鋼鉄の魂   作:雑草弁士

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『エピソード-060 狙いは敵主力』

 3026年11月1日、キースはいつも通り副官のジャスティン少尉を従えて、アル・カサス城の整備棟で、修理なったバトルメックや気圏戦闘機の威容を眺めていた。と、キースはサイモン老が近づいて来るのに気付く。彼はサイモン老に声を掛けた。

 

「見事だ、サイモン中尉。『SOTS』の機体だけでなく、『アリオト金剛軍団』第2中隊の機体も万全だ。」

「わしだけの力ではありませんですわい。ジェレミー少尉もニクラウス少尉もクレール少尉も、皆配下の整備兵を上手く使い指揮して、『アリオト金剛軍団』の整備兵たちとも協力して、良く働いてくれましたでのう。」

「そうか、良くやってくれたな、ジェレミー少尉。」

「はっ!ありがとうございます!」

 

 サイモン老の斜め後ろに控えていた、サイモン老の愛弟子とも言える整備兵、ジェレミー・ゲイル少尉が嬉しそうに礼を言う。キースは頷くと、再びサイモン老に話し掛ける。

 

「これで明日、敵拠点Bへの攻撃作戦が決行できる。サイモン中尉は、間接砲撃手として付いて来てもらう事になるが、大丈夫か?」

 

 敵拠点Bとは、例の遺跡都市の事である。幹部扱いの大尉待遇中尉であり、整備中隊中隊長でもあるサイモン老には、遺跡都市にメック倉庫がある事を話してあるのだ。だがここには他にも普通の整備兵が多々いるので、わざとぼかして言っているのである。サイモン老はキースに答えた。

 

「わしがいない間は、ジェレミー少尉に後の事は任せておきますでの。『アリオト金剛軍団』の不稼働メックは、今のところメック戦士が全員負傷中だもんで、無理に直してもあんま意味は無いですからのう。のんびりやってくれて、かまわんでの、ジェレミー少尉。」

「はっ!お任せください!」

「流石だな。頼んだぞジェレミー少尉。」

「はいっ!」

 

 サイモン老とキースの言葉に、元気よく応えるジェレミー少尉。キースは頷きながら、整備兵たちに言った。

 

「では俺は行く。何かあったら司令執務室まで頼む。」

「はっ。了解ですわ、隊長。」

 

 サイモン老とジェレミー少尉は敬礼を送って来る。答礼を返し、キースとジャスティン少尉は司令執務室へ戻るために踵を返した。

 

 

 

 翌日の早朝、キースたち『SOTS』の第1、第2、第3中隊はアル・カサス城の城門を出た。ベネデッタ・フラッツォーニ伍長のフェレット偵察ヘリコプターが先行偵察を行うために飛翔する。更に、サイモン老の乗るスナイパー砲搭載車両、ジャスティン少尉が操る指揮車両、軍医キャスリン軍曹が使用する機動病院車MASH、歩兵2個小隊が搭乗した装甲兵員輸送車8台、2台の燃料補給車が随伴した。

 ちなみに指揮車両が来たのは、その強力な通信システムでアル・カサス城との連絡を確保するためであり、別にジャスティン少尉が指揮をするわけではない。『SOTS』のバトルメック36機は、その威容を誇示するかの様に、堂々と東の遺跡都市へと向かい、歩みを進める。なお降下船を移動に使わなかったのは、アル・カサス城に備蓄されていた推進剤の量が心許なかったためだ。

 キースは心の中だけで考えた。

 

(都市の廃墟だから、都市戦闘になるよなあ。既に民間目標じゃないんだから、相手は立て籠もって戦闘をするだろ、たぶん。話では、星間連盟時代の要塞化された都市だって話だからなー。一応オスニエル公爵閣下から、都市のマップは貰ってるけど……。

 脆弱建造物、軽構造建造物、重構造建造物、強化建造物いずれも存在してるよなあ。一応皆に注意はしておいたけど……。強化建造物以外にはメックで登るな。登っても、できるだけ早く降りろ。道路では絶対に走るな。ジャンプ移動力を持つメックはジャンプを多用しろ。都市戦闘では歩兵にいつもの倍の注意を払え。……厄介だよなあ、都市戦闘は。)

 

