オーバーゼアー城司令執務室にて書類と格闘しつつ、キースは息を吐いた。今この部屋には現在、大隊副官のジャスティン少尉、自由執事のライナー、書類整理の手伝いに来たアーリン大尉とヒューバート大尉がいる。
「ふう、月末払いの戦闘報酬のおかげで、なんとかDHビル貯金のSHビルへの両替は避けられそうだな。」
「そうですな、隊長。あとはレパルス号が商用航宙から戻って来た時にどれだけ儲けているかですが……。事故とか起こらない事を祈るしか無いですな。」
「ライナーさん、その事故って降下船の事故の事?それとも商品相場の急落事故の事かしら?」
「両方ですな。」
ライナーとアーリン大尉が軽口を叩き合う。それを尻目に、キースはジャスティン少尉から渡された部隊の人事書類を捲った。
「うーむ、この間やむを得ない事情で辞めた、臨時雇いの歩兵の補充の人員と、整備兵の増加に伴って増員した助整兵たちの書類がこれか。」
「こちらが履歴書、こちらが身体検査と運動能力テストの書類です。助整兵については、学力テストの結果もこちらに。」
「ふむ……。最年少の者は、14歳か……。書類を読む限りでは、入隊時に課した試験には合格しているとあるが……。僅か14歳で、傭兵部隊に志願してくるとはな。」
12歳でロビンソン戦闘士官学校に志願した、キースに言われたくは無いかも知れない。まあキースには、メック戦士の家の後継ぎであったと言う事情があるのだが。
キースは書類を読み進める。履歴書には、彼らが一様に戦災孤児であり、公立の孤児院で育った事が書かれていた。入隊の志望動機には、一日でも早く自活して自立したい、そのために可能な限り給与の高いこの職を選んだ、とあった。更には、可能であれば臨時雇いではなしに正式に入隊し、将来的にこの惑星を出たいとも書いてある。
「うちの部隊は、世間一般の傭兵隊から見ると普通の給料しか払っておらんのだがなあ……。」
「それでもここの様な片田舎の農業惑星の標準からすれば、各段に高い給料なんですよ。まあ、命を的にする職業ですからなあ……。高いとは言っても、命に見合う程かと言われると、ちょっと首を捻りますな。
まあ、昔は私もその額で満足してましたが……。」
「自由執事として兵隊に給料を払う側に回ってみると、少々見方が変わって来たかな?ライナー。」
「下手に高い給料を払う余裕はありませんが、さりとて彼らの命に安い値段を付けざるを得ないのは、少々胸が痛みますね。」
話が変な方に進みそうだったので、キースは方向を修正する。
「ところでこの14歳の少年少女たちだが……。中々の素質を持っているな。運動能力テストの結果が、年齢の割に飛びぬけているじゃないか。体力などはまだまだだが、それを補う反応速度や、耐G能力が抜きん出ている。
……あー、いや。この4人が特別なだけか。同じ孤児院で育った別の志願者は、普通かまたは年齢相応の能力しか持っていない。入隊の選抜試験に落ちた者も多い、か。ふむ、どう思う?アーリン大尉、ヒューバート大尉。」
「はい、ちょっと書類見せてもらいますね。……確かにこの4人は、大人顔負けの能力を持ってますね。」
「……こいつら、歩兵や助整兵より向いてるモノがあるんじゃないですかね。キース少佐?」
ヒューバート大尉が、人事書類を見ながら考えつつ言った。アーリン大尉も頷く。その2人に、キースは同意の言葉を発した。
「貴官らもそう思うか。俺もそう考えていたんだ。……この彼ら4人に、少し追加の試験を課してみたいと思うのだが。その結果次第では……。」
「……上手く行けば、メック戦士の訓練生が増えますね。書類にも、できれば部隊に正式に入って、惑星を出たいって書いてありますし、文句は出ないでしょう。」
