姿や性格を色濃く残したままの獣になってくれた方が、極論ですが良い気がするのですよ。無論、一般社会では違う事言いますよ、わたしも。
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