 キースの眼前のスクリーンには、乾ききった荒野が広がっているのが映っていた。キースはマローダーを進ませ続ける。

 

(できれば第4中隊ではなく、俺たち『SOTS』第1か第2、第3中隊のどれかが『アリオト金剛軍団』第2中隊と行ければ良かったんだけれど……。そうも行かなかったからなあ。敵『第25ラサルハグ連隊C大隊』は、第1、第2、第3中隊の編成を知っているからなー。俺たちが表立って出ていかなけりゃ、不審に思うに違いないだろ。……ケネス大尉とペイジ大尉を信頼するしかないんだよなー。

 あの2人は、生真面目同士で気が合うのが幸いだあね。……生真面目同士ってのは、下手したら反発し合ってどうしようも無くなるけど、気が合って良かったよな。あっちのチームの指揮をどちらが執るかでちょっと揉めたけど……。お互いに相手を尊重し合って、遠慮し合ったんだよなあ。はぁ……。結局は図上演習でやり合って、勝利したケネス大尉が指揮を執ることになったけどさあ。)

 

 とりあえずキースはその辺りで考えるのを止め、操縦と行軍に集中した。

 

 

 

 そうして昼食時の休憩を除いて、ほぼ丸1日行軍したキースたちは、本日の野営予定地に到着した。辺りは暗くなりつつある。キースはマローダーから指揮車両の通信設備を介して、アル・カサス城に連絡を入れた。

 

「こちらキース・ハワード中佐。アル・カサス城指令室、応答せよ。」

『こちらアル・カサス城指令室、テリー・アボット大尉待遇中尉です。』

「テリー中尉、こちらは今のところ問題ない。予定通りに野営地に到着したところだ。城と、ケネス大尉のチームはどうなっている?」

 

 キースの問いに、テリー中尉は答える。

 

『アル・カサス城は平穏無事です。ですが、城に残っている戦力が機甲部隊の戦車中隊と、気圏戦闘機隊のうち偵察に出ていない機体だけだと言うのが、少々心細いですね。それに気圏戦闘機隊は事が始まれば、出撃してしまうのですし……。

 ケネス大尉のチームは、予定通りの行程を消化してこちらも野営に入った所だそうです。』

「了解だ。偵察兵たちや、偵察に出た気圏戦闘機アロー5、アロー6からの高高度偵察の結果はどうなっている?」

『敵拠点Aサンタンジェロ城を見張っているネイサン軍曹からの報告では、サンタンジェロ城からバトルメック1個大隊弱が発進した模様です。正確な機種と数は、今からデータ通信でそちらに送信します。なおそちらを高高度より偵察しているアロー5からの報告では、そのメック大隊はどうやらキース中佐のチームを迎え撃ち、妨害する意図がある様です。第1、第2、第3中隊とかち合う様な方向へ移動していますね。

 敵拠点Bの都市の廃墟を偵察したアロー6からの報告によりますと、敵拠点Bに駐留しているメック中隊には動きが無い模様です。』

「わかった。敵の動きは予想通りだな。まあ予想から外れていたら、それなりの対処をするだけなんだが。……それでは城の事は頼んだぞ、テリー中尉。以上、交信終わり。」

 

 キースはアル・カサス城との通信を終えると、隊内回線に切り替えて一同に通達した。

 

「野営の準備は済んでいる様だな。メック部隊、立哨の順番は第1中隊、第3中隊、第2中隊の3直だ。最初の立哨の第1中隊は、偵察小隊、火力小隊、指揮小隊の順序で夕飯を喫食し、終了後即座にメックに戻り立哨を開始せよ。歩兵部隊はエリオット大尉に任せる。」

『『『『『『了解!!』』』』』』

 

 各隊員からの返答が返って来る。ちなみに立哨の順番についてだが、当初キースは自分の第1中隊が真ん中の真夜中の立哨を担当しようとした。だが第2中隊中隊長のヒューバート大尉、第3中隊中隊長のアーリン大尉から反対されて、その意見を引っ込めたのである。ちなみに反対理由は、最大戦力である第1中隊は、最も楽な最初の立哨を行い、確実に身体を休めておくべきだ、と言う物である。そう言われては、キースも反論はできなかった。