「予備バトルメックを遊ばせておくのは、勿体ないわね。ヴァルキリー、クリント、2機のウィットワースを訓練用として使えれば……。」
こうして、歩兵または助整兵志願者であった4名の少年少女の運命は、大きく変わったのだった。
「……3014年初頭、自由世界同盟において総帥ヤノス・マーリックの弟であるアントン・マーリック大公が反乱を起こした。当時カペラ大連邦国リャオ家に仕えていた傭兵部隊『ウルフ竜機兵団』は、リャオ家から秘密裏に了解を取ってアントン・マーリック大公に仕える契約を結んだ。リャオ家にとっては当時敵であったヤノス・マーリックの対抗馬出現は、歓迎できる事態であったと言う事だな。
そして『ウルフ竜機兵団』はヤノス側に付いた勢力に対し、連戦連勝を重ねて行った。だが3014年暮れから3015年半ばにかけて、アントンの正規軍は敗北を繰り返し……。」
ここはオーバーゼアー城の第1中会議室である。キースはここで、イヴリン軍曹、エルフリーデ伍長、エドウィン伍長らに対する戦史の講義を行っていた。何故小会議室を使わずに、中会議室を使うのかと言うと、生徒の数が増えていたからである。
まず、先頃歩兵からメック戦士に異動したアナ・アルフォンソ伍長とレノーレ・シュトックバウアー伍長。彼女らは、失機者の家系であったりメック戦士家系の傍系であったりしたため、メックを操縦する訓練についてはある程度厳しく施されていた。だが彼女らは、実技はともかくとして、知識面ではまったくと言って良いほど欠けている。それ故彼女らは、自分に欠けている物を補うべく、キースが弟子たちに行っている講義に参加させてもらっていたのである。
次に、ロタール・エルンスト軍曹にカーリン・オングストローム軍曹だ。彼らは正規のメック戦士家系の出身ではない。それ故に、彼らも知識面では怪しい物があった。だがある時彼らは、直属の上官であるヒューバート大尉から、士官任用試験を受けてみてはどうかと勧められる。今のままでは合格は覚束ないと思った彼らもまた、知識を身に着けるべくキースの講義に参加を希望したのだ。
その他にも数名、自分に知識が欠けており、なおかつそれを必要だと考えたメック戦士や航空兵他の兵員が、キースの講義に参加する様になっていた。そして、それだけではない。この度新たに訓練生となった、4人の少年少女が加わっていたのだ。
キースは問いを投げかける。
「ジャクリーン・ジェンキンソン訓練生!ゲルダ・ブライトクロイツ訓練生!モーリス・キャンピアン訓練生!ブリジット・セスナ訓練生!予習はしてきたな!?『ウルフ竜機兵団』指揮官ジェイム・ウルフ大佐は、身勝手なアントン・マーリックに弟ヨシュア・ウルフ大尉を殺害され、復讐としてアントンの本拠地ニュー・デロスを攻撃した!
ここでウルフ大佐が主力攻撃部隊に選んだ中隊の名を言ってみろ!4人の中で、わかった者は挙手しろ!」
「は、はい!!」
「よし、モーリス訓練生!」
「それはケレンスキー独立中隊『ブラック・ウィドウ中隊』です!!」
キースは満足げに頷く。
「そうだ。彼の悪名高い、しかして最強とも最凶とも最悪とまですら呼ばれる、恐るべき中隊だ。では……。イヴリン軍曹!貴様の後輩たちに、『ブラック・ウィドウ中隊』がニュー・デロス攻撃の際に採った、その作戦行動について教えてやれ!」
「了解!!『ブラック・ウィドウ中隊』は大規模な森林火災の真っ只中を、指揮下のバトルメックを率いて突っ切りました!この極めて危険な行為により、アントン・マーリック主力防衛部隊は炎と濃い煙のため、『ブラック・ウィドウ中隊』を探知する事が不可能でした!
