3ヶ所に仕掛けられた高性能爆薬により、人工の小地震が発生する。その波形を観測したデータを、整備兵でありコンピューターのエキスパートであるパメラ軍曹が解析、地中にある構造物の形状を調べ上げた。そしてその結果を、彼女はキースのマローダーに報告してくる。
『……この城には、地下道はありませんね。基本的にアル・カサス城と同じ構造です。巨大な地下室はありますけれど――おそらくは動力区画ですね――ですが、外部へつながる様な地下通路は確認できません。』
「了解した、ご苦労だったパメラ軍曹。
……サイモン中尉、次は前回の位置からE方向へ90mの位置に砲撃してくれ。風向と風力は若干変化して、WS方向から1単位だ。それが終わったら、その更に90mE方向へ一撃。そこまで済んだら弾切れになるはずだから、ディファイアント号へいったん戻ってスナイパー砲車輛に弾薬を補充して来てくれ。
『SOTS』メック部隊、第1中隊はE方向へ移動開始。第2中隊はES方向へ同じく移動開始。第3中隊はWS方向へ移動開始。第4中隊はW方向へ移動開始せよ。『アリオト金剛軍団』、機甲部隊戦車中隊はそのまま動かない様に。」
キースの指示に従い、メック部隊は重低音を奏でつつ移動する。
ヒュウウゥゥ……、ドガッ!!
ヒュウウゥゥ……、ドガッ!!
そして数秒後、2ヶ所にスナイパー砲の砲弾が着弾した。これはサイモン老の撃った砲弾ではない。サンタンジェロ城の2門ある固定スナイパー砲台からの砲撃だ。だがそれはキースの絶妙な移動指示により、まったく見当はずれの場所に落着する。
ヒュウウゥゥ……、ドガッ!!
一方でサイモン老の撃った砲弾は、着実にサンタンジェロ城の地雷原を掃除して行く。熟練の着弾観測員であるキースと、最高の砲手であるサイモン老のコンビによる間接砲撃は、いささかのズレも無い。キースは考える。
(さあて、何時までもこうしているのも芸が無いよなー。相手の心理、戦術を推測して、着弾位置を予想してそこを避けているけど、いつかはまぐれ当たりが無いとは言えないからなー。敵の脱出路が無い事は先ほどわかったし、あと考えられるのは降下船による脱出かなあ……。
降下船と言えば、それを使ってのアル・カサス城への強襲……は、それほど考えなくてもいいはずだよね。捕虜交換前に敵捕虜を尋問した結果、敵も推進剤には余裕無いはずだし。その貴重な推進剤を、下手したら浪費する危険は、今の状況じゃ冒せないだろう。降下船は、最後の手段である惑星撤退に使わないといけないだろうし。
と言うか、さっさと惑星撤退を選んでくれれば、ありがたいんだけど。ここまでやられたんだから、その選択肢を選んでもいいと思うんだけどね。)
キースは再度部隊に移動指示を下すと同時に、とある決断を下す。
「『SOTS』メック部隊、第1中隊はW方向へ移動開始。第2中隊はNW方向へ同じく移動開始。第3中隊はES方向へ移動開始。第4中隊は移動せず。『アリオト金剛軍団』はS方向へ移動開始。機甲部隊戦車中隊はES方向へ移動。
気圏戦闘機隊ビートル中隊、出番だ。城内の固定スナイパー砲台を2手に分かれて爆撃してくれ。対空砲火が予想されるので、損傷機は速やかに戦域を離脱、砲火の届かない高高度まで上昇後に現場上空まで戻り、高高度よりの監視に戻る様に。」
キースは気圏戦闘機隊B中隊……ビートル中隊に、爆装をさせて空中待機させていた。これは敵の間接砲を潰すために、爆撃を行わせる目的で用意していた物である。なお、被弾損傷していたビートル4とビートル6も、既に復帰していた。キースはこれの投入を決意したのだ。
ヒュウウゥゥ……、ドガッ!!
ヒュウウゥゥ……、ドガッ!!
サンタンジェロ城のスナイパー砲砲弾が着弾する。だが着弾した場所にはやはりバトルメックはいない。
ヒュウウゥゥ……、ドガッ!!