 やがて喫食の順番が来て、味が妙に濃い戦闘糧食で腹を満たしたキースは、さっさとマローダーの操縦席に戻る。アンドリュー曹長とエリーザ曹長も機体に戻ったのだろう、ライフルマンとウォーハンマーからサーチライトの光が投げかけられていた。偵察小隊の副隊長、ヤコフ・ステパノヴィチ・ブーニン少尉の35tメック、オストスカウトがその強力なセンサーを全開にして、周囲を見張っている。

 ふとその時、隊内回線から誰かの愚痴が聞こえてくる。

 

『ほへ~。丸1日行軍したってのに、その後すぐに立哨かよ……。あー、早く交代の時間になんねーかね。』

『聞こえてっぞ、エドウィン伍長。』

『げぇっ、師匠、いやアンドリュー曹長!?あ、え、通信回線のスイッチ入ってた!?』

 

 苦笑混じりのアンドリュー曹長の声が、マローダー操縦席のスピーカーから響く。

 

『隊内回線のスイッチで良かったな。これが一般回線や外部スピーカーだったら、隊長やジーン中尉から怒られるだけじゃ済まねえぞ?』

『まあ今回も怒るは怒るんだがな。エドウィン伍長、立哨が終わったら寝る前に腕立て伏せ200回だ。この間貴様は誕生日を迎えただろう?そろそろ肉体的懲罰を課してもかまわんだろう。』

『は、はいっ!!小隊長、申し訳ありませんでした!!』

『言っとくけどよ、エドウィン。最初の立哨は、いちばん楽なんだからな?終わったら、朝まできっちり眠れるんだしよ。第3中隊なんか、いちばんきつい真夜中の立哨なんだぜ?……ま、俺もブーブー言ってた時期はあったけどな。』

 

 アンドリュー曹長の台詞に苦笑して、キースはそこに割り込む。

 

「あー、無駄口はその辺にしておけ。やはりバトルメックでの長距離行軍訓練は、やっておくべきだったな。エドウィン伍長、今回はジーン中尉が先に制裁を決定したからこれ以上は言わん。だが、今後注意しろ。」

『ちゅ、中佐!!了解!!』

 

 そんなグダグダな情景を挟んだが、やがて何事も無く1直目の立哨は終わる。キースはガウンを身に纏ってマローダーから降りると、歩兵たちが用意してくれていた天幕に入り、寝袋に潜り込むとあっと言う間に眠ってしまった。

 

 

 

 やがて朝が来る。目覚ましの音にキースは一瞬で覚醒し、さっと起き出すと朝食の準備に入った。歩兵たちから戦闘糧食のパックを受け取った彼は、マローダーの傍らまで行くと、片脚の放熱器に水を入れたコッヘルとヤカンを突っ込む。お湯はすぐに沸いた。彼は戦闘糧食のレトルトパックをコッヘルに突っ込み、ヤカンのお湯でコーヒーを、沸かして無い水で粉末ジュースを作る。

 ふとキースが周囲を見遣ると、天幕の脇で彼と同じくガウン姿のイヴリン軍曹が、戦闘糧食に付属のレーションヒーターを使って、レトルトパックを温めようとしている所だった。彼はイヴリン軍曹に声を掛ける。

 

「イヴリン軍曹、サンダーボルトの放熱器は使わないのか?」

「あ、えっ!?あ、キース中佐!お、おはようございます!!」

「うむ、おはよう。」

 

 敬礼をしてくるイヴリン軍曹に答礼を返しながら、キースは改めて訊く。

 

「サンダーボルトの脚の放熱器が、調子でも悪いのか?」

「えっ、いえ絶好調です!」

「なら、こうやって放熱器でお湯を沸かした方が早いし、確実にレトルトが温まるぞ。メック戦士だけの特権だな。ああいや、戦車兵も戦車に放熱器を搭載している車種があるから、彼らも可能か。」

 

 そこへイヴリン軍曹の同僚たる、火力小隊『機兵狩人小隊』のギリアム軍曹とアマデオ軍曹がやって来る。彼らはイヴリン軍曹がレーションヒーターを使いかけていたのを見て、頭を掻いた。そして彼らはキースに敬礼する。

 

「「おはようございます、キース中佐。」」

「うむ、おはよう。……貴様らはもしかして、イヴリン軍曹に放熱器を使ってお湯を沸かすやり方を、教えに来たのか?」

「は、はあ。うっかり昨夜のうちに教えておくのを失念いたしまして。」

「それで今朝は急いで来たんですよ。」

 

