「うむ……。戦歴は書類で読ませてもらったが、直接に会うとその凄さが伝わってくるな。今にも後ろを向いて、裸足で逃げ出してしまいそうだよ。はっはっは。」
オーバーゼアー城司令執務室の応接セットのソファに座り、キースに向かってそう言ったのは、インベーダー級航宙艦ズーコフ号の、ヨハン・グートシュタイン艦長である。ヨハン艦長は、自分が専属契約を結んだ傭兵部隊の部隊司令と直接会談すべく、惑星ネイバーフッドに降下するユニオン級降下船レパルス号に同乗して、オーバーゼアー城までやって来たのである。
キースは彼に応える。
「ご冗談を、グートシュタイン艦長。」
「いや、正直な所だよ。ところで丁寧語はいらんし、ファーストネームでかまわんよ。と言うか、立場上敬語を使わねばならんのは、私の方の様な気がするのだがね。」
「む、了解した、ヨハン艦長。だがそちらも敬語はいらんよ。そちらと比べれば、俺はほんの若造に過ぎんのだからな。」
ヨハン艦長はくすくすと笑った。
「いや、そうかね。ではありがたく、ため口を利かせてもらうとしようかな。ところで、だな。キース少佐。イントレピッド号のイクセル艦長から、この部隊が良い部隊だと聞かされてはいたのだがね。契約を躊躇して先月半ばまで遅くなったのには1つだけ理由があるのだよ。」
「む。聞かせてもらえるかな、艦長。」
「ああ。それはだね。キース少佐が少佐である、と言う事が理由だよ。キース少佐は何故、もっと上の階級に昇進しないのかね?私がイクセル艦長から最初に勧誘された時、部隊規模は大隊規模だったそうだがね。
しかし戦車部隊や歩兵部隊、降下船の数を考えれば、連隊として強弁することも不可能では無かったと思うがね。ましてや今は、私の艦が運んだエンデバー号で連れて来た、新規参入のメック戦士たちを加えたならば、メック部隊だけでも1個大隊と1個中隊だろう。その規模で連隊を名乗って、大佐になっている傭兵隊長も、私は聞いた事があるよ?この部隊はそれに加えて戦車や歩兵までかなりの数だ。」
「むう……。」
キースは唸った。だが彼はヨハン艦長の問いに、なんとか答えを口に出す。
「いや、な。同じ傭兵部隊かは分からんが、1個大隊プラス1個中隊で連隊を名乗ってる部隊の話を聞いたのが原因の1つなんだよ。それを聞いた時に、なんだそりゃ、と思った物だからな。無駄に自分や自分の部隊を偉大に見せようとすると、逆に馬鹿にされる結果になるからな。
それと後は……。自分をあまり高い階級に置くと、自分が偉い人物だと勘違いしてしまいそうだからな。自戒を込めて、あまり階級を高くしたくないと思っているんだよ。」
「なるほど……。そう言う理由ならば、理解できるとも。けれど、それが行き過ぎてはいかんとも私は思うよ。キース少佐はこの部隊『鋼鉄の魂』の顔なんだ。それが不自然に低い階級だったら、逆に侮られる可能性もあるんだよ?」
その言葉に、キースは目を見開く。
「!!……なるほど、そう言う可能性もあったか。」
「うん。侮られるのは相手を油断させると言う面で、悪い事ばかりじゃないけれどね。だけど契約交渉とか、他にも交渉事とかの面では、侮られるのは悪い面の方が大きいのでは無いかと思うのだよ。
……どうかな。部隊を連隊扱いにしたり大佐になったりと言うのはやり過ぎでも、階級を1階級上げて中佐に昇進すると言うのはどうかね?それならば、部隊の格から言ってもおかしく無い階級では無いだろうか?」