サイモン老のスナイパー砲車輛より発射された砲弾が、地雷原を抉る。これでサイモン老の車輛は、弾切れだ。だが地雷原には、最低限とは言えど穴が開いた。更に上空より気圏戦闘機ビートル中隊が、ヘルガ中尉機、アードリアン少尉機を編隊長とする3機編制ずつの変則的な2個編隊を組み、サンタンジェロ城の城内へ急降下爆撃を敢行する。
ヘルガ中尉とアードリアン少尉の射爆技術は極めて高い。他の4名は各々の編隊長ほど技量が高くは無いが、それでも充分な腕前を備えていた。城内より対空砲火が撃ち上がる。しかしそれにも臆せずに、ビートル中隊の気圏戦闘機は目的を果たして急上昇し、離脱した。
『こちらビートル中隊中隊長ヘルガ中尉。自分麾下の第1編隊は、目標Aを破壊。なれどビートル3、ビートル4が対空砲火により損傷。ビートル3、4は離脱させ、上空待機に移行。』
『こちらビートル中隊第2編隊長アードリアン少尉、同じく目標Bを爆撃により破壊!ビートル5が対空砲火により痛打を浴びました。上空待機よりはアル・カサス城に帰還させたく思います。』
「許可する。ビートル5はアル・カサス城に帰還せよ。飛べるな?」
『こちらビートル5、キアーラ少尉。戦闘参加は困難ですが、飛ぶだけならなんとか。当機はアル・カサス城へ帰還します!』
キースは一瞬で考えを纏める。
(アーリン大尉のバトルマスターと、マテュー少尉のサンダーボルトは、あと1時間半もすれば装甲板の換装を終わらせてこちらに駆けつけてくれるよな。けど、敵のスナイパー砲も潰した事だし、それを待ってるよりも今の戦力で強行した方がいいな。サイモン爺さんのスナイパー砲車輛は、ディファイアント号へ弾薬補充のため全速力で走ってるところだろな。)
サイモン老のスナイパー砲車輛に通信回線を繋ぎ、キースは命令変更を伝える。
「サイモン中尉!フォートレス級ディファイアント号に着いたら、スナイパー砲車輛への弾薬補充はしなくていい!そのままディファイアント号のロングトムⅢの指揮に入ってくれ!」
『……こちらサイモン中尉、了解ですわい!』
「うむ、サイモン中尉がロングトムⅢの指揮に就いたらすぐ連絡をくれ。ロングトムⅢの砲撃で、サンタンジェロ城の城門を吹き飛ばす。そして現在の戦力で城内に雪崩れ込み、早期決着を着ける!
『SOTS』メック部隊、第1中隊はE方向へ移動。第2中隊はSW方向へ移動。第3中隊はN方向へ移動。第4中隊はNE方向へ移動せよ。『アリオト金剛軍団』はN方向へ移動だ。戦車中隊はNW方向へ移動せよ。敵のスナイパー砲は潰したが、まだ敵が撃った砲弾が全部落ちてきたわけじゃないからな。」
ヒュウウゥゥ……、ドガッ!!
ヒュウウゥゥ……、ドガッ!!
言っている内に、スナイパー砲の砲弾が落ちて来る。だがそれも無駄な位置に落着した。おそらくは後1回ぐらいは砲弾が降って来るはずである。キースは続けて指令を下す。
「『SOTS』メック部隊、第1中隊はSW方向へ移動。第2中隊はNE方向へ。第3中隊はE方向へ移動。第4中隊はSW方向へ。『アリオト金剛軍団』はSE方向へ移動。戦車中隊はSW方向へ移動。
……!?さすがに持たないと見て、出撃して来たか。む!?」
サンタンジェロ城の城門が開いた。出て来たのは、傷ついたバトルメックが5機のみである。城門はそれだけを吐き出すと、すぐに閉じた。その構成は、65tサンダーボルトが1機、45tの通常型フェニックスホークが3機、同じく45tのK型フェニックスホークが1機である。サンダーボルトは、先に取り逃がした敵指揮官機……司令官代理マジード・ワーディウ・ディヤー大尉の物に間違いない。
ヒュウウゥゥ……、ドガッ!!
ヒュウウゥゥ……、ドガッ!!
