鋼鉄の魂   作:雑草弁士

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『エピソード-072 政争とスパイ網摘発作戦』

 大型の6連タンクローリーが、幾つも並んでアル・カサス城内に入城してくる。これは降下船の推進剤を積んだタンクローリーだ。それらはアル・カサス城の半地下に設置してある推進剤タンクをたっぷりと満たして行く。

 

「最近ちょっとばかり推進剤使ったからなあ。」

「これで現状ある降下船の推進剤タンク、更にはしばらくしたら商用航宙から帰って来るゾディアック号、エンデバー号の推進剤タンクも満タンにできる量の備蓄ができます。」

 

 キースと自由執事ライナー・ファーベルクは、現場でその様子を眺めていた。しばらく沈黙が続く。と、ライナーがおもむろに口を開いた。その音量は極めて小声である。

 

「外務大臣アーチボルド・レッドグレイヴ、労働大臣アンヘラ・スリナッチ、農林大臣カティーナ・オライリー、運輸大臣リッカルド・アゴスティーニ……。こちらの伝手でも確認が取れました。エルンスト曹長より報告のあった、この4名が惑星公爵オスニエル閣下を引きずり降ろして、妹様ミシュリーヌ嬢を新たな惑星公爵に就けようと目論む者たちに、間違いないですよ。

 その後、自分がミシュリーヌ嬢の代官の座に座ろうとしている事もですね。」

「リッカルド・アゴスティーニか……。最初にその名前を聞いた時は、ぎょっとしたもんだ。あのハリー・ヤマシタの偽名の1つ、リカルド・アゴスティとよく似ている名前だったからなあ。……エルンスト曹長ら偵察兵たちと、ライナーの伝手の両方で同じ結果が出た以上は、まず間違いないだろう。」

 

 キースの返事も、小声だった。彼は続けて問う。

 

「……で?その外務大臣レッドグレイヴかな?あるいは運輸大臣アゴスティーニか?」

「レッドグレイヴですね、星系外と伝手を持っているのも、それを使って惑星公爵交代の運動を仕掛けているのも。ただしその運動の旗振り役が彼だと言う証拠はありません。噂、あるいは証拠として使えない情報だけです。まず間違い無いんですがね。

 まあ、さすがに外務大臣だけありますよ、星系外への顔の広さと外面の良さは。もっともオスニエル公爵閣下の反撃で、惑星政府の重要な仕事からは干されましたがね。今は先祖代々外務大臣家で貯め込んだ私財を注ぎ込んで、惑星公爵交代の運動を頑張って続けてる様ですよ。他の3者は、資金面で彼を支えてる模様ですね。」

「ううむ……。」

 

 唸り声を上げて、キースは考え込む。数秒後、彼は顔を上げた。

 

「公爵閣下が考えておられんとも思わないが……。農林大臣のオライリーは切り崩せないか?この惑星はかつての工業惑星であり、主力産業は鉄鋼や一部ベアリングなどの金属工業製品だ。今はそれにバトルメック輸出も加わるが、これは莫大な利益こそ生んでいるがそのうち枯渇するだろう。

 ま、それは置いておくとして、この惑星で農林業は極めて小規模だ。農林大臣が大臣なのも、先祖代々農林大臣の家系だからに過ぎない。経済基盤も4者の中でいちばん小さいのではないか?充分な見返りを用意できれば……。」

「それはどうでしょうか。オライリー女史は経済基盤が小さい上に、この惑星ではこの先も利益が見込めない仕事に就いています。高級品目の栽培などで、ブランド志向で利益を上げようと頑張った様ですが、まあ結果は……。だからこそいっその事、とばかりに乾坤一擲の賭けに出たんでしょう。農林大臣から惑星公爵代官への転身に成功すれば、一発大逆転ですからな。

 それだけの覚悟を持って賭けに出たんです。生半可な見返りでは寝返らないでしょう。」

「む……。駄目か……。1人寝返れば、そこから相手陣営をばらばらにするなり、残り3人の致命傷になり得る証拠を掴んだりできそうな物なのだが……。

 だがしかし、惑星公爵が交代となれば、妹様ミシュリーヌ嬢は最前線で気圏戦闘機大隊の指揮に専念せねばならん以上、代官が必須なのは誰の目にも明らかだ。となれば、今は日和見をしている連中も、我も我もと手を上げるのは目に見えている。そうなれば惑星政府は上を下への大騒ぎで、麻痺状態になるだろうな。

