アル・カサス城の指令室で、キースは遺跡都市にメック部隊第3中隊と歩兵中隊第3小隊の手で設営された、簡易的な仮設前進基地と交信を行っていた。司令席の卓上に設置されている通信設備から、アーリン大尉の声が聞こえて来る。
『まったく、危ないところでした。ヴィクトル少尉の第3歩兵小隊がいなかったらと思うと、血の気がひきますよ。』
「ヴィクトル少尉と第3歩兵小隊には、ボーナスを出さないといけないな。」
『多めに出してあげるように、わたしからもお願いしますね。』
キースとアーリン大尉が何の話をしているかと言うと、仮設遺跡基地が完成したところで、その基地に行われかけた破壊工作についての話である。仮設遺跡基地は、遺跡都市に遺されていたドーム状の重構造建造物を利用して、そこに修理作業台を1基持ち込んで、バトルメック修理施設としての機能を持たせた物だ。ドームの頂上にはアル・カサス城の方角を向いた高指向性アンテナが設置され、アル・カサス城との通信が可能となっていた。他にも、駐留する人員が短期間生活できる様に、様々に手が加えられている。
そんなせっかく造った仮設遺跡基地であるが、ドラコ連合軍の破壊工作員、おそらくは敵側の偵察兵と思われる人員によって、危うく破壊されてしまう所であった。遺跡都市は、かつては現役の都市であったが故に、地下の下水道跡が張り巡らされている。敵工作員は、そこを通ってドームの直下に爆弾を仕掛けようとしたのだ。
しかしここで、歩兵部隊有数の戦術センスの持ち主であるヴィクトル・デュヴェリエ少尉は、地下からの奇襲があり得ると判断した。彼はアーリン大尉と相談し、思い切って地上の警備はメック部隊の立哨に任せ、彼の歩兵小隊は地下の下水道跡を警戒する事にしたのだ。結果、敵の工作員は爆弾を仕掛ける前に発見され、歩兵のレーザー銃の前に斃れたのである。
『工作員の持ってた爆弾が爆発してたら、せっかくの基地が機能を失うだけじゃなしに、メックや整備兵にも被害が出るところでした。特に整備兵を万一殺されでもしたら……。』
「歩兵がもっと増員できればいいんだがな。第2歩兵中隊は、惑星ネイバーフッドを離れる際に解散してしまったからなあ。恒常的に雇用している1個中隊は精鋭だが、数が足りない……。コンドル級降下船でもあれば……。あれは歩兵しか乗せられないが、1個歩兵大隊を乗せられる。
いや、無い物ねだりをしても仕方がないな。再度この惑星で、臨時雇いの歩兵を募集してみるとしよう。ただ、スパイがその中に混じらないように注意をする必要はあるが。」
『そうですね。ところで、わたしの第3中隊と交代でこちらを出た第2中隊は、道程の半ばぐらいまでは行ったはずですね。』
アーリン大尉の第3中隊が遺跡都市に到着し、仮設基地の設営を始めると共に、それまで遺跡都市を守備していたヒューバート大尉率いる第2中隊は、交代でアル・カサス城への帰還の途についていた。
「ああ、それについては野営の時に連絡が来た。明日の昼には到着するはずだ。」
『無事に着くと良いんですが。仮設とは言え基地施設ができたのは、わたしたちが資材を持って着いてからですから……。碌な設備も無い所で1週間は疲れたでしょうし。』
「ああ。戻って来たら、ゆっくり休養してもらうさ。」
だがキース達は、第2中隊が帰って来るとほぼ同時に、ある意味厄介な知らせが飛び込んで来るのを知る由も無かった。その知らせは、惑星公爵オスニエル・クウォーク閣下よりやって来たのだ。
アル・カサス城の司令執務室で、キースは、内心複雑な想いを抱きつつ、オスニエル公爵からの直々の電話に応えた。
「一時休戦及び、捕虜メック戦士や航空兵、鹵獲メックや気圏戦闘機の身代金との交換ですか……。」