また無意味な位置に、最後のスナイパー砲弾が落ちる。それを尻目に5機の敵メックは、総勢で1個半大隊以上はある現状の味方戦力に対し、堂々と向き合って進んで来た。今現在アーリン大尉がバトルマスターの装甲張り替え中で不在なため、暫定的に第3中隊の指揮を執っている第3中隊火力小隊小隊長、ジェラルド・ハルフォード中尉が怪訝そうな声音で言う。
『……降伏の使者、でしょうか?』
『そんなわけ無いだろう。標準降伏旗も、標準休戦旗も持たない使者なんて、いるわけが無い。第一奴らはやる気だぞ?』
ヒューバート大尉が答えた通り、5機の傷ついた敵メックは武器を構え、地雷原の穴を通ってキースたちの第1中隊の方へ走行して来た。狙いはただ1つ、キースのマローダーであるらしい。キースは命令を下す。
「第2、第3、第4中隊!左右から相手の側面を突け!機甲部隊戦車中隊、後方より支援を開始!『アリオト金剛軍団』第1、第2中隊は相手の後背に回り込め!弱い者苛めの様で気がひけるやもしれんが、相手がやる気なんだ、容赦はいらん!全部隊、奴らを叩き潰せ!」
『『『『『『了解!』』』』』』
「『SOTS』第1中隊、一斉射撃用意……撃て!!」
キースのマローダーの前に、エリーザ曹長のウォーハンマーとイヴリン軍曹のサンダーボルトが進み出る。『SOTS』第1中隊のバトルメックは、その全武装を解き放った。最初に大地に倒れ伏したのは、敵のK型フェニックスホークだった。その機体は高機動力に物を言わせ、最も早く第1中隊に接近していたが故に、最も早く痛打を浴びたのだ。
だが敵K型フェニックスホークの撃った大口径レーザーの一撃は、キースのマローダーの左脚に命中する。そのわずかな戦果と引き替えにして、K型フェニックスホークは四肢を全て破壊されて地面に転がった。
敵指揮官機サンダーボルトが、15連長距離ミサイル発射筒と大口径レーザーを撃ち放つ。キースは自機を機動回避させる。今までキースのマローダーがいた場所に、ミサイルの雨とレーザーの光条が降り注ぐ。通信回線からイヴリン軍曹の叫び声が聞こえた。
『なんでこっちを狙わないの!?』
「狙いは俺だけの様だな。だが、そうはいかんよ。」
3機の通常型フェニックスホークは、全力でジャンプして可能な限り被弾を抑え、キースの近くに辿り着こうとしている。キースはそのうちの2機を、それぞれ両手の粒子ビーム砲で狙い打った。1機は傷ついたままだった左脚に直撃を受け、その脚を折り取られる。もう1機は右腕を吹き飛ばされて、攻撃力の7割を喪失した。
だが3機目の敵フェニックスホークがキースの近くまで到達する。過熱も厭わずに、そのフェニックスホークは全力射撃を敢行した。ジャンプ直後のため態勢が崩れており、その射撃の大半が外れる。だが中口径レーザーが1本、先ほどダメージを受けた左脚に着弾した。
そのフェニックスホークに、第1中隊偵察小隊の集中砲火が浴びせられる。敵のフェニックスホークは片脚を吹き飛ばされ、地面に転倒した。しかし左腕で機体を起こし、右腕装備武器を撃とうとする。そこにイヴリン軍曹機のキックが決まり、今度はその右腕を完全破壊され、その機体は無力化された。
そして先ほどキースの射撃で右腕を飛ばされた敵フェニックスホークだが、火力小隊『機兵狩人小隊』の全力射を浴び、残った腕と両脚を失い、胴体にも大ダメージを受けてひっくり返った。
アンドリュー曹長のライフルマン、エリーザ曹長のウォーハンマーは、敵の指揮官機であるサンダーボルトを徹底的に叩きのめしていた。だがそのサンダーボルトは歩みを止めようとしない。今もキースのマローダーめがけて、長距離ミサイルと大口径レーザーを放ちながら、少しでも近づこうと必死に走っている。
だがその足も止まる時が来た。さんざんダメージを受けた右脚に、第2中隊中隊長機であるヒューバート大尉のオリオンから、大口径オートキャノンの一撃が送り込まれたのである。敵サンダーボルトは右脚を吹き飛ばされて、派手に転倒した。その周囲を、『SOTS』と『アリオト金剛軍団』のバトルメックが、十重二十重に取り囲む。