「うむ……。傾聴に値する意見だ。今すぐ決心はつかんが、検討することを約束しよう。中佐か……。だが自分が偉いのではなく、職責が重いから中佐なのだと言う事を肝に命じておかねば、勘違いしてしまいそうだな。注意せねばならん。」
「その気持ちがあれば、大丈夫じゃないかね?キース少佐。」
ヨハン艦長は優しく頷いた。
さて、翌日の午前中である。と言ってもこの惑星ネイバーフッドでは1日が連盟標準時での2日にあたるため、丸1日真っ暗な日と丸1日明るい日が交互にやってくるのだ。そのため、この日は午前中だと言うのに屋外は真っ暗闇である。そんな中、オーバーゼアー城の司令執務室ではケネス中尉の大尉昇進と中隊長任命、そして新入隊員たちの任官が行われていた。
そして今、この部屋にいる最後のメック戦士の任官が行われる。先に任官が済んでいる者たちや、昇進して第4中隊中隊長となったケネス大尉の視線が、キースとその者へ注がれていた。
「……メック戦士ザハール・ヴィタリエヴィチ・ゴリバフ、君を伍長とし、第4中隊偵察小隊隊員に任じる。……貴様には期待している。我が部隊と、貴様自身のために頑張って欲しい。辞令と階級章を受け取る様に。」
「はっ!喜んで拝命させていただきます!損壊していてもう駄目かと思っていた自分のメックを修理していただけるのです!この御恩は必ずや働きにて返させていただきます!」
「うむ……。混成傭兵大隊『鋼鉄の魂』、略称『SOTS』によく来てくれた、諸君。貴官ら、貴様らは今日この日、この時をもって俺たちの同胞となる!同胞を守るため、互いに力の限りを尽くして欲しい。俺たち先任も、貴官ら、貴様らを守るために力の限りを尽くそう。」
キースは全員に向かい、言葉を発する。その場の全員が、キースに敬礼をした。キースと副官のジャスティン少尉もまた、答礼を返す。キースは言葉を続けた。
「では各自は平常業務に戻れ!バトルメックが修理中の者は修理をしている整備兵と、メックの調整についての相談を行うように!機体を貸与される者は城外演習場を確保しているので、一刻も早く機体に慣れる様に訓練に入る事!では解散!」
「「「「「「はっ!了解!」」」」」」
再度キースに敬礼をし、メック戦士たちは三々五々、司令執務室を退出していく。再び答礼をしつつそれを見送ったキースは、ジャスティン少尉に話し掛ける。
「さて、次は整備兵が6名だったな。数も少ないし、引き続きやってしまうか。」
「はっ。では早速ここに呼びます。」
「ああ、頼む。」
ジャスティン少尉が内線電話を掛ける。新入隊員の整備兵たちがやって来るのを待つ間、キースはユニオン級降下船エンデバー号のエルゼ・ディーボルト船長との話を思い出していた。
「……そうか。今回の隊員募集で、応募者に経歴の怪しい者はこれだけだったんだな、エルゼ船長?」
「ええ。勿論合格なんかさせなかったけどね?場合によっては始末する事も考えていたけれど……。でも、うちの部隊に入り込もうとするスパイの類じゃなかったみたいね。探偵まで雇って調べさせたけれど。」
「それは良かった……。ふう……。」
キースは安堵の溜息を吐く。エルゼ船長は、怪訝そうな顔になる。
「けれど、うちの部隊にスパイなんか潜入させて、いいことあるのかしらね?探偵相手に、貴重なCビル貯金から支払った甲斐があったかしら?」
「いや、うちの部隊の戦歴を考えれば無いとは言えない。恒星連邦のドラコ境界域で第4アン・ティン軍団相手に連戦連勝。部隊規模を急速に拡張させて、戦力交換でライラ共和国に来たかと思えば第25ラサルハグ連隊のB大隊を壊滅させたと来た。目を付けられていないとは言えないさ。」