 ふぅ……。」

 

 溜息を吐くキースに、ライナーは慰めるような口調で言う。

 

「まあ、そうでしょうが……。サイモンさんや、キース中佐までもがライラ共和国の偉いさんに頼み込んだんでしょう?もし代官を選ぶ時は、クレイグ・チップチェイス氏をミシュリーヌ嬢に推薦してくれって。

 チップチェイス氏は惑星シードリングの元行政官として、実績のある方ですからね。領土を門閥貴族傍系の領主が自分で直接管理する様になる前までは、かなりの辣腕を振るったそうで。……ぶっちゃけた話、惑星シードリングではチップチェイス氏に戻ってきて欲しいと言う声も。」

「だがここ惑星ソリッドⅢでは、彼は無名だ。そしてもし惑星公爵オスニエル閣下が引退なされてしまえば、その後ろ盾は共和国が推薦したと言う肩書だけになる。果たしてそれで欲に転んだ奴らを黙らせることが可能かどうか……。もう少しだけでも、オスニエル公爵閣下にはその地位にいてもらう必要が、やはりあるんだよ。一介の学者に戻りたがっている、あの方ご自身には申し訳ないがな。」

「ですか……。ですけど我々に可能なのは、せいぜいが「敵」の情報を掴んで、それを何処かの誰かなりにご注進することしかできませんよ。」

「……だなあ。となると、どうやって情報を入手するかも問題だが、誰にご注進するかも問題だな。」

 

 と、突然ライナーの懐の携帯通信機が呼び出し音を立てる。これは偵察兵が使用する様な大出力タイプではなく、せいぜいアル・カサス城内で通話できる程度の小型軽量の品で、急な呼び出しに備えてキースも持って歩いている。ライナーは右手に持っていた杖を左脇に挟むと、ちょいちょいと小器用に懐から通信機を取り出した。

 

「こちら自由執事ライナー・ファーベルク。何か……む、了解した。すぐ戻る。」

「何か問題か?」

「いえ、コネのある惑星政府要人……。財務大臣タチヤーナ・レオニドヴナ・バラノフスカヤ女史から電話が来ましてね。受けた者は、私が戻りしだい折り返し電話すると伝えたそうなので。では私は戻ります。」

「そうか、では俺も戻る。」

 

 ライナーとキースは、いつも通りに敬礼と答礼を交わすと、その場で別れた。キースは司令執務室へ戻る途中ふと、財務大臣について考える。

 

(タチヤーナ・レオニドヴナ・バラノフスカヤ財務大臣?顔はテレビで知っているけれども……。年末パーティーにも、年始パーティーにも、パーティー会場には居なかったよな。ライナーがコネを結んだ人物だし、例の4人にも含まれていないからには、どちらかと言えば「味方」側の人物かな?……期待はしないでおこう。友好的中立であれば御の字だあね。)

 

 頭の中でとりあえずの結論を出したキースは、そのまま司令執務室に向かった。

 

 

 

 そしてキースは翌日、タチヤーナ財務大臣と首都ソリッド・シティの一流レストランで昼食を共にしていた。無論キースだけでなく、ライナーも共にいたが。ちなみにキースたちを首都までフェレット偵察ヘリコプターで送って来たヘリパイロットの偵察兵、アレクセイ・ワディモヴィチ・ザソホフ伍長は同席を辞退している。今頃はファーストフードの店か何処かで、気軽なランチを満喫している事だろう。

 

「……アレクセイ伍長は偵察兵としては、まだまだですな。こう言う場にこそ同道して、お偉方との接触や交渉の経験を積むべきですのに。」

「まあ、まだ若いんですもの、仕方の無いことですわ?」

 

 ライナーの台詞に、タチヤーナ財務大臣が応える。キースは心の中で思った。

 