キースはここで、降伏勧告を行う。彼は一般回線とスピーカーを用いて、敵指揮官機のサンダーボルトに向かい、言葉を発した。
「マジード・ワーディウ・ディヤー大尉……。もう貴官は充分やったはずだ、降伏しろ。アレス条約に基づいた扱いを約束する。」
『……ありがたい申し出だが、断る。もう少しお付き合いいただこうか。だが部下達は、全部終わった後で降伏しろと言い含めてある。奴らの事は、頼んでもいいだろうか?』
「そうか、了解した……。」
キースはマローダーの両腕の粒子ビーム砲と、胴体上に搭載されている中口径オートキャノンを突きだす。マジード大尉もサンダーボルトの上半身を、機体の左腕で支えて起き上がらせる。そして両者はまるで申し合わせた様に、同時に射撃した。
マジード大尉機が放った攻撃のうち、15連長距離ミサイルと2連短距離ミサイル、中口径レーザー3本は外れた。しかし執念の大口径レーザーが、キースの機体の頭部に突き刺さる。キースの身体を着弾の衝撃が襲い、彼は打撲傷を負う。だが彼にとっては、たいした負傷ではない。
一方マジード大尉のサンダーボルトには、粒子ビーム砲2門と中口径オートキャノン1門全てが命中した。そしてその内、1本の粒子ビームがその頭部を貫く。マジード大尉は脱出を選ばなかった。その一撃は、操縦席ごとマジード大尉の身体を焼き尽くす。キースは溜息を吐いた。
「ふう……。む!?」
その時、周囲に轟音が響き渡る。キースら『SOTS』と、『アリオト金剛軍団』の面々が見上げる中、サンタンジェロ城の城壁内より、5隻のユニオン級降下船が離床して発進して行くのが見えた。一瞬キースは、ユニオン級5隻がアル・カサス城方面へ向かうのではないかと考える。
だがその可能性は低かった。敵に残された戦力は、1個中隊半あるか無いかだ。5隻ものユニオン級を動員する必要性は低い。それにアル・カサス城には『SOTS』の降下船のうちフォートレス級ディファイアント号を除く6隻、『アリオト金剛軍団』のユニオン級3隻が鎮座している。普通であれば5隻のユニオン級で立ち向かえはしない。……まあ、『SOTS』の降下船砲手たちは、一部を除き張子の虎なのだが。
それに、見ればその5隻のユニオン級は、真っ直ぐに天頂方向目指して全力で上昇して行く。間違いなく、このまま軌道上にまで昇るつもりなのだろう。ここで、一般回線による通信が入る。同時に、外部の音を拾うマイクからは、敵機の外部スピーカーによる物と思われる、まったく同一の音声が入って来た。
『こちら『第25ラサルハグ連隊C大隊』第2中隊偵察小隊小隊長、ノボル・ハヤカワ中尉だ。当偵察小隊全員は、マジード・ワーディウ・ディヤー大尉の遺命により降伏する。』
「了解した。降伏を受け入れる。機体から降りて待機する様に。降りられない者、負傷者などは申告する様に。」
『了解した。深刻な負傷者はいないが、全員が軽傷を負っている。』
「こちらの城より、ヘリで軍医を呼ぶ。機体の傍で待つように。」
キースはフォートレス級ディファイアント号に通信を入れ、アル・カサス城への通信回線の中継を命じる。それと同時にサイモン老に、もうロングトムⅢの出番は無さそうだが、万一に備えておく様にと申し送った。
こうしてサンタンジェロ城の攻防戦は、キースらライラ共和国惑星守備隊の勝利に終わった。しかしキースの頭からは、何故マジード大尉が死を選んだのか、その疑問がこびりついて離れないでいる。マジード大尉は先日の戦いにおいては、グランドドラゴンのメック戦士の説得に応じて、生き延びるために離脱する事を選んだはずだ。その人物が、どうして降下船と共に惑星を撤退しようとしなかったのであろうか。
「……わからん。」
「キース中佐?何か……。」