 キースは温まったレトルトパックをコッヘルから取り出して携帯用食器に盛り付け、早速食べ始める。

 

「何にせよ、3人とも食事を急げ。今日中に会敵する予定だからな。」

「「「了解!!」」」

「ああ、それとイヴリン軍曹。コッヘルやヤカンは放熱器に置き忘れるなよ。俺は以前メック戦士養成校で、長距離行軍の訓練中にそれをやらかして、教官から散々に叱責された。その上養成校付の整備兵からも叱られて、俺の機体担当の整備兵と助整兵全員に奢るはめになった。注意しておけ。」

「はい!!ありがとうございます!!」

 

 3人はキースに敬礼をして、その場を立ち去る。キースも彼らに答礼をすると、朝食の続きに戻った。

 

 

 

 そしてその日の昼過ぎである。キースはアル・カサス城からの通信を、指揮車両を介して受け取っていた。

 

「……なるほど。ビートル6の最終報告では、高高度偵察の結果、1時間以内に当方とサンタンジェロ城から出た敵部隊が会敵するんだな?」

『はい。敵メックの陣容は、航空写真の解析結果から変化はない物と思われます。』

「了解した。適当な所で陣を張って待ち構える。幸いにして、この先に程よく開けた場所があるんだ。ではまた戦闘後に。」

『了解。交信終わり。』

 

 通信を終えたキースは、隊内回線を開くと指揮下の全部隊に通達する。

 

「スナイパー砲車両、指揮車両、MASH、装甲兵員輸送車、燃料補給車はここで停止せよ。指揮車両ジャスティン少尉、先行偵察を行っているフェレット偵察ヘリコプターからの連絡は?」

『はっ!先ほど定時連絡を終えた後は、未だ何も。』

「そうか。何か言って来たら、すぐこちらに回線を回す様に。メック部隊、これより5分ほど東に全力移動した場所、XA-283地点に、開けた場所がある。戦場にはもってこいだ。これよりメック部隊はXA-283地点に部隊展開し、そこで敵を待ち受ける。」

 

 キースの言葉に、各々の隊から了解の返答が来る。

 

『第2中隊ヒューバート大尉、了解!』

『火力小隊『機兵狩人小隊』サラ中尉待遇少尉、了解。』

『偵察小隊ジーン中尉、了解。』

『第3中隊アーリン大尉、了解です!』

「よし!ではメック部隊、全速前進!」

 

 『SOTS』の第1、第2、第3中隊機は、全速で東へとひた走る。やがて周囲が開けた地形へと変わった。その地形の中央には、あまり綺麗な水ではないものの、若干の水場が存在している。キース直卒の第1中隊を中央に置いて、第2中隊は右に、第3中隊は左に展開を開始した。キースは第1中隊偵察小隊小隊長、ジーン中尉に通信回線を繋ぐ。

 

「ジーン中尉、そちらの副長のヤコフ少尉に、オストスカウトのセンサーに集中する様に伝えてくれ。敵影を察知したら、すぐに知らせる様に。」

『了解。キース中佐のマローダーとの間に、直通回線を開かせます。』

「助かる。」

 

 そして15分が経過した頃、後方の指揮車両よりキースのマローダーに通信が入った。

 

『こちら指揮車両、ジャスティン少尉です。フェレット偵察ヘリコプター、ベネデッタ伍長より報告です。回線を回します。』

『……こちらフェレット偵察ヘリコプター、ベネデッタ伍長!敵メック部隊を遠距離にて確認しました!敵も当方を発見した模様で、こちらへ向かって来ます!』

「ベネデッタ伍長、XA-262地点に指揮車両他が待機している。XA-283地点のメック部隊上空をフライパスして、そちらへ退避する様に。」

『了解!!』

 

 その通信があって間もなく、ヤコフ少尉から報告が入る。

 

『こちら偵察小隊ヤコフ少尉。フェレット偵察ヘリコプターの反応を確認。こちらへ向かって全速で飛んでいます。その後方に、敵メック部隊と思われる反応を確認。64.8km/hでこちらへ移動中。』