『ああ。昨日、条約で定められた正式な休戦旗を掲げた使者がやって来てね。正直この休戦交渉、蹴ってやろうかとも一瞬考えなかったかと言えば嘘になってしまうが……。必死でこの惑星のために戦ってくれた、『アリオト金剛軍団』のメック戦士や航空兵たちを見捨てる事はできないからね。』
それを言われると、キースとしても弱い。『アリオト金剛軍団』は、現在キースの指揮下に入っている。言わばキースの部下も同然なのだ。見捨てるわけには絶対に行かなかった。
『幸い、と言って良いのか……。君たちが鹵獲したメックや捕虜にしたメック戦士の数が、『アリオト金剛軍団』から鹵獲されたり捕虜にされたりした数よりもずっと多かったからね。差し引きでかなり莫大な額が、こちらに入る事になる。まあ、共和国が持っていくんだけれどさ。それでも相手の部隊の軍資金をかなり削る事ができるよ。
ああ、申し訳ないけれど、戻されてきたメックやメック戦士、航空兵や気圏戦闘機を『アリオト金剛軍団』に返す際には、規定上最低限の諸費用は支払ってもらわねばならないんだよ。『アリオト金剛軍団』の戦闘報酬から天引きと言う形で、機体や人員はすぐにでも返せると言うか、そのまま持って帰ってもらって構わないけどね。』
「その程度で済んで、良かったと思うべきでしょうね、『アリオト金剛軍団』にして見れば。本来ならば下手をすれば、敵に支払った身代金全額を共和国から要求される可能性すらあったわけですから。今回は、鹵獲したメックと鹵獲されたメックや気圏戦闘機、捕虜にした人員と捕虜にされた人員の交換と言う形で、費用がかからずに機材や人員を取り戻せましたから。」
『そう言ってもらえると、ちょっと気が楽になるね。』
キースがこう言う話を惑星公爵としているのは、惑星公爵が惑星政府の上に立つ、惑星ソリッドⅢの支配者であるのと同時に、ライラ共和国その物における貴族であるがためだ。このオスニエル公爵は非常に真面目で、惑星における政務も、ライラ共和国全体に対する義務も、なおざりにせずに一生懸命こなしている。
それが故この惑星では、惑星公爵自身がライラ共和国との窓口を務めていた。無論、共和国よりある程度の自由裁量権も、オスニエル公爵は与えられている。最低限の規定さえ守れば、『アリオト金剛軍団』に若干の配慮をする程度の事は権限の範囲内である。
ちなみにこれが、ライラ共和国首都惑星ターカッドあたりの官僚と、超光速のHPG通信か何かで連絡を取って事務処理をした場合、『アリオト金剛軍団』にとってひどい結果になりかねない。たとえば、敵と味方の鹵獲メックを交換するのではなく、相手からは鹵獲機全機分の身代金を取り、こちらからも鹵獲された機体全機分の身代金を払う。形式にこだわるお役所仕事らしいやり方だ。
この場合、最終的にライラ共和国に入る金額は同じである。事務処理が多少面倒なだけで。だがしかし、この場合は相手に支払った身代金の額を、『アリオト金剛軍団』が請求されてもおかしくないのだ。そうなれば、今でさえ危うい『アリオト金剛軍団』の経営は行き詰まり、下手をすれば部隊解散に追い込まれかねない。
オスニエル公爵がライラ共和国との窓口を務めていた事は、『アリオト金剛軍団』にとって非常に幸いであった。そしてそれは、『アリオト金剛軍団』を指揮下に置いているキース、ひいては『SOTS』にとっても幸いと言えるだろう。
惑星公爵はキースに向かって、惑星公爵としてではなくライラ共和国貴族として命令を発する。
『惑星守備隊司令官キース・ハワード中佐に命じる。現時点3026年11月11日より、本日を含め2週間、11月24日までの敵『第25ラサルハグ連隊C大隊』との休戦命令を発行する。並びに、敵からの鹵獲バトルメック、及び捕虜を連れて、3026年11月13日正午までに、惑星首都ソリッド・シティ、アル・カサス城、サンタンジェロ城のちょうど中間にあるブロード平原へ赴け。