「そんなもんかしらね……。」
キースはこの場では言わなかったが、先にスカウト旅行に行ってきて隊員を大量雇用してきたユニオン級ゾディアック号のアリー・イブン・ハーリド船長は、隊員募集をかけた際に、スパイの疑いが濃い応募者を1名見つけていた。探偵の調査でドラコ連合との接触が確認されたため、極秘裏に始末したと報告を受けている。
ちなみにこの時もCビルの貯金を取り崩している。こう言った仕事に使われるような腕利きの探偵などは、各王家発行のHビルは受け取らない事も多いのだ。
(ハリー・ヤマシタの様な破壊工作員タイプじゃないかも知れないけれど、獅子身中の虫は潰しておくに限るよな。)
マチュー少尉や、アンドリュー曹長、エリーザ曹長の元居た部隊の様に、部隊は戦場で壊滅、後方基地は爆弾で吹き飛んで非戦闘員の後方人員まで皆殺し、などと言う事態は御免被ると言う物だ。二度と彼らにそんな事態を味あわせたくはない。それにキースの原隊である『BMCOS』の様に戦場で裏切りに遭って部隊全滅などと言うのは、なおさら御免だ。
「まあ、うちの部隊がスパイに狙われる可能性は無いとは言えないって事だな。」
「なら気を付けないとね。今後の雇用も。」
「しばらくは、これほどの大規模増員をする予定はまあ無いが、助整兵や歩兵は行った先の惑星で、臨時雇いで雇用せざるを得ないからな。その中に毒が混じらない様に、注意しなければいかんな。」
キースは話を締めくくった。
と、物思いから我に返ったキースの前で、司令執務机上の内線電話がインターホンモードで鳴る。どうやら新規雇い6名の整備兵がやって来たらしい。キースは内線電話機のスイッチを入れる。
「誰か?」
『整備中隊中隊長サイモン大尉待遇中尉ですわ。新入隊員の整備兵6名を連れてまいりましたでのう。』
「入室を許可する。入ってくれ。」
サイモン老に率いられた6名の整備兵たちが、司令執務室に入って来る。が、入ってくるやいなや、彼らはキースの威容に打たれて驚き、慌てて背筋を伸ばす。敬礼を送って来る彼らにジャスティン少尉と共に答礼を返したキースは、できるだけ柔らかく、しかし威厳のある口調で語り掛ける。
「楽にしてくれたまえ。」
「「「「「「はっ!」」」」」」
「混成傭兵大隊『SOTS』部隊司令、キース・ハワード少佐だ。時間も押している。早速始めるとしようか。ジャスティン少尉……。」
「はっ。これを……。」
ジャスティン少尉から、彼らに渡す辞令と階級章を受け取ると、キースはサイモン老が連れて来た者たちに話し掛けた。
「君たちは、これより我が部隊の一員として働いてもらう事になる。事に整備兵は不足気味だ。ここに6名もの技術者が我が部隊に参加してくれたのは、非常に喜ばしい事である。
レギニータ・セゴビア以下6名!1歩前へ!」
「はっ!」
「レギニータ・セゴビア、これより君を伍長とし……。」
次々にキースは、整備兵たちを任官させて辞令と階級章を手渡して行った。
ヒューバート大尉とアーリン大尉、ケネス大尉が口々に言う。
「それはヨハン艦長の言う通りですよ。」
「キース少佐は、もう1階級ぐらいは昇進すべきですよね。」
「自分も……。いえ、私もそう愚考します。」
彼らにコーヒーを淹れているジャスティン少尉は無言だが、彼らに賛成している様な感じを受ける。キースは思わす唸り声を上げた。