(いや、俺もまだ若いんですけど。あと1週間ちょっとで18になるばかりなんだけどな。まあ中身は前世含めれば○○歳だけどさ。って言うか、昨日の段階ではこの人と会う事になるなんて、思っても見なかったよ。あ、これ美味ぇ。)

「ハワード中佐は、ここのお料理はお好きかしら?」

「いつも軍の士官食堂か、そこと同じ厨房で作られた料理を執務室に配達してもらっておりますからね。もしくは野営にて戦闘糧食なものですから。この様な高級料理、胃がびっくりしそうですよ。いや美味です、気に入りましたよ。」

 

 タチヤーナ財務大臣は、にっこりと微笑んだ。だがその額が汗ばんでいる。やはりキースに若干気圧されているのだ。彼女からすれば、熊か猛牛でも眼前にいる様な物だろう。だが言葉や態度にはそれを毛筋ほども表さず、普通に応対している。たいした物だった。

 一方キースもまた、タチヤーナ財務大臣に対して若干の畏怖を抱いている。見た目はまだ30代半ばと言った彼女だが、既に老練と言った雰囲気を身に着けていた。うかつな対応は危険だ、とキースは思う。

 と、その矢先にタチヤーナ財務大臣の方から斬り込んで来た。

 

「食後にこんな話をするのは無粋ではあるのだけれど……。少しばかり悪巧みに協力してくださらないかしら。」

「内容によりますね。」

「その内容ですけれど、そちらが今困っている案件と、繋がっているんですのよ。」

 

 キースはタチヤーナ財務大臣を促す。このレストランは、防諜の面でも心配の無い超一流店だ。ここでの話が外へ漏れる心配は、全くと言って良いほど無かった。

 

「お話ししていただけますかな?バラノフスカヤ財務大臣殿。」

「そうね、何から話そうかしら。……私には敵がおりますのよ。いえ、正しくは私の身内に敵がおりますの。その敵の名は、アンヘラ・スリナッチ労働大臣と申しますのよ。」

「!!……ほほう、面白そうなお話しですね。」

 

 タチヤーナ財務大臣は、小さく笑みを浮かべると話を続ける。

 

「私のお付き合いしている男性は、ダドリー・スリナッチと申しまして……。アンヘラ労働大臣の甥で、子供のいないアンヘラ労働大臣の後継者ですの。ですが、もうアンヘラは老齢だと言うのに、当主の座にしがみ付いて権力を手放さないんですのよ。……老害ですわ。公私共に、除かねばならない敵ですの。」

「……続きを。」

「私は惑星公爵閣下の敵でも味方でもありませんの。私の器は小さく、我がバラノフスキー家と少数の味方の事だけで、精一杯ですのよ。ですので、惑星公爵閣下が御妹様に地位をお譲りになられようがどうしようが、構わないはずでしたわ。

 けれど、御妹様の代官が誰になるかは大問題ですわね。今の段階で公爵閣下が御隠退なされては、まずい事態だと言うのは理解できますのよ。我こそが御妹様の代官に、と手を上げる者が百出して、惑星政府の統治機能は麻痺、いえ悪くすれば壊滅状態になるでしょう。」

 

 ここでタチヤーナ財務大臣は、キースの眼を真正面から見つめる。

 

「それを許すわけにはまいりませんわ。アンヘラ労働大臣をはじめ、リッカルド・アゴスティーニ運輸大臣、カティーナ・オライリー農林大臣を除き、アーチボルド・レッドグレイヴ外務大臣の動きを封じなければなりませんわ。」

「動きを封じる?レッドグレイヴ外務大臣は除かないのですか?」

「あの男は保身の天才ですわ。生半可な事では止めを刺せませんのよ。けれど動きを封じて、その間にあの男がどう動こうと、手遅れにしてしまうことは可能でしょう。」

 

 キースもにやりと悪い笑顔を浮かべ、タチヤーナ財務大臣を見つめた。

 

「なるほど。で、手段は?」

「彼奴らには弱点がありますわ。カティーナ・オライリー農林大臣……。私は財務大臣ですのよ?お金の流れを追う事は、十八番ですの。ただ、私は直接の手段に乏しいんですのよ。それで私と、惑星軍との間を仲立ちしてくださらないかしら?」