「ああ、いや。なんでもない。」
アル・カサス城の尋問室の隣室にて、キースはジャスティン少尉を連れて、捕虜の尋問の様子を窺っていた。この部屋からは、マジックミラーと隠しマイクにより、尋問室の中の様子がありありと分かるのだ。尋問室の中では、尋問間でもある優秀な偵察兵エルンスト曹長が、書記官代わりにこれも偵察兵のヘルムート伍長を連れ、尋問対象に色々と質問していた。ちなみに尋問されているのは、『第25ラサルハグ連隊C大隊』第2中隊偵察小隊小隊長、ノボル・ハヤカワ中尉だ。
『……つまり貴官は、この惑星に侵攻した目的は知らされていなかったのだな?』
『まあな。だが作戦初期に占拠したのが、星間連盟期の遺跡だと言う事で、おおまかな予想ぐらいはついたがね。だがはっきりとした事は、中隊指揮官以上の上級士官にしか知らされてはいなかったらしいよ。』
ノボル中尉は、素直に尋問に答えている。エルンスト曹長は、あまりに素直過ぎるところに不審を感じたのか、そこを突っ込んだ。
『ハヤカワ中尉、やけに協力的だな?いや、こちらとしては有難いのだがね。』
『できるだけ早期に、ドラコ連合に帰還せねばならんからな。何とかして、捕虜交換なり身代金交換なりの第1陣に入れてもらいたいからな。マジード大尉から託された使命がある。』
『ほう?それを話してもらえるかね?』
ノボル中尉は頷く。
『マジード大尉が最後まで……。最期まで敵に屈せず、勇敢に戦い抜き、名誉の戦死を遂げた事を当局およびご遺族に報告せねばならん。タキタの馬鹿者めが……。』
『タキタ?誰かね?』
『サブロー・タキタ中尉。第1中隊の火力小隊長だった男だ。第2中隊中隊長だったマジード大尉に反感を抱いていた。』
ノボル中尉の言によると、サブロー・タキタ中尉は『SOTS』との最初の交戦においてタケシ・ユウキ少佐が戦死した際、マジード大尉の第2中隊が『SOTS』との交戦を断念して撤退した事に、ひどく憤慨していたらしい。そしてその後、マジード大尉が『第25ラサルハグ連隊C大隊』の指揮を執った後も、色々あら捜しをしていた様である。
『あの馬鹿者は、大隊長戦死直後にマジード大尉が貴君ら『SOTS』と交戦せずに撤退した事、そちらに遺跡を奪い返されたときの戦闘において潰走した事、更には先日の戦闘において死ぬまで戦わずに敗残兵を率いて帰って来た事の3件をもって、マジード大尉がその臆病さで敵に背を向け、敗北を引き寄せたのだと糾弾したのだ。そしてあろうことか、正式な手続きをもってそれを記録に残る様に告発した。』
『……それでどうなったのかね?』
『名誉を傷つけられたマジード大尉は、正々堂々の決闘をもってタキタを打倒し、首印を上げた。だが傷つけられた名誉は完全には回復せん。いや、記録に残る様に訴えて出られた上に、これほどまでに大敗北を喫した以上は、もはやマジード大尉に未来は無かろう。間違いなく腹を切らされるだけでなく、その不名誉は一族にまで及ぶ。メックを一族に継がせることすらも不可能になるであろうよ。
この不名誉を雪ぐ道は、自ら腹を切るか、名誉の戦死を遂げて自分が臆病でないと周囲に示すしか無かったのだよ。そしてマジード大尉は、より自分の勇気を示せる方、圧倒的多数の敵に対し討ち死にする方を選んだのだ。
当初は自分と偵察小隊も降下船で惑星を撤退する様にと言われた。だが自分たちはマジード大尉の最期を見届け、大尉が決して臆病で無かった事、最後の最期まで勇敢であった事の証人になる事を志願したのだ。だから自分たちは死ぬわけにはいかないし、可能な限り早期にドラコ連合へ帰還して大尉の最期を当局に伝え、大尉の一族の未来を繋がねばならぬのだ。』
尋問室の隣室で、キースは天井を仰いだ。
(ドラコ連合……。クリタ家はこれだから……。前世が21世紀の日本人だからって、サムライの考える事は理解できん。いや、部分的にはわからない事もないけれど、共感はできん。くっそ、マジード大尉に同情しちゃったじゃないかよ。後味悪ぃ……。