そしてアントン・マーリックの総司令部に忍び寄った『ブラック・ウィドウ中隊』は、深夜に総司令部を奇襲したのであります!」
「その通りだ。ちなみに付け加えて言えば、ケレンスキー独立中隊が『ブラック・ウィドウ中隊』と呼ばれる様になったのは、その戦いでの活躍が広まってからだな。さて、アントン・マーリックはケレンスキー独立中隊の不意打ちを受けての混乱のさなか、『ウルフ竜機兵団』によって討たれたわけだが……。」
キースの講義はなおも続いた。
コンピューターによる映像の仮想空間内を、45tのフェニックスホーク1機、D型フェニックスホーク2機が疾駆する。それを操るはイヴリン軍曹、エルフリーデ伍長、エドウィン伍長の3名だ。
一方で、ぎくしゃくと頼りない動きを見せる40tウィットワース2機、40tクリント1機、30tヴァルキリー1機が、それを迎え撃とうと機動する。乗り手はジャクリーン訓練生、ゲルダ訓練生、モーリス訓練生、ブリジット訓練生の4名であった。
ここはオーバーゼアー城のシミュレーター室。キースは教官卓から監督している。彼は各シミュレーター筐体へと繋がる通信機で、比較的穏やかな様子で語り掛けた。
「重量比は135t対150tだ。訓練生どもの方が1機多いし、重い。だからと言って、負けたりするなよ、イヴリン軍曹たち。これだけ練度に差があるのに負けたら、拳骨をくれてやるぞ?
ただしこれは訓練生どもに対する教育の意味もある事を忘れるな。必勝パターンにハメて楽に勝つのではなく、奴らにも色々戦術を考えさせて試させろ。上手い戦術を使ったら、褒めてやれ。ハメて勝ったら、それはそれで懲罰ものだぞ。
訓練生ども。相手は実戦を潜り抜けて来た猛者3名だ。胸を借りるつもりでやれ。負けてもあたりまえだ、気にするな。……ただし負け癖、諦め癖はつけるなよ?いざと言う時に諦め癖がついている奴は、粘らずにあっさり負けて死ぬからな。諦めずに、徹底的に粘って見せろ。」
『『『『『『『了解!!』』』』』』』
弟子たちや訓練生たちの返答を聞きながら、キースはこっそりと笑みを浮かべる。まあコレはお約束で、訓練生に教えさせる事でイヴリン軍曹、エルフリーデ伍長、エドウィン伍長に復習させようと言う試みだったりするのだ。
そして戦況は、一進一退を繰り返した。と言うか、イヴリン軍曹がきちんと考えてエルフリーデ伍長とエドウィン伍長を指揮し、一進一退になる様に戦況をコントロールしているのである。キースは、弟子の成長に頷いた。
と、なかなか当たらない射撃に焦れたクリントのモーリス訓練生が、いきなりジャンプジェットを噴かして空中に舞い上がった。そしてエドウィン伍長のD型フェニックスホークの上に飛び降り攻撃をかける。キースは通信機に怒鳴ろうとした。だが一瞬前に、エドウィン伍長の怒鳴り声が響く。
『馬鹿野郎!!』
そしてエドウィン伍長のD型フェニックスホークは、過熱覚悟の全力射撃をクリントに見舞いつつ、高機動性を活かしてその場から退避する。モーリス訓練生のクリントは飛び降り攻撃を外され、地面に激突して転がった上に、大口径レーザー1門と中口径レーザー2門の砲撃を浴びて右脚を吹き飛ばされた。
『超級の馬鹿か、お前は!ジャンプジェットでの飛び降り攻撃は、やっちゃいけない事ランキングの上位に入るんだぞ!?攻撃が当たる事の方が珍しいし、外れれば確実に機体がすっ転ぶ!よりによってキース少佐の前でソレをやるなんて、俺は知らないぞ!?』
「エドウィン伍長の言った通りだ。モーリス訓練生、後で拳骨をくれてやる。覚悟しておけ。」
『は、はいぃ……。』