「……何故よそ者たる惑星守備隊の我々に、その様な事を?貴方こそ、惑星軍とはお身内でしょうに。」

 

 キースにそう問われたタチヤーナ財務大臣は、苦笑する。

 

「軍の皆さま方とは、私仲が悪いんですの。軍は富の再生産に繋がらない消費するだけの存在ですし、私は私で、軍の予算を表から裏から色々削って、有望そうな産業に投資するのに腐心しておりましたので……。

 無論、軍が無ければ持てる財貨を守る事ができないのは、今の時代当然ですし、その必要性も痛い程理解しておりますわ。でも、財布に痛いのは私としては職務上辛いんですのよ?」

 

 キースはライナーの方を向く。ライナーも頷いた。ライナーはタチヤーナ財務大臣に向かい、口を開く。

 

「財務大臣殿、ご予定に空きがある時日をお教え願えませんかな?我々も参加の上、軍の方とお話をする機会を設けましょう。」

 

 キース、ライナー、タチヤーナ財務大臣はにやりと悪い笑顔を交わした。

 

 

 

 3027年4月3日、今日はキースの18歳の誕生日である。盛大なパーティーと言うわけにも行かないが、かつて『SOTS』結成当時の最初期メンバー及びヒューバート大尉、アーリン大尉、自由執事ライナーなどが、1日の仕事が終わった後に司令執務室でちょっとした宴会を開いてくれた。

 そして今、キースは司令執務室の床に死屍累々と横たわる酔っ払いどもに、仮眠用の毛布をかけて回っていた。

 

「やれやれ、前も似たような事あったなあ。」

 

 キースは苦笑しつつ呟く。ただし今日は以前の時に加え、気圏戦闘機隊のマイク中尉にジョアナ少尉、サイモン老を始めとする整備兵やネイサン軍曹、アイラ軍曹の偵察兵たちもいる。毛布のストックが当然ながら足りなくなり、キースは城のリネン室に自ら毛布を取りに行こうとした。

 

「む?」

「あ……。き、キース中佐!」

 

 廊下に出たところで出くわしたのは、イヴリン軍曹だ。彼女は敬礼をする。キースもまた、おもむろに答礼を返した。キースは彼女に問う。

 

「どうした?こんな夜更けに。そろそろ就寝せねばならん時間ではないか?」

「は、はいっ!申し訳ありません!」

「いや、今日は叱っているわけではないから、謝らなくて良い。まだ就寝に間に合う時間だしな。それより、来たと言う事は俺に用事があるのではないか?」

 

 イヴリン軍曹は、きょろきょろと挙動不審になる。だがキースはとりあえず待っていた。いつもなら、「はっきりせんか!」とでも叱りつけるところなのだが、キースの勘はそれはしない方がいいと感じていたのである。そしてイヴリン軍曹は意を決して、1本の細長い包みを差し出すと言った。

 

「こ、これをお納めください!本日はキース中佐の誕生日だと伺いましたので、先日音波麻痺銃を頂いたお礼も兼ねまして、贈り物を用意いたしました!」

「む……。うむ、せっかくの心遣いだ。ありがたく頂こう。」

 

 キースは包みを受け取り、開いて見る。それは鞘に収められた、1振りの高速振動剣であった。思わずキースは言葉を漏らす。

 

「こんな高い物を……。いや、音波麻痺銃と変わらん値段だぞ?」

「エリーザ曹長より、キース中佐が両手ききであるとお聞きしましたので、片手に拳銃を持っても、逆手で高速振動剣を扱えると思い、用意いたしました!それがキース中佐の命を守る最後の砦になればと思いまして……。」

「……そうか。うむ、ありがとう。しかし高かったろうに?」

「いえ、先日高額のボーナスを頂きましたので。」

 

 そう言えばイヴリン軍曹には、ニンジャ部隊のアーチャーを撃墜して簡易遺跡基地への攻撃を防いだ事で、臨時のボーナスを支給していたのだった。キースはその事を思い出し、なるほどと思う。無駄遣いしないように、などと釘を刺すのも無粋だろう。

 