「むむむ……。しかし昇進時期を何時にするかが難しい。順当に行くなら、『SOTS』が惑星ネイバーフッド撤退後、次の仕事に就く前に、と言う所なのだが……。」
「別にそんな先の話にする必要は無いんじゃないかしら。」
アーリン大尉が小首を傾げながら言った。なかなか様になっている姿なのだが、キースは何か追いつめられる様な物を感じる。更にはヒューバート大尉も、アーリン大尉に同調した。
「そうですよ。ドラコ連合軍をこの惑星から撃滅し、残党を討ってから約1ヶ月弱。その功績を考慮したのも併せ、『SOTS』の兵員の階級を色々見直して昇進させたじゃないですか。その最後の仕上げとして、今の時点でキース少佐ご自身の昇進を行えば良いのでは?」
「コーヒーをどうぞ、ヒューバート大尉、アーリン大尉、ケネス大尉。」
「おっ、ありがとうジャスティン少尉。」
「ありがとう。ジャスティン少尉のコーヒーは、美味しいのよね。」
「ありがとうジャスティン少尉。そうですね、何かしら用を作って司令執務室に来たくなります。」
他の所、例えば指令室などに設置してあるコーヒーメーカーで作ったコーヒーは、軍隊の伝統そのままに泥水コーヒーである。キースも、大尉3人が来る前に淹れてもらっていたコーヒーを飲み干す。ジャスティン少尉が、それを見て言った。
「少佐、お代わりはいかがですか?」
「あ、いや今のところは充分だ。ありがとう。さて、本来の用件に戻ろう。」
「少佐の昇進の件ですか?」
「いやアーリン大尉、そうではなしに。訓練成果の報告の件だ。第2から第4中隊の機種転換訓練の成果に関する報告だったな。」
そう、本来3人の大尉がこの司令執務室に来たのは、各々新入隊員が加わった事により編成が新しくなった3個中隊の、機種転換訓練に関する話だった。新入隊員が加わった第2~第4中隊であったが、新入隊員がかつて乗った事がある機体と、『SOTS』で貸与された機体とは異なる場合が多い。それ故に、新たな機体を乗りこなすための訓練が必須なのである。
「では俺の第2中隊から……。偵察小隊は、1ヶ月の猛訓練で形になっています。スティンガーにしか乗ったことの無い者がフェニックスホークを貸与され、機体を過熱させる事も以前はありましたが……。今はその癖もすっかり矯正されています。
火力小隊はまだ昨日予備機を貸与されたばかりなので苦労はしていますが、皆才能を感じさせてくれますね。ただ1人機体持ち込みのジョディー・ラングトン軍曹は、まだ機体の修理が終わっておりませんので、ちょっと分かりませんが。」
「次はわたしの第3中隊ですね。こちらは全員が1ヶ月の時間があったので、機種転換訓練は全て完了しています。既に中隊としての連携訓練や、小隊毎の訓練を行っていますが、今のところ問題は見受けられません。」
「最後は私の第4中隊ですか。と言っても、第4中隊は昨日結成され、編制されたばかりですので、まだまだ論外です。ただ個々人の熱意は高いですし、才能を感じさせてもくれます。機体持ち込みのシャルロッタ・メルベリ伍長、ザハール・ヴィタリエヴィチ・ゴリバフ伍長は機体の修理が終わっておりませんがため、まだその腕前の程は判然といたしません。」
ヒューバート大尉、アーリン大尉、ケネス大尉が次々に自分の中隊の現状について報告する。キースは心の中で思う。
(ふむ、となると現状で頼りにできるのは、俺の第1中隊の他はアーリン大尉の第3中隊か。あとは第2、第4中隊の指揮小隊が、いざと言う時にはそれ単体で出撃させられるな。……む?)