現地にて、惑星軍機械化歩兵部隊と合流し、敵との捕虜、鹵獲バトルメック、鹵獲気圏戦闘機の交換、及び身代金の受け取りを行ってもらう。ああ、死亡した敵の遺体の引き渡しも一緒に行ってくれ。受け取った身代金は、惑星軍機械化歩兵部隊が首都まで運ぶ。何か質問は?』
「はい、いいえございません閣下。命令、了解いたしました。『SOTS』『アリオト金剛軍団』は、鹵獲バトルメック及び捕虜を、3026年11月13日正午までにブロード平原まで護送いたします。」
『頼んだよ、ハワード中佐。以上だ。』
電話は切れた。キースは副官のジャスティン少尉に向け、指示を出す。
「ジャスティン少尉、捕虜交換が決まった。歩兵中隊の第1、第2小隊に捕虜移送の準備をさせる様に連絡してくれ。それと霊安室に保管してある、敵『第25ラサルハグ連隊C大隊』大隊長タケシ・ユウキ少佐とメック戦士カースィム・ターヒル・マジード少尉の遺体を運ぶ準備も、手配を頼む。捕虜交換の際に、一緒に引き渡す。」
「了解です。」
ちなみに『第25ラサルハグ連隊C大隊』大隊長のタケシ・ユウキ少佐の方は、遺体は首が折れているだけで綺麗だが、カースィム・ターヒル・マジード少尉の方は粒子ビームでメックの操縦席を焼かれたため、かなり無残な状態になっている。ちなみに両名の氏名階級は、捕虜にしたメック戦士たちを尋問した結果、判明していた。
キースは先ほど置いたばかりの受話器を取り上げると、指令室と整備棟に内線電話をかけた。内容は、鹵獲バトルメックの移送準備の命令と、それに随伴して現場に赴く味方バトルメックの修理状況の確認である。予定では、『SOTS』の第1中隊、第2中隊、それに『アリオト金剛軍団』の第2中隊の3個中隊を連れて行くつもりであった。
キース率いる『SOTS』第1、第2中隊、及び『アリオト金剛軍団』第2中隊は、重量物輸送車輛数台、装甲兵員輸送車数台を率いて、鹵獲機体や捕虜を交換する予定地点たるブロード平原までやって来ていた。なお、鹵獲機体の数が多く重量物輸送車輛に載せきれないため、バトルメックの多くが戦利品用の網を用いて鹵獲機体を担いでいた。第1中隊偵察小隊のヤコフ少尉が、キースに報告する。
『キース中佐、北より装甲兵員輸送車と思われる反応が8台、ランドクルーザーか何か民間用車両と思われる反応が1台、64.8km/hで接近中です。IFFの反応はライラ共和国所属を示しておりますが故、惑星軍の車両かと思われます。あと15分ほどで、こちらに合流するでしょう。
それと、北東よりバトルメック18機、重量物輸送車輛12輛、兵員輸送車と思われる軽トラックが6台、32.4km/hで接近中です。IFFの反応から、ドラコ連合軍所属機です。こちらはあと30分で、到着する物と思われます。』
ヤコフ・ステパノヴィチ・ブーニン少尉の乗機は、センサーの塊とも言える偵察メック、35tのオストスカウトだ。周囲の地形さえ適合していれば、この機体のセンサーは18kmを超える知覚範囲を誇っている。
キースはヤコフ少尉に返答を返す。
「うむ、了解だ。……と、そう言っている間に、連絡が来た様だ。以上、交信終わり。」
マローダーの通信装置に、外部からの接続要求が来る。相手は惑星軍の回線を使用していた。キースは通信回線を開く。
「こちら惑星守備隊司令官、混成傭兵大隊『SOTS』部隊司令キース・ハワード中佐。」
『こちらは惑星公爵オスニエル・クウォーク家臣、ロードリック・マクギニス。今回のドラコ連合軍との捕虜、鹵獲機材の交換への立ち合い、及び身代金の受け取りについて任されている。ハワード中佐、今日はよろしく頼むよ。』
「了解です、マクギニス殿。公爵閣下から聞かされております。こちらこそ、よろしくお願いします。」