(けど、こうなると来年のイヴリン軍曹の誕生日にゃ、張り込まないといけないかな。何にすりゃ良かろうか……。まあ、近くなってから考えよう。)

 

 キースはおもむろに言葉を紡ぐ。

 

「ああ、さて。そろそろ夜も遅い。宿舎まで送って行こう。」

「はい!ありがとうございます!」

「うむ、では行くか。」

 

 酔っ払いたちにかける毛布は、イヴリン軍曹を送った帰りにリネン室に寄れば良いだろう。そう考えて、キースは彼女の横に立って歩き始めた。と、キースは今の状況に関係無い事を考える。

 

(……そう言や、明日だったな。バラノフスカヤ財務大臣やレイトン大佐と語らった、例の作戦の決行日は。上手く行きゃいいけど。)

 

 後日、キースは高速振動剣の使い方に習熟すべく、ネイサン軍曹の指導の下で練習に励む事になる。ネイサン軍曹によれば、かなり気合が入っていたらしい。

 

 

 

 さて翌日の事である。キースはアル・カサス城の指令室で、偵察兵たちからの報告を待っていた。やがてアイラ軍曹から連絡が入る。

 

『こちらアイラ・ジェンキンス軍曹。アル・カサス城指令室応答願います。』

「こちらアル・カサス城、キース・ハワード中佐。アイラ軍曹、いよいよか?」

『例の店舗に、目標3名が集まりました。周囲を惑星軍歩兵に固めさせて、作戦決行してください。交信終わり。』

 

 キースは惑星軍との直通電話のブースへと、早足で急ぐ。そして受話器を取ると、惑星軍本部基地まで電話をかける。

 

「……こちらアル・カサス城指令室、ライラ共和国惑星守備隊司令官、キース・ハワード中佐。惑星陸軍情報2課長デイモン・レイトン大佐はおられますかな?」

『……今替わりました。惑星陸軍情報2課長、デイモン・レイトン大佐です。』

「こちらは共和国惑星守備隊司令官、キース・ハワード中佐です。レイトン大佐、例の店に目標3名が集まりました。周囲を固めて逃がさない様にした上で、捕縛してしまってください。」

『了解です。……。……はい、手配完了です。後は現場の指揮官に任せましょう。同時にオライリー農林大臣の邸宅にも、歩兵1個小隊とうちの情報2課員が踏み込んで、証拠を押さえます。』

 

 デイモン大佐は、電話口で溜息を吐くと、続けて失笑を漏らした。

 

『くっくっく、まさか我々惑星軍がバラノフスカヤ財務大臣と手を組む事になるとは……。情報2課としては財務大臣の持つ情報は、喉から手が出るほど欲しい物だったのは間違い無いところだったのですが。』

「財務大臣が掴んだ、オライリー農林大臣が彼奴等の集まりに出資している額が、農林大臣の経済基盤からして多過ぎたのですな。それで調べてみたところ……。ドラコ連合のスパイからの資金提供を受けていた、と。」

『まあ、バラノフスカヤ財務大臣の掴めたのは、確証の無い疑い程度ですが、その情報を元にそちら方面のプロである我々が動けば……。すぐ確証が掴めましたよ。ちなみに各地の農林業施設はスパイどもの拠点として、農業組合の会合はスパイどもの連絡会議の隠れ蓑として、それぞれ使われていた模様です。

 オライリー農林大臣は、単に資金提供の見返りに軒を貸している程度のつもりだった様ですが、しっかり母屋も取られておりましたね。』

 

 キースもまた失笑する。彼は電話口に向かい、言った。

 

「くくく。で、今回の事件は惑星政府が惑星公爵閣下の御妹様ミシュリーヌ嬢の、代官選出で混乱することを目論んだ、ドラコ連合のスパイの一大計画であった、と。」

『……と言う事になりますな。』

 

 本当は、ドラコ連合のスパイ組織は行動を表に出すことなく、現状は静かに潜んでいるつもりだったはずだ。彼らはとんだ濡れ衣を着せられる事になる。

 