その時、司令執務机の上の内線電話が、インターホンモードで鳴る。キースはそのスイッチを入れた。
「誰か?」
『サイモン中尉ですわ。損傷機のバトルメック、及び4機のスティングレイ戦闘機についてお話に上がりましたでのう。あと一緒にライナーもおりますがの。ライナーはその修理関係の収支についての報告と言いますか、相談だそうですわな。』
「入室を許可する。入ってくれ。」
サイモン老が書類の束を左脇に抱えて入室し、右手で敬礼して来る。自由執事のライナーも、杖を突きながら入室してくるとその杖を左脇に挟み、右手を空けると敬礼をして来た。その場にいる全員……キース、ヒューバート大尉、アーリン大尉、ケネス大尉、ジャスティン少尉が答礼をする。
「隊長、幸いな事に新入隊員が持ち込んだメック……。フェニックスホーク3機は、部隊の備蓄部品で修復可能ですわ。早速修理開始しておりますでの。それとスティングレイ戦闘機4機も、買い付けた部品で直し始めてますでのう。
ただ……。フェニックスホーク用部品のストックが、少々心もとなくなっておりますわ。」
「その件について、私から提案と言いますか、ご相談があります、キース少佐。フェニックスホーク用予備部品の買い付けを、惑星ネイバーフッド撤退まで待っていただけませんか?そうすれば、ライラ共和国から今回の契約報酬の残金が入金されます。そうすればある程度財布に余裕が持てます。
あとできましたら、アーリン大尉には申し訳ないのですが、バトルマスター用予備部品の買い付けを同じ理由でその時まで待っていただきたいのです。」
「サンダーボルトやウォーハンマー、クルセイダーは以前からうちの部隊にもありましたからのう。それ用にいくらか部品の備蓄がありましたが……。バトルマスターは、海賊から接収した僅かな部品だけしかありませんでしたからの。」
サイモン老、ライナーの言葉に、キースとアーリン大尉は難しい顔になる。いやアーリン大尉は、どちらかと言えば情け無さそうな顔かも知れない。キースは断を下した。
「已むを得んな。アーリン大尉、万が一戦闘になった時は、自機の損傷には充分注意してくれ。装甲や弾薬だけの損耗で済むなら、契約によりライラ共和国から補填されるし、それが通じない相手……無法者相手でも、装甲板や弾薬のストックならば比較的多くあるから。
……まあ、注意したって損害を受ける事は、まま有るんだけどな。だからそこまでは気にしないでいいが、心の何処かに留め置いてくれ。」
「了解です……。はぁ……。」
「DHビルで支払いできればなあ。」
ヒューバート大尉が肩を落として言う。部隊の資産と言う点では、DHビルまで加えれば充分な額があるのだ。だがそれをここライラ共和国で使うには、SHビルかCビルに両替しなければならない。手数料はどの銀行、どの両替商でもおおよそ一律に10%程だ。ぶっちゃけ金銭的にかなり痛い。
ここでキースは、ちょっとばかり別の話題に切り替える。
「ところでライナー。部隊が拡張した事だし、ライナーの少尉待遇の扱いを、そろそろ中尉待遇にしたいと考えているんだが。前にもライナーの入隊時に言った気がするが、本来ならば少尉待遇でもまだ足りないんだよ。いや中尉待遇でも足りないかも知れない。自由執事としてライナーに管理してもらっている、うちの部隊の資産規模から言えば。」
「む、そろそろ言われるんじゃないかとは覚悟していましたが……。」
ライナーは眉を顰める。彼は、あまり偉くなるのは自分に不相応ではないか、と考えているのだ。キースはライナーを言い諭す。
「頼むよ、ライナー。それに昇進するのは君だけじゃない。」
「?」
「キース少佐も、中佐に昇進するんだよ。昇進時期はまだ結論が出ていないがね。」
ヒューバート大尉が笑いながら言った。キースも苦笑しつつ、インベーダー級航宙艦ズーコフ号のヨハン艦長から言われたことを、ざっと説明する。ライナーとサイモン老は頷いた。
サイモン老が感慨深げに言葉を発する。
「たしかにそうですのう。実を言うとわしも前々から、地位を高くし過ぎるのはどうかと思うけれど、さりとて不相応に低い地位に居続けるのはどうかと思っておったんですがの。言いだす機会が無かったですからのう。」