しかし……ドラコ連合に生まれなくて、ほんと良かったよ。なまじ微妙に日本文化が残ってるだけに、絶対微妙に適応できなくなる。いや、それどころじゃないよな。名誉とかに対する考え方が先鋭的過ぎて、まともに生きていけないよ……。)
「キース中佐?」
「いや……。何でもない。少々ハヤカワ中尉の発言に、思う所があっただけだ。」
嫌な気分を噛み殺し、キースは隣室で行われている尋問の続きに注意を向けた。
明けて3026年12月2日、キースは司令執務室にて書類の山に埋もれていた。無論の事、副官のジャスティン少尉も同様である。そこへ机上の内線電話機が、インターホンモードで鳴る。キースはそのスイッチを入れた。
「誰か?」
『『アリオト金剛軍団』暫定指揮官、クリフ・ペイジ大尉です。申請書類にサインを頂きたく、参りました。』
「入室を許可する。」
クリフ大尉は扉を開けるや、ぎょっとした顔になる。書類の山に驚いたのだろう。が、彼はすぐに我を取り戻し、敬礼をして来る。キースとジャスティン少尉は答礼を返した。
「驚いたかね?だが混成増強大隊の上に、貴官らの大隊の書類まで上がって来るんだ。このぐらいは当然だよ。」
「は、はあ……。申し訳ありません、我が隊の事まで色々とご面倒を……。」
「いや、当然だと今しがた言っただろう。今は俺がこの惑星ソリッドⅢの惑星守備隊司令官なんだ。貴官らの部隊を指揮下に置いている以上、当たり前だ。まあ、今回は特に先の戦いの報告書の件があるからな。大規模な戦いが連続で発生した上に、追撃の都合でその処理を後回しにしたから、そのツケが一気に回って来たんだ。
これでも、先月末までに最低限終わらせなければならなかった書類は、先月末日までにちゃんとやったんだぞ?『アリオト金剛軍団』にも戦闘報酬やメック鹵獲の褒賞金は、月末払いでちゃんと入っただろう?」
キースはにやりと笑う。クリフ大尉は、苦笑した。
「はい。おかげさまで……。」
「それより、書類にサインを貰いに来たんだろう?急ぎの書類かね?」
「は、はい!そうでした!」
クリフ大尉は手に持った書類をキースに手渡す。キースはそれを一読して、微笑んだ。
「良かったじゃないか。サイクロプスの部品の手配がついたとは。……ああ、いや。この書類が間に合わなければ、他所に流れてしまうのか。なるほど、急ぎだな。」
「はい、これがなんとかなれば、前『アリオト金剛軍団』部隊司令の御妹様にも面目が立ちます。」
「ふむ、ふむ。不備は無いな。」
おもむろにキースは、惑星守備隊司令官として書類にサインをする。その書類をクリフ大尉に返却しながら、キースは問いかけた。
「ところで、他のバトルメックは直さずとも良いのかね?第1中隊のフェニックスホーク2機、第3中隊のグリフィンとフェニックスホークが1機ずつ、部品を抜かれたままで動けなくなっているはずだが。」
「とりあえず、部隊の主力となる重量級メックは修理できそうですからね。次の便で部品が来ますから。当面はそれで何とか仕事を受けてやって行きます。自転車操業が続きそうですが……。それでも前よりは随分とましになりました。」
「そうか。なら良いんだが。……サイクロプスの部品は、その書類だと今月下旬だな?ぎりぎり、かな……。」
キースが言っているのは、サイクロプスの修理を『SOTS』の整備兵たちが手伝えるタイムリミットの事である。『アリオト金剛軍団』の惑星ソリッドⅢ撤退は、今月の28日に迫っていた。『アリオト金剛軍団』の整備兵たちも、多少は腕が上がってきてはいる。しかし『SOTS』整備兵と比べれば、まだまだ大人と子供ほどの差があった。
クリフ大尉は難しい顔で頷く。
「はい、『SOTS』の整備兵の方々にお手伝いいただければ、これほど心強い事は無いのですが……。こればかりは、今月下旬の何時頃部品を積んだ船が来るか、ですので。」