『で、今回捕らえられる予定の農林大臣カティーナ・オライリー、労働大臣アンヘラ・スリナッチ、運輸大臣リッカルド・アゴスティーニは、ドラコ連合のスパイの協力者としての嫌疑がかけられます。残り2人は嫌疑がかかっただけで済むでしょうが、オライリー農林大臣は反逆罪の適用は免れませんな。御家もお取り潰しで、農林業は惑星公爵家の直轄業務になりますなあ。

 残り2人にとっても、反逆者と共に語らっていた所を逮捕されるのです。外務大臣アーチボルド・レッドグレイヴも、彼らを切り捨てるでしょうね。彼らの家中でも、彼らをそのままにはしておかんでしょう。強制的に隠居と言う名の軟禁状態に置き、代替わりさせるのではないでしょうかね?ま、そうなる様に圧力かけますが。』

「レッドグレイヴ外務大臣も、これでしばらく動きが取れんでしょう。うちのサイモン中尉が、伝手をたどって噂と言う形で、レッドグレイヴ氏の運動がクリタ家のスパイ組織に唆された物だったと流しますからね。あくまで噂でしかないレベルで。」

 

 その噂が流れれば、フレデリック・シュタイナーも惑星公爵オスニエル・クウォークを更迭する運動からは手を引くだろう。もともとが、せいぜいオスニエル公爵がちょっと気に入らないと言う程度で、その運動を軽く後押ししていた程度だったのだ。

 

『後はクレイグ・チップチェイス氏を当惑星へ招聘し、少しずつ惑星公爵の仕事を彼に移管して、代官としての実績を積ませる……。そうして充分実績を積んだ後に、オスニエル閣下のご勇退とミシュリーヌ様の惑星公爵継承、チップチェイス氏の代官就任を大々的に発表する……。

 少々寂しい気もしますね。オスニエル公爵閣下は、あれほどこの惑星のために尽くして来たと言うのに。得難きご主君なのですが……。』

「ご本人が望まれている事なのです。仕方ありますまい。」

『分かって、おります。……作戦の第1段階終了の連絡が来ました。目標の3人は、思い切り騒いでいる様ですが、手荒にしても良いので問答無用で捕まえる様、通達しておりますからな。更に各地の農林業施設にも、警察の手も借りて一斉に手入れをしていますよ。

 このまま、ドラコ連合スパイ網の第2次摘発作戦に雪崩れ込みます。一気呵成に攻め立てますよ。それでは今回はこの辺で失礼いたしますよ。』

「ええ。ご健闘をお祈りいたしております。では。」

 

 キースは受話器を置いた。どうやら事は上手く転がりそうである。彼はひとまず安堵した。

 

 

 

 ユニオン級降下船ゾディアック号と同級エンデバー号が、1ヶ月半の商用航宙より帰還して、轟音と共にアル・カサス城の離着床に降り立った。冷却車輛や推進剤補給車輛が2隻の降下船に群がって行く。指令室の主スクリーンでそれを眺めつつ、キースは感慨に耽る。

 

(……シュタイナー家情報部のトマ・ドーファン女史から買った情報だと、フレデリック・シュタイナー公は掌を返した様だなー。アーチボルド・レッドグレイヴ外務大臣の仕掛けた惑星公爵交代の運動を、応援する側から潰そうとする側に。サイモン爺さんが流した噂の裏を取ったら、惑星ソリッドⅢで発表された「事実」がそうなってるんだもんな。さもありなん。

 下手をすれば「デュラン公フレデリック・シュタイナー自身がドラコ連合に踊らされた」って見方も、できなくもないからなー。そら怒るわな。まあ、これでしばらく時間は稼げた。おまけと言っては何だけど、バラノフスカヤ財務大臣からの見返りもあった。公金じゃなしに、彼女の個人の金で肩撃ち式の短距離ミサイルランチャーを2個小隊分も寄付してもらったからなー。)

 

 歩兵用の短距離ミサイルランチャーは、単価こそさほど高く無い物の、希少な品だ。タチヤーナ財務大臣は、何処からそれを手に入れたのやら、キースは不思議でならなかった。

 

(しかし……。俺たちがやったのは、偵察兵の派遣やライラ共和国の政界に噂をちょろっと流した他は、バラノフスカヤ財務大臣とレイトン大佐を会わせたぐらいなんだよなあ。たいした事はやってないって言うかさあ……。

 それでなんとか上手く行った上で、やった事に対する見返りも充分に貰っちゃったし。何処かに落とし穴は無いだろうな?……まあ、目的は惑星公爵交代の阻止じゃなしに、若干の時間稼ぎだったんだし。けれど、オスニエル閣下は政敵を粛正する準備もしてるって言ってたけど、本来はどんな手段だったんだろ?)