「キース少佐が中佐に昇進していただければ、確かに色々と楽になる事もありますな。わかりました、私も覚悟を決めましょう。中尉待遇への昇進、お受けしますよ。」
ライナーが真面目な顔で、昇進を了承する。キースも覚悟を決めた。
「よし、では俺も近日中に昇進処置を取ろう。ライナー、ジャスティン少尉、自由執事と大隊副官として、内外にその旨の通知を頼む。」
「「了解!!」」
「さて、あとは具体的な時期だけだな。」
そして翌日の内に、キースは中佐に昇進する事になった。だがその事を内外に通知したところ、急遽3026年の7月末日に、オーバーゼアー城にてキースの昇進パーティーを開く事になる。惑星ネイバーフッド政府首班、トゥール・メランダー首相もわざわざスケジュールを空けて来訪するとの事であった。
と言うか、パーティーを開くはめになったのは、メランダー首相の差し金であったのだが。パーティー開催資金も幾ばくか援助してくれると言う話である。おそらくは、キースの持つライラ共和国中枢への伝手……厳密に言えば、キースの郎党であるサイモン老の伝手なのだが、それに何かしら期待する物があるのだろう。それがためにメランダー首相は、キースとしっかりとしたパイプを作っておきたいのであろうと推測された。
ちなみに7月20日には、ユニオン級降下船ゾディアック号と同級エンデバー号が、部隊の運転資金を稼ぐために商用航宙に出発する。ゾディアック号のアリー・イブン・ハーリド船長やレオニード・ミロノヴィチ・ゲオルギエフスキー副長、それに同船に同乗してインベーダー級航宙艦ズーコフ号に帰るヨハン・グートシュタイン艦長らは、政治家たちの来るパーティーに参加せずに済んで、一安心と言った顔だった。エンデバー号のエルゼ・ディーボルト船長やエレーナ・アルセニエヴナ・ゴリシニコワ副長らは、逆にパーティーに参加できない事を愚痴っていたが。
ゾディアック号とエンデバー号が商用航宙に出発して11日目、今日はオーバーゼアー城の中庭にて、ガーデンパーティーが開かれていた。無論、キースの昇進祝いのパーティーなのだが、惑星ネイバーフッドの政財界の重鎮やその取り巻きが、ぞろぞろと多数出席していたため、まるで政治家のパーティーの様相を呈していた。
キースは短めで切れの良い開式挨拶を行って出席者から好評を博していたが、後に続くメランダー首相以下来賓の祝辞がえらく長かったため、ちょっと台無しになった気もしないでもない。そしてキースは来賓挨拶が終わると共に、メランダー首相に拿捕されていた。
「いや、昇進おめでとうハワード中佐。」
「はっ。ありがとうございます、首相。」
「うむうむ。実際の所、あれだけ鮮やかにドラコ連合軍、クリタ家のやつらを打ち破ったのだ。部隊の規模からしても、少佐と言う階級は控えめに過ぎると思っておったのだよ。」
「いえ、これも惑星軍の皆様方や惑星政府の有形無形のお力添え、それに前惑星守備隊の『エフシュコフ剛腕隊』の努力も忘れてはいけません。それがあったればこその成果です。」
「謙虚だな、中佐は。ははは。」
キースとメランダー首相は、2~3の他愛ない話題の会話を交わす。そうしてからおもむろに、メランダー首相は本題に入った。
「ところでだな、ハワード中佐……。幸いにも我が惑星は、この惑星全土をクリタ家から取り返す事ができた。だが戦禍の残滓により、惑星の民は困窮しておる。」
(あー、それはそうだよな。メックウォリアーRPGでも、領地内で戦闘行為があった場合、領地の収入がガタ落ちになるルールがあったもんなあ。……1個大隊クラスの部隊2つがぶつかったんだもんな。経済的にかなりの損失が見込まれるだろ。)
「不幸中の幸いと言ってはなんだが……。主力産業とは言えん軽工業に若干の打撃はあったものの、この惑星の収入の大部分を占める農産物に関しては、農地に被害は無く戦いが終わった。」