『うむ。では後ほど現地にて。』
そして15分後、惑星軍の装甲兵員輸送車に守られたランドクルーザー型の車両が到着する。更にその15分後、鹵獲メックと見ゆる物体を積載した重量物輸送車輛を守る様にして、未だ損傷の直っていないドラコ連合軍『第25ラサルハグ連隊C大隊』のバトルメックが姿を現した。先頭に立っていた65tの重量級メック、サンダーボルトが一般回線と外部スピーカーを使い、名乗りを上げる。
『自分は『第25ラサルハグ連隊C大隊』司令官代理、マジード・ワーディウ・ディヤー大尉!此度の休戦及び捕虜交換、鹵獲メック返還に応じていただき、感謝する!』
「……自分はライラ共和国惑星ソリッドⅢ守備隊司令官、混成傭兵大隊『SOTS』部隊司令キース・ハワード中佐。そしてこちらが……。」
『惑星公爵オスニエル・クウォーク家臣、ロードリック・マクギニスだ。今回は惑星政府ではなく、ライラ共和国側の代表である惑星公爵の代理人として来ている。それでは早速始めようではないか、ドラコ連合軍マジード・ワーディウ・ディヤー大尉。』
『了解した。』
双方のメックが、重量物輸送車輛から、あるいは自分の機体の背中から、双方の軍勢の中間点より自軍から見て右側の地点に、大荷物を降ろす。また双方の歩兵が、護送してきた捕虜を同地点で解放する。それぞれのメックや歩兵が下がると、随伴してきた整備兵や偵察兵、軍医などが、捕虜たちや返還されたメックを調べて行く。発信機や盗聴器、爆発物などが無い事を確認しているのだ。
両軍の中央では、ロードリック氏が身代金を相手から受け取っている。無論、身代金を収めた幾つものアタッシュケースは、これもまた丁寧に調べられていた。あらかじめの取り決め通りの金額が、間違いなくCビルで入っている事を確認したのだろう、ロードリック氏はキースのマローダーに向かい、頷いて見せた。
一方で、返還されたバトルメックや気圏戦闘機を調べていたサイモン老からの報告は、あまり芳しい結果だとは言えなかった。
『隊長、返還された機材を調べてみましたがの。特に変な細工はされておりませんでしたわ。ただ……。』
「ただ?」
『ざっと見ただけですがのう。部品がけっこう抜かれておりますわい。条約違反では無いですし、貧乏な傭兵部隊では鹵獲したメックの部品をこっそり抜く事は、よくやりますがの。そう言った場合は、目こぼしされる事もままあるんですがのう……。
補給が潤沢な正規軍がこれをやると言うのは、しかも返還する機体でそれをやるのは、マナー違反ではありますの。決して条約違反ではありませんがのう……。』
キースは溜息を吐く。
「ふぅ……。やり返してやりたいのは山々だが、残念ながらうちではやるわけにはいかん選択肢だな。鹵獲したメックは、相手が無法者や不正規部隊の類で無い限りは、雇い主であるライラ共和国が接収する物だ。今回とて、実機そのものはアル・カサス城にあったが、書類上は共和国が接収していたんだ。部品1つたりとて、手を付けるわけにはいかん。政治的に突っ込まれる危険は、減らしておくに越した事は無い。
相手の場合は正規軍だからな。やってやれない事は無い。ある意味で敵は、敵国ドラコ連合の名代だ。鹵獲機を接収する権利を持つのは奴ら自身だ。だからその気になれば部品の幾つかを持って行っても、合法的に接収したと強弁できる。極端な話、身代金を受け取って相手に……我々に返却するのは、それがメックとして成立する最小限のパーツを残してあれば良い。」
『ですのう……。』
「マナー違反なのは確かだし、正直せこいとは思う。……『アリオト金剛軍団』の動きを取れなくするには、有効な手段だがな。」