「確かにな。だが、うちの整備兵……特にサイモン中尉が主導してやっている講習会には、そちらの整備兵も参加しているのだろう?」
「はっ!おかげ様で、こちらの整備兵の技量は以前とは比べ物になりません!」
「なら、『SOTS』の整備兵が手伝わずとも、どうにかなるかもな。」
「そうであれば、心強いのですが。」
キースは笑って話を戻す。
「さて、急いでその書類を当局に提出しなければならんのだろう?さ、急げ。」
「はっ!そうでした、それではこれにて失礼いたします!」
「うむ、退出を許可する。」
クリフ大尉は書類を小脇に挟み、敬礼をする。キースとジャスティン少尉もまた、答礼を返す。クリフ大尉は足早に去って行った。ジャスティン少尉が書類をチェックしながら言う。
「ペイジ大尉、以前より肩から力が抜けましたね。サイクロプスがなんとかなりそうなのが効いたんでしょうか。」
「だろうな。だが『アリオト金剛軍団』が持ち直すかどうかは彼よりも、俺たちは顔も知らん御妹様とやらに懸かっている。ペイジ大尉は能力的には傑物だと言えるが、性格的な問題で大隊指揮には向かんからなあ。似たような事は、『アリオト金剛軍団』第3中隊のテレンス・モグリッジ大尉にも言える。こちらは性格的にもそうだが、能力的にも大隊指揮は荷が重い。単純にメック戦士としては、ペイジ大尉よりも強いらしいんだがな。」
「なんとかなってくれると良いんですが……。」
「そうだな。」
キースとジャスティン少尉は、自分たちの書類仕事に戻って行った。
立て込んだ書類仕事が一段落し、キースはジャスティン少尉をたまには休ませようと、彼を宿舎の部屋に帰した。キースもまた、たまには宿直室を占領するのではなしに、宿舎の自室に帰ろうかと考える。と、彼は本部棟の出口に向かい歩いている途中で、廊下の脇の休憩スペースで互いに勉強を教え合っているイヴリン軍曹、エドウィン伍長、エルフリーデ伍長を見かけた。
「だからこの問題は、A点での位置エネルギーがB点での運動エネルギーに等しくなるから……。」
「シェイクスピアは1600年代地球のイングランドの劇作家、詩人で、イギリス・ルネサンス演劇を代表する……。」
「惑星タロンは一見惑星ニューシルティスに非常に近く見えるけれど、惑星ニューシルティスへも惑星ニューアヴァロンへも3度の最長距離ジャンプを必要とし……。」
どうやらイヴリン軍曹が主に自然科学などの理数系を教え、エドウィン伍長が古典などの人文科学を、エルフリーデ伍長が社会科学に類する地理などをと言う様に、各々の得意科目を教え合っている様だ。ちなみにイヴリン軍曹は、連盟共通語は必死で努力した甲斐があって良い点数を取れる様になってきたが、古典などはやはり駄目である。
と、彼らは小休止に入った様で、雑談に入る。立ち聞きもまずかろうと、キースはその場をこっそり立ち去ろうとした。
「……けど、なんであの敵の指揮官、あんな自殺的な行動をしたのかしらね。イヴリン軍曹は分かりますか?」
「うーん……。わからないけれど……。でも、似たような事例は見た事があるわ。貴方たちも、1つは覚えがあるはずよ。」
「え!?俺たちも!?」
キースの足が止まる。
「惑星ネイバーフッドにいた頃の、訓練生として最初で最後の戦闘。あのとき、70tのグラスホッパーに乗っていた敵指揮官……。タカハタ少佐、だったかな?陰腹を切ってたでしょう?」
「カゲバラ……って何だ?フリーデ。」
「古典はあなたが得意でしょ、エド?陰腹よ、陰腹。」
「カゲバラ……陰腹!?様子がおかしいと思ったら、ハラキリしてたのか、あの敵の少佐!?」
イヴリン軍曹は続ける。
「あと、タカハタ少佐の部下2人……。貴方たちは見ないで済んだけど……。敗色が濃厚になったとき、操縦席を開いてそこで私たちに見せつける様に、ハラキリをしたのよ。」
「「げ……。」」
眉を顰め、イヴリン軍曹は言う。