「了解だ、ヤコフ少尉。そのまま監視を続けてくれ。貴官のオストスカウトは、無理に攻撃に参加せずとも良い。それよりは、味方にセンサー情報を不足無く送る事に集中するんだ。貴官とそのメックは、我が部隊全体の「眼」である事を常に念頭に置いておけ。」

『了解!』

 

 やがてフェレット偵察ヘリコプターが、上空を後方に向かい飛び過ぎる。そして再度、ヤコフ少尉からの報告があった。

 

『もう間もなく、敵が前方丘陵陰から姿を現します!20秒前……10、9、8……。』

「全メック部隊、機会射撃用意!前衛は前進を開始せよ!サイモン中尉、XA-283-55にスナイパー砲発射!風向と風力はWSWに2単位!」

『こちらサイモン中尉、了解!』

『……3、2、1、0!』

「撃て!」

 

 キースの命令により、敵の先頭に立っていたK型ウルバリーン3機、K型フェニックスホーク4機が1個大隊の遠距離武器による集中砲火を浴びる。その射撃の6割は外れたが、残り4割……主に第1中隊の指揮小隊、火力小隊『機兵狩人小隊』、そして第2、第3中隊の指揮小隊による攻撃だったが、それは見事に命中した。K型ウルバリーンのうち2機、K型フェニックスホークのうち2機が、片脚を折り取られるなり、胴中央の装甲を貫かれてジャイロを破壊されるなり、あるいは頭部に命中弾を受けてメック戦士が脱出するなりして、動けなくなる。

 無論敵も応射してきたが、距離がややあって自分自身が走行していた事と、目標になった『SOTS』側の前衛が全力移動していた事で命中は殆ど覚束ない。ごくわずかに、マテュー少尉のサンダーボルトが胴体に大口径レーザーを1発受けたが、それだけである。

 ここで敵の通常型アーチャー2機とパンサーが、キースたちに対し丘陵を使い部分遮蔽になる位置取りを行う。普通であれば、これは極めて有効な戦術である……はずだった。

 

『甘いんだよ!隊長、ちょうど撃ち頃の距離にいてくれてるぜ!?』

「ああ、遠慮なく撃たせてもらおうか。アンドリュー曹長。それとだ、サイモン中尉、XA-283-48に1発頼む。」

『サイモン中尉、了解ですわ!』

 

 アーチャー2機とパンサーからの射撃が、第3中隊中隊長機のバトルマスターに降り注ぐ。だがアーリン大尉の愛機となったその機体は、強靭無比の装甲でそれを耐え抜いた。そしてそのアーチャー2機に、キース機から粒子ビーム砲2門、アンドリュー曹長機から中口径オートキャノン2門に大口径レーザー1門が発射された。それらは吸い込まれる様にアーチャー2機の頭部に命中し、装甲を突き破る。片方のアーチャーは緊急脱出に成功したが、もう片方はメック戦士が操縦席ごと焼かれた模様だ。

 僚機が2機とも倒されたのを見たパンサーのメック戦士は、かえってこの状態が危険だと理解したのだろう、ジャンプジェットを噴かして丘陵の陰を捨てて前に出て来た。

 

『凄い技量ですね、キース中佐。』

 

 偵察小隊のジーン中尉が、そう言いながらグリフィンの粒子ビーム砲で敵のグリフィンの左脚を吹き飛ばして仕留める。彼女自身、最高レベルには流石にほど遠いが、充分に高い腕前である。

 

「そうかね?……サイモン中尉、XA-283-37、その次はXA-283-26にぶち込んでくれ!」

『サイモン中尉、了解ですわい!』

 

 ヒュウウゥゥ……、ドガッ!!

 

 ここでスナイパー砲の1射目が着弾する。後方に陣取って長距離ミサイルを打ち上げていた、敵のクルセイダーが餌食になる。その隣にいた同じく敵のクルセイダーと通常型フェニックスホークが、見事に巻き添えになった。

 そして味方のバトルマスター、オリオン、ウォーハンマー2機、サンダーボルト3機、ウルバリーン、シャドウホーク3機が敵陣深くに斬り込んで行く。さすがに接近戦になると、敵からの命中弾も多い。しかし敵のダメージはそれ以上である。敵のK型や通常型のフェニックスホークなど、高機動のメックが味方の後衛を叩こうと突入してくるが、それは味方側のフェニックスホークの群れに遮られた。

 

 ヒュウウゥゥ……、ドガッ!!