『「声が小さい!!」』
『はいっ!!……とほほ。』
落ち込んだモーリス訓練生のメックは、そのまま仮想空間内の大地に寝転がったままだった。まあ、片脚が無いのだから、立ち上がる事はできないのだが。ここでエルフリーデ伍長も怒鳴る。
『モーリス訓練生!!クリントの武器は胴と右腕に付いてるのよ!?最初にキース少佐が言ったでしょう、諦め癖をつけるなって!メックの左手で機体の上体を起こして、右手武器と胴装備武器を撃ちなさい!!最後まで諦めずに戦いなさい!!』
『ひ、は、はいっ!!』
ここでイヴリン軍曹から、訓練生たちにアドバイスが入る。
『他の3人も、モーリス訓練生の機体がほとんど移動できない事を注意して、その射界に私たちの機体を引き寄せるなり、あえて心を鬼にしてモーリス訓練生機を囮にして私たちを撃つなり、色々考えなさい!だからと言って、そうあっさり私たちも引っ掛かってはあげないけれどね。』
『『『はいっ!!』』』
(イヴリン軍曹も、エルフリーデ伍長も、エドウィン伍長も、皆きちんと成長してるな。うんうん。)
結局このシミュレーターによる模擬戦は、モーリス訓練生機の自爆と言っても良い失敗を切っ掛けにして、イヴリン軍曹たちの側に天秤が大きく傾いた。そして模擬戦が終わるまで、その傾きは戻る事は無かったのである。キースの拳骨を脳天にくらったモーリス訓練生は、その痛さのあまり言葉も無かった。
キースは、副官のジャスティン少尉が持ってきた書類を前にして、眉を顰めていた。まるで頭痛でも堪えるかの様な表情である。その書類とは、深宇宙通信施設より届いた、インベーダー級航宙艦ズーコフ号を介して送られてきた、ユニオン級降下船エンデバー号からの圧縮データ通信の内容をプリントアウトした物だ。
「少佐、コーヒーです。」
「ああ、助かるジャスティン少尉。……少尉、上級整備兵のサイモン大尉待遇中尉を呼んでくれないか。ああ、あとアーリン大尉、ヒューバート大尉、ケネス中尉もだ。指令室はその間、サラ中尉待遇少尉か、ジーン中尉に任せる様に伝えてくれ。」
「了解です。」
ジャスティン少尉は、司令執務机の脇に設置されている自分の執務机に戻ると、机上の内線電話でバトルメック整備棟へ電話をかけ始めた。キースはそれを横目に、書類を再度確認し、溜息を吐いた。
やがてサイモン老、アーリン大尉、ヒューバート大尉、ケネス中尉がやって来た様で、キースの執務机上の内線電話がインターホンモードで鳴った。
「誰か?」
『隊長、サイモン中尉まいりました。アーリン大尉、ヒューバート大尉、ケネス中尉も一緒ですのう。』
「そうか、入室を許可する。入ってくれ。」
4人が司令執務室へ入って来て敬礼をする。キースとジャスティン少尉も答礼を返す。しかし入って来た4人はキースの表情を見て、何か厄介事が起こったかと互いの顔を見合わせた。キースはおもむろに口を開く。
「忙しいところ、わざわざ来てもらって、悪いな。まずはこの書類を見てくれ。」
「これは……。星系外へ新規隊員のスカウトに出張ってた、エンデバー号からの報告書ですね?ほう……。今回もおおよそ成功と言えるんじゃ無いですかね。メック戦士多数に、整備兵も何名か……。
……ぶっ!?」
書類を斜めに読んでいたヒューバート大尉が、突然吹き出した。アーリン大尉がその手から書類を受け取り、これも斜め読みして、目を見開く。キースは疲れた口調で言った。
「……そうなんだ。エンデバー号のエルゼ船長とエレーナ副長は、新隊員のスカウトにゾディアック号のアリー船長やレオニード副長と、同じ手を使ったんだよ。壊れたメックをうちの部隊で直してやるって。いや、それが悪いとは言わないし、やっちゃいかんとも言ってなかったからな。仕方ない事だ。」