眉を顰めてキースは、マローダーの映像スクリーンに映し出された敵のサンダーボルトを睨む。その傷ついたサンダーボルトは、片脚を折られた60tのライフルマンを網に包むと、同じく60tのドラゴンの背中に括り付けてやっていた。
アル・カサス城に帰還したキースたちは、取り戻した『アリオト金剛軍団』のバトルメックと気圏戦闘機の調査を開始した。その結果判明したのは、外観から判断した以上にメックの中身が荒らされていた事である。不幸中の幸いと言っては何だが、50tの気圏戦闘機、コルセア戦闘機は部品を抜かれてはいなかった。
「隊長、部品をひどく抜かれていた機種は、敵に同一機種がある物ばかりですのう。奴ら、単に新品同様の備蓄部品を消耗するのを嫌って、鹵獲機から部品を抜いたんじゃないですかの?」
「まさか、こちらに対する嫌がらせとか、こちらの戦力を回復させない事を狙っての事では無しに、単なる貧乏性だって言うのかい、サイモン爺さん?」
「いや、その理由もあったにはあったと思いますわい。ただ、貧乏性だと言う理由も大きいんではないかと思いますわな。」
報告のために司令執務室に出向いて来てくれたサイモン老の言葉に、キースは溜息しか出なかった。キースは机上にある他の報告書を手に取る。
「……で、捕虜交換で戻って来たメック戦士たちと航空兵は、一様に若干の衰弱が見られる、と。聞き取り調査では、特に捕虜虐待とか受けていたわけじゃないらしいけどさ、それでも捕虜生活は辛かった様だなあ。とりあえず入院させて経過を見る、か。メックがすぐに直る見込みが無いから、とりあえず心身を休めてもらうしか無いよな。
後は……。帰って来てもメックが無い者たち、かあ……。『アリオト金剛軍団』第3中隊の偵察小隊全員と、火力小隊のうち1人……。全員メックを完全破壊されて、失機者か……。『アリオト金剛軍団』暫定指揮官のペイジ大尉は、とりあえず彼らを放り出すつもりは無いみたいで、部隊の予備メック戦士になってもらうと言っていたんだけどさ……。」
「現役メック戦士の頃と比べれば、やはり待遇は落ちるでしょうのう。それに周囲との兼ね合いからも、低い扱いにしないわけにもいかんですわい。それでも……。」
「まだ、ましな方……かあ。『アリオト金剛軍団』が、もしも新たにメックを手に入れれば、メック戦士に復帰できる可能性はあるわけだからなあ。『アリオト金剛軍団』がちゃんと残れば、だけど……。」
これまでの戦いによる戦闘報酬や敵メック鹵獲の褒賞金で、それが支払われる月末には『アリオト金剛軍団』の財政も、やや上向きになると予想されていた。だが今回戻って来たメックが大量に部品を抜かれていた事で、その予想は大幅な下方修正を強いられている。
キースは沈痛な表情で言う。
「気のいい奴らだから、なんとか救ってやりたいんだけど……。『SOTS』にも、彼らの損害を全部肩代わりしてやれるほどの余裕なんて無いもんな。DHビル貯金を全額SHビルかCビルに両替してすら、難しいし。中途半端に支援するんじゃ、意味が無いよ。彼らが潰れて、支援として投資した金が完全に無駄になるだけだ。
それに、冷たい様だけどそこまで面倒を見る義理も、彼らには無いからなあ。かつての『機兵狩人小隊』とはワケが違うし、部隊規模も違うよ。それになんと言っても、俺は『SOTS』の事を第1に考えないといけないからね。」
「……そうですな、坊ちゃん。坊ちゃんの双肩には、この部隊の皆の生活が、いや、命そのものが懸かってますからのう。ですが、愚痴ぐらいは吐いてくれて構わんですわい。今ここには、わしと坊ちゃんしかおらんですからの。」
「……ありがとう、サイモン爺さん。だが、経験則から言ってそろそろ……。」
その時、卓上の内線電話がインターホンモードで鳴った。キースとサイモン老は顔を見合わせて苦笑する。キースは電話機のスイッチを押す。