 

 その時、キースに外線電話が入る。オペレーターの1人が、キースにその事を知らせた。

 

「ハワード中佐、中佐に外線電話が入っております。惑星公爵執事ウィリアム・フロックハート氏と名乗っておりますが……。」

「む、司令席へ回線を回せ。」

「了解しました。」

 

 そして司令席の卓上にある電話機が鳴る。キースはその受話器を取った。

 

「こちらはライラ共和国惑星守備隊司令官、混成傭兵大隊『SOTS』部隊司令、キース・ハワード中佐です。フロックハートさんですか?」

『いや、私だよ私。オスニエルだ。』

 

 キースは思わず吹き出すところだった。だが鋼鉄の精神でその衝動に耐え、キースは返答を返す。

 

「公爵閣下、何をお戯れを……。驚きましたよ。」

『いや、今回の事の礼を言わねばと思ってね。君らと惑星軍、財務大臣のおかげで穏便に事を進める事ができた。本当はここだけの話、「本当の意味で」退場してもらう事も考えていたんだけどね。』

「なんと……。」

 

 つまりは、惑星公爵はアーチボルド・レッドグレイヴ、アンヘラ・スリナッチ、カティーナ・オライリー、リッカルド・アゴスティーニの4人に、この世から退場してもらう事も視野に入れていたことになる。

 

「ですがそれは、危険かと存じます。」

『うん。可能不可能で言えば可能だけど、後に災いを残しかねないからね。でも仕方なければ、やるつもりであったよ。だけど……。ミシュリーヌに惑星公爵位を譲る前にはなんとかして、レッドグレイヴは排除しておかないとなあ……。まあ、それは君らがこの惑星を去った後になるだろうから、気にしなくても良いよ。

 君たちには、本当に世話になってばかりだ。何か報いておきたいんだけれど……。』

「いえ、今回の件では我々は些少な事しかしておりません。バラノフスカヤ財務大臣より既に受け取る物は受け取っておりますれば、これ以上は報酬の2重取りになるかと。」

 

 惑星公爵閣下が、電話口の向こうで苦笑したのが感じられる。

 

『ふふ、本当に欲が無いね。』

「いえ、隊の存亡に関わるような時には、閣下が蒼褪めるほどに貪欲にもなります。ご安心下さい。」

『何を安心すれば良いのかわからないけれど、なるほど。まあ、今回の事は裏での働きが多かったから、公式に賞するにも少し憚られるし、ね。でも、あちこちにかかった工作費用ぐらいは持たせてくれたまえ。私の顔を立てると思って。デイモン大佐を通じて支払うからさ。』

「は。了解です。」

 

 オスニエル公爵は、付け加える様に言う。

 

『それと、君たちがやってくれた事は些少な事なんかじゃないよ。おかげで財務大臣と軍が腹を割って話し合える様にもなった。今回協力し合った事でね。少しの事しかできなかったんじゃない、少しの事で充分大きな成果を出してくれたんだよ。』

「……はっ!」

『うん、それじゃあ今日はこの辺で。ではまた。』

「はい。では。」

 

 電話は切れた。キースは溜息を吐く。やはりオスニエル公爵が惑星公爵を降りるのは、なんとしても惜しい気がする。だが、だからと言って止められもしないし、止める権利も無い。キースは頭を振って、ゾディアック号のアリー船長と、エンデバー号のエルゼ船長を迎えるため、歩き出した。




政争は、スパイ網の摘発と言う余禄付きで、惑星公爵サイドの勝利となりました。そして、主人公はそれにちゃんと一役買ったのですが、彼は自分がどれだけの事をしたのか、いまいち自信が無いようですね(笑)。
そしてイヴリン軍曹、しっかり主人公の誕生日プレゼント用意してきました。あっはっは。
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