「それで結局、今回の新隊員のうち3名がメック持ちと言うわけですか。……壊れてるやつを。メック持ちってのは嬉しいんだけど……。」
アーリン大尉も、憂鬱な口調で言う。キースは続けた。
「それでも新隊員が加入することは喜ばしい。喜ばしいんだが……。なんとか避けられたと思ったDHビル貯金のSHビル両替、再度現実味を帯びて来たな。サイモン中尉。」
「なんでしょうかのう、隊長。」
「新たに加入してくれた整備兵、今エンデバー号に乗っている人物が、その壊れたメック3機の様子を調べて損傷度合いや故障状況を書面に書き起こしてくれた物が、今ここにある。これを見て、そのメック3機が現状ストックしてある部品で修復、再稼働できるか検討して欲しい。」
サイモン老は、キースの手から書類の束を受け取る。ざっと確認して、サイモン老は言った。
「3機ともフェニックスホークなんですな。2機が通常型、1機がD型。D型ってことは、もともと恒星連邦で働いてた人物なんですかのう?で、どれ……。ふむ、ふむ……。ああ、こりゃ酷いわい。」
「そんなに、か?」
「はいな。この人物、整備など実技の技量はともかく、書面の書き方がなっちゃいませんでの。わかりづらいったらもう……。こっちに到着したら、徹底的に教育せんといかんですわ。」
聞いていた周囲の者たちは皆、がくっとずっこける。サイモン老は続けた。
「ですが、なんとかおおまかな所は判りもうした。実物を見ないと断言はできませんがの。この書類に書かれている通りの損傷や故障であるならば、備蓄部品で完動状態に持って行けると思いますわ。あと6日か7日ですわな?ジャンプポイントからこっちの城に着陸するまでは。」
「そ、そうか!助かるサイモン中尉!」
「おっと、隊長。安心するのは実機を見てからですわ。備蓄部品で足りない可能性も、まだあるんですからのう。
それとようやく60tスティングレイ戦闘機4機の部品も届くわけですしのう。整備兵もメックを調べて修理をする者、スティングレイ戦闘機にかかりっきりになる者、色々手分けせんといかんですわい。整備中隊は、エンデバー号とレパルス号が戻り次第作業を開始できる様に、今から大車輪で行動せねばいかんですのう。」
キースはそれを聞き、頷く。
「そうか……。整備中隊にはいつもいつも世話をかけて、済まないな。感謝している。」
「ではわしは1週間後の修羅場に向けて、準備に入りますでの。退出してよろしいでしょうかの?」
「了解だ。わざわざ忙しい所を、ご苦労だったサイモン中尉。」
「はっ!」
サイモン老は敬礼をし、キース達は答礼をする。そしてサイモン老は急ぎ足で整備棟へと戻って行った。キースは残った面々に向かい、話を再開する。
「さて、ヒューバート大尉、アーリン大尉、ケネス中尉。こちらはこちらで大事な話だ。1月たらず前に部隊編成を変更して第3中隊を編制したばかりだが、今回の新規隊員増員を受けて第4中隊を編制したいと考えている。以後はこれ以上の部隊拡張は、今は考えていない。今回の隊員募集の成功で、部隊の予備バトルメックがほぼ全機稼働状態になる事が理由の1つだ。」
「なるほど、それは当然のお考えですね。で、第4中隊の編制ですか……。いっそのこと、もう機甲部隊の戦車やら歩兵やら加えたら、混成連隊名乗ってもいい頃合いじゃないですか?階級も大佐にして。」
「いや、まだ増強大隊だ。だから少佐で充分。」
「「あいかわらずですね……。」」