 

 再度スナイパー砲が着弾する。今度は敵後方で狙撃していた、敵のライフルマン2機を大きく巻き込む形で着弾した。

 

 

 

 敵部隊は、散々に叩かれて敗走した。おおよそ1/3近くは、メックを倒したであろうか。そして今、戦利品の網を担いだマローダーを歩かせながら、キースは遺跡都市に向かった部隊からの報告を聞いていた。ちなみにこの通信は、マローダーから指揮車両を介し、相手部隊に付いていかせたスィフトウィンド偵察車輛を経由して、相手部隊の指揮官であるケネス大尉のウルバリーンに回線を繋いでいる。

 このケネス大尉を指揮官とする部隊は、『SOTS』の第4中隊と『アリオト金剛軍団』の第2中隊からなる2個メック中隊である。更にキースは、これに第1歩兵中隊第3小隊と第4小隊を付けて遺跡都市へと送ってやっていた。無論、歩兵は可能な限り対メック戦闘には担ぎ出さないと言う前提である。この部隊は、キースたち『SOTS』の第1、第2、第3中隊がアル・カサス城を出る前夜に、夜闇に紛れてIR偽装網を被り、こっそりと進発していた。

 そして次の日の朝に、キース達『SOTS』第1、第2、第3中隊が堂々と姿を見せて出発し、敵主力部隊が遺跡都市を奪還されるのを防ごうと攻めかかって来るのを、今か今かと待ち構えていたのである。第1、第2、第3中隊の目的は、遺跡都市の奪還ではなく、敵主力の誘因と撃破にあったのだ。第4中隊と『アリオト金剛軍団』第2中隊が、遺跡都市を奪還するのを阻止されないために。

 キースはケネス大尉に問いかける。

 

「……で、隊員は全員無事なんだな?第4中隊も、『アリオト金剛軍団』も。」

『はっ。機体脱出に追い込まれた者も、軽度の負傷で済んでおります。しかしながら……。』

「ああ、隊員が無事ならば良い。失機したわけでも無いんだ。メックの損傷はそこまで気にするな、ケネス大尉。勝ちはしたんだろう?」

『はい……。』

 

 そう、ケネス大尉たち第4中隊と『アリオト金剛軍団』第2中隊は、見事勝利して遺跡都市を奪還した。したのだが、バトルメックの大半が損傷を負い、『SOTS』第4中隊のうち5機、『アリオト金剛軍団』第2中隊のうち4機のメックが、脚を折られるなり頭部を潰されるなりして行動不能状態にされていた。ケネス大尉はその損害の責任を感じ、落ち込んでいたのである。

 

「勝ったんだろう?戦略目標である敵拠点Bも奪還に成功した。これ以上望むのは贅沢と言う物だ。大丈夫だ、フェニックスホークでなければ部品はストックがたくさんある。フェニックスホークであっても、部品補充の当てはある。だから心配するな。

 今そちらに、損傷の少なかった第2中隊を向かわせている。第2中隊が着いたら、それと入れ替わりで損傷機と戦利品、捕虜を連れてアル・カサス城に帰還してくれ。」

『了解です。第2中隊の到着を待ち、交代でアル・カサス城に帰還いたします。』

「うむ、そうしてくれ。交信終わり。」

 

 通信を切ったとたん、キースは神経反応ヘルメットに覆われた頭を抱えた。この状態でも、マローダーをきちんと操縦しているのだから、凄い技量だと言える。彼は内心で呟く。

 

(フェニックスホーク2機とD型フェニックスホーク、エンフォーサーが脚を折られて、もう1機フェニックスホークが頭を潰されて操縦席を破壊されてるって……?エンフォーサーはまだ大丈夫だけど、フェニックスホーク系は部品が足りないぞ?頭潰された奴は、操縦席の予備があったはずだから、すぐに復帰できるけど……。脚折られたやつはなあ……。

 脚折られて、脚周りの駆動装置とか破壊されてないなんて事は無いだろうなあ。足駆動装置ならともかく、大腿駆動装置や下腿駆動装置はストック無いぞ?損傷機同士の共食い整備で、復帰できるのは何機かなあ。注文した部品、届くのは何時になるか判らないんだよなあ。ケネス大尉を元気づけるために、先ほどはああ言ったけど。)