「誰か?」
『大隊副官、ジャスティン少尉です。キース中佐の決済を必要とする書類を取りに行ってまいりました。』
「入室を許可する。……さて、サイモン中尉。お仕事モードだ。」
「了解ですわ、隊長。」
キースはあえて不敵な笑みを浮かべ、言葉を紡ぐ。
「やはり『アリオト金剛軍団』には、これまでの方針通り、できるだけ戦闘の機会を作ってやって戦闘報酬を稼いでもらい、自助努力で何とかしてもらうしか無いな。」
「ですのう。」
「キース中佐、ただいま戻りました。」
ジャスティン少尉が、台車に段ボール箱いっぱいの書類を載せて入室して来た。
アル・カサス城の指令室で、キースは仮設遺跡基地と交信を行っていた。今、仮設遺跡基地には、『SOTS』のメック部隊第4中隊が、歩兵中隊第4小隊と共に駐留している。1週間後には、第2中隊に加えて第2歩兵小隊が、交代で仮設遺跡基地に行く事になっている。
「ふむ、異常は無いか。だが油断はしないでくれよ、ケネス大尉。休戦期間中とて、敵がいなくなるわけでは無いんだ。」
『了解です。わかっておりますとも。』
ケネス大尉の言葉に、キースは頷く。ケネス大尉の「わかっている」と言う言葉に嘘は無い。ケネス大尉は元々キースの親友である、恒星連邦のジョナス・バートン伯爵の伝手で『SOTS』に入隊してきた人物だ。キースの事情はジョナスの執事、ロベール・マクファーソンより聞かされているのだ。
そう、キースが以前所属していた傭兵部隊『鋼の勇者隊』、略称『BMCOS』は、ドラコ連合が正式な休戦期間中に休戦破りをやって奇襲攻撃をかけた事と、傭兵部隊『アルヘナ光輝隊』の裏切りと言う2つの出来事により、全滅したのである。キースは、もう2度と仲間をその様な事で喪うつもりは無かった。いかに正式な休戦中だからと言って、彼は警戒を緩めるつもりは全く無かった。
『それでは自分は警戒指揮に戻ります。』
「ご苦労、よろしく頼む。交信終わり。」
ケネス大尉との通信回線を閉じたキースは、傍らのジャスティン少尉に目を向ける。ジャスティン少尉は委細承知とばかりに、懐から予定表を書き付けた手帳を取り出そうとした。と、ここでオペレーターがキースに声を掛ける。
「ハワード中佐、歩兵中隊のグラハム大尉と偵察兵分隊のジェンキンス軍曹が、中佐にご報告があるとの事で面会を求めています。」
「む、エリオット大尉とアイラ軍曹が?了解した。……今から司令執務室で会おうと伝えてくれ。それと……ヒューバート大尉に指令室を頼む、と伝えるんだ。ジャスティン少尉、行くぞ。」
「了解。」
「了解です。」
オペレーターたちのうち、手すきの者が敬礼を送ってくる。それに答礼を返し、キースとジャスティン少尉は司令執務室へ急いだ。彼らが司令執務室に着いた時、エリオット大尉とアイラ軍曹は、既に部屋の前で待っていた。彼らは敬礼を送って来る。それに答礼を返したキースは、彼らに声を掛ける。
「待たせて悪かった。入室を許可する、入ってくれ。」
「「はっ!」」
司令執務室に入ると、キースは司令執務机に着座する。ジャスティン少尉もまた、脇にある自分の執務机に着いた。キースはエリオット大尉とアイラ軍曹に言う。
「ではエリオット大尉から順に報告を頼む。」
「はっ!この半月と少しばかりの間、出撃の無い時はこの城の人員を監査してまいりましたが、こちらの調査では怪しい動きをしている者はおりませんでした。」
「同じく、私も内側から裏側からの監査を続けていましたが、城の内部の人間で外部との怪しい接触を持った者はいませんでした。」
キースは深く頷く。
「……そうか。今のところ、この城は防諜的にはクリーンだと見ていいのかな?」
「同意します。」
「同じくですね。」