ヒューバート大尉もアーリン大尉も苦笑する。キースは相変わらず偉くなる事を拒んでいた。本人は、あまり偉くなり過ぎると自分の事を凄い人物だと誤解しかねない、と言っているのだが。
そしてキースはケネス中尉へと向き直る。
「それで、だ。その第4中隊の指揮を貴官に委ねたい、ケネス・ゴードン中尉。無論昇進してもらい、大尉になってもらう事になるが。」
「は、はい!いやしかし、他にも人材が多くいると思うのでありますが?自分はその職分に対し、未だ不相応、力不足かと存じますが!」
「いや、戦歴から言っても第4中隊を任せられるのは貴官をもって他にいない。サラ中尉待遇少尉を昇進させようかとも考えた事はあるのだが、彼女は貴官とは比べ物にならんほど強く、昇進を固辞している。それを翻意させるのは難しい。
今第1中隊の偵察小隊を率いているジーン中尉も考えたのだが、彼女はつい1ヶ月足らず前に入隊したばかりだ。能力的にはともかく、未だ部隊その物にも馴染んでいるとは言い難い。入隊してから出撃は1回あるが、その時も戦闘は無かった事だしな。彼女はこれまでに実戦経験が無いわけでは無いが、うちの部隊では戦闘を経験していない。それをいきなり中隊長にするのは、流石にな……。」
アーリン大尉、ヒューバート大尉がケネス中尉を励ます。
「大丈夫よ、ケネス中尉。あなたなら充分に新設の中隊を率いる事ができるわ。」
「ああ、君は自分の実力を過小評価する気があるが、そこまで卑下する物では無いぞ。」
「はっ。ありがとうございます。……了解いたしました!その任、謹んでお受けいたします!」
ここでヒューバート大尉が、キースに向かって言った。
「となると、第1中隊の火力小隊が抜ける事になるんですが……。その穴を新規隊員で埋めるおつもりですか?」
「うむ、そう考えていたのだが……。」
「それはどうかと思いますね。第1中隊は、『SOTS』でも顔になる中隊です。可能な限りの最精鋭で固めるべきですよ。第2中隊の火力小隊、『機兵狩人小隊』を第1中隊に移籍しましょう。」
キースは目を丸くする。
「それでは第2中隊が困らないか?」
「困らないとは言いません。ですが、看板である第1中隊が弱体化する方が、『SOTS』全体としては余計に困ります。」
「わたしもその意見に賛成ですね。」
「はっ!自分もその方が良いかと愚考いたします!」
アーリン大尉、ケネス中尉もヒューバート大尉に賛同する。キースは唸った。
「うむむ……。なるほど、部隊全体の事を考えると、その方が良いか。わかった。ではケネス中尉、貴官の昇進と第4中隊中隊長への異動は、実際に人員が到着する1週間後になる。その際は、貴官の小隊……現第1中隊の火力小隊を、そのまま第4中隊の指揮小隊にする事になる。
ヒューバート大尉とケネス中尉は、それぞれ第2中隊火力小隊と第4中隊の火力、偵察小隊の人員を新入隊員から選抜し、予備機から各々の新隊員に貸与するバトルメックを選んでくれ。」
「はっ!了解です!」
「了解であります!」
ヒューバート大尉とケネス中尉が、各々返答を返す。キースはケネス中尉に言った。
「それとケネス中尉……。以前は、慣れないなら忘れてくれと言ったが……。中隊長ともなると、部下たち全員の手前もある。やはりその兵卒の様な口調は、可能な限り改めて、もう少し柔らかい口調を使うよう心掛けてくれ。」
「はっ!鋭意努力いたします……いえ、努力します。」
「済まんが、そうしてくれ。ではヒューバート大尉とケネス中尉は、時間が空き次第に隊員の選抜に入る様に。」
「了解でありま……了解です。」