キースは内心で頷く。此度の敵であったジョー・タカハタ少佐はアレス条約を一応とは言え守る人物であった。アレス条約によれば、如何なる理由があろうとも民間目標に対する攻撃を行ってはならない事になっている。そして農業施設は、この民間目標であるとしっかり明記されているのだ。
「だが……。一時的とは言え、30%を敵の支配下に置かれていた事は確かだ。そのため他星系との交易に悪影響が出ている。他星系へ輸出していたはずの農産物……穀物が主だが、輸送船が来なくて多数倉庫で眠っている状況なのだよ。このままでは古くなり、値が下がる一方なのだ。」
(そう言えば、ゾディアック号とエンデバー号、この惑星からは商品として穀物を始めとする農産物を大量に買い付けて行ったっけ。詰め込めるだけ詰め込んで。……農業惑星なのに、農産物の冷蔵技術も未熟なんだよなあ、ここの惑星。)
「共和国が、航宙艦さえこの星系に寄越してくれるなら……。」
そこまで聞けば、メランダー首相が何を望んでいるのか誰だって理解できる。キースは口を開いた。
「わかりました。我々の伝手で、ライラ共和国政府に働きかけてみましょう。できるだけ早く、できるだけ多くの航宙艦と商用降下船を、この星系に送り込んでくれる様に。」
「おお!本当かね!?ありがとう、本当にありがとうハワード中佐!!」
「いえ、お礼は共和国政府への働きかけが上手く行ってからで結構ですよ、メランダー首相。」
「……本当に貴官は謙虚だな、中佐。だが、この礼は必ずや何らかの形で返させてもらうよ。」
助力をすると言う言質は与えたが、謝礼を貰うと言う言質は取った。と言うか、互いに言質を与えあう事を前提に話をしていた様な物だ。その後、若干の世間話をした後、メランダー首相はキースの傍を離れて行った。だがキースはそれで解放されたわけでは無い。他にもキースと話をしたがっているお偉いさんは、まだいるのである。流石にキースの迫力に物怖じしている者も少なく無いが。
やがて話が一段落ついて、キースは一時解放された。彼はサイモン老を探す。先ほどメランダー首相と約束した事を、サイモン老に頼んでおかなければならない。果たして、サイモン老はすぐに見つかった。
「ああ、サイモン中尉。楽しんでいる所を悪いが、少し話がある。」
「はい、何でしょうかの、隊長?」
「実は……。」
キースは先ほどのメランダー首相との会話を、要点だけサイモン老に話す。サイモン老は考え込む。
「うーむ、となるとヨアヒム・ブリーゼマイスター侯爵がいいですかのう……。いやエレン・ヴォールファート女伯爵の方が……。アルベルト・エルツベルガー公爵ならば確実ですが、あのお方は少々偉過ぎますからのう、この程度の事で借りを作るのが怖いですの。」
「……相変わらず、凄い人脈だな。恒星連邦だけじゃなしに、ライラ共和国内部にもそれだけ伝手があるんだから。」
「坊ちゃ……隊長とて、恒星連邦だけなら既に偉く人脈を持っておるでは無いですかの。」
「ははは。」
キースは苦笑する。と、そこへ突然声がかかった。まあキースは誰かが近づいて来るのは感じ取っていたので、驚きはしなかったのだが。
「隊長!」
「エリーザ曹長、どうした?」
「この娘が用があるみたいよ。それとサイモン中尉との話が終わったんなら、ちょっと中尉を借りてもいいかな?」
「あ?うむ、サイモン中尉が良いならかまわないが。」
キースがそう言うや、エリーザ曹長はサイモン老を引っ張っていってしまう。
「ほ!?ちょ、ちょっと待ってくれんかの?いったい何の用だわいな?」
「いいから、いいから!」
「……何だったんだ、一体。」
キースは、ぽつりと言葉を漏らした。そこへ再度声がかかる。それはキースの愛弟子だった。
「キース中佐!よ、よろしければ、お飲み物をどうぞ!」
「む?イヴリン軍曹か。ありがとう、頂こう。……うむ、美味いな。」
「え、エリーザ曹長がキース中佐は偉い人たちとのお話で、喉がかわいてるだろうと……。それで、何か飲み物を選んで持って行ってあげなさいと……。」
「そうか、貴様が選んだのか?中々良いセンスをしているな。うむ、美味い。」
イヴリン軍曹は、頬を紅く染めて嬉しそうにしている。キースは、後でエリーザ曹長にも礼を言っておこうかと考えた。まあ、この場で口に出してイヴリン軍曹の喜びに水を差すつもりは無いが。