 

 キースはこの件について内々で相談するため、サイモン老のスナイパー砲車輛に個人回線を繋いだ。

 

 

 

 2日後の朝、キース達はアル・カサス城に到着する。更にその日の夕刻には、第4中隊と『アリオト金剛軍団』第2中隊がアル・カサス城に辿り着いた。『アリオト金剛軍団』第2中隊中隊長クリフ・ペイジ大尉は、半壊した『アリオト金剛軍団』を立ち直らせるため、わずかでも資金が欲しいこの時期に、メックを4機も行動不能になるまで損傷させられてしまった事で、大変落ち込んでいた。

 だが幸いと言っては何だが、『アリオト金剛軍団』がぎりぎり最低限保有していたフェニックスホーク用の予備部品と、『SOTS』で確保していたハンチバック用部品、ウルバリーン用部品を等価交換する事により、今回の損傷機体が何とか修理が可能であることが判明する。キースはクリフ大尉と交渉し、お互いに部品を融通し合う事で今回のピンチを乗り越えた。

 

「やれやれ、今回は何とかなったけど……。一刻も早くライラ共和国が部品を送ってくれる様に催促しないといけないな。」

「契約では、戦闘での弾薬、装甲板の損耗は補填してくれて、その他の部品購入も共和国の備蓄を正規の値段で売ってくれるんですよね。」

「嬉しいことに、SHビル払いでな。Cビル払いでないことは助かるんだが……。エンフォーサーの部品は、共和国に備蓄が無いから民間の業者が揃えたやつをCビル払いで買わないといけない。……エンフォーサー、ヴァルキリー、ヴィンディケイターの3機種は、なるべく壊さない様に戦わないとな。弾薬や装甲板だけでなんとかなる様に。」

 

 ジャスティン少尉に応えながら、キースは戦闘報告書を両手で別々に書き上げる。もうこの特技を出しても誰も驚かなくなったのが、少し寂しいキースだった。

 その時、司令執務室の各執務机上の内線電話が鳴る。ジャスティン少尉が電話を取った。

 

「こちら司令執務室。……はい、はい。了解です。キース中佐、サイモン中尉からお電話です。」

「回してくれ。……こちら司令執務室、キース・ハワード中佐。」

『隊長、第3中隊機の装甲張り替えと弾薬補給、完了いたしましたわい。』

 

 キースはサイモン老に応える。

 

「そうか、待っていたんだ。これで第2中隊をアル・カサス城に戻して整備を受けさせられる。」

『引き続き、こちらは先の戦いでの損傷機修理に移りますでの。』

「頼んだ。」

『了解ですわ。では後ほど、口頭では無くきちんと報告書をお届けに上がりますわ。ではこれで。』

 

 今後、遺跡都市へは1週間ごとのローテーションで、第2から第4までの各中隊が駐留することになる。キースは、それと同時に第1歩兵中隊の第2から第4までの歩兵小隊を、交代で向こうに置く事にしようと考えた。

 

(うーん、あとはバトルメックの修理作業台を1基持っていかせよう。遺跡都市に、簡易的な基地機能を持たせないと。運ぶのに、アル・カサス城にある重量物輸送車両借りないといけないかな。向こうまではのんびり行って2日、強行軍で1日半だが、重量物輸送車両を連れて行くんだから2日だな。

 アル・カサス城に推進剤の備蓄があればなあ……。惑星の水処理施設から、融通してもらえないかな、SHビル払いで。推進剤があれば、重量物輸送車両とか使わずに降下船を物資輸送に使うんだけれど。)

 

 推進剤が欲しくとも、湧いて出る物でもない。とりあえずキースは、メックによる歩行と車輛群で第3中隊を遺跡都市へと送り込む事を決めた。第3中隊が向こうに辿り着くのに2日、第2中隊が入れ替わりで戻って来るのにも2日だ。そうしたらその3日後には第4中隊を第3中隊と交代するために派遣しなければならない。2か所の拠点を同時に守るのは、けっこう大変だった。




バトルメックによる長距離行軍訓練は、新兵の教育時に、ぜひやっておくべきだと思います。ただ主人公の部隊には、何故か20tスティンガーが無く、カメレオン練習機も無い上に時間も無かったので、やっておりません。
主人公自身は、士官学校でやったんですけれどね。

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