「ドラコ連合の人たち……。どこか命を軽く見ている気がする……。」
「そう言うわけでも無いんだがな。」
「「「!?……キース中佐!!」」」
キースはゆっくりとした足取りで、彼らの前に出た。
「聞くともなしに、聞こえてしまったんでな。俺にもはっきり理解できているわけでは無いが、ドラコ人は武士道精神を尊重し、誇りを何よりも重んじている……様だ。とは言え、その武士道精神も、原型からは随分と変質してかけ離れている部分もある様だが。
そして彼らは、誇りを汚されることを忌避している。誇りを自分や他人の命よりも重い物としている様だな。命を軽く見ているわけじゃあない、彼らにとってそれより重い物があるだけなんだ。無論、そんなドラコ人ばかりでは無いが。良きにつけ悪しきにつけ、な。いや、今は逆に少ないタイプかも知れん。」
「「「……。」」」
「お前たちも、気を付けろよ。一部のドラコ人だけかも知れんが、その誇りを傷つけるような戦い方をしたりすれば、奴らはそれこそ自分たちの命よりも重い「誇り」と言う物にかけて、こちらの命を狙って来るぞ。そうなれば降伏させる事などできん。相手か自分か、どちらかが命を落とすまでの殺し合いになる。
今回は、こちらが相手の誇りを傷つけたわけではないが、相手の陣営内で色々あった様だ。我々で近い物を挙げるとすれば、「メック戦士の誇り」などはどうだ?少しは理解できそうか?」
エドウィン伍長が、少々不服そうに抗弁する。いや、しようとする。
「メック戦士の誇りは!メック戦士の誇りって言うのは!え、ええと……。あれとは……違うと……。」
「エドウィン伍長、「貴様の」メック戦士の誇りが何であるかは、今すぐでなくとも良い、そのうちで良いから、しっかりと想いにしておけ。エルフリーデ伍長も、イヴリン軍曹もだ。相手の想いに負けない様にな。ではな。」
3人の返事を聞かずに、キースはその場を後にしようとする。そこへ背中から、イヴリン軍曹の問いが聞こえた。
「キース中佐の、メック戦士の誇りはどんな物なのでしょうか!」
「俺の、か……。一言で言えば……照れくさいが、仲間を守る事、だな。仲間を、親友を、同胞を、家族を、何があっても、誰の手からも、どんな事があっても、手を汚してでも守り抜く。その誓いこそが、俺の誇りだ。」
キースは振り向かずに言う。なお彼は、「自分の誇り」だとは言ったが、「メック戦士の誇り」だとは言わなかった。21世紀の人間としての前世を持つ彼にとっては、メック戦士である事は必須の物でこそあったが、ある意味では手段に過ぎなかったからである。
ちなみにキースは、死を選ばざるを得なかったマジード大尉に同情してはいたが、それに囚われてはいなかった。前世や『SOTS』結成前の彼であれば話は別だったかも知れない。だが、今の彼には仲間を守り抜く事が第一義であり、マジード大尉の事情は二の次であるからだ。メック戦士である事は、そのための手段に過ぎないが、そのために必須の物でもあった。
キースは付け加える様に、呟く様に想いを口に上らせる。
「無論、貴様らも仲間であり、同胞であり、家族だ。……ふ、似合わん事を言ったな。では……。」
「キース中佐!自分も中佐をお守りします!守らせてください!」
イヴリン軍曹が叫ぶ様に言った。エドウィン伍長とエルフリーデ伍長もそれに続く。
「お、俺、いや自分も!」
「自分もです!」
どうやらキースは、そんなつもりも無いのに彼らに感銘を与えてしまっていた様だ。キースは振り返らないまま、応えた。
「ああ、俺の背中や脇腹は貴様らに守ってもらうとしよう。頼んだぞ。では俺は行く。」
背後から、3人が敬礼している様な気配がした。キースは右手を挙げて略式でそれに応えると、本部棟の出口に向かってその場を歩み去った。
敵の指揮官は、自らの名誉を守るため、自決同然の突撃を行って亡くなりました。イヴリン軍曹らには、何かしら重苦しい想いをするだけの、何がしかを与えてしまった様です。