(小さくてもレディだしなー。目の前で他の女褒めたりするのはタブーだって、どっかで読んだか聞いたかした覚えがある。)
その後、再度キースはお偉いさんの群れに捕まったりするのであるが、とりあえず一時は気が休まる時間を過ごせたのである。
3026年8月1日、キースはオーバーゼアー城指令室の主スクリーンで、修復なった4機の60tスティングレイ戦闘機が、飛行試験を兼ねた訓練飛行をしているのを見ていた。航空兵たちの操縦技量はそこそこであると言えたが、アロー1~4番機、ビートル1~2番機の歴戦の熟練パイロットたちと比べると、その差は歴然としていた。
「ううむ、もっと訓練が必要だな。それと機体が壊れていた間のブランクも大きい様だ。」
「そうっすね。いかに重戦闘機っつっても、何度も攻撃を受けたらやっぱり墜ちますからね。もっと鍛えなきゃ、駄目っす。最低でも、ヘルガ中尉たちに追随できる程度に。」
キースの隣でそれを見ていたのは、気圏戦闘機隊A中隊中隊長、ライトニング戦闘機1番機、アロー1を操る航空兵、マイク中尉だ。彼の言葉を分析すると、ビートル3~6番機のスティングレイ戦闘機の乗り手たる航空兵たちの能力は、ビートル1~2番機のトランスグレッサー戦闘機を駆るヘルガ中尉、アードリアン少尉に全く付いて行けないレベルでしか無いと言う事になる。
「マイク中尉、アロー5とアロー6はどうだ?」
「あいつらも筋は悪く無い、と思うんすけどねえ……。同じく徹底的に練度不足っす。それでもビートル3からビートル6に比べれば、実機が直るのが早かったし、一度実戦にも出てるっすからマシはマシっす。でもやっぱり鍛えないと駄目っすね。お……。」
2人がスクリーンを見ていると、別の2機の気圏戦闘機、ビートル1番機とビートル2番機のトランスグレッサー戦闘機が現れた。そして慌てた様に散開して逃げるビートル3番機から6番機の4機の後ろに、ぴたりとつく事を繰り返す。おそらくスティングレイ戦闘機4機の操縦席では、演習モードによる被撃墜信号が出た事だろう。
「あー、見事っすね。ヘルガ中尉とアードリアン少尉は。俺やジョアナでも油断すると危ないレベルっす。ミケーレ少尉やコルネリア少尉と、ほぼ同等の腕前っすねえ。」
「キース中佐。」
「ジャスティン少尉か、何か?」
その時、指令室の副官席に座っていたジャスティン少尉が声を掛けて来た。キースはそちらに顔を向けて用件を問う。
「はっ。ただ今、外線電話が入りまして……。歴史学者のジョエル・ボールドウィンと名乗る人物ですが、中佐にお会いするためのアポイントメントを取りたいと言っております。」
「歴史学者?」
「はい……。」
キースは一瞬考え込む。
(歴史学者って言ったら、この時代のソレは本物の学者と言うよりも、遺物を星間連盟期とかの遺跡から発掘して、それを売っ払う事で生計を立ててる奴らだよなあ……。言わば山師だよなあ……。怪しさ大爆発なんだが……。)
「どうなされますか、中佐?」
「うむ……。俺の予定はどうなっている?近いうちに空いている時間はあるか?」
ジャスティン少尉は、手帳を手繰る。
「はい、明日の午後に「学生たち」への戦術理論の講義を終えた後、2時間空いております。」
「そうか……。トレーニングか、筐体が空いていたらシミュレーター訓練でもしようかと考えていたんだったな。」
「では断りますか?」
キースは一瞬だけ考えて言った。
「いや、会おう。」
「「「「「「え゛!?」」」」」」
話を聞いていた、その場のオペレーターたちまで含めた全員が、驚きの声を上げた。実際キースにとっては気まぐれでしか無かったのだが、この会談が後に大きな意味を持って来るのだった。
さて、主人公はとうとう中佐に昇進いたしました。これで少しは舐められなくなるでしょうね。
え?
最初からなめてかかる奴なんて、迫力的に、いない?
そんな事ないです。まともに会った事なければ、迫力なんて伝わりませんから。肩書と言うのは大事なんです。
で、最後に突然連絡を取って来た歴史学者。はたして何者なのか!!