「ならば一安心だな。だが、油断は禁物だ。これまで俺たちが相対したドラコ連合軍は、スパイを巧みに使って来た。『第25ラサルハグ連隊C大隊』が同様でないとは言えない。2人には味方を疑う嫌な仕事をやらせていると、内心忸怩たる思いがあるが……。」
エリオット大尉とアイラ軍曹は、何でも無い事の様に応える。
「はい、いいえ、我が『SOTS』のため必要であると理解しておりますから。」
「私もです。ドラコ連合のスパイや工作員の恐ろしさは、よく知っていますからね。」
「そうか……、2人には感謝している。ところで2人は知っているはずだが、休戦期間が始まった頃、我が『SOTS』は臨時雇いの第2歩兵中隊隊員の募集広告を出した。我が部隊、このアル・カサス城に、敵がスパイを送り込むのに絶好の機会だ。更に負担が増える事になるが、なんとか頑張って欲しい。
それと2人にだけ任せておくには、我が部隊は大きくなり過ぎた。2人が人格的、能力的に信頼できる人物を推薦して欲しい。そして今後は内部監査に、その者たちの力も借りる様にして欲しい。」
キースの言葉に、エリオット大尉とアイラ軍曹は考え込む。やがて彼らは口を開いた。
「……テリー・アボット大尉待遇中尉、ですな。彼女は人格的にも能力的にも充分に信頼できます。」
「裏からの監査には……。そうですね、ヘリパイロットをしているベネデッタ・フラッツォーニ伍長が良いかと思います。彼女はヘリパイロットとして雇用されましたが、立派な偵察兵です。その技量も最近上がって来ています。ただ、隊長から直接その任務を命令された方が良いかと。私が推薦した事は、言ってもらって構いませんから。」
キースは2人の言葉に頷いた。
「そうか、では後ほどその2人を呼ぶとしよう。他に報告は無いか?」
「「はい。」」
「では通常任務に戻る様に。退出してよろしい。」
「「はっ!」」
エリオット大尉とアイラ軍曹は、敬礼をすると退出する。キースとジャスティン少尉は、答礼をしてそれを見送った。キースはジャスティン少尉に向かって問いかける。
「さて、ジャスティン少尉。今日、俺の時間を少し空けられるか?先ほど名前の出た、テリー中尉とベネデッタ伍長を呼んで、少し面談せねばならん。流石にこの仕事は、きちんと理解して自覚した上でやってもらわねばならんからな。」
「了解です。でしたら……。難しいですが、15:00時よりなんとか1時間、空けましょう。」
「15:00時か。了解した。その2人に、15:00時に司令執務室へ来る様に連絡を頼む。」
「了解です。」
キースは誰にともなく頷いた。彼は『SOTS』を守らなければならない……表の敵からも、裏の敵からも、である。敵は前にいるだけだとは限らない。背後から脾腹を狙っている者がいないとは、誰にも言い切れないのである。
(背後の敵、かあ。仮想敵は、『SOTS』がライラ共和国へ戦力交換で来る事によって陰謀を潰された女伯爵、レイディ・ローレッタ・グリフィスだよなあ。あとはジョナスがハンス・ダヴィオン派だって事から、マイケル・ハセク=ダヴィオン派の人間、ハセク家の派閥も潜在的な敵だよな。まあ俺たちがライラ共和国にいる間は大丈夫……か?
いや、安心して油断するべきじゃないな。常にアンテナを張り巡らせておかないと……。)
内心の考えを面に出すことなく、キースはジャスティン少尉が取り纏めてくれた書類を手に取り、チェックを始めた。
今度はバトルテックと言いますか、メックウォリアーではエッセンスとして欠かす事のできない捕虜交換ですねー。捕虜になったメック戦士や航空兵、バトルメック、気圏戦闘機を、身代金と交換で返してもらったり、あるいは返したり……。
敵戦力が回復するのは嫌だけれど、味方が帰って来るのは嬉しいし、仲間を見捨てるのは嫌だし。とても大事な仕事です、捕虜交換。