「こちらも了解です。ケネス中尉、何時なら時間は空いてるかい?」
ヒューバート大尉とケネス中尉は、互いの空き時間の調整に入った。ジャスティン少尉が気を利かせ、ヒューバート大尉とケネス中尉に渡すために新入隊員の名簿をコピー機にかけ始める。キースは新入隊員の履歴書を検めながら、士官資格のある新入隊員の中でどの3名を中尉として任命するか、考え始めた。
3026年の7月16日、ユニオン級降下船エンデバー号とレパルス号が、1ヶ月の航宙から帰還する。離着床に着陸する2隻の降下船を、キースはオーバーゼアー城の城外演習場で、自分の乗機であるマローダーより見ていた。彼は今、第1中隊指揮小隊の面々と共に演習場にて、イヴリン軍曹、エドウィン伍長、エルフリーデ伍長に実機訓練を付けてやっていたのである。
ちなみに新たな訓練生4人は、実機には未だ乗った事が無い。厳密に言えば彼らは、メック戦士としての適正を見るために実機に触れた事はあるのだが、それ以後はシミュレーター訓練ばかりで実機への搭乗許可は与えられていない。ただし今回の実機訓練を見学するため、大隊副官のジャスティン少尉に引率されて、演習場の脇に設営されている指揮所にやって来てはいる。
「ほう?とうとうエンデバー号とレパルス号が帰って来たな。」
『次に不定期貨客船として商用航宙に出るのは、ゾディアック号とエンデバー号でしたか?』
『たっぷり稼いで来てくれるといいんだけどな。』
マテュー少尉とアンドリュー曹長が、しみじみと言う。アンドリュー曹長の言った事には、キースも大いに賛成だった。
キースは指揮所の訓練生たちへと通信回線を繋ぐ。
「訓練生部隊暫定隊長、ジャクリーン・ジェンキンソン訓練生!」
『はい!!ジャクリーン訓練生です!!』
「これで今回の実機演習は終了だ。後で見学により貴様らがどんな事を学べたか、書面にて提出してもらうからな?報告書の書き方の訓練だと考えれば良い。締め切りは明後日の座学の時間だ。間に合わずに未提出、などと言う事の無い様に。」
『了解!!』
訓練生部隊の暫定隊長であるジャクリーン訓練生が、はっきりとした声で返答を返す。ちなみに今回の訓練生たちは、週替わりの持ち回りで暫定隊長を交代している。これは適性を見る意味もあるが、各自に色々な事を勉強させるためもある。
キースは訓練生たちを引率しているジャスティン少尉に話し掛ける。
「ジャスティン少尉、ヒューバート大尉とアーリン大尉に連絡を頼む。エンデバー号に乗って来た新入隊員たち、レパルス号に乗って来た航宙艦ズーコフ号ヨハン・グートシュタイン艦長の出迎えに行かなければならんからな。俺も急いでシャワーで汗を流したら合流するから、ヒューバート大尉とアーリン大尉には先に行ってもらってくれ。ジャスティン少尉は、後から俺をジープで送ってくれ。」
『了解です、少佐。』
そして、マローダーを振り向かせると、キースは隊内回線で叫ぶように言った。
「各員、これにて実機演習を終了する!各自、機体をバトルメック整備棟に戻し、速やかに整備中隊へ引き渡す事!では移動開始!」
『『『『『『了解!!』』』』』』
キースは先頭に立って、マローダーを歩かせ始める。バトルメックの隊列が、城外演習場から城門めざして歩行状態で移動して行く。やがてオーバーゼアー城の城門が、ゆっくりとその巨大な門扉を開くのが見えて来た。
ついに旧訓練生たちも、新しい訓練生を絞る立場になりました。……早。
しかし、感慨深い物がありますねー。あんなにどうしようも無かったのに。頑張れば、人間やればできる物なんですねー。これぞご都合主義。